重質油等高度対応処理技術開発事業(委託事業) RDS流動反応連成シミュレーション技術の開発 ペトロリオミクス研究室 ○寺谷彰悟、杉本明、田中隆三、中岡哉徳 1.研究開発の目的 流 動 反 応 連 成 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 技 術 開 発 で は 残 油 脱 硫 装 置 ( Residue Desulfurization、RDS)反応器内部における流体流動挙動を、より実際の流動挙動に 近い形でシミュレートできる技術を開発する。実際の RDS 反応器内部では、図1に示 すように、反応に伴い物性値が変化し、流動状態もそれに伴って変化していると推察 される。 図1 流動反応連成シミュレーション技術のイメージ しかしながら、既往の流動解析技術では反応は考慮されておらず、また、流動解析 時に規定する重質油の物性値に関しても、現在用いられている物性値推算技術は推算 精度が低い為、実際の反応器内部の流動挙動を正確に再現できていないものと考える。 本技術開発では、ペトロリオミクス技術の適用により RDS 原料油・生成油の分子構造 および組成と、詳細な反応挙動を明らかにし、これらの情報と流動解析技術を連成す ることにより、より実際の流動挙動をシミュレートできる流動解析シミュレーション 技術の開発を目標とする。また、重質油の物性値に関しても、重質油の分子構造およ び組成に基づく従来とは異なるアプローチの物性値推算技術を開発し、推算精度の向 上を目指す。 2.研究開発の内容 2.1 重質油物性値推算技術開発 図2に示すように、これまで石油留分の物性値推算は蒸留曲線を分割して定 義された擬似成分をベースとした推算法が用いられてきた。しかしながら、重 質 油 に 関 し て は 、 減 圧 残 油 ( Vacuum Residue 、 VR) を 含 む た め 、 蒸 留 曲 線 が 部 分的にしか取得できない。また、重質油中に含まれるような高沸点成分を純 物 質として入手することも困難であり、高沸点領域まで精度良く推算できる推算 法の開発も満足にできていないのが現状である。シミュレーションの精度を向 上させるためにも、重質油の物性値推算精度を向上させることは重要な課題で ある。 図2 代表的な従来の物性値推算方法 本 技 術 開 発 で は 、図 3 に 示 す 、ペ ト ロ リ オ ミ ク ス か ら 得 ら れ る 重 質 油 の 組 成 、 構 造 情 報 に 基 づ き 物 性 値 を 推 算 す る 新 た な ア プ ロ ー チ を 平 成 26年 度 に 提 案 し た 。 平 成 27年 度 は 、各 種 物 性 値 の 推 算 に 使 用 す る 標 準 沸 点( T b )お よ び 臨 界 定 数( T c 、 P c )の 推 算 精 度 向 上 に 向 け 、平 成 26年 度 の 開 発 に お い て T b の 推 算 法 と し て 使 用 し て い た Marrero & Gani 1 ) の グ ル ー プ 寄 与 法( MG法 )を ベ ー ス に 重 質 な 化 合 物 に も 対応できるよう、グループパラメータを修正し、推算法を構築 した。また、平 成 26年 度 に 作 成 し た 各 種 物 性 値 推 算 式 を 改 良 し 、 詳 細 組 成 構 造 解 析 に よ り 得 ら れた組成・構造情報に基づき、密度、粘度、比熱、熱伝導度を推算、実測値と 比較することで推算精度を確認した。実測値として、以下の表1に示す常圧残 油( Atmospheric Residue、AR)の 減 圧 蒸 留 サ ン プ ル Fr2お よ び Fr5の 値 を 採 用 し た。 図3 本技術開発にて提案する重質油物性値推算アプローチ 表1 ARお よ び AR減 圧 蒸 留 分 画 サ ン プ ル の 性 状 AR [g/mL] 密度 元素分析値 C [wt%] H [wt%] N [wt%] S [wt%] O [wt%] 金属分 Ni [wtppm] V [wtppm] 蒸留性状(蒸留ガスクロマトグラフィー) IBP [degC] 10 wt% [degC] 30 wt% [degC] 50 wt% [degC] 70 wt% [degC] 90 wt% [degC] 95 wt% [degC] 2.2 ARの減圧蒸留分画分 Fr3 Fr4 Fr5 n.d. n.d. n.d. 0.9760 Fr1 n.d. Fr2 n.d. BTM n.d. 84.4 11.1 0.21 4.1 < 0.5 85.3 12.5 0.02 2.2 < 0.5 84.9 12.1 0.05 2.9 < 0.5 85.1 12.0 0.07 2.8 < 0.5 84.1 11.7 0.09 3.1 < 0.5 84.8 11.7 0.11 3.4 < 0.5 84.0 10.2 0.32 5.1 < 0.5 20 62 <1 <1 <1 <1 <1 <1 <1 <1 <1 <1 35 110 241 362 443 510 585 682 711 158 261 308 336 361 394 411 304 350 380 399 417 440 452 356 398 423 438 453 473 484 384 434 456 472 484 502 512 278 459 484 496 508 524 534 n.d. 流動反応連成シミュレーション技術開発 流動反応連成モデルにおける反応物性値相関のコンセプトを図4に示す。物 性値として、密度、粘度、表面張力を対象とし、その推算には開発した推算式 を採用した。物性値の算出に必要となるパラメータについて反応による変化を 定式化し、物性値の反応変化を表現した。 図4 反 応 -物 性 値 相 関 の コ ン セ プ ト 対 象 プ ロ セ ス は RDSと し 、本 技 術 開 発 で は ベ ン チ 試 験 に お け る 反 応 デ ー タ を 反 応解析対象とした。また、触媒充填層を流れる流体の流動挙動をシミュレーシ ョンするモデル(以下、触媒充填層モデル)として、充填物内を流れる単相流 の 圧 力 損 失 推 算 に 良 く 用 い ら れ る Ergun式 2 ) を 二 相 流 に 拡 張 し た Attou式 3 ) を 採 用 した。 3.研究開発の結果 3.1 重質油物性値推算結果 図5および図6に Fr2 および Fr5 の密度、粘度推算結果を示す。比較の為、粘度に 関しては、プロセスシミュレーターPRO/II による推算結果も併せて示す。図より、密 度、粘度ともに開発したアプローチを用いて良好に推算できていることがわかる。ま た、粘度に関しては、PRO/II では表現できていない温度依存性も含め、良好に表現で きていることがわかった。以上より、本アプローチを用いて推算することで、重質油 の物性値を良好に表現できることが示された。 3.2 図5 密度推算結果 図6 粘度推算結果 流動反応連成シミュレーションモデルによるシミュレーション結果 まずは、図7に示すようにコールドモデルを反応器に見立て、反応器入口から 370 ℃ の原料油が流入し、反応熱によって反応器出口で 410 ℃まで温度上昇し、流出すると してシミュレーションを実施した。物性値は反応器入口から出口にかけて線形に変化 すると仮定した。 図7 物性値を変化させたシミュレーション 図8に物性値変化を考慮したシミュレーション結果を示す。図より、物性値が変化 することによって、反応器出口における液流量幅が減少した。これは、粘度および表 面張力が減少したためであると考察する。表2に物性値変化を考慮した場合の圧力損 失計算結果と反応器出口における最大液流速を示す。物性値が変化、具体的には、流 体が充填層から受ける抵抗に影響を与える、密度、粘度、表面張力といった物性値が 小さくなったことによって、圧力損失は 3 %減少し、最大液流速は 23 %増加した。こ れに伴い、液の滞留時間は減少した。以上のことから、物性値変化が流動状態に影響 を与えることが確認された。 図8 表2 物性値変化を考慮したシミュレーション結果 物性値変化を考慮した計算による圧力損失と最大液流速 さらに、触媒充填層モデルに空隙率分布を導入することを検討した。実際の触媒層 はわずかではあるが、触媒の充填状態にバラつきがあり、空隙率に分布が存在する。 平成 26 年度に離散要素法(DEM)を用いて触媒の充填状態をシミュレーションした結 果、図9に示す結果が得られた。目視で比較した範囲であるが、計算結果は試験結果 を良好に表現できていることがわかった。また、本結果を解析したところ、平均空隙 率の± 5 %程度の空隙率分布をもつことがわかった。 図9 均一充填による触媒粒子堆積シミュレーション結果 上記の検討において得られた空隙率分布をモデルに導入し、シミュレーションを実 施した。図10にシミュレーション結果を示す。図より、空隙率分布を考慮しないモ デルと比較して、圧力損失は 7 %増加、最大液流速は 9 %減少し、その結果、滞留時間 は減少した。 図10 空隙率分布を導入したモデルによるシミュレーション結果 最後に、実機スケールによる流動反応連成シミュレーションを実施した。反応に伴 う物性値変化が流動状態へ与える影響を確認するために、ケーススタディとして、物 性値変化が無いケース(Case 1)、物性値変化有/温度一定ケース(Case 2)、物性値 変化有/温度上昇 40 ℃ケース(Case 3)を比較した。尚、実機を対象としたシミュ レーションを見据え、シミュレーションスケールは実機規模(φ5 m x L15 m 反応器) とした。 計算結果として、滞留時間分布のシミュレーション結果を図11に示す。図12~ 16には、反応器入口から出口までの滞留時間、密度、粘度、表面張力、ホールドア ップの変化率を示した。図より、反応器出口での滞留時間は Case 1 を基準として、Case 2 で 3 %、Case 3 で 13 %短くなった。密度、粘度、表面張力の変化からもわかるよう に、温度上昇が物性値に与える影響が大きいことが確認された。 以上の開発結果から、反応器内部の密度、粘度、表面張力などの物性値変化、硫黄 濃度などの組成変化、速度、圧力、ホールドアップなどの流動状態変化をシミュレー ションできる流動反応連成モデルの開発に成功した。本モデルを用いて解析を行うこ とで、これまでブラックボックスであった反応器内部の流動状態、それと関連して変 化する反応挙動などを可視化できるものと考える。 図11 滞留時間分布のシミュレーション結果 図12 滞留時間の変化 図13 液体の密度変化 図14 図15 液体の粘度変化 液体の表面張力変化 図16 液ホールドアップの変化 4.まとめ 4.1 本年度の成果 今年度改良した重質油物性値推算式を用いて、Fr.2 および Fr.5 の密度および粘度 の推算を実施した結果、従来の推算法(PRO/II)と比較して、より高い精度で推算で きることが示された。以上より、ペトロリオミクス基盤技術(詳細組成構造解析技術、 分子反応モデリング技術)から得られる組成・構造情報に基づき、重質油の密度およ び粘度を高精度に推算する技術の開発に成功した。 RDS ベンチ反応試験結果を解析して得られた反応速度式を連成し、流動反応連成シ ミュレーションモデルを構築し、シミュレーションを実行した。本モデルを用いて RDS 実機スケールのシミュレーションを試行した結果、反応に伴う物性値変化が考慮され たことで、物性値を変化させない場合と比較して、重質油の滞留時間、ホールドアッ プなどに差異が生じることが明らかとなった。以上より、ペトロリオミクス基盤技術 より得られた情報を導入することで、これまでの流動解析シミュレーションでは実施 できなかった、反応と流動の相互の関係性を評価可能な流動反応連成シミュレーショ ンモデルの構築に成功した。 4.2 今後の予定 重質油物性値推算技術については、提案したアプローチを用いることで重質油の物 性値を高い精度で推算できることがわかった。今後は、このアプローチを AR、VR とい ったより重質な留分へと拡張するとともに、より多くの原油種で推算精度を検証し、 適用性、汎用性を高めていきたい。 流動反応連成シミュレーション技術については、本技術開発においてその基盤とな るモデルの開発が終了した。今後は解析目的に応じて、必要な要素技術を追加してい くとともに、実機の運転データを用いた本モデルの検証と改良を実施していく。最終 的には、開発したモデルを用いて、実機で課題となっている事象について解析し、課 題解決に活用していきたいと考えている。 以 (引用文献) 1) J. Marrero-Mrejon et al., Fluid Phase Equilibria, 183-184, 183 (2001) 2) S. Ergun, Chem. Eng. Prog., 48(2), 89 (1952). 3) A. Attou and G. Ferschneider, Chem. Eng. Sci., 55, 491 (2000). 上
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