造影剤使用に関する ガイドラインと国内での実態

造影剤
造影剤使用に関する
ガイドラインと国内での実態
対
馬
義
人
﹁腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関す
り、常にリスク・ベネフィット・バランスを考
から、格別の安全性が要求されるのは当然であ
ヨードあるいはガドリニウム造影剤は治療の
ための薬剤ではなく、診断のためのものである
ドリニウム造影剤使用に関するガイドライン﹂
剤の使用については、
﹁腎障害患者におけるガ
である。腎障害患者に対するガドリニウム造影
が、ヨード造影剤による造影剤腎症のみが対象
はじめに
えつつ必須と考えられるときにのみ投与される
がある。
るガイドライン2012﹂が広く使われている
べきものである。造影剤の副作用は概ね表①の
ように分類できる。それぞれの副作用発生の可
能性とその対策について、あらかじめよく知っ
ておかなければならない。
造影剤を安全に使用するために、いくつもの
ガイドラインが発表されている。国内では、
ヨーロッパでは、 ESUR Guidelines on Contrast
が利用されている。このガイドラインは
Media
数年毎に精力的に改訂され続けている。日本語
2)
Manual on
訳もあり、コンパクトで使いやすい。現場で参
照するためには便利である。北米には
(887)
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81
1)
3)
①造影剤の副作用分類
副作用の種類
急性
(即時性)
遅発性*
超遅発性
造影剤腎症
発症時期
1時間以内
1時間∼1週間
通常1週間以上
3日以内
ヨード
○
○
○
(甲状腺中毒**)
○
ガドリニウム
○
?
○
(NSF***)
×
ペルフルブタン
○
×
×
×
○:報告あり、×:報告なし
*
薬疹に類似の皮膚反応。そのほか悪心なども報告されているが、その多くは造影剤に関
連したものかどうか明確でない 3)。ガドリニウム造影剤による遅発性副作用は存在しな
いとされているが、存在するとの主張もある。
**
バセドウ病未治療患者に生じ得るとされる。
***
Nephrogenic systemic fibrosis /報告では投与後数日から数年後に発症する。 (筆者作成)
がある。判断の根拠が文献とと
Contrast Media
もに解説されており、詳細を知りたい場合には
便利だが、通読するのはいささか大変である。
さて、これらガイドラインの内容だが、実は
どれも大差はないと言ってよい。しかし本邦に
おいて習慣的に正しいと信じられている方針と、
最新のガイドラインの内容には意外にもかなり
の齟齬がある。これらガイドラインの内容は必
ずしもその全てに明確なエビデンスがあるわけ
ではなく、理論的に最善と考えられる方法が提
示されているにすぎない部分も少なくないのだ
が、個人の経験から語り伝えられてきた方法に
固執するよりは、はるかに妥当なやり方である。
ヨード造影剤による造影剤腎症の危険因子は?
造影剤腎症とは、他に病因がないのに造影剤
の血管内投与後3 日以内に起こる腎機能低下
3)
︵血清クレアチニン値が %あるいは0・5㎎ /
25
82
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(888)
4)
以上の増加︶と定義される。
dL
慢性腎機能障害、急性腎機能障害、脱水状態
が危険因子であることはよく知られているが、
し明確なエビデンスはないので、過信は禁物で
ある。
ステロイド前投与を実施したにもかかわらず
では、糖尿
ESUR Guidelines on Contrast Media
︵B
病、腎毒性のある薬剤の使用、高齢者、心疾患、 生じた急性副作用を、 breakthrough reaction
ヘマトクリット低値なども危険因子としている。 R︶と称する。われわれの検討では、ガドリニ
低下させる可能性があるので、造影剤の毒性に
因子にも配慮すべきである。心不全は腎血流を
腎機能障害が存在する場合には、これらの危険
低い発生率との印象を持たれる方が多いのでは
ード造影剤の場合は4・5%であった。意外に
ウム造影剤の場合のBR発生率は1・9%、ヨ
ート調査では、
﹁重篤な心疾患﹂を危険因子と
しかし先般の日本医学放射線学会によるアンケ
与を禁忌とするのは過剰反応であるとは言えそ
も危険因子があるからといって直ちに造影剤投
の有効性を証明するものではないが、少なくと
急性副作用に対する危険因子がある場合、
ステロイド前投与を実施するとすれば
どのように行うべきなのか?
急性副作用の少なくとも一部はアレルギー機
序によると考えられているので、ステロイド前
投与には理論的根拠があるとされている。しか
問題はステロイドの投与方法である。一般に
値がある。
あれば、ステロイド前投与の実施を検討する価
とは考えにくいが、軽度・中等度の副作用歴で
重度の副作用歴がある場合に再投与を試みるこ
作用よりも重篤となることはまれであるという。
8)
9)
うである。他の報告では、BRが以前の急性副
認識している施設は ・1%に止まっている。
対して脆弱となるのではないかとの考察がある。 ないだろうか。このデータはステロイド前投与
7)
(889)
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3)
5)
6)
37
②ヨード・ガドリニウム造影剤の急性副作用発症の危険性低減を
目的としたステロイド前投薬のプロトコール
ESUR Guidelines on Contrast Media によるプロトコール
(文献 3 より)
プレドニゾロン30mg(もしくはメチルプレドニゾロン32mg)を造影剤投与の12
時間前と 2 時間前に経口投与する。
ACR Manual on Contrast Media によるプロトコール
(文献 4 より)
下記のいずれかを実施する。
1 .プレドニゾロン50mgを造影剤投与の13時間前、 7 時間前、および 1 時間前
に経口投与し、かつジフェンヒドラミン50mgを 1 時間前に静注、筋注、また
は経口投与する。
2 .メチルプレドニゾロン32mgを造影剤投与の12時間前と 2 時間前に経口投与
する。抗ヒスタミン剤を追加してもよい。
経口投与ができない場合には、ヒドロコルチゾン200mgを静注としてもよい。
ステロイドが十分な抗アレルギー作用を発揮す
るまでに、少なくとも数時間かかるとされてい
る。したがって、造影検査の直前にステロイド
を静注するといった方法は不適切である。しか
しこの方法は本邦において長く習慣的に行われ
20
てきたようで、前述のアンケート調査では、ヨ
ード造影剤の場合の ・7%、ガドリニウム造
18
5)
6)
ESUR Guidelines on
影剤の場合の ・8%において依然としてこの
方法が採用されている。
および Manual on Contrast Media
Contrast Media
では、いずれも経口によるステロイド投与を推
奨している︵表②︶
。
ガドリニウム造影剤による腎性全身性線維症
NSF︶
︵
Nephrogenic
systemic
fi
brosis
の危険因子は?
NSFについてはすでに多くの報告があるが、
その発症機序については不明な点が多い。しか
し、発症の危険因子は明確であり、腎機能障害
(890)
3)
4)
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2 透析、 にどのような意味を持つのか現時点では不明で
︵慢性腎不全[
]
、
eGFR<30mL/min/1.73m
急性腎不全︶と安定性の低い直鎖型キレートガ
あるが、ガドリニウム造影剤を使用する際に配
査では、腎機能障害はよく理解されているが、
ドリニウム造影剤の使用である。アンケート調
慮すべき点であろう。
安定性の低い直鎖型キレートガドリニウム造影
剤の使用を危険因子として認識している施設は
ガイドライン2012、 Jpn J Radiol
、 、546
∼584︵2013︶
NSFとガドリニウム造影剤使用に関する合同委員
会︵日本医学放射線学会・日本腎臓学会︶ 腎障害
患者におけるガドリニウム造影剤使用に関するガイ
ドライン
http://www.radiology.jp/member_info/guideline/
20090904.html
European Society of Urogenital Radiology : ESUR
Guidelines on Contrast Media v 9.0
31
・6%に止まっている。実際のところNSF
は認められていない。また剖検例や動物実験で
もガドリニウムの全身臓器への残留が報告され
ており、残留量は直鎖型キレートガドリニウム
造影剤に多い。ガドリニウム体内残留が臨床的
1)
2)
のほとんどは、腎機能障害のある患者に直鎖型
キレートガドリニウム造影剤が投与された後に
発症している。
察され、環状型キレートガドリニウム造影剤で
現象は直鎖型キレートガドリニウム造影剤に観
にて検出可能であることが判明している。この
また、最近の報告として、腎機能正常患者に
おいてもガドリニウムの脳内残留が 強調画像
T1
文献
日本腎臓学会・日本医学放射線学会・日本循環器学
会 腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関する
︵群馬大学大学院医学系研究科
放射線診断核医学
教授︶
3)
http://www.esur.org/guidelines/
ACR Committee on Drugs and Contrast Media : Manual
on Contrast Media v 10.1
http://www.acr.org/quality-safety/resources/contrast-
(891)
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10)
3)
4)
5)
6)
55
manual
Tsushima Y, et al : Safe use of iodinated and
gadolinium-based contrast media in current practice in
Japan : a questionnaire survey. Jpn J Radiol, 34, 130139 (2016)
日本医学放射線学会造影剤安全委員会 ﹁造影剤使
用に関するアンケート調査﹂集計報告
http://www.radiology.jp/content/files/20150721-2.pdf
Jingu A, Tsushima Y, et al : Breakthrough reactions of
iodinated and gadolinium contrast media after oral
steroid premedication protocol. BMC Med Imag, 14,
34 (2014)
Freed KS, et al : Breakthrough adverse reactions to
low-osmolar contrast media after steroid
premedication. AJR, 176, 1389-1392 (2001)
Davenport MS, et al : Repeat contrast medium
reactions in premedicated patients : frequency and
severity. Radiology, 253, 372-379 (2009)
Kanda T, et al : High signal intensity in dentate nucleus
on unenhanced T1-weighted MR images : Association
with linear versus macrocyclic gadolinium chelate
administration. Radiology, 275, 803-809 (2015)
86
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(892)
5)
6)
7)
8)
9)
10)