捻くれた少年と健気な少女 ローリング・ビートル ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 比企谷八幡と南ことりが出会ったら、という物語です。 仄かなる火 │││││││││││││││││││││││ The spiral ││││││││││││││││││ 有頂天 │││││││││││││││││││││││││ 4 1 目 次 RIGHT NOW ││││││││││ 6 SIGNAL │││││││││││││││││││││ ここから ││││││││││││││││││││││││ WAKE UP 8 10 12 ! 有頂天 ﹂ ﹂ お互いの温もりをしっかりと焼き付けながら、まだ足りぬという思 いを残し、その体は離れていった。 さようなら⋮⋮⋮⋮。 こっちこっちー あんまり騒いでは他の方の迷惑になりますよ ﹁海未ちゃーん、ことりちゃーん ﹁こら穂乃果 ! れ はテンション高く、海未ちゃんはどこか警戒しながら歩く⋮⋮⋮⋮あ 生徒数が千人を超える学校だけあって、活気がある。穂乃果ちゃん 折りのマンモス校の総武高校にやってきました。 近すぎ場所を参考にするのは流石に⋮⋮⋮⋮という理由で千葉で指 最初はA│RISEのいるUTX学園に行く予定だったんだけど、 上がる学校を見て、参考にしなさいと言われたからです。 生徒会役員にお母さん⋮⋮⋮⋮理事長から、参考までに文化祭が盛り 今、私達は千葉県にある総武高校という学校に来ています。理由は より姉妹に見える。⋮⋮⋮⋮最近は親子にも見えるなぁ。 海未ちゃんが穂乃果ちゃんを叱りつける。その様子は、親友という ! ! んを、海未ちゃんが追いかけていったのかな。 もう、人もだいぶ減ってきたから、帰る時間なんだけど。 ポケットから携帯電話を取り出し、連絡しようとする。 すると、曲がり角だったのが災いして、誰かとぶつかった。 ﹁あ、ごめん﹂ ﹁いえ、こちらこそ﹂ 男の人一人と女の人二人の三人組だ。私は男の人にぶつかったら しい。 お互いに謝り、何事もなかったのを確認すると、三人組はそのまま 去っていった。どうしたんだろう もてそうだ。女の子二人もそれなりの好意を寄せているように思え 男の人は背も高く、顔も整っていたので、一般的にかなり女の子に ? 1 ! 気がつけば二人共いない。恐らく何処かへ走りだした穂乃果ちゃ ? る。そして、三人共にどこか慌てていた。 私自身はいまいち恋愛事がわからない。幼馴染み三人といる時間 が充実しているからかなぁ。 ふと三人組に目を向けると、階段を昇っていた。進入禁止の屋上へ の階段を。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 自然と足が向いてしまう。別に三人組を止めようとかではなく、た だの好奇心で⋮⋮⋮⋮。 階段をこっそり昇ると、三人組は屋上に出ているようだ。⋮⋮⋮⋮ 穂乃果ちゃんと海未ちゃん、ちょっと待っててね。 何やら話し声が聞こえるので、聞き耳を立てる。何だか悪い事をし てるみたい。 話の内容は文化祭実行委員さんについてのようだ。 詳しくはわからないけど、問題が起こっているらしい。 2 さっきの三人組が説得をしている。 すると一人、別の男の人が溜息で割り込んできた。 ﹁ほんと最低だな﹂ その先の言葉は酷かった。 相手に反論を許さない。異論を挟ませない。とにかく悪い所を一 つ残らず掬い上げる。私だったら泣いてしまいそうな⋮⋮⋮⋮そん な言葉だった。 だがそれも遮られる。 ドアの近くに衝撃がきた。 さっきぶつかった男の人が発言を止めさせたらしい。 そして、人が出てくる気配を感じて、慌てて物陰に隠れた。 カツカツと階段を降りていく音が消えた時、私も帰ろうかと物陰か 誰も傷つかない世界の完成だ﹂ ら出ると、扉の向こうから気のせいのような囁き声が聞こえた。 ﹁ほら、簡単だろ 青空が見えると共に、風に吹かれ、目を細める。 私は緊張で震える手で、そのドアを開けた。 さっきの酷い言葉が嘘のような、哀しそうな声だ。 ? そして、ドアの近くの壁に凭れて座る彼を見つけた。 3 The spiral と思い、ぼんやりと目を向ける。 一人でしょうもない独り言を呟くと、屋上のドアが開いた。葉山辺 りが戻ってきたのか そこには私服姿の女子が立っていた。 まず、変わった結い方のサイドポニーが目に入り、風に長い茶色が かった髪が揺れていた。 すらりとした手足はどこかおどおどしているように見える。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 目が合った。 色々ありすぎたせいか、疲れて幻でも見ているんじゃないかと思え るような美しさだ。 ぱっちりした目に不安げにこちらを見る瞳も、形のいい鼻も、ほん のり紅い唇も、現実味がない。 風が少し強くなり、二人を包むようにさぁっと吹き抜ける。 軽く目を細めながらも、その幻のような少女から視線を外す事がで きずにいた。 風の不意打ちのような涼しさに、夏がもう遠ざかろうとしているの を感じた。 ﹁⋮⋮⋮⋮。﹂ 何か囁かれる。だがこの距離では、どうも聞こえない。 俺の、おそらく呆けているであろう表情を見た少女は、一瞬目を伏 せたのち、再び目を合わせてきた。 唇が小さく動く。 ﹁あの⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ 初めて耳に届いた声は、小鳥が囀るような小さく甘い声だった。 ﹁あなたは⋮⋮⋮⋮何でそんな哀しそうな眼をしてるの ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? 4 ? 少女から目をそらし、空を仰ぐ。小さな雲がいくつかふわふわ漂っ ている。 哀しそう⋮⋮⋮⋮か。 何が哀しいんだろう、と考える。 何となく、そう思って ﹂ こんな方法しかとれない自分か、この後から始まるより一層面倒な 学校生活か。 ﹁あ、ご、ごめんなさい ﹁⋮⋮⋮⋮いや、いい﹂ ﹁え あ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮出なくていいのか﹂ 少女のポケットからのようだが、出ようか迷っているようだ。 突然、電子音が鳴り響く。 ここに部外者がいるのか、理由もわからない。 わせていなう。今、それが必要とも思えない。⋮⋮⋮⋮そもそも何故 だが現実としても、初対面の女子との会話スキルなど対して持ち合 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ んだと確信できた。 急に謝りだす少女に、内心慌ててしまう。とりあえず、幻じゃない ! その意外な行動に少しだけ驚く。 少女はこちらへの距離を三歩だけ詰めてきた。 どうしていいかわからず、その場を去るという選択肢を選ぶ。 立ち上がると、少女はさらに近くまで来た。 その瞳はさっきまでと違い、どこか優しく感じられて、じっと見つ められても、不快ではない。 その唇が、僅かに震わせ、言葉を紡ぐ。 ﹂ ﹁誰も傷つかない世界で⋮⋮⋮⋮あなたは何でそんなに哀しそうなん ですか ? 5 ! 少女はしばらくして、携帯の電源を切った。 ? 仄かなる火 私は自分自身の言葉に驚いていた。 初対面の人に、何を言っているのだろう。 でも、言ってしまった言葉は、戻すことはできない。 目の前の彼は、ポカンとこちらを見ていたが、やがて、重々しく口 をひらく。 ﹁⋮⋮⋮⋮輪の中にいない奴、計算に入れても仕方ないだろ﹂ 彼の短い言葉は、私にはとても重く感じられた。また風が吹き、彼 のくせっ毛をふわふわと揺らしているのを見ながら、率直な感想を口 にした。 ﹁なんか⋮⋮⋮⋮寂しいね﹂ 彼はあまり間を置かずに返してきた。 ﹂ 私見そびれちゃった﹂ ﹁まあ、俺は文化祭実行委員会で、ほとんど参加してないがな﹂ 6 ﹁別に寂しいって俺が思ってないからいいんだよ。誰にも迷惑かけな いからな﹂ 彼は既に何かを諦めているような口ぶりだ。 空に向けられた視線は、ここからどこか遠くへ飛び立っていきたい と願っているように見えた。 気がつけば、また一歩彼に近づいていた。 ﹂ それを察した彼は一歩向こうにずれた。 ﹁⋮⋮⋮⋮文化祭、楽しかったですか ﹁⋮⋮⋮⋮どうだろうな﹂ 乃果ちゃんと海未ちゃんに謝った。 これ以上は距離を詰めずに、何となく話をふってみる。心の中で穂 ? どちらともつかない答えが返ってきた。 ﹁どんなのやったんですか ﹁あ、﹃星の王子様﹄ ﹁⋮⋮⋮⋮うちのクラスは演劇﹂ ? 穂乃果ちゃんが食べ物中心に回るのに付き合ってたら⋮⋮⋮⋮。 ? ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ここでは何をしてたの ﹂ ﹁別に⋮⋮⋮⋮閉会式サボろうとしてる委員長を罵倒してただけだよ ⋮⋮⋮⋮てか、ここで何してるかは俺が聞きたいんだが﹂ もっともな事を言われた。 ﹂ う∼ん、どうしようか。 ﹁そ、空を見たくなって ﹁⋮⋮⋮⋮そうか﹂ 彼は大して興味なさそうに頷いた。改めて見ると、この屋上はかな り広々としている。でも、どこかしんみりとして、落ち着かない。音 ノ木坂の屋上に馴れすぎたのかな⋮⋮⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 数秒の沈黙。そして、それが合図となったのか、彼は私の隣をすり 抜け、扉に手をかけた。 ﹁じ ゃ、行 く わ。あ ん ま り 遅 く な る と、俺 が サ ボ り 扱 い さ れ ち ま う。 そっちもなるべく早く戻った方がいいぞ。一応、ここ立ち入り禁止だ から﹂ ﹁あっ⋮⋮⋮⋮﹂ 私は彼の数歩後ろをついていく。猫背気味の背中は疲れて見えた。 そのあとは一言も喋らずに階段を降り、彼はそのまま廊下を歩き、 ﹂ ? 私は海未ちゃんに電話をかけた。 ﹂ ﹁まったく、ことりまでどうしたというのですか ﹂ ﹁あはは⋮⋮⋮⋮ごめんね ﹁じゃ、帰ろうか ? られずにいた。 そして、あの低いトーンで呟かれた言葉もまだ頭の中で響いてい た。 7 ? ! 私は二人と話しながらも、あの哀しそうな目や、疲れた背中を忘れ ! ﹂ RIGHT NOW 八幡よ WAKE UP ﹁では、行こうぞ ﹁へいへい﹂ じゃないか。 ﹁で、何でわざわざ秋葉原まで来たんだ れ ﹂ 材木座ってこんなにいい奴だったっけ 目の前にいる中二病オタクが材木座かどうかを疑ってしまう。あ 何⋮⋮⋮⋮だと⋮⋮⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 様を元気づけてやろうと思ってな﹂ ﹁ふん。文化祭以降、吹雪のような寒々しい視線にさらされている貴 るとは⋮⋮⋮⋮。 こいつと二人で並んで電車に乗るなんてシチュエーションが訪れ ? こ い つ の 驕 り ら し い。わ ざ わ ざ 交 通 費 ま で 出 し た ん だ。楽 し も う メイドさんに案内された席に座り、メニュー表に目を通す。今日は うだろう。俺も心の中でしてしまった。 りうざい。メイド歴の浅い新人なら、きっとうっかり舌打ちしてしま 恭しく頭を下げるメイドさんに、尊大な態度で応じる材木座。かな ﹁うむ、今帰ったぞ﹂ ﹁おかえりなさいませ、ご主人様∼﹂ よ。ちなみに今、俺達が入ろうとしている店は⋮⋮⋮⋮ や、だってこいつ秋葉原でも悪目立ちするんだもん。どういう事だ 材木座からなるたけ距離をとりながら、あとを追って店に入る。い ! ! ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ メイドさんとの2ショット券とやらを受け取る。 ﹁お友達紹介の特典になりま∼す﹂ さっき案内をしてくれたメイドさんが席までやってきた。 ? 8 ! ﹁剣豪将軍さま∼﹂ ? あ、やっぱり材木座だわ。 ﹁ご注文はお決まりになりましたか∼ ﹂ がかかったケーキ﹄と⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お、おい、八幡 ﹂ ﹂ ? ﹁安心しろ。お前の奢りだから﹂ ﹁い、いや、何いってんの、お前 材木座は素に戻る。 じょ、冗談だよね ﹁あ│、この﹃メイドさんの手作りオムライス﹄と﹃メイドさんの魔法 ? ﹂ ! と思っていたら、ステージにメイドが現れた。 ﹂ ﹂ ナンバーワンってキャバクラかよ、キャバクラ行った事ないけど、 のご登場です ﹁それでは、久々に当店人気ナンバーワンメイド・ミナリンスキーさん から、声がかかった。 あと一品、何を頼もうかと考えていると、小さなステージがある方 ? ? 向こうもこちらに気づいたように思えたのは、気のせいではないは ずだ。気のせいじゃないよね かっていった。 そのまま、声と同様甘ったるい香りを散らして、別のテーブルへ向 ﹁久しぶりだね﹂ した後、俺の方へ小さく囁いた。 ミナリンスキーはこの前と同じ甘ったるい声で、お決まりの挨拶を ﹁おかえりなさいませ、ご主人様♪﹂ 材木座は腕を組んではいるものの、緊張の極みのようだ。 五分くらいで俺達のテーブルにやってきた。 の客に挨拶していく。 ミナリンスキーとやらは、店の中を歩き回り、一つ一つのテーブル ? 9 ! ﹁お帰りなさい、ご主人様♪ミナリンスキーです ﹁なっ ﹂ ! 約2週間前に屋上で出会った少女がそこにいた。 ﹁⋮⋮⋮⋮ !? ここから 偶然の再会。 そんな表現がぴったりの二度目の出会い。 ﹂ 彼は前と同じように、どこか疲れていて、どこか哀しそうに見える。 ﹁ミナリンスキーさん、どうしました ﹂ 後輩メイドが話しかけてくる。 ﹁あ、何でもないよ いけないいけない。仕事中でした。 あ、うん⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あ の 目 つ き 悪 い 人 と 一 緒 に い る 剣 豪 将 軍 さ ん っ て 素 敵 で す よ ね ∼ ♪﹂ ﹁え 好みのタイプって人それぞれだよね ﹂ ﹁だめだよ。ご主人様に目つき悪いとかいっちゃ﹂ ﹁あ、すいません してもらえるといいな。 ﹁じゃあ、私行ってくるね ﹂ これも何かの縁だから、文化祭を楽しめなかった分、少しでも満足 に砂糖とシロップを注いでいた。⋮⋮⋮⋮入れすぎじゃないかなぁ。 彼の方を見ると、周りのものに、大して興味なさそうに、コーヒー 悪気はないんだろうけどね。 ! ﹂ 私 は ハ ー ト と メ ッ セ ー ジ を 書 く。よ し、完 成 じ ゃ あ、次 は 海未ちゃんの目と似ている。いい意味での諦めというか⋮⋮⋮⋮。 見ていた。穂乃果ちゃんが思いつきで行動するのを止めようとする 腕を組み、思いきり胸を張る剣豪将軍さんを、彼は面倒くさそうに ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁うむ、存分にやるがよい ﹁それではお絵描きさせていただきますね∼♪﹂ オムライスを一つずつ丁寧に運ぶ。 ﹁お待たせしました、ご主人様∼♪﹂ ! ! ! 10 ! ! ! ? ⋮⋮⋮⋮ ﹂ ﹁あ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ 予想外の光景がそこにあった。 貴様、何をやっておるか ﹂ 彼はもうオムライスを食べ始めていた。 ﹁八幡 ! ﹁あはは⋮⋮⋮⋮﹂ 何 そ れ、自 己 紹 介 剣豪将軍さんから券を差し出される。 それではこちらへ♪﹂ やっぱりお主が行ってきて∼ ! ﹁はい ﹁は、はちま∼ん 彼の顔をちらりと見ると、目が合った。 ブースへと案内する。 ﹁それではこちらへどうぞ∼♪﹂ どうやら彼と撮ることになったようだ。 ﹁こ、ここでヘタレるのかよ⋮⋮⋮⋮﹂ ! ⋮⋮⋮⋮あんまりさっきと変わっていない。 ﹂ ﹁ツ、ツツツ、ツーショットチェキなんだけど⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁は∼い♪﹂ 彼の席のベルが鳴らされる。 少しだけからかってみたくなったのは内緒の話。 ﹁それではごゆっくり、ご主人様♪﹂ れ屋さんなんだ。結構可愛いかも。 彼は照れくさそうに頬を赤く染め、外の方を向いている。意外と照 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ケチャップの代わりに魔法をかけておいた。 ﹁それでは代わりに⋮⋮⋮⋮おいしくな∼れ♪﹂ じゃあ、ここは⋮⋮⋮⋮ ? ﹁空気の読めん奴め﹂ ﹁え ? ⋮⋮⋮⋮﹂ お前にだけは言われたくないんだけど ﹁あ、いや⋮⋮⋮⋮朝飯食いそびれたから腹減ってたんだよ﹂ ! ! 11 ? SIGNAL ﹁文化祭以来ですね﹂ ミナリンスキーさんが話しかけてくる。 クラスメイトですら、外で会ってもスルーされる俺に話しかけてく るとは⋮⋮⋮⋮実はこの子、かなり性格がいいのではなかろうか。 ﹁⋮⋮⋮⋮そうだな﹂ ﹂ 軽く返事だけしておく。 ﹁あれから、どうですか 同じだ。 ﹁あ、ごめんなさい ﹂ ﹁はやく撮った方がいいんじゃないのか﹂ ミナリンスキーさんは笑顔のままだ。 ﹁そうですか﹂ ﹁別に。いつも通りだよ﹂ だがそうはしなかった。 同じか だった。普段なら無視するか、気づかないふりをしているところだ。 聞 い た 本 人 も 何 を 聞 い て い る の か わ か ら な い ふ わ ふ わ し た 質 問 ? く包み込んできた。 ﹁⋮⋮⋮⋮近くないか ﹂ この距離でこっちを向くなっての ﹁いつも通りですよ。ご主人様♪﹂ だぁ∼ ﹁あっ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ 向こうも気づいたのか、正面を向いた。 ﹁はい、チーズ ! ? ﹁あ、ああ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁写真は後ほどお渡ししますね♪﹂ カシャッと切れのいい音が鳴り、撮影が終わる。 ! 真っ白な頬とかほん て座ってくる。というか肩と肩が触れ合い、甘ったるい匂いが容赦な カメラをセットしたミナリンスキーさんはさっきより距離を詰め ! のり朱い唇を間近に感じ、顔が熱くなる。 !! 12 ? 左肩にはまだ柔らかな温もりが凭れかかっている気がした。 座席のベルが再び材木座によって鳴らされる。 ﹁は∼い♪﹂ またミナリンスキーさんがやって来た。人気ナンバーワンが一つ の席に何度も来ていいのだろうか。さっきから、周りの客達の視線が 刺 さ っ て き て 痛 い。最 近、視 線 に 敏 感 だ か ら、よ り 一 層 深 く ま で 刺 さってくる。まあ、俺達を見るのは数秒で、あとはミナリンスキーさ んにみとれているだけだが。 ﹁うむ。我等はもう、出かけるとしよう﹂ ﹂ こいつ⋮⋮⋮⋮。さっきまでは緊張しまくりだったのに、もう立ち 直りやがった。 ﹁もうお出かけしちゃうんですか 甘えるような声で聞かれる。演技だとわかっていても、罪悪感がす るから止めてね。中学時代の俺なら勘違いして、通い詰めているとこ ろだ。 ﹂ ﹁我等は行かねばならんところが⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁えーと、いくらだっけ ﹁割り勘でいい﹂ ﹁ぬう⋮⋮⋮⋮お主、ツーショットチェキがそんなに嬉しかったのか ﹂ ﹁いや、俺はいいや﹂ 周りの空気が⋮⋮⋮⋮。 俺の言葉を聞いたミナリンスキーさんは、キョトンとした後、俯き、 胸の前で手を握る。あれ ﹁お願い⋮⋮⋮⋮ ﹂ そして数秒溜めた後、顔を上げた。 ? ﹁はい、ご主人様のお名前は⋮⋮⋮⋮ヒキタニハチマン様ですね♪﹂ ! いつの間にか、ここの会員になっちゃってる。ふっしぎー。 ﹁ヒキガヤな﹂ あれ ? 13 ? 材木座の言葉に被せるように伝票の確認をして、材木座に渡す。 ? ﹁こちら会員カードになります﹂ ﹁違うっての﹂ ? ヒキガヤ様ですね♪﹂ いや、さすがにね。あんな濡れた瞳向けられちゃ。 ﹁あ、失礼しました ﹁ああ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁また、帰って来てくださいね♪﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ おそらく、もう会う事もないだろう。偶然で二度会っただけで、変 な勘違いをするような、甘っちょろい脳みそはしていない。 いってらっしゃいませ♪﹂ 会計を済ませ、歩き出すと、お決まりの挨拶が聞こえてきた。 ﹁それでは、ご主人様 つい振り返ってしまい、顔を上げたミナリンスキーさんと目があっ ! たが、そこにはほんのりと凍えた心を温めるような笑顔があった。 14 !
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