3 数学 「解く」から「問う」へ主体的・協働的な学びの構築 -学びの原動力となる「問い」を求めて- 小谷 雅彦 本論の要旨 生徒の多くは,自分の考えを表現し,交流する活動を通して,課題を解決することが苦手である。ま た,他者との関わりの中で気づいたことを鵜呑みにし,「本当なのか,なぜなのか」と疑問を持つこと なく,計算方法や公式を使うことで課題を解決することで完結してしまう傾向が強い。 本研究では,他者との関わりの中での学びを活性化させるために,「問い」を相手に「問う」ことを 通して,協働的に合意形成していくことが大切であると考えた。そして,予習課題などを取り入れ,生 徒たちが課題に対しての「問い」を仲間に「問う」活動を軸に授業スタイルを構築した。生徒が1人で 「解く」活動から,仲間に「問う」活動を充実させることよって,表現・交流する活動を活発化させる ことができた。また,「問う」ことで自らの「問い」を解決するための過程を整理することができ,自 分の考えを広げることができた生徒が増えるなど,この授業スタイルの良さが認められた。 キーワード 予習,問い,既習事項の活用,反転学習,アクティブ・ラーニング 1.研究主題によせて ことがキーワードになると考えている。したがっ (1)はじめに て,日常生活の中や社会的事象の中にある数学的 生徒の多くは,21世紀型スキル(技術)といわ 事象に生徒自らが関心をもち,新たな課題を見い れるコラボレーティング・スキル,つまり互いに だせるような教材の開発が不可欠である。そのよ 知恵を出す,協働的に取り組むという能力が劣っ うな教材に触れることで生徒の数学に対する関心 ている。【公式や解き方】を駆使し,解答を導き出 意欲につながり,「能動的な学び」につながると考 すことが出来ればよいという考え方が先行してい えられる。 るからである。私自身,数学の指導の中で,課題 この「能動的な学び」を深めるためには,問題 解決型の学習を研究し実践を積み重ねてきたが, を解決する過程において,他者との関わりの中で 生徒は自らが敷いた問題解決のためのレールに則 多様な数学的な見方や考え方に出会い,自分の考 り課題を解決しようとするだけで,レールが見当 えを深めることが大切である。つまり「他者との たらないような課題には無回答,まったく手を付 関わりの中で学ぶ」の中で気づいた新たな問いに けることができない生徒が多い。また,仲間との 対して,既習事項を活用し,より効果的に解決に 話合いの中で生じた違和感や疑問を交流すること 結びつけることができるのかを判断させることが なく,解答が出た段階でよしとする傾向がかなり 大切であると考える。 強いと感じている。これは全国学力調査において 以上の理由から,他者と関わる能動的な学びと も,活用型の問題の正答率が低いという課題にも して,「問う」活動の充実を柱に授業スタイルを構 つながっており,数学教育における今日的な課題 築することを考えた。 である。したがって,協働的問題解決能力を育て るためにも,話し合う活動だけではなく,課題に (2)研究仮説 対する疑問点や条件が変わっても同じ事がいえる 生徒が「問い」を持ち,その「問い」を他者に のかなどを積極的に「問う」中から合意形成する 「問う」活動を軸に学習を展開させることができれ 能力を身につけることが必要である。甲賀市教育 ば,生徒たちの表現力や思考力が高まり,学力の向 研究所との共同研究していた「予習を活かす学習 上につながるのではないか。また,「問う」ことに 指導の工夫」の取組をベースに効果的な予習課題 よって「能動的に学ぶ」価値を実感できる教材を開 の開発と批判的な見方考え方から「問う力」の育 発することによって, 「自らの思考・判断をもとに, 成につながる授業展開を模索してきた。 自分や他者に働きかける生徒」そして「他者との 次の中学校学習指導要領では,「能動的に学ぶ」 関わりを通して,自分自身の考え方を見直し,さ 数学1 — 34 — ・平方根をふくむ式の計算ができ,そのとき らに深め成長に向かえる生徒」の育成につながる の計算のしくみが,根号の意味と計算法則 と考えている。 によることを理解することができる。 ・有理数と無理数の意味を知り,数の概念を 一層深めることができる。 (4)評価規準 ① 数学への関心・意欲・態度 ・数を簡潔・明瞭に表現するために,平方根を 用いようとする。 ・平方根を用いて考えることのよさに関心をも ち,平方根を用いて表したり,平方根の意味 を考えようとする。 ② 数学的な見方や考え方 ・面積から正方形の一辺の長さを求めるなど, 実生活での具体的な場面で,数の平方根を用 いて考察することができる。 学びの原動⼒へ ・平方根のおよその値を逐次近似的に考察する ことができる。 ③ 数学的な技能 (1)対象・単元名・実施日 第3学年 数 2.授業事例 ・実生活での具体的な場面での数量を平方根の ・平方根の利用 記号√(根号)を用いて表現することができる (2)単元設定の理由 を不等号を用いて表したりすることができる 自然数から有理数,実数,そして高校の複素 ④ 数量や図形などについての知識・理解 数へという数概念の発展を中学生が理解するこ とは,数 学的認識の広がりにつながる大きな視 点といえる。また,本単元の平方根では,これ まで学習してきた数の概念と大きく異なり,生 徒が戸惑う場面が予想される。そこで,小・中 高校の繋がりがみえる授業を心がけることが重 要となる。九九の同数同士の計算等,小学校時 代から生徒が経験してきた学習内容を見直しな がら新しい数への取り組みを進める必要がある。 以上のことから,平方根の指導では,今まで 使ってきた整数や分数では表せない数の存在を 生徒に知らせるなかで, √の計算への理解を深 めるだけでなく,平方根を視覚的に示すことで 自分の身近な事象として数の平方根を捉えさせ る授業づくりを行っていきたいと考える。そし て,平方根が日常生活や数学的にどのような場 面で活用されているかを常に意識させながら授 業を進めていきたいと考えている。 (3)学習目標 ・平方根の意味とその必要性を理解し,平方根 を正しく求めることができる。 数学2 — 35 — ・実生活での具体的な場面を通して,平方根の 必要性を理解している。 ・平方根及び平方根の記号√(根号)の意味を理 解している。 学 ・数の平方根を数直線上に表したり,大小関係 (7)本時の学習過程(第1時) (5)指導と評価の計画(全14時間) 第1節 第2節 第3節 第4節 平方根(3時間) 平方根をふくむ式の計算(7時間) 有理数と無理数(2時間) 平方根の利用(1時間)…本時 ① 本時でねらいたい「問い」と「問う」活動 「問い」 ・タテが20㎝,ヨコが12㎝の紙をコピー機 で2倍の大きさにしたとき,ヨコの長さは何 【第4節 平方根の利用(1時間)」の指導のねら い,生徒の学習活動及び評価規準・評価方法】 時程 ■学習課題/□学習のまとめ ㎝になるだろうか? ・単純に2倍の長さにするとダメな理由は何 評価の観点 関 思 技 知 だろう。 「問う」活動 第1時 ■縦15㎝ 横10㎝の用紙をコ ・コピー機では141%の設定で2倍の大きさ ピー機で2倍の大きさにす になるが,この141という数字はどこから るには,縦・横をそれぞれ 出てきた数字なのだろうか? 何倍の長さにすればよいだ 本時の目標 ○ ・身近なことがらに平方根が利用されている ろうか。 ことを知り,その理由を理解することがで □コピー機の設定と平方根の きる。【数学的な見方や考え方】 関係を知る。 <ねらい> ・身近なことがらに平方根 <評価規準> 実生活での具 が利用されていることを知 体的な場面で, り,その理 由を理解する 数の平方根を用 ことができる。 いて考察するこ とができる。 (6)思考力・判断力・表現力を伸ばす方策 ①学習課題設定の工夫 ・学習者に関わるもの(判断) 判 課題の解決方法が平方根を正しく活用されて 資料1 ワークシート いるものかのかどうかを判断させる。 ・数学科教材に関わるもの(課題) 身近にある物の中に隠れている平方根や白銀 比について考察させる。 ・指導方法に関わるもの(ゆさぶり)ゆ 面積が2倍になるには,辺の長さも2倍にす ればよいのかを問い直し,再考させる。 ②思考ツール等の活用(思考ツール・ICT) ・思考ツール(マトリックス)を利用する。 様々な考え方を可視化し,結果を推測する。 ③特別支援教育の視点と思考ツールなどの活用につ いて ・マトリックスチャートを活用して自分の考え たことを可視化し,仲間との交流に役立てる。 ・視覚補助として,多くの実物を利用し,操作 活動を通して実感を伴わせながら学習を深め る。 数学3 — 36 — 資料2 身の周りにある 1 : 2 ② 本時の学習指導案 学習内容と学習活動 ○指導 ◆評価 ★論理的思考を伸ばす方策(判・ゆ・ツ) 1 <導入問題> 導 ○実物を見せてイメージを持たせる。 タテが20㎝,ヨコが12㎝の紙をコピ ★ゆ2倍で本当によいのかを考えさせ, ー機で2倍の面積に拡大したとき,ヨコ それでは面積が4倍になることに気づかせたい。 の長さは何㎝になるだろうか。 ○ヨコだけ2倍では,コピー機での拡大にはならない 入 「24㎝になる。 」 ことを理解させる。 「24㎝では大きすぎるのではないか。 」 「タテヨコとも2倍にすると大きすぎる …」 2 <学習課題> 面積を2倍にするには,タテ・ヨコをそれぞれ何倍にするとよいのだろうか。 ○具体的な数値で考え,解決する。 ★ツ マトリックスチャートを活用し,考えたことを 「それぞれ2倍だと面積が4倍になるの 展 ぞれ 2 × 2 で2だから,それ ★判 既習事項をどのように活用すれば課題を解決で きるかを判断させたい。 2 倍にすると面積が2倍に 数 で, 可視化させながら交流する。 なるのでは…」 ・それぞれをx倍とする。 ○x 2 =2の解法については,2の平方根を求めるこ とと同じであることを確認する。 ・ヨコの長さの5/3倍がタテの長さで ある。 3 確認 ・学校のコピー機では141%となっているが、141%ってなんだろう? 開 ・実際に面積を求めて確かめる。 ・学校のコピー機では141%となってい る。 ○141%の意味を考える。 ○ A4の紙を2枚つなげて,A3を示し, タテとヨコの比と A4と A3の関係を考 える。 ○ A4判の中に隠れた 2 に気づく。 ★ゆ 141%の意味を考えさせたい。 ○1: 2 であることを確認し,この比を【白銀比】 という。 ○日常に隠された【白銀比】を紹介する。 (資料2) まとめ 4 本時のまとめ ○日常生活の中に平方根が隠れていることに気づかせ たい。 数学4 — 37 — 学 ○式を活用して解決する。 (8)成果と課題 ①成果 ・自らが「問い」を生み,「問う」姿勢の定着 数学の授業において「問い」は出発点である。し かし,生徒がもともと持っている「自分で解決して みたい」という欲求から,「1人で解決できた」と 資料4 いう達成感を求めるためにも,多くの生徒は他人に 生徒の気づき 「問う」ということに対して抵抗感を持っているよ うであった。 しかし,授業展開において,「問い」を「問う」 場面を意図的に設定した。このことによって,生徒 が「問い」を持つことの価値や意味,またそれを「問 う」ことの価値を体感していく姿が見られた。 例えば,この実践では,【面積を2倍にするため 資料5 には,なぜ200%ではなく,141%なのだろう】 気づきから生まれた「問い」 という共通の「問い」を授業の中で追究することが できた。この141と 2 倍の関係が明らかにな っていく過程のなかで多くの生徒が日常の中にある 生徒からでた「問い」の中で最も多かった「問い」 数学に実感できたに違いない。そして,白銀比とい である,【十の位の数と一の位の数を入れ替えたら われる 1 : 2 の関係となっているものが世 の中にたくさんあることを知ることによって,より どうなるのか】を授業で取り上げ追究することがで きた。 数学と日常生活とのつながりを実感できた。 指導案の中にはないが,この授業を終えた後,多 くの生徒は,用紙を半分に縮小するために71%と あるが,どのような意味があるのだろうかといった 「新たな問い」をもち,授業の中で追究することが できた。 ・さらに追究したいことを仲間に「問う」ことと共 有することの習慣化(実践事例②) 資料3 38 89 × × 81 32 7209 1216 8×(8+1) 9×1 3×(3+1) 8×2 上2 桁 上2 桁 下2桁 資料6「問い」解決させたレポートを交流 下2桁 以上のことより,「問い」を「問う」活動,つま り,他者との関わりの中で学びを深めることに成果 式の活用での取組である。この が見られ,数学的な思考を深めることに生徒自身が 単元での目標は文字を使うことによって,上記のよ 価値を見出す取組ができた。また,公式や計算方法 うな計算法則があることを証明することがができれ などによって「解く」ことだけでなく,「問う」と ばよい。しかし,その活動の前に,与えられた式や いうことを軸にした取り組むことによって,課題を 計算の過程,答えなどの共通点を見いだし,気づいた 多面的にとらえようとする習慣や違う解決方法を探 ことと,新たな「問い」を共有した。 る習慣がつき,「問い」を「問う」ことへの原動力 資料3は第3学年 になったと考えている。そして,何より,教室が「な 数学5 — 38 — ぜ?」や「納得がいかない」と言いやすい雰囲気に 関連づくような授業のあり方を追究していきたい。 なり,能動的・協働的に課題を解決しようとする姿 を多く見受けられるようになったことが大きな成果 【引用参考文献・参考図書】 である。 ・ 『平成25年度 甲賀市教育研究所 研究紀要』 ・小谷雅彦「予習から生まれる問いを広げ深める授 業の工夫」,『滋賀大学附属中学校研究紀要第56 (実践事例③) 集』,滋賀大学教育学部附属中学校 p32~37 ・小谷雅彦「「予習課題」を軸に生徒の「問い」を 広げ深める授業の工夫」,『滋賀大学附属中学校研 究紀要第57集』,滋賀大学教育学部附属中学校 p32~37 「視聴率は大きな都市の人口でもたった200人を 対象とした調査で示される。これは正確な数字とし て考えてもよいのかどうか」という「問い」を追究 ・ 『こうすれば考える力がつく!中学校思考ツール』 文部科学省初等中等教育局教育課程教科調査官 田村 学 関西大学総合情報学部教授 黒上 晴 男 著 2年生数学 式の利用~カレンダーの不思 議~ p56~p61 ・ 『アクティブ・ラーニング入門』 産業能率大学教 授 小林 昭文 著 ・本研究の一部は,平成27年度科学研究費補助金(奨 励研究、課題番号15H00163)の助成を受けて行 した実験授業 数 った。 ②本研究から見えてきたもの~課題~ たい」と「協働的な学び」との両立である。数学の 特性として,答えが1つであることがあげられる。 その1つの答えにたどり着く道筋は様々である。し かし,その様々な道筋を1人で解決したいという欲 求が生徒にはある。したがって,1人で解決するこ とも大切であるが,協働的に解決する価値を実感さ せることが重要となる。つまり,仲間に問いたくな るような魅力的な課題の設定と「問う」時間を軸と した効果的な授業デザインが不可欠である。 次年度への課題は,課題解決に向けて教師が何を 生徒に「問(う)」わせたいのかを明確にすること である。問題解決に向けて自分と他者との考え方の 「違い」を「問う」のか,「共通点」を「問う」の か,「方法」を「問う」のかなど,「問う」ことを整 理するこうとを模索したい。つまり,生徒に何を「問 わせる」ことで「問う」ことの価値を実感する学び に繋がるのかを整理することが不十分であった。 わからないから「問う」もの1つではあるが,抽 象的な「問い」に終始してしまう傾向があった。こ のことを仲間に「問う」ことで課題の解決に結びつ くのではないか。といった,具体的に自分にとって この「問い」はどのような意味をもった「問い」な のかを客観的に考えるさせることも今後研究を進め ていきたい。 「問う」ことと「問い」が生徒にとってより強く 数学6 — 39 — 学 見えてきたものの1つが「最後まで自分で解決し
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