方言類義語も個人差―広島方言若年層話者の遅さを

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Title
方言類義語も個人差―広島方言若年層話者の遅さを表す形容詞語彙
の場合―
Author(s)
岩城, 裕之
Citation
岩城裕之:研究紀要(奈良女子大学文学部附属中等教育学校),
2002, Vol. 43, pp.145-154
Issue Date
2002-03-06
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/1941
Textversion
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奈 良女 子 大 学 文学 部 附城
中等教育学校研究紀斐第・
1
3
集
2
00
2年 3月
方言類義語の個 人差
一広島方言若年層話者の遅 さを表す形容詞語東の場合 I
岩
城
裕
之
キー ワー ド
類義語
遅い
のろい
とろい 若年層話者
イメー ジ ・スキーマの形式
1.は じめに
共通語の世界にも地域言語の世界に も類義語が存在す るo これ ら類義語の研究はこれまで盛んに行
われ、成果をあげてきた。そこで主に扱 われてきた ことは、類義語相互の意味構造についてであったO
また、その際、常に問題 となってきたのは、提示 された用例 をめ ぐって、それが 自然か不 自然か とい
うことであ り、特に文例が作例の場合には問われてきたのであるo Lか し、そ ういった議論 の中で明
らかになってきたことは、類義語の意味認織に個人差があるとい うことである。
本論文では、 3語か らなる類義語 を取 り上げ、その意味構造を明 らかにす るとともに、そこにみ ら
れる個人差の実態を報告する。具体的 には、広 島方言の若年層話者 を対象に、遅 さを表す類義語 「
遅
い
」「のろい」「とろい」の 3語を取 り上げる。
なお、この 3語の うち 「とろい」は、かつては広島方言においてその用法 も広 く、盛んであった も
の (
注 1)の、近年、若年層話者では聞かれに くくなっている。今回は老年層話者 との比較 は行わな
いが、その理 由を考える上での-階梯 としたい。
2. 3語の意味構造
2-1.辞審類の記述
「
遅い
」「のろい」 「とろい」の 3語 について
『広辞苑
第 4版』の記述を確認す る。 なお、引用に
あたっては用例の うち江戸時代以前の ものを省いた。
おそ ・い 【
遅い】 形
おそ ・し く
ク)
生長力 ・生命力の活動 が、にぶ く乏 しい意が原義。
(
9
イ
(「
鈍 い 」 とも番 く)
(
頭脳や心の働 きが)にぷい。お ろそかである。
ロ 動作を行 うのに時間がかかる。緩慢 である。のろい。 「
仕事が一 ・い」
②
(
「
晩い」 とも書 く)
イ
間にあわない。時機にお くれ役 に立たない。
今か らで も一 ・くはない」
「
一足一 ・かった」「
ロ 時間がかな りたってい る。夜がふ けてい ることをい う場合が多い。
「も う一 ・いか らお暇 (
イ トマ) します」
ハ
時間的にあ とであ る。 「
今年の梅 雨明けは一 ・い」
ー1
45-
のろ ・い 【
鈍い】 形
①
のろ ・し (
ク)
仕事が一 ・い」
「
歩み が一 ・い」「
おそい。 はか どらない。
② 動作や頭の働 きがおそい。お ろかである。 にぷい。
③
女にあまいO色におぼれやすい。
とろ ・い 形
とろ ・し (
ク)
(
D にぷい.愚かだo間がぬけている.
② 火な どの勢いが弱い。
「
遅い」の①の意味は、動作のスピー ドに注 目していること、お ろか とい う意味 もあ るとい う点に
おいて 「
のろい」に近い。② は時間の問題 であ り、これが 「
のろい」 と異な る点である。次に 『大辞
林 第二版』 (
三省堂)の記述 を確認 す る。
おそ ・い
【
遅い ・鈍い】
(
形) [
文]ク おそ ・し
(1)物事の時期や順序があ とである。基準になる時か ら時間がかな り経過 してい る。《遅》⇔はやい
例年 よ り開花が一 ・い」「
今 日はもう一 ・いか ら明 日に しよ う」〔
時刻 ・
「
入社は彼の方が一 ・い」「
時期の場合は 「
晩い」 とも書 く〕
(2) 時期がすでに過ぎていて役 に立たない。間に合わない。
今 ごろ来たってもうー ・い」
《遅》「
(3) 物事をす るのに時間がかかる。 また、進む程度が小 さい。の ろい。
発育が一 ・い」
⇔ はやい 「
ス ピー ドが一 ・い」 「
仕事 は一 ・いが丁寧 だ」「
(4) にぷいo愚かだ。
のろ ・い
【
鈍い】
(
形) [
文]ク のろ ・し
(1)動作や進行の速度がおそい。
「
足が一 ・い」 「
仕事が一 ・い 」「この列車はひ どく一 ・い」
(2) 頭の働 きがにぷいO愚鈍だO
(3) 異性 に甘い。異性の魅力に弱い。
とろ ・い (
形) [
文]ク とろ ・し
(1)にぷい。のろいDおろかである。愚鈍である。 「
す こし一 ・い奴 」
(2) 火な どの勢いが弱い。
『広辞苑』『大辞林』 とも、ほぼ同 じよ うな記述が行われてい ることがわかる。また、言い換 えにお
いてこれ ら 3語 があ らわれてい ることか らも、 3語が類義語であることを確認できる。
「
遅い」はス ピー ド、時間の両面にわたって、使われ る。お ろか とい う意味 も見 られ るが、用例が
古典 (
注 2) に求められてお り、現代語 には見 られない意味である。
「
のろい」はスピー ドについて使われ、また、おろか とい う意味 も現代語の用例が認 め られ る。異
性に甘い とい う意味 もみ られ るが、これ もまた、古典の用例になる。この、「
のろい」は 「
頭の回転が
遅い」 と表現す ることができる。 また、『広辞苑』の 「
おそい」の①の意味記述か ら考えると、「
動作
が遅い-頭の回転が遅い (
比嶋的表現)一 にぷい ・愚か」 とい う図式が考え られ る。「とろい」とい う
語になると、
動作が遅い とい う意味が顕在化せず、
おろか とい う意味が顕在化す るもの と考えられ るO
これ ら国語辞典の記述に加 え、『基礎 日本語』の記述を確認す る。
-1
46-
おそい
(ものの順序 ・時期 ・動 きのス ピー ドな どが)時間的に見て より後のほ うである状態o
冬は 日の出が遅い」「
作業開始の時間が遅 い」「
手紙の着 くのが遅い」「
今か らではもう遅
<分析 1>「
い」のように、 (1)生起 ・到来の時点 が後である場合、後 になる場合 と、「この子は飲み
椿 は生長が遅い」「この クラスは進度が遅い」 「
平地の川 は流れが遅 い」「
バ
込みが遅 い」「
スは遅いか ら地下鉄で行 こ う」の ように、(2)速度が小 さいよ うす二つに分 けられるo L
か し、(2)の "速度が小 さい こ と"は、一定の仕事量に対す る所要時間が多 く、終了時点
がより後になるのであるか ら、結果 として、(1) と基本的には同 じことになる。
夜おそい」 とい うよ うに、夜 とい う時の流れの中で、一時点が相対的に後の方に位置す
<分析 2> 「
るといった (1)か ら外れた用法 もある。また、(2)は、生物 ・無生物 を問わず、その動
作にも移動にも使える。
<関連語 >ゆっ くり
はや く
「
はやい/おそい」は対義関係 にあるが、あ とに動詞が続 く場合、「
はや い」が、「
はや く歩 く」 と言 うのに対 して、 「
遅 い」のほ うは、ふつ う (1)の 「
今 日は
出かける」「
遅 く起 きる」「
遅 く帰 る」と<時刻 >には使 えるが 、(2) <速度 > 「
遅く
遅 く出かける」「
遅 く読む」 とはあま り言わないo この場合は、「
ゆっくり」を用いるC 「
ゆっくり」
歩 く」「
は速度の絶対的なのろさで、急がない とい う気持 ちがある0「
遅 く」は何か標準 となる速 さ
や比較の対象があって、それ よ り速度 を落 とす とい う気持 ち。 したがって 「
前の人 より少
し遅 く歩 く」な ら不 自然 ではない。「
遅 く歩 く」は、相手を追い抜かない よ うマイペースよ
り速度を下げて歩 く、「ゆっくり歩 く」は、急がないでのんび りスローテ ンポで歩 く、の意
である。
のろい
速度が歯がゆいほ どゆっ くりである場合 に用いる、生物、無生物 を問わず、動作にも移動にも使 える。
<関連語 > おそい
「
遅い」は時期 ・時刻
「
遅い結婚 」「
遅い 日の出」、速度 「
回転が遅 い」「
成長が遅 い」「
流
のろい」は 「
この汽車はのろい」のよ うに速度について
れが遅い」どち らにも用いるが 、「
しか使えない。 しかも 「
のろい」は 「
頭の回転 がのろい」の よ うに 「
にぷい」に通 じ、好
ま しくない とい うマイナス評価 を持つ。 「
遅 い」にはこのよ うな価値評価 は含 まれない。
以上を総合す ると、「
遅い」は①標準、比較の基準を持つ②時間的な意味にも速度の意味にも使 う(
中
心は前者)③評価が入 らない。一方、「
のろい」は①標準、比較の基準はない②速度 について使 う③マ
イナス評価 となる。
さて、「とろい」を含 めた 3語 についてま とまった詳 しい記述があるもの として 『類義語使い分け辞
典』がある。
遅
い :期待 され る時期 ・標準 となる時刻 ・平均的な時間な どを上回 る状態。
のろい :何かをす るのに時間がかか りす ぎて、見ていてイライラす る状態。
【
例】塵と虫 、来ないよ。何をさせ てものろい子だか ら、ち ょっ と見てきてn
遅いね」は置き換 え不能O 「
のろい子」は 「
遅い」に置 き換え可能O 「
遅い」は花の咲く時
<置換 > r
-1
47-
期 ・起 きる時刻 ・入 ってくる順序 ・歩 く速度な どに使えるが、「
の ろい」は何かをす る速度な
どだけに使い、生まれつきの遅 さや 「
鈍い」とい う反応の遅 さを含 んだマイナス評価の言葉。
早い ・速い」に対応 し、動詞 を修飾す る場合、 「
早
「
遅い」は一般的な標準 ・比較の基準 を持 ち、 「
く来る」が時間的な意味な ら r
遅 く来 る」が使 えるが、「
川が速 く流れ る」な ど、ス ピー ドを表す場合
は 「
遅 く」 を使わず r
ゆっく り」を使 うo意志動詞の場合は r
遅 く走る」 とも言えるが、ほかの人 と
歩調をそろえるためな どの理 由で、
わ ざわざ普段の速度 を下げて走ること。「
の ろく」に置 き換えると、
意志が入 るので生まれつきとい う感 じはなくな り、普段の 自分の速度は もちろん、わ ざとほかの人に
付いていけない速度まで落 とす とい うニュアンスがあ り、団体で何かを してい るときは、サボ ター ジ
ュや全体の足を引っ張るために遅 くす るとい う意味合いがある。
<補足 > 「とろい」は 「とろ火」な ど、火力が弱いことを指すほか、頭の回転 ・動作 ・反応 がのろく
て鈍い、間が抜けていてばかだ とい う意味の俗語的表現。
この記述によれば 「
遅 い 」は①標準、比較の基準を持つ②時間的な意味にも速度の意味にも使 う③
評価が入 らないO-方、r
のろい 」は①基準はない②速度について使 う③マイナス評価が入 る・
3生まれ
つきのニュアンス。「とろい 」は①基準はない②動作速度が早 くない とい う意味 ・鈍い とい う意味 もあ
る③マイナス評価、になるであろ う。
この うち、愚鈍 とい う意味を持つのは 「
のろい」「とろい」である。この 2譜 は、速度が遅い ことの
限定的用法の 1つであると考え られ る。「
頭の回転が遅 い 」とい う比愉表現 と意味す るところは同 じで
あ り、主語が生物に限 られ、具体的動作 よりも反応速度の遅 さを表す とい うことである。また、「
遅い 」
「
のろい」の 2語は、何かを行 うのに時間がかかることに注 目し、進む速度 についても動作について
も使 うのに対 し、「とろい」は専 ら動作の遅 さに関わっている。愚鈍であるとい うことは、進む速度 で
はなく、この動作の遅 さとつながる。 したがって、懸鈍 とい う意味は、ス ピー ドであることは変わ り
ない ものの、進む速度の遅 さではな く動作の遅 さ (
鈍 さといって もよいか)のか ら生 じた と推察 され
るC
なお、速度の用法について、助詞が意志動詞の場合に 「
のろい 」は 「
遅 い 」 よ りもさらに遅 さが強
調 されていることも指摘 されている。 また、マイナス評価 と、速度が低い とい う点はつながってい る
と思われ る。例にあるように、他の人がついてゆけない速度まで落 とす (よ り遅 くす る) ことは、例
えばサボタージュなどの場合 であ り、相手に不快感をもたらす 目的である。マイナス評価 が前提 とな
って 「より遅い」 とい うニュアンスが生 じてい る。
これまでの結果か ら3語の関係 を図示すれば、下の ようになる。
基準の時間 よ り後
評価
評価
.移動速度
動作速度
魯 鈍
+
a
C
b
d
__
竺
e
二 「 __一一
-
l
r
「
g
L. J
!
図 1 3語の意味関係図
-1
48-
「
基準の時間 よ り後 」「
低速度 」「
愚鈍 」 とい う 3つの意味枠 は互い に無 関係 な ものではない。『基礎
日本語』にあ るよ うに、
"速度 が小 さい こ と"は、一定の仕 事畳に対す る所 要時間が多 く、終 了時点 が
よ り後 にな るの であるか ら、結果 と して基準の時間 よ り後 とい うもの と基 本的には同 じことであ る。
さらに、時間的 に 「
遅 い 」 とい う場合 には、動 作 が終 了 してい るこ とが基本 であ るのに対 し、速度 が
r
遅 い」とい う場合 は動作 は終 了 してい ない。「この ままい くと」時 間的 に後 にな るこ とが予測 され る
とい う状 況を示 してい る点 も異 なってい る。 さらに、愚鈍 の場合 には、「
頭 の回転 が遅 い」とい う比喰
表現 と意 味す る ところは同 じであ り、主語 が生物 に限 られ、具体的動作 よ りも反応 速度 の遅 さを表 す
とい うこ とにあ る。 また、一回的 な具 体的動作 ではな く、恒 常的 な、具体的動作 を支 える性 質- と転
換 してい るとい えよ う。
なお 、「とろい」が火 の状況 につ いて使 われてい るもの は、比聡的表現 と して今 回の考察の対象 とは
してい ない。
2- 2.ア ンケー ト結 果 にみ る 3語 の意 味
2- 1において辞書の記述 を見 てきたが、実際 に これ ら 3語 の関係 は どうなってい るのか とい うこ
とについ て、用例 を基 に 3語 の 関係 を考 えてみ たい。 これ まで辞 書等で確認 して きた ことを基に文例
を作成 し、それ ぞれ につ いて 「自然 ・どち らともい えない ・不 自然 」の判 定 を行 うア ンケー トを作成
した。 また、 自由記述欄 をも うけ、 これ ら 3語 の意味の違 いを記 述 していただ く とい う形 の調査 も実
施 した。
ア ンケー ト調査 は2000年 6月に行 った。教示者 は広 島市在 住の 1
5か ら20歳 までの女性 (
注 3)約 40
名で あ るが、無効の もの もあったため、最終的 には3
4名 のデー タを採用 した。
下に示 した ものはア ンケー ト結果 で あ る。
時
遅 い
間
のろい
とろい
0
0
0 0A 00如幽
0
軸
0 四 垣
時
+
この店は閉J
脚寺
間が遅いから助かるよ
.
二
試験前だから
遅くまで勉強する
d
麺
軸
磨
間
今F
lは/
/ス
が来るのが避かつた,
J
.
麺
毎朝起きるのが遅いから遅刻する〔
,
困
'
j
式が付くのが遅すぎる!
麺 t
g 7
1 5
8 4
7 垂
球の速度が遅いからとれた○
麹
3
5
6
移
小故にあったけれど鋸のスピ
ー ドが遅くてJ
]
)
)
かつた.
_
】
あの人より
遅く走るo
頭
T
b
I
3
]
8
3
9
動
平地の川は流れが遅い
匪
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8
逮
バスは遅いから地下鉄で行こう二
.
頑
2
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麺 E) 7
度
市内屯帝のスピー ドは JRの屯車よりも遅いn
困
3
1
E
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)囲
バスのスピー ドが運かつたから遅刻 した○
垂
3
6 師
今年はいつもより桜の開花が遅い□
1
6
1
2
1
3
3 垂
2 垂
2
1
1 垂
1
5
2 垂
5
4
0
.
つ
-1
49-
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E)適
:
5 *
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5
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2
1
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3 節
6
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5
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5
6
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8 幽
如:
5
4 醜
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6
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5
困
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7
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3
8
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3
10 8
由 、
出.1
如
私の性格:
遅い
7 2
5
いつも遅くて、
ほんわりしてるね、
あの子_
6
E
g
あの子は何をさせてJ
u迎い (
・
だ
4- 2 6 6
この子はのみこみが避いからいけないなあ。
5
あの人は仕部は遅いけれどl
'
呼だ。
9 2 4
棒は生長が遅いけれど上人でいい
6
、
24︰神 水 如 如
化!
l
f
は速いより遅いはうがいい
○数字は、それぞれの語において左 か ら 「自然 ・どち らともいえない ・不 自然」の回答者数をあ ら
わす。
○文字囲いは最 も回答の多かった部分に付 した。
白抜きは 2番 目に回答が多 く、第 1位 のもの と人数の差が 1
0名以下 (
教示音数の 1/ 3) の もの
につけたC
表 1 用法に関す るアンケー ト結果
表は上か ら 4段 に分けた。最上段は時間に関す る項 目である。 2段 目は移動速度 、3段 目が動作速
度、最下段は性格な どに関す る項 目である。またそれぞれの段の中は、プラス評価が文中に明示 され
ているものを上の方に、下にはマイナス評価の文例を示 した。
さて、この表か ら看取できることは以下の 3点であるO
①
愚鈍」 とい う意味枠以外のすべてにおいて使用す ることができるO
「
遅 い」 とい う語は、「
また、自然であるとする回答は、 どちらでもない、不 自然 とい う回答を引き離 してい る。
②
囲み数字 と白
回答者数が もっ とも多い枠 と回答者数の差が小 さい第 2位の回答の枠の分布状況 (
抜 き数字)は、「
のろい」「とろい」がほぼ同 じよ うな傾向を示 している。
③
以上を総合 して、「
のろい」 「とろい」 と 「
遅 い 」は、ほぼ逆の様相を見せている。
「
遅 い 」とい う語は、基坤 となる時間に対 して早 くないこと、速度が速 くない ことを意味す るo次
に「
のろい」「とろい」については、これ らを時間について使わない ことには個人差がほ とん どない。
また、速度についても、それがプラス評価の場合には不自然 とす る教示者 が多 く、ほぼ同 じ傾向であ
る。 しか し、明確な数字の差 としてあ らわれない ものの、傾向 として、移動速度 について使 う教示者
のろい」の方が多い
の数は、-とろい 」よ りも 「
O
-方の動作速度の場合 には、逆の傾向があるよ う
である。
また、それ らがマイナス評価 を持つ場合 には 自然
良い絹 で用いる
紺に閑的 く用いる 悪い葺嵐こ
副、
る
であるとする回答が増加する傾向にあ るとい うこと
が、「
の ろい 」「とろい 」に共通の傾向 としてあげ ら
れる。そ こで、評価 とい う点については改めてそれ
を尋ねる項 目をアンケー トに設定 した。結果は以下
の通 りである。なお、無効回答が増 えたために 、32名
おそい
2
29
1
のろい
0
5
27
とろい
0
5
27
のデー タとなっている。表 2として示す。
表 2 評価に関す る回答
-1
50-
衷 2によれば、「
遅い」は評価には関係 なく用い られ、「
のろい」「とろい」はマイナス評価 として用
い られていることが指摘できる。表 1の結具 よりもはっき りとした結果が得 られたのは、評価 につい
ては、文例 レベルでは文の解釈が様 々に想定 され、文の解釈 レベルで回答が割れたことに原因がある
と考えるC改めて評価に関 してのみ調査を行 うと、実際には商い社会性に支 えられた評価的意味が存
在 していることを確認することができる。
2-3. 3語の意味構造
アンケー ト調査を行った結果 も、図 1として示 した構造図 と変わるところはない。
また、図 1の上段に掲げた 「
基埠の時間よ り後 J「
移動速度 ・動作速度 (
が低速度 )
」「愚鈍」とい う
項 目は、以下のようなイメージ ・スキーマ として描 くことができる。 なお、図中の●は肋作のゴール
をあらわ し、▲は視点をあらわ している。
時間
速度
懸鈍
基準の時間
(-
●)
▲
*予期 させ るよ うな動作状況
*恒常的性賓
*具体的動作
*抽象的軌作 (
反応)
図 2 イメージ ・スキーマ
イメージ ・スキーマで示す と、愚鈍、時間が極 にあり、それを結ぶ意味枠 として速度があることが
よりはっきりとするであろう。
3.3語の個人性 と社会性
「
遅い」「
のろい」「とろい」の 3語を比致 した場合、「
遅 い」 と、他の 2語 r
のろい」「とろい」の
差は比較的はっき りとしていた。 また、 3語の うち個人差が大きかった語は 「
のろい」である。 2で
示 したよ うな意味記述において、「
遅い」「とろい」の 2語が対極にあ り、「
のろい」はその間にある語
であるために個人差が大きくなったもの と思われる。 しか し、 2語の間にあるとはいえ、その意義特
徴の 1つに強いプロ トタイプ特性 とな りうる特徴があれば、個人差はそれほ ど多くなるとは考えにく
い。
播形がよく似ているとい う (
異なるのは語頭子音のみ) こともあげ られよ うか。
そこで、改めて 「とろい」「
のろい」の 2藩に注 目すると、この 2静の示す 「
遅 さ」は、移肋速度か、
肋作速度か とい う点において弁別 され ることが注 目され る。そ してこの 2語の弁別は、すべての教示
者がはっきりとお こなっているわけではなかった。 2語の弁別的特徴である移動速度の遅 さなのか動
作速度の遅 さなのかとい う特徴は、イメージ ・スキーマの形式が同一であるとい う点でほ とん ど違い
がない。 このことに、個人差が現れた理由の 1つがあるよ うに思われ るO
-1
51-
図 3 イメー ジ ・スキーマ (
移動 と動作)
● :到達点 (
終着地 :空間的)
○ :到達点 (
動作終 了 :非空間的) ▲ :視点
移動の速度の場合 は、動作の終了時点で場所の移動 を伴い、場所 とい う目に見える空間的 ゴールが
存在す る。つま り、移動速度 が遅い とい うのは、空間的 ゴール-の到達時間が長 い とい う 「
遅 さ」 で
ある。 しか し、動作の速度の場合 は、動作の終 了時点で場所の移動 を伴わないため、 目に見 える空間
的 ゴールではな く非空間的 ゴールであ る といえる。ただ、
移動の速度や動作速度 が遅 い とい うことは、
ゴール-の到達がある基準時間 よ り遅 くなる、 とい う点で共通性 を持つ。 これ をイメー ジ ・スキーマ
に置 き換 えると、図そのものは同 じになるO動作が移動か、移動 を伴わないか とい う、空間性の有無
の違 いだけが存在す る。図 3に示 した とお りである。 この、イ メー ジ ・スキーマが同 じである とい う
ことが、「
の ろい」「とろい」の弁別 に個人差が大 きい理 由であろ うと思われ る.
さらに、先 に行ったアンケー トを各個人 レベル で詳細 に検討す ると、 「
のろい」 「とろい」の 2語の
弁別 を全 く行 っていない話者 があることがわか る。また 、2語 を上に示 したよ うな動作速度 と移動速
度 で弁別 を行 ってい る話者 、また、その中間段階 と考 え られ る話者 があ る。具体的に数 で示す と以下
の通 りであった。
7名
弁別 を全 く行わない話者
中間段階 (
揺れがみ られ る)の話者
15名
弁別を完全に行 ってい る話者
12名
岩城 (
1
999)七 おいて、数丑 が多い ことを表す数盈副詞 を取 り上げ、方言語免 の個人差 が若年層話
者 において非常に大 きく、各個人が様 々な意味枠 を差 し向けて語 を弁別 してい ることを指摘 した。 そ
して、「
意味が似てい る」一連 の語粂索を 1つ 1つ弁別す る話者 とそ うではない話者 があ り、もっ とも
単純な体系を持 つ話者の場合 、たった 1つの意味枠で弁別 を行 ってい るこ とも指摘 した。 下に、最 も
単純な体系を持 つ<教示者 1>の場合 と、複雑 であった <教示者 2>の例 を示す。
<教示者
1
>
限界性 な し
⊂
限界性 あ り その他の語
<教示者
⊂
ドギヤシコデ ン系
2>
限界性 な し
ドギヤシコデ ン系
限界性 あ り
多量の強調
ドッサ リ
文脈(
被修飾部)
制限 一満腹
タラフク
制限な し その他の語
図 4 佐賀県鹿 島市七浦方言の若年層話者 の数盈副詞体系図 (
一部)
-1
52-
すべての話者が共通に持 っていた意味枠は、限界性の有無に関す る枠 (
注 4) であった。限界性が
あるかないか、 とい うことをイメージ ・スキーマにすると以下のよ うになる。
左の傍線は基準値
右が限界値
仁
界
性
あ
り
]限
限界性 な し
図 5 限界性 あ り、な しのイメージ ・スキーマ
ここでのイメージ ・スキーマは大き(異なる。 このよ うに、異なるイメージ ・スキーマであ らわさ
れるよ うな意味枠の場合に個人差が出現 しやす くなると考える。
なお、今回対象 としたのは広島方言の若年層話者である。 このため、老年層 よ りは個人差が大きい
ことが予測 され る。老年層話者 との比較は今後の課題であるC
4.おわりに
塀轟語の意味構造 と個人差について考察をおこなった。その結果、次のことが指摘できる。
類義語の意味の場合、イメー ジ ・スキーマが同 じ形式 となる場合、個人差が大きくなっている可能
性がある。
イメージ ・スキーマが同 じ形式であるとい うことは、単純に言えば 「
意味が近い」 とい うことであ
り、イメージ ・スキーマが同形式 とい う r
近 さ」にある箔については、少な くとも広島方言の若年層
話者において、混乱が見られ る。
また、若年層話者において 「とろい」が衰退 しつつあることと、「
のろい」「とろい 」の意味上の違
いが小 さいこととの間には関越があるもの と思われ る。 2椿の意味上の弁別ができに くくな り、意味
の衝突を起こしている。衰退 しつつあるために衝突 したのか、衝突 したために衰退 しつつあるのかは
この段階でははっきり言えないものの、イメージ ・スキーマが同形式であった とい うことが衰退の一
つの理由になっている可能性がある。後者の可能性を指摘す るものである。いずれにせよ、この衝突
状況からは、大きく衰退す る可能性があることは指摘できよ う。
さらに、今回のデータは中等教育段階にある生徒を主な対象 としたものであった。国語の授業での
語尭指導に関 して、
語垂体系を背敦 として行 うことの有効性は様 々に指摘 されている(
往 5)
。しか し、
今回の考察の結果からは、頬.
*語 とい う小 さな体系の場合、イメージ ・スキ-マを同 じくす るレベル
での意味の遠いはその語の意味混沌に混乱をもたらす とい うことがいえる。 もちろん今回のデータは
自然に習得 した場合の ものではある。ただ 「
指導」をする場合には、取 り扱お うとす る頬轟語相互の
意味構造を把握 してお く必要はあるもの と考えるc数育-の応用を考える場合.自然習得 した場合の
語の意味認識 とそ うでない場合の語の意味認札 とい う視点での考察を進める必嬰 もあると考えるOま
た、そのデー タの蓄横が重要である。 これ らはいずれ も今後の課題である。
-1
53-
注 1 動作が鈍い、おそいことに加 え、おろか ・愚鈍な人 とい う意味で 「トロイ」が使われる。「
あん
なとろい奴にはわからんだろ う」(
広島県比婆郡 ・『日本国静大辞典』による)、あるいは接尾辞を
伴って 「トロサクJr
トロンボー」などの性向語免が生 じでもいるO
注2
「さ様のことにも、心おそ くて物 し給」 (
源氏物衝 .越生) とい う例。また、r
のろい」が異性
に甘い とい う意味で使われている用例は 「
なぜあの女にのろくなった らう」(
滑稽本 ・浮世床)で
ある。
注 3 鈴峯女子短期大学2
0
0
0
年度 r
国語音声学」受弥生の一部お よび鈴峯女子高等学校 2年生情報科
学コースの生徒の一部。
注4
「ドギヤシコデン」は共通語では 「
い くらでも」 とい う語にあたる。不定敷地をあ らわす要素
が語の構成要素に含まれ、上限がないことをあらわ している静を限界性がない と定為 した。r
ナン
ボデモ」 もこれにあたる。
注 5 ブルーア- (
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松田文子 ・森敏昭 監釈 1
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7『授業が変わる-箆知心理学
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と教育実践が手をむすぶ とき』北大路番房)
) らの伝統的な簿尭指導である辞番的方法-の批判。
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)の報告な どがある。
参考 ・引用文献
田忠魁 .泉原省二 ・金相順
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998 『類義語使い分け辞炎』 研究社出版
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辻章夫
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6 『認知言語学のための 14章』 紀伊国屋寄店)
訳 1
岩城裕 之 1
9
9
9 「
方言落盤の個人性 と社会性 一世代差に注 目して」国語学会中国四国支部大会 (
鳥
取大学 ・口頭発表)
1
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認知音藩学の基礎 n I
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・
」 研究社出版
森 田良行 1
9
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7 『基礎 日本静 角川小辞典 -7』 角川番店
森田良行 1
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0 『基礎 日本静 角川小辞典 - 8』 角川番店
野林正路 1
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6 『認織首筋 と意味の領野 一構成意味給 ・語尭給の理絵 と方法-』 名著出版
大津由記雄編 1
9
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河上習作
柴田 武
1
98
8 『語褒絵の方法』 三省堂
-1
5
4-