イノベーション

2015年春学期
「現代の経営」
第2回 イノベーション
樋口徹
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イノベーション:製品革新とプロセス革新
イノベーション(技術革新);
新たな技術や方法が広く 普及 すること
(技術進歩+普及)
※普及しなかったものは、イノベーションとはならない。
製品 革新;製品の基本性能の飛躍的向上や革新的機能の追
加(製品の軽量化、小型化、頑健化なども含まれる)
プロセス 革新;生産工程における効率とコスト
(作業の標準化や機械化による大量生産など)
(リードタイム短縮も重要;時間・在庫費用の短縮)
出所: Abernathy, W. J., 1978, “The Productivity Dilemma”, The John
Hopkins University Press.
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生産性のジレンマ
• 技術革新は製品革新とプロセス(工程)革新に大別される。
• 製品革新は、革新的な機能の追加や基本設計の大幅な変更を通
して、製品の基本性能向上・新機能追加・小型軽量化などを推進
する。
• プロセス革新は、機械化や標準化を通して、品質安定化、量産化、
多品種少量生産、費用削減を推進する。
• 高度な技術を要する製品は、長い試行錯誤を経て、製品革新を積
み重ねて、 ドミナント・デザイン と呼ばれる製品が市場に登
場する。
• ドミナント・デザイン出現後も製品革新は進展するが、次第にコスト
削減や品質の向上に効果のあるプロセスイノベーションが大半を
占めるようになる。
• やがて、生産性は高い水準に達するが、技術および市場面で今後
の成長の余地が小さくなり、 生産性のジレンマ に陥る。最終
的には、代替製品の登場によって、需要が激減する。
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ドミナントデザインと製品革新
ドミナント・デザイン出現前
・ 試行錯誤 の繰り返し
・基本設計の大幅見直し
ドミナント・デザイン
ある程度の消費者が満足
する性能と価格の製品
ドミナントデザイン出現後
・基本設計が固定
・技術の 積み重ね が可能
・革新的な機能を付加
最終的には
・性能向上の余地 縮小
・付加する機能 縮小
※消費者がある程度まで
しか望まない
製品性能は時の流れとともに、S字の形状で推移する。
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フォードのイノベーション(参考:フォードのホームページ)
• 1903年6月16日、デトロイトの 荷馬車 店を改造した小さなオフィ
スに11人のスタッフが集まり、フォードモーターカンパニー設立(当
時ヘンリー・フォードは40歳で副社長兼主任エンジニア)
• 1903年から1908年の間にMODEL A~ S までの高級大型者を製
造販売していた(市場での売れ行き悪かった)。
• 1908年にヘンリーフォードが社長に就任
• ※「私は大勢の人々のための車を作ろう。家族で使えるほどに大きく、個人でメン
テナンスができるほどの小さい車を。最高の原料を使用し、最高の職人が作る、
最もシンプルな車を。誰もが神に与えられた屋外の空間で、家族と一緒に楽しい
ひとときを過ごせるように」が目標であった。
• 1908年に大衆車の T型フォード (FORD MODEL T)を製造販売
(1908年~1927年まで販売され、累計販売台数は1500万台強)
※当時、ジョージ・ セルデンという人物が「馬以外の動力で動くすべての乗り物」
について特許を有していたので、弁護士を雇い法廷闘争を8年間も行った。
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T型フォード( 1908年10月1日販売した自動車のドミナントデザイン)
T型フォード出現前は基本設計が多様(まとまりが無かった)
• 動力の選択(蒸気/石炭/ガソリン/電気)
• エンジンのタイプや置き場所
• ハンドルの形状
• 材料(木製や鉄鋼製)など
※求められている仕様が不明確(どの程度の性能で売れ始めるのか?)。
T型フォードが世間に受け入れられた(⇒製品設計や仕様が確定)
• 20馬力(後輪駆動)
• 4気筒シリンダーエンジン
• パナジウム鋼(軽くて頑丈)
• 最高時速70Km
• 燃費1リットル5.5~8.8Km
• 操作性が良く
• 悪路に強い
(Wikipediaより抜粋)
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ドミナントデザインとプロセス革新
ドミナント・デザイン出現前
・科学技術や 需要 が不足
・基本設計不安定
ドミナント・デザイン
ある程度の消費者が満足
する性能と価格の製品
ドミナントデザイン出現後
・基本設計が固定
・技術の 積み重ね が可能
・需要拡大
最終的には
・コスト削減の余地 縮小
・海外生産/海外メーカー
参入
製品の生産コストは、時の流れとともに、下がるが限界がある。 7
MODEL Tの生産プロセスの変化
(職人による手作業から機械化・標準化へ)
・1913年の ベルトコンベア による大量生産開始(Highland Park
Plant:デトロイト郊外)
・作業工程を29に分け、分業体制を構築(約46メートルのラインに
140名の人員を配置)し、一台当たりの組立時間を6時間に半減
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生産性のジレンマ(成熟状態)と脱成熟
• 成熟化の進展に伴って、製品性能や生産性は向上するが、そ
の伸びはほとんどなくなる時期が到来する。
• 生産性を向上させることによって、 将来性 が無くなる(成
熟化が進展する)現象を 生産性のジレンマ と呼ぶ。
それに対して、企業側も手を打とうとする。
• 例えば、製品の基本設計の抜本的な変更や用途の拡大など
によって、成熟状態にあった市場を活発化しようとする。
• 成熟状態にあった市場が活発化する現象を 脱成熟 と呼ぶ。
携帯電話の事例
話すだけの携帯電話 ⇒ iモード ⇒ カメラ付き ⇒ スマホ
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製品世代の進化
メーカーは製品革新を行うこと
によって、
・価格競争に巻き込まれないよう
にし、販売価格を高めに設定、
・ 潜在 的な消費者の裾野拡大、
・ 買い替え や買い増しを刺激、
などを行う。
しかし、新製品世代を投入しても
脱成熟 を行えなくなると、価格
競争に巻き込まれたり、代替製品
によって市場から退出を余儀なく
される。
※製品革新に伴うプロセスの変
更は出来るだけ 部品 単位で可能
にするようにする方が効率的
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プロセス革新の戦略的重要性
•
安定 した市場でのポジション争いの方が見込みが立
ち、持っている資源も有効に活用しやすい。
※製品革新は危険がつきまとうので、セグメント内で安定的な優位
を獲得することが得策(コスト削減と市場への反応速度が重要)
• 技術変化や消費者ニーズ多様化に伴う ライフサイクル
の短縮にプロセス革新で上手に対応
※新製品を効率的かつ迅速に開発・販売できるかが重要。モジュー
ル化して局所的な変更で新製品を生産できるようにするなど
※しかし、モジュール化が進むと、パーツ単位での技術に偏り全体
を見渡した大きな変更ができなくなる。
• 他社が模倣困難な資源を有効に活用して、製品を差別化
する能力を磨く(ビジネス・プロセスや 企業文化 など)
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Christensen C.M., The Innovator’s Dilemma, Harvard Business School Press,
玉田俊平太監修/伊豆原弓訳(2013)翔泳社
『イノベーションのジレンマ』(37版)
ー技術革新が巨大企業を滅ぼすときー
• 英文タイトルはInnovator (革新者)であったが、日本語訳タイト
ルはイノベーション(技術革新)となっている。
• 英語のサブタイトルは新技術が巨大(偉大な)企業を失敗に導く
とき(When New Technologies Cause Great Firms to Fail)
• この本では、時代の先端を走ってきた優れた企業でも、イノベー
ションに関して内部に矛盾(ジレンマ)を抱え、それを解決できず
に、失敗する現象が頻繁に発生する要因を解明している。
※技術の矛盾ではなく、企業が内包する問題について説明
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優れた経営が失敗につながる理由
1)持続的技術と破壊的技術の間には戦略的に重要な違いがある;
「持続的技術と破壊的技術の関係」と「漸進的変化と抜本的変
化の関係」は根本的に異なる。
※
※
持続的
技術は既存の製品の性能を高める新技術であり、その連続性
や断続性は関係が無い。
破壊的
技術は従来とは異なる
価値基準
を市場にもたらす。
2)技術の進歩のペースが市場の需要の変化を上回る場合が多い;
競合他社との競争過程で、 消費者 の望みを超えた製品を
供給しようとする(ハイテク製品の方が利益率が高い傾向)。
3)成功(安定)している企業では、 顧客構造 と財務構造が投資
傾向に重大な影響を与える。
理由①
利益率
を高めたい(販売価格を高く設定したい)
理由②大規模市場で勝負したい(小さい市場では十分な収入が得られない)
理由③優良な顧客(収益の源泉)は破壊的な技術を 当初 は欲しない
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持続的イノベーションと破壊的イノベーション
• 破壊的イノベーション導入当初は製品性能が低下(不利な立場の企業が新た
な価値基準を提供し巻き返しを図るから)
• 過剰な製品性能を有する製品より、手頃で新たな価値基準を提供する製品が
好まれるようになる。
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破壊的イノベーションの法則と調和(pp. 14-20)
原則1:企業は顧客と 投資家 に資源を依存している
顧客と投資家を満足させる投資パターンを持たない企業は生き残れない。保
守的な顧客や投資家は利益率の低い破壊的技術への投資を望まない。そこ
で、独立組織を設立し、破壊的技術に準備することが必要となる。
原則2:小規模な市場では 大企業 の成長ニーズを解決できない
「うまみのある規模に成長する」まで待つことが多くなるが、目標とする市場規
模に見合った規模の組織に破壊的技術を商品化する任務を与えるのが有効。
原則3:存在しない市場は 分析 できない
市場調査の結果に沿って、綿密な計画を作成し、それを実行するのが経営の
王道であるが、経営者は、破壊的技術に関しては、予測が外れることや戦略
が間違っている可能性があることを想定しておく必要がある。
原則4:組織の 能力 は無能力の決定要因になる
組織の能力は、プロセス(インプット⇒組織⇒アウトプット)と価値基準によって
決まり、これらは固定的である。新たなプロセスや価値基準が必要となる。
原則5: 技術 の供給は市場の需要と等しいとは限らない
顧客の製品の使用用途を注意深く見て、競争基盤の変化を察知する。
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破壊的イノベーションに成功した事例(pp. 145-146)
1. 破壊的技術を開発し、商品化するプロジェクトを、それを必要とする 顧客
を持つ組織に組み込んだ。経営者が破壊的イノベーションを「適切な」顧客に
結びつけると、顧客の需要により、イノベーションに必要な資源が集まる可能
性が高くなる。
2. 破壊的イノベーションを開発するプロジェクトを、小さな機会や小さな勝利にも
前向きになれる小さな 組織 に任せた。
3. 破壊的技術の市場を探る過程で、失敗を早い段階に わずかな犠牲 でとど
めるように計画を立てた。市場は、試行錯誤の繰り返しのなかで形成されてい
くものであると知っていた。
4. 破壊的技術に取り組むために、主流の組織の 資源 の一部は利用するが、
主流組織のプロセスや価値基準は利用 しない ように注意した。組織のなか
に、破壊的技術に適した価値基準やコスト構造を持つ違ったやり方を作りだし
た。
5. 破壊的技術を商品化する際は、破壊的製品を主流市場の 接続 技術として
売りだすのではなく、破壊的製品の特長が評価される新しい市場を見つける
か、開拓した。
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HP(ヒューレット・パッカード)の自殺行為(pp. 166-169)
成功していたレーザージェット印刷からインクジェット印刷に主力転換
• 80年代半ばに、 インクジェット 印刷技術が出現した。その頃
には、 HP はレーザージェット印刷で圧倒的なシェアを誇ってい
た。
• パソコン印刷の主流の争い勃発(レーザージェット対インクジェット)
※インクジェットは、レーザージェットに比べ、印刷速度が遅く、解像度も低く、
一ページ当たりの印刷コストも高くいが、プリンターの販売価格は安かった。
• HPは 独立 した組織を設け、インクジェット・プリンターを成功さ
せる任務を与え、二つの事業を競争させた。
• インクジェット・プリンターの解像度と印刷速度に PCユーザー
の多くは満足し、インクジェット・プリンターの普及が進んだ。
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現在、レーザージェット・プリンターが売れているのは?
・性能はレーザージェット・プリンターの方が上
・本体の価格もレーザーの方が高いが、価格差が小さくなったから
※性能だけでなく、 価格性能比 を考慮すべき。
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