X 線結晶学 授業ノート 第 8 回目

X 線結晶学
授業ノート
第 8 回目
「結晶による X 線回折…X 線構造解析の基礎(第 6 章)」
授業のポイント
粉末 X 線回折から得られた測定データからどのように結晶構造を決定するか、その基
礎を学ぶ。また、格子定数の精密化、実験データの解釈の注意点について学ぶ。
1. 簡単な結晶の構造解析
立方晶系の結晶の場合
例) シリコンの粉末 X 線回折測定(線源:Cu-K)
手順 1.… (
全ての回折ピークの値を読む。
手順 2.… (
Cu-K線には Cu-K線(1 = 1.540562Å)と Cu-K線(2 = 1.544398Å)の
2 つの波長の X 線が含まれているので、2 つに分かれているピークが X
線の波長の違いに由来するものかどうかを判断する。
)
)
判 断 の 方 法 1. ピ ー ク の 強 度 比 か ら 判 断 す る …
(
Cu-KCu-Kより、ピークの強度比が
おおよそ、この比を満たすかどうか。
正確なピーク強度比を見積もるためには、ピーク分
離のための正確な解析が必要となる。

判断の方法 2. ピーク位置から判断する…
(
ブラッグの回折条件の式より、同じミラー指
数からの回折ピークならば、4sin21 / 1 = 4sin22 / 2
の関係を満たすはずである。
そのため、
1 / と sin21
/ sin22 が一致するか否かから判断することが可能で
ある。)
※ 最近の X 線回折測定のソフトウェアには、自動
で K2 線に寄与するピークを差し引いてくれる
機能があるが、測定結果と出てくるデータの違 エネルギー準位と特性 X 線の名
いを理解しておく必要がある。
称の関係
手順 3.… (
K2 線に由来する回折ピークのミラー指数を決定する。
ブラッグの回折条件より、
sin2 𝜃
𝜆2
sin2 𝜃1 sin2 𝜃2 sin2 𝜃𝑛
(
)
=
=
=
=
ℎ2 + 𝑘 2 +𝑙 2 4𝑎2
𝑚1
𝑚2
𝑚𝑛
)
となる。但し、ここで mn = hn2 + kn2 + ln2 とする。この式を更に変形する。
sin2 𝜃𝑛
(
)
𝑚𝑛 = 𝑚1 ×
sin2 𝜃1
mn = hn2 + kn2 + ln2 の関係から、mn は必ず整数を取るはずである。そのため、(適当な m1
を仮定し、m1×sin2n / sin21 を計算し、全てが整数となる組み合わせを見つければよい)。
1×
2×
3×
4×
2
2
2
2
2θ(deg) sin θ
sin θm/
sin θm/
sin θm/
sin2θm/
h2+k2+l2 h k l
2
2
2
2
sin θ1
sin θ1
sin θ1
sin θ1
28.447 0.0603
1.00
2
3
4
3
111
47.311 0.1608
2.67
5.33
8.00
10.68
8
220
56.133 0.2211
3.67
7.33
11.00
14.67
11
311
69.143 0.3216
5.33
10.67
16.00
21.34
16
400
76.392 0.3820
6.33
12.67
19.00
25.34
19
331
88.049 0.4825
8.00
16.00
24.00
32.01
24
422
511
94.974 0.5429
9.00
18.00
27.01
36.01
27
333
106.735 0.6435
10.67
21.34
32.01
42.68
32
440
114.122 0.7038
11.67
23.34
35.01
46.68
35
531
116.675 0.7240
12.00
24.01
36.01
48.02
36
442
手順 4.… (
観測されないピークの指数から構造を決定する。
)
面心立方格子、体心立方格子、ダイヤモンド構造における消滅則から、以下の表に観
測されるピークを○で示す。
h2+k2+l2 ミラー指数 面心立方格子 体心立方格子 ダイヤモンド 観測され
構造
たピーク
1
100
―
―
―
―
2
110
―
―
―
○
3
111
―
○
○
○
4
200
―
―
○
○
5
210
―
―
―
―
6
211
―
―
―
○
7
―
―
―
―
―
8
220
○
○
○
○
9
3 0 0, 2 2 1
―
―
―
―
10
310
―
―
―
○
11
311
―
○
○
○
12
222
―
―
○
○
13
320
―
―
―
―
14
321
―
―
―
○
15
―
―
―
―
―
16
400
○
○
○
○
17
4 1 0, 3 2 2
―
―
―
―
18
4 1 1, 3 3 0
―
―
―
○
19
331
―
○
○
○
※ よって、この物質の構造は(
ダイヤモンド )構造と決定することができる。
手順 5.… (
ブラッグの回折条件から格子定数を算出する。
)
2
2
sin 𝜃
𝜆
(
)
= 2
2
2
2
ℎ + 𝑘 +𝑙
4𝑎
この式を用いて格子定数を算出する際は、なるべく高角度側の回折ピークを用いた方が
精度がよい(理由は後述)。また、通常は、実験で得られたなるべく多くの回折ピークに
よって決定された格子定数を用いて解析的に格子定数を決定する。この場合、シリコン
の格子定数 a = 0.543 nm が得られる。
・ 回折角度における格子定数の算出の精度
ブラッグの式をで微分すると以下の式が得られる。
(
)
Δd/d = −Δθ cos 𝜃 / sin 𝜃 = −Δθ cot 𝜃
よって、上式は をできる限り 90°に近づけた時にd/d が小さくなり、d の値が高精度
で決定できることを意味している。そのため、高角度側のピークでは高精度に格子定数
を決定することが可能となる。但し、高角度側では、回折ピークの強度が著しく減少す
るので、回折ピークの S/N 比、ピーク位置の位置決め精度には留意すること。
格子定数を精密に決定する方法としては、様々な回折ピークから求めた格子定数の値
を外挿する方法が用いられる。立方晶系の場合は、cos2や Nelson-Riley 関数と呼ばれる
{ cos2sin2 + (cos2) / 2 に対してプロットする方法が多く用いられる。
2. 実験データを解釈する際の注意点(教科書: p. 105 参照)
実験データの状況
要因
各回折線の指数と面間隔とか 角度のゼロ設定のずれなどの装置の構成不足。指数
ら求めた格子定数の値が一致 付け作業の間違い。K線や不純物回折線の誤認。
しない
回折線の位置が徐々にずれて 不純物の固溶に伴う結晶格子の膨張・収縮。高温実験
いき、特に高角度側の回折線 では結晶格子の熱膨張。
ほどずれが著しい
回折線の相対強度の再現性の 試料の粒子の粗大化。装置の安定度不良。
不良
バックグランドが高い
試料中の元素の吸収端が使用 X 線の波長に近く蛍光
X 線の発生。試料結晶の構造欠陥。試料の調整不足に
よるスリットやカバーからの散乱。
特性の回折線の強度が著しく 試料に結晶異方性がある。試料の配向が著しい。
強い、若しくは弱い
回折線が全体的に弱い
入射 X 線の強度不足。測定条件の不適当。装置の調
整不足。試料に非晶質相が含まれている。
主成分以外の回折線が観測さ K線、不純物や相変態、試料保持板などからの回折
れる
線。
高角度側の回折線の幅の広が 結晶格子が不完全で格子不整や内部歪みが存在。試
り
料の組成が局部的に不均質。
回折線の分裂
格子の歪み、対称性の低下。組成の異なる化合物の混
入。装置の調整不足。
回折線の幅の全体的な広がり 装置の調整不足。試料を構成する結晶の微粒子化。
回折線の全体的なぼやけ
試料が非晶質相で構成されている。
※ 装置の調整不足か否かを確認するために、定期的に標準試料の測定を行うこと。
代表的な標準試料… NIST(National Institute of Standards and Technology)が提供してい
る標準試料としては、シリコン粉末、セリア粉末がある。標準試料は、角度校正、強
度校正、回折線のプロファイル形の確認、放射光光源を使用している際には波長の
校正など、多くの場で活用される。