重質油等高度対応処理技術開発事業(委託事業) 「分子反応モデリング

重質油等高度対応処理技術開発事業(委託事業)
「分子反応モデリング技術の開発」
ペトロリオミクス研究室
○萩原和彦、藤長寛之、田中隆三
1 . 研究開発の目的
これまで石油精製プロセスの反応モデルは、沸点等の一般性状で括られた擬似成分
(Lump)で反応を取扱うモデルが主流であった。これはランピングモデル(Lumping
Model)と呼ばれており、石油精製プロセスのシミュレーターとして一般に用いられてい
る。しかし 1990 年代後半、Mobil(現 Exxon Mobil)が直留軽油を分子構造で括って水素
化反応をモデリングする SOL(Structure Oriented Lumping)1)を開発して以来、石油精
製の反応モデルも分子組成の知見を取り込む方向に変化している。2000 年代に入り、二次
元 GC を用いた軽油留分の分子組成分析が普及してからは、ExxonMobil だけでなく
IFPEN 2)も減圧軽油水素化系の分子反応モデリングを報告している。JPEC においても本
事業において約 3 年間、分解軽油の水素化モデリングの技術開発を行い、実証技術開発に
適用可能な分子反応モデルを開発してきた
3)。このように軽油系に関しては、分子組成で
反応をモデリングする技術が一般的になりつつある。
一方、重質油の分子反応モデリングについては、軽油系で先行している Exxon Mobil
などの海外の機関を含め、まだ開発途上の技術である。この理由の1つとして、重質油の
分 子 組 成 の 分 析 自 体 が そ も そ も 困 難 な こ と が 挙 げ ら れ る 。 こ の た め 、 IFPEN2) や
CanmetENERGY4)は重質油の分子組成を一般性状から擬似的に推定してモデリングに使
用している。言い換えれば重質油の分子組成の実測が容易でないため、従来は一般性状か
らの分子組成推定に頼っていたともいえる。そこで本事業では、一般性状からの推定値で
はなく、FT-ICR-MS による実測値を用いた重質油の反応モデリングフローの確立を目的
として検討を行った。これは、重質油反応モデルの信頼性向上に大きく寄与するモデリン
グ法と考える。本事業では、重油直接脱硫(RDS)を対象とし、FT-ICR-MS による詳細
構造データを最大限活用した分子反応モデリングの技術開発を行った。
2 . 研究開発の内容
実際に RDS 原料油・生成油の FT-ICR-MS を測定すると、数万~数十万のピークが検出
される。このため、重質油の反応経路を分子組成ベースで厖大となり分子組成をベースと
したモデリングは実質不可能である。そこで本事業では、重質油の反応モデリングを分子
単位ではなく、構造属性単位で行う手法に着目した。図1に、重質油の構造属性を用いた
RDS モデリングの概念図を示す。構造属性を用いたモデリングは Klein らにより開発され
た方法で、これまで熱分解系に適用されている 5), 6)。しかし、このモデリング法を RDS に
適用した例は世界初と思われる。
このモデリングではコア、側鎖、架橋の反応モデルを個別に作成し、最後に連成させて
速度解析を行う。用いた反応モデルと異なり、モデルの成分数を大幅に削減することがで
きるメリットがある。ただし、モデルのアウトプットは生成油の分子組成ではなくコア・
側鎖・架橋となるため、最終的に生成油の分子組成を推定する手法が必要となる。また RDS
のような水素化系の場合、水素等の通常の分子と重質油由来のアトリビュートがモデルに
混在するため、全体の物質収支を補正する手法も重要となる。
図1 構造属性を用いた RDS 反応モデリングの概念図
図2に RDS のモデリングフローを模式的に示す。まず、高速反応評価装置(HTE)を
用いて種々の条件で RDS 反応実験を行い、FT-ICR-MS 測定(CID 法)を用いて RDS 原
料油/生成油のコアを分析した。コアとは、芳香環・ナフテン環・ヘテロ環が結合した環
構造の略称である。様々な反応条件でのコアの構造や組成変化を詳細に解析し、コア 1,233
の反応経路 2,107 を決定した。コアの反応経路は Power Law 型の反応速度式で記述し
JKMT(Kinetic Modeler’s Toolbox, JPEC)を用いて数値解析モデルを作成した。各反応
速度式の活性化エネルギーは、モデル化合物の反応実験で別途作成した QSRR(定量的構
造反応性相関)式より推算した。
側鎖・架橋の反応モデリングは、 FT-ICR-MS による重質油分子組成推定法 CSA
(Composition Structure Analysis)法を活用し、RDS 反応前後における側鎖・架橋の組
成変化を解析した。ただし、HTE による評価では軽油などの分解生成物の精確な定量が困
難だったため、側鎖・架橋の反応経路・速度論パラメーターは分解生成物の分析結果を考
慮せずに定めた。
図2
FT-ICR-MS 結果を活用した RDS モデリングフロー
3 . 研究開発の結果
上 記 2 で 示 し た モ デ リ ン グ フ ロ ー に よ り 、 性 能 の 異 な る 触 媒 3 種 ( HDM 型 、
Transition型、HDS型)のRDS基本モデルを開発した。ただしモデリングフローの
各項目の 詳細 は 成果 報告書 7) に 記載し てい るた め、本報 では 検討の 概要の みを 簡単
に示す。表1に開発したRDS基本モデルの概要を示す。実際にRDS原料油・生成油
のコアをFT-ICR-MSで解析したところ、概ね 3,000~ 4,000種類のコアが検出された
が 、 本 検 討 で は 原 料 油 と 様 々 な 条 件 で の 生 成 油 7種 で 95mol%以 上 を 網 羅 す る コ ア
1,233種を選択し、脱硫・脱窒素・核水添の反応経路2,107を定めた。
定めたコアの反応速度は、別途作成した QSRR 式により求めた。具体的には下記(a)~(c)
のフローにより、反応モデリングに必要な速度論パラメーターを推算した。
(a) 1,233 種のコア構造の分子軌道計算(MOPAC)より、コアの生成熱ΔHf、生成
エントロピーΔSf を計算
(b) コアの反応経路 2,107 の反応熱ΔHr、反応エントロピーΔSr を、(a)で求めたΔ
Hf、ΔSf より計算し可逆反応における平衡定数 Keq を推算
(c) 別途求めた脱硫・脱窒素・核水添の QSRR 式を用いて、ΔHr よりコアの反応経
路の活性化エネルギーE を推算
側鎖のモデリングに関しては、炭素数ごとの成分(C1~80)の FT-ICR-MS による組成
変化等の反応解析より、分解と脱硫が進行していることが考えられた。そして側鎖の分解・
脱硫の速度解析を行い、アレニウスプロットによりそれぞれの反応の活性化エネルギーを
求めた。架橋に関しても同様に反応解析を行ったところ、さほど分解が進行していないと
考えられたため、架橋に関しては反応しないとみなした。最終的に開発した RDS 基本モ
デルは、FT-ICR-MS で解析した重質油のコア 1,233 種、側鎖 158 種、架橋 1 種の組成を
インプット/アウトプットデータとするもので、所定の反応条件でコアの反応経路 2,107、
側鎖の反応経路 153 の速度解析を行うモデルである。
表1
開発した RDS 基本モデルの概要(左:成分数、右:反応経路)
開発した触媒 3 種の RDS 基本モデルを組合せて、RDS 触媒組合せ系の反応シミュレー
ションを行った。この結果を図3に示す。このシミュレーションでは、前段触媒の反応モ
デルの出力データを次の段の原料油の入力データとして用い逐次的に解析した。そして、
リアクター入口から出口までのコア 1,233、側鎖 158、架橋 1、分解生成物 40 およびガス
(H2, H2S, NH3)の反応挙動を推定した。
図3に、S1 コアなどのヘテロ原子を含む主要なコアの組成変化を示す。モデル推定値と
実測値との絶対誤差は、S1:0.01~0.66mol%, S2:0.01~0.08mol%,N1(5 員環)
:0.05
~0.28mol%,N1(6 員環)
:0.04~0.27mol%であった。また、相対誤差は含有量が少な
くなるにつれ増加する傾向にある。この場合、1mol%以上の実測値 12 点に対するモデル
推定値の相対誤差は平均値 6.9%、最大値 20.3%であった。この推定精度は、重質油の反
応モデルとしては十分といえる。各触媒の反応モデルには QSRR により求めた同一の活性
化エネルギー、標準反応熱、標準反応エントロピーが用いられており、頻度因子のみ異な
る。すなわち、各触媒の頻度因子を個別に求めることで、RDS 触媒組合せ系における組成
変化のシミュレーションを十分な精度で行うことができることを確認した。このことは例
えば触媒劣化等により頻度因子が変化するケースにも応用可能であり、今後のさらなる技
術開発により分子レベルでの実機シミュレーションも可能になると考える。
図3
RDS 基本モデルを用いた触媒組合せ系の反応シミュレーション
4. まとめ
本事業では、重質油を対象とした分子反応モデリング技術の開発を行った。具体的には
FT-ICR-MS による詳細組成構造解析を活用し、構造属性を用いて RDS の反応をモデリン
グするフローを確立した。そしてこのモデリングフローにより RDS 触媒3種(HDM 触媒、
Transition 触媒、HDS 触媒)の分子反応モデルを開発した。このモデルは、FT-ICR-MS
で解析した重質油のコア 1,233、側鎖 158、架橋 1 の組成をインプット/アウトプットデ
ータとするもので、所定の反応条件でコアの反応経路 2,107、側鎖の反応経路 153 を連成
させて速度解析を行うモデルである。
開発した RDS 基本モデル 3 種を用いて触媒組み合せ系の反応シミュレーションを行っ
た結果、1mol%以上の実測値 12 点に対して十分な精度(相対誤差の平均値 6.9%、最大値
20.3%)で推定できることを確認した。これは、開発した RDS モデリングフローの有効
性を示す結果といえる。今後、RDS 基本モデルに実機運転データの追加などさらなる改良
によって、触媒劣化などの影響を加味した RDS 実機の反応シミュレーションが分子レベ
ルで可能になると考える。
以上
(引用文献)
1)
R. J. Quann, B. Jaffe, Chem. Eng. Sci., 51, 1615 (1996).
2)
N. Charon-Revellin, H. Dulot, C. López-García and J. Jose, Oil & Gas Sci. Tech. –
Rev. IFPEN, 66(3), 479 (2011).
3)
藤長寛之、寺谷彰悟、柳川真一朗、伊田領二、第44回石油・石油化学討論会(石油
学会旭川大会)
、2014 年 10 月.
4)
A. Alvarez-Majmutov, J. Chen, R. Gieleciak, Energy Fuels, 30, 138 (2016).
5)
D. M. Campbell, C. Bennett, Z, Hou, M. T. Klein, Ind. Eng. Chem Res., 48, 1683
(2009).
6)
S. R. Horton, L. Zhang, Z, Hou, C. Bennett, M. T. Klein, S. Zhao, Ind. Eng. Chem
Res., 54, 4226 (2015).
7)
一般財団法人石油エネルギー技術センター、
“重質油等高度対応処理技術評価小委員会
及び技術研究会報告書”
、平成 28 年 3 月.