リサーチ TODAY 2016 年 6 月 30 日 マイナス金利がこんなに不人気になった2つの理由 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 今年1月29日に日銀が付利金利を▲0.10%へ引き下げを決定してから5カ月が経過した。その後、マイナ ス金利がここまで不人気なのはなぜだろうか。筆者の見立てとして、2つの要因がある。第1に、マイナス金利 の目的は明らかに、円安誘導による株高政策であったにもかかわらず、米国側のドル安誘導によって、当初 の意図とは正反対の円高・株安になってしまったことだ。そもそも、マイナス金利政策は、金融機関の収益に マイナスに働き、金融機関には不人気な性格を帯びていたが、それを上回るメリットを円安・株高で得られれ ば、世の中全体ではプラス、デフレ脱却目的にはプラスとの期待があった。しかし、その当てが外れた。米国 のドル安誘導がなかりせば、世の中ではマイナス金利に相応の評価があった可能性がある。第2に、日銀の マイナス金利導入目的の一つが、追加策の選択肢を広げることにあったことだ。すなわち、国債購入の限界 が認識されていたなか、金利の次元で追加余地を確保する必要があった。しかし、日銀がマイナス金利の深 掘り姿勢を示せば示すほど、金利の底値感が生じず、追加的な資金需要が生じない。その結果、実体経済 面の効果は阻害されることになり、さらにマイナスのイメージからデフレ不安まで醸成された。下記の図表は、 世界の金利の『水没』マップだ。日本としては、マイナス金利政策でもう一段金利を水没させて、対米の金利 差拡大で円安を狙った。しかし、現実には、世界の「浮き輪」であった米国が自ら「浮き輪」を引き下げて、ド ル高圧力を阻止する実力行使に出てしまった。これは日本にとって誤算であった。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2016年6月28日) スイス 日本 ドイツ デンマーク オランダ フィンランド オーストリア フランス スウェーデン アイルランド スペイン イタリア 英国 ノルウェー カナダ 米国 ポルトガル オーストラリア 中国 インド 1年 -0.99 -0.30 -0.60 -0.60 -0.61 -0.60 -0.54 -0.54 -0.50 -0.31 -0.19 -0.15 0.25 0.48 0.52 0.44 0.18 1.53 2.41 6.98 2年 -0.97 -0.30 -0.66 -0.58 -0.60 -0.56 -0.55 -0.51 -0.64 -0.28 -0.10 -0.04 0.19 0.47 0.50 0.61 0.76 1.56 2.50 7.04 3年 -0.99 -0.28 -0.66 -0.49 -0.56 -0.55 -0.47 -0.45 -0.54 -0.14 -0.01 0.05 0.26 0.46 0.49 0.71 1.32 1.53 2.60 7.14 4年 -0.97 -0.31 -0.63 -0.41 -0.54 -0.44 -0.44 -0.40 -0.44 -0.10 0.13 0.16 0.37 0.56 0.54 0.86 1.73 1.58 2.72 7.29 5年 -0.93 -0.31 -0.56 -0.32 -0.39 -0.39 -0.34 -0.30 -0.21 0.00 0.31 0.38 0.45 0.66 0.58 1.01 1.97 1.63 2.84 7.41 6年 -0.85 -0.31 -0.53 -0.27 -0.37 -0.26 -0.29 -0.25 -0.12 0.07 0.39 0.58 0.60 0.75 0.69 1.14 2.19 1.72 2.85 7.55 7年 -0.79 -0.31 -0.44 -0.22 -0.25 -0.20 -0.26 -0.15 -0.04 0.27 0.62 0.78 0.75 0.84 0.78 1.27 2.41 1.81 2.85 7.54 8年 -0.65 -0.29 -0.37 -0.16 -0.14 -0.07 -0.20 -0.04 0.12 0.44 0.99 1.02 0.87 0.90 0.86 1.34 2.90 1.89 2.86 7.57 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 1 9年 -0.56 -0.28 -0.24 -0.03 0.00 0.03 0.03 0.11 0.24 0.60 1.14 1.22 0.86 0.99 0.97 1.40 2.96 1.95 2.87 7.60 10年 -0.50 -0.22 -0.11 0.09 0.12 0.19 0.26 0.24 0.36 0.64 1.31 1.40 0.96 1.06 1.08 1.47 3.15 1.99 2.88 7.45 11年 -0.47 -0.19 -0.10 0.12 0.16 0.24 0.25 0.30 0.44 0.70 1.38 1.45 1.07 12年 -0.45 -0.17 -0.09 0.14 0.20 0.29 0.25 0.36 0.53 0.76 1.44 1.51 1.18 13年 -0.38 -0.15 -0.07 0.16 0.24 0.33 0.24 0.42 0.61 0.82 1.50 1.57 1.29 14年 -0.32 -0.13 -0.06 0.18 0.28 0.38 0.23 0.48 0.70 0.88 1.56 1.62 1.41 1.15 1.51 3.23 2.03 2.92 7.74 1.21 1.55 3.31 2.08 2.97 7.75 1.27 1.59 3.39 2.12 3.01 7.61 1.34 1.63 3.47 2.16 3.06 7.67 15年 20年 30年 40年 -0.26 -0.13 -0.01 0.00 -0.11 0.04 0.06 0.07 -0.05 0.16 0.43 0.20 0.30 0.52 0.31 0.38 0.57 0.43 0.48 0.60 0.22 0.46 0.92 0.54 0.79 0.98 0.79 1.22 0.94 1.08 1.38 1.63 1.87 2.36 1.68 2.04 2.40 1.52 1.68 1.81 1.61 1.40 1.67 3.55 2.21 3.10 7.79 1.72 1.87 3.83 2.55 1.73 2.27 4.00 7.72 7.88 リサーチTODAY 2016 年 6 月 30 日 下記の試算は単純な仮定でマイナス金利の部門別の影響を振り返ったものだ。マイナス金利導入により、 恩恵が最も大きいのは政府部門で、次いで事業会社(非金融法人企業)となる。一方、マイナス金利による 損失が最も大きいのが金融機関となる。マイナス金利は金融機関向け課税に等しい。マイナス金利という 処方箋は、金融機関の収支を圧迫し金融仲介力を低下させかねない「劇薬」でもある。従って、あくまでも 短期戦、ショック療法で円安・株高による好循環を意図したはずが、その効果がないとすると、金融機関課 税のマイナス効果だけが顕現化し、金融機関収支を蝕むこととなる。つまり、マイナス金利は長く処方し続 けると副作用が大きいという特徴をもつ。 ■図表:マイナス金利による部門別所得移転の効果(概算) 財産収支 (金利収入・支払) への影響額 家計(個人企業を含む) 日銀への国債売却価格 の変化を加味した場合 ▲23億円 非金融法人企業 +1,218億円 金融法人企業 ▲4,310億円 政府 +4,675億円 日銀 ▲1,141億円 保有国債の日銀への 売却価格上昇により、 収益にプラスの効果 保有国債の売却 国債の買取価格上昇に より、収益にマイナスの 効果 (注)貸出・借入、株式以外の証券は▲5bp、預金は 1bp と仮定。なお、マクロ加算残高は▲10bp、 政策金利残高は▲20bp で算定。 (資料)日本銀行「資金循環統計」より、みずほ総合研究所作成 6月8日の日経MJの「2016年上期のヒット商品番付」で、西の横綱は「マイナス金利特需」だった。その中 身は、住宅ローン借り換えの急増、金庫の販売増、デパートの友の会(積立金サービス)だった。ここで、住 宅ローンの増加はあくまでも借り換え(前年同期比2.7倍)であり、新規借り入れの増加でない。日銀が金融 政策の限界説を排除すべくマイナス金利の深掘りの可能性を示せば示すほど、底値感での新規借り入れ は生じにくい。 今日のマイナス金利は、預金受け入れを途絶することによる、信用活動の低下を意味する。既に、短期 資金を扱うMMFはマイナス金利によって商品の基盤を失なった。同時に、長い負債を有する保険や年金も 一部の商品の販売が困難になり、その信用活動の範囲が低下することになる。理論的には、信用乗数を低 下させて信用活動にマイナスになる。金融の発展が、近代的な銀行制度では預金による貯蓄を蓄えること による信用拡張であったこととは、真逆の状況だ。 しかし、一度、マイナス金利を導入した以上、元に戻すのは為替の観点からも困難だ。現環境でマイナ スをさらに深めても円安に効くとは思えないが、金利を元に戻せば円高リスクが顕現化しやすい。しかし、こ れだけの円高でもマイナス金利を深めないと、マイナス金利政策が封印されたとみなされやすいため、日 銀としてはもう1回マイナス金利の深掘りをしたいだろう。しかし、現金はマイナス金利にならないこと、リテー ル預金のマイナスは困難であるなか、マイナス金利の効果も限られる。過去3年は、米国のドル高容認、円 安の追い風のなか、サプライズを伴う短期決戦の戦略が取られてきたが、この戦略は見直しを迫られた。円 高の嵐のなか、当面、防御的な長期戦に備える局面になってきた。 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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