米国経済UPDATE:FOMC、年内には再利上げへ

Sep 26, 2016
No.2016-046
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected]
米国経済 UPDATE:FOMC、年内には再利上げへ
9 月 20~21 日に開催された FOMC においては、ここまでの経済状況を肯定的に評価しつつも、
「FRB
の目標に向けた継続的な進展をさらに示す証拠を待ちたい」として、再利上げを見送った。ただし、17
人の FOMC メンバーのうち 14 人が年内 1 回以上の利上げを予想しており、雇用・物価等、経済状況の
急変が無い限り、11、12 月いずれかでの再利上げが濃厚である。他方、FOMC メンバーの利上げ経路や
成長率の長期見通しが今回もまた下方修正され、政策金利の中央値は 2.9%と 3%を割り込み、また、経
済成長率も 1.8%となって 2%を割り込んだ。こうした「新常態」にいかに対処していくのかが、FRB の
課題となっている。
6 回連続で利上げ見送り
米国で 9 月 20~21 日に開催された FOMC(連邦公開市場
FOMCメンバーの政策金利予測(2016年末時点)の人数分布(人)
12
委員会)において、政策金利(FF 金利誘導目標水準)は現
状(0.25~0.50%)維持となり、6 回連続で利上げが見送ら
れた。投票メンバー10 人のうち、7 人が見送りに賛成、3 人
は反対となり、賛否が割れた。
10
8
6月FOMC
6
9月FOMC
昨年 12 月の利上げ時には、2016 年末までに 4 回以上利上
4
げをするという見通しを示す FOMC メンバーが 17 人中 10
人を占めたが、実際にはここまで 1 度も再利上げが出来てい
ない。
2
0
0.375 0.500 0.625 0.750 0.875 1.000 1.125 1.250 1.375
(出所)FRB
声明文では、「経済活動の伸びは上期から加速」、「労働市
FOMCメンバーの政策金利予測(2017年末時点)の人数分布(人)
場は力強さを増し続けて」おり、「経済の先行きへの短期的
8
リスクは概ね均衡」
、
「利上げに向けて状況は整ってきた」と
7
しつつも、「FRB の目標(雇用の最大化と物価安定(2%))
6
に向けた継続的な進展をさらに示す証拠を待ちたい」として
5
いる。
4
3
FOMC メンバーによる今後の利上げスケジュールの見通
2
しは、前回公表時(6 月時点)の見通しからさらに後ろ倒し
1
された。年内の利上げ見通しについては、
「1 回」が 17 人の
0
6月FOMC
9月FOMC
メンバー中 10 人で最多、
「年内利上げなし」と「2 回」がと
もに 3 人で続く。来年末の見通しについても、前回の中央値
(出所)FRB
1.625%、最頻値 1.375%から今回はいずれも 1.125%(現時点から+0.75%Pt)となった。このように、
FOMC メンバーの利上げのメインシナリオは、年内 1 回、来年 2 回へと収束している。
また、政策金利の長期見通しも中央値が前回の 3.0%から今回は 2.9%へと低下、長期の経済成長率見通
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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しも、2.0%から 1.8%へと低下した。こうした低成長化・低金利化する見通しを踏まえ、イエレン議長は
記者会見において、
「米国および世界経済に見られる新常態(new normal)とは何かに関する諸難題に我々
は対応しようとしており、それこそが利上げ経路の度重なる下方修正の理由である」と述べている。
雇用者増が続いても、賃金・物価の上昇は依然緩やか
FOMC の声明文でも言及されているように、雇用情勢は概ね
堅調ではある。雇用者の増加数は 5 月に大きく鈍化(前月比 2.4
万人増)した後、6 月が 27.1 万人増、7 月も 27.5 万人増と急回
復した。
非農業部門雇用の増加数推移(千人)
350
300
250
200
平均
この勢いに 9 月利上げという見方が強まってきていたところ
150
で、足元 8 月の増加数は 15.1 万人増に鈍化した。単月の振れを
100
均してみても、今年の 1~8 月の平均増加数(18.2 万人増)は、
50
昨年の平均増加数(22.9 万人増)から縮小している。
合計
0
2014
もし 8 月も昨年並みの増勢が続いていれば 9 月利上げの強力
な支援材料となったものと考えられ、他方、10 万人(米国の生
2015
2016
(出所)米国労働省
失業率の推移(%)
12.0
20.0
産年齢人口の月間増加数の目途)を割り込むようなペースダウ
ンが続けば当面利上げなど考えられなくなる。しかし、最近の
増加数は、その間の 10~20 万人の水準になってきている。
18.0
10.0
16.0
14.0
8.0
12.0
6.0
そのため、FOMC メンバーのみならず、市場やエコノミスト
の間でも労働市場に対する見方が分かれた。利上げ見送り派は、
10.0
8.0
4.0
6.0
4.0
2.0
2.0
余剰労働力が多く残るという見方を取る。通常の失業率(8 月:
4.9%)は今年になって下げ止まってきており、さらには、労働
参加率の低迷(8 月:62.8%)や広義の失業率(U6 失業率)の
0.0
0.0
2000
05
10
失業率
15
U6失業率(右軸)
(出所)米国労働省
高止まり(8 月:9.7%)は、通常の失業率には含まれない余剰
労働参加率の推移(%)
労働力、具体的には、
「就職の意思はあっても就職活動を諦め
68.0
ている層1」や「フルタイム雇用希望ではあるが、意に反して
67.0
パートタイムで就労している層2」も依然として多く残ること
66.0
を示している。したがって、雇用増加ペースが鈍化しているの
65.0
は、余剰労働力が無くなってきたからではなく、経済の現状や
見通しが弱く企業が長期的な成長に自信を持てずにいるとい
うことになる。そうなれば、再利上げは正当化されない。
他方、利上げ派は、労働市場が完全雇用に近づいているとの
64.0
63.0
62.0
1985
90
(出所)米国労働省
見方を取る。通常の失業率の下げ止まりもまた、その証拠であ
ると考える。では、労働参加率の低迷をどう解釈するのか。
1
2
労働参加率、通常の失業率には含まれず、広義の失業率には含まれる。
通常の失業率には含まれず、労働参加率、広義の失業率には含まれる。
2
95
2000
05
10
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一つの見方としては、最近、大統領経済諮問委員会(CEA)が公表した調査報告が参考になる。この報
告では、低学歴・低スキルの労働者に対する需要が減少、これらの労働者が労働市場から弾き出されて就
労できなくなっており、そのために働き盛りの 24~54 歳男性層で労働参加率が低下するという傾向が続
いていることを示している。通常の失業率が十分に低下してなお労働参加率が停滞していることを考える
と、単に就職口不足のために就労を諦めて労働市場に参加しないのではなく、労働スキルのミスマッチ等
により、就職口に自分が対応できない/対応できる見込みがないと考えているものとみられる。そうだとす
れば、この層については、単に経済拡大が続いて求人が増えたとしても就労復帰は難しく、労働供給も広
がらない。米国の労働市場がこのようないびつな構造を抱えているとすれば、現状のペースで雇用増が続
いていくと、労働参加率が停滞したままで賃金上昇率が加速していく可能性がある。
結局、9 月 FOMC では、利上げ見送り派に軍配が上がった。こ
れまでの賃金(時給)上昇率(前年同月比)を確認すると、昨年
民間部門時給の推移(前年同月比、%)
4.0
前半までの 2%前後から今年は 2%台半ばへと加速してきてはい
るものの、依然としてそのペースは緩やかなものにとどまる。足
元の動きをみても、7 月の前月比 0.3%上昇、前年同月比 2.7%上
3.0
2.0
昇に対して、8 月は各々0.1%、2.4%に鈍化した。上述の通り、
労働参加率の低迷と賃金上昇率の加速が同時発生する可能性は十
分にあるが、現時点ではまだ賃金上昇は緩やかなままである。
1.0
太線は3か月移動平均
0.0
08
さらには、ここ最近に発表されたその他の月次経済指標も、弱
09
10
11
12
13
14
15
16
(出所)米国労働省
めのものが目立った。具体的には、小売・外食売上(8 月:前月比▲0.3%)、ISM 企業景況感指数(9 月:
製造業:同▲3.2Pt、非製造業:同▲4.1Pt)
、鉱工業生産(8 月:同▲0.4%)、住宅着工件数(8 月:同▲
5.8%)などである。
PCEデフレータ(前年同月比、%)
賃金上昇の加速が鈍化し経済指標も弱いものが増えた足元では、 3.5
インフレも加速しない。FRB が物価目標(2%)の基準とする個
3.0
人消費デフレータは直近の 7 月が前月比横這い、
前年同月比 0.8%
2.5
上昇であり、コア指数でも前月比 0.1%上昇、前年同月比 1.6%上
2.0
PCE
1.5
昇にとどまる。
PCEコア
1.0
こうした足元の弱さまでを勘案した結果として、FOMC は、
0.5
「FRB の目標に向けた継続的な進展をさらに示す証拠」を求めて、 0.0
6 回連続しての利上げ見送りを決定した。
-0.5
10
11
12
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15
16
(出所)米国商務省
年内には再利上げへ
では、再利上げはいつになるのか。雇用が、生産年齢人口の増加数を上回って増加している現状を踏ま
えれば、このままのペースで米国経済が拡大を続ければ労働需給は近々必ず逼迫し、そうなれば賃金上昇
率は加速する。そして、米国経済の下期に向けた見通しは決して暗いものではない。8 月の小売の不振に
ついては 7 月までが強かった反動という面もある。個人消費は、良好な雇用・所得環境を背景に、依然と
して年率 3%成長のトレンド上にある。また、原油価格が下げ止まったことからシェール関連投資もまた
下げ止まり、設備投資には持ち直しの動きがみられる。さらには、4~6 月期の実質 GDP 成長率を 1.26%
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Pt 押し下げた在庫投資についても、既に在庫ストックの対 GDP 比率が低水準にあることから下期はプラ
ス寄与が予想される。
米国の実質 GDP 成長率は、昨年 10~12 月期の前期比年率 0.9%増から、今年 1~3 月期は同 0.8%増、
4~6 月期も同 1.1%増と低成長が続いていたが、これは、資源安・ドル高によって設備投資や輸出が悪化
したことが大きく影響している。さらには、消費が伸び悩んだ今年 1~3 月期までは、資源安によって生
じた実質所得拡大が消費に回らずに貯蓄されてしまったことも影響している。ただし、資源安もドル高も
止まり、逆に修正(資源価格の持ち直し、若干のドル安への転換)が生じたことにより、マイナス要因は
弱まってきている。下期は 2%台後半~3%へと加速することが予想される。
上期(1~6 月)は 1%成長で月平均 17 万人の雇用増が見られた。成長率加速は上期以上の労働需要を
引き起こすことが想定されるが、失業者を含めた余剰労働力でこれをカバーしきれなくなることも考えら
れる。金融政策は効果が生じるまでに時間がかかるため、pre-emptive に発動する必要があるが、FRB は
かなり慎重になっている。
FOMC メンバーの 17 人のうち 14 人は年内 1 回以上の利上げを予想しており、イエレン議長は、記者
会見においてこの点に言及するとともに、11 月の FOMC も含めて、残り 2 回(11、12 月)の FOMC に
おいて再利上げを検討するとしている。雇用・物価を中心とする経済状況が急変する可能性は低く、遅く
とも 12 月には再利上げとなることが見込まれる。
4