みずほインサイト 日本経済 2016 年 6 月 3 日 企業の設備投資抑制の要因は何か 経済調査部主任エコノミスト 財務体質以外の中小企業の構造的要因はないのか 03-3591-1294 小西祐輔 [email protected] ○ 企業の設備投資抑制が設備の老朽化、ひいては生産性向上の妨げになっていると言われている。 企業規模別に設備ヴィンテージの推移を比較すると、中小企業において相対的に上昇がみられた。 ○ その要因として、中小企業は①バブル以前から、設備の除却が少ないこと、また②1990年代以降、 新設設備投資を絞ってきたことが挙げられる。 ○ 新設投資の抑制をもたらした原因として、中小企業の収益力や財務体力の課題が挙げられること が多いが、その他に中小企業の後継者不足による投資抑制なども要因と考えられる。 1.中小企業の設備ヴィンテージが上昇 企業の設備投資の抑制が、生産性の上昇を妨げてきたという議論がある。内閣府年次経済財政報告 (平成25年度版)では「生産効率の高い新規設備の導入が進まず、結果として設備の老朽化が生産効 率全体を押し下げている可能性がある」と言及している。企業規模によって企業の生産性に大きな差 が生じており、本論では、企業の設備ヴィンテージ(設備年齢)の変化を企業規模毎に試算した。 通常、設備ヴィンテージの計算を行う際には、「民間企業資本ストック」を元に行うが、同統計で は、企業規模毎の集計は実施されていないため、本論では「民間企業資本ストック」の元となってい る「法人企業統計」ベースで推計を行った(図表1)。また、図表2では、中小企業と大企業、それぞ れの既存設備に対する新設設備投資と既存設備除却の割合の推移を比較した。 図表1 企業規模別の設備ヴィンテージ推移 図表2 企業規模別の設備新設・除却推移 (前期資産対比、%) (ヴィンテージ、年) 14 12 中小企業 10 大企業 8% 中小企業 新設 中小企業 除却 7% 大企業 新設 大企業 除却 6% 8 5% 6 4% 4 3% 2 2% 0 1980 85 90 95 2000 05 10 15 1% (年) (注)1.対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を 中小企業、10億円以上を大企業とした。 2.計算式は [(前期ヴィンテージ+0.25年]×(前期末資産-当期除却) +0.25年×当期新設]/当期末資産 にて計算。対象は、土地除く有形 固定資産(含む建設仮勘定)。また、期中の資産減少額より減価償却 を控除したものを除却額とした(四半期データを利用)。 3.「国富調査」より1970年末時点のビンテージを8.2 年とした。 (資料)財務省「法人企業統計季報」より、みずほ総合研究所作成 0% 1980 85 90 95 2000 05 10 15 (年) (注)1.対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を 中小企業、10億円以上を大企業とした。 2.集計対象は、土地除く有形固定資産(含む建設仮勘定)。 3.期中の資産減少額より減価償却を控除したものを除却額とした。 (資料)財務省「法人企業統計季報」より、みずほ総合研究所作成 1 試算結果をみると1990年代前半、バブル崩壊前後を境に中小企業と大企業のヴィンテージの乖離が 大きくなっているという結果となった(製造業に絞って比較しても、大企業と中小企業の間に同様の 乖離がみられた) 。 大企業は、相対的にバブル崩壊後においても新設投資、除却が減少しておらず、継続的に新設設備 の導入や老朽化した設備の除却等を実施してきたこと、それによってヴィンテージ上昇ペースが相対 的に緩やかなものに抑えられたことがみてとれる。 一方の中小企業においては、①バブル崩壊以前より相対的に資産の除却割合が低いこと、また②90 年代以降に新設設備投資を抑えたことが設備ヴィンテージの上昇となって表れたことが分かる。言い 換えれば、中小企業はバブル以前より(相対的に)設備更改を行ってこなかったこと、90年代以降は 新規設備の導入も控えてきたということが示唆される。 2.中小企業のヴィンテージが上昇した原因は何か それでは、なぜ中小企業は資産の除却や新規設備投資を抑制する傾向にあるのだろうか。勿論、最も大 きな要因としては収益力の問題が挙げられるだろう。中小企業と大企業の営業利益率の推移を比較したと ころ(図表3)、90年代以降、リーマン・ショックの一時期を除いて、大企業と中小企業の収益力の差が拡 大傾向にあることがわかる。また、自己資本比率も一貫して低い(図表4)。既存資産を除却する場合、特 別損失として費用計上する必要がある。中小企業には特別損失を計上するだけの収益力もしくは、それに 耐えうる財務体力を有する企業が少ないという可能性が考えられる。 次頁図表5は、製造業の設備投資と投資採算の推移を示したものである。投資採算の推移と設備投資の増 減の間に一致した動きがみられる。次に、大企業と中小企業の投資採算を比較した図表6をみると、1994年 頃より乖離していることがわかる。リーマンショック前後の2000年代後半に、大企業の投資採算が急低 下したことで一旦乖離はなくなったが、大企業の投資採算の回復に伴い、再び乖離が生じている。こ の乖離が、大企業と中小企業の設備投資のボリュームの差として表れているといえるだろう。 図表3 企業規模別の営業利益推移 図表4 企業規模別の純資産比率推移 (%) (営業利益率、%) 50 7 中小企業 6 45 大企業 大企業 40 5 35 30 4 25 3 20 2 15 1 10 中小企業 5 0 1980 85 90 95 2000 05 10 (注)1.対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を 中小企業、10億円以上を大企業とした。 2.四半期営業利益の4四半期後方移動平均。 (資料)財務省「法人企業統計季報」より、みずほ総合研究所作成 0 15 1980 (年) 85 90 95 2000 05 10 (注)対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を 中小企業、10億円以上を大企業とした。 (資料)財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成 2 15 (年度) ただ、図表6をみてもわかるように、中小企業の投資採算も足元では改善傾向にある。それに伴って 設備投資も増加傾向にあり、徐々に設備の質の改善も進んでいくと思われる。 3.中小企業の設備ヴィンテージ上昇の構造的要因に関する一考察 以上でみてきたように、企業の収益力や投資採算の差によって、大企業と中小企業の間の設備投資行動 に差が表れており、その結果、中小企業の設備ヴィンテージが相対的に上昇していると思われる。しかし、 裏を返せば、それは「儲からないから設備投資に結びつかなかった」という原因を確認したに過ぎない。 その観点からは既に、中小企業の設備投資を促進する事を目的に、固定資産の減税措置など対策が進めら れている。相対的に赤字法人の多い中小企業に対して、赤字でもメリット享受可能である点など一定の効 果が期待できると考えられる。 しかし、収益力や財務体力以外の観点で、中小企業の設備投資を妨げているものがないのだろうか。デ ータの制約もあり、定量的な分析には至っていないが、中小企業の設備ヴィンテージを上昇させている構 造的な要因について考察を行った。 (1)後継者不在による投資抑制 日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2016年2月) 1 によると、 中小企業のうち50%が現在の社長の代での廃業を予定している。そのうち28.5%が後継者難を理由と している。対して、事業に将来性がないために廃業を予定しているのは27.9%であり、後継者難が廃 業の大きな理由のひとつとなっていることが分かる。そして廃業予定企業のうち40%強が今後10年で 「事業の成長が期待できる」もしくは「現状維持は可能」と回答している。 廃業を予定している以上、当然、大規模な設備投資は期待できない。つまり、事業継続が可能であ るにも関わらず後継者が存在しないために、結果的に設備投資が実施されていないという、潜在的な 設備投資需要が一定割合存在する可能性を示唆する結果といえるだろう。 図表5 設備投資伸び率と投資採算推移 (前年度比、%) 投資採算(右目盛) 40 図表6 (%) 16 (%) 30 14 16 20 12 14 10 10 0 8 8 ▲ 10 6 6 ▲ 20 4 ▲ 30 2 設備投資 ▲ 40 18 85 90 95 2000 05 10 大企業 12 10 4 2 中小企業 0 1980 0 1980 企業規模別の投資採算推移 15 85 90 95 2000 05 10 15 (年度) (注)1.対象は、製造業。資本金1億円未満を 中小企業、10億円以上を大企業とした。 2.投資採算は、営業資産利益率-支払金利で計算。営業資産利益率は、営業利益を 期中平均営業資産(有形固定資産+棚卸資産)で除した。支払金利は、支払利息 を期中平均有利子負債(短期借入金+長期借入金+社債)で除した。 3.15年度については、季報のデータにより作成。 (資料)財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成 (年度) (注)1.対象は、全規模・製造業。 2.投資採算は、営業資産利益率-支払金利で計算。営業資産利益率は、営業利益を 期中平均営業資産(有形固定資産+棚卸資産)で除した。支払金利は、支払利息 を期中平均有利子負債(短期借入金+長期借入金+社債)で除した。 3.15年度については、季報のデータにより作成。 (資料)財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成 3 (2)単一事業によりポートフォリオ分散できていない可能性 また、その他に単一事業や単一事業所である事が大規模投資を抑制している可能性はないだろうか。 中小企業は大企業と比較して単一事業を行っている企業、単一事業所の企業の割合が高いと考えられ る。産業構造の点から考えると、下請けという立場では、自社の都合で生産を一時停止させるような 設備の入れ替え等のハードルが高い可能性もあるだろう。また、事業面でも設備面でも、いわば「一 本足打法」となっている企業は相対的に大規模な更新投資に踏み切りにくいという可能性があるので はないだろうか。かつて「選択と集中」が叫ばれた中で、事業ポートフォリオが多岐にわたっている ことはコングロマリットディスカウントを引き起こし、企業価値にとってマイナスであるという意見 が聞かれた。適切な「選択と集中」は企業の成長にとって必要であると考えられるが、大企業におい ては、事業ポートフォリオが分散されていることでリスク分散が図られ、結果的に思い切った投資に つながっている側面もあるのではないだろうか。 もし、上記でみてきたような要因が中小企業の設備投資を妨げている可能性があるのだとすれば、 今後、中小企業の第三者承継やM&A、合従連衡を促進することにより、潜在的な設備投資需要を顕在化 させることができるのではないだろうか。 なお、本調査は、個人企業・法人企業を対象としており、前段までの調査対象である資本金 1 億円未満の事業法人とは対象範 囲が若干異なる。 1 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 4
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