中国の地誌

解説
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ワークシート㉘
中国の地誌
ウォーミングアップ!
設問1(1)では,中国と国境を接する国の名称を答
佐賀県立塩田工業高等学校 髙橋 武
べられる。
ジャンプアップ!
えさせている。日本は周囲を海で囲まれているため,陸
色ぬり作業に加えて,おもに教科書の資料を活用した
続きで国境を接しているという感覚をつかみにくいが,
思考力・判断力・表現力を問う問題を設定した。1978年
陸続きで国境を接している場合,別の国家であっても,
12月の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議にお
歴史や文化,宗教などにつながりがあることが多い。そ
いて,農業・工業・国防・科学技術の四つの現代化が目
の地域のおおまかな位置を知ることは,その国の歴史や
標に掲げられ,いわゆる改革開放政策がスタートした。
文化,宗教などを考察する手助けとなると考える。設問
沿海部に位置するアモイ(厦門),スワトウ(汕頭)
,シ
1(4)は,中国の人口分布に関する問いである。今回
ェンチェン(深圳)
,チューハイ(珠海)は経済特区に
のワークシートでは色ぬりが多くなっている。主体的に
指定〔ハイナン(海南)省は1988年の省成立と同時に指
作業をすることで,資料を読み取り,課題を解決する能
定〕され,多くの外国企業が進出したり,中国企業との
力を高める意図がある。図2には人口境界線をあらかじ
合弁企業を設立するかたちで進出したりした。ちなみに,
め載せているが,この境界線をはさんで,約5割弱の面
華南は多くの華僑を輩出した地域であり,その華僑資本
積の東側には,人口の約9割が集中しており,人口分布
からの投資を期待した経済特区の指定でもあったが,期
はかなりのかたよりがあることがわかる。これには改革
待したほどの投資は行われなかった。1993年には憲法に
開放政策後の沿海部の経済発展,出稼ぎ労働者の流入も
社 会 主 義 市 場 経 済 を 明 記,2001年 に は 世 界 貿 易 機 関
関係している。
ステップアップ!
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教科書:『高等学校 新地理A』
地図帳:『新詳高等地図』
(WTO)に加盟し,中国は「輸出」と「投資」を両輪と
する本格的な高度経済成長の時代へと突入,2010年には
平野が広がる東部は,気候が湿潤で,農業もさかんで
日本を追い抜いて世界第2位の経済大国となった。設問
あるため,生活に適しており,人口も多くなる。経済発
3(3)については,図8から中国の都市部は賃金が上
展にともなう生活水準の向上により,食生活も変化して
昇していることが読み取れるように,以前に比べると必
きている。肉類の需要の増加にともない,飼料としての
ずしも「安価」な労働力ではなくなってきているのも現
とうもろこしの作付けが東北部を中心に増加し,大豆の
実であるが,約10数年の高度経済成長において「世界の
輸入は2000年以降急増している。また,魚介類の需要の
工場」という地位を確立したことについて問うている。
増加により,東シナ海では底引き網で稚魚まで獲ってし
設問3(6)に関して,図7から読み取れる地域格差
まい,不漁の危機に瀕しているという。
の是正,西部で開発した資源・エネルギーの東部への供
中国は22省,5自治区,4直轄市(台湾,ホンコン,
給などを目的に,2000年から西部大開発を進めている。
マカオを除く)に区分される。ちなみに,中国で「江」
写真1のようにチベット自治区とチンハイ(青海)省を
といえば長江,
「河」といえば黄河,
「湖」といえばトン
結ぶ青蔵鉄道は2006年に開通したが,世界の鉄道の中で
チン(洞庭)湖,
「山」といえばタイハン(太行)山脈(以
最も標高が高い地点(5072m)を通過することで有名で
前は泰山であった)をさすことを知っていれば,省の位
ある。また,主要都市を結ぶ高速鉄道が建設されており,
置はわかりやすい。地図帳を見ながら設問2(4)を着
三国志で有名な蜀の都があったチョンツー(成都)や西
色すると,米,小麦,羊の分布が理解できよう。そのう
部の中心地で1997年に直轄市となったチョンチン(重
えで設問2(5)を解いてほしい。清朝の宮廷料理とし
慶)
,シンチヤンウイグル自治区のウルムチなどまで開
て発達した北京料理は,小麦を材料とした餃子や麺類な
通している。近年はこれら内陸部の都市にまで,中国内
ど濃くこってりした味つけとなっている。また,内陸部
外の企業が多数進出を始めている。内陸部は沿海部に比
は乾燥しているため牧畜がさかんで,
かつシンチヤン(新
べて賃金水準が低いため,安価な労働力を求めて製造業
疆)ウイグル自治区はムスリムが多いため,羊がよく食
が進出したり,これからの内陸部の経済成長を見越して
地理・地図資料◦2016年度1学期号
チンツァン
自動車販売店や小売店が進出したりしている。例えば,
うに,「世界の工場」としての高度経済成長による所得
中国に400店以上展開している衣料品販売のユニクロは,
の上昇にともない,中国は「世界の市場」として注目さ
チンハイ省やユンナン(雲南)省にまで進出している。
れている。その反面,ペキン(北京)などの大都市では
また,生活雑貨や食料品などを販売する無印良品は,
激しい渋滞が発生し,深刻な大気汚染の原因となってい
2014年に海外最大規模の店舗をチョンツーにオープンさ
るため自動車使用の制限が始まっていること,景気の減
せた。
速などの懸念要因もあるため,今後の外国資本の動向に
設問3(7)に関して,図8・図9のように都市部と
注目したい。
農村部の格差が拡大している要因として,中国農業の課
2015年新語・流行語大賞の年間大賞として「爆買い」
題があげられる。改革政策以前と比較して,土地生産性
が選ばれた。訪日観光ビザ発給条件の緩和,円安などの
は上昇したものの,1人あたりの耕地面積は小さく,1
影響により,訪日へのハードルは下がり,2015年の訪日
人あたりの生産量も大きな伸びがない状態である。さら
中国人数は前年の約2倍となる499万人と,国・地域別
に近年は内陸部や農村部にも設備投資や不動産開発が進
では第1位であった。爆買いされる化粧品や医薬品,温
み,耕地面積は減少する一方となっている。また,改革
水便座や紙おむつなど,健康や美容に関するものが人気
政策によって,個人企業や市町村が経営する郷鎮企業も
なのは,中国製品への不信と日本製品への信頼のあらわ
認められ,農村部の余剰労働力を活用した,衣類や生活
れであろう。写真3のように今年も多くの中国人観光客
家電の組み立てなど労働集約型の郷鎮企業も発達した。
が訪日することが予想されるが,訪日2回目以降はツア
しかし,都市部のめざましい発展に比べ,農村部の経済
ーではなく個人旅行で,また,爆買いばかりではなく,
的な伸びは小さく,結果として農村の多くの人々が出稼
日本各地を訪れてさまざまな文化にふれる旅を望むよう
ぎ労働者として沿海部に流入することにつながっている。
になってきている。
現に,2011年には都市人口が農村人口を上まわった。ま
日本の長い歴史において,大陸からさまざまなものが
た,出稼ぎ労働者は日本の人口の約2倍存在していると
伝わり,それが日本独自の進化をとげ,現在は私たちの
もいわれている。出稼ぎ労働者は都市住民に比べて低賃
文化や生活の一部になっている。坐禅や枯山水庭園,茶
金で働いているのも現状であり,この出稼ぎ労働者こそ
道などで知られる禅宗もそれに該当する。京都 龍安寺
が,
「世界の工場」中国のけん引役を果たしてきたとい
の枯山水庭園は世界文化遺産に登録されており,多くの
える。
外国人が訪れる。Appleの創業者スティーブ・ジョブズ
設問3(8)は消費支出の変化を読み取る問いである。
は禅と出会い,Appleのさまざまな製品に影響を与えた
高度経済成長当初は,国内市場がまだ十分に発展してお
といわれている。漁船衝突事件や中国各地で反日デモが
らず,内需に期待できなかったこともあって,中国の各
起こるなか,2011年1月,『知日』という日本文化を紹
企業は輸出量を増やすために多額の設備投資を行い,企
介する定期本が創刊された。この本の編集長は1981年生
業規模を拡大していった。都市は集合住宅の建設ラッシ
まれのいわゆる「80后(80年代生まれ)」とよばれる一
ュとなり,建材用の鉄鋼の需要が急増した。集合住宅が
人っ子世代である。1978年の日中平和友好条約締結,開
建設されると,都市の人々はこぞって不動産を得ようと
放政策により日本のドラマや映画,アニメが中国でも放
した。不動産の需要が高まり,不動産が投資対象となり,
映されるようになった。高倉健や山口百恵らが大人気と
さらに価格は上昇していった。収入に対しての住宅ロー
なり,日本の日常が描かれるドラえもんなどを見て,先
ン返済額や家賃の割合が高くなっていることが,図10
進国日本にあこがれた子どもたちも多かったという。改
において,支出における住居に使う金額の割合が増加し
革開放政策のもとで経済成長している中国しか知らない
ている原因である。また,図10において,交通・通信,
この若者たちは,同じ東洋の国でありながら,現代中国
文化・娯楽の割合が高くなっている。以前は人民服に自
にはないものを日本に求めている。
転車というイメージであったが,写真2から日本の自動
中国に対する印象の世論調査の結果を見ると,さまざ
車メーカーも中国に展開していることがわかるように,
まな情報が行きかうこの時代だからこそ,それぞれの国
経済発展によって人々はマイカーをもてるようになった。
や地域の歴史や現状などを正しく知ることの大切さ,地
2009年には自動車の生産・販売台数が世界1位となった
理という科目の重要性を私自身も強く感じている。
が,外国資本との合弁会社が多くを占めている。このよ
地理・地図資料◦2016年度1学期号
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