憲法改正の是非/50 - 放送法遵守を求める視聴者の会

TV 報道検証
テレビ局: 日本放送協会 (NHK)
報告書
番組名:クローズアップ現代+
放送日: 2016 年 5 月 2 日
出演者:伊東敏恵 (アナウンサー )
検証テーマ:憲法改正の是非
報道内容要旨:
『密着ルポ わたしたちと憲法』と題して、改憲と護憲、双方の大規模な署名活動に関わる人々を取材した番組。
要旨は以下のとおり。
NHK が今日発表した世論調査では憲法改正について「必要ある」が 27%、「必要ない」が31%、「どちらとも
いえない」が 38%だった。市民が憲法とどのように向き合っているか取材すると、争点の 9 条に加え、価値観
や国家観が議論に反映されていることがわかってきた。今、護憲・改憲合わせ 3000 万人規模の署名活動が繰り
広げられている。
改憲の活動を行っている「美しい憲法をつくる国民の会」は 1000 万人の署名を目指して活動している。
会の主張は、「日本の伝統文化の明記」「自衛隊の軍隊としての位置付けを明確にする」「家族を国家の基礎とす
る」など。現憲法はアメリカに押し付けられたと考えている。この活動に、若い経営者の団体「日本青年会議
所」も賛同して、インターネットサイトを立ち上げるなどしている。改憲活動に参加する人は日本の安全保障
環境の変化を感じている。参加者の一人、社交ダンス講師は「いつから右翼になったんだと言われる」としな
がら、尖閣諸島沖の漁船衝突以来、安全保障問題に関心を持つようになった。9条について「その場しのぎの
解釈論では限界がある」という。
一方、護憲の活動を行っている「9条の会」を中心に 2000 万人を目指して署名活動が行なわれている。
イラクへの自衛隊派遣を期に著名人が結成した「9条の会」。賛同者が全国で自主的に会を作ったが、活動は参
加者の高齢化で停滞していた。しかし昨年の「安全保障関連法」をきっかけに各地で再び「9条の会」が設立
され始めた。会の数は全国で 7500 以上。広島でも新たな会が設立。
「戦前の憲法は国家が戦争に突き進むことの歯止めにならなかった」。会員たちは、国家の権力を縛る現憲法を
大切にしたい」と考えている。集会参加者は憲法9条について「殺さない、殺させない。戦争放棄は人間性の
原理」と語る。
改憲を求める「国民の会」には政財界からの参加者も多く、昨年11月、武道館での集会には国会議員も多く
参加(映像では安倍総理のビデオメッセージ上映の様子など)。会の設立を主導したのは「日本会議」という団
体。その設立時の映像では平沼赳夫議員などの姿もあり、「天皇陛下万歳」と唱和する様子も。日本会議の中心
メンバーは60年代から改憲を訴え、旧軍人や宗教団体などの保守系の組織を統合して、この会を設立した。
中心メンバーの一人、百地章氏(日本大学教授)は、運動が身を結び始めていると感じている。「とにかく日本
の国づくり、日本の戦後体制から脱却して日本を再建するという思いは一貫している。首相が突然(改正議論
に)入ってきたわけではなく、これまでの運動の中で(改正派の)首相が誕生した。我々がずっと目指してき
た憲法(改正)がようやく視野に入ってきた」と語る。
取材を通して、改憲を求める人たちに共通する「国家は強靭であるべき」との考えが見えてきた。9条を改正
し、軍事力を強化することが日本の平和に繋がると改憲派は考えている。
憲法を守ろうと大規模な署名活動をする「総がかり行動委員会」の事務局には、毎日たくさんの署名が届いて
いる。「1日20万人分も届いているので、1000万人超えるのは間違いない」という。署名を寄せる多くの
人々の根底にあるのは国家権力に対する不信感。戦没者の名前を署名に記す人も、署名としては無効だが後を
絶たないという。9条の会の人々は、改憲の主張の広がりに強い危機感を覚えている。横浜の団体では、戦争
の記憶が薄れていることを問題視。参加者は改憲派について「大日本帝国憲法、戦前へのノスタルジーが彼ら
(改憲派)の共通項」「戦争の実態があまりわからなくなってきている」などと批判。
損害保険会社の社員で作る「損保9条の会」に参加する会社員は、先輩から損保会社の苦難の歴史を教わった。
戦時中、損保会社は国策の下「戦争保険」を展開したが、300万以上の犠牲者を出した戦争で莫大な損害を
出した。損保が戦争の片棒を担がされたと先輩たちに教わった。若い人たちにも署名への賛同が増えていると
いう。「憲法には歴史があり、作られてきた背景がある。それらを一切無視して今から作ろうぜと、そういうも
のじゃないですよ。」と会社員は語る。
改憲、護憲とも議論の中心にあるのは9条だが、議論の幅も広がってきている。例えば「生存権」「表現の自由」
「愛国心」や「家族主義」など。
全国およそ8万社を総括する神社本庁は憲法改正の署名活動を推進。日本の歴史と伝統の尊さを憲法に明記す
ることを求めている。
横浜市の師岡熊野神社の宮司は「この国の形、国柄を憲法に明記したい。天皇さま、ご皇室が中心にあるのだ
とか、祖先がたどってきた道を大事にしながら自分たちの生き方を考え、この道を子孫に未来永劫伝えていか
なきゃならない」と語る。
憲法に「家族が国家の基礎である」ことを明記するよう求めて活動する主婦。「離婚が増え、女性のいろいろな
事件も、個人を優先して皆わがままになった結果。日本人ってどうなってしまったのか」と語る主婦は、個人
ではなく家族を土台とした国の形を描くことが重要と考えている。
個人の自由よりも国家を重視し、公共に尽くす精神を明確に掲げるべきとする人たちもいる。憲法勉強会の懇
親会で語る人々。参加の女性は「国の安定が保てない時には個人の自由はそもそもないと思います。今自由が
謳歌できるのは日本が安定しているから。だからそこを守るのが第一の目的であって、自由を守ることが第一
目的じゃない」と話す。
一方、憲法を守ろうという人々には、9条だけでなく21条の「表現の自由」も大切にしたいと考える人たち
もいる。「芸人9条の会」では、国の力が大きくなると表現の自由が制限されるのではと危惧している。メンバ
ーの一人である落語家の女性は「もともと落語とお笑いは、上のものに対する風刺や、庶民の考えを代弁する
ようなところもあったので、本当ならお上にだろうが、公にだろうが、おかしいものはおかしいと言っていか
なきゃいけない」という。
9条を入り口に、自分たちにとって憲法とはなにか考え始めた若者たちもいる。宮城県のカフェで語り合う「9
ジョンの会」。集会の様子東日本大震災を経験するなどして様々な価値観を持つ人々が互いの考えをぶつけ合っ
てきた。参加者の一人は「子供を持って、戦場に送り出すということは絶対に考えられないって思うし」と語
る。主催者は「僕が四季が美しいと思っても、他の人は思わないかもしれないし、基準は千差万別だから、憲
法は人間の権利と自由を守ることだけに特化することが重要なのかなと思う」と語る。
「生存権」の観点から護憲を訴える「障害者・患者9条の会」。戦争の時代を知る91歳の松田春廣さんは「憲
法は変えちゃだめだ」という。人権が制限されていた戦前の憲法。松田氏の手記では、戦争当時、障害者は「米
食い虫」などと差別されたという。会の他のメンバーは「憲法25条の“最低限度の生活”、人間の生活をどう
でもいいんだっていうような憲法にはして欲しくない。そのために守りたいと思っている」
「障害者は“カナリア”だという。社会がゆがんでくると最初にしわ寄せが来るのは障害者とか弱者のところ。
そうすると我々が生活が苦しくなるから、我々が意見を出しますね、それが大事なんだと」と語る。
スタジオで伊藤アナは「番組に対しても多数の声が寄せられた」として、視聴者の意見から一部を紹介。
「改憲に賛成。残念ながら日本を取り巻く状況は待ったなし」(40代男性)
「戦争に巻き込まれることなく平和に経済成長することができたのは憲法のおかげ」(40代女性)
「憲法についての知識を深める必要がある」(40代女性)
最後に伊藤アナがコメント。
『NHK の世論調査によりましても、憲法について考えたり話し合ったりする機会を増やしたいと考えている人
が6割に上るなど、憲法に関心を持つ人が多くいることがわかります。これまで憲法をめぐっては、政治や学
問の場など、私たちの暮らしから少し遠いところで議論されてきたように思います。しかし今回の取材を通し
て、その議論が、いわば日常に近づいてきているようにも感じました。それは、主権者が私たちであることを
思えば、あるべき姿だと思います。だからこそ、憲法をめぐっては様々な立場や価値観があることを理解し、
そして異なる意見にも耳を傾け、何よりも冷静に議論を積み重ねることが大切ではないでしょうか。今夜はこ
れで失礼します。』
検証報告(放送法第 4 条の見地から):
改憲派と護憲派、双方の署名活動を行う団体を中心に取材し、憲法をめぐるそれぞれの見解や、活動に関わる人々
の思い、護憲派から改憲派に対しての批判、逆に改憲派から護憲派に対しての批判などを交互に紹介していく構
成の番組であった。
賛否の時間計測は「改憲派」を紹介する場面もしくは憲法改正に賛成の意見を紹介する場面を「賛成」として 、
「護憲派」を紹介する場面もしくは憲法改正に反対の意見を紹介する場面を「反対」、その他の場面を「その他」
として処理した。計測結果は以下の通り。
賛成50%( 649 秒)反対50% (657 秒)(その他 184 秒)
以上のように、賛否のバランスによく配慮された編集であった。
また、番組後半では、「議論の中心は憲法9条だが、それ以外にも議論が広がっている」ことに言及し、「
日本の
歴史と伝統の尊さ」を明記することを求める神社本庁、「家族が国家の基礎である」ことを明記するよう求めて
活動する主婦、「表現の自由」を重視する護憲派の芸人で作る「芸人9条の会」、「個人の尊重」を重視する男性
が主宰する小規模な集会グループなどが紹介された。
結果として、憲法改正の是非という「意見が対立する問題」について、「できるだけ多くの観点から論点を明ら
かに」しており、政治的公平性が確保されている。放送法第4条1項2号及び4号の要請をよく満たした番組
であったと言えるだろう。
「印象操作」に関する所見(最高裁判例の見地から):
特に印象操作と見られるような場面は見あたらなかった。
検証者所感:
◆取り上げられているほとんどの団体、個人が自らの見解を鮮明にしており、護憲派の場面と改憲派の場面が明
確に区切られているので、賛否の時間計測は非常に容易であった。その結果、賛否の比率はほとんどぴったりの
50%ずつという値となった。
当会としてもここまで完全な対称性を求めてはいないのだが、よく配慮の行き届いた編集の結果ではあろう。
◆番組司会の伊東敏恵 アナウンサーのコメントが公平中立に徹しているのも印象的であった。
その結果、今回の「クローズアップ現代+」は、「改憲」「護憲」どちらの意見に与する人から見ても、爽やかに
見終わることができる番組となっているのではないだろうか。
ただし、もちろんこれにも異論はあるであろう。
◆賛否の時間配分を半々にすることが必ずしも公平とは言えないという意見もあるのは当会も認識しているが、
一方的な意見を紹介する番組となっていないかどうか、政治的に公平な番組かどうかを、できるだけ客観的に測
る指標としては、今のところは時間計測しかないと考える。
また、「世論調査などで明らかに多数派となっている意見には多く時間を割いて紹介するのが正しい」あるいは
「メディアは権力の監視役だから、政府の方針と対立する意見を大幅に取り上げるのは当然」といった意見には、
当会は同意しない。
特に「憲法改正」のような、賛否の対立軸が明確に存在している問題については、軸の両側にある見解が、常識
的に許容されうる範囲において公平に視聴者に届けられる必要があると当会は考える。もしその配慮を放送事業
者が放棄し、一方の見解を支持する内容ばかりを報じ続ければ、その意見に対し異論の余地が全く存在しないか
のような印象を一般視聴者に与え続けることになる。まさに昨年の「安保法制」に関する報道がその最たる例で
あるが、それは民主主義のプロセスの根幹である「自由な議論」をも封じてしまう「全体主義」への道を開く恐
れのある行為であると言わざるをえないのである。
備考:
放送法遵守を求める視聴者の会