3.エイズ対策とは? 大阪大学大学院人間科学研究科 教授 中村安秀 (第 3 版) UNAIDS の発表(2014 年)によると、2013 年における世界の HIV 陽性者数は 3,500 万人、 HIV 新規感染者数は 210 万人、エイズによる死亡者数は 150 万人といわれています。新規感染 者数は 2001 年に比較して 38%の減少、死亡者数は 2005 年のピーク時に比較して 35%も減少 しています。一方、抗レトロウイルス剤による治療を受けている人は、1,290 万人にのぼると 推定されています。以前に比べると、はるかに多くの HIV 陽性者が治療を受けられる状況に なっていますが、HIV 陽性者の 37%しか治療を受けることができないという厳しい事実があり ます。地域別にみると、HIV 新規感染者の 70%はサブサハラ・アフリカで生じています。 ウイルスは血液、精液、膣分泌液、母乳などに含まれています。HIV の主な感染経路は、性 感染、血液感染、母子感染の 3 つであり、日常的な接触では感染しません。性感染は、異性間 性交渉でも同性間性交渉でも起こります。血液感染では、HIV に感染した血液や血液製剤、血 液の付いた注射針などを介して生じるために、注射器による薬物使用者(Injecting Drug Users: 以下 IDUs)が感染することも少なくありません。HIV 陽性の母親から生まれる子どもは、妊 娠中、分娩中、あるいは授乳中に感染を受けることがあります。 HIV に感染しても、多くの場合はほとんど無症状で長期間経過します。しかし、免疫機能が 低下してくると、普段はかからないような病原体による日和見(ひよりみ)感染や腫瘍などを 生じ、死に至ることもあります。抗レトロウイルス薬(ARV)の投与などの治療を受けること により、長期間にわたり日常生活を送る人も増えています。 エイズは、社会を担う若年・勤労者層に主に発生するため、社会経済開発への打撃、遺児の 増大、平均寿命の低下など社会全体に与える影響が著しいものがあります。HIV 陽性率の高い サブサハラ・アフリカやカリブ海諸国の多くでは、国家政策の重要な柱の一つがエイズ対策で す。また、HIV/エイズ感染の背景として、貧困、女性の低い社会的地位、難民や移民、少数民 族といった政治社会的な問題が根底にあり、その解決のために長期的な展望に立った取り組み が期待されています。 エイズ対策は、感染予防、HIV/エイズと共に生きる人々(people living with HIV/AIDS: PLWHA)に対する治療とケア、エイズによる影響を受けた家族やコミュニティへの支援など があげられます。とくに、コンドームのキャンペーン、若者に対するピア・エデュケーション、 自発的意志に基づく検査とカウンセリングを行う自主的カウンセリング及び検査(voluntary counseling and testing: 以下 VCT)」 、注射器による薬物常用者対策、安全な血液の供給などが積 極的に進められています。 エイズに関する国際協力としては、1996 年に UNAIDS(国連エイズ合同計画)が設立され、 途上国政府のエイズ対策の政策立案やガイドライン作成、国連機関の調査研究、モニタリン グ・評価、人材養成を中心とした技術支援などの調整を行い、総合的なエイズ対策の啓発など を中心に活動を行っています。2000 年 7 月の G8 九州沖縄サミットにおいて、開催国の日本が 積極的にエイズをはじめとする感染症問題を重要課題として取り上げ、感染症対策の追加的資 4 金調達と国際的パートナーシップ強化の必要性が提唱されました。その後、2001 年 6 月には国 連エイズ特別総会が開催され、エイズに対する地球規模でのグローバルな取り組みの基本的な 枠組みができ、ミレニアム開発目標では、8 つの目標のひとつとして「GF」が発足し、各国の 政府や民間財団や企業など国際社会から大規模な資金を調達し、中低所得国が自ら行う疾病の 予防治療、感染者支援、保健システム強化に資金を提供しています。また、 「知的所有権の貿 易関連の側面に関する協定(TRIPs 協定)」において、ドーハ宣言に基づき、エイズ、マラリア、 結核に関してジェネリック薬の製造が許されるようになった成果は大きいものがありました。 これらのさまざまな対策の相乗効果により、2000 年代の初頭と比較すると、予防・治療・社 会啓発の面で飛躍的に状況が改善に向かいつつあります。しかし、一方では、サブサハラ・ア フリカだけでなく世界各地において、まだまだ解決に至らない多くの課題を抱えている現状が あります。一見、事態が好転しつつある時こそ、その流れから取り残されマージナルな環境に ある人びとに対するきめ細やかで温かな取組みが必要になっています。 地域に根ざした活動のなかで、世界的に画一的なエイズ対策ではなく、地域の特色を生かし 地域の自立につながるようなエイズ対策が、世界の各地で実を結ぶことを期待しています。 5
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