環境・社会・ガバナンス 2016 年 9 月 2 日 全 4 頁 長寿社会と健康増進 第 9 回(最終回) 65 歳から高齢者扱いするのは早すぎる 日本老年学会や与党では高齢者の定義の見直しも視野に 経済環境調査部 研究員 亀井亜希子 [要約] 今の高齢者は昔に比べて身体的にも精神的にも 5~10 歳若い。高齢者のうち、不調を訴 える者や病気を持つ者の割合はゆるやかに低下しており、後期高齢者の死因では、病死 は低下し、老衰の割合が上昇している。更なる超高齢社会の進展に向けて、引き続き高 齢者の健康向上に対する取組みが重要となるだろう。 1.今の高齢者は昔に比べて身体的にも精神的にも 5~10 歳若い 内閣府が 2015 年 3 月に、60 歳以上を対象として行った調査 1では、 「自分が高齢者だと感じて いますか」という問いに対して、前期高齢者は「いいえ」と回答した割合が多かった(図表1) 。 なお、同調査の属性分析では、 「健康状態が良い」 「仕事をしている」 「要介護認定を申請してい ない」 「親しい友人・仲間をもっていると感じる」 「家族の中で役割がある」 「活動への参加があ る」人は、自分を高齢者だと感じていない割合が多いという結果が出ている。 図表1 65 歳以上の者の「自分が高齢者だと感じていますか」という質問に対する回答 (2014 年度) 前期高齢者 0 65~69歳 70~74歳 後期高齢者 75~79歳 80~84歳 85歳以上 20 はい 40 いいえ 24.4 60 無回答 (%) 80 100 71.8 47.3 48.2 26.4 66.2 78.7 12.5 85.6 6.2 (出所)内閣府「平成 26 年度 高齢者の日常生活に関する意識調査」より大和総研作成 このことを示すように、日本老年学会は、2015 年 6 月、「現在の高齢者は 10~20 年前に比べ て 5~10 歳は若返っていると想定される」という声明を発表し、高齢者の年齢の定義の見直し 1 内閣府「平成 26 年度 高齢者の日常生活に関する意識調査」 (2015 年 3 月) 株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和 証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。 2/4 に関する提言も検討している。さらには、自由民主党の財政再建特命委員会「2020 年以降の経 済財政構想小委員会」も、2016 年 4 月 13 日に開催した委員会において、 「 『65 歳からは高齢者』 なんてもうやめよう。現役世代の定義そのものから変えていく。 」という提言を出した 2。65 歳 の者から高齢者と位置づけられるのかどうかについて、世論の関心が高まっている。 2.高齢者のうち不調を感じる者・医療を受けている者の割合が低下 1998~2013 年の高齢者の有訴者率(病気やけが等で自覚症状のある者(入院していない者) の人数 3の割合)の推移、及び、1999~2014 年の高齢者の受療率(医療機関で医療を受けている 者の割合、入院者を含む)の推移をみると、男女ともに、両率は低下傾向にある(図表2) 。 有訴者率は、2013 年に 1998 年比で男女共に人口千対 0.6 百人、受療率は、2014 年に 1999 年 比で男女共に人口 10 万対 0.3 万人低下した。 両率の低下要因としては、2000 年から第 3 次国民健康づくり対策「健康日本 21」 (2001~12 年度計画)が実施され、国、都道府県、市区町村、医療保険者、医療関係者、産業界が連携し て、全国的に生活習慣病予防に対する地域的な取組みが開始された影響が考えられる 4。 なお、総務省の 2011 年の調査 5をみると、高齢者が、1週間に医療機関への受診や病気によ る療養で費やす時間数は、2001~11 年において、男女ともに減少している。 図表2 65 歳以上の者の有訴者率(1998~2013 年)と受療率(1999~2014 年)の推移 (人口千対百人) 5.6 5.5 (人口10万対万人) 有訴者率 1.8 5.4 5.2 5.0 受療率 1.7 1.7 1.6 5.0 4.9 4.8 1.5 女性 1.6 1.4 1.4 4.6 4.4 4.4 1.3 1.3 1.2 4.2 1998 2001 04 07 10 13 (年) 男性 1999 2002 05 08 11 14 (年) (注1)有訴者率は、人口千人に対する有訴者数(病気やけが等で自覚症状のある者の人数、入院者数を除く) (注2)受療率は、推計患者数(調査日当日に、病院、一般診療所、歯科診療所で受療した患者の推計数)を 推計人口(総務省「人口推計」による総人口)で除して人口 10 万対であらわした数。 (注3)2011 年の受療率は、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県を除いた数値である。 (出所)有訴者率は、厚生労働省「国民生活基礎調査」 (平成 10~25 年) 、受療率は、厚生労働省「患者調査」 (平成 11~26 年)より大和総研作成 2 3 4 5 自由民主党ウェブサイト「財政再建特命委員会 2020 年以降の経済財政構想小委員会」 自覚症状があるものの医療機関を受診するまでもない軽症の者も含まれる。 厚生労働省「平成 27 年版 厚生労働白書」 総務省「平成 23 年社会生活基本調査」 3/4 3.高齢者の要介護者数は、2013 年以降は増加の伸びが縮小 介護保険サービスにより提供されている「介護予防」とは、 「要介護状態の発生をできる限り 防ぐ(遅らせる)こと、そして要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぐこと、さらに は軽減を目指すこと」 6である。 介護保険制度が改正された 2006 年から 2014 年までの、高齢者の介護保険サービスの年間実 受給者数と 2007 年~2014 年の前年比変化率の推移をみると、高齢者の年間実受給者数は増加し ており、男女計で 500 万人に迫っているものの、受給者数の毎年度の増加の伸びは、2013 年以 降は、縮小している(図表3) 。要因としては、新規に介護状態になる高齢者の人数の減少、及 び、いったん介護状態になった後に改善し介護状態を離脱している人数の増加が考えられる。 図表3 介護保険サービスの 65 歳以上の年間実受給者数と前年比変化率の推移 (2006~14 年度) 男性 (万人) 350 女性 6.9% 300 5.4% 250 200 150 100 250 256 265 274 287 301 345 7% 318 332 6% 5.4% 5% 4.1% 3.0% 135 142 119128 113 107 103 96 99 4% 3% 2% 2.4% 50 65歳以上受給者数 65歳以上前年比 変化率(右軸) 1% 14 13 12 11 10 09 08 07 2006 14 13 12 11 10 09 08 07 0% 2006 0 (年度) (注)各年度の 11 月審査分である。 (出所)厚生労働省「介護給付費実態調査結果の概況」 (平成 18~26 年度)より大和総研作成 4.後期高齢者の死因は、病気が減少し、老衰が増加 2010~14 年において、後期高齢者の死因別の死亡率(人口 10 万対)の推移をみると、男女共 に、6 つの主な病気及び「不慮の事故」 「自殺」による死亡率は低下しているのに対し、「老衰」 による死亡率のみ上昇している(図表4) 。2014 年の後期高齢者の「老衰」(いわゆる自然死) による死亡率は、男性は 2010 年比で 20.3%増加し人口 10 万人に対し 1.9 万人、女性では同年 比 28.9%増加し、人口 10 万人に対し 2.2 万人となり、男女共に、2014 年の死因のトップにな った。 6 具体的には、主に活動的な状態にある高齢者(要介護状態になっていない者)を対象に生活機能の維持・向上 に向けた取り組み(一次予防) 、要支援・要介護状態に陥るリスクが高い高齢者を早期発見し早期に対応するこ とにより状態を改善し要支援状態となることを遅らせる取り組み(二次予防) 、要支援・要介護状態にある高齢 者を対象に要介護状態の改善や重度化を予防することを遅らせる取り組み(三次予防) 、である。 (出所:厚生 労働省「介護予防マニュアル」(改訂版:平成 24 年 3 月)) 4/4 図表4 後期高齢者の死因別死亡率(人口 10 万対)の推移(2010~14 年) (人口10万対万人) 2.5 2.0 1.5 男性 2.4 女性 2.2 2.1 1.9 1.8 1.6 1.2 1.0 0.5 0.3 1.8 1.6 1.7 1.7 1.2 0.9 1.0 1.0 0.3 0.8 0.2 0.8 0.2 14 2010 老衰 心疾患(高血圧性除く) 肺炎 脳血管疾患 悪性新生物 腎不全 不慮の事故 肝疾患 自殺 0.0 2010 11 12 13 11 12 13 14 (年) (注)悪性新生物は悪性腫瘍のことである。 (出所)厚生労働省「平成 26 年人口動態調査」より大和総研作成 おわりに 本シリーズでは、第 1 回において、一人あたりの医療費は生涯のうち高齢期に急増すること、 さらに、公費は、公的医療保険制度のうち、後期高齢者の全員が加入する「後期高齢者医療制 度」と、前期高齢者が最も多く加入している「市町村国保」で発生する医療費に対して投入さ れていることを示した。第 2 回では、平均寿命と健康寿命の差である「不健康な期間」が伸び ると、医療・介護費の財政負担が大きくなるため、健康寿命の更なる伸びが重要であること、 及び、それに向けた政府方針について示した。第 3 回では、医療費の約 30%を占める生活習慣 病の医療費は予防により、発生回避が可能であること、第 4 回、第 5 回、第 6 回では生活習慣 病予防としての特定健診・がん検診の受診率向上の重要性について示した。 第 7 回、第 8 回において、このような国家及び地域社会全体の健康増進に向けた取り組みを 受けて、国民の間では、次第に、生活習慣病予防の重要性や健康への関心が高まってきており、 高齢者の身体活動量が増加していること、第 9 回(本稿)では、健康長寿になっている高齢者 が増加していることを確認した。 日本人の平均寿命は延伸しており、更なる超高齢社会の進展が見込まれる。国民が、高齢期 を豊かに暮らすためにも、高齢者の健康度を上げていくための社会的な取組みが、引き続き展 開されていくことが重要となるだろう。 以上
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