論文要旨 デジタル時代におけるアニメビジネスのグローバル戦略研究

平成 28 年 3 月
論文要旨
デジタル時代におけるアニメビジネスのグローバル戦略研究
~アメリカ市場にみる収益性のパラドックスと消費者覇権の時代~
中央大学大学院総合政策研究科総合政策専攻博士後期課程
板越英真
1、本論文の背景と研究目的
アメリカにおける日本製アニメの人気は、衰えることなく高まり続けている。しかし、そ
の人気に反して、売り上げは 2002 年をピークに減少している。アメリカのアニメコンベン
ションと言われるアニメファンのイベントにおいては、来場者数は年々伸び続け、このマー
ケットでのファンが今日でも拡大し続けていることが証明されている。なぜ、人気の高まり
に反して収益は落ち込んでいるか。
本論文では、この「日本のアニメは人気があるが、収益に結びついていない」という逆説
的現象を「収益性のパラドックス」と呼ぶ。この収益性のパラドックスを解消すべく、デジ
タル時代におけるアニメビジネスのグローバル戦略に関する研究を目的としたものだ。ア
ニメにおけるビジネスモデルを明らかにし、日米市場の現状を様々な角度から分析した。そ
の中で筆者は、現代のアニメビジネスは、
「流通力の覇権」
「創造力の覇権」ではなく消費者
の意思が作品を左右する「消費者覇権の時代」に代わっていくのではないかという仮説に到
達した。このような背景を鑑み、新しいビジネスモデルの提案、そして資金調達の課題とし
てクラウドファンディングの可能性を追求した。グローバルマーケットでどのような競争
戦略をもって展開して行くかの検証、そして収益性のパラドックスをいかに解消していく
かを明らかにすることが本論文の目的である。
2、本論文の構成
第1章 序論
1.1 背景
1.2 研究目的
1.3 構成
第2章
日本製アニメの海外進出の分析
2.1 先行研究レビュー
2.1.1 アニメに関する先行研究
2.1.1.1 アニメの定義
2.1.1.2 アメリカにおけるアニメの概要
2.1.1.3 アメリカにおけるオタク文化の概要
2.2 アニメにおけるビジネスモデル
2.2.1 プラットフォームモデル
2.2.2 ウインドウイングモデル
2.2.3 グッドウイルモデル
2.2.4 エコシステムモデル
2.2.5 サイマルキャストモデル
2.3 アニメ市場の状況
2.3.1 日本におけるアニメ市場の状況
2.3.2 米国におけるアニメ市場の状況
2.3.3 米国におけるアニメビジネスの収益構造
2.4 アメリカ市場の SWOT 分析
2.4.1 日本製アニメの強み(Strength)
2.4.1.1 アニメの独創性(ストーリー、キャラクター設定)
2.4.1.2 作家の重層
2.4.1.3 作品の経済性と生産性
2.4.1.4 日本国内の安定した需要
2.4.2 日本製アニメの弱み(Weakness)
2.4.2.1 国内完結型ビジネスモデル
2.4.2.2 資金の流動性
2.4.2.3 プロデューサー不足
2.4.3 日本製アニメの機会(Opportunity)
2.4.3.1 技術革新とデジタル化
2.4.3.2 日本政府の後押し
2.4.4 日本製アニメにとっての脅威(Threat)
2.4.4.1 違法動画サイトの蔓延
2.4.4.2 海賊版パッケージメディアの流通
2.4.4.3 売り場面積の激減
2.4.4.4 文化経済におけるナショナリズムの台頭(Cultural Economic Nationalism)
2.4.4.5 他国のアニメ振興策による競争の激化
2.5 考察
第3章
米国アニメ市場における日本企業の競争戦略再考
3.1 米国アニメーション市場のセグメンテーション
3.1.1 キッズマーケット
3.1.2 ヤングアダルトマーケット
3.1.3 小括
3.2 日米企業形態の相違にみるアニメーション産業の分析
3.2.1 アメリカ企業の形態
3.2.1.1 事例研究 ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー
2.2 日本企業の形態
3.2.2.1 事例研究 東映アニメーション
2.3 小括
3 日本企業の競争戦略と競争の優位性
3.3.1 日本企業の競争要因
3.3.2 日本企業の基本戦略:集中戦略
4 考察
第4章 デジタル時代の米国アニメ市場における収益性のパラドックス
4.1 米国アニメ市場の収益性パラドックス
4.2 米国アニメ市場における動画サイトの現状
4.2.1 動画投稿サイトの著作権
4.2.2 海賊版動画サイトの被害
4.2.3 日本政府による海賊版対策
4.2.4 海賊版動画サイトと正規版動画サイトの比較検証
4.2.5 小括
4.3 正規版配信サイトの事例研究
4.3.1 事例研究1 Netflix
4.3.2 事例研究 2 Hulu
4.3.3 事例研究 3 Crunchyroll
4.3.4 事例研究4 DAISUKI
4.3.5 小括
4.4 正規版動画サイトの増強による新収益構造の可能性
4.4.1 海賊版動画サイトから正規版動画サイトへ
4.4.2 正規版動画サイトとオープンビジネスモデルによる新収益構造の可能性
4.4.3 サイマルキャストモデルの必要性
4.5 考察
第 5 章 アニメにおける資金調達の課題とクラウドファンディングの可能性
~消費者覇権時代の到来~
5.1 アニメにおける資金調達の課題とクラウドファンディングの可能性
5.2 仮説の構築
5.2.1 先行研究レビュー
5.2.1.1 製作委員会方式に関する研究
5.2.1.2
クラウドファンディングに関する研究
5.2.1.3
消費者覇権の時代
5.2.1.4
先行研究の小括
5.2.3 仮説構築
5.3 課題と方法
5.4 調査と分析
5.4.1 調査分析方法
5.4.2 事例研究1 「この世界の片隅に」
5.4.2.1 「この世界の片隅に」の概要
5.4.2.2 「この世界の片隅に」のクラウドファンディングプロジェクトに関して
5.4.2.3 株式会社ジェンコ代表取締役社長真木太郎へのインタビュー内容
5.5 考察
5.6 結論
第6章
考察
第7章
結論
3、本論文の内容
本論文は全 7 章で構成される。はじめに、序章として本論文の研究背景、研究目的、研究
方法について述べる。
第 2 章では、アニメビジネスにおける5つのビジネスモデルとして、1、プラットフォー
ムモデル 2、ウインドウイングモデル 3、グッドウイルモデル 4、エコシステムモデ
ル 5、サイマルキャストモデルを明らかにした。これまで1から4のモデルは検証されて
きたが、本稿ではデジタル時代の技術革新により、5つ目となるサイマルキャストモデルを
追記した。今後はこのサイマルキャストモデルが主流になると考える。
日本のアニメ市場の現状分析として、日本国内には 2014 年総売り上げ 1 兆 4913 円と成
長を続けている。しかし、アニメの代名詞といわれるようなテレビアニメ映像事業に関して
は減少傾向にある。データ検証の結果、日本のアニメ産業の主要売上は 2 次使用の商品化で
あることが明らかになった。そして顕著に伸びているのは、ネット配信による売り上げであ
った。また今後は、アニメ関連イベントの収入も期待できる。
それに対して、米国アニメ市場の状況は、2002 年に 4.28 億ドルをピークに、2012 年は
2.17 億ドルと半分ほどの売り上げに落ち込んだ。図表のデータ検証の結果、米国における
日本アニメのビジネスの主な収入源はパッケージ販売の売り上げになる。
これらの市場分析をもとに、SWOT 分析を行った。日本製アニメの強みは、
「ストーリーと
キャラクター設定の独創性」
、
「作家の重層」、
「アニメ制作における経済性と生産性」、
「日本
国内の安定した需要」となった。弱みは、
「国内完結型ビジネスモデル」、
「資金の流動化」
、
「プロデューサー不足」である。機会は、
「技術革新とデジタル化」、
「日本政府の後押し」
。
脅威は、
「違法動画サイトの蔓延」
、
「海賊版パッケージメディアの流通」、
「売り場面積の激
減」
、
「文化経済におけるナショナリズムの台頭(Cultural Economic Nationalism)
」、
「他国
のアニメ振興策による競争の激化」ということが明らかになった。
第 3 章では、日本のアニメビジネスは、今後アメリカ市場でどのように進出して行けばよ
いか、米国アニメ市場における競争戦略を再考した。競争戦略策定において、まずアメリカ
におけるアニメーション市場の市場分析として、キッズマーケットとヤングアダルトマー
ケットに分かれることを明らかにした。セグメンテーションを行うことにより、消費者を分
類し、そしてその性質や属性を明確にできた。キッズマーケットは受動的な起因によって視
聴し始めるものであり、その起因となるプロモーションや、あらゆるチャンネルでアニメを
見る機会を増やすためには莫大な資本力が必要となる。ヤングアダルトマーケットの特徴
は、キッズマーケットと比べると個人の「関与」が高くニッチなマーケットとなる。そのた
めアニメが好きになると能動的に、他の作品にも興味を持ち、自ら情報を収集する傾向があ
る。また、友人などとの情報交換から新作品などを見つける偏向にある。原作は、マンガや
コミックが中心となっている。ストーリーの質、展開が複雑で、子供だけでなく、大人でも
楽しめるのが特徴である従来の日本のアニメは、能動的でコミットメントの高いこの市場
をターゲットにすることが賢明である。
次に、競合分析としてアメリカの企業形態と、日本の企業形態の違いを明らかにした。ア
ニメ産業におけるアメリカの企業態は、垂直統合化された複合メディア・コングロマリット
という巨大な企業形態である。そのため、コンテンツに関わる川上から川下までのバリュー
チェーンを活かし、制作力、流通力、宣伝力、販売力のすべてを持っている。それに対して、
日本の企業態は、ほとんどが中小企業である。そのためこれらの企業は 1 社で制作から流
通、販売や宣伝にいたるまですべてを自社でまかなうことは不可能だ。資金調達が難しく、
プロモーションも大がかりにはできない。このように経営資源の日米の相違が明らかにな
った。
次に、それらの分析のもと、5つの競争要因を明らかにし、経営資源の源を追求し、市場
におけるポジショニングを明確にした。そして競争の優位性を確保するために、3 つの基本
戦略の策定と競争地位の類型化を論じた。
長期的な防衛可能な地位をつくり、競争相手に打ち勝つために「コストリーダーシップ」、
「差別化」
、
「集中」という3つの基本戦略のうち、日本企業においては「集中」戦略が最良
な戦略だと導いた。また、4 つに類型化においては、日本企業においては、経営資源(量)
の高いアメリカ企業と全面対決するのではなく、経理資源(質)の高さを有効にするために
「ニッチ」戦略が最良と導いた。
以上の Porter(1980)と Kotler(1980)の論を主軸に分析した結果として、現在有効な戦略
はヤングアダルトマーケットにおいて、
「ニッチ」市場を囲い込むという「集中」戦略であ
ると主張した。これは、アメリカ企業と比べて少ない経営資源を有意義に使うことができる
最良の戦略だと考える。そこで蓄えた経営資源によって、今後のマスマーケット進出への戦
略を模索すればよい。
第 4 章では、
デジタル時代の米国アニメ市場における収益性のパラドックスを解明した。
デジタル技術革新により、アニメの海賊版動画サイトが蔓延してきた。その結果、アニメの
主な収益源であった、パッケージメディアの売り上げが減収している。しかし、しかし一方
で、その海賊版が、日本アニメを世界中に広めたというパラドックス現象が起こっているこ
とが明らかになった。
横行する海賊版サイトは、豊富なコンテンツを、早く、しかも無料で見られるものが多い
という調査結果がでた。現状の正規版のオンラインサイトよりも、海賊版の方が視聴者にと
っては便利な存在であるということだ。コンテンツ作品を広く流通させつつも、権利者と利
用者がお互いの権利を侵害することなくいかに共存するか、言い換えれば、利用されること
を権利者にどのように利益還元するかが課題である。いち早く正規版の動画を配信して、収
益のパラドックスを解消し、正規版動画サイトの増強によって新たな収入を確保すべきで
ある。以上の問題を解決する手段として、筆者は正規版動画サイトの増強による新収益構造
の可能性を追求した。そしてサイマルキャストモデルの採用を提案した。正規版動画サイト
の増強による新収益構造の構築である。
第 5 章では、これまでアニメ制作にあたり、製作委員会方式を採用していたが、新たな資
金調達方法として、クラウドファンディングが有効であるという仮説を立て、実証した。ま
た、クラウドファンディングでは、資金調達以外にも、4つの成果物があるということが、
取材調査を行った事例から支持された。それは、1、クラウドファンディングは資金調達以
外に消費者(ファン)を囲い込むことができる。2、クラウドファンディングは支援企業を
見つけることができる。3、これから発表する作品を事前に無料で告知することができる。
4、消費者のニーズがどこにあるかという市場調査が事前にできるということである。クラ
ウドファンディングで制作資金を全額調達が可能になれば、製作委員会方式を無力化し、今
後は制作者が消費者のニーズに直接答えられるような作品作りの土壌を作ることができる。
その結果、制作現場に十分な資源配分が行われる環境ができる。また、これまでの製作委員
会方式での資金調達で困難であった、独立系のプロデューサーや中小アニメ制作会社のア
ニメ制作企画が世の中に登場することも可能になる。「消費者の覇権」の時代の到来に伴っ
て、クラウドファンディングによる資金調達が可能になると示唆された。
第 6 章では、
「考察」として各章の内容を振り返り全体のまとめを行った。第 2 章では、
アニメビジネスを定義化し、5 つのビジネスモデルを検証したことにより、アニメの収益構
造を把握することができた。そして日米の市場の分析を行うことにより、日本とは異なるア
メリカ市場の全体像を明らかにすることができた。本研究の目的でもある「なぜアニメはア
メリカにおいて需要はあるが、ビジネスとして収益があがっていないのか」とう問いに対し
ては、SWOT 分析を用い 4 つのカテゴリーで要因分析し、アメリカという環境変化に対応し
た、経営資源(日本製アニメ)の最適活用を探る材料を洗い出した。
第 3 章では、
「米国アニメ市場における日本企業の競争戦略再考」として、アニメを今後
アメリカ市場でどのように売り出して行けばよいかという課題の下、アニメの競争戦略を
再考した。競争戦略策定において、アメリカでのアニメーション市場のマーケット分析する
ために、消費者を性質や属性で細分化した。そのセグメントを元にターゲッティングをする
ことができた。次に、競合分析としてバリューチェーンを踏まえ、アメリカの企業形態と、
日本の企業形態を検証し、経営資源を知る。そして、5 つの競争要因(5 フォース分析)を
用いて、産業構造を明らかにした。そして競争の優位性を確保するために、3 つの基本戦略
の策定と競争地位の類型化を論じ、日本企業のポジショニングを策定した。結果として米国
アニメ市場における日本企業の競争戦略の再考をした。
第 4 章では、
「デジタル時代の米国アニメ市場における収益性のパラドックス」
と題して、
デジタル時代の米国アニメ市場における収益性のパラドックスを明らかにできた。パラド
ックスを解明するために、デジタル化による米国アニメ市場の現状を分析した。そして、正
規版配信サイトの先端事例研究を検証した結果、収益のパラドックスを解明し、正規版動画
サイトの増強とサイマルキャストモデルによる新収益構造の可能性を明らかにした。
第 5 章では、
「アニメにおける資金調達の課題とクラウドファンディングの可能性~消費
者覇権時代の到来」と題して、アニメにおける資金調達の課題とクラウドファンディングの
可能性を明らかにした。先行研究レビューとして、これまでの資金調達方法として「製作委
員会方式」と、新しい資金調達として「クラウドファンディング」に関して、そして「消費
者覇権の時代」に関して解説した。そして、4つの仮説を構築する。仮説を調査、分析する
ために最先端事例研究として、クラウドファンディングプロジェクトの「この世界の片隅に」
と「Red Ash -Magicicada」の取材調査を行った。その事例研究を下に、仮説を論証する須
ことができた。
第 7 章では、
「結論」と題して、本研究によって得られた知見をまとめ、さらに今後の課
題を述べた。本稿第 2 章から第 5 章においては大きく 4 つの知見と提唱を創出した。第 1 点
目は、アニメ産業の現状を分析するために、SWOT 分析を用いて、これまで明かされていな
かったアニメ市場全体を掌握した。そして、新たなビジネスモデルとしてサイマルキャスト
モデルを提唱した。第 2 点目は、今後のアメリカ進出にあたり競争戦略の再考するために、
マーケットのセグメンテーション、ターゲット、ポジショニングを明らかにした。その結果、
日本企業のとるべき戦略は、ヤングアダルトマーケットにおいてニッチ戦略、集中戦略を用
い、コアなファンを囲い込むこという戦略再考を提唱した。第 3 点目は、デジタル時代の収
益性のパラドックスを解明し、それを解消するために、サイマルキャストモデルを採用して、
早期に正規版動画サイトの構築することを、海賊版を対策するとした。提唱した。第 4 点目
は、日本企業におけるアニメ制作資金調達の課題を明らかにして、その解決策として、新た
な資金調達方法であるクラウドファンディングの活用を提言した。その背景となるのは、こ
れまでのメディアが流通の覇権を握るという「流通者の覇権の時代」から、消費者の声(ニ
ーズ)のもとに制作が行われるという「消費者覇権の時代」になったことでだ。これはデジ
タル化が進む現代において、社会の変革にともなった新たな構造となる。
本稿全体の目的は、このような時代を背景に、デジタル時代におけるアニメビジネス海外
進出を研究することである。アニメとアニメビジネスとは何かということを明らかし、日米
市場の現状を分析した上で、デジタル時代の米国アニメ市場における「収益性のパラドック
ス」に着目し、解明に努めた。そして「消費者覇権の時代」の到来という分析のもと、それ
に合わせたアメリカ市場進出のためのビジネスモデルと戦略を提言した。