民事法の基層と現代的課題(3-2) 債務不履行に基づく損害賠償とルー ルの中立性 今日の講義の目的 (1)負担の転嫁とルールの中立性の関係を理解 し、中立性が成り立つ条件を確認する (2)通常の不法行為と取引関係にある賠償ルー ルの構造の違いを理解する (3)製造物責任制度が消費者から生産者に負担 を移転するものではないことを理解する 民事法の基層と現代的課題 1 完全競争市場均衡 P 需要曲線 供給曲線 均衡 0 民事法の基層と現代的課題 Y* Y 2 課税後の市場均衡(生産者課税) P 課税後の供給曲線 需要曲線 T 課税後 の均衡 0 民事法の基層と現代的課題 Yt 課税前の供給曲線 Y 3 課税後の市場均衡(消費者課税) 課税前の需要曲線 P T 生産者課税 時の均衡 供給曲線 課税後 の均衡 課税後の需要曲線 0 民事法の基層と現代的課題 Yt Y 4 税の転嫁 生産者に税をかける →供給者の限界費用があがって供給曲線がシフトする →価格が上昇→消費者も価格上昇という形で税を負担 消費者に税をかける →消費者の支払い意志額が下がって需要曲線がシフト →価格が下落→生産者も価格下落という形で税を負担 ⇒税収・生産者・消費者の利益・総余剰は2つの税で 差がない⇒消費者の負担を減らし、生産者の負担を 増やすため消費者課税を生産者課税に変えるという 議論はナンセンス この議論は完全競争でなくても同じ。 民事法の基層と現代的課題 5 独占市場(課税前) 均 衡 価 格 MR 0 民事法の基層と現代的課題 均衡生産量 D MC 6 独占市場(生産者課税) 均 衡 価 格 MC+T T MR D MC 0 民事法の基層と現代的課題 均衡生産量 7 独占市場(消費者課税) 均 衡 価 格 T MRt MR Dt D MC 0 民事法の基層と現代的課題 均衡生産量 8 製造物責任の例 コーラの缶が1万分の1の確率で爆発し、洋服を汚 して1万円の損害を発生させる(生産者・消費者 ともにリーゾナブルな事故回避努力をした結果確 率が1万分の1になっているとする) ←どうしたらリーゾナブルな事故回避努力をさせら れるかという点は前回と同様なので一旦無視する。 民事法の基層と現代的課題 9 コーラ市場の均衡(過失責任ルール) 需要曲線 P PE 供給曲線 0 民事法の基層と現代的課題 YE Y 10 コーラ市場の均衡(厳格責任ルール) 変化後の P 需要曲線 PE 変化後の 供給曲線 1 変化前の 需要曲線 0 民事法の基層と現代的課題 1 YE 変化前の供給曲線 Y 11 前回の議論との大きな違い 前回の議論 :過失責任から厳格責任に変える →損害を負担する者が被害者から加害者に変わる →加害者から被害者への所得移転 今回の議論:過失責任から厳格責任に変える →価格が上昇する →被害者(消費者)から加害者(生産者)への所得移転 はない ・消費者の中での所得移転しか起きていない (たまたま事故に遭った消費者が負担→全ての消 費者が広く薄く負担) 民事法の基層と現代的課題 12 予見可能性 予見可能な損害のみ賠償→予見可能性の要件をなくす (事前の取引関係のない前回のような)不法行為 →潜在的加害者から潜在的被害者への所得移転 (事前の取り引き関係がある)不法行為、債務不履行 に基づく損害賠償 →負担増を織り込んだ価格の上昇→被害者(消費者)か ら加害者(生産者)への所得移転はおきない ・消費者の中での所得移転しか起きていない (たまたま事故に遭った消費者が負担→全ての消費者 が広く薄く負担) 民事法の基層と現代的課題 13 議論のポイント 責任の移転が所得の移転をもたらすわけではない。最 終的には価格で調整される。この議論は生産者が 競争的であろうと独占的であろうと同じ。 消費者にではなく生産者に負担を移すために厳格責 任に変えるという議論はナンセンス。 ~多くのルール変更について同じメカニズムが働く。 既に売買が終わっているものに関しては価格の転嫁 が起こりえないので所得の移転は起こる (例)石綿の被害を誰が補償するかという問題。 民事法の基層と現代的課題 14 同様にナンセンスな議論 ・小売店が優越的な地位を乱用して販売業者に不利な 販売条件(返品や人員の派遣要請)を押しつける。 ・テレビ局が優越的な地位を乱用して著作権を制作会 社から無理矢理奪い取る。 ・銀行が優越的な地位を乱用して借手に個人保証を要 求する。 →(法と経済学2では詳しくメカニズムを解説) (注1)価格が規制されている場合は上記の問題は意味 がある。 (注2)優越的地位の乱用者が自分の私的な利益のた めに行う場合には上記の問題は意味がある。 民事法の基層と現代的課題 15 厳格責任vs過失責任 理想的な状況ならどちらのルールでも効率的な資源配 分が達成される。 消費者の間の負担パターンが違う →完全な保険市場があればその違いは重要ではない。 どんな場合に2つのルールが大きな違いを生むか? (1)保険市場が不完全 (2)情報が不完備 (3)訴訟費用 民事法の基層と現代的課題 16 保険市場 仮に生産者のみが危険中立的だとする(あるいは 生産者のリスクプレミアムだけが十分に小さい とする) →厳格責任ルールの方が効率的 仮に生産者の方が消費者よりも保険市場にアクセ スしやすいとする →厳格責任ルールの方が効率的 民事法の基層と現代的課題 17 不完備情報(裁判所の能力) 仮に裁判所が生産者、消費者の事故回避努力の水準 が分からないとする →一方にしか努力させられない →どちらに努力させるのが効率的か? 生産者の過小努力(モラルハザード)の弊害大 →厳格責任ルールが望ましい 民事法の基層と現代的課題 18 望ましいルールを設定する必要 があるか? 仮に生産者は危険中立的だが消費者は危険回避的 で、かつ保険市場はないとする。消費者が負担 すると1本あたりのコストが2、生産者が負担 すると1とする。 →厳格責任の方が効率的 民事法の基層と現代的課題 19 望ましいルールを設定する必 要があるか? →厳格責任の方が効率的 仮に過失責任が採用されていたら? →生産者は自発的に責任を引き受ける誘因を持つ 生産者が自発的に責任を引き受けると以前より価 格が2高くても売れる。一方で責任を引き受け ることによる費用の増加は1。よって生産者は 自社の製品価値を高めるためあえて責任を引き 受ける。 民事法の基層と現代的課題 20 望ましいルールを設定する必要は ないのか? 仮に裁判所が過失を認定できないとする。消費者は事 故回避努力はできるが、生産者はできないとする。 →消費者に効率的な努力をさせるためには賠償しな いのが効率的。 それでも生産者が賠償責任を負ってしまうことがある か? →Yes~signalingのケース 民事法の基層と現代的課題 21 signaling 仮に生産者で、事故確率の高い生産者が少数混じっ ていたとする。 普通の生産者は自発的に賠償責任を引き受けること によって自分が事故確率の低い生産者であることを アピールできる~signaling →生産者は自発的に責任を引き受ける誘因を持つ。 ⇒しかしこれは非効率的~強行法規の根拠の一つ。 (常にではないが)signalingの私的誘因は過大で、資 源配分の非効率性を生む 民事法の基層と現代的課題 22 よくある誤解 情報の偏在~資源配分の歪みをもたらす signaling~結果的に情報のギャップを埋める可能 性がある →signalingは社会的に望ましい~これは多くの場 合誤り。 民事法の基層と現代的課題 23 よくある誤解 (1)実際には、signalを送るために、signalの送 信者は費用を負担する(signalの送信には費用が 伴う)。 (2)分離均衡においては(signalが送られて最終 的に情報のギャップがなくなれば)signalを送ら なかった者から送った者への所得移転が起こる。 これは社会的な利益ではないが私的な利益には なる~signalingの誘因が過大になる →signalingによって資源配分の歪みがひどくなる ことがある。 民事法の基層と現代的課題 24 約款論 仮に生産者は危険中立的だが消費者は危険回避的で、 保険市場はない。消費者が負担すると1本あたり2 のコスト、生産者が負担すると1。過失責任が採用 されている。 →生産者が賠償負担を受け入れその契約条項をコーラ の缶に小さな字で印刷→普通の人は読まない→価格 を2高くしても売れるメカニズムは機能しない →生産者は自発的に責任を引き受ける誘因を持たない 民事法の基層と現代的課題 25 約款論 大規模な宣伝等で消費者に簡単に訴えられるような契 約条項は効率的になるが、細かな消費者にアピール しにくい条項は非効率的かつ消費者に不利な状況に 放置されがち ~強行法規の正当化 これも第三者効果 契約をちゃんと読む~公共財 公共財の供給は過小になる←市場メカニズムに任せて おいても機能しない(前回のスライド参照) 民事法の基層と現代的課題 26 予見可能性再考:設例 (例)工場の基幹的な設備の部品の輸送を依頼。通常 はスペアーの補充で緊急性はない。しかしたまたま 今回の発注はスペアーもなくなってて、備品が届く まで工場が止まっている状態。明日部品を届けると いう運送契約を結ぶ。しかし、実際には一日遅延し て届いた。 通常時の損害額はごくわずか(Y円)。 今回は非常事態で工場が一日止まった遺失利益X円。 運送業者は非常事態だと知らなかった。 運送業者が賠償すべき金額はY円かX円か? 民事法の基層と現代的課題 27 予見可能性再考:予見可能性と情報提供 予見可能性ルール:注文主は緊急事態であることをあ らかじめ伝えない限り大きなリスクを負う →あらかじめこれを運送業者に伝える →運送業者はこの部品を優先的に運ぶため遅延の確率 減る(その分契約時に割増料金を請求する) ⇒パレート改善? 民事法の基層と現代的課題 28 予見可能性再考:売手の対応 予見可能性を要件としないルール:注文主は緊急事態 であることをあらかじめ伝えなくても賠償される。 一方あらかじめこれを運送業者に伝えると料金が上 がる→運送業者に伝えなくなる ⇒料金が全般的に上がり、通常の注文主に迷惑。余地 価値の高い運送に注意が集中されず非効率。 でも売り手が対応。損害賠償を特約でY円に制限した 契約とそうでない契約を用意。 →通常の注文主は前者を選ぶ。結局同じ資源配分。 中立性の議論が再現~情報の非対称性があれば中立性 は必ず成り立たないと安易に言ってはならない。 民事法の基層と現代的課題 29
© Copyright 2024 ExpyDoc