「インダストリー4.0」における日本企業の競争優位

みずほ総研コンサルティングニュース 2016.6
Mizuho Research Institute Consulting News
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「インダストリー4.0」における日本企業の競争優位
~「ものづくり」から「課題発見・解決」へ変化する競争力の源泉~
1.成長する「センサー市場」の実態
センサーなどを応用して課題解決を図る代表的な産
業に、
「ファクトリー・オートメーション(FA)」があ
「日本型 IoT」や「日本版インダストリー4.0」の可
る。この分野における欧州の代表的企業の ABB は、今
能性を紹介する記事や出版が相次いでいる。日本企業
後の戦略の方向性として、既存のソリューション群だ
の得意領域であることから、センサー技術のレベルの
けでなく、顧客へのコンサルティングとサービス・マ
高さに期待を込めて「センサー立国論」的なものが多
ネジメントの強化を打ち出している。同様に、
「インダ
く、産業の危機感とは乖離しているようにさえ感じる。
ストリー4.0」の担い手である独シーメンスをはじめ、
確かに、
「1兆(トリリオン)センサー時代」と表現
米ハネウェルやエマソンも顧客の課題解決を目的とし
されるセンサー市場は、一連の産業革新の取り組みを
た大規模な組織変革と、ソフトウェア会社やソリュー
背景に、今後も成長が期待できる。しかし、数量的に
ションプロバイダーの
M&A などを過去 10 年間で進め、
は成長できても、単価のさらなる下落は避けられない
現在は次のステップに移行しつつある。
であろう。昨今は「第4次産業革命」の時代に突入し
こうした FA 分野における欧米企業の動きは、センサ
つつあるとといわれ、
「センサー技術で勝ち残りを図る」
ーや制御の技術だけでなく、課題解決を図る「総合ソ
と強気の企業もあるが、市場の実態を考慮すると、ど
リューション」の態勢を整えたうえで、センサーから
この領域のことなのか、と考えてしまう。
膨大な量のデータを収集・蓄積し、その分析を通じて
2.競争優位性を生まない技術的優位性
「課題を発見し、解決する」コンサルティング・ビジ
ネスの方向に向かっていることの証左といえる。
「IoT」
日本企業のセンサー技術は、ソニーの光学センサー
や「インダストリー4.0」が注目される以前から、ビジ
を例に挙げるまでもなく、あらゆる分野で研究開発が
ネスの軸足を「課題の解決」に移し、さらに現在は「課
進展し、技術的には相当に高度なレベルにあるといっ
題の発見」へ、着々と移しつつあるのだ。
て差し支えない。一方で、最先端のセンサーは、その
高い技術をもって何を解決するのかという意味で、残
4.決め手は課題の「発見力」
念ながら「適用分野」
(
「社会課題解決」といってもよ
「インダストリー4.0」の世界では、センシング技術
い)を見つけ出すのが難しいレベルに到達している。
とデータ蓄積、さらには
AI(人工頭脳)を活用するこ
みずほ総合研究所では、こうした高度なセンサー技
とで、これまで不可能だった社会・産業の「課題」が
術の適用分野を探る調査を行っている。例えば、代表
解決できるようになるといわれる。センサーからデー
的なセンサーの1つである「磁気センサー」では、感
タが得やすくなり、膨大な量のデータの高速処理が可
度を高めるための研究が産学で進行。既存の「SQUID」
能になったことで、これまで見えなかった「課題」が
や「光ポンピング」などの研究が進むほか、
「ダイヤモ
見えるようになってくると、明らかに企業の競争力に
ンドセンサー」といった新たな技術開発が行われてい
直結する。そうした状況が出現すると、
「インダストリ
る。これらの研究では、従来計測できなかった人間の
ー4.0」が大きく展開していくことはあり得る。
脳磁場も測れるなど、センサー技術としては超高感度
既に日本でも日立製作所などの大手が、これまでの
のレベルに到達している。しかし、実社会における適
事業に IT を付加し、課題の「解決」に向けた取り組み
用分野の開発が追い付かず、産業化できている分野が
を強化している。ただ、現時点では、
「総合ソリューシ
ほとんどない。一方、消費者向け電子機器では、スマ
ョン」の完成を目指す動きが多く、課題を「解決」で
ートフォンのアプリ開発を見るまでもなく、センサー
きるレベルに近い。この先、課題を「発見」するレベ
技術の用途開発が着々と進んでいる。また、物流向け
ルに昇華させるためには、社会課題解決などへの挑戦
の汎用磁気センサーも、低コスト化とともに大量利用
的な取り組みが必要であり、それを許容する企業体質
が進んでおり、今後も市場の中心を占めると思われる。
を作るという意味で「経営の変革」が必要である。
当社の調査では、技術の用途開発について、その広
産業革命の分野における世界の競合相手の優位性の
範さと不確実性のためか、日本企業では重要性が必ず
源泉が、課題の「解決力」から「発見力」に移行する
しも高くない。だが、高度技術を事業上の競争優位性
なか、日本企業にもその取り組みの加速が求められる。
に結びつけるのであれば、用途開発を重視すべきだ。
3.インダストリー4.0 による競争戦略の方向性
それでは、欧米各社はこの技術をどのように活用し、
事業の競争優位を確立しようとしているのだろうか。
みずほ総合研究所 コンサルティング部
主席コンサルタント 宮澤 元
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