カルデアから魔法少女 の世界へ カルデアス ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ 簡単に言うとプリズマ☆イリヤとのクロスです。 プリヤの世界に異変解決のため、出張をすることになりました。 目 次 一話 │││││││││││││ 二話 │││││││││││││ 三話 │││││││││││││ 1 21 44 一話 ふと気が付くと芝を枕にして月を眺めていた。 ざあ、と頬を撫でるような柔らかい風が私の眠気を取り払う。 ここはどこだろう。 何故、仰向けに寝そべっているのだろう。 私は眠っていたのだろうか。ここに至るまでの記憶がまったく抜け落ちてしまって いると気付くのに時間はかからなかった。 身体を起こしてみれば、そこは広い公園の真っ只中。公園の周囲には背の高い建物が どこまでも続いていて、その風景に異様な違和感を覚えてしまう。 建物には明かりが灯されていて、人工の光が夜の闇の中で星のように煌めいている。 紛れもない文明の色。人類の営みの、何気ない輝きがそこにはあった。 らば人気がないのも当たり前だ。 園内に設置された時計を見ると、時刻は午後の十時を回っていた。なるほど、それな 公園には人気がない。 ﹁私⋮⋮﹂ 1 身体を起こして状況を確認する。 私の服装は白い衣服にベルトが横に並ぶもの。魔力を感じるのは、この衣服が礼装と しての機能を有するからなのだろう。どうして、こんな服を着ているのか思い出せない が、 ﹁魔術﹂や﹁魔術師﹂という単語が脳内に浮かび上がってくることから、私はこうし た礼装を常から装着している魔術師だったのだろうと当たりを付ける。 手持ちはない。 ポケットをひっくり返しても金目のものはなく、あるのは右の太ももに取り付けられ たカードホルダーと十字架と盾をあわせたようなデザインのネックレスだけだった。 ﹁ほとんど着の身着のままじゃない﹂ 私、名のない私はどこにいけばいいのだろうか。 公園のベンチにポツンと座って考える。 とりあえず眠ってしまおうか。 眠気はないが、右も左も分からない状況では不安を感じることもできない。身元を証 明するものもなく、明日を生きる金もない。 何でこんな所に寝てるんだよ、と眠る前の私を怒鳴りつけたい。せめて自宅で記憶喪 私は軽く頭を抱える。 ﹁というか自分が誰なのかもまったく思い出せねー⋮⋮﹂ 一話 2 失になれば、最低限の生活と身分保証ができただろうに。 記憶操作の魔術など私には使えない。自分の身元は分からないが、言葉に不自由はし ないし魔術師だということも理解できている。所謂、エピソード記憶が欠落した状態だ ということだろう。 ル に な る の は 明 白 な の だ。魔 術 師 と は 元 々 内 向 き で 身 内 で も 争 う こ と が あ る 犬 畜 生。 この街に魔術師がいるのかどうかも分からない。迂闊に魔術師と接触してもトラブ しばらくはこの公園に寝泊りしつつ、後々のことを考えよう。 ありすべてだ。 カードホルダー。手鏡。電源の入らない携帯。そして、七枚のカードが私の持つ道具で だが、生憎と私には百円ライターを買う金すらないのが現状なのだ。このネックレスと 便利だからと多用しない。魔術を道具として扱うのは魔術師の考え方ではないからだ。 火を熾すのなら百円ライターやマッチで事足りる。魔術は研究のために用いるもので、 に導くこともできるだろう。もっとも、普通の魔術師はそんなことに魔術は使わない。 魔術は全能でもなければ万能でもないが汎用ではある。使い方次第で生活をよい方向 魔 術 を 使 え ば 大 概 の 生 き 物 を 料 理 す る こ と が で き る。身 体 を 清 め る こ と も で き る。 うん、問題ない。 ﹁魔術師なら何とでもなるか﹂ 3 私が言うのもあれだけれど、記憶喪失かつレアな礼装を抱えている状況では、何をされ るか分かったものではない。ということで、この街の魔術師に保護を頼むという線も考 えていない。まあ、ここは先進的な都市のようだし、生活苦に喘いでいれば行政が何か と手を差し伸べてくれるだろうと都合のいいことを考えたりもして努めて楽観的に振 る舞う。 かくして私のホームレス生活は幕を開けた。 いや、しかしここが古代とかでなくて助かった。ついでに季節もだ。真冬だったら外 での生活に苦労を重ねることになっただろう。 公園なので水道は使い放題。食べ物はその辺に飛び回っている小鳥を捕まえて焼い て食べたり、野草をとって煮て食べる。おなかいっぱいにはならないけれど、死にはし ない。 そうした生活が続くこと、すでに半月。 曜日の感覚はビルのスクリーンや電気屋に設置されているテレビを見ていれば失わ れることはない。今日は日曜日で、今頃は明日に備えて学生も会社員もそして主婦たち も、大半が布団に入っている頃だろう。 ﹁はあ、でもおなか減ったよ。ラーメン食べたいよ⋮⋮ひもじいぃ﹂ 一話 4 魔術で半径一メートルの空間に隠蔽結界を施して、その中で焚き火をする。いくら広 い公園とはいえ、都市の真ん中で火を熾していれば当然ながら警察のご厄介になる。私 がこんな夜半に行動しているのも、人目に付く危険を避けるためであり、こういうとき に結界は重宝するのだ。 今日のご飯は魚の丸焼き。近くの川で取れたフナが二匹だ。綺麗かどうかはこの際 関係ない。お腹が減っては戦はできないどころか生きていけないのだ。 ものを失ってしまうような気がする。 の頃。魔術を駆使すれば楽に金を稼ぐこともできるがそこまですると人として大事な 一月生活して、まだ所持金は零のまま。そろそろ行政を頼ろうかと思っている今日こ ﹁いただきまーす⋮⋮﹂ 自覚する。 私はフナを刺した枝を取り上げて香ばしい匂いを嗅いでおなかが限界を迎えたのを がないからイケル。 り除いて、きちんと焼けばダイジョウブ。一週間前にも食べたけれど、まだ何も不都合 い。大都会の川で取れた魚だから何を食べているか分かったものではないが内臓を取 木の枝に刺したフナがいい匂いを放ち始めた。きちんと火を通せば寄生虫も怖くな ﹁そろそろ焼けたかなー﹂ 5 ﹁あっち⋮⋮﹂ フナを刺した枝を手に取ると、火花で指先を火傷してしまう。驚いて枝を取り落と し、フナが地面に落ちてしまった。 ﹁ああぁ⋮⋮﹂ 一瞬だけ呆然として、それからすぐに拾い上げて砂を払う。 貴重な蛋白源を蟻の餌にするわけにはいかない。砂を払った後で、もう一度軽く火で 炙り、それからフナの背中にかぶりついた。 ほくほくとした白身の中に砂のじゃりじゃり感が混じって残念だ。フナだけならば とても美味しくいただけるのに。欲を言えば、ここに塩が欲しかった。 く、住宅街の黒と対比関係にあるかのようだ。 空を見上げても星は見えず、人口の光が空を照らしている。オフィス街はまだ明る 二匹のフナを食い尽くした後で、私はベンチに横になった。 まったく検討もつかないが、時間だけはたくさんある身だ。 出る。海水があれば、塩を作ることもできるだろう。どれくらいの作業量になるかは このフナを取った川は都市の真ん中を流れていて、川沿いに下っていけばすぐに海に 私がいるこの都市││││冬木は海沿いにある。 ﹁明日、塩作りに行こうかな⋮⋮﹂ 一話 6 この生活がどこまで続くのだろう。 魔術の研鑽などという目的意識のない私は魔術師として生きていくことはできない。 魔術を道具として用いる魔術使いが精々で、その魔術も大して力があるわけでもなく生 活を維持するのに役に立つ程度が現状だ。攻撃系統の魔術は狩りくらいしか使い道が ない。魔術師の知り合いがいるわけでもなく、伝手で衣食住を確保する手も使えない。 一ヶ月という時間は楽観的だった私の心に陰りを生み出すには十分な時間だった。 何 を す れ ば い い の か 先 が 見 え な い。そ も そ も、私 は こ の 都 市 の 住 人 な の だ ろ う か ⋮⋮。いったいどこから来て、どうしてこの公園にいたのか。過去の記憶は未だに思い 出せず、頭の中には靄がかかったままだ。 私が目覚めた時に持っていた七枚のカードを取り出して眺める。 ・・・・ セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。 聖杯戦争で召喚されるサーヴァントのクラス名が印字されており、強い魔力を感じ る。 ん、このカードが途方もない魔術礼装だということは分かっている。金銭価値は極めて このカードが私にとってこの上なく重要なものだというのは明らかだった。もちろ 呟く単語はどうにも私の心をざわつかせる。 ﹁サーヴァント﹂ 7 高く、由緒ある魔術師に正しく売りつけることができれば、しばらくは遊んで暮らせる だろう。 だが、その手は取らない。 私の過去に繋がる重要なキーアイテムでもある。この盾のネックレスと同様に、私は このカードを目的を持って所持していたはずだ。 考えれば考えるほどに思考のドツボに嵌る感じだ。 ﹁ふわあ⋮⋮﹂ 夕食を摂ったら眠気が襲ってきた。 カードをホルスターに仕舞いこみ、私は目を瞑った。簡易的な護身の魔術を周囲に敷 いて、意識を闇に埋没させる。 一日の終わり。 今日も何事もなく、何一つ解決しないままに過ぎ去ってしまう。 ■ 飄々とした態度の青年が私に語りかけてくる。 ﹃今回君に来てもらったのは、ちょっと厄介な異変が見つかったからなんだ﹄ 一話 8 見覚えのある顔。 顔立ちはいいのに、どこか残念な頭の││││しかし優秀な頭脳の持ち主。魔術師と しては私よりもずっと上だろう。 ﹃そう、あの世界に僕たちの世界の聖杯が⋮⋮厳密にはそれに近いものが移動した形跡 回収するのが、カルデアの使命だ。 聖杯は持ち主の願望を叶える莫大な魔力の貯蔵庫。様々な時代に散らばった聖杯を だけどさ⋮⋮﹄ ﹃いや、本当にどうしてこんなことになったんだろうね。ああ、もう多分聖杯の所為なん そこで、彼は言葉を切ってため息をつく。 いくはずのものだからね﹄ ることすら不可能だ。並行世界は僕らとは関わりのないままに発展、あるいは消滅して ﹃並行世界は本来この世界とは交わらない分かれた世界だ。関わりがない以上、観測す 今回の仕事もその延長ではある。 聖杯を回収するために、あらゆる時間に跳んで未来を守ること。 私たちの活動。 からのアクセスが難しいそこが、今回の活動地点だ﹄ ﹃特異点とは違う。多分、聖杯の力で引き寄せられた異世界、いや並行世界だね。こっち 9 がある。そのおかげで本来観測できない並行世界への道が開けたとも言えるんだけど ね。並 行 世 界 同 士 を 繋 い だ 道 の 影 響 で 世 界 が 干 渉 し あ う 状 態 が で き て し ま っ て い る。 このままだと、お互いに悪影響は避けられない﹄ 並行世界は観測できない。理論上存在するとされる分岐世界であり、明確に干渉、移 動を可能とするのは第二魔法の使い手だけだという。しかし、カルデアが並行世界の観 測に間接的にも成功したのは聖杯が残した道と並行世界からの影響を観測した結果だ という。 ヴァントのような高エネルギーの魂を送り込めるほど確かじゃない﹄ ﹃今 回 は 今 ま で 以 上 の 難 易 度 に な る と 思 う。並 行 世 界 へ の 道 は 細 く、弱 弱 し い。サ ー つまり、 唯一、向こうに渡り、元凶となる聖杯を回収することだけが確実性のある解決策だ。 を駆使してもこの窮地を逃れることは難しい。 ものであったとしても、世界に小さな穴を穿つ程度だろう。ならば、カルデアの技術力 並行世界の運営。第二魔法の使い手は人類史上にただ一人だけ。その片鱗を見せる それは嘘だろう。 い。何、●●●●●●ちゃんもいるからね。対策はいくらでも考えられるはずさ﹄ ﹃君一人を送るのがやっとだ。本当に、申し訳ないと思う。断わってくれてもかまわな 一話 10 だからこそ、彼は難しそうな顔で私に話をしているのだ。 私の答えは決まっている。 に。そんな風に色々と考えながら、私は●●●が戻ってくるのを待つのだった。 そういえば、マシュはどこに行ったんだろう。いつもは、ここに一緒にいてくれるの かもしれない。 彼の表情がこの任務の難易度を如実に物語っている。もしかしたら、戻ってこれない そう言って彼は表情を硬くしたまま部屋を出て行った。 り次第聖杯探索を始めよう﹄ ﹃レイシフトの前に渡しておくものがある。今、調整しているところだから、それが終わ 術師としては甘い感情なのだろう。人としては好感が持てるけれど。 いる用意周到さがありながら、それ心から申し訳なく思っているのだから。それは、魔 彼は魔術師の癖に善人過ぎる。私が断わらないだろうと推測した上で準備を進めて それはそうだろう。 これまでにないほどに沈鬱な表情で彼は黙り込んだ。 私の答えなど、彼は初めから予見してただろう。 ﹃そうか。分かった﹄ 11 一話 12 ■ ああ、まただ。 目が覚めた後のどうしようもない不安感。 ここ最近頻発するそれは、何か大切なものが抜け落ちたかのような、地に足の付かな い安定感のなさを体現しているようだ。 けれど、今の夢。 大事なことを話していたはずだ。 頭が痛い。 継ぎ接ぎだらけの記憶を再生する。夜の闇に飲まれそうな意識。せっかく浮上して きた記憶の欠片を繋ぎ止め、昔のテレビの砂嵐にも似た耳障りな雑音を払い除けて私の 意識を踏みとどまらせる。 今日は風が強い。 ビル風。轟々と吹いている。渦を巻き、髪を撫で、草木を揺らす。嵐が近いのだろう か。気温が下がって、肌が鳥肌を立てている。 冗談だろう。 北国ならばまだしも、西日本の夏場だ。暑苦しさに悶えることはあっても寒さに震え ることはありえない。 ならば、この鳥肌は何かと聞かれれば││││これは恐怖だと答えるしかないだろ う。 自然物ならぬ風に込められる尋常ならざる魔力の気配に総身が震えているのだ。生 存本能が刺激され、この場を離れろと命令を下している。 ごくり、と私は生唾を飲んだ。 広い公園の中心から風が四方に流れている。 空間に亀裂が入っている。 亀裂の奥は真っ暗で何も見えないのに、そこに何かいるのははっきりと分かった。 界の壁をばら撒いて、真っ黒な人影が姿を現した。 立ち上がって後ずさりする私の前で、ついに空間が砕け散った。ガラス片のように世 ﹁一体何なの﹂ 強い魔力を湛えた何かがこちらに出てこようとしているのだ。 蠢くものがいる。 私は目を凝らして亀裂を見る。 ﹁何⋮⋮﹂ 13 大きな身体の大男だ。鎧に身を包んだ武将だということは一目で分かった。けれど、 その顔は煤のような黒い影に覆われて窺い知ることができない。まるで実体化した影 のようだ。存在感だけで身体中が悲鳴を上げるのに、存在感が妙に薄い二律背反の存在 だ。 それを私は知っている。 この力とこの存在を前に私は見たことがある。触れたことがある。言葉を交わし、感 情を交わし、そして命のやり取りをした。 ﹂ 特異点を駆け抜ける中で幾度も出会った強力なエネミーの一つ。 サーヴァントの力が現出しただけのシャドウサーヴァントという擬似生命だ。 そのなり損ない。 ﹁サーヴァント ! 途端に色づく私の認識。 に打ち込んだ楔を繋ぐもの。それを回収するのが私の使命だ。 願いを叶える万能の杯。人類史の焼却を企図するグランドキャスターが七つの時代 そう、聖杯。 私は自然と口にしていた。 ﹁聖杯﹂ 一話 14 ﹂ ﹂ 継ぎ接ぎだらけだった記憶が急速に修復を始めた。 ﹁私は⋮⋮ ﹁■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ だが、その巨大な身体と身の丈以上の武具を見れば、あれに攻撃されて生きていられ る。 真名は分からない。影の輪郭はぶれにぶれてはっきりとした形が捉えられないでい この雄叫びの力強さ。おそらくはクラスはバーサーカーなのだろう。 避けたのだと。この槍の一突きで死ぬべきだっただろうと訴えかけてくるかのようだ。 背中から地面に叩きつけられた私をシャドウサーヴァントは睨みつけている。何故、 だっただろう。まるで、ひっくり返った亀かコガネムシのよう。 持てないまま、私は我武者羅に手足をバタつかせて起き上がった。それは酷く滑稽な姿 窒息する。心臓すらも、一瞬動くことを忘れてしまったかのよう。命を拾った実感を ﹁あ││││ッ﹂ ものの余波で十数メートルも跳ね飛ばされてしまった。 その突進速度は常人の目で追えるものではなく、私は勘任せに転がって直撃を避けた 影とはいえサーヴァント。 声ならぬ雄叫びを上げて、鎧武者が突進してくる。 !! ! 15 ﹂ ると思えるほど楽観的な考え方はできなかった。 ﹁バーサーカーなら ﹁■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 高濃度の呪い。 ﹂ 常人に当たれば体調を崩して死に至ることもある古い呪詛だ。 !! まっしぐらにシャドウバーサーカーに向かう。 ヴァントの法則に従ってくれと願いながら放つガンドは圧縮した呪いの塊となって 対魔力を持たないバーサーカーならば、魔術が通じる可能性が高い。私の知るサー はないのだから全力で抵抗しなければならない。私にはするべきことがあるのだから。 このままいいようにされて死んでしまうわけにはいかない。命乞いの通じる相手で 私は右手に魔力を集中する。 ! それを、シャドウバーサーカーは武具の一薙ぎで打ち払ってしまった。 ﹂ ! 潰されて原型も留めることなく死ぬに違いない。それが分かっていながら動くことが ちてくる。あの巨体にはそれに見合った体重があるだろう。落下地点にいる私は、踏み 風が生じて私をひっくり返す。尻餅をついた私の頭上からシャドウバーサーカーが落 ガンドが弾かれた驚愕に浸る間もなく、シャドウバーサーカーが振るった武具から突 ﹁うあ⋮⋮ 一話 16 17 できない。危機感が麻痺して、現実味のない死が私から命を奪おうとしている。 一度目は偶然に生を拾った。 サーヴァントを相手にして二度目の奇跡を期待しても意味がない。あれは猛獣。そ れも熊やライオンを軽々と殺戮するほどの怪物だ。どうしてか分からないけど、積極的 に私を狙っているというのならば、自ずと死と向き合わなければならなくなる。 この状況。 十中八九││││否。ほぼ百パーセントの確率で死に至る状況を覆すには、奇跡に拠 らない必然を手繰り寄せる必要があって、そんなものは私にはないという現実が聳え 立っている。 私になければ、どうするか。 諦めて死を受け入れるのか。 そんなことは許されない。 使命を果たせない。もう、あの場所に帰れない。●●●にももう遇えなくなる。それ は嫌だ。そんなのは、絶対に受け入れることはできない 考える間はない。 今手元になるもので窮地を乗り越えるのだ。 時間がない。取りうる手は一通り。その一手で、私は窮地を脱しなければならない。 ! 選択肢の検討をする間もない。考えずに、感じるままに魔力を練り上げる。魔術回路が ﹂ 唸りを上げて、ネックレスと接続する。 イ ン ク ルー ド ﹂ して弾き返した。 成された強固な防護結界であり、シャドウバーサーカー落下エネルギーを完全に打ち消 その直後に襲いかかってきた。私が展開した盾からさらに魔法陣が開いた。魔力で構 盾の形をしたネックレスがそのまま巨大化して、身の丈ほどの大きさになる。衝撃は ﹁限定展開 ! のクラスカードを使うための触媒となる。 盾のネックレスに込められていたのはシールダーの宝具であり、それそのものがほか 作礼装だ。 登録したサーヴァントの宝具を一時的に出現させて使うことができるカルデアの試 魔力のぶつかり合いに腕が痺れた。 ﹁うぐッ ! た。緊張のあまりに喉が渇く。酸素を求めて息をしているというのに、まったく肺が受 ずっしりとした盾だ。宝具の真名解放を終えて、身体を隠すほどの大きさの盾となっ 私は抜けそうになる腰に鞭を打って立ち上がり、盾を構えた。 ﹁はっ、はっ、はっ﹂ 一話 18 け付けていないかのようだ。 ともあれ、シャドウバーサーカーの一撃を凌ぐことには成功した。二度目の生還を果 たしたのは大きい。二度あることは三度あると言う。ならば、次の手を早く打って何と か乗り越えなければならない。 使い方は頭の中に叩き込んである。そう、確かそのように調整したはずだ。おぼろげ な記憶とは裏腹に、このクラスカードの使い方がはっきりと思い出せる。 シールダーの宝具では守ることはできても敵を倒すのは難しい。まして、盾だけ出し たところで、私の身体が人間のままでは押し負けることになる。盾が無事でも身体が壊 れれば意味がない。 だから││││身体ごと戦闘用に切り替える。 私がホルスターから引き抜いたのはセイバーのクラスカード。 盾の裏面にカードを叩き付けると、盾の内部にカードが溶け込んだ。 す。 究から誕生した試作礼装は、一時的に自らをデミサーヴァント化する奇跡を引き起こ 英霊の力を宿したカードから 盾 を介して力を受け取るのだ。デミサーヴァントの研 ネックレス ビリビリとした痺れが盾を通して腕に流れ込み、全身に行き渡っていく。 ﹁ッ﹂ 19 イ ン ス トー ル ﹂ ! そして、私は生まれ変わった。 ﹁夢幻召喚 一話 20 白の少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと黒の少女、美遊・エーデル 冬木市内に於いてはこの二人││││イリヤと美遊を指す言葉だ。 のはいないだろう。ファンタジーの中に息づく夢と希望を運ぶ幻想の総称であり、こと 漫画やアニメを齧っている者であれば、魔法少女というジャンルに聞き覚えのないも その二人が空を飛んでいるのである。 る。 どちらも可憐な顔立ちで、年の頃は小学校の中学年から高学年程度であろうと思われ もう一人は深い紫色のレオタードを思わせる衣服の黒髪の少女だ。 一人は白と桃色のドレスにも似た服装の白い髪の少女。 深山町の夜空を駆ける二人の少女がいる。 ││││深山町となっている。 ている。東が発展著しいオフィス街││││新都。西が古きよき風情に溢れる住宅街 西日本に存在するありふれた大都市であり、中央を流れる未遠川により東西に分かれ 都市の名は冬木。 二話 21 フェルトは冬木市内で夜な夜な現れる怪異を解決するために東奔西走している最中で あった。 ﹂ 単身で空を舞う。重力から解放され、鳥のように飛行するイリヤのすぐ傍を宙を足場 に走るミユが並んでいる。 私は何も⋮⋮﹂ ﹁ミユ、何か⋮⋮変な感じしない ﹁そう ? ﹁変な感じって﹂ リヤからすれば地上に星々を鏤めたかのように見えて好きな景色の一つに上げられる。 深山町の東、つまり新都の方角だ。オフィス街の新都は夜でも明るく、空を飛べるイ 美遊が東を見つめている。 ﹁ごめん、でも⋮⋮﹂ ﹁い、いきなり止まらないで﹂ イリヤが先走りすぎて慌てて戻ってきた。 美遊はふと足を止める。 ? イリヤはきょろきょろと辺りを見回しながら自分の肌で感じる魔力の流れの発生源 けど﹂ ﹁え、ああ、うん。こう、魔力って言うのかな。まだ、どこから流れてるのか分からない 二話 22 を探ろうとしていた。 ﹂ 対する美遊は自分のステッキ││││カレイドサファイアに話しかけ、 ﹁どう、サファイア。何か感じる が入ってるみたいですよ﹄ ﹃さらにちなみに美遊さんが先ほど見ておられた方角。新都のほうにちょっとした亀裂 あるらしい。 しかしながら、イリヤとの相性はバツグンだ。ルビーにとっても、イリヤはよき主で キでもある。 するために他者に迷惑をかけることもいとわない節があるなど、問題行動の多いステッ る。天真爛漫と言えば聞こえがいいが、好奇心旺盛で自分が面白いを思ったことを実行 冷静沈着な口調のサファイアに対して、ルビーの口調は明るく無邪気さを感じさせ ですかねー﹄ よー。これって結構な異常です。地脈が乱れてるとか、もうそういうレベルの一歩手前 ﹃ちなみに本日の大気中の魔力濃度は三十日前に比べて三パーセントも上昇しています サファイアの返答に今度はイリヤのステッキ││││カレイドルビーが割り込んだ。 魔力によるサーチも従来ほどの精度が期待できません﹄ ﹃現状では何も。ここのところ大気中の魔力濃度が大きく変動しています。その影響で ? 23 ﹁亀裂 ﹂ ﹁ちょっと それ、大変じゃない ﹂ ! ﹁行こう、ミユ﹂ 呼んでいた。 かっている。倒された際に黒い塵となって消えるため、 ﹁塵のサーヴァント﹂と便宜的に が、それがサーヴァントのなり損ない。力のみを形にした存在だということまでは分 の異なるサーヴァントを総称してそう呼んでいる。正式に何と呼ぶのかは分からない 塵のサーヴァントは彼女たちがこれまで戦ってきた黒化したサーヴァントとは性質 イリヤが悲鳴にも似た声を上げた。 ! 出てくる可能性大です﹄ ﹃はい。おそらくは鏡面界の亀裂です。最近ちょくちょく出てくる塵のサーヴァントが ? 塵 の サ ー ヴ ァ ン ト が 現 実 世 界 で 実 体 化 す る の は 今 日 で 三 回 目 と な る。一 度 は セ イ う時間はかからない。 行生物を凌駕する運動性能を有している。それだけに、市内の目的地に到着するのにそ 風を切るようにして飛行するイリヤは、戦闘機にすら匹敵する飛行速度とあらゆる飛 イリヤと美遊は慌ててルビーが示した新都のほうに向かった。 ﹁うん﹂ 二話 24 25 バーのサーヴァント、二度はアーチャーのサーヴァントが現実世界に現れている。この 一 ヶ 月 の 間 に 発 生 し た 異 常 事 態 の 中 で も 最 悪 の 展 開 こ そ が サ ー ヴ ァ ン ト の 実 体 化 だ。 ここ最近の夜の見回りも、塵のサーヴァントが鏡面界から現れないかどうかを監視する ためでもあって、サーヴァントの存在が感知できれば、鏡面界へと移動して撃退するこ とになっている。 結果、イリヤと美遊、そして今日は留守番をしているクロの三人で一ヶ月のうちに八 騎のサーヴァント打ち倒すことになった。 塵のサーヴァントの戦闘能力は総じて高くはない。黒化したサーヴァントのほうが ずっと強かった。それでも、油断ならぬ相手であり、当然ながら一般人では敵うべくも ない。イリヤたちも、ステッキの力で無制限の魔力を扱えるようになり、サーヴァント に匹敵するだけの戦闘能力を与えられていなければとてもではないが太刀打ちできな いのだ。 その塵のサーヴァントが鏡面界の壁を破って出てくるとなれば、犠牲者が出てもおか しくはない。第一に鏡面世界で倒すことであり、それがダメでも出てきたその場で打ち 倒さないといけない。 サーヴァントは魔力摂取するという。人の霊が昇華したサーヴァントは自身と最も 近い人間の魂を食らうことで力を高めるのだ。 雲ひとつない空を二人の魔法少女が駆け抜ける。 未遠川を越えて新都の上空に辿り着いたイリヤと美遊は改めて周囲に目を凝らした。 夜の闇が薄れるオフィス街。さすがに夜も遅いので人通りはほとんどないが、ビルの窓 ﹂ ﹄ からもれる光やネオン光は眠りに就いた深山町の街並とは正反対だ。夜風に紛れる魔 どこに亀裂があるの 力。匂いを感じるように目に見えない力の流れを探っていく。 ﹁ルビー、どこ ﹃中央公園のほうですね。ほら、海のほうに大きな自然公園があるでしょう ? ﹁え ﹂ ﹃というか、すでに誰か戦ってるみたいですよ﹄ た。その跡地に整備されたのが、冬木中央公園だ。 前が大きな建物があったらしいが、未曾有の大火災によってこの辺り一帯は焼き払われ 冬木中央公園のことを言っているのだと、土地勘のあるイリヤはすぐに分かった。以 ? ? ﹂ ? なりぼやけてますけど間違いないです﹄ ﹃ですから、魔力源が二つ、公園でぶつかってるみたいです。周囲の空間に歪ができてか ﹁誰か戦ってるって、どういうこと イリヤは驚いて自分のステッキを見つめた。 ? ﹃姉 さ ん の 言 っ て い る こ と は 確 か で す。こ ち ら で も 同 様 の 魔 力 を 感 知 し ま し た。サ ー 二話 26 ヴァント級が二つ。公園で交戦中と判断します﹄ ルビーに続いてサファイアが言った。 イリヤと美遊が視線を交わした。 サーヴァントと戦えるのはイリヤと美遊を除けば、家にいるクロだけだ。次いで凛や ルヴィア、バゼットといった冬木に滞在する魔術師が上がるが、バゼットは仕事で協会 に戻っているし凛とルヴィアは真正面からサーヴァントと戦えるほどの戦闘能力はな い。一体誰が、戦っているのか。 力を持っているということだから注意しないと﹂ ﹁分からない。でも、戦いが成立するということはサーヴァントと戦えるだけの戦闘能 ﹁でも、誰が戦ってるんだろう﹂ できなくなるのだ。 ちの手を離れることになる。サーヴァント戦の戦場と規模を自分たちでコントロール 配慮すればよかったからだ。しかし、他人が戦いに介入してきたとなればそれは自分た これまでは自分たちで戦っていたから気にする必要もなかった。自分たちが周囲に 美遊の発言でイリヤは事の重大さに気付いた。 ﹁あ、そうだね﹂ ﹁イリヤ、急ごう。誰が戦っているにしても戦闘が市街地に出るのは阻止しないと﹂ 27 塵のサーヴァント同士の戦いであれば、まだいい。だが、││││、 ﹂ ﹁魔術協会かそれ以外の何か、組織が背景にいる相手だと後々厄介になるかもしれない﹂ ﹁厄介って ﹁空間がゆがんでる。まるで⋮⋮﹂ からすると普通の公園と変わらない姿をしているはずだ。 界にも似たもので、現実世界の上に別の世界が重なっているような状態だ。一般人の目 公園内部に納まるくらいのドーム状の魔力の壁が生まれていた。見た目としては結 まるで結界だった。 言って、美遊は眼下を見下ろした。 ﹁私は別に冬木市を守るために戦ってるわけじゃないけど﹂ ﹁え、えー、でも、私たちみたいに冬木市を守るために戦ってるのかもしれないよ﹂ い。場合によっては、戦いになるかもしれない﹂ ﹁サーヴァントを倒すという目的が一致しても、その先にあるものまで同一とは限らな ? ﹄ !? 鏡面界は以前クラスカードを収集していた際に主な戦場となった異空間だ。カード サファイアが焦ったような声で言った。 いる ﹃鏡面界に似た構造の空間です。これは⋮⋮亀裂を中心に鏡面界が現実世界を侵食して 二話 28 を核として生まれ、現実世界に重なりながらも関わりなく存在していた。あくまでも合 わせ鏡の世界であり、よほどのことがない限りは現実世界に影響を及ぼすことはないは ずだが、これは違う。鏡面界に似た構造の空間は、現実世界にせり出すように重なって いる。内部から魔力が漏れ出している時点で、現実世界への悪影響は免れないと判断す るべきだった。 ﹁暢気に言ってる場合 イリヤが叫んだ。 ﹁え ﹂ どうして、ミユ ﹂ ? 異界を重ねるのならば、核が必要です。核を失えば、不安定な異界は現実の重みに耐え ﹃検証の必要はありますが、美遊様の見立ては正しいかと。現実世界に鏡面界のような 持っていると仮定すれば、当面の解決策として利用できる。 ド を 回 収 で き れ ば 鏡 面 界 も 閉 じ て 消 滅 す る。現 実 に 出 て き た 鏡 面 界 が 同 様 の 性 質 を これまでの鏡面界での戦闘もそうだった。核となっていたサーヴァントを倒し、カー ﹁この中が鏡面界と同等の構造なら現実世界の人は入れないし核を倒せば消えるはず﹂ ? ﹁でも、都合はいいかも﹂ !? くるみたいですよ﹄ ﹃カードを集めていたときとは逆になりましたねー。こんどは向こうからこっちに出て 29 切れずに崩壊するでしょう﹄ ﹃ですが、これを放置すれば現実世界と鏡面界が反転してしまうかもしれませんよ﹄ ﹂ サファイアの後でルビーが言った。 ﹁反転するとどうなるの ? どうして ﹂ る人たちが消えてなくなってしまうかもしれません﹄ ﹃いい質問ですね、イリヤさん。まあ、現実が虚構に塗り変わるので今、ここに住んでい ﹁消える !? それが現実世界と鏡面界が入れ代わるというのはそうい ? ﹂ が捻れて崩壊する可能性もありますし、何にしても大災害は免れないかと﹄ 回はどうにも、虚構を支える何かがあるようですから、どうなるか分かりません。空間 うことです。まあ、大抵の場合は抑止力が働いて虚構のほうが消えるんですけどね。今 なってしまったでしょう ﹃今までの鏡面界がそうだったじゃないですか。カードを失った鏡面界は消えて、無く !? ! 像することすらできない。空間の崩壊だの虚構と現実の反転だの、そのようなものは漫 発生する。どちらも、どのような結末になるのか空間の概念に詳しくないイリヤには想 現実世界が鏡面界のような別空間に飲み込まれる。または、空間が崩壊して大災害が イリヤは悲鳴のような声を出した。 ﹁そんな 二話 30 画やアニメの中でしか聞くことのない││││少なくとも科学的な理屈の範疇を超え た話であって、 ﹁魔法少女﹂になったからといって魔術世界の理屈に詳しくなったわけで はないのでルビーの言う大災害がどのような形で現出するのかまったく分からないの だ。 ﹂ しかし、不特定多数の人たちが犠牲になることくらいは想像できる。 ﹁そんなのダメだよ ﹁うん、久しぶり﹂ ﹁何だか久しぶりだね﹂ 納まる程度の大きさで、その外には出られない。 風景は同じだが、世界は小さく閉ざされている。今回の鏡面界は冬木中央公園内部に 鏡面界は限定された空間だ。 二本のステッキは瞬く間に魔法陣を形成して鏡面界への扉を開く。 さしたる手間はない。 ルビーとサファイアの力を使って、二人の魔法少女は鏡面界に移動する。 倒する。冬木の人々を守るためにはそれ以外にはない。 結論は単純明快。これまでと同じだ。鏡面界に入り、内部でサーヴァントと戦闘し打 ﹁うん、中に入ろうイリヤ。鏡面界の中に入って、元凶を取り除くしかない﹂ ! 31 クラスカードを集めていたとき依頼の鏡面界だ。不気味な雰囲気は相変わらず、しか しどことなく懐かしさを覚えた。 う戦闘は始まっています ﹄ ﹃そんな悠長なことを言っている場合じゃありませんよ、お二人さん。ほら、やっぱりも 耳に届くは剣戟の音。間断なく打ち合わされる鋼の音色だ。 公園の芝の上にいくつも開いたクレーターが痛々しい。 ルビーに言われて改めて眼下を見る。 ! しかし、それが音速を上回る速度で、しかも休みなく繰り出されるとなれば如何な武 技術も知性も感じない力任せの攻撃。 回し、手当たり次第に破壊の限りを尽くしている。 それはまるで人の形をした掘削機。肉食獣のような貪欲さで、その牙たる武具を振り を薙ぐ度に地面が抉れ、木々が吹き飛び遊具が潰れた。 だ。大きな槍のような長柄武器を目にも止まらぬ速さで振り回しており、その刃が空間 一つはすでに見慣れた漆黒のサーヴァント。巨大な鎧を着込んだ塵を振り撒く英霊 彼女たちの視線の先には二つの人影があった。 イリヤが呟く。 ﹁あれは⋮⋮﹂ 二話 32 芸者であっても早々にひき肉になって終わるだろう。 ││││だが、終わらない。 繰り返される猛攻撃。イリヤたちが初めに見たそれと同等かそれ以上の力を込めた 連撃が繰り出されるたびに鏡面界が悲鳴を上げる。 それにも拘らず攻撃が止むことがないのは、塵のサーヴァントに相対する者が一向に 倒れないからだ。 暗い夜に刻み付けられるのは紅の軌跡。 鋼の嵐の中を潜り抜ける漆黒の外套。何という衣装なのか。金糸を編みこんだ煌び やかな装飾が美しい。 戦っているのは女性だった。 燃えるような赤毛と花の意匠をあしらった紅の剣を振るって塵のサーヴァントと近 接戦を演じている。 人の業ではない。刃と刃が交錯する度に魔力の豪風が四方に走る。凄まじい威力を 誇る塵のサーヴァントの一撃を、彼女は避けもせずに紅の刃で受け止める。衝撃を受け ﹂ 止め切れなかった地面がひび割れて、砕け散る。しかし、女性のほうは平然として剣戟 を即時再開する。 ﹁あの人、サーヴァント ? 33 イリヤが美遊に尋ねると、美遊は首を振った。 ﹁多分違う。きっと、私たちと同じ﹂ 召喚を可能とする方がいるなんて﹄ ﹃夢幻召喚によるサーヴァント化です。信じられません、イリヤ様と美遊様以外に無限 かだったら最高に燃えるんですけどね﹄ ﹃しかも魔法少女って歳でもなさそうですしねー。いや、これが第三の魔法少女現ると ルビーの発言はとりあえず置いておくとして、恐らくはセイバーを夢幻召喚したであ ろう赤毛の女性と接触する必要はある。この戦闘に介入するかどうかも含めて考えな いといけない。 ﹁ど、どうする、ミユ﹂ ﹁どっちにしても今は見てるしかない。下手に手を出すと、思わぬ事故を起こしかねな いから﹂ ないといけないことが増えた。 意もする。塵のサーヴァントと戦う誰か。それが味方なのか敵なのかも含めて、確認し 何かあればいつでも介入できるようにルビーとの接続を確認して、クラスカードの用 イリヤは頷いて公園で繰り広げられる戦闘を眺めた。 ﹁そ、そうだね。そうしよう﹂ 二話 34 35 ■ セイバーのサーヴァントの力を封入したカードの真価。 サーヴァントの力を自分の肉体に反映させる夢幻召喚は、正しく機能して私の肉体を セイバーに変化させた。一時的にしろ英霊の力を我が身に降ろすのは、本来ならば自殺 行為だ。彼らはどれだけ低級の英霊であろうとも人間霊を超越した上位存在であり、そ の一端でも身体に降ろせば間違いなく自らの霊体を圧殺されることとなる。技術や記 憶の一部を再現する程度ならば高位の召喚士なり黒魔術師ならばやってのけるかもし れないが英霊を憑依させるとなると不可能だ。 それを可能としたカルデアの技術力には驚嘆するしかない。 デミサーヴァントの研究の成果であるという。まだ、試験運用の段階だったこれを私 が使えるように調整したのはずっと私の活動を支えてくれた後方の魔術師とサーヴァ ントだった。 剣を振るいながら私は記憶の欠片が繋がっていくのを感じていた。 セイバーのサーヴァント。最近になってカルデアにやって来た彼。傲岸不遜で自ら の力を絶対的なものと看做した剣の帝王が私に自分の力を分け与えてくれたのは何故 だったのだろうか。 未だ、名前すら判然としないカルデアの仲間たちを思う。 生きて帰らないと。 きちんと任務を遂行して、笑って帰るために今ある力を限界まで引き出して目の前の 敵を打倒する。幸いにして、セイバーのクラスカードに宿る剣帝の力は一級品のサー ヴァントと戦えるほどに強力だ。 ﹂ ! にこの溢れんばかりの力を使うこと、そして、力を尽くすことに愉悦を抱いているのは 私の脳をおかしくしたのだろうか。ともあれ、目の前の敵を打倒するという目的のため たことによる歓喜があらゆる不安を帳消しにしてしまった。全能感にも似た昂揚感が 当事者となった私は当初こそその戦闘能力に圧倒されはしたが、膨大な力を手に入れ これがサーヴァントの戦い。 すごい腕力だ。 す。 真紅と白百合のコントラストが大気を切り刻み、シャドウサーヴァントの槍を押し返 裂帛の気合を込めて剣を振り上げた。 ﹁はあッ 二話 36 明白だった。 口から漏れるのもまた歓喜。 ﹁ハハッ、これがセイバーの力か すごいなッ ﹂ ! ﹂ 握り込んで、斜めにシャドウサーヴァントの身体を斬り付ける。 ﹁■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 獣染みた反応は、さすがにバーサーカーかッ ! !! シャドウサーヴァントの鋼鉄の鎧に一文字に亀裂が入った。 ! シャドウサーヴァントの動きについていける││││それどころか、彼の能力を遙か 体。戦闘技能すらも、力を貸してくれるサーヴァントのそれを再現している。 ず、身体中の感覚のすべてが鋭敏に、そして強力になっている。思ったとおりに動く身 にもなる。景色が後ろに流れていく。サーヴァントと化したことで運動能力のみなら 敵手を前に私は臆せずに前に踏み出した。今やただの踏み込みですら地面を砕くほど 狂犬のように吠え立てるシャドウサーヴァント。一撃一撃が致命の威力を誇るかの ﹁咄嗟に下がったな ﹂ 近 感 が あ る。鋭 い 刃。生 命 を 象 徴 す る 白百合 と 死 を 思 わ せ る 紅 の 刃。柄 を が っ し り と フ ロー ラ 手に在る魔剣も初めて持つ剣だというのに生涯を共にした朋友であるかのような親 で話しているのだ。 私の声音で、誰かの言葉を紡ぐ。いや、これもまた私だ。私がセイバーみたいな口調 ! 37 に凌駕しているのを実感している。 振り下ろされる剛刃を脅威とも思わない。 好戦的な戦士の感情。 な喜びが私の脳を麻痺させている。 上がってくる喜悦。刃をぶつけて、この相手を打ちのめすのだというサディスティック 理解できているが、だというのに恐怖を感じないのだ。ただ、楽しい。胸の奥から湧き 直撃すればセイバーの力を宿した私でも致命傷を受けかねない強力な代物だ。それは シャドウバーサーカーの豪腕が振り下ろす巨大な武具。槍とも斧ともつかない刃は 結するシャドウバーサーカーの挙動のすべてを網羅する。 動き。影に隠れ、狂化に曇った顔から除く微かな感情の揺らぎ。呼吸の強弱。戦闘の直 目をしっかりと見開いて、相手の一挙手一投足を把握する。長柄を握る指先の僅かな ントのぶつかり合いで物理法則すらも絶叫している。 激突の瞬間、空間そのものが拉げたかのような錯覚を覚える。私とシャドウサーヴァ 物を相手に正面から立ち向かえるまでになった。 数分前の私ならば、為す術なく引き裂かれていただろうに。今の私は、この無骨な刃 笑って、私は剣で長柄の刃を受け止めた。 ﹁ハッ﹂ 二話 38 クー フー リ ン 例えばランサーのような強者との戦いを渇望する思いが私を突き動かしている。生 ﹂ まれて初めての感情。しかし、以前から抱いていたかのような自然さで私は顔面に戦い を求める餓狼の笑みを貼り付けた。 ﹁ハハハッ、これを受けるか。獣風情がよく凌ぐ ﹂ ! 苦手とする、そして私の剣が得意とする超近接の間合い。二メートル圏内に踏み入っ 構えはそのままに、全身を押し出すようにして前進する。巨体の懐、長柄武器が最も 後方に下がる。 口元に余裕と喜悦すら浮かべて、剣を跳ね上げた。敵サーヴァントは踏鞴を踏んで、 ﹁温いぞ、シャドウバーサーカー 紅の刀身がシャドウバーサーカーの刃を弾き返す。 だ。 が、乗り越えることならば可能だろう。当然、利用することすらも人はやってのけるの 風向きと風速が丸分かりの嵐など恐ろしくも何ともない。嵐を御すことはできない の首には届くまい。 はっきりと読み取れてしまう。これでは、どれだけ強い力で武具を振るったところで私 が 上 だ。だ が、精 緻 さ を 欠 い て い る。動 き が 見 え 透 い て い て、次 ど こ ろ か 三 手 先 ま で 嵐はむしろシャドウバーサーカーのほうではある。攻撃の手数は明確に相手のほう ! 39 た。 ローマ ﹁所詮は影。オリジナルには程遠い。ああ、貴様は私の敵ではないな ガツン、と火花が散った。 ﹂ シャドウバーサーカーが五十メートルを走りきるまでに要する時間は、三秒弱といっ だが、これで十分だった。 麗に着地した。 たか。さすがに背中から地面に落ちるような無様は曝さず、空中で体勢を立て直して綺 シャドウバーサーカーの巨体が跳ね飛んでざっと五十メートルは離れることとなっ 地面がさらにひび割れた。 懐に飛び込み、鎧のど真ん中を蹴り付ける。 を転換。私の刃を防ごうと防御のために長柄を翳した彼に対して、私は姿勢を低くして 能とする。姿勢を崩したシャドウバーサーカーに上段から刃を振り下ろす。刹那、方針 ウバーサーカーの常軌を逸した怪力を軽く受け止め、あまつさえ押し戻すことすらも可 信じがたいほどの筋力増幅作用。巨人の腕と彼が呼ぶ力は、目前で吠え立てるシャド ! たところか。すでにスタートラインには立っており、カウントダウンを始める前には最 初の一歩を踏み出しているだろう。 ﹁終いだ。カードの試金石としてはちょうどよかったぞ﹂ 二話 40 耳障りな音。 発生源は私の魔剣から。 停滞する時間感覚。 ﹂ 突進してくる暴走列車を前にして私は魔剣を振り上げる。 刀身から溢れ出すのは真紅に染まった稲妻だ。 ﹁■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ロ レ ン ト ﹂ !! ラ レ ン ト を込めなければ反動で私の身体が跳ね飛ばされてしまうから。 上段から全霊を込めて振り下ろす。力任せと言われても仕方がない。それだけの力 ﹁最優の皇帝剣 フ 紅の雷光は臨界を越えて刃を血のように紅く、太陽のように眩く煌めかせていた。 ││││魔剣限定解除 いう絶大な権限を象徴する、まさしく皇帝のみが振るうことの許される剣である。 振り上げた魔剣はガリア支配を象徴する燦然と輝く王剣の兄弟剣にして大陸支配と ク かのサーヴァントの速力を以てしても、私を止めるには遅すぎた。 しかし遅い。 ている。 シャドウバーサーカーはすぐ目の前に。この時点で引き離した距離を半ばまで詰め !! 41 敵を切断するための斬撃ではない。 私が狙うのは敵を含めた空間のすべて。目に映る前方のすべてを狙った大雑把な一 撃だ。対軍宝具に分類される皇帝剣の斬撃は、真名解放と共に拡大され白百合を纏った 紅の雷撃と化して前方に断層を形成する。 一秒の後、地鳴りと閃光が消え去った後に残されたのは一直線に焼き払われた公園の 大地のみだった。強大なるシャドウバーサーカーは、私が放った対軍宝具の雷撃の前に 倒れて塵と帰ったのだ。 エ ク ス カ リ バー まっとうなサーヴァントならばまだしもシャドウサーヴァントでは耐えられるはず もない。いや、これだけの威力の宝具だ。約束された勝利の剣には及ばなくとも、宝剣 のカテゴリーでは上位に食い込めるだろう。当然、直撃に耐えられるサーヴァントは数 えるくらいしかいない。 して、それから目の前が真っ暗になった。 盾のネックレスとセイバーのクラスカードが落下する。私はそれを拾い上げようと その単語が脳裏に浮かぶ。 時間切れ。 パン、と音がして私の夢幻召喚が解除された。 ﹁う、ぅ﹂ 二話 42 43 倒れたと気づいたときには強烈な睡魔が襲ってきて、指一本動かせないまま私の意識 は途切れたのだった。 虚像であり、門を潜るまでその本来の姿を窺い知ることはできないのだ。 数え切れないほど仕掛けられている。外から見える風景も幻術によって生み出された の屋敷だが、実際には周囲には無数の結界が敷き詰められており、魔術的なトラップは 一見すれば金持ちが有り余る財力に飽かして造り上げた別荘といった風に見えるこ 魔術師の居館というのは、それそのものが城塞である。 建てさせた﹁即席﹂の拠点だった。 える屋敷こそ魔術師ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが日本で活動するに当たって れた敷地。門を入ると左右対称の庭園が広がっており、その奥に鎮座するかのように聳 そこは西洋建築の粋を集めた典型的な西洋の邸宅だった。赤レンガの塀と門に守ら る。 冬木市内の西側、深山町の閑静な住宅街に立つ場違いなまでの豪奢な建物が舞台とな 夜は明けて日が昇り、朝から昼へと変わってゆく頃合となった。 召喚を行ったと思しい少女を確保してから半日が経過した。 クラスカードと同じ性能のカードを所持し、英霊の力をその身に降ろす││││夢幻 三話 三話 44 そこまで守りを固めるのは魔術師という生き物の性によるだろう。 研究は他者に公開せず、自らの跡継ぎにのみ引き継がせるという秘密主義の魔術師の 世界では自らの師の研究成果を奪うために殺し合いを仕掛ける者がおり、これを半ば容 認している節があるほどに殺伐とした側面がある。とりわけ歴史を重ねる中で﹁地上で 最も優美なハイエナ﹂と呼ばれるに至ったエーデルフェルト家はそうした魔術師同士の 争いの中で他者の神秘を奪い、食らい、取り込んで成長してきた。当然ながら敵も多い。 城塞と呼ぶに相応しい魔術防護を施していながら、まだ足りないと思えるほどにエーデ ルフェルト家には敵がいる。 といっても、魔術協会の影響力の低い極東の島国の地方都市に彼女を害するほどの敵 愾心のある魔術師がいるというわけもない。 それでも守りを固めるのは、前述の通りの魔術師の性でありたしなみ、常識だからだ ろう。 カードがミユとイリヤのカードとは異なる術式によって成り立っているということだ ﹁ええ、まったくですわ。調べて見ても分からないことだけ。唯一の成果としては、あの に言った。 長い回廊を下っていく黒髪ツインテールの少女││││遠坂凛が隣を歩くルヴィア ﹁まったく新たなクラスカード。また厄介なものが出てきたわね﹂ 45 け⋮⋮それも、異なっていることが分かるだけで、術式の解析そのものは不可能ときま した﹂ ルヴィアは煌びやかな金色の髪の毛を縦に巻いた華やかな格好の少女である。 凛とルヴィア。共に歳若いながらも魔術界の次代を担うエースとして注目される天 才である。そんな天才二人が、魔術の総本山であるイギリスはロンドンではなく日本に いるのかというと、それはまた深い経緯があるのだが││││、 暗く続く長い回廊を二人は下っていく。昼の太陽の温もりも、この地下空間には届か ない。魔術師の工房として地下の封鎖された空間というのはもってこいなのだ。閉鎖 的な空間は魔力が散りにくく結果魔術の研究に利用されやすい。ルヴィアの工房もそ ひと の例に漏れず地下を初めとする閉鎖された空間に作られているのだが、ここはさらに別 の用途で用いられる。 ﹁さらに問題はあの赤毛の女ですわね。記憶領域がまったく読み取れませんでした﹂ クラスカードを所持していたことや礼装として機能する衣服を着ていたことから魔 サーヴァントを撃退した赤毛の少女のことだ。 ル ヴ ィ ア と 凛 が 話 し て い る の は 先 夜 に 夢 幻 召 喚 に よ っ て サ ー ヴ ァ ン ト 化 し て 塵 の 悔しいけど、無理矢理記憶を引き出すのは無理そうね﹂ ﹁何らかの魔術で記憶を守っているのは間違いないみたいね。かなり、高度な魔術だわ。 三話 46 術師なのは確実だが、素性が一切分からないのだ。 所持品はクラスカードと魔力の篭った盾型のネックレス、そして手鏡だけだ。身分を 証明するものも金のまったく持っていない。クラスカードほどの礼装を作成あるいは 所持できるほどの魔術師ならば冬木市の管理者である凛の耳に入らないのは不自然だ。 外来の魔術師と考えるべきだろう。 べきか。すでに、この部屋は別の用途に使われたことがある。 現状、この部屋の用途はルヴィアの時間つぶし以外にはない。いや、なかったという 管理している空間ではないということだ。 らず凛をこの部屋に通したのは、この部屋がエーデルフェルト家によって重要な情報を ることはない。例えそれが当面の協力関係にある魔術師であったとしてもだ。にも拘 凛 工房というよりは、勉強部屋といったほうがいいだろう。普通、工房には他人を入れ どが並んでおり、並々ならぬ魔力を放つ物品も少なくない。 ランプが照らしている。棚には魔導書や色とりどりのガラスの小瓶、チョーク、宝石な 重苦しい扉を開けると、そこはレンガ造りの壁で囲まれた部屋だった。薄暗い室内を ばなりませんわね﹂ ﹁彼女がそれに関わっていないとも分かりませんわ。何にしても尋問するだけしなけれ ﹁まったく、塵のサーヴァントのことだけでも頭が痛いってのに﹂ 47 屋敷の内部はルヴィアの領域。地下という密閉空間にあってはルヴィアの敵対者は ただの獲物と成り果てる他ない。 この部屋は牢獄として機能するのだ。 部屋の中心。 用意したのは特別製の抗魔力帯と宝石を溶かして描いた魔法陣。魔力の結合を否定 し、あらゆる魔術師を無力化する魔術殺しとも呼ぶべきものであり、それほど厳重な警 戒をしなければならないほどに彼女の正体は謎に包まれていたのだ。 凛が目を見開く。 ﹁な⋮⋮﹂ ルヴィアが息を呑んだ。 ﹂ そして、拘束していたはずの赤毛の少女が、これまた吃驚したように固まった。 ﹁ちょ、あなたなんで ﹂ こそ、目の前で起きた不可解な現象に対して驚愕は大きなものとなった。 自信を持っていたからこそ、そしてルヴィアの魔術を業腹ながらに認めていた凛だから 一流の魔術師ですら脱出は困難である拘束を如何にして解いたのか。自分の術式に 凛とルヴィアがはっきりと驚愕を示す。 !? !? ﹁抗魔力帯から脱出したと言うのですか 三話 48 ﹁拘束⋮⋮やっぱりあなたたち私を縛ってた人なんだね 赤毛の少女の服装が違う。 に出現した盾はまさしく宝具。 ﹂ 捉えたときの一般的な衣服と異なり、今は身体にぴったりとあった黒い鎧姿だ。傍ら ! そしてその僅かな時間で、赤毛の彼女は部屋から飛び出していってしまった。 必要だった。 り抜けた巨大な盾で軽く撫でられたことで転倒したのだと理解するのに多少の時間が 気付けば凛とルヴィアは互いに天井を向いてひっくり返っていた。魔術の爆風を潜 勝負は一瞬で決した。 だが、││││所詮は現代の魔術だ。 が、宝石魔術の特性の一つである。 呪文詠唱も極僅か。だというのに、大魔術レベルの魔術を発動させることができるの 爆発と突風が狭い空間にせめぎ合うように広がる。 凛とルヴィアが宝石魔術を展開する。 ﹁やばッ﹂ 49 三話 50 ■ 目が覚めた時の驚きを説明するには私のボキャブラリーは不足していると思う。 といっても、気付いたときには見覚えのない場所にして、しかも窓一つない薄暗い閉 塞感のある部屋で、かつ強力な抗魔力帯で縛り上げられているという状況は私を困惑さ せ、さらに恐怖に陥れるには十分な状況だと胸を張って言える。誰だって、あんな風に 拉致監禁されたら必死になって逃げるようとするだろう。 私を拘束しているのは明らかに魔術師でクラスカードが没収されているとなれば、相 手は最低でもクラスカードが強力な礼装であると理解している││││と思えた。 なら、その持ち主である私をどう扱うのかと考えれば、当然まともな扱いは期待でき ない。 それは魔術師という生物の特性を考えれば何となくイメージできてしまうし、部屋の おどろおどろしい雰囲気と拘束されているという現実は私の中で激しく危機感を燃え 上がらせるだけのものだったわけだ。 そこで私が強引にでも脱出することにした。 脳に刻まれた情報を辿って最良の脱出手段を実践する。 ・・ クラスカードがなくてもシールダーだけは特別に夢幻召喚することができるという 奥の手。カードもネックレスも不要。私の体そのものを利用にして彼女の力を私の存 在を結び付ける術式が擬似的な魔術刻印として刻まれているらしい。よって、Aランク にもなる強力な対魔力スキルで私を拘束する魔術を無効化し、サーヴァントの強靭な筋 力で抗魔力帯を引き千切って脱走したのである。 シールダーと化した私には人間の魔術はまったくと言っていいほど効果がない。高 位のキャスターの魔術すらも無効化する対魔力がある以上、魔術師の工房内だろうが問 題なく探索することができる。 こうして私は封印処置が施されていたクラスカードとネックレスを強引に奪い返し て屋敷の外に飛び出したのだった。 冬木の街並を駆け抜ける。太陽は真上にあり、シールダーの格好では人目に付きすぎ るという問題はあるが、不幸中の幸いか、住宅街にはほとんど人がいない。昼間だから だろうか。閑静な、という形容動詞が似合う深山町に今は感謝して、あの屋敷から可能 な限り距離を取ろう。 ろうか。気絶している間に何かされはしなかっただろうか。 ぐるぐる巻きにされて縛り上げられた自分。いったい何をされようとしていたのだ ﹁はあ、まったく何なのアレ﹂ 51 二人の魔術師。見た目で判断するならば、どちらも自分と同世代。屋敷はお金持ちっ ぽかったから、金髪ドリルの持ち物だろうと勝手に推測する。 二人とも、魔術師としてはかなり優秀な部類に入るだろう。少なくとも私のような三 流魔術師よりも実力のある魔術師だと見た。あの屋敷に施された数々の術式を見れば、 大体想像はできるというものだ。 シールダーを夢幻召喚していなければ、屋敷の中を動き回ることすらできなかったに 違いない。 口を付いて出た言葉に背筋が震えた。 ﹁マシュのおかげ⋮⋮﹂ マシュ。 マシュとは何だろう。記憶の奥底が刺激されるような気がした。 ふっと湧き上がってくる懐かしさのような優しい感覚。柔らかい二つの丘がとても 尊いような気がして││││、 攻撃してこない。敵意の有無も不明。しかし、あの屋敷を出た私を追跡中ということ 私の速度についてこれるという時点で人ではない。 後方百五十メートル地点に二つの魔力を感じた。 ﹁付けられてる﹂ 三話 52 は、さっきの魔術師の仲間である可能性が高い。 シールダーの感知能力は決して高い物ではない。そのため、ここまで接近されるまで ﹂ 気付かなかった。まあ、私が動転していたこともあるのだけれど。 ﹁何あれ、子ども⋮⋮ 百キロを越えた。 け抜ける。耳元で風が鳴る。人の身体で出せる速度の限界を軽く超え、今や時速にして 上がり、周囲を見渡してから目的地を郊外の森に見定める。後は最大速度で住宅街を駆 ならない。住宅の屋根を踏みつけて、私は大きく跳躍する。地上三十メートルまで飛び 見てくれは可愛らしいけれど、油断はできない。対話するにしても場所を考えないと まっていそうだ。 ステッキも侮れない魔術礼装だ。彼女たちが製作者だろうか。夢と希望とロマンが詰 を足場にしているように見えるが、何れにしても高度な術式だ。手にある玩具みたいな 厳密に言えば飛んでいるのは銀髪の少女で、隣の黒髪の子は宙を駆けている。魔法陣 昇りつめた者でもそうそう飛行魔術を行使することはできない。 驚くべきことに空を飛んでいる。飛行は高度な魔術だ。現代の魔術師では最高位に た。 背後をちらりと確認すると、可愛らしいコスプレをした女の子が追いかけてきてい ? 53 これだけの速度で真っ直ぐに進めば、郊外の森など瞬く間に辿り着ける。木々の中に 分け入って、私は取り返したクラスカードの中からアサシンを選んで夢幻召喚する。 何かおかしいと思ったら、声が舌足らずな感じになっていた。言葉遣いの問題だろう ﹁うーん、すーすーするなあ﹂ か。それに服の露出度が高すぎる。上も下も一枚だけだし。しかも紐パンだし胸も形 がはっきりとしすぎていて恥ずかしい。とはいってもアサシンは暗殺者。影に潜むの は専売特許だ。私の姿がどうあれ、相手に見られなければ気にすることもない。草木の 中に潜み、気配遮断を実行する。これで、私を追跡することは限りなく不可能に近く なった。 私を追いかけて森の中に入ってきた少女二人は、唐突に私を見失って警戒心を露にし ている。 引き込まれたことには気付いているのだろう。二人とも聡明だ。 アサシンのサーヴァント││││ジャック・ザ・リッパーが暮らした時代の汚れに汚 暗黒霧都。 ザ・ ミ ス ト 澄んだ森の空気が瞬く間に澱んだ黄色い霧に覆われていく。 私は気配遮断をしたままで宝具の一つを開帳する。 ﹁じゃあ、やろうか﹂ 三話 54 れたロンドンの大気を再現する宝具だ。かつて、ロンドンを襲った深刻な大気汚染は硫 酸の霧となって街を覆ったのだという。宝具となって神秘を上乗せした結果、これはた だの視界不良や呼吸器不全を引き起こす毒素といった要素のみならず、サーヴァントで あっても方向感覚を狂わせるほどの効果を発揮するようになった。それはまさしく壁 何なのコレ ﹂ なき迷宮であり、自由に動けるのは私と私が選んだ者だけだ。 ﹁何 !? ﹁硫酸 それって危ないヤツだよね !? 溶けちゃうよね !? ﹂ ちょっとまずいですよ。相手の土俵に完全に引き込まれましたね﹄ ﹃間違いなくアサシンのクラスカードですねー。気配遮断にこの硫酸の霧の合わせ技は ません﹄ ﹃気をつけてください美遊様、イリヤ様。周囲をサーチしましたが、まったく気配が掴め しているのは殺し合いではないのだから。 アサシンとしての冷酷で現実的な選択肢が脳裏に浮かぶ。それを私は却下する。今 これが殺し合いであれば、真っ先にあの黒髪の娘を仕留めるところだ。 れとも経験の差だろうか。二人のうち司令塔的役割をしているのは黒髪の娘と見た。 動転する銀髪の娘に黒髪の娘が冷静な声音で言った。あの冷静さは経験の多寡か、そ ﹁動かないでイリヤ。宝具かスキル、だと思う﹂ !? 55 !? ハンカチ 口覆って 死んじゃう ! ﹂ ﹁落ち着いて、人体はそう簡単には溶けないから。焼け爛れはすると思うけど﹂ ﹁だめーーーー ! ! ﹁こ、声が⋮⋮﹂ だ﹂ ﹁そのステッキの力なのかな 玩具みたいだけど、魔術礼装としては超一級品みたい の特性から霧の中なら先手を取れる。 なっている。今なら耳元で囁いても居場所を特定されることはないし、ジャックちゃん 気配遮断と宝具で姿を隠す私の声は反響して、どこから聞こえているのか分からなく 私が話しかけると、二人はびくりと身体を震わせて周囲に視線を投げかけた。 ﹁驚いた。本当に効いてないんだね﹂ サーヴァントに対しても敏捷値を低下させるなどのデバフ効果がある。 死 に 至 る ほ ど 強 力 な も の だ。魔 術 師 で あ っ て も 身 体 中 を 焼 か れ る よ う な 痛 み が 襲 い、 しかし、黒髪の子が言っているように、この硫酸の霧は常人ならば肺まで焼け爛れて 分取り乱しているようだ。 硫酸という小学生でも知っている危険物が目に見える形で現れたからだろうか。大 ! ? きょろきょろと忙しなく視線を動かす銀髪の子。確かイリヤと呼ばれていたか。彼 ﹁あなたは、何者ですか﹂ 三話 56 わたしたち 女とは異なり、黒髪の美遊と呼ばれた子は私に質問を投げかける。 ﹂ ? わたしたち ﹁ 私 が剣で黒い化物と戦ってたの、知ってる わたしたち ﹂ ずつ荒くなっているようだ。霧の中で見えない敵と会話をするというのは、かなりのス 美遊ちゃんの緊張が伝わってくる。汗をかき。心拍数も上がっている。呼吸も少し ﹁そう。じゃあ、あなたが 私 をお屋敷に運んだんだね﹂ ら﹂ ﹁昨日の晩のことを言っているのなら⋮⋮私はあなたが戦ってる場面を見ていましたか 聞いてみると、美遊ちゃんは小さく頷いた。 ? │、 ら、サーヴァントに対抗することもできるかもしれない。それに、もしかしたら│││ うのはどうかと思うが、ジャックちゃんの霧に耐えられるほどの力を持っているのな それはもう確信しているところだ。こんな小さな子どもに私を追いかけさせるとい 欲しいな。君たち、あのお屋敷の魔術師の知り合いなんでしょ てもすごい魔術で作られたものみたいだし。それに 私 を追いかけてきた理由も教えて わたしたち ﹁むしろ、 私 としてはあなたたちの方が気になるな。その魔法少女のコスプレも、とっ わたしたち ﹁それはどういう⋮⋮﹂ ﹁ 私 が何者かなんて、自分が一番知りたいくらいだよ﹂ 57 トレスになっているのだろう。それを今の私は如実に感じ取ることができている。 ﹁あなたは夢幻召喚が解けた後で昏倒しました。放置することもできないので、うちに 運びました﹂ ﹁そっか、救急車も魔術師なら呼べないよね。うん、助かったよありがとう﹂ ﹂ ﹂ ? ﹂ !? 向いてなさそう。 喜怒哀楽のはっきりした娘だと思う。歳相応という表現がぴったりだ。魔術師には イリヤちゃんがとんでもないとばかりに叫んだ。 ﹁人体実験って、そんなことしないよ いけれど、路上生活の中でよろしくない人たちを夜に見かけることは度々あったから。 公園に放置されるのは、それはそれで辛いことだ。この街の治安がどうかは分からな な人体実験とかされたら堪らないから慌てて出てきたんだ﹂ ﹁助けてくれたことは事実だから。でも、 私 、気付いたら磔になってたんだけどね。変 わたしたち ﹁お礼を言われるとは思ってませんでしたから﹂ ﹁どうかした 美遊ちゃんは驚いて小さく声を漏らした。 ﹁え ? ﹁ところで、さっき夢幻召喚って言ったよね。君たちも、似たようなことができるってこ 三話 58 とでいいのかな ﹂ は危険を取り除くという点からも理解はできる。 わたしたち ﹁ 私 が昨日戦ったサーヴァント。ああいうのがこの街にはよく出るの ﹁⋮⋮ここ一月の間です﹂ ﹁じゃあ、あれと普段戦っていたのはあなたたちなんだ﹂ 返答はなく、美遊ちゃんは頷くことで肯定した。 ﹁ふうん﹂ ﹂ れの危険性を熟知していれば、突然現れたクラスカード使いからカードを取り上げるの そして、クラスカードの正体を知っているからこそ、私は拘束されたに違いない。あ うことだろうか。世界は違うが考えることは同じだったのだろう。 キか。クラスカードのことも知っている。偶然、同じ概念を私たちは共有していたとい に降ろして圧倒的な戦闘能力を手に入れる力の持ち主だったのだ。触媒はあのステッ この街の異常事態もさることながら、この二人は私と同じくサーヴァントの力を身体 その態度だけで私は確信する。 私の言葉に美遊ちゃんが警戒心を跳ね上げた。 ﹁ッ⋮⋮﹂ ? 大人が戦わないのは気になるけれど、大まかなところは分かった。この娘たちがサー ? 59 ヴァントの力を使えるというのも、あのシャドウサーヴァントが冬木に現れるように なったのが一ヶ月前というのも重要な情報だ。それ以前にはなかったことということ は、聖杯が一ヶ月前││││つまり私がこの街で目覚めた頃に何らかの活動を始めたの ではないかと推測できる。 ﹂ ﹁うん、大体分かった。じゃあ、あなたたちと戦う必要はないね﹂ ﹁え、戦わなくていいの トが出てくる原因を取り除くのが 私 の目的││││だと思うし﹂ わたしたち ﹁いいよ、イリヤちゃん。多分、あなたたちと目的は同じだからね。シャドウサーヴァン ? 周囲をしばらく捜索するだろうが、私に繋がるものは何一つ見つけられないはずだ。 私は音もなくその場から離脱する。気配遮断中の私を彼女たちが追うことはできない。 とりあえず、もう一度あの屋敷の魔術師と話をしたほうがよさそうだ。そう判断した ところだ。 るのが筋だろう。おぼろげな記憶を頼りに今後の方針を練らないといけないのは辛い れはこちらの問題を異世界に持ってきてしまったことになるので私が回収して解決す い。ただ、聖杯がこの地に流れてきて異常事態を引き起こしているというのならば、そ どういうことかと言われても、まだ記憶のはっきりしない私では明確な答えはできな ﹁それは、どういう⋮⋮﹂ 三話 60 61 どうせ、また後で会うことになるのだけれど、今回はここまでだ。 この先の話は大人にすることにしよう。
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