原油価格反発でも世界はさほど変わらない 藤代 宏一

Global Market Outlook
原油価格反発でも世界はさほど変わらない
2016年6月7日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
藤代 宏一
TEL 03-5221-4523
WTI原油が50㌦近傍まで水準を切り上げてきた。筆者は①米国原油在庫が異例の高水準にあり、②最近
は稼動リグ数の減少傾向が一服、③将来的なFEDの利上げ観測復活が金利の付かないコモディティに打撃
を与える、④これまで原油相場をサポートしてきたカナダ・ナイジェリアの供給制約が一過性のものである
ことなどを重視して、原油価格の先行きに弱気な相場観を持っている。とはいえ、一頃に比べて原油価格の
先行きに強気な声が多くなったのも事実。本稿では、筆者の弱気シナリオに反して原油価格が安定的に上昇
した場合の影響について考えてみたい。
WTI原油
(㌦/バレル)
120
110
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
11
12
13
(備考)Thomson Reutersにより作成
14
15
16
まず第一に、負の影響として投資家の関心が集中するのは、米個人消費への打撃だろう。折りしも、米国
ではドライブシーズンをむかえるため、原油価格上昇は個人消費の減速懸念に繋がり易い。実際、ガソリン
価格は上昇傾向にあり、それが一因となって消費者マインドにはピークアウト感がみられている。
CB消費者信頼感指数・ガソリン価格
130
(㌦)
100
120
150
110
200
100
250
90
ガソリン価格 300
(右、逆目盛り)350
消費者信頼感指数
400
(現況)
80
70
60
450
50
500
13
14
15
16
(備考)Thomson Reutersにより作成
ただ、幸いなことに、米家計には原油価格下落によって積み上げられてきた貯蓄があり、それがクッショ
ンになることで消費への打撃を免れると期待される。米家計の貯蓄率は2016年4月までの3ヶ月平均で5.6%
と約4年ぶりの高水準にあり、これは原油価格下落がスタートした2014年4Q以降、消費者が原油価格下落
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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でセーブできたおカネを貯蓄に回した結果と解釈できる。この間の消費者マインド改善と整合しない貯蓄率
上昇は、そうした消費行動を映し出しているだろう。要するに消費者は原油価格の下落を好感する一方、そ
れを原資に消費を活発化させることなく、来たるべく原油価格反発に備えていたということだ。世界GDP
の約1/4のシェアを有する米国経済で7割のウェイトを占める個人消費は、その変動が世界経済に極めて大
きなインパクトを与える。これまで原油安のプラス効果はほとんど発現してこなかったが、今度はクッショ
ンという非常に地味な存在ながら、その恩恵が確認されるだろう。
(%)
10
米
貯蓄率・消費者マインド
0
マインド悪化
(貯蓄率上昇)
9
20
8
40
7
貯蓄率
マインド改善
(貯蓄率低下)
6
60
5
80
4
100
消費者信頼感(右)
3
2
120
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(備考)Thomson Reutersにより作成 共に3ヶ月平均
16
一方、原油価格反発によるプラスの効果も限定的とみられる。今回の原油価格下落は米国内での供給過
剰が一因との見方が支配的だが、それはシェールブームに沸いた過去の過剰投資の結果と換言できる。IS
M製造業景況指数が(原油安が始まった)2014年後半から悪化基調に転じているのは、原油産業と製造業の
リンクが一般に理解されていたよりも強かったことを物語っているだろう。こうした見方に基づけば、原油
価格が元の水準に戻ったとしても、米国内には余剰生産能力が存在するため、新規のシェール開発が活況を
取り戻すとは考えにくく、それを背景に成長を続けてきた米製造業の不振は暫く続くことになる。その余剰
生産能力は、鉱業関連産業(IP統計のSuport activities for Mining)の設備稼働率低下が代弁している。
目下の稼働率は26.0%と空前の低水準で、これはシェール・ブーム前の2000-07年の平均である81.7%を大き
く下回る。言わば、開店休業状態だ。このようにセクター内にスラックが残存している限り、原油価格の反
発がパラレルに製造業の回復に繋がるとは考えにくい。
(%)
鉱業関連産業の稼働率
100
90
80
70
60
50
40
30
20
00
05
10
15
(備考)Thomson Reutersにより作成 横線は2000-07年平均
IP統計のSuport activities for Mining
そうしたなか、3日にベーカー・ヒューズから発表された稼動リグ数は408と前週から4基増加した。2015
年8月以降、初めての増加で足もとの原油価格回復を受けて、一部のエネルギー企業が操業を開始(再開)
を判断したとみられる。当然のことながら、稼動リグ数の増加は原油の増産に繋がるため、原油の弱気材料
だ。上述したとおり、足もとの原油在庫は空前の高水準付近にあり、このタイミングでの増産は原油在庫の
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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更なる(意図せざる)積み上がりを招く可能性があるだろう。現実的には、HY債の下落、銀行貸出態度の
厳格化(シニア・ローン・オフィサー・サーベイ)が反映しているとおり、エネルギー企業は資金繰りに窮
しているため、稼動リグ数が持続的に増加する可能性は低いだろうが、向こう数週間はこの統計を注視する
必要がある。
WTI・稼動リグ数
40
前週差
20
1900
0
1500
-20
-40
1100
-60
-80
700
-100
稼動リグ数
-120
300
12
13
14
(備考)Thomson Reutersにより作成
15
以上を整理すると、筆者の予想に反して原油価格が持続的に上昇した場合、①米個人消費の打撃が限定的
であると同時に、②米製造・エネルギー業への恩恵およびその波及効果も限定的で、トータルでは米国経済
の成長軌道に大きな影響を及ぼさないとみられる。一方で、原油をはじめとする資源価格の上昇は③資源・
新興国経済の追い風となり、グローバル金融市場の安定化に貢献する。本邦金融市場に与える影響としては、
いわゆる“リスクオフの円高”とそれを嫌気した株価下落が回避される一方、原油安の恩恵を享受してきた
一部業種では円高と原油価格上昇が逆風となり打撃となるだろう。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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