早稲田大学大学院日本語教育研究科 2007年3月 博士論文審査報告書 論文題目 Eメールによる「依頼」に対する「断り」の研究 ―待遇コミュニケーション教育への応用に向けて― 申請者氏名 蔡 胤柱 主査 蒲谷 宏 (大学院日本語教育研究科教授) 副査 川口 義一(大学院日本語教育研究科教授) 副査 小宮 千鶴子(大学院日本語教育研究科教授) 1 本論文は、Eメールという日常的に多用される伝達媒体における、「依頼」と「断り」 に関するデータを収集し、日本語教育における待遇コミュニケーション教育への応用に向 けて、「コミュニケーション主体」(依頼する主体・断る主体)となる日本語母語話者およ び韓国人日本語学習者が、 「場面」 (人間関係や状況)をどのように捉え、その上で、依頼、 断りをどのように表現、理解していくのかについて、考察したものである。 考察の課題としては、(1)「断り」は、どのような要素によって構成されているのか、(2) その要素は、全体の展開においてどのように位置づけられるのか、(3)各要素は、どのよう な順序で現れ、相互にどのような関係にあるのか、(4)日本語母語話者と韓国人日本語学習 者には、それぞれどのような傾向が見られるのか、(5)適切に断るというコミュニケーショ ンをするためには、 「何」 をどのように伝えればよいのか、という5点が中心となっている。 そのための検証資料としては、日本語母語話者と韓国人学習者による、まだ親密な関係が 形成されていない相手に対する断り(検証資料①②)と、日本語母語話者による、親しい 関係の相手に対する断り(検証資料③)が用いられている。調査協力者による E メールの やりとりの後、フォローアップ・インタビューが行われているが、表面的な機能分析では なく、コミュニケーション主体の、待遇に関する意識調査として、E メール調査を補う重 要な意味を持つものとなっている。 「断り」の構成とその中の表現の機能について分析し、「相手」や「用件」の「当然性」 などの要素を注意深く考慮して、立体的な分析をしており、一部試みたように、 「文話(文 章・談話の総称)」レベルでの日韓対照研究にも有効な研究の枠組みを提示している。 また、 「断り主体」の依頼に対する「理解」と「表現」を図式化することで、待遇コミュ ニケーション教育への応用を可能にしていると言えるだろう。 以上の点から、本論文が日本語教育学の博士学位を授与するにふさわしい水準の論文で あると判断できる。 その上で、以下のような問題点や課題が残されている。 1.Eメールを「開始部」 「本題」 「終了部」の3つの部分に分け、 「本題」の下位に「断り の前置き」、 「断りの表明」 「断りの結び」の3つを立てているが、本題はこの3つの部分 に分かれるという意味か、3つの表現を含むという意味かがわかりにくい。また、メー ルの分析を行う際の中心となる、 「断り、事情説明、詫び、願望、代案提示、次回の約束、 気遣いの表現」と、 「断りの前置き」 「断りの表明」 「断りの結び」との関係がわかりにく い。 2 2.本論文にとって重要な語と思われ、繰り返し使用されている「要素」という用語がや や不明確である。 3.韓国語のローマ字表記としては、「ソウル」を<Seoul>、「テグ」を<Daegu>とする タイプのものがわかりやすく、本論文でもその表記法で処理しているが、なお不適切な 表記が散見する。再度の精査を望む。 4.教育への応用を論ずる部分が調査の結論を繰り返しているだけのように見えてしまう。 どのようなクラスをどう運営していくか、直接に関係する「依頼」はもとより、関連す る「許可求め」や「申し出」などの表現・理解の教育とどのように有機的につなげてい くのか、具体的な指導体系の俯瞰図が示されるとよい。 5.<図4 待遇コミュニケーション教育への応用>の図は、断りに関する言語行動の全 体図を示しており、日本語教師にも学習者にも有益な資料である。ただし、教育につい ては、教師中心ではなく学習者の持っている考えを引き出しながら行うとあるが、やや 抽象的である。人間関係の認識や談話の流れ、適切な表現の選択の指導について、より 具体的な指導方法の案を提示することが課題である。 上記の点を今後の検討課題とし、教育実践を積み重ねることで、さらに論を深めてい くことを期待するものである。 3
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