Mar 22, 2016 No.2016-012 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 主任研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected] ブラジル経済 UPDATE:7 四半期連続マイナス成長で政治も混乱 ブラジルの 10~12 月期実質 GDP 成長率は前年同期比 5.9%減となり、7 四半期連続でマイナスを記録し た。通年では前年比 3.8%減となり、2016 年も 3%台半ばのマイナスが見込まれている。インフレ状況の 改善、輸出の増加など若干明るさが出てきた部分もあるが、消費・投資の不振、財政危機などは一層深刻 さを増している。全体としてみれば引き続き状況は極めて厳しく、大手格付け 3 社全てがブラジルを投機 的格付けに格下げしている。大規模デモの発生、大統領罷免請求など、政治は混乱を強めており、市場で は現政権退陣による事態収拾への期待を高めている。 10~12 月期 GDP も引き続き内需が全滅 ブラジルの 10~12 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比 5.9%減となり、7 四半期連続でのマイナスとなった。マイナス 幅も 4 四半期連続で拡大している。2015 年通年では 3.8%減少。 実質GDP成長率(寄与度、前年同期比、%) 8.0 6.0 4.0 2.0 誤差等 0.0 純輸出 -2.0 前期比では 1.4%減となり 4 四半期連続のマイナス。ただし、 マイナス幅は 2 四半期連続で縮小している。10~12 月期は、 家計消費や輸出のマイナス幅が 7~9 月期に比べて縮小した。 固定資本形成 -4.0 政府消費 -6.0 家計消費 -8.0 GDP -10.0 2011.I 2011.II 2011.III 2011.IV 2012.I 2012.II 2012.III 2012.IV 2013.I 2013.II 2013.III 2013.IV 2014.I 2014.II 2014.Ⅲ 2014.Ⅳ 2015.Ⅰ 2015.II 2015.Ⅲ 2015.Ⅳ -12.0 主要生産活動(農業、鉱工業・建設、サービス)別に内訳を みると、10~12 月期は、前年同期比、前期比いずれでも農業 (出所)ブラジル地理統計院 のみがプラスとなった。7~9 月期は、前年同期比、前期比いずれでも全産業がマイナスだった。 需要項目別では、前年同期比で、外需以外はすべてマイナスという状態が 4 四半期連続となった。前期 比でも、家計消費が 4 四半期連続、固定資本形成(設備投資、住宅投資等の合計)は 10 四半期連続のマ イナス。後述していくように、ブラジル経済は引き続き早期の回復が見込めない状況にあり、ブラジル中 銀取り纏めの市場予想でも、2016 年の実質 GDP 成長率は週ごとに下方改定され、足元(3 月 18 日時点) ではマイナス 3.6%まで低下している。 以下、GDP を需要項目別にやや詳しくみていくと、10~12 月期の家計消費は、前年同期比で 6.8%減 少した。小売売上の数量指数も減少が続いており、足元の 2016 年 1 月は前年同月比 10.3%減となり、12 月の同 7.2%減から減 少ペースが加速した。雇用環境も改善が見られず、失業率は上 昇(1 月 7.6%(前年同月は 5.3%) ) 、実質賃金は低下(12 月は 消費者信頼感指数(2010年7月~2015年6月平均=100) 120 110 100 前年同月比 6.7%減)しており、明るい兆しはない。 信頼感指数 90 足元では、後述するようにレアル安・株安の反転、インフレ 現在指数 将来指数 80 率の若干の鈍化、政局打開への期待の高まりなどがあり、消費 者信頼感指数も下げ止まってきている(12 月 64.9、1 月 66.4、 70 2 月 68.5)。ただし、水準は依然として極めて低く、また、政 60 2006 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:Getulio Vargas Foundation) 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 治状況についても期待先行であり、消費者センチメントがこのまま上昇トレンドに突入することは考えに くい。 固定資本形成(10~12 月期)は、前年同期比 18.5%減。 資本財の生産および輸入の推移(数量指数、前年同月比、%) 40 足元 1 月の資本財生産は前年同月比 36.0%減と一層低迷 30 しており、資本財輸入(数量指数)も前年同月比 2~3 割 20 減で推移していて、固定資本形成に回復の兆しは見えない。 10 政府消費(10~12 月期)は、前年同期比 2.9%減。前期 0 比でも同じく 2.9%減と急減した。連邦政府の財政支出(名 -10 目金額)をみると、10~12 月期は前年同期比 27.1%増加 しているが、これには 2014 年中の不正会計の修正分が 724 億レアル含まれているため、この分を除くと 5.2%増。さ 生産 輸入 -20 -30 -40 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル地理統計院) らにここから義務的支出の最大項目である社会保障費 (21.2%増)を除くと 2.7%減となる。実質ベースにすれば、減少幅はさらに拡大する。 議会と対立しながらも裁量的支出の抑制に努めている状況は伺われるが、義務的歳出の抑制にまでは至 っておらず、GDP ベースでの政府消費は減っても財政収支の改善は出来ていない。義務的歳出は、イン フレに連動しての増加と、経済状況の悪化から生じる給付増による増加の双方を抑え込む必要があり、政 治基盤の弱い現政権がこれを遂行することは難しい。その結果として、2015 年通年の財政赤字は、プラ イマリーバランスが対 GDP 比 1.88%、利払いも含めた全体の収支では赤字幅は同 10.34%に達した。政 府は、2016 年の財政収支(プライマリー・バランス)目標についても、赤字を許容する柔軟な目標の設 定を進めようとしており、財政規律回復に向けての先行きに不透明感が増している。 10~12 月は輸出が加速 輸出金額(名目)と輸出数量の推移(前年同月比、%) このように内需の総崩れが続く中で、外需のみが GDP 成 長率にプラスに寄与しており、しかも寄与度は拡大を続けて 60 50 40 いる(2015 年 1~3 月期以降、前年同期比で 1.1%Pt⇒2.7% 30 Pt⇒3.4%Pt⇒4.5%Pt) 。さらには、これまでの外需の寄与は 20 輸出の小幅増と輸入の大幅減によるものだったが、10~12 10 月期については、輸出が前年同期比 12.6%と大きく伸びた。 レアル相場は昨年、大幅に下落し、足元ではやや戻している レアルベース 数量指数 0 -10 -20 ものの依然として史上最安値圏にある。こうしたレアル安が -30 13 輸出を後押ししている。 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル開発商工貿易省等)より算出 貿易統計を用いて足元までの輸出の動きをみると、数量ベースでは、伸び率は 7~9 月平均の前年同期 比 3.0%増から 10~12 月には同 16.2%増に拡大した。1 月は同 3.6%増と鈍化したものの、数量指数に先 行して公表される名目金額(レアルベース)では、1 月の同 26.3%増から 2 月は同 55.3%増と急増してい るため、2016 年 1~3 月期も輸出の好調は維持される見通しである。 品目別にみると(名目レアルベース) 、10~12 月の名目金額の伸び(前年同期比 37.0%)への寄与の大 きい順に、大豆(前年同期比 5.4 倍、寄与度 4.4%Pt)、化学木材パルプ(同 72.9%増、1.9%Pt) 、航空機 2 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 (同 72.3%増、1.8%Pt) 、乗用車(同 106.6%増、1.5%Pt)、サトウキビ(同 29.0%増、1.2%Pt) 、牛肉 (同 31.3%増、0.9%Pt)、鶏肉(同 27.1%増、0.9%Pt)となっている。いずれも、ブラジルの競争力が 強い分野である。また、ほぼ同時期に、米国の大豆輸出が急減しており、レアル安・ドル高を背景として、 世界市場においてブラジル産が米国産のシェアを奪っている。これらの品目の輸出は、1~2 月もほとん どが引き続き大幅増を続けている。 他方、輸入は、内需の弱さを反映して、10~12 月期に GDP ベースで前年同期比 20.1%減少した。貿 易統計を用いて足元までの動きをみても、数量ベース(1 月)では同 30.4%減と低迷している。 インフレは依然として高水準ながら改善方向へ ブラジル経済は、経済の低迷と高率の物価上昇が併存す るスタグフレーションの状態が続いているが、2 月の消費 者物価上昇率は前年同月比 10.36%となり、1 月の 10.71% からやや鈍化した。鈍化は、5 か月ぶり。前月比でも、1 政策金利(SELIC)(%)・物価上昇率(IPCA:前年同月比)・レアル相場(対ドル) 16 4.5 14 4.0 3.5 12 3.0 10 月の 1.16%上昇が 2 月は 0.90%に鈍化している。 2.5 8 2.0 項目別にみると、水力発電所のダムの貯水量が回復した 6 ことなどによる電力料金の低下、異常気象などで上昇して 4 いた食料品価格の鎮静化などが寄与したものとみられる。 2 前月比では、これまで急速に進んでいたレアル安が足下で 0 反転してレアル高に振れてきていることが、輸入物価を抑 1.5 1.0 SELIC 対ドル(右軸) IPCA 0.5 0.0 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)CEIC(原資料:ブラジル中央銀行) 制している面もあろう。 政策金利は、昨年 7 月以来、14.25%で維持されている。1 月の金融政策委員会に際しては、市場では 利上げ予想が大勢となっていたにもかかわらず、委員会開催の初日に、IMF によるブラジルの成長率下方 修正を受ける形をとり、トンビニ総裁が金利維持を示唆する異例の声明を発出、実際にも利上げを見送っ た。政府からの圧力があったとする見方もあり、もしこの利上げ見送りがインフレのさらなる加速に繋が れば、中央銀行の信任面からも深刻なダメージを受けることが懸念されたが、2 月の結果を見る限りはイ ンフレの加速は止まっている。 今後についても、足元まで降雨量が多く、ダムの貯水量が増えていることから、電気代の低下は続く見 込みである。また、前月比では 3 月もレアル高による物価抑制が期待できる。 他方において、鈍化したとはいえ、前月比 0.90%の上昇は年率にすれば 11%以上であり、依然として 高水準にあることに変わりはない。また、公共交通料金などは依然として値上げが続いており、なにより、 過去の高インフレが現在の賃金決定などに影響して先行きの物価高の原因になるという、ブラジル経済に 強固に組み込まれたシステムを、政府は修正できていない。それでも、電気代高騰とレアル安という最大 の懸念要因がひとまず後退したことにより、市場の物価見通しには下方修正がかかるようになってきた。 インフレ率の低下により、次の金利変更が利上げではなく利下げとなる可能性が出てきた。 3 社が揃って投機的格付けに 経済のさらなる悪化を後目に政局の混乱は続いている。国営石油会社ペトロブラスをめぐる汚職捜査は、 3 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 多くの政治家を巻き込み拡大しているが、ここに来て事態は急速に流動化してきた。3 月に入り、検察は ルセフ大統領の「後見人」であるルラ前大統領を、汚職事件に関連して事情聴取するとともに、身柄拘束 を要請。これに対してルセフ大統領は、ルラ前大統領を官房長官に登用すると発表、17 日に就任式を行 った。地裁レベルでは閣僚を逮捕できないという法制度があるため、ルラを守るために行った人事とみら れている。これを受けて司法サイドも反撃に出ており、17 日には地裁、18 日には最高裁がルラの官房長 官就任差し止めを表明。今度は、政府は最高裁への対応を進めている模様で、最高裁内で政府寄り・反政 府寄りに分かれる可能性もある。 ルラだけでなく、ルセフ大統領本人も追い詰められつつある。ルセフ大統領は、ペトロブラス汚職事件 や 2014 年度予算における不正会計処理(上述の通り、問題対応のために 2015 年 12 月に 724 億レアルを 支払い)などを理由とした罷免請求を出されており、昨年 12 月に下院議長がこれを受理し、現在、手続 きが進んでいる。当初は、連立与党が議会の過半数を握る状況下では、上下両院で3分の2以上の賛成票 が必要となる罷免はかなり難しいと見られていた。しかし、ここにきて、議会最大勢力であるブラジル民 主運動党(PMDB)が連立離脱の検討を本格化しており、事態は流動化してきた。 世論も、そもそもルセフ政権の支持率は 10%程度と現政権へは批判的であったが、ここに来て、退陣 を求める声がさらに高まってきている。3 月 13 日には全国でルセフ退陣を求めるデモが行われた。昨年 3 月にもルセフ退陣を求めるデモが行われており、その時の参加者は 240 万人と報じられたが、今回は 360 万人、昨年の 1.5 倍の人数が参加したものとみられている。 こうした経済・政治の状況を受けて、格付けの引き下げに拍車がかかっている。2 月 17 日に S&P が、 外貨建長期債務を BB+(投機的格付けの最上位)から BB へと 1 段階引き下げ、自国通貨建長期債務を BBB-(投資適格の最下位)から BB へと 2 段階引き下げた。見通しは「弱含み」。さらに、2 月 24 日に はムーディーズが、長期債務(自国通貨建および外貨建)を Baa3(投資適格の最下位)から Ba2 へと 2 段階引き下げた。こちらも、見通しは「弱含み」 。これで、先行して投機的格付け(BB+「弱含み」)とし ていたフィッチと併せて、3 社が揃ってブラジルを投機的格付けとしたことになる。しかも、見通しはい ずれも弱含みであり、さらなる格下げが懸念される状況にある。 ところが、これだけ悪材料が重なっているにもかかわらず、足元ではレアル高・株高となっている。そ の背景には、原油など資源安が一服していることに加えて、政局の混乱が加速していることによりルセフ 退陣が早まるという連想が生まれ、その結果、政局が安定するのではといった期待が生じていることが挙 げられる。レアル相場は、1 月には一時 1 ドル 4.1 レアルを越えていたが、足元では 3.6 レアル程度で推 移している。これと並行して、ブラジルの株式市場も上昇に転じた。 ただし、所詮は期待先行での動きであり、このまま、レアル高・株高が続いていくことは考えにくい。 仮にルセフ政権が退陣したとしても、新政権が、国民に痛みを求めなくてはならない財政規律回復を実現 できる保証はない。実際、昨年のレヴィ財務相(当時)が指揮をとっての経済財政政策は、方向としては 決して間違ったものではなかったが、議会がこれを潰し、また、政府がうまく国民を納得させることがで きなかったために、世論もこれを潰したという面もある。もちろん、政局安定に目途をつけていくことは ブラジル経済回復の必要条件ではあるが、ルセフが退陣したとしても、ブラジルにとっての本当の「勝負」 はそこから始まるということであろう。 4
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