対外インバランスの調整

Ⅴ 対外インバランスの調整
(テキスト第6章)
1.対外インバランスとは何か
2.弾力性アプローチ
(The Elasticity Approach to the Balance of Trade)
→価格調整(Price Adjustments)
3.アブソープション・アプローチ
(The Absorption Approach to the Balance of Trade)
→所得調整(Income Adjustments)
補論.マネタリー・アプローチ
(The Monetary Approach to the Balance of Payments)
→貨幣調整(Monetary Adjustments)
1
1. 対外インバランスとは何か
• 国際収支の調整(balance-of-payments adjustment)という意味
に限定されることが多かった対外不均衡(external imbalances)と
その調整(external adjustment)という概念については、以下の点
に注意が必要
1. 対外的な均衡/不均衡は、黒字/赤字(surplus/deficit)、ないしは収
支(残高)がゼロかゼロでないか(balance/imbalances)であって、
必ずしも需要と供給の均衡/不均衡(equilibrium/disequilibrium)
を意味するわけではない。
2. 対外的な黒字/赤字という概念には、しばしば改善/悪化
(improvement/deterioration)とかいう言葉が付加して使われるが、
必ずしも規範的な意味を持つものではない
– 規範的な意味を持たせるのは重商主義的な残滓。
2
– 経常収支の動学的アプローチ(異時点間分析)の視点からいえば、ある一
期間の経常収支不均衡を問題にすること自体が無意味ということになる。
現在の経常収支赤字が、将来の経常収支黒字によって返済され、異時点
間の消費が平準化されることが、最適な経常収支黒字と赤字の組み合わ
せになる。一期間の経常収支の不均衡(imbalances)は、異時点間の均
衡(equilibrium)にとっては、何ら問題にはならない。
3. 国際収支というフローの調整ではなく、国際投資ポジションという
ストックの調整も重要である。伝統的には、為替レートが経常収支
に及ぼす影響が重視されてきたが、為替レートが対外資産や対外
債務に与える効果も重要。
• 対外不均衡がどのようなメカニズムで調整され、また調整されるためにはど
のような条件や政策が必要か、という問題を総合的に考えることは、国際マク
ロ経済学の中心的なテーマである(ex.グローバル・インバランスが拡大し、金
融危機によって縮小したメカニズムを考えることは、世界中のエコノミストが挑
戦している課題) 。
• しかし、ここでは、対外不均衡を、ある一定期間の経常収支(の不均衡)に限
定し、それが為替レートや所得によってどのような影響を受けるか(どのように
決定され調整されるか)という問題を考察する。
3
1.弾力性アプローチ
(為替レートによる自動調整メカニズム)
輸出額の増加
外国での輸出
需要の増加
ドル建て 輸出 財
価格の下落
円安・ドル高
貿易黒字
輸入額の減少
自国での輸入
需要の減少
ドル建て 輸出 財
価格の上昇
円建て輸入財
価格の上昇
外国での輸出需
要の減少
輸出額の減少
貿易赤字
円高・ドル安
円建て輸入財
価格の下落
自国での輸入
需要の増加
輸入額の増加
4
マーシャル=ラーナー条件の数値例
為替レート
国内価格
$1=¥100
輸入
現地価格
$30(¥3,000÷¥100)
輸出入量
100
輸出入の金額(円建て)
①¥300,000(¥3,000×100)
輸出入の金額(ドル建て)
⑤$3,000($30×100)
¥3,000
ηx=0.5
$1=¥120
$25(¥3,000÷¥120)
110
②¥330,000(¥3,000×110)
⑥$2,750($25×110)
$1=¥100
¥1,500(¥100×15)
200
③¥300,000(¥1,500×200)
⑦$3,000($15×200)
輸出
$15
$1=¥120
弾力性
ηm=0.25
¥1,800(¥120×15)
190
④¥342,000(¥1,800×190)
⑧$2,850($15×190)
¥0(①-③)
¥0(⑤-⑦)
$1=¥100
経常収支
ηx+ηm=0.75
$1=¥120
¥-12,000(②-④)
$-100(⑥-⑧)
Jカーブ効果の数値例
為替レート
国内価格
現地価格
$30(¥3,000÷¥100)
$1=¥100
輸出入量
100
輸出入の金額(円建て)
①¥300,000(¥3,000×100)
輸出入の金額(ドル建て)
⑤$3,000($30×100)
¥3,000
輸入
ηx=0
$1=¥120
$25(¥3,000÷¥120)
100
②¥300,000(¥3,000×100)
⑥$2,500($25×100)
$1=¥100
¥1,500(¥100×15)
200
③¥300,000(¥1,500×200)
⑦$3,000($15×200)
輸出
$15
$1=¥120
$1=¥100
弾力性
ηm=0
¥1,800(¥120×15)
200
④¥360,000(¥1,800×200)
⑧$3,000($15×200)
¥0(①-③)
¥0(⑤-⑦)
経常収支
ηx+ηm=0
$1=¥120
¥-60,000(②-④)
$-5,000(⑥-⑧)
5
名目為替レート(自国通貨建て)をS ($1=¥100↗¥120 )
自国の輸出財価格(自国通貨建て)をP (=¥3,000)
外国から輸入財価格(外国通貨建て)をP* (=$15 )
自国の輸出量および輸入量をそれぞれXQ、MQとすると、
自国通貨建ての経常収支CA(=X-M)は
CA = X − M = P ⋅ X − S ⋅ P ⋅ M
Q
*
Q
輸入額(M=S・P*・MQ)
$1=¥100から¥120に減価
⇒外国からの輸入財価格(15ドル)の国内価格は、1,500円から1,800円に上昇
⇒国内価格の上昇により、輸入需要が200単位から190単位に減少
⇒輸入額は、42,000円増加(¥1,800円×190-1,500円×200=42,000円)
国内価格が上昇し、輸入需要が減少したにもかかわらず、輸入額が増加したのは、
為替レートが20%減価(国内価格が20%上昇)したにもかかわらず、輸入需要は
5%しか減少しなかったからである。
6
輸入需要の弾力性ηmを、為替レートが1%変化したとき、外国財の輸入量
が何%変化するかを表す指標と定義すると、
ηm =
Q
輸入需要の変化率
為替レートの変化率
⇒−
Q
dM / M
dS / S
Q
= −
∆M / M
Q
∆S / S
Q
S dM
=
− Q
>1
M
dS
(1)
という条件が満たされている場合に、為替レートが減価すれば、輸入額
が増加する。数値例では、ηm=0.25(5%/20%)であり、(1)式の条件が
満たされていない。
7
輸出額(X=P・XQ)
$1=¥100から¥120に減価
⇒自国の輸出財価格(3000円)の現地価格は、30ドルから25ドルに下落
⇒現地価格の下落によって、輸出需要が100単位から110単位に増加
⇒このとき輸出額は、30,000円増加 (¥3,000×110-¥3,000×100=30,000円)。
現地価格が下落し、輸出需要が増加する(需要曲線が右下がりである)限り、自国
通貨建ての輸出額は必ず増加。
輸出需要の弾力性ηxを、為替レートが1%変化したとき、自国財の輸出
量が何%変化するかを表す指標と定義すると
Q
ηx
輸出需要の変化率
∆X / X
=
為替レートの変化率
∆S / S
⇒
dX
Q
/X
dS / S
Q
=
S dX
X
Q
Q
Q
>0
(2)
dS
という条件が満たされている場合に、為替レートが減価すれば、輸出額
は増加する。数値例では、ηx=0.5(10%/20%)であり、(2)式の条件が
満たされている。
8
マーシャル=ラーナーの条件
一般に、自国通貨の増価(減価)によって、経常収支が悪化(改善)される
ためには、(1)式と(2)式の条件を合わせて、
η x + ηm>1
(3)
という条件が満たされている必要がある。この(3)式をマーシャル=ラーナーの
条件という。数値例では
CA
X
-M
=3,000円× 100
=
− 1, 500円× 200 0円
CA
=
X
-M
=3,000円× 110 − 1,800円× 190 =
−1, 200円
=
=
S 100=
S 100
S 100
=
=
S 120=
S 120
S 120
というように、自国通貨の減価によって経常収支が悪化したのは、
η x + η m =0.5+0.25=0.75<1
であり、マーシャル=ラーナーの条件が満たされていなかったからである。
このように、経常収支の不均衡が、為替レートの変化を通じた価格の変
化によって調整されるためには、自国および外国の輸出入需要が、価格
に対して弾力的でなければならない。
9
マーシャル=ラーナー条件の実証研究
Impact:6ヶ月、short-run:1年、long-run:無限
10
マーシャル=ラーナー条件の実証研究
11
Jカーブ効果
円高による貿易収支削減のタイムラグ
貿易収支
ドル安による貿易収支改善のタイムラグ
貿易収支
時間
時間
12
Jカーブ効果(cont.)
• 為替レートの変化によって、貿易不均衡が一時的に拡大し、時間が
経過してから縮小する現象。
• 外国への輸出契約は円高へ動く前に行なわれているのが普通であ
るから、短期的には円高によっても輸出量に変化はなく、ドル建て
の輸出額(ドル受取額)は短期的には増加する。
• 外国からの輸入契約はドル安へ動く前に行なわれているのが普通
であるから、短期的にはドル安によっても輸入量に変化はなく、ドル
建ての輸入額(ドル支払額)は短期的には減少する。
• その後、徐々に輸出量が減少(輸入量が増加)し、輸出額も減少(輸
入額も増加)し始めるのは、ある程度のタイムラグを伴ってからと考
えられる。
• 1985年のプラザ合意による円高によって、日本の経常黒字は、一
時的に拡大し、1987年まで黒字拡大が続いた。その後、経常黒字
が縮小に向かったのは、このJカーブ効果が一因であると考えられ
ている。
13
為替レートのパス・スルーとPTM行動
• これまで、為替レートの変化は、輸出財価格と輸入財価格に、100%転
嫁されることを前提。
– 為替レートが$1=¥100↗$1=¥120へと減価
⇒日本で3,000円の輸出財価格は、アメリカでは30ドル↘25ドルへと下落
⇒アメリカで15ドルの輸入財価格は、日本では1,500円↗1,800円に上昇
自国と外国で一物一価が成立するという前提。
• しかし、現地価格の決定(為替レートの変化をどのていど現地価格に転
嫁するか)は、企業の意思決定に関わる問題。
• 「円高⇒輸出品価格の引き上げ⇒需要の減少⇒輸出額の減少」という
価格メカニズムに甘んじる企業よりも、
「円高⇒輸出品価格の据え置き⇒需要の維持⇒価格競争力の維持」を
目指す企業
の方が現実に近いかもしれない。
• 企業が現地でのマーケット・シェアを維持すべく、円高になっても現地価
格を据え置くという価格の硬直性を前提とした場合、経常収支の不均衡
が為替レートで調整されるメカニズムは、大きく修正される。
14
為替レートのパス・スルーとPTM行動
パス・スルー(Exchange Rate Pass-Through)
=為替レートの変化を、輸出財・輸入財の現地価格に転嫁すること
→為替レートの変化を、輸出財・輸入財の現地価格に転嫁しなければ、パス・ス
ルー率が低下し、貿易不均衡の為替レート調整は、効果が小さくなる。
→マーシャル=ラーナーの条件を導出する際には、パス・スルー率(転嫁率)=100%
を仮定
大谷聡・白塚重典・代田豊一郎(2003)「為替レートのパス・スルー低下:わが国輸入
物価による検証」『金融研究』第22巻第3号、日本銀行金融研究所.
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kinyu/2003/kk22-3-3.pdf
PTM 行動(Pricing-to-Market behavior)
=市場別価格設定
→企業の価格設定行動に関する実証分析によると、
• 日本国企業は為替レート変動を輸出価格にあまり転嫁しない(日本企業の多く
はPTMに基づいた価格設定を行っている)。
• 米国企業は為替レート変動をほぼ完全に輸出価格に転嫁している。
Krugman (1986), “Pricing to Market when the Exchange Rate Changes,”
NBER Working Paper, No.1926. http://www.nber.org/papers/w1926.pdf
15
為替レートのパス・スルーとPTM行動
• 企業が為替レートの変化を現地での販売価格に
転嫁する程度を、為替レートのパススルー
(Exchange Rate Pass-Through)と言う。
• 企業が為替レートの変化を現地での販売価格に
どの程度転嫁するかは、その企業が、どのような
商品を、どのような市場で販売するかという市場
別価格設定(Pricing-to-Market, PTM)に依存す
る。
• PTMとは、企業が同じ製品であっても市場ごとに
価格差別を行い、為替レートの変動を輸出価格
にそのまま転嫁せず、マークアップ率を変化させ
ることによって、為替レートの変動を一部吸収す
る価格設定行動のことである
16
数値例(為替レートのパススルー)
為替レート
ベンチマーク
国内価格
$1=¥100
ケース1
$1=¥80 ¥3,000
ケース2
$1=¥80
現地価格
輸出需要
輸出額(円建て)
輸出額(ドル建て)
弾力性
$30(¥3,000÷¥100)
100
①¥300,000(¥3,000×100)
$3,000($30×100)
$37.5(¥3,000÷¥80)
70
②¥210,000 (¥3,000×70)
$2,625($37.5×70)
ηx=1.5
$30(パススルー0)
100
③¥240,000(¥2,400×100)
$3,000($30×100)
ηx=0
17
為替レートのパス・スルーとPTM行動(cont.)
[数値例] $1=¥100 から $1=¥80 へと20%円高
3,000円の商品を日本からアメリカへ輸出
$1=¥100のとき、単価30ドル(単価3,000円)→100単位輸出
輸出額=$30×100万個=$3,000
円建て受取額=¥3,000×100単位=¥300,000
①
[マーシャル=ラーナー条件の仮定:パス・スルー率=100%の場合]
$1=¥80のとき、単価37.5ドル(単価3,000円) →70単位輸出
輸出額=$37.5×70単位=$2,625
円建て受取額=¥3,000×70単位=¥210,000
②
[PTM行動によってパス・スルー率=0%の場合]
$1=¥80になっても、単価30ドル(単価2,400円)→100単位輸出
輸出額=$30×100単位=$ 3,000
円建て受取額=¥2,400×100単位=¥240,000
③
• したがって、「①>③>②」となり、円建て単価を下げて、マー
ケットシェアを維持した方が得。
18
1のまとめ(為替レートは貿易不均衡を是正するか?)
• 名目為替レートの変化が、(短期的に)貿易不均衡を是正する
ためには、
①マーシャル=ラーナーの条件
②Jカーブ効果
③PTMによるパス・スルー
の3つを考慮に入れなければならない。
• 近年の実証研究によると、①は、短期的には×、長期的には
○ (日本のη1=1.0、η2=0.3、アメリカのη1=1.5、η2=0.3)。
• また、円高になって輸入財の国内価格が下落したり、輸出財
の現地価格を上昇させたりすることは少ない(パス・スルー率
が低い)。
• したがって、短期的には価格の硬直性(マーシャル=ラーナー
条件が満たされない、PTMによってパス・スルー率が小さい)
ゆえに、名目為替レートが貿易不均衡を是正する効果は限定
的であろう。
19
2.アブソープション・アプローチ
• GDPをY、Cを民間消費、Iを民間投資、Gを政府支出、A≡C+I+Gをアブソープショ
ン(absorption)=内需、経常収支CAをとすると、アブソープション・アプローチの基
本式は、
CA = Y − (C + I + G ) = Y − A ①
• 弾力性アプローチ:①式の左辺すなわち経常収支(CA)そのものが、為替レート
の変化によって、どのように調整されるかを考察。
• アブソープション・アプローチ:①式の右辺(Y-A)が、所得の変化等によって、ど
のように調整されるかを考察。
• 例えば、為替レートが減価すると、ML条件が成り立っているならば、輸出が増加
し、経常収支は改善される(弾力性アプローチ)。
• 他方、輸出の増加は、所得Yを増加させ、所得の増加は、アブソープションA(消
費C)や輸入(M)を増加させ、経常収支を悪化させる(アブソープション・アプロー
チ)。
• これら2つの効果のうち、どちらが大きいかは、直感的には分からない。
• IMFのアレキサンダーによって始められ、1950年代から60年代に確立された。S.
Alexander, “Effects of Devaluation on a Trade Balance”, IMF Staff Papers, Vol.2,
No.2, 263-278,1952.
20
国際収支統計と国民経済計算(cont.)
一国のマクロ・バランス(総供給=総需要)
Y=C+I+G+(X-M)
①
Y:GDP、X-M:貿易・サービス収支(純輸出)
Y=C+I+G+CA
②
Y:GNI(*)、CA:経常収支(ただし経常移転収支は無視)
GDP:国内で生産された付加価値の合計
GNI(*):日本人によって生産された付加価値の合計
→日本人の海外での生産活動は、日本人が外国から受け取る要素所得(A)
→外国人の国内での生産活動は、外国人へ国内から支払われる要素所得(B)
→純要素所得=A-B=所得収支
∴GNI=GDP+純要素所得(第一次所得収支)
(日本のように外国への進出が多い国では GNI>GDP)
*93SNAでは、「国民総生産」(GNP)を「国民総所得」(GNI)と呼ぶこととなり、
国民経済計算からGNPの概念がなくなった。
21
国際収支統計と国民経済計算
1.経常収支CAは、
CA=Y-(C+I+G)
②-1
経常黒字国=日本(CA>0):一国全体で生産以下しか支出していない国(Y>C+I
+G)
経常赤字国=米国(CA<0):一国全体で生産以上に支出している国(Y<C+I+G)
2.また、民間貯蓄SPは、可処分所得Y-Tから消費Cを差し引いた残りの部分である
ので、
SP=Y-T-C
これをYについて解き、②-1’式に代入すると、
②-2
CA=(SP-I)+(T-G)
一国の経常収支CAは、民間部門の貯蓄・投資バランスSP-Iと、政府部門の財政
収支T-Gに等しい。
3.さらに、財政収支T-Gを政府貯蓄SGと定義し、一国全体の貯蓄をS=SP+SGと
定義すると、②-2式は、
CA=S-I
②-3
と表わされる。すなわち、一国の経常収支は、一国の貯蓄・投資バランスに等しい
。
経常黒字国=日本(CA>0):一国全体で貯蓄超過(S>I)
経常赤字国=米国(CA<0):一国全体で貯蓄不足(S<I)
22
国内均衡と対外均衡
-スワン・ダイヤグラム-
•スワン・ダイヤグラム:アブソープション・アプローチの
調整メカニズム+国内均衡と対外均衡の概念。
•Swan, T. (1963/1968), “Longer-Run Problems of
the Balance of Payments”, in H.W.Arndt and Max
Coeden (eds.), The Australian Economy : A
Volume of Readings, Melbourne.
23
スワン・ダイヤグラム
DE : Y = A + CA = Y ( A, S )
+
+
EE : CA = X − M = CA( A, S )
−
+
• DE線:国内均衡(domestic equilibrium)を満たす為替レート(S)とアブソー
プション(A)の組み合わせ。
• 為替レートが減価 (S↑)⇒輸出が促進⇒総需要が増加⇒超過需要を縮小
させるためには、アブソープションが減少し (A↓)⇒DE線は右下がり。
• DE線より右上の領域:国内経済が超過需要(インフレ) =国内均衡を満た
すアブソープション(A)より大きいアブソープションと、国内均衡を満たす為
替レート(S)より円安の為替レートが組み合わされる領域。DE線より左下
の領域:超過供給(失業) 。
• EE線:対外均衡(external equilibrium)を満たす為替レート(S)とアブソー
プション(A)の組み合わせ。
• 為替レートが減価 (S↑)⇒輸出が促進⇒経常収支が増加⇒経常収支の均
衡を維持するためには、アブソープションが増加 (A↑)⇒EE線は右上がり。
• EE線より左上の領域:経常収支が黒字=対外均衡を満たすアブソープ
ション(A)より小さいアブソープションと、対外均衡を満たす為替レート(S)よ
り円安の為替レートが組み合わされる領域。EE線より左下の領域:経常
24
収支が赤字。
スワン・ダイヤグラム
S
EE
(Ⅰ) インフレ・経常黒字
(Ⅱ)失業・経常黒字
(Ⅳ)インフレ・経常赤字
(Ⅲ)失業・経常赤字
DE
A
25
ティンバーゲンの原則(Tinbergen’s rule)
独立した複数の政策目標(国内均衡と国際均衡という2つの政策目標)を達成させるため
には、それと同数の独立した政策手段(財政政策と為替政策という2つの政策手段)が必要
S
対外均衡
+インフレ
EE
2
為替レート切り下げ(S↑)
5
対外均衡
+デフレ
4
3
国内均衡
+経常赤字
1
インフレ
+経常赤字
内需引き締め(A↓)
DE
A
26
(補論) マネタリー・アプローチ
•
•
•
•
弾力性アプローチとアブソープション・アプローチが、貿易収支の不均衡を対
象とするのに対して、マネタリー・アプローチは資本収支を含めた国際収支
の不均衡 (外貨準備増減)を対象とする。
また、アブソープション・アプローチは、貿易収支の不均衡は、マクロ的な財・
サービス市場の不均衡からもたらされ、その調整は財政政策(内需拡大や
増税などの引締政策)に求めた。
これに対して、マネタリー・アプローチは、国際収支の不均衡は、貨幣市場
の不均衡(貨幣の超過供給・超過需要)からもたらされ、その調整は金融政
策によるのが適切であると主張する。すなわち、国際収支は貨幣的現象と
見なすマネタリスト的見解。
J.J.ポラック(J.J.Polak)、ジョンソン(H.G.Johnson)、マンデル(R.A.Mundell)など、
主としてIMFおよびシカゴ大学において、1960年代に開発された。
Jacob A. Frenkel and Harry G. Johnson,eds.(1976), The Monetary approach to the
balance of payments.
Members of the staff of the International Monetary Fund (1977), The Monetary
Approach to the Balance of Payments : a collection of research papers.
•
古典的には、国際金本位制の自動調整メカニズム=ヒューム(D.Hume)によ
る「物価・正貨流出入機構」(price-specie flow mechanism)まで遡る。
27
マネタリー・アプローチ
• 為替レートのマネタリー・アプローチ
(monetary approach to the exchange rate)
⇒変動相場制のケース
• 国際収支のマネタリー・アプローチ
(monetary approach to the balance of payments)
⇒固定相場制のケース
国際収支を「経常収支+資本収支=外貨準備増減」
と捉え、外貨準備増を「貨幣市場の不均衡」とみなし、
外貨準備の減少を過大なマネーサプライに原因を求
める考え方。
28
国際金本位制の自動調整メカニズム
物価・正貨流出入機構(price-specie flow mechanism)
by ヒューム(David Hume)
金の流出
Mの減少
Pの下落
国際収支の
改善
国際収支
の悪化
Pの上昇
Mの増加
金の流入
①「物価・正貨流出入機構」の理論的前提
=貨幣数量説(Quantity Theory of Money)
PT=MV: T(=Y)が完全雇用、Vが一定ならば、MとPは比例的関係
②国際金本位制のゲームのルール
金の流入(流出)→Mの増加(減少)、不胎化はしない。
29
日本銀行のバランスシート(1997年7月20日)
(単位:千円)
資産
負債および資本
金地金
215,665,333 発行銀行券
現金
376,402,604 金融機関預金
割引手形
貸付金
買入手形
国債
海外資産勘定
27,540,024 政府預金
802,237,500 その他預金
1,609,800,000 雑勘定
48,077,653,425 引当金勘定
43,972,031,290
3,662,486,787
519,949,756
5,650,626
3,169,529,111
2,465,842,539
3,118,423,369 資本金
100,000
預金保険機構貸付金
291,700,000 積立金
2,084,895,423
代理店勘定
382,996,301
雑勘定
978,066,975
合計
55,880,485,534 合計
55,880,485,534
30
日本銀行のバランスシート(2006年1月10日)
(単位:千円)
資
産
負債および資本
金地金
441,253,409 発行銀行券
76,932,912,490
現金
190,852,918 当座預金
33,909,245,964
買現先勘定
4,217,975,287 その他預金
461,553,993
買入手形
44,089,900,000 政府預金
国債
98,811,712,126 売現先勘定
28,206,474,798
105,995,263 売出手形
3,402,200,000
資産担保証券
金銭の信託(信託財産株
式)
1,945,312,294 雑勘定
外国為替
4,739,725,334 引当金勘定
代理店勘定
雑勘定
合計
5,990,538,562
862,903,863
2,916,513,736
151,921 資本金
100,000
666,771,730 準備金
2,527,206,875
155,209,650,285 合計
155,209,650,285
31
マネー・フロー(概念図)
32
貨幣(通貨)乗数
•
•
•
•
•
M=C+D (マネー・サプライの定義)
H=C+R (ハイパワード・マネーの定義)
α=R/D (預金準備率の定義)
β=C/D (現金・預金比率の定義)
μ=H/M (貨幣乗数)
M C+D
C / D +1
β +1
=
=
=
H C + R C / D + R / D β +α
β +1
β +1
∴ M =
∴µ =
H α+β
α+β
33
マネタリー・アプローチ(cont.)
• 貨幣市場の均衡条件は、
M
∴ M = PL(Y , i )
= L(Y , i )
P
• マネー・サプライMは、中央銀行が保有する国内資産
Aと対外資産Fを裏付けとして発行されるハイパワー
ド・マネーHの乗数倍μとすると、
1
1
M −A
PL − A
=
M = µH = µ ( A + F ) ∴ F=
µ
µ
• したがって、国際収支の黒字(外貨準備の増加)は、
1
∆F = ∆PL − ∆A
µ
34
マネタリー・アプローチ(cont.)
1
∆F = ∆PL − ∆A
µ
ΔF:外貨準備増減
ΔPL:名目貨幣需要の増減
ΔA:国内信用(中央銀行によるの国債購入や手形割引)の増減
∴ ∆F<0 ⇔
1
µ
∆PL<∆A
• 国際収支の赤字(外貨準備の減少)は、人々の貨幣需要の増
加を上回って、中央銀行が過大な国内信用を供与すること。
• したがって、国際収支の赤字を是正するには、中央銀行が信
用引締を行なうことが望ましい。
35
まとめ
1. 価格調整メカニズムは、①マーシャル=ラーナーの
条件、②Jカーブ効果、③PTMによるパス・スルー率
などを考慮すると、価格の硬直性がある場合には、
自動的には作用しない。
2. 所得調整メカニズムは、小国モデル(例えば、小国
開放経済が完全雇用下で赤字になれば、総需要の
引締政策が必要)と大国モデル(例えば、自国の輸
出拡大は、相手国に対する近隣窮乏化政策となる)
では、結論が異なる。
3. 貨幣調整メカニズムは、外貨準備が減少している国
に金融引締を求めるなど、現在のIMF政策の原点と
なっている側面がある。「国際収支のマネタリー・ア
プローチ」は、「為替レートのマネタリー・アプローチ」
(後述)と混同しないこと。
36