線形代数学Ⅱ 参考資料 4 2016 年度後期 工学部・未来科学部 1 年 担当: 原 隆 (未来科学部数学系列・助教) ■ラプラスの余因子展開の応用Ⅰ: 余因子行列と逆行列 定義 (余因子行列, [新井他] p. 112 定義 4.67) n 次正方行列 A = (aij )1≤i,j≤n の第 (i, j) 余因子を ãij で表すことにする。このとき、A の e を A の 余因子行列 adjugate 第 (i, j) 余因子 ãij を 第 (j, i) 成分 とする n 次正方行列 A matrix と呼ぶ; ã11 ã21 · · · · · · ãn1 ã12 ã22 · · · · · · ãn2 .. .. .. .. .. e . . . . A= . . .. .. .. .. .. . . . . ã1n ã2n · · · · · · ãnn 警告 余因子行列を作る際には 余因子の並べ方に注意!! (添え字の増え方が通常の行列の成分 とは逆になっている!) ちなみに英語では、(素直に) 第 (i, j) 成分 を 第 (i, j) 余因子 とする行列 cof(A) = (ãij )1≤i,j≤n を cofactor matrix (“余因子行列”) と呼び、上記の定義の意味での余因子行 e = t cof(A) のことを “随伴行列” adjugate matrix と呼んで区別することも多い*1 *2 。 列A 定理 (余因子行列の性質, [新井他] p. 112 定理 4.68) e に対して等式 AA e = AA e = (det A) In が成立する。 n 次正方行列 A とその余因子行列 A (但し In は n 次単位行列) 系 ([新井他] p. 112 定理 4.69 など) n 次正方行列 A に対して以下が成立する。 1 e A で与えられる。 det A (2) det A = 0 ならば A は 零因子 zero divisor を持つ; 即ち AX = On , Y A = On を満た す n 次正方行列 X, Y が存在する (On は n 次の零行列)。 (1) det A ̸= 0 ならば A は正則行列で、逆行列は A−1 = 【系の証明】 ( ) ( ) 1 e 1 e (1) は定理より A A = A A = In が成り立つことから従う。(2) も定理から等 det A det A e = AA e = 0In = On が成り立つので、A が特に零因子 A e を持つことが従う。 式 AA □ *1 tA *2 は A の 転置行列 transposed matrix を表す記号。転置行列については行列式の単元の終盤で紹介します。 一方で “随伴行列” という用語は、複素数成分の行列 A = (aij )1≤i≤m,1≤n≤j に対して定まる行列 A∗ = tĀ (Ā は A の各成分の複素共役をとった行列) を指すことが多いので紛らわしいことこの上ない。尚、後者の意味での “随伴 e とは一応区別されている (のだが adjugate も 行列” A∗ は英語では adjoint matrix と呼ばれ、adjugate matrix A adjoint も実は全く同じ意味で、日本語では共に「随伴する」と訳されるため、話が一層ややこしくなっている)。 定理の証明の鍵は次の補題である; 補題 ([新井他] p. 111 補題 4.66) n 次正方行列 A = (aij )1≤i,j≤n と 1 ≤ i, j ≤ n を満たす i, j について以下が成り立つ; det A (i = j のとき), (1) a1i ã1j + a2i ã2j + . . . . . . + ani ãnj = 0 (i ̸= j のとき). det A (i = j のとき), = 0 (i ̸= j のとき). (2) ai1 ãj1 + ai2 ãj2 + . . . . . . + ain ãjn 【補題の証明】 i = j のときはラプラスの余因子展開定理そのものである。i ̸= j のとき、第 j 列を i j 第 i 列に取り替えた行列の行列式 a11 a21 a31 .. . .. . .. . det an−1,1 an1 a12 a22 a32 .. . .. . .. . an−1,2 an2 ˇ a1i a2i a3i .. . .. . .. . ··· ··· ··· .. . .. . .. ˇ a1i a2i a3i .. . .. . .. . ··· ··· ··· .. . .. . .. . · · · an−1,i ani ··· ··· ··· ··· .. . .. . · · · an−1,i ··· ani a1n a2n a3n .. . .. . .. . . .. . · · · an−1,n ··· ann は (第 i 列と第 j 列が同じ列ベクトルであるため) 0 となるが、一方で第 j 列で余因子展開をしてみ ると a1i ã1j + a2i ã2j + . . . + ani ãnj となるので (1) が示された (各自確認しよう)。同じことを 行に □ 関して 行うと (2) の式も導き出せる (各自で証明してみること!!) e = (det A) In のみ示す。行列の積のルールに従って AA e を直接計算することで 【定理の証明】 AA j ã11 ã12 .. . ˇ e = AA i ã1i .. . . .. ã1n ã21 ã22 .. . ··· ··· ··· ··· ··· ··· ··· ··· .. . .. .. . .. . . ãn1 ãn2 .. . ã2i .. . .. . ã2n ··· .. . .. . ··· ãni .. . .. . ãnn ··· .. . .. . ··· ··· ··· .. .. . . .. .. . . ··· ··· a11 a21 .. . .. . .. . .. . an1 e の (i, j) 成分を cij とすると、cij は より、AA cij = ã1i a1j + ã2i a2j + . . . . . . + ãni anj 補題 (1) = a12 a22 .. . .. . .. . .. . an2 ··· ··· .. . ··· ··· .. . .. . .. . .. .. .. . ··· .. . . . ··· ˇ a1j a2j .. . .. . .. . .. . anj ··· ··· .. . .. . .. . .. . ··· a1n a2n .. . .. . .. . .. . ann { det A (i = j のとき), 0 (i = ̸ j のとき) e が “対角成分はすべて det A でそれ以外の成分は 0 である” よ と計算出来る。これは行列の積 AA うな行列、即ち (det A) In と一致することを表しているのに他ならない。 e = (det A) In の方も、直接行列の積を計算して補題 (2) を用いれば同様に示せる。 等式 AA □ ■ラプラスの余因子展開の応用Ⅱ: クラーメルの公式 定理 (クラーメルの公式 Cramer’s rule) ([新井他] p.p. 115–116, 定理 4.75) n 元 1 次連立方程式 (未知数の数と式の数が同じものだけ!) a11 x1 + a12 x2 + · · · · · · + a1n xn = b1 a 21 x1 + a22 x2 + · · · · · · + a2n xn = b2 .. .. .. .. .. .. . . . . . . . . . .. . . .. .. .. .. .. . an1 x1 + an2 x2 + · · · · · · + ann xn = bn ガブリエル・クラーメル*3 の 係数行列の行列式が 0 でない ならば、この連立方程式は次の式で与えられるただ一組 の解 (x1 , x2 , . . . , xn ) を持つ; j (∗) : a11 a12 a21 a22 .. .. . . det . .. .. . an1 an2 xj = a11 a12 a21 a22 .. .. . det . . .. .. . an1 an2 ··· ··· .. . .. . ··· ··· ··· .. . .. . ··· ˇ b1 b2 .. . .. . bn a1j a2j .. . .. . anj ··· ··· .. . .. . ··· ··· ··· .. . .. . ··· a1n a2n .. . .. . ann a1n a2n .. . .. . ann (j = 1, 2, . . . , n). 【クラーメルの公式の証明】 係数行列を A, 変数ベクトルを x, 等号の右辺の数を並べたベクトルを ˇ b と書くことにすると、与えられた連立 1 次方程式は Ax = b と書き直せるので、両辺の左から e = (det A) In を用いた)。 e を得る (ここで定理の公式 AA A の余因子行列を掛けて (det A) x = Ab 両辺の第 j 成分を比較すると、左辺は (det A) xj であり、右辺の行列の積を直接計算してみると b1 ã11 ã21 · · · · · · ãn1 ã 12 ã22 · · · · · · ãn2 b2 . . .. .. .. .. .. . . . . . . e (Ab)j = .. の第 j 成分 = b1 ã1j + b2 ã2j + . . . + bn ãnj j ã1j ã2j · · · · · · ãnj . . .. .. .. .. . .. . .. . . . ã1n ã2n ··· ··· ãnn bn が得られる。最後の式 b1 ã1j + b2 ã2j + . . . + bn ãnj は先程の補題と全く同様にして、式 (∗) の分子 の行列式を第 j 列に関して余因子展開したものと見做せるので (各自確認すること!)、det A ̸= 0 で あれば等式 (∗) が成り立つ。 □ 歴史的注釈 − この公式は、クラーメルの著書『代数曲線の解析入門 Introduction à l’analyse des lignes courbes algébriques』(1750) に於いて発表されたことから クラーメルの公式 と呼ばれている が、クラーメルの著書の発表以前に (微分積分学の講義で登場した) ライプニッツやマクロー リンによって既に知られていた公式であったと考えられている。 − 歴史的には 連立一次方程式の解を求める研究 が進められていく中で行列式の概念が形成され てきた。クラーメルが公式を発表した当時は まだ行列式の概念は存在していなかった ため、 クラーメルは所謂 消去法 elimination method (基本的には夏学期の『線形代数学Ⅰ』で学ん だ連立一次方程式の解法と同様の手法) を用いて公式を導出しており、(∗) 式の 分母と分子の 行列式をすべて展開した非常に複雑な形で 公式を与えていた。行列式の理論が確立した現在 に於いては、余因子行列を用いて華麗かつ一瞬で求められてしまう “しょぼい” 公式に見えな くもないが、行列式の理論の構築に貢献したその歴史的意義は測りしれないのである。 − クラーメルよりも以前に、日本でも 関孝和 Takakazu Seki ら和算家に よって連立方程式の研究は進められており、特に関は『解伏題之法』に 於いて、終結式 resultant を計算する過程で本質的に 3 次, 4 次の行列 式を正しく定義していた。また、井関知辰により 1690 年にまとめられ た和算書『算法発揮』には、実質的にラプラスの余因子展開と同等の計 算方法が紹介されており (ラプラスによって余因子展開が確立されたの 関 孝和*4 は 1772 年頃)、江戸時代の和算のレベルの高さを窺わせる。なお、行列式や終結式と和算の関 係については、広島大学の松本堯生さんが書かれた『数学文化』の論説*5 が非常に簡潔かつ分 かり易くまとまっているかと思います。また『算法発揮』は現代語訳がされており*6 、そちら で「ラプラスの余因子展開」の解説図も閲覧出来ますので、興味のある方は是非。 babababababababababababababababababab !!注意!! 余因子行列を用いて逆行列を求めようとすると、もとの行列の行列式 1 個と余因子 n2 個 の計 n2 + 1 個もの行列式を計算しなければならない。また、クラーメルの公式を用いて 連立一次方程式の解を求めようとすると、やはり n + 1 個もの行列式を計算しなければ ならない。行列式の計算は (既に身に沁みて感じられていると思うが) 結構手間がかかるも のなので、今回学んだ余因子行列にまつわる結果は (少なくとも行列のサイズが大きい場合 には) 実際に逆行列や連立一次方程式の計算をするのには 全く 向かない!! それこそ『線 形代数学Ⅰ』で学んだ 行基本変形を用いた解法 (ガウスの消去法) の方が 圧倒的に速く 計 算することが出来るし、コンピュータにも実装しやすいのである。 とは言え、抽象的な問題を扱う際 や 数学の理論を形成する際 には余因子行列を用いた これらの結果は大変有用であるので、無駄とは思わずしっかりと原理を復習すること!! *4 せき たかかず (1642?–1708) *5 http://www.math.sci.hiroshima-u.ac.jp/KYO-IN-MENKYO/KOUGI-SHIRYO/shokyo-hou-to-gyorestushiki.pdfより閲覧可 *6 岩知道秀樹さんによる。http://www.wasan.jp/hakki/hakki.html より閲覧可能
© Copyright 2024 ExpyDoc