非言語の文化能力。

OPIを使って文化能力を測る。
牧野成一
米国プリンストン大学
はじめに
a. 「失礼いたします」と言いながら、上司の部屋の奥にずかず
かと入って行く。
b. 贈り物をもらって、「どうもありがとうございます」と口では言
いながら、表情は冷たい。
c. 恩師の還暦のお祝いに出て、「先生、還暦おめでとうござい
ます。これからもお元気でお過ごしください」と言っておきな
がら、服装はキャジュアルで靴も運動靴をはいている。
d. 料亭に招かれて、部屋に入り、「こんなすばらしいところにお
招きくださり、どうもありがとうございます」と言って、床の間に
近い席に勝手に座る。
e. 集合写真を撮るときに、先生が占めるべき最前列の真ん中
に立ったり、あるいは、座ったりする。
つづき
日本人と話していて、「あ、そう。」とか「よく分かる」とか言語
的な相づちは打っていながら、非言語の相づちを全然打た
ずに話をする。
g. 日本語の先生と話す時に両手はポケットにつっこんでいて、
頭には野球帽のつばを後ろにかぶっている。
h. 日本人の目上の人に名刺を渡すとき、受け取った人が読
みにくい方向にしたまま、片手で差し出し、「よろしくお願い
いたします」と挨拶もしない。
i. 日本の電車の中でケイタイ電話をマナーモードに切り替え
ないだけではなく、大きな声でだれかと話している。
j. 日本のプールで水泳帽をかぶらないで泳いでいる。しかも、
自分のスピードに合ったレーンを泳いでいない。
f.
つづき
k. 日本に留学して、ホームステイをしている学生が 東京か
ら
京都に週末旅行をした学生が手ぶらで帰宅する。
l. 大学の先輩に日本料理屋でごちそうになった。とてもおいし
かったので、料理屋を出たとき、お礼を言った。2週間後に
渋谷でぱったり先輩に会ったが、ごちそうのお礼はいわな
かった。
m. 日本でごはんを食べ、みそ汁を飲むときに、ご飯茶碗とみそ
汁茶碗をテーブルに置いたまま食べり、飲んだりした。その
上、みそ汁をごはんにかけて食べた。
n. 日本の家で部屋ではいていたスリッパでトイレに入り、使っ
てから、トイレの中でそこにあったスリッパをはいて出てきた。
しかもトイレのドアを開けたままにしておいた。
[1] 「言語文化」と「非言語文化」の腑分け と、そ
の同一性と異質性
[同一性]
1. ある地域社会で変化をしながら長い間継承され
て
きている。
2. どちらもルール化されていて、その形と意味が
一体
化している。(言語では「音」と「意味」が合体してい
る。)
3. ルール化していて個人はそのルールを変えられ
な
い、あるいは、非常に変えにくい。変えられる
場
4.言語だけがポライトネスの表現の手段ではない。
文化 ----とりわけ、文化行動 ---もポライトネスの
表現手段になる。
5.自分の言語文化と異なる言語文化に拒否反応を示す
が、非言語文化の場合も同じであり、若ければ若いほ
ど異なる(非)言語文化に同化しやすい。(「臨界期」が
存在する。)
6. 言語芸術も非言語の文化芸術も存在する。両者
とも社会的/個人的様式化(スタイル)が見られる。
(ソシュールの「ラング」と「パロル」に当る。)
7. 同じ国の中でも各地域社会が国全体の特徴を維
持しながら,地域性を維持している。
8. 言語も文化も共通の空間的概念のウチとソトで
説
明ができる場合が多い。 (⇒牧野 (1996) 『ウチと
ソ
トの言語文化学』)
9. チョムスキーは言語の基底に普遍的な部分と該
当言語で特殊化している部分とがあること明示し、
普遍的な部分が人間の言語を支配している根底
の部分であるのに対して、特殊な部分は意外と
層的な性格を帯びていることを指摘しているが
、
実は文化にも普遍的な部分と特殊な部分があ
り、それを同文化論の対象として研究すべき
であ
ろう。ただし、異文化論を否定はしない。
10. 言語も文化も通時的な変化を受ける。
11. 言語にも文化にも繰り返しが引き込みの機能を
持っている。
[異質性]
1. 言語には文の構造を扱う込み入った音韻,語彙、文法
構造があるが、文化にはそれに当たるものがほとんど
ない。例えば、ことばには名詞を修飾する連体節があ
るが音楽にはない。ただし、フレーズはことばにも音楽にも
ある。
2. 最小単位の単語がことばにはあるが、文化にはない。
3. 言語には文と文を繋ぐ接続詞があるが、文化にはそ
れがない。
4. 今では言語は脳科学によって脳における部位の研究がな
されているが、文化は音楽を除くとそのような研究は乏しい。
5. 言語はロゴス的でもあり、パトス的でもあるが、文化はチェ
ス、将棋、碁のようなゲームを除くとパトス性が強い。
[2] 文化の定義。
「文化とは、複数の人間からなる集団によって長い
間社会的に伝承され、変化、発展してきた言語と
非言語のルールの総体で、それをどのようにタス
クのために使うかの様式の総体である。」 (SM)
「文化は社会が行ったり考えたりする内容 (what)
で、言語は思考の特定のスタイル(how)だ」
(Edward Sapir (1949) Language: An Introduction to the Study of
Speech)
[3] 衣文化、食文化、住文化。
3-1: 衣文化 (和服 vs 洋服 普段着 vsよそ行き/他
所着、軽装 vs 礼装、正装、式服/制服、着方、
着付け、etc)
3-2: 食文化 (味付け、離乳食、主食の米、食材、
料理法、和食 vs 洋食、懐石料理、食べ方、食
べ物の置き方、ウチ食 vs ソト食、おべんとう、
おすし、おにぎり、和菓子 vs 洋菓子 etc.)
3-3: 住文化 (門、へい、玄関、玄関で下足を脱ぐ、
たたみ、上座 vs 下座、スリッパ、ドアの開け閉め、
風呂、トイレ、etc.)
[4] 育児法。
4-1 共寝、共浴
Who sleeps by whom?
共寝
4-1-1. 夫婦と生後3〜4か月の幼児の3人家族では、86%が部屋
数とは無関係に一部屋で寝る。
4-1-2. 夫45歳、妻40歳、子供が13歳でも、親子が同室で寝る率
は62% である。
4-1-3. 16〜26歳では親と同室で寝る率は20%と一番低く、その
時が自殺率が一番高い。
(Caudill, William & Plath, David (1966)) “Who sleeps by whom?
Parent-child involvement in urban Japanese families” Psychiatry
344-366 (Lebra & Lebra (1986: 247-279)に所収)) .
4-2 Maternal care and infant behavior
母子の関係
1.日本の母親は話すよりも、なだめながら寝付かせる。アメリカの母
親は幼児におしゃべりをして、幼児も楽しそうに発声する。
2.日本の幼児は受け身的で、静かにしていて、時々不満の声をあげ
る。
3. 日本の母親は幼児が寝ていても寝ていなくても幼児のそばにい
る、あるいは、幼児を抱いている。寝ていても乳首やおしゃぶりをく
わえさせておく。アメリカの母親は幼児のところにいたりいなかっ
たりで、出入りが多い。
4.アメリカの母親は1か月ぐらいで、半固形食を与えるのに対して、
日本の母親は4か月後である。
5. 母乳使用率は日本の母親は60%、アメリカの母親は16%であ
る。
(William Caudill (1969) “Maternal care and infant behavior in Japan and America” Psychiatry 32. 12-43)
4-3〜4/6 甘え、ウチ vs. ソトの認知、しつけ、わきまえ
4-3 甘えの心理 (→土井健郎 (1971) 『甘えの構造』)
4-4 ウチとソトの認識 (→牧野 (1996) 『ウチとソト
の言語文化学』)
4-5 しつけ(躾) ← (仏教語の「習気(ジッケ)」(習慣性))
4-6 わきまえ 「社会的にこれはこういうものだとしてみと
められているルールにほとんど自動的に従うことを
意味し、それは言語行動についても非言語行動に
ついても言えることであって、これをひとことで言い
直すと、期待されている基準に従うということであ
る。」(井出祥子(2006)『わきまえの語用論』東京:
大修館。p. 115)
4-6 五感の中の「視覚」の優位性。
[5] 非言語の文化能力。
5−1。
非言語文化能力には次の3種類がある。
(a) しぐさ、表情、姿勢、座り方、衣服の着方、などのよ
うに、言語と連動した非言語行動ができる能力。
(b) 電車やバスの乗り方、チップの払い方をはじめ、言
語とはほとんど連動しない行動のタスクを遂行する
能力。
(c) 教育のルール、芸術、社会のルール、さまざまな分野
の文化知識の活用能力。
[6.] 第2文化能力基準試案。
6-1 ACTFL Standards for Japanese Language Learning (1997)
(通称スタンダード)
Perspectives (視点)
Practice (慣習)
Product(作られたモノ)
6-2 ACTFLスタンダードのカリキュラムのための
文化能力到達度指標例
A: 学習者は日本文化の慣行/慣習 (Practices)
と視点 (Perspectives) の関係を理解してい
る証拠を出す。
B:学習者は作られたモノ(Products)と視点
(Perspectives) との関係を理解している証拠
を示す。
<注意>
スタンダードでは三角形の底辺の Practice と Product の関係には注意を払っていな
い。例えば、神道と言えば、その慣習と結びついて鳥居、神社建築、祭り、御神輿、
などのモノがある。
到達度指標例
大学4年生の場合。
(a) 学習者は社会、経済、政治の制度としての日本文化
の触知不可能なモノを同定し、討議し、分析し、
これらの制度と日本文化の視点との関係を探求する。
(b) 学習者は様々な芸術、文学のジャンルからの抜粋を
含む日本文化の表現芸術の作品を体験し、討議し、
分析する。
(c) 学習者は増々複雑になってくる研究対象のモノに関
して、そのテーマ、思考法、視点を同定し、分析
する。
(d) 学習者は日本文化のモノ、慣習、視点の関
係を探索する。
[7]
文化能力基準試案
(1)タスク
超級:抽象度の高い文化知識を発話の中で活用できる。
上級:複雑な文化タスクの遂行ができる。
中級:言語と連動した基本的な行動タスクも、連動していないサ
バイバルの行動タスクもできる。
初級:お辞儀のような言語と連動した簡単な行動ができる。電
車に乗るとか、道の正しい側を歩くとか、言語と連動しな
い簡単な行動ができる。
(2) 場面/内容
超級:インフォーマルとフォーマルな状況で文化能力を駆使でき
る。
上級:インフォーマルな状況で文化能力がこなせる。フォーマル
な状況でも多少は文化能力がある。
中級:インフォーマルな状況でのサバイバルの文化能力がある。
初級:インフォーマルな状況で言語と連動する文化能力が多少
ある。
(3) 正確さ:
ポライトネスも含む文化の決まりの実践力、情報・知識の活用力。
超級: 教養のある母文化者とポライトネスを含めてほぼぴったりの
文化行動もできるし、正確な文化情報・知識を知っていて、そ
れを発話の中で活用できる。しかし、完璧ではない。
上級: ポスト・サバイバルの文化行動は正しくできるが、ポライトネス
は維持できない。抽象的な話ができないのと連動して、抽象
度の高い文化知識は活用できない。
中級: 衣食住を中心としたサバイバルの文化行動なら正しくできる。
初級: 断片的に文化行動ができるぐらいである。
文化行動の被理解度。
母文化者のだれにでも分かってもらえる。
殆どの母文化者に分かってもらえる。
外国人の文化行動に馴れている母文化者に
は分かってもらえる。
初級: どの母文化者にも分かってもらえない。
(4)
超級:
上級:
中級:
[7] OPI (Oral Proficiency Interview)
の中の文化要素。
超級の例。
A[1]:Bさんは外国人の視点から見て日本の集団主義というか全体主義をど
う思われますか。
B[1]:
僕はソトの存在として見てるんですけど、いいんじゃないですか。だって僕が
そこでこう、ああだ こうだ判断する立場じゃないような気がするんですけど。
例えば、鎖国の歴史がありますよね。で、鎖国の歴史は実は平安時代から
あるんですよ。みんなもっと最近 らかと思ってるんですけど。そ
のう、遣唐使って知っていますか。
A[2]:はい。
B[2]:
遣唐使とか、そういうのって、けっこう昔からあったんですけど、平安時代の
間にそれが、こう、断ち切られたりもしたんです。
A[3]: そうそう。
B[3]:
だから鎖国の歴史というのは近代の歴史---あのう、中世かな--- だけじゃないんですよ。
A[4]:
でも.....
だから、要するに、その日本の全体主義っていうのは日本の、そのう、ソトからの影響を受
けない 「文化の温室」---というか、ちょっと変なたとえですけどね。その中で育ったもので
すから、こう、 状況に合うものだったんじゃないかな、って僕は思うんです。
A[5]:
でも20世紀というグローバルな時代においてそんな鎖国的なことではいけないんじゃない
かと 思うんですけど。
B[5]:
いや、まあ、でも、うん、日本は、まあ、日本だけじゃなくて、色んな国も同じですけど、常に
変わる状況の中でけっこう変わりつつ、こう、なんて言うの、あの進化論じゃないけど、こう、
みんな、こう、変わっていくんですよね。だから、グローバル---世界のグローバル化に対し
て日本は失敗していると僕は思いませんよね。今見ると経済もいいし、どことの国とも戦争
をしていないし、だから今のところはいいじゃないですか。
ロールプレイ
(1) あなたは今大阪の大学の夏期講座で日本語の上級のク
ラスを取っています。2か月はホームステイをしています。1週
間前に一緒に日本に来て同じ大学で日本語を勉強している友
達のホストファミリーがすばらしい夕食に招いてくれました。今
日そのホストファミリーのお母さんに大学のそばで偶然会いまし
た。会話をしてください。
(1) You are currently taking an advanced Japanese summer
program at a university in Osaka. For two months he is staying at
a host family. One week ago the host family of your friend with
whom you came to Japan invited you to a wonderful dinner.
Today you bumped into the host family’s mother. Converse with
her briefly.
ロールプレイ (続き)
(2) ホストファミリーで夕食を食べながら、お父さんと話してい
ます。お父さんに質問をされました。「今、世界でイスラム教、ユ
ダヤ教、ヒンズー教、仏教などの間で宗教戦争をしているけれ
ど、どう思う?宗教はない方がいいと思う?それともあった方が
いいと思う?」 自分で意見をいいなさい。
(2) While eating dinner at your host family your host father
asked you the following questions. “Right now there are religious
wars in the world among people of Islam, Jewish, Hindu,
Buddhism, among others. What do you think? Do you think it’s
better not to have religions or you think religions should be
there” Express your own views to your host father.
ロールプレイ (続き)
(3) 今晩はホストファミリーのお母さんがあなたにこんな質問
をしました。「日本に来てから色々なところで日本食を食べたで
しょう。日本の食生活とアメリカの食生活とどこが一番違うと思
う?
ついでに日本の衣食住の「衣」と「住」はアメリカとどこが一番違
うと思う?」 ホスト・マザーの質問に答えてください。
(3) Tonight your host family mother gave you the following
question. Quote: “You must have eaten Japanese food in many
placed. What do you think the biggest difference between
Japanese food life and American food life? In addition, what do
you think is the biggest difference between “clothing” and
“housing” cultures in the two nations? “ Answer those
questions.
参考文献
[和文]
宇佐見まゆみ (2002) 「ポライトネス理論の展開」1 ---「ポ
ライト
ネス」という概念」『月刊言語』 Vol.32, No. 1, 100-105 東
京:大
修館
久保田竜子(2008) 「日本文化を批判的に教える」佐藤・ド
ーア
(2008:151-173) 所収
佐藤慎司・ドーア根理子(編集)(2008)『文化、ことば、
教育:日
本語/日本の教育の「標準」を越えて』東京:明石書店
.
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アルク
牧野成一 (2003) 「文化能力基準作成は可能か」『日本語教育』
日本語教育学会誌 Vol. 118, 1-6l.
牧野成一(2006) 「同文化論のすすめ」サンフランシスコ総領事
館での講演、10月29日.
牧野成一(2008) 「アニメの文化的視点をどう教えるか。---『千と
千尋の神隠し』の場合」シャルル・ドゴール大学、リール(フラン
ス)、4月25日〜26日.
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Darwin, Charles (1877) “A biological sketch of an infant” Mind, 2: 252-259.
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Lebra, Takie Sugiyama (1976) Japanese Patterns of Behavior Honolulu:
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Makino, Seiichi (2009)A review article on Bunka, Kotoba, Kyooiku: Nihongo/Nihon no
“Hyoojun” o Koete [Culture, Language, and Education: Beyond “Standard” in
Japanese/Japan’s Education, Japanese Language and Literature, Vol. 43,No. 2,
461-486, (2009)
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Stanford :Stanford University Press,1980. [井上俊訳 (1985)『日本
人の生き方 --- 現代における成熟のドラマ』東京:岩波書店]
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Care)New York: Duell, Sloan and Pearce [日本語訳
『スポック博士の育児書』(1966)東京:暮しの手帖社].
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(岩井 満理 訳(2000) 『ベービーブック』