規範、国際機関そして グローバル・ガヴァナンス ―国際通貨・金融制度の編― 早稲田大学国際教養学術院 ⓒ太田 宏 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 1. 金融資本と国際金融 – 金融資本(financial capital ):証券、債権、融資、通貨 などの総称 – 国際金融(international finance) 国際金融資本の移動方法 各国銀行の国際融資 多国籍企業などによる海外投資 移民による本国送金 非政府・非営利団体(NGOs)による寄付金などによる資本 移動 多国間機関(国際機関)による貸付・無償資金援助 各国政府による在外駐留軍や基地へ資金移動 政府開発援助(ODA) 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 2. 国際通貨基金(IMF)の役割の概略 • IMFは、IMF協定(1945年12月発効)に基づき設立。 • 2008年、185カ国が加盟。日本は1952年に加盟。 当初期待されたIMF下の機能や役割が期待された。 ① 加盟国に安定的な為替相場制度の維持を義務付ける監 督機能、 ② 加盟国の一時的国際収支不均衡を調整するための短期 融資機能、 ③ 国際通貨協力の促進など 戦後の国際通貨制度の特徴 • 第二次大戦後の国際通貨制度=アメリ カを基軸通貨国とした金為替本位制 1. 金準備法による金1オンス=35ドル の金とドルの兌換制 2. 固定相場制 3. 通貨の金兌換はドル貨幣だけに限る。 金本位体制(固定相場制)崩壊の背景と要因 • トリフィンのジレンマ(あるいは流動性のジレ ンマ):米国ドルの金為替本位制における流動 性(liquidity)、調整(adjustment)、および信認 (confidence)の問題 • 米国の相対的経済力低下→経常収支黒字が減少 して資本収支の赤字増大→米国通貨に対する信 頼低下→各国の金兌換請求の増大⇒米国の金準 備減少という悪循環 • 1971年8月、ニクソン大統領はドルの金兌換 を停止→金為替本位制は事実上解体し、米国ド ルを中心とする固定為替相場制は崩壊。 • 1973年、変動相場制に移行 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス ・1973年の主要先進国の変動相場制への移行により、固定 相場制の維持というIMFの最大の役割の終焉 ①の機能は各国の為替政策のサーベイランス機能へと変化; ②の融資機能の拡充。 ・固定相場制→変動相場制への移行 →特別引出権(Special Drawing Right:SDR)の創設 ・IMF協定第一次改正(1969年7月):SDRの創設 ・第二次改正(1978年4月):SDRを準備資産の共通表示単位に 主要通貨の標準バスケット方式(通貨の相場の加重平 均) 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 3. IMFの機構改革問題 ① 世界銀行との業務の重複化問題 70年代から90年代にかけて第一次、第二次石油 危機、累積債務間題、旧計画経済国の市場経済へ の移行等 →EFF(拡大信用供与措置)、SAF(構造調整 フ ァ シ リ テ ィ ー ) 、 STF ( 体 制 移 行 フ ァ シ リ ティー)等の中・長期融資をIMFが新たに設立。 =>世界銀行との重複 ② 通貨制度監視機能の強化間題 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 4. 世 界 銀 行 (Int’I Bank for Reconstruction and Development: IBRD) 世銀の設立協定も、IMFと同様、1945年12月に発効。世銀 は1946年6月にワシントンD.C.に本部を置いて業務を開 始。 ・世銀の目的(協定第一条):戦争により破壊された経済 の復興と途上国の開発援助であり、貸付、貸付参加また は保証を行うこと。 ・世銀加盟できるのは(第2条)、IMFに加盟している国 (政府)のみ。 世銀の原加盟国は28カ国。2008年現在、185カ国。日本の加 盟は1952年。 世銀とマーシャルプラン 構造調整融資(Structural Adjustment Loan: SAL) ・ 世銀の姉妹機関 国際金融公社(IFC、1956年設立): 179 members (as of 2008) 国際開発協会 (IDA、1960年): 166 投資紛争解決国際センター (ICSID、1967年): 143 多数国間投資保証機関 (MIGA、1988年): 171 ・地域開発銀行 米州開発銀行(IDB、1959年設立)、アフリカ開 発銀行 (AFDB、1964年)、アジア開発銀行(ADB、 1966年)、欧州復興開発銀行 (EBRD、1991年) 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 5. ブレトン・ウッズ型ガヴァナンスの特徴 ① 意思決定の評決制度は一国一票制ではなく、 出資額に基づく加重投票制であること。 ② 意思決定機関を構成するのは国家ではなく、 総務や理事に任命ないし選任された個人であ ること。 ③ 意思決定は経済上の考慮にのみ基づくこと。 ④ IMFを除き、市場から資金調達を行ってい ること。 ⑤ 財政面における自立性が比較的強いこと。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 6. 国際資本の移動に関する現況 (1) 先進工業国間の資本移動の現状 ①移動の形態: – – – – 海外直接投資 国際融資 海外証券投資 国際通貨 の流れ ②移動の規模: – – – – 1991年:$7,940億、 1997年:$2兆2,920億 2000年:$4兆3,240億 2005年:$6兆超 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス (1) 先進工業国間の資本移動の現状-2 ③先進工業国間の投資の特徴: 先進工業国間では投資の殆どが自国内投資 • 米国への資本流入の増大: – 1983年以来、米国の海外投資<他国の対米投資 – 2000年: • 海外からの流入( $9,520億)>米国からの流出 ( $5,530億) • 米・独・日間のグローバル資本の流れの3分の2が米国 に。1992年は5分の1であった。 • 米国への純資本流入の総額は、途上国への米国の政 府開発援助(ODA)の40倍。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 海外直接投資 – $1,600億ドル(1991年)→$1兆1,180億ドル(2000 年)→工業国への投資比率78%→63%→(金融危 機後)→84%(2000年) – 米国の輸出総額(1998年現在):$9,330億 Cf. 米国多国籍企業の関連企業の海外での売上 げ=$2.4兆 – 多国籍企業の「経済力」 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 国際融資 – 1989年の未払いの負債=$9,170億 – 1983年から1989年に460%増加 • 国際通貨 – 1998年の1日の国際通貨フローの推定額= $1.5兆 – Cf.同年の 1日の輸出入額=$330億 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス (2) 南北間資本移動 • 海外直接投資 • 海外直接投資(FDI)の規模 – 1990から97年の間、政府機関や国際機関から のFDI ほぼ一定 cf. 民間FDIは3倍に増大 途上国への民間の直接投資の特徴: -東アジアと南アメリカの中所得国10カ国と二大低 所得国、インドと中国に集中。 – 先進工業国から途上国への資本の還流: 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 債務問題 – 石油危機以降の原油価格の高騰→非産油国途上国に大 打撃 – 1980年代以降の負債問題の悪化:ローンの複利の高利 子率→負債返済のためにさらに融資を受ける • 例:10%の複利→7年で負債額は2倍 • 債務再編 • コンディショナリテーの問題 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 対外援助 – 海外援助の3分の2は二国間の政府間援助(ODA等)、 残りは多国間援助(世銀、地域開発銀行、UNESCO等) – 海外援助の7割は無償援助、残りは低利融資 – NGOの援助。NGOを通した援助も増加傾向。1998年、 政府の対外援助の28%がNGOを介した。 – 2000年のODAの総額は$375億 • 対外援助の規模 – 開発援助委員会(Development Assistance Committee: DAC)で対外援助の9割 – 1999年時点、DAC全体で$564億、DAC諸国の対GNP 比で平均0.24% UNDP, Human Development 2005 Source: OECD. 11 April 2005 Source: OECD. 11 April 2005 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 対外援助に関する賛否両論 – 対外援助拠出の理由及び賛成意見 • 支援理由:①政治的、②軍事的、③経済的、④社会 政治的、⑤人道的理由 • 被海外援助国の賛成理由:経済的理由 – 反対意見 • 支援反対理由:①内政干渉、②基本的に無駄、③自 国の貧困対策に使用せよ。 • 被海外援助国の反対理由:①独自の経済発展戦略 の妨げ、②援助国の資源供給の後背地になるのみ、 ③紐付き援助、④海外援助のかなり部分は融資→将 来の負債、⑤長期的な解決策ではない。 参考:日本の「政府開発援助大綱」 (ODA大綱) • ODA大綱の4原則 (1) 環境と開発を両立させる。 (2) 軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避 する。 (3) 国際平和と安定を維持・強化するとともに、 (中略)開発途上国の軍事支出、大量破壊兵 器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の 動向に十分注意を払う。 (4) 開発途上国における民主化の促進、市場指向 型経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の 保障状況に十分注意を払う。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス ⑤国際資本の移動に対する規制の是非 • 新・経済的自由主義者の観点 • 伝統的な政治的自由主義者の観点 • 共同体主義者/活動家の観点 • 規制対象:四つの国際資本移動形態 – 海外直接投資、国際融資、海外証券投資、国際通貨 • 規制の主体: – 最小限の規制派:政府が自国の経済の健全性を保つため に資本の流れを管理、 – 中程度の規制派:特定の問題領域に関して特別な機関や 条約を締結して管理、 – 最大限の規制派:国際機関による国際資本の規制(既存の 国際機関の権限強化案や世界中央銀行設立案) 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • 国際資本に対する規制の賛否両論 ①国際資本規制賛成の理由: – 1980年以降の金融危機の再発回避 – 規制なき国際資本移動は「底に向っての競争」 (a “race to the bottom”)を引き起こす(産業の 空洞化、労働条件の悪化や環境規制の緩和)。 – 国際金融システムの個人的な悪用や無責任な 利己的投機の防止 – 「経済成長は良いこと」という前提に立った野放 図なグローバル経済(大量生産、大量消費、大 量廃棄) 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス (国際資本に対する規制の賛否両論) • 国際資本規制反対の理由: – 既存の国際資本制度はうまく機能してきている。 – 自由市場は途上国の生活水準の向上を達成してきた。 – もし投資家や企業が無責任あるいは非効率なら市場が 懲らしめる。 – 多国籍企業は新しい技術、新しい経営や市場開拓方式、 雇用創出さらには一国の生産増大などをもたらす。 – 自由市場システムによって先進工業国の国民の生活は 快適で楽なものになった。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • スティグリッツのIMF批判 – ワシントン・コンセンサス – トリックル・ダウン経済学は一つの仮説あるい は信条 • 反証:東アジア各国―韓国、中国、台湾、日本 ―の例 – ア マ ル テ ィア ・ セ ン 『貧 困 の 克 服』 集 英 社 新書 、 2002年。 – 財務省:自らの縄張りであるIMFと世銀を通 じてトリックル・ダウン政策を推進。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス (スティグリッツのIMF批判-2) • • • IMFの優先事項:経済の安定、増税、銀行救済 のための資金 IMFの優先事項に入っていないもの:雇用の創 出、農地改革、教育や保健のサービスを向上さ せるための資金(+IMFの政策ミスのために生 じた失業者救済策)、金融部門の規制 インフレに対する過度の懸念→高い金利と高い 為替相場→成長を高めるどころか失業率を上げ た。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス (スティグリッツのIMF批判-3) • ワシントン・コンセンサスの貧困政策の 欠点 – 金利の高騰をともなう貿易の自由化 – 適切な規制を伴わない金融市場の自由化 – 競争政策と専売業者の強権乱用を抑える監 督機能をともなわない民営化 – 緊縮財政→高い失業率→社会契約を粉砕 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス グローバリゼーションの潜在的利益を実現するた めには? 政府の役割: *政府は市場の失敗を緩和するばかりでなく、社 会正義を確保するために極めて重要な役割を果 す。 *政府=すべての人に質の高い教育、インフラス トラクチャーの提供や金融部門の規制など。ま た、貧しい人のためのセイフティーネットの提 供や技術振興。 経済学優先の弊害 世界各地にみられる反対運動の矛先は、国際金融 機関が押しつけたワシントン・コンセンサスに 対する反対 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス • ガバナンスの変革 • 問題の所在:IMFは、途上国の何十億という 人々の生命と暮らしに影響を及ぼす決定に関 与しているが、途上国の人々はIMFの措置 について発言権をほとんど持たない。 • 貧困や環境、広い政治・社会的問題に国際経 済機関が敏感に対応するための方法=ガバナ ンスの抜本的変革+開放性と透明性を高める こと。 国際通貨・金融とグローバル・ガヴァナンス 国際金融システムのために必要な七大改革 1. 資本市場の自由化には危険が伴い、短期資本の流れ (ホット・マネー)には副次的な影響があるため、 取引の直接的な当事者(貸し手と借り手)以外の関 係者が費用の負担を受け入れること。 2. 破産法の改正とスタンドスティル(返済の一時的な 停止)。 3. 救済措置に依存する度合いを低くすること。 4. 先進国と途上国の両方における銀行規制の改善。 5. リスク管理の改善。 6. セーフティ・ネットの改善。 7. 危機対策の改善。 主要参考文献 Baldwin, David. Economic Statecraft. Princeton: Princeton University Press, 1985). International Monetary Fund, Finance and Development, March 2007, Vol. 44, No. 1 Gilpin, Robert. The Political Economy of International Relations. Princeton: Princeton University Press, 1987(邦訳、ロバート・ギルピン『世界システムの政治経済学』東洋経 済新報社、1990年). -- The Challenge of Global Capitalism: The World Economy in the 21st Century. Princeton: Princeton University Press, 2000(『グローバル資本主義―危機か繁栄か ― 』東洋経済新報社、2001年). Sazama, Gerald W. “International Capital Flows,” Michael and D. Neil Snarr eds., Introducing Global Issues 2nd Ed. Boulder, CO: 2002, pp. 107-130. Stiglitz, Joseph E. Globalization and Its Discontents. New York: Norton, 2002 (邦訳、ス ティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002年). アイケンベリー、G. ジョン「制度、覇権、グローバル・ガヴァナンス」渡辺昭夫・土山實男編 『グローバル・ガヴァナンス―政府なき秩序の模索』東京大学出版会、2001年、69-97頁。 古城佳子「国際経済―経済のグローバル化とガヴァナンスの要請―」前掲書、243-263。 宮村智「国際通貨・金融組織と法―IMF、世銀、地域開発銀行」横田洋三編『国際組織 法』有斐閣、1999年、140-161頁。 URL IMF: http://www.imf.org WB: http://www.worldbank.org
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