さらなる改革の深化を求める

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国A株、またもMSCI新興国指数入りならず
~金融市場の健全性向上のため、さらなる改革の深化を求める~
発表日:2016年6月15日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 国際的な株式指数の算出を行う米MSCI社は、定例の構成銘柄見直しにおいて中国A株の「新興国指数」
への組み入れを見送る決定を行った。中国を巡っては、通貨人民元がSDRの構成通貨となるなど世界的
な存在感が高まるなか、株式市場でも期待が高まっていた。しかしながら、同社は当局による改革を一定
程度理解する姿勢をみせる一方、一連の対応への機関投資家からの評価を待つ必要があるとした。
 今回の決定で「焦点」となったのは、QFII制度の変更と市場アクセス及び資本移動の問題、昨年の「バ
ブル崩壊」後に問題となった自発的な取引停止の問題、さらに投資家に対する参加要件であった。当局に
よる制度変更などで前進はみられたが、同社は依然不透明感が残ると判断した。他方、市場開放により新
たなリスクが表面化する可能性もあり、「特殊性」が残る市場を慎重にみる必要性は変わらないと言える。
《市場健全性向上には市場開放が不可避だが、新たなリスクが浮上する可能性もあり、慎重な姿勢が必要と言える》
 国際的な株式指数の算出を行う米MSCI社は、定例の指数構成銘柄に関する見直しにおいて、中国本土に上
場する人民元建株式(中国A株)の「グローバル新興国指数(EM)」への組み入れを保留する方針を決定し
た。中国A株を巡っては、2013 年に国際金融市場においてEMへの組み入れ観測が浮上して以降、毎年その
動向に対する注目が集まっている。国際金融市場における中国の存在感という意味では昨年末、IMF(国際
通貨基金)が加盟国に対して配分する資金融通の権利及びその単位であるSDR(特別引出権)の構成通貨に
今年 10 月から同国通貨である人民元を組み入れる決定を行っている。さらに、今年 10 月からのSDRの構成
バスケットにおいて人民元は、米ドル、ユーロに次ぐ水準となるなど、人民元が名実ともに「国際通貨」とし
ての存在感を示す一歩を踏み出したことから、次は株式市場についても国際的な存在感向上を目指すとの見方
に繋がっていた。しかしながら、同国株式市場では昨年前半の株価の急上昇とその後の「バブル崩壊」を経て、
当局による売買停止措置をはじめとする市場への強制介入のほか、公的部門による株価の下支え策などにより
市場機能が不全状態に陥ったことは記憶に新しい。その後、当局は国内外から挙がった批判などに対応する形
で取引規制に対する是正策を発表しており、適格外国機関投資家(QFII)に対する投資枠の拡大のほか、
資本移動に関する政策を変更することなどを通じて、市場における取引の予測可能性を高める取り組みをみせ
てきた。同社は決定に際して発表した文書において「中国当局は市場アクセスを国際標準に近付ける努力を払
っている上、依然として残る問題に対しても継続して解決する姿勢をみせている」と当局の姿勢を評価する一
方、「国際的な機関投資家からは『EMへの組み入れを決定する前にさらなるアクセス改善を確認したい』と
の明確な考えが示されるなか、最近示された政策変更の有効性とそれに伴う市場参加者からのフィードバック
を探る必要がある」との考えが示された。
 今回の審査において同社が注目したのは、昨年の定例見直しの際に留意事項として挙げた①所有権の問題、②
QFII制度の変更と市場アクセス及び資本移動の問題、③自発的な取引停止を巡る問題、そして、④投資
家に対する取引所参加要件に関する問題の4つであった。これらのうち、①所有権の問題については、当局が
今年5月初めに示した規則の明確化により、機関投資家並びにMSCI社との間で事態改善が図られたとの認
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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識が共有されたとしている。他方、②QFII制度の変更と市場アクセス及び資本移動の問題については、上
述のように政策変更の有効性とさらなるアクセス改善を確認したいとの考えが示されたほか、QFII制度に
基づく実質的な引出規制(月次ベースで前月末の保有資産残高の2割を上限)の撤廃を求めるとした。また、
昨年の「バブル崩壊」に際して再三問題になった、③自発的な取引停止を巡る問題については「今回の決定に
おける『最大の焦点』」との認識が示された。当局は先月末に自発的な取引停止を制限する新たな規則を発表
しており、その期間並びに要件について明確な基準を示したことについて、同社は市場における取引の予測可
能性を高めるとともに投資家保護に資するとの考えを示す一方、この取り組みが実効性を伴うものとなるか否
かを判断するには時間が必要とした。その意味で、今回の見送りを大きく後押しすることに繋がったのは、④
投資家に対する取引所参加要件に関する問題であり、この点について同社は「機関投資家から中国A株に連動
する金融商品を扱う際の潜在的な不確実性になる」との見方が示されているとした。その上で、多くの機関投
資家からは「中国A株を投資機会に含めるのであれば、国際標準に沿った改善が不可欠」との認識が示されて
いるとしており、参加要件におけるハードルがボトルネックになっていると判断出来る。当局は一昨年秋に香
港市場を通じて外国人投資家が上海株を直接取引可能な「上海・香港相互株式取引制度(ストック・コネク
ト)」を開始させており、この取り組みは既存の枠組を変えることなく外国人投資家に対する投資機会の開放
を目指すものとしているが、同社は「同制度の有用性は高くない」との認識を示すなど、必ずしも外国人投資
家の間で使い勝手の良い制度とはなっていない模様である。他方、上述のストック・コネクトの開始後におけ
る取引拡大は昨年の「株式バブル」を招く一因になった可能性があるため、当局は外国人投資家の取引拡大を
一方で警戒している節はうかがえる。さらに、「バブル崩壊」後の事態収拾を図る手段として今回問題になっ
ている取引停止制度が一定の効果を示したこと、足下の株式市場においては個人投資家の取引が手薄になって
おり、次に株式市場が混乱する事態に陥った場合には新たな問題が表面化するリスクもくすぶる。同社は先行
きについて、来年の定例見直しにおいても継続して検討を行う方針を示しつつ、そのタイミング以前に政策面
で一段の進展が確認されれば、臨時での組み入れ実施も排除しないとの異例の考えをみせているが、同国市場
の『特異性』が本当の意味で払拭されるかは慎重にみていく必要があることは変わりないと言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。