電磁力応用 モータと磁気軸受

●特集「わかりやすい人工心臓の要素技術」
電磁力応用 ─ モータと磁気軸受 ─
茨城大学工学部機械工学科
増澤 徹
Toru MASUZAWA
1.
分の 1 以下の出力となる。しかし,小さいモータだから作
モータ技術
るのは簡単かというとそうではない。人工心臓は体内に植
1) 人工心臓とモータ
え込まれるために,自動車のモータのように発生した熱を
本稿では文字通り,人工心臓を駆動する心臓部である
大気に逃がすことができない。しかも,人工心臓の温度が
モータと磁気浮上,磁気軸受について説明する。モータは
42℃を超えると周囲の組織のタンパク質が変性し,火傷し
メカトロニクスの用語を使うと,エネルギー変換素子に位
てしまうために,モータの発生熱は極力抑える必要がある。
置づけられる。電気エネルギーを運動エネルギーに変換す
そこで,小型かつ高効率なモータが必要となる。モータに
る素子である。また,入力エネルギーを物理的運動に変換
はブラシレス DC モータ,ステッピング(パルス)モータな
するという意味から,アクチュエータとも呼ばれる。モー
どの直流モータや同期モータ,誘導モータ,リラクタンス
タは 20 世紀後半の希土類磁石の登場により効率が大幅に
モータなどの交流モータがある。その中でも人工心臓に用
向上し,ロボットから電車,自動車にまで幅広く用いられ
いられているのは永久磁石を用いたブラシレス DC モータ
ている。産業界で通常用いられるモータのうち,出力が数
や同期モータであり,本稿ではこれらの原理について述べ
kW(kW は 1,000 W)以上のものを大型モータ,100 W ∼ 3
る 1) ∼ 5) 。
kW のものを中型モータ,3 ∼ 100 W のものを小型モータ,
3 W 以下のもの超小型(マイクロ)モータと呼ぶ。人工心臓
2) モータの回転原理
(1)ローレンツ力
で使用するモータの出力は数 W ∼数十 W であるため,小
モータの回転のもとになる力にはローレンツ力と,電磁
型モータと考えてよい。ここで,出力とは単位時間あたり
力の 2 種類がある。ローレンツ力は「フレミングの左手の
の仕事量(仕事率:単位は W = J/s)をいい,中肉中背の人
法則」で説明される。本法則は「磁界の中で導線に電流を
の自然心臓の出力はだいたい 1 ∼ 3 W くらいである。自然
流すと,導線に磁界・電流双方に直角な方向に力が生じる」
心臓の効率(入力エネルギーに対する出力エネルギーの割
(図 1)というもので,導線に発生する力をローレンツ力と
合,効率=出力 / 入力)は 10 ∼ 20%である。出力を 1 W,
呼ぶ。ローレンツ力の大きさは磁界の大きさと電流の大き
効率を 10%とすると,10%= 1 W/ 入力の式から,入力=
さに比例する。20 世紀後半に,希土類磁石の進歩によって
10 W が導き出される。我々の心臓は 10 W 程度の入力で 1
大きな磁界が永久磁石で発生できるようになり,ローレン
W の仕事をしていることになる。人工心臓は自然心臓の補
ツ力モータの小型化が可能となった。軸流ポンプを用いた
助,代替を行うため,同様の出力,効率が要求される。
人工心臓にはローレンツ力モータが使用されている。図 2
電気自動車に使用されるモータの出力は 30kW ∼ 120
に 2 極の円筒形永久磁石を回転子(ロータ)に用いたローレ
kW であり,人工心臓のモータは自動車のモータの 10,000
ンツ力モータの例を示す。図 2 は図 2 右下に書いたように
円筒形モータを断面で切断し上から見た断面図である。永
■著者連絡先
茨城大学工学部機械工学科
(〒 316-8511 茨城県日立市中成沢町 4-12-1)
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久磁石は中心に軸を通して自由に回転できるようにする。
永久磁石の周囲に誌面裏面から表面に向けて導線を配列
し,接着剤などで固定する。導線には永久磁石の N 極,S
人工臓器 43 巻 1 号 2014 年
図 1 ローレンツ力
図 2 ローレンツ力で回転する原理
図 4 右手の法則
図 3 電磁吸引力で回転する原理
極により,ロータ中央から円周に向けて磁界が発生する。
コイルを貫くように磁界が生じ,コイルの両端に N 極,S
N 極と向かい合っている導線に電流を誌面裏面から表面に
極が発生し,電磁石が形成される現象を説明する法則であ
向けて流すと,導線に垂直方向にローレンツ力が発生する。
る。コイルを握った右手拳に置き換えると,人差し指から
導線はモータケースに固定されており動けないため,自由
小指がコイルに流れる電流の方向を,伸ばした親指が発生
に動けるロータに反対方向の力が発生し,時計方向に回転
する磁界の方向を示す。図 5 のようにロータの周りに電磁
することになる。電流を流す導線をロータの回転に併せて
石 1,2,3 を配置する。ロータの磁極に併せて,電磁石 1,2
順次変更していけば連続して回転させることが可能であ
に S 極が電磁石ロータ側端部に生じるように電流を流す
る。
と,電磁石 1 の S 極とロータ N 極には吸引力が,電磁石 2 の
(2)電磁力
S 極とロータ S 極には反発力が生じ,ロータが電磁力で回
もう 1 つの回転原理である「電磁力」は磁石の吸引力,反
転する。ローレンツ力モータ同様,ロータの回転に併せて
発力を使用するものである(図 3)。先ほどと同様に,永久
電磁力に流す電流を順次変更していけば連続して回転させ
磁石でできているロータを考える。その外周部に永久磁石
ることが可能となる。このタイプのモータは遠心ポンプや
2 を置き,ロータの周りを動かすと,ロータの N 極と外周
拍動流型ポンプを用いた人工心臓に使用される。
部永久磁石の S 極が引き合い,ロータは S 極方向に回転す
る。図 3 では永久磁石 2 を動かすことによりロータを回転
2.
磁気浮上技術
させている。同様な原理でモータを作るにはどうしたらよ
回転するモータロータおよびそのシャフトが低摩擦で回
いであろうか? ここで「右手(右ねじ)の法則」が登場す
転できるように,シャフトに組み込んで使うのが玉軸受な
る。
「右手の法則」とは図 4 のようなコイルに電流を流すと,
どの機械的軸受である。玉軸受は回転部分と固定部分の間
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(A)
(B)
図 5 電磁吸引力で回転する原理
図 6 磁石の性質(不安定系)
(A)重りが磁石に近いとき,(B)重りが磁石から遠いとき。
に鉄の玉を入れることにより,回転軸を支持する構造に
6A のように,電磁吸引力 F が重力 mg より大きい位置に鉄
なっている。しかし,玉軸受を血液の中に入れて使うと,
球があった場合,鉄球は電磁石に吸引されて電磁石に付い
玉の周りで血液が凝固して,あっという間に軸受が回らな
てしまう。一方,図 6B のように重力 mg より電磁吸引力 F
くなってしまう。そこで,人工心臓では玉軸受の代わりに,
が下回る位置に鉄球がある場合,鉄球は下に落ちてしまい,
コマのように回転軸先端を接触支持するピボット軸受が使
電磁吸引力と重力の釣り合い点で鉄球を静止させることは
われている。しかし,ピボット軸受は接触部分での発熱や
至難の業である。このような系を「不安定系」と言う。不
せん断により血液凝固や破壊が生じる可能性も高く,今で
安定系を安定化するためには鉄球の位置をセンサで計測し
は動圧軸受,磁気軸受などの非接触軸受が開発されている。
て,その位置に合わせて磁気吸引力を調節する(電磁石に
動圧軸受は回転体と静止壁の間に働く流体力を利用して
流す電流量を調節する)フィードバック制御系が必要とな
ロータを浮かす技術である。詳細は本特集の「機械軸受と
る。よって,磁気浮上系では必ずフィードバック制御系を
流体軸受」(p.70)を参照されたい。
構築する必要がある。
磁気軸受は電磁吸引力を利用してロータ〔人工心臓の場
図 7 に磁気吸引力のもう 1 つの特性,
「受動安定性」の説
合は遠心ポンプや軸流ポンプのインペラ(羽根車)
〕を浮か
明図を示す。磁気吸引力で上下方向に鉄球を支持している
す方法である。本方式は広く磁気浮上と言われている技術
とき,被浮上体を左右にずらすとどうなるであろうか? こ
である。磁気浮上技術を使用してポンプインペラを浮上支
の場合は上下の磁気吸引力により,常に被浮上体を磁石の
持し回転させる非接触型は,接触摩耗する部分がまったく
直上,
直下に置こうとする力が働く。能動的に制御(フィー
ないため,機械的にはその寿命は半永久的になる。また,
ドバック制御系で制御すること)している方向と直角方向
浮上回転インペラとポンプ内壁の間隙を数 100μm 以上と
に安定させようとする静的な力が発生することになる。こ
ることが可能となり,せん断応力などによる血液の破壊,
れを磁気吸引力による受動安定性と呼ぶ。以上,磁気吸引
凝固が起きないため,良好な血液適合性も有している。
力を使って説明してきたが,もし,N 極と N 極,S 極と S 極
1) 磁気吸引力の特性
を向かい合わせるような磁気反発力を使ったらどうなるで
図 6 で磁気吸引力の性質を説明する。質量 m の鉄球を電
あろうか? その場合は被浮上体が中心にいる場合は上下
磁石で吊るしたときに,鉄球の位置と鉄球にかかる力の関
の反発力が吊り合って浮くが,左右に少しでもずれると途
係を示す。小学校の理科の実験で皆経験しているが,電磁
端に被浮上体を左右に押し出す力が加わり,被浮上体は中
石で鉄球を吊すことを考える。鉄球に作用する磁気吸引力
心から外れてしまい浮上できなくなってしまう。これが能
は,鉄球と電磁石の距離が離れるほど小さくなる。もし図
動制御を行うときに磁気反発力より磁気吸引力が使われる
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図 7 磁石の性質(受動安定性)
図 8 磁気浮上補助人工心臓の断面図
(A)
(B)
テータに近づいて行ってしまう。そこで,浮上インペラの
軸方向位置を位置センサで計測し,磁気軸受電磁石の電流
を調節することで常に浮上インペラ位置を中心に保つコン
ピュータフィードバック制御系を付加している。浮上イン
ペラが上方向にずれた場合は磁気軸受の電流(吸引力)を
図 9 ラジアルギャップモータとアキシャルギャップモータ
(A)ラジアルギャップモータ:円筒形のロータをその周囲に配置した電磁石
で回転させる。
(B)アキシャルギャップモータ:円板形のロータを円板下面に配置した電磁
石で回転させる。
小さくしてモータ方向(下方向)にインペラが戻るように,
浮上インペラが下方向にずれた場合は磁気軸受の電流(吸
引力)を大きくしてインペラ位置を戻すように制御してい
る。これにより浮上インペラはポンプケーシングで浮上し,
どこにも触ることなく回転,血液を送出することが可能と
理由でもある。
なる。
2) 実際の磁気浮上人工心臓
以上,高耐久・高性能の人工心臓を開発するにあたり,
図 8 に茨城大学で研究している磁気浮上補助人工心臓の
必須の技術であるモータ技術と磁気浮上技術の仕組みを説
説明図を載せる。本補助人工心臓は急性心不全患者の救命
明した。人工心臓はとても高い工学技術の集合体であり,
を目標に開発している体外循環型の血液ポンプである。
技術改良を更に続けて,小型で高性能かつ安全なデバイス
モータの説明では,円筒形の永久磁石を持ったロータを例
を今後とも実現していく必要がある。
に取り説明したが,本補助人工心臓では図 9 に示すように
円板形の永久磁石を持った円板状ロータを回転させるアキ
シャルギャップモータを採用している。アキシャルギャッ
プモータでは円板状ロータを回転させるために円板下面に
モータ用電磁石を配置する。そのため,図 8 に示すように
浮上インペラにはモータ電磁石による吸引力が下方向に働
く。その力と釣り合う上向きの力を発生させインペラを浮
上させるために,浮上インペラの上部に磁気軸受用電磁石
を配置している。つまり,円板状の浮上インペラを磁気軸
受用電磁石,モータ用電磁石で上下から挟み込むことによ
り,上下の力のバランスを取り,浮上インペラを浮かす仕
組みである。前述のごとく,磁石の系は不安定であるため,
本稿の著者に規定された COI はない。
文 献
1) 内田隆裕:なるほどナットクモーターがわかる本.オー
ム社,東京,2000
2) 赤津 観監修:最新 モータ技術のすべてがわかる本.ナ
ツメ社,東京,2012
3) 松井信行:アクチュエータ入門.雨宮好文監修,オーム社,
東京,2002
4) 見城尚志,陳 正虎,簡 明扶:最新小型モータが一番
わかる:基本から AC モータの活用まで.技術評論社,東
京,2013
5) 萩野弘司:ブラシレス DC モータの使い方.オーム社,東
京,2003
浮上インペラが上下どちらかにずれると,ずれた方向のス
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