Jun 20, 2016 No.2016-029 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected] ブラジル経済 UPDATE:連続マイナス成長下で船出したテメル暫定政権 ブラジルの 1~3 月期実質 GDP 成長率は前年同期比 5.4%減となり、8 四半期連続のマイナス成長となっ た。ただし、これまで累積されてきたレアル安による輸出拡大に加えて、インフレの悪化も止まってきて おり、消費者心理は下げ止まった。今後のテメル暫定政権の舵取り次第では、景気が底打ちする可能性も 出てはきたが、その半面、政権は危うさを数多抱えており、先行きについては依然として全く予断を許さ ない。 GDP はマイナスが続くが、減少幅は縮小 ブラジルの 1~3 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比 5.4%減となり、8 四半期連続でのマイナス。ま た、前期比でも 0.3%減となり 5 四半期連続のマイナスとなった。ただし、マイナス幅は前年同期比では 5 四半期ぶりに縮小した。前期比では 3 四半期連続での縮小となり、1~3 月期はほぼ横這いとなった(下 図左)。 実質GDP成長率(%) 実質GDP成長率(寄与度、前年同期比、%) 8.0 8.0 6.0 6.0 4.0 4.0 2.0 2.0 誤差等 0.0 0.0 純輸出 前期比年率 -2.0 前年同期比 -4.0 -6.0 -2.0 固定資本形成 -4.0 政府消費 -6.0 家計消費 GDP -8.0 -12.0 (出所)ブラジル地理統計院 2011.I 2011.II 2011.III 2011.IV 2012.I 2012.II 2012.III 2012.IV 2013.I 2013.II 2013.III 2013.IV 2014.I 2014.II 2014.Ⅲ 2014.Ⅳ 2015.Ⅰ 2015.II 2015.Ⅲ 2015.Ⅳ 2016.I -10.0 -10.0 2011.I 2011.II 2011.III 2011.IV 2012.I 2012.II 2012.III 2012.IV 2013.I 2013.II 2013.III 2013.IV 2014.I 2014.II 2014.Ⅲ 2014.Ⅳ 2015.Ⅰ 2015.II 2015.Ⅲ 2015.Ⅳ 2016.I -8.0 (出所)ブラジル地理統計院 需要項目別にみると、前年同期比では、外需以外はすべてマイナスという状態が 5 四半期連続となった (上図右) 。外需の GDP 成長率への寄与度は、輸出増(前年同期比 13.0%増)と輸入減(同 21.7%減) により+4.6%Pt と高水準が維持され、また、家計消費、固定資本形成(設備投資、住宅投資等の合計)な どの内需のマイナス寄与も若干縮小したため、GDP 全体のマイナス幅も 10~12 月期(前年同期比 5.9% 減)から若干縮小した。 前期比でも、輸出の増加加速(10~12 月期:+0.1%⇒1~3 月期:+6.5%)と輸入の減少継続(10~12 月期:▲5.5%⇒1~3 月期:▲5.6%) 、さらには政府支出の 2 四半期ぶり増加(+1.1%)がプラスに貢献 したため、家計消費の減少幅拡大(10~12 月期:▲0.9%⇒1~3 月期:▲1.7%) 、固定資本形成の減少(▲ 2.7%)にもかかわらず、GDP 全体のマイナス幅は 10~12 月期(前期比 1.3%減)から 1%Pt 改善した。 さらに、後述するように、今年に入ってからは、外需拡大を背景とする経常収支改善と政権交代への期 待が合わさってレアル安がやや修正され、インフレもさらなる悪化は免れ、金融政策に若干の余裕が生ま 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 れつつある。また、株価が上昇して消費者心理も底を打ちつつあり、テメル暫定政権の舵取り次第では景 気が下げ止まる可能性も出てきた。しかし、その半面で、テメル暫定政権は後述するように危うさを数多 抱えての船出となっており、ルセフ政権同様に、必要な政策が分かっていてもこれを実施することができ ず、最悪では再び政権が崩壊し、結果として、政局混乱と景気悪化が続いていくことも十分に考えられる。 ルセフ交替への期待と株高・レアル高が消費者心理を下支え 以下、需要項目別に足元の月次指標をみていくと、4 月の小売売上(数量指数)は前年同月比 6.7%減 少した。減少幅は 1 月の同 10.6%減から 2 月には同 4.2%減に縮小したものの、3、4 月と再び拡大してい る。背景には、悪化が続く雇用情勢と、底打ちが見られる消費者心理という相反する動きがあり、結果と して消費の実績は、減少の加速こそ止まっても、そこからはなかなかプラスには転じて来ないものと考え られる。 小売売上高推移(数量ベース、前年同月比、%) 消費者信頼感指数(2010年7月~2015年6月平均=100) 40 120 30 110 20 100 10 信頼感指数 90 0 現在指数 将来指数 -10 80 -20 70 -30 10 11 12 13 14 15 16 60 小売売上 飲食料 家具家電 自動車・バイク 2006 (出所)CEIC(原資料:ブラジル地理統計院) 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:Getulio Vargas Foundation) 雇用情勢について、失業率は 2014 年 12 月の 6.5%を底にして上昇傾向が続き、特に昨年 12 月(9.0%) 以降は伸びが加速して直近の 4 月には 11.2%となった。他方、消費者信頼感指数は、昨年後半に 65 前後 で下げ止まり、2 月には 68.5 まで上昇した(5 月は 67.9)。特に将来指数が上昇してきており、今年 1 月 に現在指数を逆転し、それ以来、現在指数を上回っている。消費者心理の底打ちは、ルセフ弾劾の動きの 高まりと株高・レアル高(レアル安の修正)に影響された部分が大きいものと考えられる。 さらにはレアル安の修正は、輸入物価抑制を通じて、インフレ抑制要因ともなっている。ブラジルの消 費者物価指数(IPCA)は、2014 年 12 月(前年同月比 6.41%)から上昇ペースが加速し、ピークの今年 1 月には 10.71%まで高騰した。その要因としては、旱魃により低コストの水力発電を使えなくなったこ とや、公共料金の補助改廃・値上げなどが特殊要因として寄与していたが、こうした IPCA の上昇トレン ドには、ほぼ同時期に急速に減価の進んだレアル安による輸入物価上昇が強く影響している。そのレアル 安が 2 月以降ひとまず止まり、レアル高方向に修正されるに従い、IPCA も 10%を切り、直近 5 月まで 3 か月連続で 9%台となって、消費者心理に好影響を与えている。 しかし、このように消費をさらなる悪化から防いでいる最大の要因が、テメル暫定政権の「実績」では なく、「期待」であるため、その「期待」が裏切られれば景気は簡単に悪化することが見込まれる。実際 に、後述するように新政権がクリアしないといけない課題は多く、少なくとも現時点においては、期待先 行感が否めない。株価も、テメル暫定政権発足後は下落傾向で推移している。 2 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 固定資本形成にも底打ちの兆し 次に、GDP の需要項目のうち固定資本形成については、 設備投資と密接に関連する資本財の輸入は減少幅が拡大 しているものの、他方、資本財生産は足元 4 月には前年 同月比 16.5%減となり、減少幅がピーク(1 月)の 36.1% から急速に縮小してきている。 資本財の生産および輸入の推移(数量指数、前年同月比、%) 40 30 20 10 0 生産 -10 足元の資本財生産の動きを前月比でみると、4 月は 1.2%増となり 4 カ月連続で増加している。品目別では、 電子機器などが伸びている。新規設備に対する需要面で 輸入 -20 -30 -40 -50 は後述するような機械類の輸出増加、資金面では対内直 接投資が着実に流入していることなどを踏まえれば、こ 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル地理統計院) のまま資本財生産の増加傾向が当面は維持されて、4~6 月期の固定資本形成は、11 四半期ぶりに前期比 プラスに転じる可能性もあろう。 輸出の伸びは今後鈍化へ 輸出に関しては、GDP ベースのみならず、貿易統計でも順調な増加が確認できる。 数量ベースでは、伸び率は 7~9 月平均の前年同期比 輸出数量・輸入数量の推移(前年同月比、%) 3.0%増から 10~12 月には同 16.2%増、1~3 月では同 50 18.5%増と確実に拡大している。4 月も前年同月比 17.7% 40 増となり、また数量指数に先行して公表される名目金額 (レアルベース)でも、5 月は同 21.4%増と伸びており、 4~6 月期も堅調な増加が維持される見通しである。 品目別にみると(名目レアルベース) 、牽引役は、10~ 12 月期以降、1~3 月期、4~5 月までみても、あまり変 わっていない。4~5 月の平均でみると、全体の伸び(前 年同期比 20.1%増)は、大豆(前年同期比 39.4%増、寄 30 20 10 輸入 0 輸出 -10 -20 -30 -40 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル開発商工貿易省等)より算出 与度 7.0%Pt) 、肉類(同 25.8%増、1.5%Pt) 、サトウキ ビ(同 75.7%増、1.3%Pt) 、乗用車(同 83.0%増、1.2%Pt) 、航空機(同 66.8%増、0.6%Pt)などが支 えている。レアル安・ドル高を背景として、ブラジルが世界的に競争力を持つ品目が伸びており、中でも 大豆は世界市場においてブラジル産が米国産のシェアを奪う形となっている。 ただし、上述の通り、足元ではレアル安に修正が入る状況となっている。レアルの下落率は、前年同月 比では昨年 9 月の 67.0%をピークにして縮小してきており、5 月には同 15.8%になっている。 前月比では、 2 月以降、為替相場の動きがレアル高方向に転じている。レアルは水準としては依然として歴史的安値に あるが、方向性に関してはレアル高方向への修正が始まってから既に 5 か月が経つ。そのため、輸出の増 加ペースは徐々に鈍化していくことが見込まれる。 他方、輸入は、内需の弱さを反映して、1~3 月期も GDP ベースで前年同期比 21.7%減少した。貿易統 計を用いて足元までの動きをみても、数量ベース(4 月)では同 20.9%減と低迷している。内需に改善が 3 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 見られるまで、輸入の不振は続くものと考えられる。 財政再建への道は険しい 政府消費については、GDP ベース(実質)で 1~3 月期は、前年同期比では 1.4%減、前期比では 1.1% 増とまちまちの結果となった。 連邦政府の財政支出(名目金額)をみると、1~3 月期はインフレ率を上回って前年同期比 15.9%増加 した。財政支出の内訳をみると、全体の 2 割を占める裁量的支出は 1~3 月期に同 4.1%増とインフレ率以 下に制御されているが、全体の 8 割を占める義務的支出が同 19.7%増と高い伸び率となっている。昨年後 半からの政局の混乱に伴い財政再建のための政策が進まず、義務的歳出の抑制が進んでいない。 こうした歳出削減への切り込み不足と景気後退による税収の下振れから、財政収支はなし崩し的に悪化 している。2015 年の連邦財政収支は、プライマリー収支で対 GDP 比 2.01%の赤字、利払い等も含めた 収支全体では同 8.74%と大幅な赤字となった。 2016 年のプライマリー収支見通しは、昨年の予算策定時点では 240 億レアル(対 GDP 比 0.4%)の黒 字としていたが、その後、財政の実態からは大きく乖離してきている。そのため、テメル暫定政権はこれ を実態に合わせて見直して正常な財政運営を可能にするとして、メイレレス財務相の下、予算案を 1,705 億レアル(対 GDP 比 2.8%)の赤字に修正、5 月 25 日に議会の承認を得た。これで市民生活を犠牲にす るような極端な歳出削減を強いられる恐れがなくなり、さらには何よりも暫定政権がまずは議会を味方に できたことにより、今後の政権運営にとりあえずは目途が立った。 ただし、このまま財政規律が緩んでしまえば財政破綻への道を歩むことになるため、この赤字予算によ り政治体制を整えて、議会・国民の理解を取り付けた上で、抜本的な財政再建に取り組んでいく必要があ る。テメル暫定政権は、その第一歩として、公共支出の増加を前年のインフレ率以下とするなどの歳出抑 制策や、政府補助金の厳しい抑制策、国立経済社会開発銀行への政府融資の回収と公的債務の圧縮など一 連の政策を発表した。これらの政策は財政再建のためにいずれも必要なものではあるが、10 月に地方選 挙を控えており、国民の痛みを伴う政策については、早くも議会から後ろ向きな声が出始めている。さら には、歳出の上限設定などには憲法改正が必要となるため、実現のハードルはさらに高まる。 ルセフ政権下においても、第 2 期政権では、第 1 期政権時とは異なり財政規律強化に急速に舵を切ろう としたが、結局は議会の反対で挫折した経緯がある。自身も汚職疑惑を抱えるなど地盤が弱いテメル暫定 政権にとって、為すべき施策が実現できるかどうかは極めて危ういと言わざるを得ず、今回提示した政策 についても、半分でも実現できればというのが実態であろう。 経済の先行きは予断を許さず 前述したように、今年に入ってからのレアル安の修正や株価の回復は、経常収支の改善というファンダ メンタルズ要因に、ルセフ大統領こそがブラジル経済低迷の根源であり、大統領が代われば回復に向かう であろうという市場の期待が加わったものと考えられる。テメル暫定政権は、財政再建だけではなく、通 商外交面においても、セーハ外相が欧米諸国との関係改善やメルコスール改革に取り組む姿勢を見せるな ど、ルラ⇒ルセフと続いた左派政権からの方向転換には期待がかかる。 しかし、大幅な財政赤字と、若干低下したとはいえ依然として高率のインフレを抱え、財政・金融政策 4 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 とも自由度が少ない中で、テメル暫定政権が傷みを伴う改革を実行するのは難しい。さらには、発足間も ないテメル暫定政権も既に 3 名の閣僚の辞職を余儀なくされるなど、政界汚職問題も、政権は替われども 足を引っ張り続けており、政権支持率は低迷したままである。このほか、今後、ルセフの弾劾が上院で最 終的に否決されるシナリオも消えてはおらず、そうなれば政治の混乱は避けられない。このように、ブラ ジル経済の先行きについては、依然として全く予断を許さないものと考えられる。 5
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