文字が小さい箇所がありま す。印刷の際に必要に応じ て拡大等してください。 情報の非対称性と銀行 金融取引と「情報の非対称性」 異時点間取引の問題点 「返済」について 情報の非対称性 モラルハザード 貸出後(事後)の問題 逆選択 モラルハザードと逆選択の違い 「情報の非対称性」の抑制 逆選択への対処 モラルハザードへの対処 情報の非対称性と銀行(預金取扱金融機関) 講義⑪ 復習 異時点間取引の問題点 使うために借りている おカネ 現時点 スタート 貸し手A 借り手B モノを購入する ために支出する 借用書 つまり、現時点では 手元におカネはない 時間 借用書 将来時点 エンド 貸し手A 営業活動等 借り手B 元本 利子 金融取引=異時点間取引 おカネ 儲け 収入、つまりおカネ が入ってくる 復習 「返済」について 金融取引では貸し手が借り手に資金を提供する。 この時・・・ (つまり、金融取引のスタート時点)、借り手は将来時点の特定日(つまり、返 済期日)を指定して、その日に返済すると約束をする。 ここで・・・ 貸し手が認知できるのは、スタート時点の借り手だけであることには注意が必 要である。 つまり、返済の可能性について知り得るのは、借りている本人(借り手)だけな のである。 法律上はともかく・・・ 経済学的には、法的な、または、人道的な観点等におけるマイナス要因をす べて考慮しても、返済しない時の効用が高ければ、借り手は返済をしない可能 性もある(海外逃亡してしまい、相手が追ってくる心配がないような場合等)。 また・・・ 物理的に返済できない場合も出てくる可能性がある。つまり、返す当てがない 状態で、実際にも、返済期日に当該資金を手持ち出来ていない場合など。 復習 情報の非対称性 借り手の持っているプロジェクト(事業)は・・・ 借り手の方が、貸し手よりも良く分かっているはず。 もし、貸し手の方がよくわかっているのであれば・・・ 貸し手自身がそのプロジェクトを行った方が収益率は高いはずだから(借 り手に儲け分を搾取されるから)。 とはいえ・・・ 貸し手は現時点の借り手および借り手の言動等しか見えない。 そのような中で、貸し手は資金を借り手に提供することになる。 このように「貸出」という行為の前(事前)に借り手が話すプロジェクトにつ いての情報は、借り手の方が貸し手よりも、遥かによく知っているはずで ある。このような状態を「情報の非対称性」、つまり、「(プロジェクトにおけ る)情報が対称的でない」という。 モラルハザード つまり、「情報の非対称性」とは・・・ 情報優位者(受託者)の行動を、情報劣位者(委託者)が監視できない等の状態 にあること。 モラルハザード(moral hazard)とは・・・ 「情報の非対称性」を利用して、情報優位者(受託者)が本来すべき行動や注意を 怠ることで自己(受託者)の利益を優先するために、情報劣位者(委託者)の利益 を害する可能性がある行動の行うこと。 金融取引におけるモラルハザード 「情報の非対称性」が存在している場合、企業(資金需要者,情報優位者)が金融 取引で得た資金をどのように使用しているかについて、資金提供(供給)者である 貸し手(情報劣位者)はすべてを監視できない。 したがって、本来企業経営者は、その資金を事業のために使用すべきところ、社 長室を豪華にしたり、飲み食いに使ってしまい、資金提供者に対しては「事業が失 敗した」と報告をする可能である。 また、企業経営者が管理を怠り、借入当初に資金提供者に提示した以上にリスク を取ってしまったために、事業が失敗し、資金の返済ができなくなる等の可能性も ある。 貸出後(事後)の問題 貸し手 資金提供 2% 借り手 借り手の持っているプロジェクト <プロジェクトA> 成功すれば(S):5% 失敗すれば(F):3% *平均収益4% <プロジェクトB> 成功すれば(S):10% 失敗すれば(F):▲2% *平均収益4% 借り手 S:3%収益 F:1%収益 貸し手 S,Fともに問題なし 借り手 S:8%収益 F:収益なし 貸し手 Sなら問題なし Fなら元本の一部が戻らない 逆選択① 金融取引のように「情報の非対称性」が存在している場合・・・ 貸出後(つまり、事後)の問題である「モラルハザード」だけでなく、事前にも「逆選択 (adverse selection)」と呼ばれる現象が起こる。 ※ 逆選択は金融取引のみに特有のもではなく、情報の非対称性が存在する場合に起こる現象 であり、有名なものとしては「中古車市場」などがよく例にあげられるが、ここでは金融取引の みを解説する。 ここで2つのタイプの企業(資金需要者)が存在するとする. ① ② 安定的な収益をもたらすが、その収益が低いプロジェクトを持つ企業A 高収入をもたらす可能があるが、収益の変動(リスク)が激しく、収益がマイナスになる可能性 もあるプロジェクトを持つ企業B つまり、企業A=プロジェクトA、企業B=プロジェクトB 情報の非対称性が存在している場合・・・ 資金供給者(貸し手)は貸出対象の企業がAのタイプかBのタイプかは、一般に判断できない。 逆選択② 一般に貸し手は貸出金利が高ければ高いだけ貸出を増加させるとするはずであ る。とすると・・・ ① 企業Aの収入は安定しているが、そもそも低位であるため、借入金利(つまり費 用)が高くなれば利潤(収入―費用)が減少するため、借入自体を諦め、プロジェ クトの実行もなされなくなる。 ② 借入金利が高くなっても、企業Bが想定している期待収益率よりも低ければ借入を 行い、プロジェクトを実施しようとする。 なぜならば、銀行借入のような負債契約では、プロジェクトの成功時であっても元 利金のみの返済であり、失敗した場合であっても、返済原資がなくなり倒産すれ ばいいからである。 以上より・・・ 貸出金利が高くすればするほど、Aのタイプ(良い借り手)の企業は市場から退出 し、Bのタイプの企業(悪い借り手)のみ市場に残ることになる。 このような現象を「逆選択(adverse selection)」という。 モラルハザードと逆選択の違い モラルハザードも逆選択もともに情報の非対称性に関する現象である が・・・ 逆選択は・・・ ある契約(ここでは金融取引)は、「隠された知識」によって起こる契約で ある。 したがって・・・ 締結前に何らかの対処をする必要がある。 他方、モラルハザードは・・・ 「隠された行動」によって起こる。 したがって・・・ 締結された後に何らかの対処が必要になる。 「情報の非対称性」の抑制 「情報の非対称性」により、モラルハザードや逆選択という問題を 引き起こす。 このような問題を抑制するためには、以下のようなことが考えられ る。 抑制①(逆選択への対処) 1. シグナル・・・資金需要側 2. 選別(信用割当)・・・資金供給側 抑制②(モラルハザードへの対処) 1. モニタリング 2. 財務制限条項(コベナンツ) ※コベナンツの方が広い概念の用語 逆選択への対処① <シグナル> 金融取引において資金提供者は、常に、資金需要者がモラルハザードを行う可能性があるた め容易には資金を提供しない。 そのため・・・ 資金需要者は自ら、資金提供者に対して決済の確実性を示す必要があり、資金需要者は資金 供給者に対してある合図を送る。 この合図のことを「シグナル」という。 ※ ※ この典型的なシグナルが「担保」である。 つまり、担保を提供することで、例え事業が失敗し、資金が返せなくなっても、資金需要者は少 なくとも提供した担保については失うことになる。 もし担保を提供していない(無担保)状態であったら、事業が失敗して逃げられた場合、資金提 供者は何も得ることができなくなる。 「担保」の他にもシグナルは存在する。 例えば、返済期限を短くすることもシグナルの一つである。 このように「シグナル」を送ることで、優良な借り手であることをアピールできる。 しかし・・・ その「シグナル」の受け手(資金提供者)は、そのシグナル自身が、本当に正しいものなのかを 吟味できるだけの能力が必要になる。 逆選択への対処② <信用割当> 資金提供者は本来、高い貸出金利の方が利益が多い。 そのため・・・ なるべく高い金利を要求したいところであるが、高い金利の場合、逆選択 により、危険な貸出先が増加する可能性がある。 そこで・・・ 敢えて、貸出金利を低く設定し、資金需要者を多く募り、集まった案件を 資金提供者がじっくりと調査・吟味して貸出先を絞り込むことで危険な貸 出先を排除する方法が取られることがある。 このように逆選択をなるべく排除しようとする方法を「信用割当」という。 とはいえ・・・ 資金提供者(貸し手)には「審査能力」が必要になる。 モラルハザードへの対処 <モニタリング> 考え方としては最も単純で、支払いまで相手の行動を逐一観察・監視し、しかも、 モラルハザードを起しそうな場合には、直ぐに問いただせば、モラルハザードは起 こらない。 とはいえ、この方法は最も難しい手段。 なぜなら、常に相手に張り付いていることは、現実には不可能だからである。 <財務制限条項(コベナンツ)> 財務制限条項とは、以下のような条件を、債務者(資金需要者)に守らせ、もし、 守らなければ期限前でも返済を要求できるようにすることで、モラルハザードを防 ぐ行動である。 投資政策(過剰にリスクを取らせないため) 配当政策(過剰に資金を過剰に社外に流出させないため) 運転資金の維持(倒産リスクを抑えるため) 将来の債券発行計画(過剰に借入を抑制するため,及び,債務返済の優先順位を遵守 させるため) 但し、財務制限条項を守っているのかどうかについて監視をしたり、調査したりす る必要があり、そのための能力も必要になる。 情報の非対称性と銀行(預金取扱金融機関) 以上のように情報の非対称性を減らす方法は存在するが、それは「誰でもよい」ということではない。 つまり・・・ シグナルが正しいかどうかを判断できない。 信用割当を行うには審査能力が必要になる。 モニタリングを行うには、常に相手を監視する必要がある。 財務制限条項を付けても、それを守っているか否かを監視する必要がある。 しかし・・・ 預金を通じて「資金状態を観察する」ことができる銀行(預金取扱金融機関)であれば、情報の非対称 性を減らす行動がとれる。 なぜなら・・・ 常に「貸出」を業としているので、「審査部」を置くことができ、1件当たりの審査コストを減らすことができ る。したがって、シグナルを判断することも、信用割当により相手を審査することも可能である。 また・・・ 物理的に「常に関する」ということは難しいが、銀行は「預金」を通じて、相手の財務内容を常に把握す るころができる。また、日々の資金繰り状態を監視すれば、業務内容をある程度把握することが可能で あり、しかも、メインバンクのようにほとんどすべての資金の流れがわかっていれば、金銭的なモラルハ ザードは不可能である。 さらに場合によっては、役員を送り込むことで、モニタリングの強化をはかることも可能である。
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