第 51 巻 第 6 号 596 ミニレビュー 日歯保存誌 51(6):596∼598,2008 象牙質知覚過敏症の病態解明と歯質成分により 開口象牙細管を封鎖する治療法の開発 菅 俊 行 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 発達予防医歯学部門 健康長寿歯科学講座 歯科保存学分野 Etiology and Developing New Treatment Method for Dentin Hypersensitivity SUGE Toshiyuki Department of Conservative Dentistry, Institute of Health Biosciences, The University of Tokushima Graduate School キーワード:象牙質知覚過敏症,象牙細管,リン酸カルシウム,フッ化ジアミンシリケート はじめに プラークコントロールの状態が象牙質知覚過敏 症の病態に及ぼす影響 象牙質知覚過敏症は,歯科を受診する患者のなかで発 症頻度が高いとされている.ところが現在,象牙質知覚 象牙質知覚過敏症の予防および初期の治療には適切な 過敏症の発症における痛みの伝達メカニズムなどの病態 プラークコントロールが重要であると成書に述べられて に関しては不明な点も多く,またすべての症例に有効な いるが,これまでに定量的な評価は行われていない.そ 治療法が確立されているとはいいがたい.現在,臨床で こで,プラークコントロールの状態が象牙質知覚過敏症 使用されている MS コート塗布法は歯質成分と異なる物質 の病態にどのような影響を及ぼすのか,象牙質片を添付 で象牙細管を封鎖するため,生体が本来兼ね備えている した口腔内装置を用いて in situ で 1),またイヌ生活歯を 唾液成分の歯表面への沈着による石灰化を阻害する可能 切削することにより人工的に象牙質知覚過敏症を惹起し 性がある.そのため唾液成分に由来する歯質の石灰化を て in vivo で評価した2).その結果,適切にプラークコン 誘導するためには,歯質の主成分であるリン酸カルシウ トロールを行ったプラークコントロール群においては, ムで開口象牙細管を封鎖する方法が理想的な治療法とし 唾液由来と思われる石灰化物質(リン酸カルシウム)の沈 て考えられる. 着が起こり,開口象牙細管は経時的に閉鎖傾向を示した. 本稿では,これまでに解明してきた象牙質知覚過敏症 一方,プラークコントロールを一切行わないノンプラー の病態,特にプラークコントロールの状態が象牙質知覚 クコントロール群の場合には象牙質表面にバイオフィル 過敏症の病態にどのような影響を及ぼすのかについて定 ムを形成し,その結果,管周および管間象牙質が脱灰さ 量的な評価を行った結果を示すとともに,象牙質知覚過 れ,象牙細管の直径は経時的に増大した.このことから, 敏症の治療法としてフッ素化アパタイトで象牙細管を封 齲 鎖し,歯質の耐酸性を向上させ,齲 予防にも効果的な 2 種類の治療法(Calcium phosphate precipitation method およびフッ化ジアミンシリケート処理法) の効果について 概説したい. や歯周病予防と同様に,象牙質知覚過敏症の自然治 癒あるいは増悪にはプラークコントロールの状態が強く 関連していることが明らかとなった. 2008 年 12 月 象牙質知覚過敏症の病態解明と歯質成分により開口象牙細管を封鎖する治療法の開発 図 1 ヒト抜去歯に CPP method 処理を行った直後の象 図 2 イヌ生活歯に CPP method 処理を行った直後の象 牙質表面および割断面の電子顕微鏡像 牙質表面および割断面の電子顕微鏡像 歯質成分により開口象牙細管を封鎖する象牙質 知覚過敏症治療法の開発 597 method を完成させた(図 1)4―8).イヌ生活歯を用いて in vivo にて象牙細管封鎖効果を評価した場合においても, 歯髄圧の影響を受けて象牙細管封鎖深度は約 5μm と in vitro の場合と比較して半減するものの,緊密な象牙細管 1 .Calcium phosphate precipitation (CPP) method 封鎖が得られた(図 2)9).また CPP method はフッ素を処 リン酸カルシウムを象牙細管内に析出させるには,カ 理液中に含んでいるが,同濃度のフッ化ナトリウム溶液 ルシウム溶液とリン酸溶液それぞれを象牙質表面に順に 処理と比較して,有意にエナメル質の耐酸性を向上させ 塗布を行い化学反応させる方法があるが,この手法では ることも明らかとなり,象牙質知覚過敏症治療のみなら 化学反応が象牙質表面付近に限局されて起こり,象牙細 ず,齲 管深部までリン酸カルシウム結晶で封鎖することは困難 予防にも有用であることが明らかとなった10). 2 .フッ化ジアミンシリケート処理法 であった.そこで,リン酸カルシウムは酸性溶液には溶 フッ化ジアンミン銀 (サホライド娯,ビーブランド・メ 解しやすく,中性およびアルカリ性溶液にはほとんど溶 ディコ・デンタル)は齲 進行抑制剤および象牙質知覚過 解しないという pH 依存的な溶解度に着目し,この溶解 敏症治療剤として使用されているが,塗布後に歯質の黒 度差を利用してリン酸カルシウム結晶を象牙細管深部に 変が起こることから永久歯に多用することは困難であっ ま で 析 出 さ せ る Calcium phosphate precipitation(CPP) た.歯質着色の欠点を改良する目的で,フッ化ジアンミ method を完成させた 3).CPP method は酸性のリン酸カ ン銀の銀成分をシリカに置換したフッ化ジアミンシリケー ルシウム溶液(1 mol/l CaHPO4・2H2O, 2 mol/l H3PO4)と ト溶液 ( (NH 4)2SiF6)を調製した.シリカを採用した理由 なる 2 液型の処理方法である.この 2 液を順に綿球にて る触媒作用を有していること,(2)シリカは皮のなめし 象牙質表面に塗布するという簡便な処理方法により,象 剤として用いられていることからコラーゲン固定能力に 牙質表面から約 10μm の深さまで象牙細管を緊密に封鎖 優れており,象牙質齲 できることが確認された.しかしながら,象牙細管内に 壊抑制効果も期待できるという 2 点が挙げられる.まず, から それを中和する役割を担う後処理液 (1 mol/l NaOH) としては,(1)擬似体液からアパタイトの析出を誘導す の進行過程における有機質の崩 進行抑制剤として臨床 析出した結晶の組成をエネルギー分散型 X 線マイクロア フッ化ジアミンシリケートが齲 ナライザーにて分析したところ,析出物はリン酸水素カ 適用が可能かどうか判断する目的で歯質耐酸性に及ぼす ルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)であった.リン酸水 素カルシウム二水和物はハイドロキシアパタイトと比較 影響を調べた結果,フッ化ジアミンシリケートは同濃度 のフッ化ナトリウム・酸性リン酸フッ素溶液 (9,000 ppm) して唾液中では溶解しやすいこと,また,後処理液が強 と比較して,エナメル質および象牙質の脱灰量を有意に アルカリであることから口腔内への適用が困難であると 減少させ,フッ化ジアンミン銀と同程度の歯質脱灰抑制 考えられた.この問題点を解決するため,より中性に近 作用を有することが示された 11).続いて,象牙質知覚過 い pH を有する炭酸水素ナトリウム溶液にフッ素を添加 (1 敏症の治療薬として応用可能かどうかを評価する目的で, mol/l NaHCO3, 0.3 mol/l NaF) した溶液を後処理液として ヒト抜去歯を用いてフッ化ジアミンシリケートの象牙細 用いた.改良した後処理液を用いて処理した場合,フッ 管封鎖効果を評価した結果,シリカ−リン酸カルシウム 素化アパタイトが象牙細管深部まで析出することを可能 化合物により開口象牙細管を緊密にかつ象牙質表面から とし,かつ口腔内に適用可能な処理液に変更した CPP 約 30μm の深度まで封鎖した(図 3)12).さらに人工唾液 日 本 歯 科 保 存 学 雑 誌 598 第 51 巻 第 6 号 454―459, 2006. 3)Ishikawa K, Suge T, Yoshiyama M, Kawasaki A, Asaoka K, Ebisu S: Occlusion of dentinal tubules with calcium phosphate using acidic calcium phosphate solution followed by neutralization; J Dent Res 73, 1197―1204, 1994. 4)Suge T, Ishikawa K, Kawasaki A, Yoshiyama M, Asaoka K, Ebisu S: Effects of fluoride on the calcium phosphate precipitation method for dentinal tubule occlusion; J Dent Res 74, 1079―1085, 1995. 5)Suge T, Ishikawa K, Kawasaki A, Yoshiyama M, Asaoka K, Ebisu S: Duration of dentinal tubule occlusion formed by calcium phosphate precipitation method: in vitro evalua図 3 ヒト抜去歯にフッ化ジアミンシリケート処理を 行った直後の象牙質表面および割断面の電子顕微 鏡像 tion using synthetic saliva; J Dent Res 74, 1709―1714, 1995. 6)Kawasaki A, Ishikawa K, Suge T, Yoshiyama M, Asaoka K, Ebisu S: Effects of hexafluorosilicate on the precipitate を用いて可及的に口腔内を模倣した状態で象牙細管封鎖 の持続性を調べた結果でも,象牙細管を封鎖した結晶は composition and dentine tubule occlusion by calcium phosphate; J Dent 24, 429―434, 1996. 7)Suge T, Ishikawa K, Kawasaki A, Suzuki K, Matsuo T, 唾液中へと溶解することなく安定で持続的な象牙細管封 Ebisu S: Evaluation of post-treatment solutions for clinical 鎖を示し,かつ唾液中から歯質表面にリン酸カルシウム use with the calcium phosphate precipitation method; J の沈着を誘導する効果を有していることが明らかとなっ Dent 27, 487―496, 1999. た 13,14).これはフッ化ジアミンシリケート処理により象 8)Suge T, Kawasaki A, Ishikawa K, Matsuo T, Ebisu S: Com- 牙細管内に析出した結晶がシリカを含有していることに parison of the occluding ability of dentinal tubules with dif- 起因すると考えられる.種々の濃度のフッ化ジアミンシ ferent morphology between calcium phosphate precipita- リケート溶液の象牙細管封鎖効果を調べた結果において tion method and potassium oxalate treatment; Dent Mater J 24, 522―529, 2005. も,100 ppm から 19,400 ppm 濃度の溶液までいずれの場 9)Suge T, Ishikawa K, Kawasaki A, Suzuki K, Matsuo T, 合にも緊密に象牙細管を封鎖したことから,低濃度溶液 Noiri Y, Imazato S, Ebisu S: Calcium phosphate precipita- でも十分な象牙細管封鎖効果を有しており,安全に口腔 tion method for the treatment of dentin hypersensitivity; 内に適用できる可能性が示唆された. Am J Dent 15, 220―226, 2002. 10)Suge T, Kawasaki A, Ishikawa K, Matsuo T, Ebisu S: おわりに Effects of calcium phosphate precipitation method on acid resistance to apatite powder and bovine tooth; Dent 考案した 2 種類の処理法は象牙質知覚過敏症のみなら ず,歯質の耐酸性を著しく向上させることから,enamel erosion や歯根面齲 などの予防にも効果的であると考え られる.今後,これらの研究結果を基に,さらに評価検 討を行い,両治療法の臨床応用の可能性を模索したいと 考えている. Mater J 27, 508―514, 2008. 11)Kawasaki A, Suge T, Ishikawa K, Ozaki K, Matsuo T, Ebisu S: Ammonium hexafluorosilicate increased acid resistance of bovine enamel and dentin; J Mater Sci Mater Med 16, 461―466, 2005. 12)Suge T, Kawasaki A, Ishikawa K, Matsuo T, Ebisu S: Effects of ammonium hexafluorosilicate on dentin tubule occlusion for the treatment of dentin hypersensitivity; Am 文 献 J Dent 19, 248―252, 2006. 13)Suge T, Kawasaki A, Ishikawa K, Matsuo T, Ebisu S: 1)Kawasaki A, Ishikawa K, Suge T, Shimizu H, Suzuki K, Matsuo T, Ebisu S: Effects of plaque control on the patency and occlusion of dentine tubules in situ; J Oral Rehabili 28, 439―449, 2001. 2)Suge T, Kawasaki A, Ishikawa K, Matsuo T, Ebisu S: Effects of plaque control on the patency of dentinal tubules: an in vivo study in beagle dogs; J Periodontol 77, Ammonium hexafluorosilicate elicits calcium phosphate precipitation and shows continuous dentin tubule occlusion; Dent Mater 24, 192―198, 2008. 14)菅 俊行,石川邦夫,松尾敬志,恵比須繁之:フッ化ジ アミンシリケートの象牙質知覚過敏症治療剤への応用― 抜去歯を用いた象牙細管封鎖能の検討―;日歯保存誌 50, 313―320, 2007.
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