英国、国民投票で EU離脱を決定

2016年9月6日
Japan law update
EY弁護士法人
英国、
国民投票で
EU離脱を決定
初期段階における法的考察
EY弁護士法人
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は下記サイトからご覧になれます。
http://law.eyjapan.jp/
はじめに
英国の欧州連合
(EU)
離脱によって生じる法律上の問題は過去に例がないもので
す。もっとも、
実際に離脱するまでは、
英国法の内容と安定性は何も変わりません。
英国は引き続きEU基本条約の義務を果たす責任を負い、英国に直接適用される
EU法は引き続き適用されます。EU法が適用されない英国法の分野では、英国が適
切と判断する法律を今後も制定することができます。これを前提に、本稿では、英
国のEU離脱に関して法律上の観点から問題を考察します。
英国のEU離脱に関して、法律上の観点から特筆すべき事項は
以下の3点です。
1. 英国がEUから離脱する法的枠組み
選択した準拠法を引き続き認める。すなわち、英国コモン
ローの見解は、EU法(ローマⅠ規則)
に基づく場合と同じで
ある。
EU法において、加盟国の離脱について唯一の仕組みを定
めているのはリスボン条約第50条です。かかる条項は、以
下のとおり定めています。
• 契約外債務を巡っては不確実な点があり、今後対処する必
要性がある。英国法に基づく従来の見解が、
EU法(ローマII
• 欧州理事会への離脱決定の通知は英国に委ねられてお
り、
EU自体が離脱手続に着手することはできない。
• 英国がEUから離脱しても、裁判制度・手続及び英国裁判官
• 欧州理事会は離脱協定について英国と交渉し、
「EUとの
将来的な関係の枠組みを考慮しつつ、英国の離脱に関
する取り決めを定め」なければならない。
• 当該協定は、欧州議会の同意を得た後、理事会(英国
を除く)の特定多数決に基づく承認を得なければなら
ない。
• 英国がリスボン条約第50条に基づいて、正式に離脱を
通知してから2年以内に離脱協定が締結されない場合、
英国は将来の関係に関する枠組みがないままにEUを離
脱することになる。当該2年間の延長は、
欧州理事会
(英
国を除く)
が全会一致で賛成し、
かつ英国が別途合意し
た場合にのみ可能である。
2. EU離脱後の英国・EU間の関係を規定する法的枠組み
への加盟、
自由貿
複数の既存モデル
(欧州経済領域
(EEA)
易協定の形式、あるいは単に世界貿易機関(WTO)規則に
基づく権利に依拠する方式等)
が議論されていますが、
この
点に関しては未だ何も明確になっていません。また、
これら
モデルのいずれかでなければならないという法的根拠も
ありません。意欲(と時間的余裕)
があれば、英国とEUの将
来の関係について新たなモデルを構築する可能性もあり
ます。
3. EU法の適用停止が英国法に与える影響の明確化作業
EU法が適用されなくなったときに英国法にどのような問題
が生じ、
それをどのように埋めるべきか、
ということが問題と
なります。EUとの交渉を経て締結される離脱協定の性質と
内容によって、
この問題の一部に回答がもたらされることに
なります。
国際商取引契約
英国がEUを離脱しても変わらない事項を把握しておくことは
重要です。例えば、
• 英国の商事契約法(commercial contract law)は、EU法の
影響を受けない。
2
• 契約事項においては、英国法(及び裁判官)は契約当事者が
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規則)
に基づく場合と異なる可能性がある。
の資格・権限には何ら影響を及ぼさない。
このため英国の裁
判所は、国際市場にとって今後も魅力的なものに留まる見
通しである。
• EUとの相互執行の領域において、英国はEU法(ブラッセル
規則)
に基づく法律を制定しなければならない。また、
これ
については、
現行の立場を維持するために他のEU加盟国と
の合意が必要である。ルガノ条約を締結すれば、相互執行
が概ね実現できるが、
ブラッセル条約が適用されなければ
フォーラムショッピング
(法廷地漁り)
のリスクが残る。
離脱交渉
今日までの様々な議論や動揺は、当然ながら、そのほとんどが
離脱交渉と英国・EU間の将来的な関係を軸としたものでした。
ここで重要になるのは、
リスボン条約第50条の運用です。今回
初めて適用されることに加えて、
欧州議会及び加盟国の
(特定)
多数決による合意が必要であることも考え合わせると、
離脱協
定を締結するには、EU全域で幅広く合意を得なければなりま
せん。
さらに、
英国が第50条に基づいて離脱を正式に通知した場合、
離脱協定締結までに2 年間の期限が設定されています(さら
に、
期限延長には全会一致の賛成が必要です)
。
このため、
関係
当事者全員が時間的圧力にさらされることになり、
どのような
シナリオを採用するにせよ、
複雑な交渉及び承認プロセスには
2年間は極めて短いと言わざるを得ません。
加えて、英国、EU並びに他の27加盟国の政治情勢の変化が、
英国の離脱最終条件に必ず影響するため、不確実性がさらに
高まります。今後、
離脱条件の決定までには、
主な交渉人だけで
なく政策決定者自身が誰で、
どのような構成メンバーとなるか
を含め、多くが変わると考えられます。最終結果に影響を及ぼ
す事項はすでに多種多様ですが、
現段階で主として影響を与え
る要素は以下と思われます。
• 英国で新首相に就任したテリーザ・メイ氏の意向。同氏は、
現段階では総選挙の実施はあり得ないとしている。
• EU離脱キャンペーンを率いていた政治家の役割。メイ首相
は第一次内閣の組閣で、離脱に関わる重要ポストに離脱派
の3人を指名している。ボリス・ジョンソン氏は外務大臣に、
デイビッド・デービス氏はEU離脱担当大臣に、
リアム・フォッ
クス氏は国際貿易担当大臣に任命された。
• スコットランド、
ウェールズ、
北アイルランドの分権議会及び
議員の見解及び要求。
• 今日から実際の離脱までに、EU域内の他国(オランダで予
定されている総選挙のほか、
フランス、
ドイツ等)
で実施され
る国政選挙の結果
(こうした国々で政権が交代すれば、
欧州
理事会メンバーとなる国家元首が変わる)
。
• 離脱がどうあるべきかに関して英国内で意見が分かれてい
ることに加え、
残りのEU27加盟国でも意見が分裂している
• 二次法によってEU指令が適用されている場合、英国はかか
る法を維持するために法を制定しなければならない(ただ
し、
英国の現行実施法を維持することとして、
将来時点で改
正する自由を確保しておくことでもこれは可能である)
。
EU法の適用廃止は、以下の結果を招くことにもなります。
• 英国の裁判所では、EU法の原則に即した方法で法律を適用
する義務が消滅する。
• 従来はEUが専権を有していた領域(農業、漁業など)
におい
て、
英国が法律を制定できるようになる。
EU法の置き換え
EUを離脱すると言っても、単に、EU法に基づく英国法をすべて
廃止するというわけではありません。
すべて廃止した場合、英
こと。聞こえのよい言葉が並べ立てられてはいるものの、
両
国法に大きな不備が生じてしまいます。
したがって、EU法が適
サイドともに交渉のスタンスについての見解を明確にして
用されている領域、又は英国法がEU法に基づいて制定された
もいなければ、
共通認識も形成されていない。
領域を特定するステップを踏んだうえで、
EU法を英国国内法に
「転換する」方策を考案しなければなりません
(議会がそうする
離脱後の英国法
ことを望んでいることが前提です)
。
英国のEU離脱に伴う影響を評価する場合、
その評価は、
英国の
これは途方もない作業です。スコットランド、
ウェールズ、
北アイ
現行法がどの程度EU法に依拠しているかによって決まります。
ルランドの分権議会が権限を握っている領域もあり、
その場合
この点において、英国法がEU法に依拠しているのは以下の場
には、
さらに事態が複雑化するかもしれません。英国全国に適
合です。
英国全体で統一性のない
用可能なEU法の適用を廃止すれば、
• EU条約の条項もしくは規則(いずれも、英国で適用する際 法律が制定されるという副産物が生じる可能性もあります。
に国内の実施法を制定する必要はない)
。
もっとも、重要な例外が一部にありますが、実際にEUから離脱
しても、英国法が大幅に改正されることはないと予想されま
又は
す。EU法は通常、ほとんどの領域において議論の余地がない
• EU指令(もしくは決定)。この場合、英国では一次法又は二
か、あるいは議論の余地もなく十分に機能しているために、
EU
次法のいずれかの形式で、
実施法が制定される。
規則・指令に基づく英国法は一部が小幅改正されて今後も適用
EU離脱には1972年欧州共同体法(ECA72)の破棄が必要に され、将来的に徐々に改正されていくものと見込まれます。
なります。ECA72は英国の一次法であり、大体のところ、英国
このように考える理由は多数あります。
のEU加盟を批准し、
EU法を国内法に取り込み、
(特に)
EU指令
を採用する法的根拠となっただけでなく、
(EUが権限を有する • (英国では与党が現在、過半数をわずかに上回る議席しか
領域において)EU法の優位性原則を確立し、さらに英国法と
占めておらず、
野党が合意形成を求めており、
国民選挙での
EU法との一貫性を規定しています。
離脱決定が僅差であったことを考慮すると)英国政府は議
会で一定の合意を形成しなければならず、離脱交渉におい
ECA72を破棄する事態となれば、英国法がEU条約の義務又は
てはEUの要求を十分に意識しなければならない。
規則に基づく場合において、
かかる義務又は規則の消滅から生
じる問題は、
(英国議員がこの不備を埋めたいと望む限りにお • 大幅に改正する時間的余裕がない。
いて)
新しく制定する英国法によって対応する必要があります。
• 安定性と
「通常通りの運用」
が重要なけん引役となる見込み
また、英国法がEU指令(又は決定)
に基づいている場合、英国
である。
には以下の選択肢があります。
以上をすべて踏まえると、
大幅改正よりも、
できる限り現状を維
• 英国で一次法によってEU指令が適用されている場合には
持する可能性のほうが高くなります。
離脱後も影響を受けない
(したがって問題は、
英国議員がこ
うした法律の改正又は廃止を望んでいるかどうかである)
。
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EU法に基づく権利・恩恵の代替
EYのサポートとは?
より重大な(かつ論議を呼ぶ)問題は、離脱の結果、英国がEU
市場へのアクセス権又は恩恵を失うことになる場合、
「それらの
代替のために英国は何をすべきか」です。離脱交渉で主たる焦
点となるのはこの点であり、中でも重要になるポイントは以下
の通りです。
73 の国・地域で1,700 人の弁護士を擁するEY のチームは、
• EU条約の下で保障されている、自由に移動する権利が消滅
あらゆる業種の企業の皆様を以下の中核領域で支援いたし
ます。
• 会社法
• 人事に関するアドバイザリー(労働法に関する一般事項
すべて)
すれば、離脱協定の下で同等の権利が保障されない限り、
英国経済の特定セクターに著しい影響が出る。例えば、
明ら • データ保護及びプライバシー
かなのは金融サービス業界のEU「パスポート制度」に基づ • 商取引法
く権利である。
• 競争法
• 一部の業界は、汎欧州の規制や製品承認制度(医薬品及び
医薬品安全性監視制度、
ユーラトム条約に基づく原子力業 • 金融規制
界の安全性制度、
欧州共通航空域及び欧州域内エネルギー
市場など)の恩恵を享受している。このような領域では、代
替的な取り決めが必要となり、
少なくとも一部領域において
は、
集合的な取り決めにすることが関係各国に資すると考え
られる
(例えば、EU離脱後も英国はユーラトム条約の締結
国のままでいられるか、
等)
。
EYの弁護士は、幅広い専門サービスを提供する組織に所属し
ています。英国のEU離脱から派生し得る影響に関して幅広い
見解を提供するだけでなく、
(どのような形で離脱が行われるか
を問わず)
英国内及び国境を超えて事業を展開する企業にどの
ような影響が生じるかについて深い考察を提供することが可能
です。
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下記担当者までご連絡ください。
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大川 淳子
エグゼクティブ ディレクター
+81 3 3509 1661
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