JICA 海外長期研修体験談(アイルランド・ダブリン) 2015 年 9 月からアイルランド・ダブリンで研修中 後藤浩文 海外長期研修を目指したきっかけ もともと東京の私立中高一貫校で、英語教員として勤めていたのですが、兼ねてから関心のあっ た青年海外協力隊に応募し、2012年1月にエジプトに派遣されました。現地では NGO で子供の 教育の手伝いをするという活動をしていたのですが、丁度チュニジアにはじまったアラブの春の影 響で、エジプトでは国内の騒乱、大統領選挙などが重なる時期でもあり、我々JOCV は国外退去を余 儀なくされました。2年間の協力隊員としての活動期間のうち、3か月間は日本に避難することと なり、(日本でも大きく報道されていたようですが)まさに非常事態と呼べるものだったかと思い ます。アラブの春で民主化を実現した国もあれば、衝突が泥沼化した国もあり、結果、中東の国々 では多くの難民を生むこととなり、エジプトを含め様々な国が難民問題に直面することになりまし た。(当初は漠然と紛争の起こる要因や解決といったものに関心がありましたが、協力隊員として の活動とは別に、エジプトで個人的に難民受け入れを実施している団体でボランティアをしていた こともあり、徐々に難民の問題には関心を持つようになりました。といっても、その時にはまだ大 学院で研究をしようという考えまでは持っていませんでしたが。 ) 大きな変革を求めた民衆の勢いを肌で感じる中で活動に従事した貴重な協力隊の任期も終わり、 帰国後に応募した在ウガンダ日本国大使館での草の根人間の安全保障無償資金協力委嘱員に運良 く採用され、ウガンダで勤務を開始しました。地元の NGO や公共機関に資金援助に関する業務に従 事する中で、紛争の結果ウガンダに逃れてきた難民の状況や、国の難民受け入れの様子を垣間見る こともあり、これらの経験から、紛争そのものの発生よりも、紛争の結果として発生する難民と受 け入れ国との関係を研究したいと思うようになりました。大使館の同僚や上司のアドバイスや、修 士号を取得することでより多くの役職に応募できるということもあり、大学院進学を志すのと同じ タイミングで、偶然に JICA の海外長期研修の募集を知り、挑戦することにしました。 アイルランドでの研修内容 現在、アイルランドの首都ダブリンのトリニティカレッジ(Sociology Department の Race, Ethnicity, Conflict というコース)で、人種や民族、紛争といった内容について、理論的な考え 方を学んでいます。人種、民族、紛争といっても幅広く、それらに関わる全てのことを幅広く知る ことも大切ですが、一方、1年間という海外長期研修期間では、とりわけ関心のあるテーマに関す る知見を深める必要があると感じ、特に難民問題を中心にして、積極的に文献を読むなどしていま す。自身の研究対象にしているのは、 「難民と受け入れ国(地域)住民との軋轢」に関する問題で、 多くの場合、難民を受け入れるホストコミュニティの人々と難民(移民も同様に)との間に起きる 衝突や争いの理論や要因に焦点をあて、自身のエッセイや論文に取り入れているところです。日本 での難民受け入れ態勢はヨーロッパ諸国とは異なり、あまり多くを受け入れているとは言えません。 そのためか、ホストコミュニティと難民との摩擦に関しても扱われることは多くはないかと思いま すが、ヨーロッパでは日々、難民との軋轢が報道されたり、論文が多く出されたりしています。 一例を挙げれば、ヨーロッパではドイツが(とりわけシリアからの)難民受け入れに対し、20 15年の一時期には積極的な姿勢を示していました。この政策に呼応するようにミュンヘンでも市 民は寛容な態度だったのが、少しずつ受け入れに対し不満を示すようになり、現在多くの住民が寧 ろ受け入れを拒否したいと考えています(この不満は2016年1月にケルンで起きた女性への暴 行事件よりも前に発表されています) 。PEGIDA(Patriotische Europäer gegen die Islamisierung des Abendlandes、英語では Patriotic Europeans Against the Islamization of the West)と呼ばれ る運動もその一つで、一部市民が集まり、西洋社会がイスラーム化することへの反対を掲げデモな どを行っており、ドイツのドレスデンで始まり、様々な地域に広がっています。(しかし、移民や 難民に対する不満というのは、彼らの宗教に関係ない場合もあります。ここに書いているイスラー ム化することへの反対運動は、あくまでヨーロッパで見られる運動の一例に過ぎません。) 難民や移民の受け入れをしてきた国々での様々な研究から、このような態度・運動の要因を説明 している理論を学び、 「地元住民は移民や難民が、 (生活習慣や考え方の違いなどから)地元住民の アイデンティティを脅かす存在であると認識し恐怖を感じるためにネガティブな感情を持つよう になる」という理論に照らし合わせてドイツで見られる人々の反応を考える、あるいは「地元住民 の職を奪うという考えにとらわれたりすることでネガティブな反応を示す」という理論を適用する こともできる、というように、研究者たちが導いてきた理論から現在起きていることを眺めるとい うのは、納得できることも多く、非常に面白いと感じています。 他にも、難民に関する国際的な取り決めに関しても学んでいます。2013年からEU内で施行 されているダブリン規約Ⅲ(EU内で庇護申請者がはじめに入った国で申請をしなければならない という規則。1990年施行のダブリン規約Ⅰ、2003年に改訂されたダブリン規約Ⅱが改定さ れたものです。)の問題を議論することもありました。この原則を例外なく守ろうとすると、庇護 申請者が欧州に上陸するのは多くの場合、航路に頼ることになるため、イタリアなど海に面した国 であることが多く、EU 内ではそれらの国に対する申請が多くなるという事態に発展し、受け入れ国 それぞれの負担が公平ではないという声が上がっている―この点は、日本ではなかなか差し迫った ものとして扱われることがないため、ヨーロッパにいなくては分からない現象も学ぶことができて います。 自身のコースには他に日本人もいないため(18人中、13人がアメリカ・イギリス・アイルラ ンド出身の英語母語話者)日本語に頼らず学べるという良い学習環境にあります。時折、(課題の 細かな指示など)どうしても日本語で理解したいと思うようなこともありますが、友人に教えても らうなどして、何とかしています。 毎日の暮らし 日常生活を簡単にまとめると、講義のある日は、90分の講義を1、2コマ受講し、その他は自 宅あるいは図書館で課題や各講義で課される論文や記事などの読解に追われている毎日です。唯一、 余暇として続けているのは6-7キロのジョギングで、ダブリンは一国の首都でありながら自然も 多く走りやすいのが魅力です。 (冬期休暇、友人との散歩中に映したもの。右が筆者。 ) 研修という形で、大学院に勉強をしに来ているので、これはごく当たり前のことなのですが、や はり机に向かう時間が非常に多く(英語を母語とする学生に比べ、読み書きにかかる時間が多いと いうこともあるとは思いますが)、なかなかのんびり過ごす、ということはできていないのが現状 です。これは休日もほとんど同じことで、講義が無い分、多くの時間を課題に割いているのでアイ ルランドらしい生活(〇〇に行った、☓☓の体験をした、など)ができているかと言われると・・・ (できていません)。幸い大学敷地内の学生寮に住んでいるので目の前が講義棟、授業にはすぐ行 くことはできますが。 協力隊員として生活していたときからそうでしたが、食事などは何がないと特に困る、というこ ともなく、現地で調達可能なものでやりくりしています。 折角機会をいただいてこのように勉強できているので、課題や読書の分量にめげることなく、 日々努力していければと考えています。 (毎週各講義で課される文献を印刷したもの。 学期末にエッセイを書く際、参考にできるように 曜日ごとに本棚に並べてあります。 ) 以上
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