6月20日配布資料

財務会計Ⅱ 第 5 回 資産負債観と収益費用観(1)
2016 年 6 月 20 日(月) 米山 正樹
Ⅰ 資産負債アプローチと収益費用アプローチ:登場までの経緯
基本的な会計観を示す概念として、「資産負債アプローチ(資産負債観)」と「収益
費用アプローチ(収益費用観)」がしばしば用いられている。ただしこれらは多義的に
用いられており、そのことが不要な混乱を生み出しているのではないか、という懸念が
示されることも多い。こうしたことから、ここでは最初に、そもそも「資産負債アプローチ」
や「収益費用アプローチ」がどのような経緯で生み出されてきた概念なのかを確かめ
たい。
(1) 原価・実現基準に依拠する理由の模索 ―成果と努力の対応―
時価や公正価値による継続的な再評価によるのではなく、実現を待って利益をとら
える方法が実務に根づいた第 2 次世界大戦前の米国では、その理論的な根拠を示
すことが求められていた。Paton, W. A. and A. C. Littleton, An Introduction to
Corporate Accounting Standards, American Accounting Association, 1940 は、原価-
実現の枠組みにもとづき利益を計算することの基礎を示した最も初期の研究書として
知られている。そこでは、成果と努力とを適切に対応させ、投資に係る純額の成果を
客観的にとらえる必要から、原価主義と実現基準に依拠した計算の必要性が説かれ
ている。そこでは投資原価のうち、当期の収益に貢献したものを費用としてとらえると
ともに、当期の収益への貢献を期待できないものは「将来費用に転化するのを待って
いる項目」として繰り延べることが求められていた。
より具体的には、販売の事実にもとづき実現した収益をとらえるとともに、収益の獲
得に不可欠の犠牲といいうる支出を当該収益と対応させ、同一年度の費用として計
上することが求められる。収入と収益、支出と費用との間に期間のずれが生じている
場合は、前払いの費用項目・未払いの費用項目・前受けの収益・未回収の収益など
の性質を有する資産や負債を用いて、収入・支出を適切な期間に配分することで、
成果と犠牲との対応関係が図られる、とされていた。
(2) 不健全・不適切な資産・負債が計上されてしまうおそれ
―「成果への貢献」の存否だけに着目することの問題点―
1
上記の枠組みにもとづく利益計算は、収益・支出の繰延べ・見越しによって生じた
項目が、やがて将来の収益や費用に結び付く限りにおいて機能する。これに対し、
「当期の成果や犠牲に直結しない」という理由で繰り延べられた(=当期の利益に反
映されなかった)収益や支出の中に、「当期のみならず、将来の成果への貢献をも期
待できない項目」が含まれていると事態は複雑となる。
直前に例示した「当期の成果との関連が低いという理由で繰り延べてみたものの、
将来の成果にも結び付きそうにない項目」の典型例のひとつは、いわゆる臨時巨額
の損失である。これは特定年度に固有の事象によって会社が負担することとなった、
大きな損失を指す。このような性質を有する臨時巨額の損失は、当期の巨額な支出
と結び付いているが、こうした支出は投資の成果と結び付かない「一方的なもの」であ
り、「当期の成果に貢献した犠牲だけを費用として計上する」という考え方を字義どお
りに適用すれば、当期の損益に反映すべきでない項目となる。
とはいえ、これは一方的な損失であって、将来におけるいずれかの期間の成果に
結びつく見込みもない。つまり繰り延べたところで「最初から」「原理的に」収益への貢
献が期待できない項目である。にもかかわらずその繰り延べを許容すれば、収益へ
の貢献をまったく期待できない資産を貸借対照表に計上する結果となる。つまり「当
期の収益への貢献を期待しうる収入・支出は収益・費用に含め、貢献を期待できない
ものは『消去法的に』資産・負債に含める」という規準を採用した場合、損益の「純化」
と引き換えに、貸借対照表に「将来の収益に貢献しないという意味で不適格な項目」
をも計上する結果となってしまう。こうした状態は、当期の成果への貢献が期待できな
いものであれば、あとは好きなもの(what you may call it)を資産に計上しうる状況、と
揶揄されていたことが知られている。
(3) 「資産・負債アプローチ」の登場
基本的には、原価-実現の枠組みにもとづく従来の利益計算を堅持しながら、臨
時巨額の損失を典型例とする「不適格な項目」を排除する必要から考え出されたのが、
資産・負債アプローチという考え方である。これと対置されるのが収益・費用アプロー
チであり、これは伝統的に踏襲されてきた、「当期の成果への貢献の存否」という観点
から当期の収益と費用を定め、収益や費用に含まれなかったものは一律かつ自動的
に繰り延べる考え方と対応している。
資産・負債アプローチによる場合も、ある収入・支出が当期の収益・費用に反映さ
れるのか、それとも資産・負債として貸借対照表で繰り延べられるのかを決めるのは、
2
主として「当期の成果への貢献」の存否である。ただし収益・費用アプローチと違って、
資産・負債アプローチのもとでは、「最終的に貸借対照表に計上すべきもの」と「計上
すべきでないもの」との区分は、2 段階で行われる。このうちの第 1 段階(第 1 ステップ)
は収益・費用アプローチと同様だが、資産・負債アプローチにおいてはこれに続き、
第 2 段階として「繰り延べるべし、と判断された項目が経済的な資源を伴っており、経
済的便益を生み出しうるかどうか(負債については、経済的な資源を引き渡す義務を
伴っているかどうか)」という判断を行う。そこではこの規準をも満たしたものだけが、資
産や負債として最終的に貸借対照表に計上されることとなる。
資産・負債アプローチが求めている一連の判断基準による場合、先に例示した臨
時巨額の損失は、資産計上が認められないこととなる。第 1 段階の判断で「当期の成
果への貢献が認められない」という理由で費用から除外されたこの項目は、第 2 段階
の判断で「将来の成果への寄与も期待できない」という理由から、資産への計上が禁
じられる。いずれの期間の収益への貢献も期待できない項目は、結果的に当期の損
失に反映されることとなる。
資産・負債アプローチを最初に提唱したと言われているのが、FASB Discussion
Memorandum, An analysis of issues related to Conceptual Framework for Financial
Accounting and Reporting: Elements of Financial Statements and Their Measurement,
December 1976 である。ここで提唱された資産・負債アプローチは、会計基準の体系
を支える基礎概念をとりまとめた「概念フレームワーク」という文書に引き継がれ、その
記載内容を通じて個別基準の新設・改廃に影響を及ぼしている。先に記した資産・負
債アプローチの考え方は市場関係者に受け入れられ、いまでは資産・負債アプロー
チの考え方と整合的な会計基準が開発されているといってよい。
(4) 資産・負債アプローチの具体的な現れ
-概念フレームワークにおける定義の順序-
資産・負債アプローチの特徴は、先に述べたとおり、経済的な資源やそれを引き渡
す義務を伴わない資産や負債の計上を排除する点に求められる。「当期の成果に貢
献しない収入・支出」はいったん当期の収益・費用から除かれる。当期の収益・費用
に含まれなかった項目の分類先は、(特殊な処理を想定しない限り)資産か負債とな
る。ただ「当期の成果に貢献しない項目」は(a)翌期以降の成果には貢献する見通し
の項目と(b)翌期以降の成果にも貢献しそうにない項目に大別される。前者は経済的
な資源やその引き渡し義務を伴っているという意味において、資産や負債に計上しう
3
る項目だが、後者はそれらを伴っていない。したがって、資産・負債アプローチのもと
で資産や負債に含まれるのは(a)だけとなる。
こうしたスタンスが最も明確に現れているのは、先述した「概念フレームワーク」の、
財務諸表の構成要素に係る記述である。
〔以下は Statement of Financial Accounting Concepts No.6: Elements of Financial
Statements, FASB, December 1985 より引用。邦訳は平松一夫・広瀬義州訳『FASB
財務会計の諸概念』中央経済社、1988 年による。〕
25. 資産とは、過去の取引または事象の結果として、ある特定の実体により取得また
は支配されている、発生の可能性の高い将来の経済的便益である。
35. 負債とは、過去の取引または事象の結果として、特定の実体が、他の実体に対し
て、将来、資産を譲渡しまたは用役を提供しなければならない現在の債務から生じ
る、発生の可能性の高い将来の経済的便益の犠牲である。
49. 持分または純資産とは、負債を控除した後に残るある実体の資産に対する残余
請求権である。
70. 包括的利益とは、出資者以外の源泉からの取引その他の事象および環境要因
から生じる一期間における営利企業の持分の変動である。
78. 収益とは、財貨の引渡もしくは生産、用役の提供、または実体の進行中の主要な
または中心的な営業活動を構成するその他の活動による、実体の資産の流入その
他の増加もしくは負債の弁済(または両者の組み合わせ)である。
80. 費用とは、財貨の引渡もしくは生産、用役の提供、実体の進行中の主要なまたは
中心的な営業活動を構成するその他の活動の遂行による、実体の資産の流出その
他の費消もしくは負債の発生(または両者の組み合わせ)である。
なお Statement of Financial Accounting Concepts No.5 には、収益の認識と測定に
4
係る記述がみられる。そこでは、収益は一般に、(a)実現した(realized)とき、または実
現可能となったときに、あるいは(b)稼得された(earned)ときに認識される旨が併せて
記されている。
ここで確認したように、資産・負債アプローチのもとでは、資産や負債といったストッ
ク概念に自律的な定義が与えられ、収益や費用などはそこから従属的に導かれてく
ることとなる。ただしその事実は、損益計算書とくらべて貸借対照表を重視することを
意味しないし、資産や負債を「未償却残高」(計画的・規則的な費用配分の途上にあ
って、いまだ費用に転化していない金額)ではなく、時価や公正価値のように「直接
的な意味づけが可能な評価基準」を用いるべきことも意味しない。この「ただし書き」
は、次回の議論において重要性を帯びてくる。
Quiz
収益・費用アプローチのもとで、資産・負債・純資産(持分)・収益・費用などにどの
ような定義が与えられることになるのか、考えてみよ。
(5) 収益・費用アプローチと資産・負債アプローチとで取り扱いが異なりうる項目
「収益・費用アプローチのもとでは資産・負債としての計上が許容されてしまうが、
資産・負債アプローチのもとでは計上が求められない項目」あるいは「いずれのアプ
ローチでも計上は求められるが、アプローチの違いに応じて評価額が異なる項目」と
しては、以下に掲げる諸項目がしばしば例示される。ただし計上の要否や評価額が
アプローチの違いに応じて異なるかどうかについては、当事者間で必ずしもコンセン
サスが形成されていない項目もみられる。

修繕引当金

研究開発投資

退職給付に係る負債

資産除去債務

繰延税金資産・繰延税金負債
5