平成 25年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 25年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
非アルコール性脂肪肝疾患について
Studies on non-alcoholic fatty liver disease
臨床薬理学研究室
10P65
樋口
4年生
佳奈
(指導教員:渡辺 賢一)
要 旨
肝細胞癌(HCC)は、癌による死の原因の中で三番目に多い。HCC の危険因子
は肝炎ウイルスの感染に加え、糖尿病が警戒すべき大きな影響を持っているこ
とが複数のコホート研究によって示されている。しかし、糖尿病患者の肝組織
学の変動に基づく問題により、どのように糖尿病が HCC へ発展させるかは直接
証明されていなかった。そこで、再現性のある NASH-HCC モデルマウスの新
たな確立によって、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)とその進行形である
非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)が、糖尿病と HCC を関連付けるのに重要で
ある。
低用量のストレプトゾトシン (STZ)でランゲルハンス島を傷害した新生児オ
スマウスを使用した。このマウスは、高脂肪食(HFD)を与え続けた一週間後に
糖尿病による脂肪肝すなわち NAFLD になった。その後は全てのマウスが
NASH になり、そして HCC を発症した。一方 STZ-HFD のみのメスのマウス
と STZ のみのオスのマウスは糖尿病になったが、NASH に基づく肝線維化は現
れず HCC は発症しなかった。
糖尿病患者では NASH に基づく肝線維化が HCC への発達を早める。この本
態性組織学的過程を、新しいモデルマウスを用いて明らかにした。
キーワード
1.肝臓
2.線維化
3.線維芽形成
4.マクロファージ
5.炎症
6.肝細胞癌
7.非アルコール性脂肪性 8.非アルコール性脂肪性
9.ストレプトゾトシン
肝疾患
肝炎
10.高脂肪食
1
1)はじめに
肝細胞癌(HCC)は癌で五番目に多く、癌による死の原因の中で三番目に多い。特にB型・
C型慢性肝炎ウイルス(HBV・HCV)感染はHCCの明確なリスクファクターである1)。だが
ウイルス感染治療の進歩にもかかわらず、肥満や糖尿病やメタボリックシンドロームの流
行またそれらの合併のために、未だHCCは増えている5)。糖尿病はHCCのリスクファクタ
ーとして知られているが、その二つの因果関係の大部分は、肝組織学的特徴の変化を理解
することが困難なために直接立証されていない1)。よって糖尿病とHCCを結ぶ基本的な要
因は長年の問題と言える。
最近では、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)とその進行形である非アルコール性脂
肪性肝炎(NASH)が、ウイルス非依存性HCCを発展させる主な原因として示されている1)。
またNASHは発展途上国においてHCCの大部分の原因である可能性もある1)。NASHはメ
タボリックシンドロームから成る肝症状とみなされ糖尿病と非常に結び付けられるが、糖
尿病とHCCのつながりはNASHの進行に関係すると推測される1)。しかしながら、糖尿病
からHCCになる肝臓病理組織学を順次示す直接的な根拠はない1)。
これまでの実験において、発癌性物質を引き起こすモデル、腫瘍細胞移植モデル、遺伝
子操作モデルまたはウイルス性肝癌形成モデルのような肝腫瘍に関する動物モデルはよく
研究されたが、これらは高い再現性もHCCの糖尿病との関連も示していない1)。またⅡ型
糖尿病の動物モデルもよく研究されたが、これらのモデルもHCCを発現する証拠は無い1)。
NASHに関する現在の動物モデルは通常、遺伝子操作モデル、遺伝子性レプチン突然変異
モデル、食事由来のメチオニン・コリン欠損(MCD)モデル、長期の高脂肪食(HFD)モデル
の四種類に分類される1)。しかし、これらのモデルは糖尿病の背景の下で、脂肪肝、NASH、
肝臓での線維形成からHCCに至るまでの臨床病理学的過程を再現していない 1) 。そこで
NASHが糖尿病とHCCの間の因果関係に関わっているのかを調査するために、マウスの新
しいNASH-HCCモデル系統が確立された1)。
現在のモデル系を用いた肝臓の病理組織学的な事象の研究から、糖尿病と HCC の関係の
重要な所見である NAFLD、NASH に伴う炎症と線維形成を調べることにした。
2)NAFLD と NASH
肝臓内に中性脂肪の貯まった状態を脂肪肝といい、アルコールをほとんど飲まない人に
起こる脂肪肝を非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ぶ2)。NAFLDには、進行せず
良性の経過をたどる単純性脂肪肝と、炎症や架橋状線維化が起こり肝硬変そして肝細胞癌
へと進行する可能性のあるNASHが存在する2)3)4)。NAFLDの危険因子として、肥満、
2型糖尿病、高脂血症が挙げられ、また高度肥満と糖尿病を合併した患者の半分はNASH
である3)。NAFLDの病因は明らかでないが、要因として、インスリン抵抗性、肝ミトコン
ドリアでの遊離脂肪酸酸化の亢進、酸化ストレスの増加、脂質過酸化などが挙げられてい
る3) 。NAFLDの組織学的特徴は、脂肪変性、肝小葉および門脈域の炎症、肝細胞壊死、
2
Mallory小体、線維化である3)。アルコール性肝疾患と同様、小葉中心性線維化がよく観察
される3)。
3)NASH-HCC モデルの臨床病理
単純モデル系は、化学薬品の併用や食事指導によって糖尿病背景下でNASH-HCCを誘引
するために、C57BL/6Jマウスで作られた1)。先ず始めに、新生児マウスに低用量のストレ
プトゾトシン(STZ)を皮下に注射すると、軽度な島状の炎症と島状の破壊を誘発した1)。次
に、生後四週間後に、STZの刺激を受けたマウスは持続的にHFDでシミュレートされ、脂
肪肝やNASH、線維形成、腫瘍突起からの連続的な組織的変化を引き起こした(Fig.1)1)。
肉眼での観察において、STZ-HFDで扱った全ての肝臓は、6 週目に淡黄色になり、8 週目
に軽度のはれを、12 週目にざらざらした表面になり 20 週目には腫瘍突起を示した(Fig.1)1)。
ヘマトキシリン-エオジン染色は脂肪肝が見られたが、6 週目の炎症性の病巣、8 週目の好中
球、リンパ球、単球を含む中等度の炎症性湿潤による脂肪肝やNAFLD活性スコア(NAS)の
増加による肝細胞の気球状変性は示さなかった(Fig.1)1)。シリウス赤染色は 8 週目と 12
週目には中心静脈の周りに細胞周囲の線維化を明示し(Fig.1)、その陽性範囲の割合は徐々
に増えた1)。
NASH-HCC(STZ-HFD)
ノーマル
8 週目
6 週目
8 週目
Fig.1 NASH-HCCモデルの巨視的かつ組織的な特徴1)
3
12 週目
20 週目
☝Fig.1 上から、肝臓の肉眼での外観、ヘマトキシリン-エオジン染色したもの、オイルレッ
ド O 染色したもの、F4/80 で染色したもの、シリウス赤染色したもの、ER-TR7 で染色した
もの。
CTスキャンでも多発性の肝腫瘍を示した(Fig. 2)1)。これはHCCを特徴づけるものとし
て信頼できる5)6)。
*
*
*
*
Fig. 2 NASH-HCCモデルの 20 週目のCT画像1)
*印は腫瘍病変を指す
体重増加はSTZ-HFDマウスにおいて観測されたが、肥満はそれほど明らかではなかった
1)
。STZ-HFDマウスの空腹時血糖(FBS)値は通常のマウスと比較して特に脂肪のある時や
炎症性の段階で増していた1)。軽度の血清ALTの上昇がSTZ-HFDマウスで見られ、これは
人のNASHと似ている1)。肝臓トリグリセリドは脂肪がある段階で高くなり、後に減少す
る1)。合わせて考えると、STZ-HFDマウスは糖尿病の条件下でNASH-HCCを再現し、全
糖尿病患者のHCCがそれぞれ発達するのを示す再現可能なモデルを確立している1)。
NASH-HCC肝臓の遺伝子発現については、IL-6、TNF-α、IFN-γ、CCL2/MCP-1 は炎
症の段階の間にアップレギュレーションし、後に徐々に減少した1)。1 型・3 型コラーゲン
は線維形成を優先してアップレギュレーションし、この傾向は他の肝線維化モデルと類似
している1)。TGF-β、MMP-9、Timp-1、IL-4、IL-10 は二相性のパターンをよく示し、
そしてそれは脂肪がつく段階でアップレギュレーションし、炎症の段階でダウンレギュレ
ーションされるが、線維形成あるいはHCCの段階の間には再び増加した1)。HCCのマーカ
ーであるグリピカン-3 はHCC段階のみ大いにアップレギュレーションした1)。
4)NASH-HCC モデルの糖尿病から HCC への病理組織学的事象
4
さらに糖尿病と HCC の関係を調べるために、病理学的事象、特に現在の NASH-HCC モ
デルの肝臓マクロファージに着目した。
・糖尿病(~4 週間)
低用量のSTZは、糖尿病の状態の一因となるマクロファージの集積の増加によって明示さ
れるような軽度な島状の炎症と破壊を誘発した 1) 。肝臓においてスカベンジャー受容体
MARCOがはっきりとアップレギュレーションされ、これは肝臓が到来物質の用意ができた
初回刺激状態であることを示唆している1)。
・脂肪肝
オイルレッドO染色では、6 週目に大きい胞状の脂肪を含んだかなりの脂肪沈着を示した
(Fig. 1)
1)
。しかし、脂肪沈着は後ほど次第に減少した(Fig. 1)
1)
。
・小葉の炎症
6 週目から肝臓で見られ、
8 週目でピークに達し、
小葉のF4/80+マクロファージの集積は、
そのピーク時点は肝細胞が膨れる時と一致した(Fig. 1)
1)
。脂肪を蓄積した泡沫細胞様マク
ロファージはたびたび検出されたが、炭素を多く含むマクロファージの数の減少によって
立証されるように、後に食作用は減少した1)。線維形成段階において、多くのマクロファ
ージが線維症帯域に沿って観察された(Fig. 1)
1)
。
・線維形成
ER-TR7+線維芽細胞の数はすでに 6 週目から増加し始め、10 週目頃にはピークに達した
(Fig. 1)
1)
。細胞周囲の線維化もまた、中心静脈の周りで検出され、ER-TR7+線維芽細胞と
F4/80+マクロファージ関連は頻繁に観察された1)。またこのモデルにおいて典型ではない
が、架橋線維症が観察された(Fig. 1)
1)
1)
。後に、線維芽細胞は腫瘍の内外に位置を定めた(Fig.
1)
。
・肝細胞癌
全てのオスのマウスは均一に類似した過程でHCCを発症した1)。かなりの肝細胞の増殖
BrdU+
が 16 週目に検出でき、
それは腫瘍を引き起こす時点を示唆していることがわかる1)。
肝細胞はGFAP(グリア線維酸性タンパク質)線維芽細胞と関係していた1)。異形成肝の細胞
は細胞核の異型性を示し、CD31+に富む血管が腫瘍の内外にて検出された1)。グルタミン
シンセターゼ腫瘍は中心周囲の帯域で検出されしばしば湿潤性細胞と関係があり、高分化
型HCCが不健康な肝臓の背景で起こったことを示している1)。
5)線維形成の欠損による HCC を伴わない糖尿病と軽度の肝障害
対照的に、STZのみで扱ったオスのマウス(n=13)とSTZ-HFDで扱ったメスのマウス
(n=34)はHCCを示さなかったが、両系統は同様に糖尿病状態を示した1)。特にSTZ-HFD
で扱ったメスのマウスは脂肪肝、軽度の肝炎、マクロファージの食作用の減少も示した1)。
しかし、NASHに基づいた持続的なマクロファージの蓄積や中心周囲の線維芽細胞は、
STZ-HFDで扱ったメスのマウスとSTZ-ND(普通食)で扱ったオスのマウスでは見られなか
5
った1)。よってマクロファージ周囲の線維芽細胞の漸増が、さらなる糖尿病に基づいたHCC
へ発展する徴候の鍵であることを示している1)。
6)まとめ
糖尿病は HCC の有名なリスクファクターだが、その実験に基づく根拠は確実に HCC を
発症する糖尿病性の動物モデルが存在する前から、証明することは難しかった。
糖尿病がどのように HCC を誘発するかは、現在の糖尿病-NASH-HCC モデルによって考
察される。最初の化学操作で、モデルは糖尿病や代謝障害の原因の鍵となる軽度の炎症を
引き起こした。β細胞の再生と新生は生後早期に活発に見られるので、このタイミングで
低用量の STZ が損傷や再正反応の両方を引き起こし、それが糖尿病の状態につながってい
る。持続的な食事の干渉は、脂肪生成や脂肪酸酸化を増して肝臓の脂肪沈着を増加させ、
肝細胞障害へ結びつく。炎症性マクロファージの漸増は炎症性病巣を作ったり脂肪滴を貪
食したりするために生じる。マクロファージの貪食作用はヒト NASH で見られるように後
に減少し、その後の炎症段階ではマクロファージの機能の異常を示した。マクロファージ
は活性化された線維芽細胞の近くに共通にあり、双方の細胞型が肝臓の線維性の病巣に関
与する。これらの細胞の事象はアテローム性動脈硬化症のそれらとよく似ている。細胞間
相互作用は肝臓内のディッセ腔の内部に生じることから、アテローム性動脈硬化症に似た
ディッセ腔内のメカニズムが NASH に基づく線維症に存在するのかもしれない。炎症段階
の肝臓の IL-6 と MCP-1/CCL2 の増加は、心血管系の症例のようにディッセ腔内のマクロ
ファージ線維芽細胞相互作用を早める一因となることが示唆される。継続的な HFD は酸化
ストレスや炎症を促進し、そしてそれはディッセ腔内の持続的な線維芽細胞の活性化に寄
与し、肝臓のサイトカインミクロ環境は線維形成期から変化する。例えば、マクロファー
ジに由来する TGF-βはさらに線維芽細胞を活性化し、MMPs や TIMPs と共に ECM の再
形成を与える。発癌の下にあるメカニズムはさらなる研究を必要とするが、変化したミク
ロ環境や細胞表現型は HCC の進展のための肝細胞イニシエーティングの異常増殖を寄与
するかもしれない。
人間とマウスの HCC への進展の報告されている性差と同じく、全てのオスのマウスは
HCC に進展させたが現在のモデル系のメスのマウスでは進展しなかった。病理組織学的な
事象から考えて、増加した数のマクロファージと関連する細胞周囲の線維形成の存在は、
オスをメスのマウスと区別する重要な要素であると言える。IL-6 とエストロゲンシグナル
伝達も現在のモデルに同様に性差を与えるだろうが、それでもこのモデルの分子メカニズ
ムをさらに調べることは興味深い。
現在のモデル系は HCC を発達させる糖尿病の個々の線維症の過程の重要性を示したが、
未だに様々な制限がある。一つ目に、このモデルは糖尿病に基づいた NASH 患者を再現し
ており、非糖尿病性の背景による NASH は現在の研究には含まれない。二つ目に、このモ
デルは女性の NASH 患者について完全に明らかとしていない。三つ目に、STZ か HFD の
6
みで扱ったマウスの年間の経過観察は詳しく研究されていない。HFD の長期の暴露により
NAFLD-HCC を引き起こされることを報告したが、この点において、糖尿病の状態や多様
な発症・特質がある非糖尿病性背景のモデルのことはおそらく示さないだろう。
またこれとは対照的に、現在のモデル系は重要なメリットを持つ。HCC に関しては、こ
のモデルは比較的短い実験期間で明瞭な疾病期の過程と共に 100%の再現性を見せる。
NASH に関しては、糖尿病背景下における脂肪肝、NASH、線維症から HCC へ順次示す
ことができる。細胞周囲の線維形成も観察されることができ、このモデルがヒト NASH の
「緻密線維化」を明確に表すという考えを立証している。要するに、マウスの新しいモデ
ル系で糖尿病から HCC への病理組織学的な順序が示されたということである。ディッセ腔
内の線維化病巣の創造は、HCC になる個々の糖尿病患者の鍵となる原因である。高い再現
性に基づいてオスの NASH-HCC で臨床病理学的過程を再現し、そして現在のモデルが代
謝障害と癌腫をつなぐメカニズムを理解するために新たな道を開くことで、NASH-HCC に
対する新しい治療方法の見識が与えられると思われる。
7)謝辞
本論文の作成にあたり、テーマ選定から論文の執筆に至るまで指導教員の渡辺賢一教授、
上野和行教授、及び助手張馬梅蕾先生から、丁寧かつ熱心にご指導していただきました。
ここに感謝の意を表します。また、多くの知識や示唆を頂いた臨床薬理学研究室の皆様に
感謝いたします。
8)参考文献
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Med Mol Morphol.46(3),2013,P141-152.
2)非アルコール性脂肪肝炎とは(NASH)
監修:市立奈良病院 吉川敏一・角田圭雄
P2.
3)カラー ルービン 病理学―臨床病理学への基盤―.西村書店.2007
監訳:鈴木利光・中村栄男・深山正久・山川光徳・吉野 正
P672.
4)看護のための最新医学講座 [第 2 版] 第 5 巻 肝・胆・膵疾患.中山書店.2005
監修:日野原重明・井村裕夫 監修協力:岩井郁子・北村 聖 編集:井廻道夫
P198.
5)Ascha MS,et al;The incidence and risk factors of hepatocellular carcinoma in patients
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