認知症 - エーザイの一般生活者向けサイト | Eisai.jp

各疾患における留意点
認知症
朝
田
隆
に?﹂と面食らう。しかしよく尋ねてみると、
がこもった報告をされがちである。それだけに
いずれの診療科の医師であっても、高齢者か
ら﹁睡眠薬を常用すると呆けませんか?﹂と質
実はせん妄であったり睡眠覚醒リズムの狂いで
はじめに
問された経験がおありだろう。先進国の地域住
あったりすることが多い。しかしその後もこう
遭遇された経験をお持ちかもしれない。こうし
導入剤の服用によって錯乱状態に陥った症例に
のところ、少なからぬ臨床家は、わずかな入眠
D]系の薬剤︶を服用しているとされる。実際
齢者が睡眠薬︵主にベンゾジアゼピン[BZ
正な睡眠薬使用を考えてみたい。
い。本稿ではこの視点から既報を整理して、適
れたり実証的なデータが報告されたりしていな
なのに、これまでは、あまり学会などで論じら
ある。意外なことにこれは大きな臨床的な問題
した症状が進行したり固定したりするケースも
医師側は﹁この程度の薬でどうしてこんなこと
民における調査によると、7∼ %もの一般高
た場合、本人や家族は概して﹁とんでもない薬
剤を処方されてボケになった﹂と反感や攻撃性
1)
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いる。多くは1、
000人以上の 歳以上の個
害はBZDの長期服用と最も特異的に関連する
延などである。これらのうちで視空間機能の障
下、言語学習と集中の障害、そして反応時間遅
障害、精神運動速度の低下、情報処理速度の低
能と視覚運動機能の障害、IQ 低下、協調運動
これまでに報告されたBZD系薬剤の認知機
能面への副作用には次のものがある。視空間機
︵NSAIDs︶
、降圧薬、抗糖尿病薬、抗高脂
ーズ、服用薬剤では非ステロイド性抗炎症薬
に、身体疾患では生活習慣病などコモンディジ
討されている。年齢、性別、教育歴などのほか
である。なお交絡因子としては、次の要因が検
いるが、概してスクリーニングテスト的なもの
る。認知機能評価には様々なものが用いられて
BZDによる認知機能障害と認知症
とされる。また筋弛緩作用や平衡感覚にも影響
血症薬などである。また精神疾患に関しては、
人を対象にしており、追跡期間は2∼6年であ
して、転倒の誘因にもなることは言うまでもな
い。こうした副作用がとくに現れやすい要因は、 不安症状やうつ症状に注目したものはあるが、
BZDの服用により認知機能低下が抑制される
などの診断がき
高用量、男性患者、高齢、多剤併用、アルコー
anxiety disorder, mood disorder
ルや抗コリン作用のある向精神薬の使用である。 ちんとされているものは稀である。その結果、
認知症患者ではこうした要因が複数、並存しが
とした研究が2つ、無関係としたものが2つ、
つある。
そして認知機能低下が進行するとしたものが3
ちだから、とくに要注意である。
BZD服用は認知症発症に関係するか?
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ら の 総 説 は19 97 年 か ら2
次にこのレビューで扱われた研究以外で19
ま ず Verdoux
003年までに発表された6つの報告を扱って
98年から2014年になされた報告︵表︶が
2)
Kungshomen study
1998
N=34,158
50歳以上
N=1,063
65歳以上
N=242
75歳以上
対象
6年
3年
15年
3年
追跡期間
ICD-9
all dementia
ICD-9
all dementia
ICD-9
DSM-ⅢR
DSM-ⅢR
今日まで継続服用 vs 非服用
OR 2.71(2.46-2.99)
6 カ月以下 vs 6 カ月以上
OR 1.24(1.01-1.53)
現在服用 vs 非服用 OR 1.0(0.5-2.0)
過去服用 vs 非服用 OR 1.5(0.6-3.4)
50∼64歳 HR 2.34(1.92-2.85)
65歳以上 HR 2.33(1.90-2.88)
調査開始後の服用も考慮して
HR 1.45(1.10-1.94)
3 年以上と未満服用で比較
長期服用のほうが OR 0.40
主たる所見
PAUID study
2012
N=510
65歳以上女性
8年
ICD-9
all dementia
現在・過去に服用 vs 非服用
OR 3.59(1.04-12.36)
Summary of case-control studies
Canadian study
2009
N=2,277
65歳以上
Carephilly prospective study
2011
PAQUID study
2012
10年
認知症の定義
Taiwan National
2012
N=5,400
45歳以上
11年
DSM-Ⅳ
all dementia
過去・現在に服用 vs 非服用
OR 1.55(1.24-1.95)
Study
ベンゾジアゼピンと認知機能低下・認知症に関する縦断研究
台湾 National study
2009
N=25,140
45歳以上
22年
DSM-ⅢR
all dementia
Summary of cohort study
台湾 National study
2011
N=1,134
45歳以上男性
20年
過去・現在に服用 vs 非服用
OR 1.43(1.28-1.60)
N=8,980
66歳以上
(文献 3 より)
ICD-9
Alzheimer
RAMQ database Study
2014
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検討されている。
これらは概して1、
000人以
いる。BZDが認知症発症を促すのではない。
顕著であった。そして以下のように考察されて
は3年から 年にわたる。これらの研究の多く
で1・5∼2倍程度、認知症発生の危険性が高
弱性が様々な認知機能の障害という形で露呈す
の治療薬としてBZDが処方されると、脳の脆
不眠は加齢に伴う脳の脆弱化の表れである。そ
上の 歳以上の地域住民を対象とし、追跡期間
3)
まるとし、 の研究のうち9つで、BZD服用
22
誘因や最後の一押しに与るという説明である。
まとめ
年数や累積服用量と認知症発症との間に関係性
大規模調査も報告されている。結論的に、服用
こうした報告の一方で、睡眠薬服用開始と認
知症と診断されたタイミングの関係に注目した
服用開始時期と認知症診断のタイミング
ぜBZDが認知症発症に関わる可能性があるか
疾患を精査した縦断研究が必要である。次にな
が認知症と関係するうつ病や不安障害など背景
この問題に結論を下すには、今後は、それ自体
研究では、参加者の精神面における診断がなさ
以上より、BZDは認知症発症の危険因子で
ある可能性があると思われる。もっとも従来の
はない。むしろ飲み始めて1∼2年以内に認知
については、
﹁認知予備能﹂が一つの説明にな
れていないものがほとんどである。それだけに
症と診断されやすいとしている。この傾向は、
ると思われる。すなわち高齢者脳、とくに軽度
と示されている。
が高いこと、当然ながら高齢者はハイリスクだ
例して高まること、半減期の長い薬剤で危険性
また認知症発症の危険性は用量と服用期間に比
により認知症リスクが高まると結論されている。 る。つまりBZDは認知症症状の原因ではなく、
10
アルツハイマー病以上に血管性認知症において
4)
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認知障害やその前駆状態の脳では神経細胞数が
の置き換えが求められることもある。
文献
減少して機能低下している。一方高齢者の大脳
Stewart SA : The effects of benzodiazepines on
cognition. J Clin Psychiatry, 66 (Suppl 2), 9-13 (2005)
︵東京医科歯科大学
脳統合機能研究センター
認知症研究部門
特任教授︶
では多くの神経細胞が未使用のまま存在してお
り、これらの予備軍細胞による代償の可能性が
ある。ところがBZDはこの予備軍の機能を衰
弱させるので、脳の衰弱ぶりが露呈して認知症
症状が現れるという考えである。いずれにして
もBZDは、認知症の直接因ではなく間接因の
可能性があると思われる。
Verdoux H, et al : Is benzodiazepine use a risk for
cognitive decline and dementia? Psychological
Medicine, 35, 307-315 (2005)
1)
De Gage SB, et al : Is there really a link between
benzodiazepine use and the risk of dementia? Expert
Opin Drug Saf, 14, 733-747 (2015)
2)
Gray SL, et al : Benzodiazepine use and risk of incident
dementia or cognitive decline : prospective population
based study. BMJ, 352, 190-198 (2016)
3)
4)
一方、最近発売された睡眠導入剤であるエス
ゾピクロン︵ルネスタ︶
、ラメルテオン︵ロゼ
レム︶
、
スボレキサント︵ベルソムラ︶の認知機
またすでに長期服用している者には、新規薬へ
の服用者には留意点を予め指導する必要がある。
結論として、言うまでもなくBZDは可及的
に少量、短期間の投与が望ましい。そこで新規
たれる。
Dと比較してどうなのか、今後の調査結果が待
能障害への影響は明らかではなく、従来のBZ
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