3 人間の不完全性と民主政治 3-1 人間の本性をめぐって 性悪説 ホッブズ 人間は醜い欲望で動く 人が人に対して狼となる 万人の万人に対する闘争 ゆえに国家権力が必要 マキャヴェリの現実主義 「改革者が他人の力に依存しているか、それと も自力によっているか、すなわち、事柄を実 行するに際して祈るだけなのか、あるいは力 を行使しうるかを検討する必要がある。・・・ 自らの力に依拠して強制することが可能であ る場合には、危機に瀕することはまれであ る。」 「武装した預言者は勝利し、武器なき預言者 は破滅する」 『君主論』第6章 性善説 1906年 サンフランシスコ大地震 「体の強い者は弱い者が荷物を運ぶのを手伝 い、食べ物は自然に分け合った。ミルクは子 どもに与え、何か少しでも美味しいものが見 つかれば、年寄りや病人に勧めていた」 レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』 本来のアナーキズム 人間は本来、相互扶助的連帯によっ て社会を構築する力を持っている =政治権力、強制力は不要 3-2 政治における理想と現実 現実を否定することから政治は始まる なぜ、いかにして現実を否定する か? 理想という物差しで現実を測る 理想を追求することの落とし穴 理想を追求することは正しい ゆえに、その邪魔をするのは邪悪である したがって邪魔物を排除することは正義で ある フランス革命とギロチン 裏切られた革命 ユートピアをめぐって ユートピアを理想郷と訳すことは正し いか? 誰にとっての幸福か? 幸福は一様か? ユートピアとディストピアは表裏 ユートピア主義の発想 ⅰ 人間の能力に対する過信 世の中のいろいろな問題は、すべ て人為的に解決できる ⅱ 過度の単純化 ・世の中の問題を解決する万能の 特効薬を掲げる ・特効薬がどのようにして効果を 現すか、因果関係を問わない 3-3 理想主義者の 自己中心主義と傲慢 ・ユートピアに疑問を呈する者をす べて敵として否定する ・他者に特定の理想を押しつける 現実主義をめぐって エドマンド・バーク(英、1729-1797) 「これらの紳士(フランス革命の推進者)には、 実験のために幼児を切り刻むことを恐れる優 しい親の気遣いなど微塵も見あたらない。彼 らは、その約束の広大さと予言の大胆さにお いて、経験一点張りの藪医者のあらゆる法螺 を遥かに凌ぐ」 『フランス革命の省察』 本来の保守・現実主義 1 人間の能力に対する懐疑 2 世界の複雑さを受け入れる 3 独善、傲慢を嫌う エセ現実主義の特徴 1 現実の所与性と過去性 =既成事実への屈服 2 現実の一次元性 =現実のある側面だけを見る 3 現実とは支配権力にとっての現実 =事大主義と権威主義の現れ 丸山真男「現実主義の陥穽」 「こうした現実感の構造が無批判的に維持され ている限り、それは過去においてと同じく将来 においても私達国民の自発的な思考と行動 の前に立ちふさがり、それを押しつぶす契機 としてしか作用しないでしょう。アンデルセン の童話の少女のように「現実」という赤い靴を はかされた国民は自分で自分を制御できな いままに死への舞踏を続けるほかなくなりま す」(同上論文) 21世紀における理想主義と現実主義 過激主義 ネオリベラリズム ネオコン 自由 保守政治 ソ連社会主義 平等 社会民主主義 穏健主義 懐疑的理想主義という美徳 1 世の中は変えられるという楽観 2 人間の可謬性の自覚とユートピア に対する断念 3 漸進的変化の積み上げ 政治への期待と幻滅 幻滅に耐えることの重要性 「民主主義とは、それ自体に、これが民主主義 か?という幻滅の感を、あらかじめビルト・イ ンされたform of governmentなのであった。」 堀田善衛「出エジプト記」(『天上大風』ちくま学 芸文庫、2009年) 3-4 認識と民主政治 私達はどのようにして世界を知るの か? 正しい認識を持つとはどういうこと か? 知るためにはメディアが不可欠 メディアの宿命 メディアは現実の一部を切り取る どこを切り取るかに、その人の価値観 が現れる =中立、客観的な報道はありえない 自爆テロ ガザ地区 ガザ地区の壁 イメージとステレオタイプ 物事を単純化してイメージを形成する イメージが固定化されると ステレオタイプが生まれる ステレオタイプの機能 1 思考の経済 =物事を考える手間を省く 2 世の中の多数派に同調する =好きなもの、嫌いなものを共有 する 3-5 民主政治と衆愚政治 • 民主政治をめぐるアンビヴァレンス 最大多数の利益-自殺的決定 正義の実現-少数者の迫害 ソクラテスの最期 民意の矛盾 集団的自衛権を使えるようにしたことは 「よかった」30% 「よくなかった」50% 安倍内閣 支持率44% 不支持率33% 民主政治の前提 • 人間はどこまで理性的か 理性-感情 快楽の源:憎悪 優越感・・・ • 目的そのものをうまく設定できるか 価値をどのように定義するか Addiction(中毒、依存症)と民意 • 開沼博『地方の論理』(青土社、2012年) 「目的性が失われているのにもかかわらず、徹 底的にそれに頼るということです。 今の政治には「○○のために革新を求める」と いう目的性が失われ、とりあえず「革新するた めに革新する」と言えるような状況があり、そ こにファシズム的な政治体制が滑り込んでい るのかもしれません。」 民意はなぜ高ぶるか? 専門家-アマチュアの対立構図 1990年代以降、専門家、官僚の権威失墜 政策の失敗 市民の側の情報の増加 行政の透明性の拡大 By と For をどう関係づけるか? 大衆の反逆としてのポピュリズム • 反権威主義の両義性 • 自己決定の両義性 下手をすると 思考の拒絶 手間の否定 異質な他者の排除 政策決定における 専門家とアマチュア • 政策決定における事実前提の共有 • 価値観をめぐる民主的議論の確保 • 専門家が最善を決めることはできないという 前提 アマチュアが責任を自覚する 3-6 政治と言葉 言葉は思考の道具 言葉を正確に使うことこそ、思考 を深めるために不可欠 曖昧な言葉、意味不明な言葉を 使わない 民主政治は市民と権力者の約束に基 づく 武器としての言葉 言葉の機能 認識 伝達 操作 人々を操りたい政治家も言葉を武器 として利用する! 様々なスローガン 万国の労働者よ、団結せよ マルクス 青年よ、銃を取るな 鈴木茂三郎 所得倍増 池田勇人 オーウェルの描く全体主義 政治権力と言葉の支配 New Speak ジョージ・オーウェル『1984年』 War is Peace Freedom is Slavery Ignorance is Power 動物農場におけるスローガンの変容 All animals are equal. But some animals are more equal than others 人は矛盾に耐えられるか 正気の人間は、理念を整合的に実現 しようとする ゆえに 矛盾する命題を見ると、 人は疑問を持つ 矛盾が当たり前になったらどうする? 矛盾の押しつけと全体主義 オーウェルは、言葉の意味を失わせ ることが全体主義の要諦であること を見抜いていた 周囲の人間が皆矛盾を疑問なく 受け入れている時、矛盾に疑問を唱 え続けることができるか? 言葉と思考 矛盾に目をつぶり、言葉の意味を詮 索しなくなること =思考停止あるいはDouble Think これこそ支配にとっての格好 の土壌 わかりやすさと単純化の違い 「むずかしいことをやさしく、 やさしいことをふかく、 ふかいことをおもしろく、 おもしろいことをまじめに、 まじめなことをゆかいに、 ゆかいなことはあくまでもゆかいに 」 井上ひさし 3-7 市民教育と民主政治 政治的リテラシー(識別能力)の構成 要素 ・事実を共有する ・論理と因果関係の尊重 ・価値観の自覚と相対化 政治的中立とは何か 人はみな、中立ではありえない 価値観、選好の相違 無色透明は自慢にならない 中立:事実を客観的に認識する 異なった意見を聞く 間違い探し1 間違い探し2 中立の反対=惑溺 主観的なコミットメント(帰依)によって、 事実をゆがめてはならない 惑溺の対象 伝統 イデオロギー 4 民主政治における価値 ①生命 ・生命は無条件で尊重しなければなら ない ・生命及び人間の尊厳については無 条件の平等が確保されるべき 人生の意味 ・人生の意味を考える 人生の目的は何か? よい生き方とは何か? =哲学、宗教の課題 崇高な生 「今度のこと(ペストの流行)は、ヒロイズムなどという 問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです。 こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、 しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということ です。 一般にはどういうことか知りませんがね。しかし、僕 の場合には、つまり自分の職務を果たすことだと心 得ています」 カミュ『ペスト』より、リウー医師の言葉 崇高な生を押しつけるべきか 「崇高な生」のあり方は人によって異 なる 殉教者、英雄の生き方を押しつけるこ とは自由や多様性の否定につなが る 靖国神社 生の意味づけと戦争 戦争:国家が個人の生命を奪う 国家は、何のための死か、意味づ けをする必要に迫られる 死者の神聖化 勲章 祭祀 生の意味づけをめぐる乖離 • 個人: 日常の生の持続 • 国家: 国家目的のための犠牲の正当 化 参照 NHKETV特集「テレビが見つめた沖縄」 http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0513.html 平和の現状 戦後日本は、平和憲法の下で、平和 を守ってきたはず では、平和な日本で人間の生は尊重 されているのか? ロストジェネレーションの反撃 希望は戦争 赤木智弘 31才、フリーターの問題提起 「丸山真男をひっぱたきたい」(『論座』2007年1 月) 平和な日本における人間破壊:希望のない生 人間は取り替え可能な部品になる 戦時における平等と、秩序の攪乱 学歴、身分に関係ない階級制 自殺という問題 自殺者の推移 無意味な生はあるのか 自己責任論 軽率な、あるいは自分勝手な人間に は、生きる値打ちはない? 生きる値打ちは誰が決めるのか? 崇高な生を規定することと無意味な生 を規定する事は表裏一体 ホロコースト 生命を尊重する政治を作れるか • 憲法9条の意味 国家目的のために個人が生命を奪われるこ とがない • 人間を道具化する新たな要因 グローバル資本主義と際限ない競争 • 生を脅かす本当の原因に目を向ける必要 ②自由 消極的自由:権力からの自由 代表: 宗教、思想、信条の自由 憲法の人権条項: 国家権力に立ち 入り禁止の領域を設ける サンバルテルミーの虐殺 積極的自由 政治を論じる自由 政治に参加する自由の普遍化 自ら権力を構成する チャーチスト運動 資本主義の発展と経済的自由 アダム・スミス 強者の自由、弱者の自由 パンがなければお菓子を食べればいいではな いの マリー・アントワネット 自由からの逃走 人間は自由に耐えられるか 自分で決めろと言われても・・・ 強いリーダーに任せる方が楽だ 自由を使いこなすこと 自由の敵は誰か? 権力だけでない 自己規制という大敵 相互忖度社会の落とし穴 王様は裸だと言える事の大切さ 放送禁止歌 付論:相互忖度社会について 佐藤優の言う「国策捜査」に関連して 山口 佐藤さんの言う国策はどこで誰が決めて いるのですか? 佐藤 誰かが決めるという話ではありません。 日本は相互忖度社会なので、検察官といえ ども世論や組織の空気を慮って行動している のです。 見えない鎖 つまり、強大な力を持つはずの検察さえ、 見えない鎖で自分を縛っていることにな る。 証拠捏造事件もこれで説明される ③平等 人間の原初的生き方 =群れをなして共同で生きる 原始共産制のイメージ アダムが耕し、イブが紡いだ時、誰が 税を取ったのか? 不平等を作り出したもの ・権力 差別を作り出し、正当化する 身分制 人種差別・・・ 自由の普遍化としての平等 ・資本主義経済 貧富の格差 再分配による平等 インビクタス 平等の落とし穴 平等の押しつけ=画一化、強制 例: Affirmative Action 大学が女性の入学枠を作るこ とは是認されるべきか? 自由と平等の緊張関係 ・経済的自由の放任=実質的不平等 ・権力による平等化=自由の抑圧 どうバランスを取るか 政治における左右の対立軸 ティーパーティ 派遣切り ブラック企業と働く自由 • 第三者委の調査報告書によると、店舗勤務歴のあ る社員の大半が24時間連続勤務を経験、バイトを 含めて恒常的に月500時間以上働いている人もい た。またサービス残業に加え、6時間以上勤務して も休憩を取れないといった法令違反も慢性化し、平 成24年度には社員の居眠り運転による交通事故 が7件起きていた。 • 本社の社員で非管理職418人のことし4月の平均 残業時間は109時間に上ったという。 すき家第三者委員会の報告書より ④共同体 人間はポリス的動物である アリストテレス 他者とのつながり、相互承認の必要 性 国家は共同体か? 国家 Nation State Nation 国民 State 権力機構 国家の共同体的性格を強調するとど うなるか? StateとNationの関係 Nationの興隆と国家単位の民主化 • 国民国家の形成過程(18世紀~) • NationがStateを一握りの為政者から奪還 する 例:フランス革命におけるナショナリズム • 国民皆兵と民主化の相関 諸国家の争い(20世紀~) • StateがNationを制圧 とくに遅れて近代化を始めた国で StateがNationの神話を作る 例 教育勅語 • NationはStateに動員される 総力戦 国家総動員 一億一心 共同体を否定できるか なぜ日本国内の被災者を助けるのか 国民の共同性=Stateとの違い Nationalism と Patriotismの違い 能動的パトリオティズム 足尾鉱毒事件の際の田中正造の直訴状 甚シキハ即チ人民ノ窮苦(きゅうく)ニ堪ヘズシ テ群起シテ其保護ヲ請願スルヤ、有司ハ警 吏ヲ派シテ之ヲ圧抑シ誣(しい)テ兇徒(きょう と)ト称シテ獄ニ投ズルニ至ル。 • 嗚呼(ああ)四県ノ地亦(また)陛下ノ一家ニア ラズヤ。四県の民亦(また)陛下ノ赤子ニアラ ズヤ。政府当局ガ陛下ノ地ト人トヲ把(も)テ 如此(かくのごと)キノ悲境ニ陥ラシメテ省ミル ナキモノ、是レ臣ノ黙止(もくし)スルコト能ハ ザル所ナリ。 StateはNationを守れるか • 21世紀の新しい現実 StateはNationを置き去りにして グローバル資本主義に追従する 例: TPP 原発事故 • ヨーロッパの政権交代が物語ること Stateを単位とした民主政治に意味があるの か? 内田樹(『朝日新聞』5月8日) • この国民国家という統治システムはウェストフ ァリア条約(1648年)のときに原型が整い、 以後400年ほど国際政治の基本単位であっ た。それが今ゆっくりと、しかし確実に解体局 面に入っている。簡単に言うと、政府が「身び いき」であることを止めて、「国民以外のもの」 の利害を国民よりも優先するようになってき たということである。 • ここで「国民以外のもの」というのは端的には グローバル企業のことである。 • 起業したのは日本国内で、創業者は日本人 であるが、すでにそれはずいぶん昔の話で、 株主も経営者も従業員も今では多国籍であり 、生産拠点も国内には限定されない「無国籍 企業」のことである。この企業形態でないと国 際競争では勝ち残れないということが(とりあ えずメディアにおいては)「常識」として語られ ている。 • もう一つ指摘しておかなければならないのは 、この「企業利益の増大=国益の増大」という 等式はその本質的な虚偽性を糊塗するため に、過剰な「国民的一体感」を必要とするとい うことである。 グローバル化と排外主義的なナショナリズム の亢進は矛盾しているように見えるが、実際 には、これは「同じコインの裏表」である。 国際競争力のあるグローバル企業は「日本 経済の旗艦」である。だから一億心を合わせ て企業活動を支援せねばならない。そういう 話になっている。 大統領は何を決められるのか 1年後の現実 • 「オランド大統領は味方だと思っていたのに裏切られたよ 。このままだと町が空っぽになってしまう」。製鉄所の労働組 合委員長ワルター・ブロッコリさん(58)は厳しい表情で語っ た • *高炉休止に失望 • 雇用が争点の一つだった昨年の大統領選で、フロランジュ 製鉄所は象徴として注目された。鉄鋼世界最大手アルセロ ール・ミタル(ルクセンブルク)の製鉄所の高炉休止方針に対 し、オランド氏は選挙戦最中の昨年2月に製鉄所前で演説し 、「皆の希望はよく分かった。ここのようにもうかっている製 鉄所を閉じさせないような法律をつくる」と高炉の存続と雇用 の維持を訴えた。 • オランド氏は当選後、アルセロール・ミタル と交渉したが平行線をたどった。昨秋には担 当大臣が、売却先が見つかるまで一時国有 化する方針も示唆したが、最終的に断念。高 炉は4月末で休止され、約600人が職を失い 約400人が他地域の製鉄所などに配転され た。ブロッコリさんは「何のためにオランド氏を 支持したのか…」と悔しさをにじませた。 出口はどこに? • 容易な答えはないという現実 • ネーションの攻撃性を薄める、被害 者意識を持たない • グローバルなルール作りという課題
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