無難に終わった日米首脳会談

みずほインサイト
政 策
2017 年 2 月 13 日
無難に終わった日米首脳会談
政策調査部主席研究員
通商関係は「嵐の前の静けさ」か?
03-3591-1327
菅原淳一
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○ 2月10日に行われたトランプ米大統領就任後初の日米首脳会談は、日米関係の重要性を再確認し、
2国間の経済対話の創設で合意する無難な結果となった
○ 同会談を前に、米側からは自動車貿易や為替等の問題を首脳会談で扱うとの見通しが示されていた
ため、日本側に警戒感が広がっていたが、実際にはこれらの問題は主要議題とはならなかった
○ ただし、これをもって今後の日米通商関係が「凪」に向かうとみるのは早計だろう。経済対話の中
で米側が日本に対して厳しい要求を突きつけてくることに引き続き警戒が必要である
1.「厳しい対日要求」との懸念は杞憂に
2月10日に行われた安倍晋三首相とドナルド・トランプ米大統領の首脳会談の結果は、日本側にとっ
て期待以上の成果を上げたと言って良いだろう。安全保障面では、「揺らぐことのない日米同盟はア
ジア太平洋地域における平和、繁栄及び自由の礎である」と共同声明で高らかに宣言し、共同記者会
見ではトランプ大統領から米軍の受け入れに対する日本国民への謝意の表明まであり、主要全国紙は
揃って日本側にとって「満額回答」と言える結果と評した。
本稿が評価対象とする経済・通商面では、安全保障問題と結びつけられて議論されることもなく、
ほぼ日本側が望んだ結果になったと言えるだろう。会談前には、米側から自動車貿易の「不均衡」是
正が議題となり、為替問題についても議論が行われる可能性があるとの見通しが示されていたため、
日本側には強い警戒感が広がっていたが、実際には主要議題とはならなかった。トランプ政権は、首
脳会談を前に議会承認が得られていない財務長官や商務長官、通商代表等の経済・通商を担当する閣
僚が不在で、実務を担う事務レベルも陣容が整っていなかった。そのことが影響したのか、今回の会
談では具体的な対日要求はなかった。また、日本側が「お土産」として用意していると報じられてい
た、米国での数十万人規模の雇用創出につながる「日米成長雇用イニシアティブ」(仮称)というカ
ードも切らずに温存されたようだ。他方、日本側が提案したとされる2国間の「経済対話」の設置に
ついては合意された。
トランプ大統領就任後初の日米首脳会談は、結果だけをみれば、安全保障面と経済面の双方で日米
関係の重要性を再確認し、新たな経済対話の枠組みの設置に合意して、首脳同士の個人的な信頼関係
を構築するという、総じて高く評価できる内容であったと言えるだろう。
1
2.日米2国間「経済対話」の設置に合意
共同声明(経済部分)も、その内容は基本的には日本にとって望ましいものとなっている(図表1)。
ただし、今後日米両国で解釈に齟齬が生じる可能性があるものも含まれている。
共同声明ではまず、「国内及び世界の経済需要を強化するために相互補完的な財政、金融及び構造
政策という3本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメント」が再確認された。1月31日に行
われた製薬会社幹部との会合において、トランプ大統領が日本の金融緩和策を円安誘導だと批判した
と伝えられたことに、菅義偉官房長官が「金融緩和は国内の物価安定目標のためであり、円安誘導を
目的としたものではない」と反論するという一幕があったが、この文言はそれを受けてのものだろう。
共同声明に、成長等のために「全ての政策手段‐金融、財政及び構造政策‐を個別にまた総合的に用
いるという我々のコミットメントを再確認する」というG20財務大臣・中央銀行総裁会議声明で毎回の
ように用いられている文言とほぼ同じものが盛り込まれたことで、日本としては「金融緩和は国内の
物価安定目標のため」であることを共通認識として米側と確認できたということだろう。今回の会談
で為替問題が争点とならず、日本の政策にも一応の理解が得られたことは評価できる。ただし、トラ
ンプ大統領は共同記者会見において、対中政策に関する文脈で「通貨切り下げ」に強い不満を述べて
いる。その矛先がまたいつ日本に向けられるかもしれず、引き続き警戒が必要だろう。
次に、日米両国が「自由で公正な貿易のルールに基づいて、両国間及び(アジア太平洋)地域にお
ける経済関係を強化することに引き続き完全にコミットしている」こと、並びに「両国間の貿易・投
資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長及び高い基準の促進に向けた両国の
継続的努力の重要性」が再確認された。日米2国間だけでなく、アジア太平洋地域における経済関係
の強化が謳われたことは、米国のTPP(環太平洋パートナーシップ)離脱後も日米両国が同地域に
おけるルール形成に努めていく姿勢を示したという点で高く評価できる。ここで注意すべきは、「公
正な貿易のルール」という点だろう。過去の日米貿易摩擦は常に米国が日本の「不公正貿易」を問題
視して生じたものであり、トランプ政権も中国による「不公正貿易」を強く非難している。今後「公
正」の名の下にどのような対日批判が飛び出すか、注意を要する。
図表 1:日米首脳会談結果(経済部分)概要
○国内及び世界の経済需要を強化するために相互補完的な財政、金融及び構造政策という3
本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認
○自由で公正な貿易のルールに基づき、日米両国間及びアジア太平洋地域での経済関係を
強化。これは同地域における貿易及び投資に関する高い基準の設定、市場障壁の削減、経
済及び雇用の成長の機会の拡大を含む
○米国の環太平洋パートナーシップ(TPP)離脱に留意し、共有された目的の達成のための最
善の方法を探求。これには日米2国間の枠組みの議論や日本の既存のイニシアティブを基礎
とする地域レベルの進展の推進を含む
○麻生太郎副総理とペンス副大統領をトップとする経済対話を新設。同対話では、①財政政
策、金融政策などマクロ経済政策、②インフラ、エネルギー、サイバー、宇宙などの協力、③2
国間の貿易に関する枠組み、の3項目を議論
(資料)外務省「日米共同声明」(2017年2月10日)及び各種報道より、みずほ総合研究所作成
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続いて、「米国の環太平洋パートナーシップ(TPP)離脱に留意し、両首脳は、共有された目的
の達成のための最善の方法を探求する」とされ、これには「日米間で2国間の枠組みに関して議論を
行うこと、また、日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進するこ
とを含む」とされた。ここは読み解き方が難しい部分であり、日米が同床異夢にあるのではないかと
思われる部分である。安倍首相は今回、トランプ大統領に対してTPPの経済的・戦略的意義につい
て説明したとされているが、日本としては「最善の方法」という文言に米国の将来的なTPPへの回
帰の願いを込めたのかもしれない。他方、2国間交渉を重視する米側は、「最善の方法」として日米
FTA(自由貿易協定)を含む、アジア諸国との2国間FTAの締結を想定しているのかもしれない。
電子商取引に関するルール等、TPPで合意されたルールの部分的な実施も含め、今後「最善の方法」
が探求されることになるが、日本としてはTPPに代わる「次善の方法」を探らねばならない1。
さらに、「日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進する」とい
う文言をどう解釈すべきなのかは難しい。RCEP(東アジア地域包括的経済連携)など、日本が現
在進めている米国が参加していないアジア太平洋地域におけるFTAを進めることへの米側の理解を
得たということは言えるだろう。その上で、わざわざ「既存の」と明記したことは、「新たな」日本
のイニシアティブには米側は賛同できないということなのだろうか。「米抜きのTPP」は「既存の
イニシアティブ」に含まれるのだろうか。そもそも、このように深読みすることに意味はないかもし
れないが、その意味するところが判然としない文言である。
最後に、2国間の「経済対話」の設置につき合意された。共同声明には明記されていないが、共同
記者会見での安倍首相の発言や報道によれば、同対話は日本側は麻生太郎副総理(兼財務大臣)、米
側はマイク・ペンス副大統領をトップとし、①財政政策、金融政策などマクロ経済政策、②インフラ、
エネルギー、サイバー、宇宙などの協力、③2国間の貿易に関する枠組み、の3項目を議論するもの
とのことである。マクロ経済、個別分野での協力、通商問題という柱立ては、これまでの日米2国間
対話でもみられたものである(図表2)。
今回設置される「経済対話」の注目点は、その責任者に双方の政権ナンバー2を据えたことである。
これを提案したのは日本側だと言われているが、そこには、①担当分野で成果を上げなければならな
い商務長官や通商代表等ではなく、日米関係全体を考慮する立場にある副大統領をトップとすること、
図表 2:過去の日米2国間経済対話
開始年
米政権
1985
レーガン
市場志向型分野別協議(MOSS協議)
1989
ブッシュ
日米構造協議(SII)
1993
クリントン
日米包括経済協議
1997
クリントン
日米規制緩和対話
2001
2010
名称( 通称)
G.W.ブッシュ 日米規制改革及び競争政策イニシアティブ
オバマ
日米経済調和対話
(資料)外務省・経済産業省資料より、みずほ総合研究所作成
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②複数の日本車メーカーが現地拠点を有するインディアナ州の知事を務め、日本企業の米国における
雇用創出への貢献をよく知るペンス氏を責任者とすること、によって、対話における個別分野での対
立激化の回避という狙いがあったとみられる。安倍首相は、共同記者会見において、為替については
専門家たる財務相間で緊密な議論を継続させていく、と説明した。これは、トランプ大統領による「不
規則発言」に惑わされず、担当閣僚や実務レベルで粛々と協議を進めることを示したものとみられる
が、経済対話においても政権ナンバー2をトップに据えることで同様の効果を期待したものと思われ
る。
3.「経済対話」では摩擦再燃となるのか?
今回の日米首脳会談は、安倍政権にとっては期待以上の成果を上げるものとなったと言えるだろう。
しかし、これはトランプ政権下の日米関係のはじめの一歩にすぎない。通商問題については、今回争
点化が回避されたのは良かったが、これは議論がすべて「経済対話」に先送りされただけとみること
もできる。米側で商務長官や通商代表の議会承認を終え、通商政策の司令塔として新設された国家通
商会議が本格的に始動すれば、自動車貿易等に関する厳しい対日要求が突きつけられ、日米貿易摩擦
の再燃となる可能性も否定できない。制裁措置等をちらつかせながらの「力」を背景にした2国間交
渉を志向するトランプ政権の基本姿勢は変わっていないとみるべきだろう2。トランプ大統領の「つぶ
やき」に右往左往することは避けるべきであるが、日本企業としては、対メキシコ、対中国政策も含
め、トランプ政権が打ち出してくるであろう政策を想定し、備えておくことが重要である。
移民規制問題等、トランプ政権に世界から厳しい目が注がれる中での今回の日米首脳による「ゴル
フ外交」には強い批判もある。安倍政権はそれを承知の上で、首脳間の個人的信頼関係の構築を優先
したと言われている。信頼関係とは、時に激しい意見対立があったり、苦言を呈することがあっても、
それを乗り越えて解決策を見出せる関係をいうのだろう。日米首脳間の個人的信頼関係という政治的
資産を今後いかに使っていくのか。安倍政権の真価が問われることになる。
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TPPの代替策については、菅原淳一「TPP頓挫後のプランBを考える~トランプ米新政権の TPP 脱退に備え
る」、『みずほインサイト』(2016 年 11 月 16 日、みずほ総合研究所)参照。
2 この点については、菅原淳一「
『力の秩序』へ回帰するトランプ通商政策」『エコノミスト Eyes』(2017 年 1 月 19
日、みずほ総合研究所)参照。
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