早稲田大学大学院日本語教育研究科 2007年9月 博士論文審査報告書 論文題目:日本語教育における接触場面の規範研究 ―管理プロセスと規範の動態性に関する考察― 申請者氏名:加藤 好崇(かとう よしたか) 主査 宮 崎 里 司(大学院日本語教育研究科教授) 副査 細 川 英 雄(大学院日本語教育研究科教授) 副査 池 上 摩希子(大学院日本語教育研究科准教授) 1 本研究は、接触場面における、母語話者と非母語話者間のインターアクション過程にお いて、どのような規範が顕在化し適用されるのか、また、規範の逸脱に対し、どのような 会話管理が働いているのかを、初対面場面におけるミクロ・マクロの管理プロセスに焦点 を当て検証したものである。これまでの規範研究の捉えなおしを図るとともに、言語管理 理論を基礎理論とする、インターアクション問題研究の分析で採用されてきた分析手法の 捉えなおしを図り、より進展させようとしている。 具体的には、接触場面におけるインターアクション分析を、3項目(社会文化・言語社会・ 言語)から考察し、規範を個人の流動的な要素と捉える。一方、動態性については、従来、 ネウストプニーなどによって、静態的な特徴を中心に検証されていた規範を、 「動態性」と いう独自の観点から捉える考察を試みている。さらに、申請者は、動態性を、規範の適用 のされ方に関するタイプ I と、新規範生成や、規範の習得などといった基底規範内に関す るタイプ II に細分化しているが、とりわけ、接触場面での適用規範は、内的場面とは異な り、接触場面を内的場面に向かう中間場面として捉えるのではなく、独自の社会文化的規 範を持った場面であり、常に調整が繰り返され、安定する方向性に向かう傾向があるとい う、新たな視点が惹起された。理論面に関しては、今後の研究課題として着意しなければ ならない面もあり、申請者独自のオリジナリティとして、フレームワークをいかに浸透さ せるかが問われる部分も残っているが、基礎理論である言語管理理論を乗り越える試みは 確認できるので、継続性をもった展開が期待される。 データ収集ならびに分析方法に関しては、初対面から3回目までの接触場面39例を、 量的・質的といった両側面から分析し、78時間のフォローアップ・インタビューを2次 データとして採用している点は評価できる。 9章及び終章である10章において、申請者は今後の規範研究の展開に向けた課題提言 を、カテゴリー化、期待と規範の関係、期待からの逸脱、参加者間の距離感、さらに上位 規範・下位規範といったキーワードでまとめており、内的場面とは異なる規範によって構 築される文化を「接触場面文化」という概念で提起し、そこでの理論研究および実証研究 の展開が期待されると記述している。この2章は、本研究の今後の方向性を問う重要な提 言を包含しているので、ミクロ・マクロ両面からの、よりダイナミックな提言が必要では 2 ないかと判断された。例えば、日本語教育への提言も、ビジターセッションに代表される ような、クラスでの参加者形態のみの変容に留まらず、規範との関連性を視座に入れた取 り組みなど、主指導・副指導による論文指導を経て、修正と共に、マクロ的な視点が新た に加えられているが、ここにも、今後、申請者のより独創的な着眼点が求められるところ であろう。また、接触場面教育は、日本語非母語話者だけではなく、日本語母語話者への 異文化教育も喫緊の課題として位置づけているが、この具体的な提言内容の展開も、同時 に求められる。 以上、今後の展開に関するこうした注文に加え、提言のまとめ方に、やや工夫を要する 箇所なども認められるが、論及する目的、文献資料、方法論、分析、論証、スタイルに加 え、全体の構成及び論旨の一貫性などといった点を総合的に勘案した結果、博士論文の基 準を満たしていると思われる。とくに、規範を個人の中の流動的な要素と捉え、その変容 が場面によってさまざまに異なることを検証した点は高く評価できるため、日本語教育学 の博士学位論文として評価に値するものであると判断する。 3
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