18 脂質異常症治療薬の今昔 – スタチンの功罪 – 阪 本 琢 也 コレステロールが動脈硬化の原因のひとつとし コレステロール低下作用と、HDL の改善作用も て注目されて半世紀が過ぎ、脂質管理の重要性は 認められ、その効果に驚くとともに大きな期待を すっかり世間にも浸透し、日本人の国民性もある もって発売を待ちました。1989年 pravastatin の のでしょうか、熱心な健康診断、人間ドックの利 発売後、その優れた効果から広く処方され、さら 用、マスコミの啓発により、日常の外来診療で医 に simvastatin 投与による総死亡数の減少という 師が勧めなくても、自らコレステロール管理を求 画期的な報告4S 研究も報告され(Lancet 344: める患者さんが当たり前になっています。 1383-9:1994)、大きな追い風とともにプラバス 先日実家の本を整理していたところ、開業医で タチン単剤の売り上げが急上昇し、他の製薬会社 あった父が購読していた1970年代の内科雑誌の高 の総売り上げを凌駕するほどであったことも忘れ 脂血症特集号を見つけました。当時検査でルーチ られません。 ンに実施できたのは総コレステロール、中性脂肪 食事療法だけで改善が十分でなかった当時、ス であり HDL 測定はやっと一部施設で可能となっ タチンは一気に脂質異常症治療の主役となりまし ていた時代で、リポ蛋白分画は電気泳動、アポ蛋 た。その後次々に発売された第2世代のスタチン 白測定に関しては研究室レベルの時代でした。治 では、30%以上の LDL コレステロール低下作用 療に関しては食事、運動療法が主体であり、薬物 が得られ、種々の介入試験においても、冠動脈疾 治療はあまり記載されていませんでした。 患、脳血管障害の一次予防、二次予防の有用性の 大学在学中に Goldstein と Brown が LDL 受容 エビデンスも報告され、2013年の ACC/AHA ガ 体を発見、ノーベル賞を受賞してから脂質代謝も イドラインではコレステロール値を含めて、一定 注目されるようにはなっていましたが、脂質代謝 リスクの患者さんに対し、内服を開始しそのまま は誰もが毛嫌いする分野であり、国家試験での出 検査せずスタチン治療継続をすすめる、 「Fire & 題率も低く、高脂血症分類を勉強していると、肝 Forget」が推奨されています(ちなみに日本の 外しだぞと指摘されたことを覚えています。脂質 動脈硬化ガイドラインは定期的検査を行いなが 代謝に関しては患者さんだけでなく、医師の意識 ら、治療目標値を意識する「Treat to Target」 も低い時代でした。 を推奨しています) 。 自分がスタチン系薬剤を初めて知ったのは、 ところが自分の中ですっかり当たり前となって 1987年東京慈恵会医科大学青戸病院内科入局後に いた、脂質異常症に対するスタチンの位置づけが 所属した、脂質代謝研究室で行われていた第2相 変わるような報告が近年報告され、スタチン系薬 の臨床試験でした。 当時脂質異常症に対する薬剤、 剤治療の見直しも必要なのではないかと感じるよ 特にコレステロール低下作用が期待できる薬剤は うになりました。 colestyramine、Probucol 等で、コレステロール低 実際、広くスタチンが投与されるようになった 下作用は10%前後と不十分であり、特に Probucol にも関わらず、心疾患死亡率の上昇傾向が認めら は中性脂肪の増加、HDL の低下作用も示し、脂 れ、糖尿病患者の増加傾向も目立ちます。特にス 質代謝全体においてのメリットは疑問視されてい タチンが登場した1990年後半より、一度低下した る状況であったのに比べ、スタチンは20%以上の 心疾患死亡率は再上昇傾向を示しています (図1) 。 新潟県医師会報 H28.9 № 798 19 心疾患による死亡率は現在も上昇傾向 観察では判断しにくく、臨床の現場でも、スタチ ン内服対象となるような患者背景を考慮すると、 死 亡 率 ( 人 口 㻝㻜 万 対 ) 悪性新生物 㻞㻤㻜 㻞㻢㻜 㻞㻠㻜 㻞㻞㻜 㻞㻜㻜 㻝㻤㻜 㻝㻢㻜 㻝㻠㻜 㻝㻞㻜 㻝㻜㻜 㻤㻜 㻢㻜 㻠㻜 㻞㻜 㻜 ゆるやかに糖代謝に影響が表れるため、自然に2 型糖尿病を発症した場合と鑑別が困難と考えられ ます。また一次予防の場合、比較的若年から長期 ↓4S 㻞㻞 ・ 昭和・・年 㻟㻜 ・ 㻠㻜 ・ 㻡㻜 ・ 㻢㻜 㻣 㻞 平成・年 ・ 㻝㻣 㻞㻞 心疾患 間内服を続けるため、自分の経験でもスタチン投 脳血管疾患 肺炎 与を糖尿病の発症要因のひとつとして認識できな 不慮の事故 自殺 肝疾患 結核 厚生労働省「平成㻞㻞年度人口動態統計」 図1 主な死因別にみた死亡率の年次推移 かったと感じています。 スタチン系にかわる薬剤として、フィブラート 系は明確なエビデンスに乏しく、EPA に関して 予後改善は期待できますが、LDL 低下作用は弱 く、両者とも補助的な薬剤で、主役としては役不 スタチンの新規糖尿病発症について 表1 スタチンの新規糖尿病発症について • 水溶性スタチン(㼜㼞㼍㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚、㼞㼛㼟㼡㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚)と脂溶性スタチン (㼟㼕㼙㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚、㼒㼘㼡㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚、㼍㼠㼛㼞㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚、㼜㼕㼠㼍㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚)の差はない • 㼃㻻㻿㻯㻻㻼㻿:㼜㼞㼍㼢㼍㼟㼠㼍㼠㼕㼚による糖尿病発症抑制の可能性 • 㻼㻾㻻㻿㻼㻱㻾:㻟㻞%新規発症 • 㻶㼁㻼㻵㼀㻱㻾:㻞㻡%新規発症 • 㼀㻺㼀: 容量に依存して新規発症が㻝㻥%有意に増加 • メガスタディ:スタチン治療により㻥%新規発症が増加 • 㻶㻙㻼㻾㻱㻰㻵㻯㼀試験:耐糖能異常患者におけ る㼜㼕㼠㼍㼢㼍㼟㼍㼠㼕㼚による新 規糖尿病発症の有無を検証 • 耐糖能異常、メタボリックシンド ローム等の患者においてより起こ りやすい 足の印象です。 小腸のコレステロールトランスポーターである NPC1L1阻害作用により、小腸からの胆汁性及び 食事性コレステロール吸収を抑制する ezetimibe は、単剤ではスタチンほどの効果は期待できませ んが、 糖尿病新規発症のリスクは低いと考えられ、 一次予防には有用ではないかとの印象をもってい ます。また近年 LDL 受容体に結合しそのリサイ クリングを抑制する、PCSK9(Proprotein convertase subtilisin/kexin type 9)に対するモノクローナ ル抗体製剤である evolocumab も発売されていま スタチンの新規糖尿病発症リスクについては各 すが、家族性高脂血症や高リスクの場合にのみ投 研究で指摘されてきましたが(表1) 、スタチン 与が推奨されています。 系薬剤のメタアナリシスでは、糖尿病の新規発症 現時点では、動脈硬化のエピソードをもたず、 のリスクとそれを上回る脂質改善のリスク低下が 他のリスクを有しない若年、中年の患者に一律に 期待できると結論づけています(Lancet 375: スタチンを投与することが、真の動脈硬化性疾患 735-742:2010)。しかし昨年にはスタチン投与で の予防につながるかどうか、さらに長期の厳密な 46%の糖尿病リスクが報告され、これらのリスク 調査が必要と考えられます。 は atorvastatin、simvastatin で 比 較 的 高 く、 脂質検査は簡単になり、ガイドライン上も目標 pravastatin、fluvastatin、lovastatin で は 比 較 的 数値が明確になったため、マニュアル的にスタチ リスクが低く、用量依存性も指摘されています ン投与が開始される場合も多いと思いますが、慈 (Diabetologia 58(5) :1109-17:2015) 。 恵医大建学の祖、高木兼寛先生の「病気を診ずし 二次予防に関しては動脈硬化病変の進展抑制も て、病人を診よ」の教え通りに、われわれ医師は 明らかであり、積極的な使用に問題はないと思わ 患者の真の健康寿命の延伸のため、患者ひとりひ れますが、低リスク患者に対して一次予防として とりに対するオーダーメードの医療を提供してい のスタチン投与は慎重に検討すべきと感じていま く必要があるとあらためて感じています。 す。新規糖尿病発症リスクについては数年の経過 (町立津南病院) 新潟県医師会報 H28.9 № 798
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