1/4 Asia Trends マクロ経済分析レポート ドゥテルテ政権、経済は安泰も外交に不透明さ ~「実利」を重視する小国外交を展開も、先行きには不確実性が高い~ 発表日:2016年10月27日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 今月25日から来日しているフィリピンのドゥテルテ大統領は、長年に亘る地方首長としての行政手腕が国 民からの期待に繋がっている。わが国などではその暴言などに注目が集まる一方、経済政策面ではブレー ンを中心とする手堅い政策運営への期待は高い。26日に開催された経済フォーラムにおいても、同行した 経済閣僚から口々に投資環境整備に向けた経済改革への意欲が示されるなど魅力・期待ともに高い。 足下の同国経済は人口拡大を背景とする旺盛な内需が経済成長をけん引しており、国内市場の拡大も期待 される。他方、移民送金に依存する構造は海外経済に左右されやすく、中国との関係悪化も景気の重石に なってきた。先日の大統領の訪中では巨額の経済支援を引き出したほか、今回の訪日でもわが国からの支 援を引き出しており、一連の外交日程を経て政権は「実利」を得ることに成功したと捉えられる。 主要格付機関は同国を「投資適格」とするなか、世界的なカネ余りも追い風に海外資金の流入は活発化し てきた。しかし、大統領の暴言は海外資金の動きに悪影響を与えつつある。小国外交として各国との関係 の「相対化」を目指す姿勢がうかがえる一方、中国との接近は新たなリスクを生む火種ともなる。経済面 では比較的安泰なフィリピンだが、外交政策が先行きを大きく左右しかねない可能性には注意が必要だ。 ※本稿は 10 月 14 日付のロイター為替フォーラムへの寄稿を一部加筆・修正したものです。 今月 25 日からフィリピンのドゥテルテ大統領が就任後初となる訪日を果たしている。今年5月のフィリピン 大統領選挙で勝利した同氏は、選挙戦当初は「泡沫候補」とみられていた。同国南部ミンダナオ島の最大都 市であるダバオの市長に四半世紀以上に亘って就くなど地方行政の手腕は高く評価される一方、下院議員と しての経験は1期(3年)に留まるなど、外交をはじ 図 1 株式指数の推移 めとする国家行政に関する手腕が未知数とされたこと もある。したがって、国内外では同氏の大統領として の資質に疑問符が投げかけられる場面も少なくなかっ た。しかしながら、結果的に同氏は当初の下馬評を覆 して勝利した後、6月に大統領に就任することとなる。 こうなると、国民の間に同氏のポピュリズム(大衆迎 合)的な過激な言動が支持されただけとは考えにくい。 結局のところ、フィリピン国民は過激な言動に加え、 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 時に実力行使を伴う「超法規的措置」を駆使しながらも治安回復という実績を残し、ダバオへの対内直接投 資を呼び込む成果を挙げた人物を選択したと言える。事実、金融市場においてもドゥテルテ政権誕生からし ばらくは歓迎ムードが続いてきた。為替市場ではフィリピンペソが堅調な推移を見せたほか、主要株式指数 も一時は最高値をうかがう動きを示していた。しかしながら、足下では手のひらを返したように、ドゥテル テ大統領の政治手法が外交的な対立や政情不安を招きかないとの懸念から、ペソ相場は急落する動きをみせ ている。とはいえ、株価については下落傾向にあるものの、5月の水準で持ちこたえているなど経済政策面 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/4 での期待は潰えたわけではなさそうと言える。ドゥテルテ政権の経済政策に対する期待が大きく後退せずに いる要因としては、選挙戦並びにその後の大統領就任 図 2 ドゥテルテ政権が掲げる経済政策の「柱」 に際して同氏が掲げた 10 項目で構成される「基本政策」 の策定に当たり、同国の著名な経済学者やビジネス関 係者が「ブレーン」として関わったことが大きいと考 えられる。政権発足後、こうした面々は国家経済開発 相(アーネスト・ペルニヤ氏)や財務相(カルロス・ “サニー”・ドミンゲス氏)、予算管理相(ベンジャ ミン・ジョクノ氏)、貿易相(ラモン・ロペス氏)と (出所)各種報道などより第一生命経済研究所作成 いった経済政策運営の中枢に配置されている。こうした動きは、外国人投資家を中心にドゥテルテ政権が穏 当な経済政策運営を行っていくとの期待に繋がっているとみられる。実際、彼らは今回の大統領の訪日に随 行しており、26 日に開催された「経済フォーラム」においても「基本政策」に則り経済構造改革を実施する ことで、わが国からの対内直接投資を積極的に呼び込む姿勢を前面に打ち出すことを表明していた。また、 これらの経済閣僚は金融市場に対して融和的であるのみならず、国際機関において国家開発プロジェクトに 携わった経験を持つ人が多いことから、フィリピン経済が抱える諸課題の克服に向けた処方箋が提示される との期待は依然として強い。なお、フィリピン経済の主要課題と言えば、他のアジア新興国同様に慢性的な インフラ不足に加え、対内直接投資の足かせとなっている排他的な産業政策などが挙げられる。さらに、国 内における雇用機会の不足は国民の1割に相当する移民労働者を生む一因となり、結果的に優秀な人材の海 外流出による「頭脳流出」を招く悪循環につながっている。しかしながら、ここ数年は同国の公用語が英語 であるという特徴を生かしてITやビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)関連を中心に投資流 入が活発化する動きがみられる。実は、ドゥテルテ氏が長年市長を務めたダバオはこの恩恵を受けた都市の ひとつであり、大統領のみならず多くの経済閣僚もこの流れを理解しているとみられ、投資環境の整備を通 じて幅広い分野に海外マネーを呼び込む姿勢を強く打ち出している。さらに、初等教育を中心とする教育投 資の拡充を通じて裾野からの人材育成を喚起することで労働生産性の向上に取り組むほか、財政健全化に向 けたプログラムを推進する姿勢も示しており、同国経済の潜在成長率向上にも繋がることが期待される。 なお、上述した「経済フォーラム」において経済閣僚のみならず、わが国からの出席者も異口同音に発して いたことに、足下の同国の経済状況の堅調さを挙げることが出来よう。今年前半の経済成長率は前年同期比 +6.9%と他のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国が中国の景気減速を理由に減速感を強めているなかで 堅調な伸びを示しており、4-6月期については同+ 図 3 人口ピラミッド(2016 年時点推計) 7.0%と高い経済成長を実現している。同国の高い経済 成長をけん引しているのはその人口動態であり、人口 規模は一昨年に1億人を突破した後も年2%を上回る ペースで増加し続けており、個人消費を中心とする内 需拡大に繋がっている。1人当たりGDPは昨年時点 で 2880 ドルと「中所得国」に分類される状況にあるが、 その人口規模の大きさゆえに一国の消費市場としてみ ると、その規模はASEAN内でもインドネシアに次 (出所)米国国勢調査局より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/4 ぐ水準に達している。さらに、人口に占める若年層の割合が極めて高いことから、今後も人口増加は高い伸 びで推移することが見込まれ、潜在成長率が高まりやすいことも同国経済の魅力である。しかしながら、足 下においてその個人消費を支えているのは移民労働者からの送金であり、全体でみるとその3割強を米国か らの流入に依存するなど、海外経済の影響を受けやすいという特徴もある。さらに、新たな移民の半分以上 は中東諸国に向かうなか、このところの原油相場の低迷長期化は移民送金の足かせとなるといった新たな問 題も起こっている。また、フィリピンはASEAN諸国のなかでは輸出依存度が相対的に低い状況にあるも のの、輸出全体に占める中国向け(含、香港及びマカオ)は2割を上回るなど、中国経済の影響を受けやす い側面も有する。なお、中国向け輸出の7割近くは電子部品をはじめとする機械製品であり、中国国内にお ける生産動向の余波を受けやすいことから、中国の構造改革やそれに伴う生産調整などの影響も懸念される。 その意味でも、対内直接投資拡大による雇用機会創出はフィリピン経済の安定成長にとって急務と言えよう。 なお、ドゥテルテ大統領は訪日に先立つ形で中国を訪問しており、アキノ前政権下で関係が悪化した両国関 係の回復で合意するとともに、インフラ整備をはじめとする貿易や投資の拡大などによる経済支援を受け入 れることで合意したほか、その後に中銀は外貨準備の構成通貨に人民元を組み入れる方針を明らかにするな ど経済関係を強化する方針をみせている。その後の訪日に際しても、わが国からミンダナオ島に対する支援 のほか、インフラ投資や海洋安全保障に関連して巡視船の供与を受けており、一連の外交日程を通じてフィ リピンは日中双方から「実利」を得ることに成功したと捉えることが出来る。 さて、同国を巡っては主要格付機関が同国の長期信用格付を相次いで「投資適格」級に引き上げる動きをみ せており、これはアキノ前政権の下で反汚職に向けた取り組みが前進したことに加え、高い経済成長を実現 したことなどが評価されたと言える。こうした格付の状況に加えて、世界的な低金利環境下で高い利回りを 求める動きが国際金融資本市場で強まっていることも奏功し、同国への資金流入は活発化する展開が続いて いる。しかしながら、こうした動きに対するリスクを挙げるとすれば、やはりドゥテルテ大統領による過激 な言動がこうした好循環に水を差す可能性である。ドゥテルテ大統領が過激な言動に走る要因を考えると、 一部に言われる同氏自身の体験や同国が長年置かれてきた状況という話がある一方、国民からの絶大な人気 を背景に大統領に就任したものの、中央政界における経験が乏しいなかで国民に分かりやすい「効果」を挙 げることに執着している可能性がある。なかでも、麻薬撲滅をはじめとする治安維持は同氏がダバオで最も 効果を挙げることに繋がった分野であり、この動きに真っ向から批判を行う米国やEU(欧州連合)、国際 機関に対して強硬な姿勢に訴えていると言える。こうした姿勢は一面的には極めて大衆迎合的に映る一方、 同じように内政面では強硬姿勢をみせている中国やロシアなどはドゥテルテ政権の動きに対して融和的な姿 勢をみせるなか、米国に距離を置く一方で中国やロシアに近づいているようにみえる動きは分かりやすい。 ただし、ドゥテルテ大統領自身は上記の「経済フォーラム」において米国との協力関係の維持を図る姿勢を みせている一方、中国との関係については経済的な実利を優先した結果との考えをみせるなど、アキノ前政 権で進んだ「親米」路線からの「相対化」を目指している模様である。しかしながら、ドゥテルテ大統領が 発する暴言や対米観については、その後にヤサイ外相をはじめとする主要閣僚が「尻拭い」をしていること を勘案すれば、実のところ何か外交的な深謀遠慮があってのものと考えることは難しい。ドゥテルテ大統領 は中国訪問に際して、両国間の領土問題の火種となっている南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)を巡 る常設仲裁裁判所による判断を「棚上げ」することで合意したとされ、その結果として中国からの経済支援 を引き出したとされる。中国との経済規模の違いを考えれば、フィリピンはいわゆる「小国外交」を展開せ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/4 ざるを得ない事情は理解出来ない訳ではないものの、米国などとの関係悪化はグローバル企業に拠る投資の 動きに悪影響を与える可能性があるほか、国内のルール面などで「中国化」が進むことで貿易や投資といっ た活動に影響を及ぼすリスクもある。中国からの巨額の経済支援を引き出したことで当面の景気についてマ イナス面が現われる可能性は低いと見込まれるものの、中長期的なフィリピン経済の行方に不透明感を与え ることは懸念される。今後のフィリピンの行方は外交姿勢が大きく左右する可能性があると言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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