特色あるブランド・ブティックハウスを目指して

特色あるブランド・ブティックハウスを目指して
株特化をいちよし証券の看板商品にまで育ててき
ないアジアの拠点を閉鎖する一方で、中小型成長
樋氏がアジアの現物株の勧誘を止め、それにとも
がアジア、中小型株特化戦略を採られた背景と武
武樋氏が野村証券で得た知見や、前任の芦谷社長
今号の証券史談は、前号に引き続き、武樋政司
氏のオーラルヒストリーを掲載する。前号では、
いたにもかかわらず、資産管理・アドバイス型営
後、ネットバブル崩壊後の厳しい環境が長期間続
に あ っ た も の は 何 か。 三 つ 目 が、 武 樋 氏 の 就 任
のを取捨選択されたが、その判断にあたって背景
略の中から、維持発展すべきものと撤退すべきも
るか、二つ目が武樋氏は芦谷氏が採られた商品戦
り、活かされている野村証券時代に得た知見はあ
―武樋政司氏証券史談(下)―
た 間 の ご 苦 労、 ま た「 い ち よ し 基 準 」 や「 ク レ
業への転換に固守した理由は何かであった。前号
施 し た。 一 つ 目 は、 い ち よ し 証 券 の 経 営 に あ た
ド」を策定された理由を収録した。
録した。
では、このうち一つ目、二つ目の関心を中心に収
前号にも記載のとおり、筆者らは、今回のイン
タビューに際し、三つの関心からヒアリングを実
― ―
109
方針を転換させたわけだが、その契機となったの
らの脱却と資産管理・アドバイス型の営業へ経営
資産を経営の最重要指標とし、単品、回転売買か
さて、今号では三つ目の関心について取り上げ
ている。いちよし証券は、武樋氏の就任後、預り
証券はそれを徹底できたのか、武樋氏が「ABC
ることなく、徹底し続けてきた。なぜ、いちよし
時期もあったわけだが、それでもこの信念を曲げ
を徹底している。その結果、会社の業績が厳しい
めにならないと判断される商品は販売しないこと
い商品でも、顧客に説明できない商品、顧客のた
が、日本版ビッグバンが目前に迫った平成八年に
」から続く「顧客第一主義」にこだわった考
D
」が目指したも
打 ち 出 さ れ た、 中 期 経 営 計 画 で あ る「 A B C D
」であろう。この「ABCD
えに迫っている。
その他、いちよし証券は、リーマン・ショック
後、地場証券会社の買収や、首都圏でのミニ店舗
のは何か、ということからお話が始まる。また、
最近のいちよし証券の特色として、準富裕層への
の開設を行っている。それはなぜかなどについて
営理念に「お客様に信頼され、選ばれる企業であ
り続ける」と表されているように、いちよし証券
の「顧客第一主義」がその要因として挙げられよ
う。いちよ し証券では、「売れる商 品でも、売ら
ない信念」を掲げ、たとえ他社での販売実績が高
― ―
110
21
アプローチや紹介客の多さが挙げられよう。この
21
お話をお聞きしている。 21
紹介客が増えていることに関しては、クレドの経
証券レビュー 第56巻第7号
単品、回転売買との決別と
資産管理、アドバイス型営業への
転換
」を出されています
ンにおいては個人投資家の有価証券への投資促進
が中心になると想定しました。そこで預かり資産
を 経 営 の 最 重 要 指 標 と し て、 当 時 の 預 か り 資 産
四、〇〇〇億円を、三年後に二・五倍の一兆円に
しようという目標を立てたのです。
また、日本版ビッグバンでは、中堅ベンチャー
企業を育成し、新しい産業に血を入れていくこと
も目玉になるだろうと想定し、幹事会社数を二倍
向けた経営計画「ABCD
ね。
して、その時に我々はどう対応していくのかとい
に三年後に日本版ビッグバンが実施されると想定
そして、従来のように店頭のカウンターでみんな
対されたけれども、株価ボードを撤去しました。
具 体 策 と し て は、 営 業 マ ン と い う 名 称 を 止 め
て、「 ア ド バ イ ザ ー」 に 変 え ま し た。 ま た、 大 反
の五〇〇社とし、あわせて主幹事も獲得すること
を目標としたのです。
」という中
が同じ商品を勧めるのではなくて、カウンターに
は、和製英語で「アセット・ビジネス・チャレン
アウトにしました。
間仕切りを作って、お客様が相談出来やすいレイ
期経営計画を策定しました。この「ABCD
うことを基本観にして、「ABCD
」
ンは実施されると思っていましたので、平成八年
武樋 そうですね。先ほども話しましたように、
ロンドン勤務の時から、いずれ日本でもビッグバ
21
ジ・ダブル二一」というもので、日本版ビッグバ
21
21
― ―
111
――ところで、平成八年に、日本版ビッグバンに
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
の優位性になると位置付けて、コンプライアンス
た、コンプライアンスをしっかり守ることが当社
額と手数料を半々で評価するようにしました。ま
ので、一年くらい経った後に、預かり資産の純増
増額だけで評価しましたが、少し行き過ぎだった
アドバイザーの評価に関しても、預かり資産を
中心に据えることにした当初は、預かり資産の純
した。つまり、否応なしに対面営業のビジネスモ
開始を契機に、現在では変化の兆しが見えてきま
進まなかったのですが、三年前のアベノミクスの
その後、日本版ビッグバンおよび小泉改革以来
一〇年間以上、「貯蓄から投資へ」も遅々として
の価値観には戻れないと腹をくくったのです。
はルビコン川を渡ったようなものであり、もう昔
そうするとお客様と会社の関係も、従来の「会社
ら、御社は富裕層をターゲットにした営業展開を
―― 武 樋 様 が い ち よ し 証 券 に い ら っ し ゃ っ て か
― ―
112
モデルを抜本的に転換しなければならない。これ
委員会を本社と全支店に作りました。
ない段階に入ってきたということです。
デルの転換を、いよいよ実際に実行しければなら
「ビッ
そして、平成一〇年九月の部店長会議で、
グバン後のリテール証券ビジネスは、コミッショ
「準富裕層」への特化戦略と
他社との差別化
都合」から「お客様都合へ」と変えていかなけれ
しておられますね。
ばならない。つまり、従来の対面営業のビジネス
理・アドバイス型営業へ」と、必ず移っていく。
と の 関 係 は、「 単 品 売 買、 回 転 売 買 か ら 資 産 管
を全社に明確に打ち出しました。つまり、お客様
ン型からストック型に必ず移る」、という方向性
証券レビュー 第56巻第7号
武樋 はい。
リッツカールトンになろうと思って取り組んでい
り、準富裕層のお客様をメインのターゲットにし
二億円ぐらいの金融資産をお持ちのお客様、つま
武樋 すべてのお客様が、皆さんそうだというこ
とではありません。当社は、三、〇〇〇万円から
すけれども…。
ておられる、ということを聞いたことがあるんで
万円とか一億円とか、まとまった額の資産を預け
位にはなりません。また、当社はホールセール特
立ちますが、当社のような中堅規模だと大きな単
と集めたら、大きな単位になり、ビジネスが成り
行、証券会社では、少額のお客さんでも何百万人
当てはまりません。大規模デパート型を目指して
くつかに類型化できますが、当社はこのどれにも
既存の証券会社は、大規模デパート型、ホール
セール特化型、ネット型、地方商店型といったい
ます。
ようということでやっていますが、少額のお客様
化型、ネット型、地方商店型の証券会社でもあり
も、 大 手 と の 競 争 に お い て 勝 て な い。 大 手 の 銀
も多くおいでになります。
ク ハ ウ ス 」 を 目 指 し て い ま す。「 ブ ラ ン ド・ ブ
うな差別化を図るしか、競争力が生まれてこない
どこにも当てはまらないのですから、何らかの
特色を出してお客様に当社を選んでいただけるよ
ません。
ティックハウス」というのは、当社が作った和製
のです。それでやっぱり準富裕層に絞って特色を
当社はこの準富裕層をメインターゲットにし
て、特色ある強みを持った「ブランド・ブティッ
英語ですけれども、証券界のルイ・ヴィトンか、
― ―
113
――いちよしのお客さんというのは、五、〇〇〇
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
もちろん当社も同じで、少額のお客様も大切であ
イ・ヴィトンでも少額のお客様も大事にします。
だ そ う と …。 た だ し、 富 裕 層 が タ ー ゲ ッ ト の ル
四割程度は紹介です。
を紹介していただいています。新規のお客様の約
ターフォローをしっかりやることで、他のお客様
決めたのです。このビジネスモデルで成功したの
ま た、 も う 一 つ は 中 小 型 成 長 株 に 特 化 し よ う
と、この二つで特色を出していこうということを
設けてサービスできる体制にしています。
ね。
法に不招請勧誘の禁止という規定がありますよ
武樋 そうですね。今後、紹介はますます大切に
なってくると思います。というのは金融商品取引
――多いですね。
いうことですが、どうやって準富裕層のお客様を
――準富裕層のお客様をターゲットにしていると
武樋 そうです。必要と思っていないお客様や新
規先に、電話外交やポスティングをやったり、飛
しょう。冷たい電話。
― ―
114
り、担当者を付けていますし、コールセンターも
が、アメリカのエドワード・ジョーンズであり、
増やされているのですか。
す。日本では、現在「貯蓄から投資へ」を拡大し
――アメリカでいうコールドコールというやつで
武樋 準富裕層のお客様にターゲットを絞って、
手紙、電話、訪問、セミナーなどいわゆる新規開
なければならない大切な時期でもあり、証券会社
び込み外交をやったりすることを禁じる規定で
拓外交をやっていますが、既得意のお客様のアフ
アレックス・ブラウンです。
証券レビュー 第56巻第7号
大事にしなければならないと思っています。不招
だけるというのはありがたいことですし、これを
からこそ、お客様から新規のお客様をご紹介いた
適用される可能性が無いとは言い切れません。だ
お客様を開拓するかが、今後の課題です。
こってくる。そうした時に、どういうふうにして
す。 団 塊 の 世 代 以 上 の 年 代 層 の 財 産 の 移 転 が 起
のお客様と同時に若いお客様も大切になってきま
武樋 先物業者は影響が出ていますよね。また、
新しいお客様の開拓という観点では、今後、年配
はこの規定の適用除外になっていますが、将来は
請勧誘が禁止されているアメリカでは、新規のお
武樋 そうです。一に紹介、二にセミナー。その
次が町内会とか地域の集まりに加入して、そこで
の開拓では最も多くて、次がセミナーですね。
――アメリカは、リファラル〔紹介〕が新規顧客
――四〇代も難しいかなと。やっぱり五〇代か六
武樋 そうですね。
にはなりませんね。
ターゲットにするとなると、若い人はターゲット
――三、〇〇〇万円から二億円を持っている人を
信頼されてお客様になっていただくということで
〇代ぐらいの…。
――ただ、新しい顧客開拓という場合には、もう
武樋 そうです。
す。
――今、商品先物では不招請勧誘が禁止されて、
物凄く影響が出ていますからね。
― ―
115
客様開拓手法で一番多いのは紹介です。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
でしょうか。
ちょっと若い層を入れなきゃならないんじゃない
ろいろアドバイスをしてあげることで、御社のよ
ザーが「これはあまりに多過ぎますよ」とか、い
す。
いる富裕層の方々にお客様になっていただき、相
武樋 そうなるといいですね。また、そうなるよ
うに努力しなければいけません。ちょっと今の話
うな会社へお客さんが移るんです。
しかし、先ほども言ったとおり、デパート型の
大手証券会社、銀行と取組み方は違います。退職
続時のお役にたち、相続を受けるお子様にも信頼
武樋 そうです。当社ももちろん、NISAなど
を 使 っ て、 若 い 層 の 開 拓 に は 力 を 入 れ て い き ま
時にそれまで蓄積したまとまった金融資産を、今
していただくことが大切になってきます。
―― 富 裕 層 を タ ー ゲ ッ ト に し た 営 業 展 開 に か か
――先ほど紹介が多いというお話をしておられま
― ―
116
に関係があるのが、相続問題です。お金を持って
後どう運用するかという一番大切な時に、「いち
なりたいのです。米国のエドワード・ジョーンズ
わって、税理士事務所などとの提携を早くから積
極的にされていたと思いますが…
型の財産を持っているじゃないですか。それを見
したが、これは提携先の税理士事務所などからの
武樋 やっています。
直す機会になるんですよ。そのときに、アドバイ
退職すると、だいたいの人が自社株とか積み立て
――アメリカもそうなんですよ。六〇代になって
のように…
よしに行ってみよう」と言っていただけるように
証券レビュー 第56巻第7号
税理士さんに相談していただいて相続がうまくい
ので、具体的なアドバイスは当社と提携している
税理士さんとの提携は、税の問題に関しては、
証券会社では一定以上のアドバイスは出来ません
圧倒的に多いのです。
武樋 税理士さんからの紹介もなかにはあります
が、お客様がお客様をご紹介して下さるケースが
の紹介なのでしょうか。
紹介が多いのでしょうか。それともお客さんから
藤みたいなものはなかったのでしょうか。
くくるかだとおっしゃっていましたけれども、葛
のって大変じゃないですか。先ほど、いかに腹を
い信念」や「クレド」の策定に結実したと思うん
主義という考え方が、「売れる商品でも、売らな
して、顧客第一主義ということが非常に大きく影
――お客さんからの紹介が多いというところに関
ですけれども、業績が大変な時期に、これを守る
地域密着に向けた地場証券買収と
ミニ店舗の開設
――先ほどのお話の中で、今、財産を持っている
人にアプローチしてというお話でしたが、御社は
― ―
117
響していたんじゃないかと思うんです。顧客第一
くようにしているのです。
武樋 大いにありましたし、これからもあると思
います。
めの提携です。
武樋 金融商品仲介業の契約はしていません。現
在は、あくまでもお客様の相続をお手伝いするた
されているんですか。
――その税理士さんは、金融商品仲介業の契約を
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
る〕。
ど六つの地方証券会社をそれぞれ吸収合併してい
二六年一二月には兵庫県に拠点を置く西脇証券な
五年三月には岩手県に拠点を置く大北証券、平成
勢証券、南九州に拠点を置く佐世保証券、平成二
また、平成二三年九月には三重県に拠点を置く伊
出資、その後平成二三年一月に同社を合併した。
環証券を合併し、長野県に拠点を置く飯田証券に
一年一二月、いちよし証券は和山県に拠点を置く
も、これもそこに一因があるんですか。〔平成二
最近、地場の証券会社を買収されていますけれど
それに地元密着に撤することが一番大切だと思
います。地域のお客様のお役に立つという覚悟が
と思います。
うよりは同志の輪が広がったと言った方が正しい
表彰にもどんどん来ています。だから、買収とい
ます。皆さんがよくやってくれて、支店・個人の
す。処遇も一定期間経過後は当社と同一にしてい
最初から当社の「クレド」をみんなが持っていま
多くは顧問という形でご一緒しています。また、
全員そのまま働いていただいていますし、役員の
ら、買収という言葉には抵抗があります。社員は
い う こ と で す。 同 志 に な ろ う と い う こ と で す か
ないと、お客様もできないと思います。
武樋 結果的にそうなることもありますが、基本
的には、我々の考え方、やり方に賛同していただ
店〔盛岡市〕、大北水沢支店、大北一関支店など
市〕、環串本支店に、岩手県の大北証券は大北支
支店名でも旧会社名が残せるところは残してい
ます。例えば、和歌山県の環証券は環支店〔新宮
ける証券会社と一緒にやらせていただいていると
――違いますか。
武樋 それとは観点が違います。
証券レビュー 第56巻第7号
― ―
118
のように。
時 の 新 光〔 現 在 の み ず ほ 証 券 〕 さ ん し か な か っ
ですけれども、県庁所在地にある地場証券の買収
――地方の証券会社さんを同志にされているわけ
とんどみずほさんと一緒くらいの預り資産になっ
めたのです。ゼロから始めましたが、現在ではほ
行〕会長の意見をお聞きしたりして、大牟田に決
た。それで、大牟田市出身の野村証券の古賀〔信
はないですよね。それはあえて外しているんです
ています。もし福岡に出店していたら、二年から
これからもご縁があったら地方証券さんと一緒
になり、同志の輪を拡げ、地域密着の営業活動を
三年で閉鎖していたと思います。
一ヵ店だけです。従来からの店舗政策でも、出来
していきたいですね。
武樋 確かに一緒になった六つ証券会社の本支店
一 八 ヵ 店 の う ち、 県 庁 所 在 地 は 大 北 さ ん の 盛 岡
るだけ競争相手が多い激戦地を避けようという考
た時にも、福岡市内に作るか、大牟田市に作るか
例えば、平成一一年に旧三洋証券の人達が来て
くれることになり、大牟田市に新しく支店を作っ
わけですか。
れはエドワード・ジョーンズを参考に設置された
という名称のミニ店舗を作っておられますが、こ
え方をしています。
で喧々諤々の議論をしました。福岡もいい街だけ
――他方で、御社は大都市部にプラネットプラザ
れども、証券会社が多くて激戦地であり、後発の
武樋 ミニ店舗という点ではそうですが、ここ一
〇年くらい東京一極集中が進み、首都圏にヒトと
当社では難しい。一方、大牟田は、競争相手が当
― ―
119
か。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
す。 だ か ら、 中 野、 向 ヶ 丘 遊 園、 小 田 原 に プ ラ
圏における店舗網を充実することも必要になりま
するケースも出てきます。その受け皿として首都
今後、相続により地方からお金が関東地方に移転
また、地方のお客様のお子様で、東京に出てき
ている方も結構いらっしゃいます。そうすると、
比べて少ないのです。
店舗が比較的充実していますが、首都圏は関西に
当社はもともと大阪の証券会社であり、関西には
おカネが集中してきていることが主な理由です。
ちよし証券は、平成一五年までにミニ店舗を「プ
は、一人または二人一店舗を目指しています〔い
ド・ジョーンズをモデルにしています。最終的に
め て い ま す が、 店 舗 形 態 と い う 点 で は エ ド ワ ー
ネットプラザ」という名称でミニ店舗の開設を始
作って、その後七店舗を閉鎖し、今、また「プラ
武樋 そうです。アドバイザー一人とアシスタン
ト 一 人 の 合 計 二 人 で す。 当 社 は 平 成 一 五 年 ま で
人にアシスタントですよね。
――エドワード・ジョーンズの場合は、営業員一
――このプラネットプラザというのが、エドワー
大井町、大船、中目黒、浜松の一四店舗開設して
本八幡、大牟田、小田原、難波、吉祥寺、戸塚、
― ―
120
に、 プ ラ ザ 店 と い う 名 称 の ミ ニ 店 舗 を 一 四 店 舗
ネットプラザというミニ店舗を作って…。
ド・ジョーンズの戦略を体現したものと考えてよ
いた。ただし、当時は未だ店舗についての規制も
ラザ」という名前で田辺、札幌、越谷、学園前、
ろしいですか。
船、浜松の七店舗は閉鎖し、残った七店舗は普通
あり、札幌、本八幡、小田原、戸塚、大井町、大
武 樋 そ う で す ね。 ア メ リ カ の エ ド ワ ー ド・
ジョーンズをモデルにしています。
証券レビュー 第56巻第7号
前で、大北一関、中野、向ヶ丘遊園、小田原の各
こともあり、再び「プラネットプラザ」という名
店舗に昇格している。その後、規制が緩和された
アドバイザー三人くらいです。
最も大きな違いでしょうね。支店の人数は、大体
として、支店の人数を少なくしているところが、
――エドワード・ジョーンズは、営業担当者が店
武樋 もうほとんどないですね。
ともないんですか。
――行政から見て、店舗規制などでひっかかるこ
舗を開く場所をマーケティングして、市場性のあ
うんですか。
――プラネットプラザと普通の支店とはどこか違
ています。
武樋 そうです。当社ではまだ本社のアドバザー
サポート部が店舗を開く場所をマーケティングし
ですか。
だそこまではされていないということでよろしい
武樋 できます。ただ、二人だとちょっとしんど
の二人店舗というのは、今でもできるんですか。
――そうですか。じゃあ、営業員とアシスタント
います。
武樋 それは、近くの母店がカバーすればいいと
いうことになって、その点は結構緩やかになって
いとかいうのは…。
――業務管理担当者を置いておかなければいけな
る場所に店舗を作っていますが、御社の場合はま
武樋 バックの総務がいないことです。その結果
― ―
121
店を開設している〕。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
辺りはいかがでしょうか。
たらいいんじゃないかと思いますけれども、その
――それなら、例えば金融商品仲介業も利用され
いので、今は三人にしています。
す。
ま す か ら、 こ こ を 中 核 に し て 今 後 考 え て い き ま
ビジネスサービス〕も金融商品仲介業を行ってい
武樋 そうですね。チャネルの多様化の一環とし
て考えています。当社の場合、IBS〔いちよし
す。これからは、お客様の金融資産運用を、お客
ザーのような金融商品仲介業はまだこれからで
慢するかだというお話をお聞きしてきましたが、
に変わるには、経営者が腹をくくって、いかに我
――先ほどから、資産管理、アドバイス型の営業
――じゃあ、御社としては当然、そういうことも
す。ビジネスモデルの転換に必要なものは、本当
で、なかなか転換できないんだという話も聞きま
― ―
122
武樋 それは大いにあり得ると思います。日本版
ビッグバン以降、金融商品仲介業ができるように
様のニーズに合わせてアドバイスをするアメリカ
今、中堅どころの証券会社でも、資産管理型営業
ビジネスモデルの転換と
「売
れる商品でも、売らない信念。」
型のフィナンシャルアドバイザーが大事になって
に変わらなければならないと自覚していても、資
考えているということですね。
産がある程度たまるまで手数料収入が伸びないの
くると思います。
業、 つ ま り ア メ リ カ の フ ィ ナ ン シ ャ ル ア ド バ イ
な っ た け れ ど も、 本 当 の 意 味 で の 金 融 商 品 仲 介
証券レビュー 第56巻第7号
お 客 様 の 金 融 資 産 の ベ ー ス に な る ロ ー リ ス ク・
流行している商品でも販売を我慢する。そして、
の例でいいますと、「いちよし基準」をベースに
平成一〇年以降、平成一九年にかけて当社の預
かり資産が四、〇〇〇億円から二兆円に伸びた時
も、まだまだです。
ものの、当社も十何年前からやっているつもりで
時に花が開く、ということでしょうか。とはいう
体策をやり続ける。そうすると環境がよくなった
れます。環境の悪い時に我慢して本来やるべき具
益を上げやすいから、すぐ委託売買営業に力を入
とも大切でしょうね。また、環境がいいときは収
く」という気持ちを持ち、具体策をやり続けるこ
武樋 そうですね。まず我慢できるかどうかが第
一 で す が、 そ の 間、「 行 く と こ ま で ト コ ト ン 行
に我慢だけですか。
がネット証券に行っちゃいましたからね。投信に
武樋 株で言えば、相場が好きで頻繁に売買する
方も大切なお客様ですが、そういう人はほとんど
――相場が好きな人でなければね。
では持たなくなっています。
だんなってきました。既に、回転売買のみの収益
信頼しておカネを預けていただけない環境にだん
客様の意向をお聞きすることからはじめないと、
で、お客様の意向の確認に時間をかけて、まずお
さ ら に、 現 在 は お 客 様 も 進 化 し て き て い る の
で、単品の商品を儲かりますというだけではダメ
預かり資産が増加しました。
様を紹介していただける。この循環が好回転して
客様にリピーターになっていただける。次にお客
で し た が、 こ れ を と に か く 長 期 保 有 し て い た だ
― ―
123
き、アフターフォローを継続する。そうするとお
ローリターンの商品、当時はグローバルソブリン
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
も、社内からも社外からも、いろいろと言われま
す。 痩 せ 我 慢 し て で も や る と …。 そ う は 言 っ て
は、 経 営 者 が ど こ ま で 腹 を く く る か だ と 思 い ま
だからこそ、腹をくくらなきゃいけないと思い
ま す。 ビ ジ ネ ス モ デ ル の 転 換 が 出 来 る か ど う か
られない時代になっています。
おいてもお客様が納得されない売買は、もう認め
は…。
――でも、説明できない商品は売らないというの
し合って決めました。
し、対外的に宣言して貫き通そうと役員たちと話
い う キ ャ ッ チ フ レ ー ズ を 作 り、 ポ ス タ ー を 作 成
武樋 ビジネスモデルを変えないと、いずれ証券
経営は成り立たなくなるという覚悟でやりまし
て、すごい決断じゃないですか。
を伴ったんじゃないですか。それでも我慢するっ
一四期のうち九期が赤字ですから、相当なご苦労
て、なかには退職した人もいました。
武樋 大多数のアドバイザーはついてきてくれま
したけれども、マーケットが悪かったこともあっ
業員の定着率はどうだったんですか。
ちゃんとついていらっしゃったんでしょうか。営
――確かにそうだと思います。それでも営業員は
― ―
124
武樋 お客様に説明できない商品、お客様のため
にならない商品はどんなに流行していても、販売
た。先ほどお話しました七つの「いちよし基準」
しかし、それがすごいと言って入社してくる新
しないことにしています。
についても「売れる商品でも、売らない信念」と
――調べてみますと、武樋様が社長をされていた
すけれども、言われたって我慢です。
証券レビュー 第56巻第7号
卒の学生もいます。
かり資産は、平成七年に社長を引き継いだ時には
商売しようとしているんだよという話をしたこと
却しようとして、アメリカ型のビジネスモデルで
証券は、従来型の証券業のビジネスモデルから脱
ですか」と聞いてきました。いやいや、いちよし
つけたらしく、ゼミのときに「商売が成り立つん
品でも、売らない信念。」というのをどこかで見
がいまして、調べているときに御社の「売れる商
――僕の学生でも、証券会社のこと調べているの
管 理 料 で、 全 経 費 の 何 % を 賄 え る か を 示 し た も
とは、投資信託の信託報酬とラップアカウントの
それともう一つ、当社が経営の重要指標にして
いるのが、コストカバー率です〔コストカバー率
増えます。
えると、長期トレンドでは間違いなく営業収益は
産の拡大に取り組んだからです。預かり資産が増
やっぱり環境の悪い時期に、投資信託の預かり資
二兆円にまで増え、五倍になっています。それは
――「そういう商売もあるんですね」と言ってい
安 定 収 益 で 賄 え て い ま す。 こ れ は 投 信 の 預 り 資
ます。つまり、全店の月間経費の三〇%が、既に
― ―
125
四、〇〇〇億円程度だったのです。それが今では
があります。
の〕。平成九年三月期は四%くらいだったのが、
ました。
託報酬が増えたからです。今後、コストカバー率
産、なかでも「ベース資産」の投信の安定的な信
武樋 そういうのはありがたい話です。うちの経
営の最大指標の一つは、預かり資産です。その預
平成二七年の三月期では三〇%強まで上昇してい
武樋 ありがとうございます。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
が五〇%を越えてきたら、当社の経営は本当に様
変わりしてくると思います。
中小型成長株の
自社内における位置づけ
資産の部分が増えてくるとピラミッドの底の部分
より安定的なラップ口座も加えています。ベース
四割になっています。さらに、ベース資産として
安定的な投信群が三、〇〇〇億円で、投信全体の
八〇〇億円ほどありますが、ベース資産としての
す。現在、当社の投資信託の預かり残高は、八、
運用して長期的な安定成長が見込める投信群で
ローリターンで、比較的安定した資産をベースに
くて、その他のメニューを食べる人もたくさんい
いますが、ビーフシチューだけを食べるのではな
ビーフシチューがうまいという評判でいらっしゃ
武樋 当社は中小型成長株を「ビーフシチューの
うまい洋食店」のように考えています。お客様は
のでしょうか。
は、御社の中ではどういう位置づけをされている
らってということですね。他方で、中小型成長株
――なるほど。まずは安定的な投信から入っても
が拡がり、上層部のミドルリスク、ハイリスクの
ます。そして結果的に、ビーフシチューの売り上
― ―
126
また、当社には十数年前から、「ベース資産」
と い う 考 え 方 が あ り ま す。 こ れ は ロ ー リ ス ク・
投信も徐々に増えてきて、預かり資産全体が拡大
げよりも、ほかのメニューの売り上げの方が多く
お客様が一億円の株式をお持ちになっていると
なるのです。
します。
証券レビュー 第56巻第7号
そのときでも研究所のアナリストだけは対象外に
二五%の希望退職者を募ったことがありますが、
当社は長年、株式投資の基本をリサーチにおい
ています。当社は平成一一年に一度だけ、社員の
す。
美 味 い 洋 食 店 」 の よ う な も の だ、 と 思 っ て い ま
思ってもなかなかできない、「ビーフシチューが
て い る 中 小 型 成 長 株 は、 他 店 が マ ネ を し よ う と
〇%位が大型株です。ということは、我々がやっ
し て も、 中 小 型 株 は そ の 一 〇 % か ら 二 〇 % で 八
の会社と間違えられるんだ」とおっしゃっていま
会社があります。そこの会長が、「うちはネット
いる、仙台にある日本で二番目に大きい人的警備
ネットという当社が主幹事をやらせていただいて
が片仮名の社名で、その会社が何をやっている会
かし、当社がやっている中小型成長株はほとんど
いった大型株は、みんなさんよくご存じです。し
ナ リ ス ト が 必 要 だ と 思 い ま す。 ト ヨ タ や 東 芝 と
要だと思っています。特に中小型成長株には、ア
アナリストのリサーチに基づくレポートが絶対必
ね。
連の収益というのは、全体の収益のどのぐらいを
――そういうことになりますと、中小型成長株関
― ―
127
社か分からない会社が多いのです。例えば、トス
して、手を付けませんでした。
ティーも大きいので、アナリストはどうしても必
す。 ま た、 中 小 型 成 長 株 は 業 績 の ボ ラ テ ィ リ
――六七〇名の社員に対して、希望退職者一三四
要です。
武樋 はい。やっぱり投資をしていただくには、
アナリストだけは人員整理されなかったわけです
名ですか。かなり大胆にリストラされたときも、
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
占めるんですか。
武樋 全体の収益の一六%ぐらいです。
――いちよしアセットマネジメントで組成する投
ものです。
中途採用者の積極登用と
合衆国型経営
ジー効果は大きいと思います。
また、いちよしアセットマネジメントの運用資
産は一、〇〇〇億円を超えてきました。そのシナ
武樋 そうですね。連結でいちよしアセットマネ
ジメントも入れると、二〇%強です。
ると思いますが…
から、中小型成長株関連収益としてカウントでき
武樋 当時、三洋証券や山一証券から、支店ごと
買いとらないか、という要請もありました。しか
どのようなお考えでなさったんでしょうか。
用されたということをお聞きしましたが、これは
られたわけですが、その同じ時期に中途採用とし
かりました。ちょっと話が変わるんですが、御社
――なるほど、中小型成長株の位置付けが良く分
――それは、他社が追随できない御社の非常に大
し、支店ごとではなく、当社の考え方とやり方を
資信託なども、中小型成長株を組み入れています
きな特色ということですね。
例えば、当社が大阪行きのバスだとしたときに、
て、破綻した三洋証券や山一証券からも人材を採
理解して賛同してくれた人だけを採用しました。
― ―
128
は日本版ビッグバン対策を早目、早目に打ってお
武樋 先ほども話したとおり、当社の中小型成長
株は「ビーフシチューのうまい洋食店」のような
証券レビュー 第56巻第7号
ているという同床異夢のような状態では、会社経
乗客の中に仙台行きのバスに乗りたい人も混じっ
当社は大きな合併、買収は行っていませんが、
社員の中途入社比率は高く、現在でも四〇%を超
退職していった人もかなりいました。
――なるほど。私の質問の趣旨は、三洋証券や山
て、当社はアメリカ合衆国のようなものと言えま
途 入 社 の 人 達 で す。 そ う い っ た 意 味 合 い に お い
えています。また、役員、支店長の三分の一は中
一 証 券 か ら 移 っ て き た 人 た ち が、 御 社 の 方 針 に
す。
系列証券株式の流動化と株主対策
合ったのかな、合うのかなというところをお聞き
したかったんです。
武樋 当社の方針を理解し、賛同してくれた人だ
けを採用しましたので、考え方は皆さん理解して
――ちょっとがらりと話題が変わるんですけれど
――そうすると、定着率は割合いいわけですね。
して、系列証券の株式がかなり流動化しましたよ
会社の株が散逸して、買い占めも起こりましたよ
いただきました。
武樋 定着率は良いほうだと思います。しかし、
考え方を理解していても、従来の回転売買中心の
ね〔平成一一年一〇月、グループ会社とともに保
も、山一証券が倒産した後、山一証券の系列証券
営業から、預り資産中心の営業へ切り替えていく
有する国際証券の株式を東京三菱銀行に一部売却
ね。他方で、野村証券も、国際証券を売られたり
ことを実行するのはかなりしんどい世界であり、
― ―
129
営はうまくいきません。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
し、東京三菱銀行が新たな国際証券の筆頭株主と
券、ワールド証券が一緒になる、六社合併説とい
証券とエース証券、高木証券、日栄証券、丸八証
ないですか。
で、やっぱりそういう動きが何かがあったんじゃ
―― で も、 火 の な い と こ ろ に 煙 は 立 た な い わ け
ないですか。
うのが出たことがあったかと思うんですけれども
なった〕。そのときに、野村系の六社、いちよし
…〔平成九年一二月三〇日の「読売新聞」に、経
武樋 分かりませんが、火のないところの煙だっ
たのではありませんか。
武樋 そんな話もありましたね。誰々が会長、社
長になってというような人事まで噂されたことが
の六社合併が報道された〕。
う。それよりも、各社がうまくやってくれという
武樋 それをやったところで、別に野村証券とし
て は、 全 体 か ら み て た い し た こ と は な い で し ょ
――そうですか。
ワールド証券、エース証券、日栄証券、丸八証券
ありました。
でしょう。あの話はどのあたりまで、現実的な話
たっけ。〔野村〕土地建物でしたかね。
―― 御 社 の 株 式 は 野 村 総 研 が 持 っ て い る ん で し
のが、野村証券の考え方だったと思いますよ。
だったんですか。
武樋 野村土地建物が一二%で、野村総研が二%
――そうです、そうです。そういう話が出ました
武樋 ほとんど事実じゃないと思っていいんじゃ
― ―
130
営基盤の強化を目的とする一吉証券、高木証券、
証券レビュー 第56巻第7号
です。
の持株比率は三%に低下し、資本面で独立色を強
武樋 そうですね。当社の株主構成は、外国人株
主が三二%、個人株主が三七%で、残りが法人と
――御社の場合は、外国人株主が多いですね。
した。ところが、金融危機の後、平成一二年はじ
武樋 金融危機が起こった平成九年ごろは、当社
の株主のトップテンのうち、なんと六社が銀行で
ているんですか。
めた〕。御社の場合は、何か資本対策は考えられ
か投資信託ですから、結構バランスがいい株主構
め に か け て 六 行 が み ん な 売 っ て き ま し た。 そ の
――大手証券の四社があんなことになってしまっ
主のうち六社が海外投資家です。
の二七%を消却しました。現在のトップ一〇の株
一、一八四万株を自社で買い取って全発行済株式
て支配権が流動化したんで、各社がそれぞれ対策
株 式 を 買 い 取 っ た 会 社 も あ れ ば、 親 密 な 会 社 に
みたいにMBOをして、従業員、経営陣が過半の
の企業価値を認めてくれたというわけですよね。
んでしょうね。ただしかし、外国人株主は、御社
――当時は、銀行も売らなきゃ生き残れなかった
を立てられたと思うんですね。例えば、東海東京
持ってもらったりしましたよね〔東海東京証券は
武樋 そうですね。
―― と は い っ て も、 中 に は い ろ ん な 投 資 家 が い
平成一五年一一月に、UFJ銀行(現在の東京三
菱UFJ銀行)が保有する自社株の七割を自己資
金で買い取った。その結果、UFJ銀行の同社株
― ―
131
成です。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
得し、買収提案を行った〕。
社の発行済み株式の五%超を信用取引によって取
券、高木証券、東洋証券、丸三証券、水戸証券五
チ ュ ー リ ッ ヒ 企 業 再 生 グ ル ー プ が、 い ち よ し 証
いなもんですか〔平成一七年三月ごろ、プリヴェ
かったんですか。いわゆるグリーンメーラーみた
う な っ た ん で す か。 高 値 で 引 き 取 っ て も ら い た
時期保有したことがありましたね。あれは結局ど
けじゃなくて、いろんな中堅証券会社の株式を一
て、プリヴェチューリッヒという会社が、御社だ
ていただいている個人株主の方々も大変有り難い
もちろん大切ですが、安定的に長い間株主になっ
ました。外国人株主をはじめとする機関投資家も
く、昨年の株主総会には六〇〇人以上が出席され
た だ い て い る「 い ち よ し の フ ァ ン 」 の 方 々 も 多
で、一〇年以上も安定的に当社の株主になってい
人 一 七 %、 金 融 機 関 一 三 % で す。 個 人 株 主 の 方
武樋 現在の当社の株主構成は、先ほどもお話し
ましたが、個人三八%、外国法人三二%、国内法
――現在の株主構成と利益還元はどうですか
と思っています。
利益還元については、平成一二年に、当時ほと
んどの日本の上場会社がまだ採用していなかった
武 樋 単 に 買 っ て 儲 け た か っ た ん じ ゃ な い で す
――そうですか。あれは何だったんですか。
五 円 を 配 当 し、 合 計 一 〇 〇 円 配 当 を 実 施 し ま し
周年を迎えた平成一七年には、記念配当として五
七年には配当性向を三〇%にし、また、創立五五
配当性向二〇%という方針を出しました。平成一
か。
かね。
武樋 あれは結局、買い取れと言ってきていない
から、グリーンメーラーでもないんじゃないです
証券レビュー 第56巻第7号
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性向五〇%か、DOEの四%かで、どちらか高い
方を出すという方針を打ち出し、現在は連結配当
その後、平成二〇年には配当性向四〇%か、D
OE〔純資産配当率〕四%のうち、どちらか高い
た。
ですか。
で、個人株主というのは、御社の顧客でもあるの
ドックスなやり方をされているんですね。ところ
式を長期保有してもらうことで、株主対策をされ
に来ないんだ」とのご指摘も受けています。
て い る と い う こ と で す ね。 こ れ も 非 常 に オ ー ソ
方を出しています。この一五年間の配当金を合計
武樋 顧客率はそんなに高くないです。株主総会
後の懇親会でも、株主さんから「何でうちに勧め
また先ほどもお話ししたとおり、銀行保有の当
社株式を自社で買い取り、発行済株式数の二七%
――株主さんイコール顧客ということでもないと
武樋 もちろん、株主の中にはお客様もおられま
すが、イコールということではありません。
いうことですね。
を消却したことも株主還元になっています。
――ということは、御社の株式を買われた時期に
よ っ て は、 投 資 し た 元 本 に 近 い 額 の 配 当 を 受 け
取っているということですね。
武樋 そういうことになります。
――御社の経営を応援してくれる個人株主に、株
― ―
133
すると五五〇円になっています。
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―
だろうと考えています。
そして、もう一つは、ゆうちょ銀行が投信を成
長 戦 略 と し て、 本 格 的 に 販 売 し て く る と 思 い ま
投信の裾野の拡大です。
投信の販売に本格的に取り組んで来ることによる
一つは、ゆうちょ銀行が成長戦略の一環として、
ます。一つは、個人株主の裾野の拡大です。もう
武樋 今回の郵政三社の上場は二つの面で、日本
の証券市場を大きく変えるきっかけになると思い
の上場についてどうお考えですか
――ところで、一一月に予定されている郵政三社
イティ、外国債などを組み入れるバランス型の運
さらにもう一点加えるならば、GPIFより資
金量が多いゆうちょ銀行、かんぽの資金運用が今
す。
る。ゆうちょ銀行がその火つけ役になると思いま
と 同 じ よ う に、 投 信 の 裾 野 拡 大 の 第 二 弾 が 始 ま
くやってくると思います。ビッグバンで銀行窓販
もあり、バランスファンド型の投信を、間違いな
「今までの日本にない
証券会社」を目指して
従来、資産株といえば長年、電力株でした。と
ころが、東日本大震災で電力会社がああいうこと
用にシフトにしていくことです。我が国の年金、
す。預金がいくら集まっても、運用が大変なこと
になって、今度、郵政株が上場して、安定的な利
機関投資家の資金運用に大きな影響を与えていく
回り株として電力株に代わる資産株として評価さ
と想定できることですね。
回の上場を機に、従来の国債中心の運用からエク
― ―
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が始まったことにより、投信の裾野が広がったの
れることにより、個人株主の裾野が大きく広がる
証券レビュー 第56巻第7号
――最後になりましたが武樋様はいちよし証券を
武樋 今、私と私の仲間一、〇〇〇名の将来の夢
は、永い間お客様に信頼され選んでいただき続け
正しくは平成二六年四月 旭日小綬章受章でした。
前号文末の武樋政司氏の略歴の中で、平成二七
年四月 旭日小綬章受章と記述いたしましたが、
※ なお、括弧内は日本証券史資料編纂室が補足
した内容である。
られる「ブランド・ブティックハウス」を作り上
訂正の上、お詫びいたします。
るのですか。
げて、いちよし証券が「今までの日本にない証券
会社」になることです。この大きな課題に向かっ
て引き続き邁進していきたいと考えております。
―― そ う で す か。 本 日 は、 長 時 間 に わ た り ま し
て、どうも本当にありがとうございました。
※ 本稿は、二上季代司、小林和子、深見泰孝が
参加し、平成二七年九月二九日に実施されたヒ
アリングの内容をまとめたものである。文責は
当研究所にある。
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今後どういう会社にしていきたいと考えておられ
特色あるブランド・ブティックハウスを目指して ―武樋政司氏証券史談(下)―