Economic Indicators 定例経済指標レポート

EU Trends
ハード・ブレクジットも容易ではない
発表日:2016年10月21日(金)
~地方議会が自由貿易協定の発効を阻止~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ 独自の移民政策や関税の決定権を優先する英国政府の姿勢からは、EU離脱後の英国が目指す対EU
関係に一番近そうなのは自由貿易協定を結ぶ「カナダ型」となる。ただ、現在、批准の最終段階にあ
るEUとカナダの自由貿易協定は、ベルギーの地方議会の反対で暗礁に乗り上げている。EU離脱後
の英国の将来も、1地方議会の投票に左右される恐れがあり、困難が待ち受けていそうだ。また、E
U=カナダ間の自由貿易協定は、交渉に5年余り、承認作業に2年余りの月日を要している。原則2
年のEU離脱の協議期限中に交渉を終えることは不可能に近い。そのため、協議期限の延長や移行期
間中の取り扱いを定めることが、最優先事項となろう。
EU離脱後の英国が「ハード・ブレクジット」に傾いているとの見方が広がっている。最近の英国政府
関係者の発言からは、独自の移民政策の採用を優先する姿勢が鮮明で、こうした主張を貫き通す場合、単
一市場へのアクセスが犠牲になる可能性が高い。その場合、EUの共通移民政策の採用が求められる「ノ
ルウェー型」や「スイス型」は選択肢から除外される。他方、独自の移民政策の採用が認められる「トル
コ型」はEUの関税同盟という形を採るが、これは域外関税の決定権を手放すことを意味し、完全な主権
国家になるとのメイ首相の構想と相反する。となると、離脱後の英国が目指す姿に一番近そうなのは、自
由貿易協定を結ぶ「カナダ型」となる。
だが、EUとカナダとの包括的な経済貿易協定(CETA)は、批准の最終段階で暗礁に乗り上げている。
2009年5月に正式交渉が開始されたCETAは、2013年10月に暫定合意に達した後、2014年8月に協議を終了。
その後、EUの意思決定機関である閣僚理事会や欧州議会で承認され、加盟各国の議会承認手続きを順次
行なってきた。その間、昨年10月のカナダの総選挙で10年振りとなる政権交代が実現。EUとの間で通商
協議を開始した中道右派の保守党ハーパー政権が退陣し、中道左派の自由党トルドー政権が誕生した。批
准作業への影響も不安視されたが、トルドー政権もCETAの批准方針を継続。他方、EU側では、各国議会
の批准段階で幾つかの国から問題提起があったが、当初反対姿勢を表明したオーストリアのケルン首相が
態度を改め、ドイツの憲法裁判所も協定の違憲性を否定したことで、協定批准まであと一息のところまで
辿り着いた。協定の発効にはEU加盟28ヶ国全ての議会の承認が必要となる。各国の議会承認を終え、10
月27日に予定されるEU=カナダ首脳会議の場で協定に署名し、来年の発効を目指している。
そこに待ったを掛けたのが、ベルギーのフランス語圏の地方議会だった。同国は工業が盛んで裕福な北
部のオランダ語圏と、石炭・鉄鋼産業が衰退した貧しい南部のフランス語圏の間で、建国以来、社会的な
分断が続いており、国内の意見集約が難しい。従来、通商協定の議会承認は連邦レベルのみで済ませてき
たが、今回の議会承認では、連邦議会のほか、連邦を構成する5つの地方議会の承認を必要とすることに
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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なった。左派系政党が支配する2つのフランス語圏の議会は12日と14日、協定批准を相次いで否決した。
カナダ産の安価な牛肉や豚肉などの流通増加による国内生産者への打撃、労働・環境規制の悪化につなが
ることへの警戒が強い。現在も地方議会の説得が続いているが、連邦議会にこれを覆す力はなく、ベルギ
ーの地方議会の反対により、EU=カナダ間の自由貿易協定が阻止される恐れも出てきた。
こうしたCETA批准作業の難航は、EU離脱後の英国が「カナダ型」を目指すことが決して平坦な道のり
ではないことを暗示する。英国とEUが自由貿易協定を締結するに当たっては、カナダと同様に、閣僚理
事会や欧州議会のほかにも、各国の議会承認が必要となる。一部の国では今回のベルギーのように地方議
会の承認も必要となる可能性が高い。仮に主要国との折衝が合意に至っても(これも十分に難しいが)、
地方議会の反対で協定が宙に浮くことも十分に考えられる。また、CETAの批准までには、交渉開始から協
議終了までに5年余り、欧州議会や各国議会承認に2年余りの月日を要している。リスボン条約第50条に
定められた協議期限は原則として2年。その間に難しい交渉をまとめ、各国議会承認を終えることは不可
能に近い。そのため、協議期限の延長や議会承認を終えるまでの移行期間の取り扱いをどうするかが、2
年間の協議期間中の最優先事項となる。
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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