メディア社会文化論 2015年10月15日 1 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ① • 熱いメディア・・・新聞などの活字メディア、映 画、写真、ラジオ、講義 ・・・一方向的、あるいは単一の感覚を高精細度 (cf.High-definition television)で拡張するメディ ア 2 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ② • 冷たいメディア・・・ テレビ(映画に対するテレビ) 電話(ラジオに対する電話)などの電気メディア (一般にマクルーハンのこの「電気メディア」を、現代の状 況にあわせて「電子メディア」と捉える論者が多い)、 漫画(写真に対する漫画は低精細度)双方向的 演習(講義に対する) ・・・低精細度のメディア、あるいは双方向的なメ ディア 3 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ③ • マクルーハンの「熱い、冷たい」の分類・・・ 個々のメディアで単独に取り出すと訳分から ない • あくまでも対にして、相対的な意味で理解す べき • あと日常感覚の「熱い」「冷たい」とあえて逆 になっている。(クール・ジャズのクールだと) 4 (参考)Birth Of Cool(1957) • マイルス・デイヴィスのグループの当時のア レンジャーのギル・エヴァンス(マイルスの知 恵袋と称されたカナダ人ピアニスト)が「ビバ ップが流れていると、うるさいから女性を口説 けない。もっと女性を口説きやすいジャズを やろう」といったのが発端(読売オンライン http://www.yomiuri.co.jp/otona/hobby/jazzg uide/20120731-OYT8T00936.html) 5 マイルス・デイヴィスの写真と クールの誕生のジャケット(ウィキペディアによる) http://en.wikipedia.org/wiki/Miles_Davis#mediaviewer/File:Miles_Davis_by_Palumbo.jpghttp://en.wikipedia.o rg/wiki/Birth_of_the_Cool#mediaviewer/File:Birth_of_the_Cool.jpg 6 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ④ • 「電話が冷たいメディア、すなわち「低精 細度」のメディアの一つであるのは、耳 に与えられる情報量が乏しいからだ。さ らに、話されることばが「低精細度」の冷 たいメディアであるのは、与えられる情 報量が少なく、聴き手がたくさん補わな ければならないからだ」(『メディア論』邦 訳p.23) 。 7 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑤ • 「一方、熱いメディアは受容者によって 補充ないし補完されるところがあまりな い。したがって、熱いメディアは受容者に よる参与性が低く、冷たいメディアは参 与性あるいは補完性が高い」(『メディア 論』邦訳p.23) 8 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑥ 参与性の高低が二つを隔てるポイントに。 • 参与性高い・・・冷たいメディア • 参与性低い・・・熱いメディア • 「粗い情報だと補完の必要が生じて、参与性 が高まる」という議論 9 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑦ • 「熱いメディアと冷たいメディアの使用上の基本 的な差違を指摘する一つの方法は、交響楽の演 奏の放送と交響楽のリハーサルの放送とを比較 対照してみることである。これまでにCBCカナダ 放送が放映した最上の出しものの二つが、グレ ン・グールド(1932-82)のピアノ・リサイタルのレ コード吹き込みの模様と、イゴール・ストラヴィン スキー(1882-1971)がトロント交響楽団を指揮し た自作のリハーサルの模様だった。テレビのよう な冷たいメディアが本当に用いられると、この場 合のようにプロセスへ巻き込まれないわけにい かなくなる」(『メディア論』邦訳p.32)。 10 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑧ • 演奏・・・完成品・・・パッケージメディア的・・・ (受け手の)参与性(相対的に)低い • リハーサル・・・未完成品・・・開かれたメディア、 モザイク(モザイクについては後述)状・・・参 与性(相対的に)高い (cf.アンチロマン、ヌーヴェルバーグ) 11 (参考)イーゴリ・ストラヴィンスキー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83% A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC • 1882年6月17日 - 1971年4月6日)は、ロシア の作曲家で、初期の3作品『火の鳥』、『ペト ルーシュカ』、『春の祭典』で特に知られる他、 指揮者、ピアニストとしても活動した。サンクト ペテルブルク近郊のオラニエンバウム(現・ロ モノソフ)に生れ、ニューヨークで没した。 12 (参考)『春の祭典』初演の様子 (ウィキペディアより) • バレエ『春の祭典』初演。振り付ヴァーツラフ・ニジン スキー。バレエ・リュッス。パリのシャンゼリゼ劇場の こけら落とし公演。指揮ピエール・モントゥー。観客 にサン・サーンス、ラヴェル、ドビュッシーらも。 • 「曲が始まると、嘲笑の声が上がり始めた。野次が ひどくなるにつれ、賛成派と反対派の観客達がお互 いを罵り合い、殴り合りあい、野次や足踏みなどで 音楽がほとんど聞こえなくなり、ついにはニジンス キー自らが舞台袖から拍子を数えてダンサーたちに 合図しなければならないほどであった 」 13 ストラヴィンスキーとニジンスキー http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Stravinsky_Nijiinsky.jpg 14 ストラヴィンスキー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:RIAN_archive_597702_Composer_Igor_Stravinsk y_and_cellist_Mstislav_Rostropovich.jpg 及びhttp://blogs.yahoo.co.jp/mitosya/29913352.html 15 グレン・グールド略歴① http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%BC%E3 %83%AB%E3%83%89 • グレン・グールド(Glenn Herbert Gould, 1932年9 月25日 - 1982年10月4日)は、カナダのピアニス ト、作曲家。 • かねてより、演奏の一回性へ疑問を呈し、演奏 者と聴衆の平等な関係に志向して、演奏会から の引退を宣言していたグールドは、1964年3月 28日のシカゴ・リサイタルを最後にコンサート活 動からは一切手を引いた。これ以降、没年まで レコード録音及びラジオ、テレビなどの放送媒体 のみを音楽活動の場とする。同年には、トロント 大学法学部より、名誉博士号を授与された。 16 グレン・グールド略歴② http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%BC%E3 %83%AB%E3%83%89 • ピアノという楽器の中で完結するようなピ アニズムを嫌悪し、自分は「ピアニストで はなく音楽家かピアノで表現する作曲家 だ」と主張したグールドであったが、第1の 業績が斬新で完成度の高いそのピアノ演 奏であることは異論のないところである。 17 グレン・グールド略歴③ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%BC%E3 %83%AB%E3%83%89 • グールドは、ピアノはホモフォニーの楽器では なく対位法的楽器であるという持論を持って おり、ピアノ演奏においては対位法を重視し た。事実、グールドのピアノ演奏は、各声部 が明瞭で、一つ一つの音は明晰であり、多く はペダルをほとんど踏まない特徴的なノン・レ ガート奏法であった。 18 マクルーハンとグールド① • 単にトロント大学繋がりというのではない。 • グールドもマクルーハンを評価。 • レコード>>>演奏会という部分は、リハの 番組を重んじるマクルーハンと対立しそう。 • ただしピアノで完結しないこと、ホモフォニー (あるいはモノフォニー)でなくポリフォニー志 向であることなど、マクルーハンと合致する (後述する非線形性)。 19 マクルーハンとグールド② • 『グレン・グールド書簡集』(邦訳、みすず書房、 1999年)にマクルーハン宛の書簡が2本掲載 されている(pp.160-162;202-203)。 • その注によると、マクルーハンはグールドの 持っているラジオ番組で、インタビューを受け ている。 20 • 宮澤淳一青学大教授はグールド研究で著名 だが、ゴードン著『マクルーハン』(ちくま学芸 文庫)の邦訳もしている。また 「グレン・グー ルドのメディア論――マーシャル・マクルーハ ンとの関係」(『カナダ研究年報』第21号(2001 年9月) )という論文もある(未入手)。 21 帽子を被って演奏したり脚を組んで演奏するグールド http://book-dvd.blog.ocn.ne.jp/photos/uncategorized/2008/11/16/glenn_gould003.jpg http://pds.exblog.jp/pds/1/200910/22/61/d0103561_224938100.jpg 22 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑨ • 「小ぎれいに整った番組はラジオやレコード のような熱いメディアに向いている。フランシ ス・ベーコン(1561-1626大法官、哲学者、イギ リス経験論の父)は熱い散文と冷たい散文を 対照させることに倦むことがなかった。 23 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑩ • 「方法」に則って書いたもの、すなわち完全に 仕立てあげられたものを、警句で書いたもの、 すなわち「報復は一種の野蛮な正義である」 というような単一の観察と、対照させてみた。 受動的な消費者は完成品を求めるけれども、 知を追い求める者は警句に赴くのではないか。 そうベーコンは言うのであった。警句は不完 全であり、深いところで参加を求めるからに他 ならない」(『メディア論』邦訳p.32)。 24 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑪ マクルーハンの文学研究者としての本領発揮 • 受け手の解釈の可能性、参与性で(冷たいメ ディアを)プラスに評価 象徴主義(サンボリズム)、反小説(アンチロマ ン)、ヌーヴェルヴァーグ • 作品の完成を拒む • 作品を作るという行為そのものを描き、作る 行為を相対化 25 象徴主義詩人の極北とされるシュテファン・マラルメと ヌーヴォーロマンの騎手アラン・ロブ=グリエ (いずれもウィキペディアからの画像) 26 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑫ →作ることの意味を問う芸術の潮流 • 前衛芸術の作者の相対化、作品の完成性へ の崩壊の流れ≒マクルーハンの芸術理論(芸 術の志向性)・・・当然この「作者の相対化」は コミュニケーションの双方向性にも通じていく →「冷たいメディア」擁護 27 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑬ (写真のインパクトを論じる中で) • 「詩人や小説家は、われわれがそれを用いて洞 察力を獲得し、われわれ自身や世界をつくりあ げていく、あの精神の内的身振りというものに目 を転じた。このようにして、芸術は外界との対応 から内面での創造へと移っていった。既知の世 界に対応する一つの世界を描き出す代わりに、 芸術家たちは創造の過程を提示して、公衆がそ れに参加できるようにする方向へ変わった。いま やわれわれには創造過程に参与する手段が与 えられたのである」(『メディア論』p.198) 28 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア⑭ • 要は、外界との対応は写真に任せろ • ならば、写真家以外の芸術家はそれ以外の 仕事を。 • それが内面での創造の過程への着目に。 29 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑮-活字文化批判① 活字文化批判との絡み • オーラルコミュニケーション・・・双方向性ある • この反対が活字文化 講義(一方向)と演習(双方向) • 文字、活字文化批判-民衆をエリートが支配 する道具としての文字 30 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑯-活字文化批判② 活字文化批判ないしは「熱いメディア」批判 • 価値中立的(価値自由)でないという問題 (ウェーバーの方法、「メディア社会学」の授 業参照) ただし彼の批判する「活字文化」の内実は? • 表音文字批判・・・アルファベット批判 • 表意文字(漢字等)には、やや肯定的 31 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑰-アルファベットの特質① • 全ての文字を25文字に集約→文字が普及し やすい。文字そのものは誰でも読める(単語 の発音はたとえ無理でも)→世界中に普及す る。 • 単語を形の束縛から解放→より抽象化→言 葉のより普遍的な流通 • 具象性の少ない文字。より抽象的に→地域 の隅々、あるいは世界の隅々に伝わる。 32 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑱-アルファベットの特質② • 国旗と、それを意味する文字とを比較 • 「かりに、星条旗を掲げる代わりに、一枚の布 に「アメリカの旗」と書いて掲げたら、どういう ことになるか。記号は同一の意味を伝えるで あろうけれども、効果は完全に異なるであろう。 星条旗の視覚的なモザイクを文字形式に移 し変えてしまえば、それと一体化したイメージ や経験の質の多くが奪い去られてしまうであ ろう」(『メディア論』邦訳p.84)。 33 補足「モザイク」(ウィキペディアより) • 「モザイク(英語:mosaic、フランス語: mosaïque)は、小片を寄せあわせ埋め込んで、 絵(図像)や模様を表す装飾美術の手法。石、 陶磁器(タイル)、有色無色のガラス、貝殻、 木などが使用され、建築物の床や壁面、ある いは工芸品の装飾のために施される。 」 34 (参考)モザイク画の例 http://commonpost.boo.jp/?p=17788、http://navi21.jp/ryo/mozaik/ 35 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑲-表意文字① • 表意文字・・・先に挙げた国旗に近い要素を留める • 「表音文字で書かれたことばは、象形文字や中国の 表意文字のような形式で確保されていた意味と知覚 の世界を犠牲にする。しかしながら、こういった文化的 に豊かな文字の形式は、部族のことばからなる呪術 的に不連続で伝統的な世界から、冷たく画一的な視 覚メディアの世界に、突然に転移する手段を提供しな かった。中国社会は幾世紀にもわたって表意文字を 使用してきたが、その家族および部族の継ぎ目のな い微妙な網の目が脅威にさらされることがなかった」 ( 『メディア論』邦訳p.85)。 36 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア ⑳-表意文字② →表意文字・・・部族の言葉 • ・・・要するに部族の生活に密接に結びついた 言葉である。・・・よって画一的ではない。 • これは誰が話すかということにも関わり、メ ディア(話し手とか声)のメッセージ性と不即 不離の関係 37 2.4 熱いメディアvs冷たいメディ ア21-表意文字③ • つまり体温や匂いといった触覚や嗅覚を残し ているのが表意文字。 • そういったものを残すのが、本来のメディアと いうか、メッセージ性のあるメディア。→その 意味で「メディアはメッセージ」に通じていく。 38 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 23-表意文字④ • 「二〇〇〇年前の古代ローマの属領ガリアが そうであったように、こんにちアフリカでアル ファベット文字を身につけて一世代もすれば、 少なくとも部族の網から個人を解き放つのに 充分である」( 『メディア論』邦訳p.85)。 • →要するに、部族社会から個人を解放するの が、アルファベットなどの表音文字 39 (補足)「ガリア語」(ウィキペディア) • 「ガリア人がローマ帝国支配下に入り、征服 者の言語であるラテン語が流入するとガリア 語に代わってラテン語の変化した俗ラテン語 (に後の古フランス語やそれにゲルマン語派 が影響を与えたフランス語の元の言語)がひ ろく使用され(これは現在のガロ・ロマンス語 となっている)、ガリア語は6世紀までに死語 になっていった。 通常ガリア語はケルト語派 のなかのPケルト語的な言語だと考えられて いる」。 40 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 24-表意文字⑤ • 「この事実は、アルファベットで綴られたことば の「内容」には関係がない。それは人の聴覚 経験と視覚経験が突然に裂けた結果である」 ( 『メディア論』邦訳p.85) 。 • 「内容」=メッセージより「聴覚」「視覚」といっ たメディアの変化の方が重要→ここも「メディ アはメッセージ」のバリエーション 41 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 25-表意文字から表音文字へ① • 前のスライドの「聴覚経験と視覚経験」の分 離とは何か? • 「表音アルファベットのみがこのような経験の 明確な分割をおこない、その使用者に耳の代 わりに目を与え、その使用者をこだますること ばの魔術の陶酔と親族の網目から解き放つ のである」 ( 『メディア論』邦訳p.85) 。 42 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 26-表意文字から表音文字へ② • アルファベットなどの表音文字 →視覚優位の社会 • 「表音アルファベットは視覚の機能を強化し拡張 するものであるが、文字文化の内部で、それ以 外の聴覚、触覚、味覚などの感覚の役割を縮小 させる」(『メディア論』邦訳p.86)。 • いわばアルファベットの文字の客観性は、視覚 以外のメディア(聴覚、触覚、味覚)抜きのメッ セージだということ。 43 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 27-論理の線形性① • 表音文字文化-論理の線形性→話が論理的な 前後関係によって構成される→因果関係で物事 を捉える。 • しかし因果関係のない連続というものもあるとマ クルーハンはいう。 • 「西欧の文字文化をもった社会では、なにかがな にかから「続いて生じる」というのが、あたかも、 そのような連続を作り出す原因のようなものが 作用しているかのように感じられ、いまなお、い かにももっともなこととして受け入れられるので ある」(p.87)。 44 (補足) • (後藤のコメント)アンケートの独立変数と従 属変数の関係も、いわば時間的に先行する 独立変数が原因になっていると見立てるもの だ。本当は原因とは限らないのに。 45 2.4 メディアvs冷たいメディア28- 論理の熱い線形性② • 「こんにちの電気の時代に、われわれは非ユー クリッド幾何学を自由自在に作れるような気がす るのと同じように、自由自在に非線条(sic)論理 学を作れるようにも感ずる。・・・一行省略・・・結 びつけられた線状の連続は、心理ならびに社会 の組織に普遍的な形式となっているが、これま でにそれをマスターしたのはアルファベット文化 だけだった」(同ページ)。 • ハイパーテクスト、マルチメディアの構造・・・複 線的・非線形的に情報が流れる 46 2.4 メディアvs冷たいメディア29 • グレン・グールドのポリフォニー的な音楽実践 にマクルーハンが興味をもったのも、この非 線形性への着目と照応しているのでは? 47 2.4 熱いメディアvs冷たいメディア 30-論理の線形性③ • マクルーハンは表音文字を視覚優位の典型 として批判的に(G・・・しかし普通に考えれ ば・・・→表意文字の方が視覚的、表音文字 の方は聴覚的では?とも・・・) • マクルーハンの考え方・・・表意文字は色々な 感覚の経験を籠めている(G・・・それはそうか も) 48 熱いメディアvs冷たいメディア31 • 「熱狂的なナショナリストであった自国語愛好 者たちが目的としていた課題のなかに、印刷 の力を用いて言語のなかから触覚的性質を 早急に抜き去る、ということがあった。いまこ の点に注目したいと思う。十九世紀に至るま で英国人たちが彼等の間で語りあってきた英 語に関する自慢話というものがあった。それ は十六世紀以来英語が洗練純化されてきた というものであった。(つづく)」 49 熱いメディアvs冷たいメディア32 • 「十六世紀の英語のなかには、触覚性と五感 の相互の反響に資するような訛や方言が豊 富に残っていた。だが一五七七年にはすでに、 ホリンシャッドはサクソン時代からくらべて総 体的に彼の時代の英語が洗練の度を加えて きている点を自慢気に語っているのである」 (『グーテンベルグの銀河系』pp.364-365) 50 (補足)ラファエル・ホリンシェッド (英語版ウィキペディアより意訳) • Raphael Holinshed(1529-1580頃)彼の『年代 記』を基に、シェークスピアは多くの戯曲を書 いたとされる。彼はロンドンに出てウルフとい う印刷屋の下で翻訳家として働いていた。ウ ルフは氷河期からエリザベス朝時代までの世 界史を書くことをホリンシェッドに提案し、その 一部の成果『イングランド、スコットランド、ア イルランドの年代記』が1577年に出された。 もっとも実はホリンシェッドはこの年代記の寄 稿者の一人に過ぎない。 51 • シェークスピアはこの年代記の第二版(1587) を愛読し、『マクベス』の筋立てと『リア王』『シ ンベリン』の一部にこれを利用した。 • シェークスピアの『リア王』はコーディリアがリ ア王の復権をめざし失敗するが、元の話しで は成功するし、リア王の発狂もシェークスピア の改変。(ブルフィンチ著野上弥生子訳『中世騎士道物 語』岩波文庫による) 52 以下、マクルーハンからの引用をし続けつつ、マク ルーハンの活字文化批判についての若干の考察 • マクルーハンの文字文化、活字文化批判 に・・・西欧を中心にして発達した、表音文字 の文化への批判 • ポストモダン的な西欧近代批判を先取りか • 貨幣の蓄積や官僚組織への批判も 53 • マクルーハンの貨幣批判とアルファベット批 判との相同性 • 共に地域の枠を越える普遍的なメディアとし て機能する • 数字によって、働いた労働時間を表示し、異 質な労働相互を「翻訳する」するメディアとし て機能する(労働価値説を意識) 54 • 「こんにちでさえも、貨幣は農夫の労働を、床 屋、医師、技師、鉛管工などの労働に翻訳す るための言語である。貨幣が巨大な社会的メ タファー、橋渡し、翻訳者であるとすれば-- 書かれることばと同じように--いかなる社 会でも、交換を促進し、その相互依存の絆を 緊張させる」。 55 • 「それが政治組織に広大な空間的拡張と統 制を許すところは、文字や暦がそうしたのと 同じである。それは空間的にも時間的にも、 離れたところの操作であると言える。高度な 文字文化をもち、細分化のおこなわれた社会 では、「時は金なり」だ。そして、貨幣は他の 人びとの時間と努力の蓄積したものである」 (p.136-137)。 56 • 「貨幣はその専門分化したアルファベット技術 に随伴したものであり、グーテンベルクの機 械的反覆の形態をさらに新たに強化すること になったのであった。アルファベットが未開文 化の複雑さを単純な視覚の表現に翻訳する ことでその多様性を中和してしまったように、 兌換紙幣もまた十九世紀に倫理の価値を低 下させてしまった」(p.141) 57 • 時計・・・表音文字の視覚性を前提とする • 文字文化が普及→時間は区分、下位区分の できる囲われた絵画的な空間の性格を帯び る(cf「純粋持続」ベルクソン) • 「わたしのスケジュールは埋まっています」 58 • 表意文字から表音文字が世界を支配→印刷 術が強まる→視覚優位の社会 • 視覚優位の社会・・・人間の感覚の包括性を 失わせる→経験を断片化し、専門分化させる • それぞれの分化した領域(「それぞれの」と いっても主に視覚だが)においては、普遍性 を獲得・・・外へ外へと広がっていく(外展開・ 外爆発型) 59 • 外展開型 • 多様な解釈を容認しない。(G、印刷術と『聖書』 →多様な解釈という流れとは矛盾か。どのレベ ルで捉えるかによるといえばそれまでだが) • 多様な感覚の融合した文字・メディアであれば、 多様な捉え方が可能であるのに。 • 印刷本の「連続性、画一性、反復性の原理」 (p.181)ゆえに、一方向的なマス・コミュニケー ション、マス・マーケティングに親和的になる 60 写本と印刷本の対比 • 写本・・・全体的な感覚がまだ存在→多様性 (G写本時代、カトリック、聖書解釈の権利独占 という見方もありうる。「委員会の論理」等) • 印刷本・・・抽象化され、視覚優位→一方向性 • このような一方向性ゆえ、文字言語を発する 者を支配者、権力者、スターに仕立てあげる 61 • マクルーハンのイメージする「現代」・・・相互 依存の時代 • 「現代」で必要とされるメディア・・・もう一度包 括的な感覚を開くメディア • 印刷のような断片化のメディア→電信のよう な包括的なマス・メディア • 線形思考→非線形思考 62 • 線形の思考・・・一つの感覚優位であるから成立 する • 複数の感覚が働き、包括的に人間が世界にか かわるのなら、減ってくる。 • ハイパーテキストに親和的なマクルーハンの発 想とされる。 「WWWのビューワーとして知られて いる「モザイク(MOSAIC)」という言葉は、ノンリニ アという意味でマクルーハンが使っていたもの だ」(濱野保樹『大衆との決別』1995,p.137) 63
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