早稲田大学大学院日本語教育研究科 2007年3月 博士論文審査報告書 論文題目 遠隔チュートリアルの接触場面に関する実証研究 申請者氏名 尹 智鉉 主査 宮崎 里司(大学院日本語教育研究科教授) 副査 川上 郁雄(大学院日本語教育研究科教授) 副査 池上 摩希子(大学院日本語教育研究科助教授) 1 本論文は、日本在住の母語話者と、韓国在住の日本語学習者がインターネットのテレビ 会議システムを使った日本語遠隔チュートリアル・セッションという接触場面で起きたイ ンターアクション問題の分析を通して、IT を活用する日本語教育の課題と可能性について 検証した実証研究である。遠隔接触場面のインターアクション問題に関して、従来の第二 言語習得研究では、十分援用されなかった新たな分析方法への柔軟な取り組みが試行され ている点が評価できる。 また、本研究は、2003年に、申請者が、日本語教育研究科に提出した修士論文、 「遠 隔接触場面における調整軌道‐ビデオ会議システムを用いた日本語教育の試み‐」を発展 させながら、基幹理論である言語管理理論の枠組みを捉えなおし、 「行動を促す会話の展開 モデル」や「相互行為的会話教育」への独創的な解釈を採りいれたフレームワークの構築 を試みている点も注目される。 加えて、データ収集ならびに分析方法としては、多様な言語レベルの非母語話者と母語 話者とのペアを20組設定し、量的・質的といった両側面からの分析、および、社会文化 的、社会言語的、言語的調整といった、調整行動の多様性にも注目しながら、習得プロセ スとの関連性を解明している。 ただし、今後の発展を考察する上で、以下の項目に留意し、参考にすべきであるといっ た所見が、査読者から寄せられた。 1.海外で日本語教育を行う意味や、 「学習」の意味、また支援者と学習者の協働作業に力 点が置かれてはいるものの、 「調整」について、自らの捉えかたを模索するさらなるアプ ローチ。 2.遠隔チュートリアルを通して、支援者と学習者が構築する共同体が、参加者の認識や 言語能力にどのような影響を与えるのかについて、より多面的な説明。 3.言語教育と「調整」はどう関わるのか、あるいは、 「調整の質」と「調整の量」は言語 教育とどう関わるか、といった点へのより強い関心。 4.遠隔チュートリアルを通して支援者と学習者が構築することばの共同体(speech community)が、参加者の認識や言語能力にどのような影響を与えるのか、といった観点 へのシフト。 5.リサーチデザインされたチュートリアルに参加した学習者から「話題」についての意 見が多数出ていたが、IT を利用した日本語教育の実践とどのように関わり、デザインす べきかについての示唆的な考察および教育実践モデルの提示。 2 これらは、いずれも、当該申請論文の中で、解決しなければならない喫緊の課題という 判断は下されなかったが、本研究を発展させていく上で看過できない重要な視点であり、 多面的に発展させるという点で、正鵠を得た指摘かと思われるので、今後の研究課題とし て絶えず着意することが求められる。 総括すると、本論文は、ビデオ会議システムという IT を利用した日本語教育の研究では ハード面に偏りがちな研究が多い中で、その技術的な特長を重視するだけではなく、質的、 量的な両面で、母語話者場面と比較しながら、言語的、社会言語的、社会文化的といった、 さまざまなインターアクション・レベルで起きる調整行動の緻密な検証がなされていると いう点が評価される。また、調査対象となった接触場面の特定の参加者だけではなく、学 習者と支援者のあり方、支援者の役割、双方の学びなどについて、広範囲な考察が試みら れていることも、判断評価の対象になった。 論文の仕上がりについては、依然、論証、スタイル、全体の構成及び論理的な流れに関 し、やや荒削りで、今後より精緻な検証が期待されるところも認められるが、文献資料収 集、問題意識方法論、分析などといった項目については、博士論文の基準を満たすプレゼ ンテーションであったと思量できる。 以上、報告内容を総合的に勘案し、日本語教育学の博士学位論文として評価に値するも であると判断する。 3
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