14 山形県医師会会報 平成28年4月 第776号 確率だけでは推し量れなかったこと 酒田市地区医師会十全堂理事 尾 形 浩 毎年集団検診で胃・大腸ガンが見つかる人がいる。 スの症例が舞い込んできた。ちなみにこのコメン 知人から、ゴルフでホールインワンを出したと トは、漁業関係者への配慮の観点からオフレコと 自慢話を聞いても、宝くじで6億円が当たるとテ なったのだったが、まさに何でも注意が必要。症 レビで煽られても、そうゆうことにはそれぞれに 例の38歳の男性は、自分で釣ったヒラメでアニサ 見合った確率があるのだからと、ことさら気にな キス摘出歴があった方である。懲りずに今回はス らないでいた。 ズキを捌いて食べた日の夜中に、急に激しい痛み ところが、少し前にラジオの健康番組に出演さ に襲われたとのこと。条件の悪い午後の内視鏡検 せていただく機会があり、確率論者である自身の 査ではあったが、胃体上部に刺入した元気な虫体 概念を覆すような奇妙な確率の出来事を体験した を発見し、鉗子で摘出することができた。消化器 のである。 内科をしていると、一定の確率で出会うアニサキ そのラジオ番組でのテーマは、「消化管の異物」 スではあるが、何ともタイミングよく現れたもの であった。消化管の異物は日々の診療の中では、 である。それに続いて二日後、56歳の女性が、排 そうお目にかかるものではないが、生活の中の身 便時にヒモ状の物が出てきたということで、丁寧 近なことであり、啓蒙の意も込めてお話をさせてい に実物を瓶に入れて来院されたのである。よく見 ただいた。その番組は、収録の2週間後にオンエ ると、きし麺に似た広節裂頭条虫、これもまた、 アーとなったのだが、放送された後の日常診療の場 ラジオ番組で触れたサナダ虫であった。あまりに に、不思議な事が次々と起こり始めたのである。 もラジオのシナリオ通りの症例の出現であったた はじめの症例は、放送の数日後に往診した83歳 め、思わずその患者さんにラジオを聞いて持参し の女性。脳卒中後遺症で意識がなく、胃瘻造設中 てきたのかと尋ねてしまったほどであった。 であった。寝たきりになってからも口元が寂しい こんな風に短期間にラジオで口にした症例が からと入れ歯を外さずに、家族が毎日磨いてやっ 次々に集中して現れたのは、電波が招き猫の役割 ていたらしいが、行方知れずになってしまったと を果たしたのではないかと思わずにはいられない。 いう。どこを探しても見当たらず、不思議に思わ その後は潮が引いたように、珍しい異物の症例は れていたその二日後、訪問看護士による摘便の際 音沙汰無しである。私たちは物事の起こる確率を に、便中より蟹爪状の鉤のついたブリッジ状の入 打ち出し、その数値で事を推し量ろうとしがちで れ歯(有鉤義歯)を見つけたというのだ。嚥下も ある。しかし、確率論では説明のつかないような ままならない患者さんが、難所とされる咽頭食道 出来事も時に起こり、もしかしてそれが人生を面 や胃食道結合部での穿通による縦隔炎を起こさず、 白くしてくれているのかも知れない。スポーツ新 幽門輪を超え、直腸に到達できたのには驚いた。 聞にある競馬の予想欄を眺めながら、そういう思 それから数日後、収録で「近海での生鮮魚介類 いを巡らしている。暖かくなって桜の便りも届き は何でも注意が必要」とコメントした、アニサキ 始めてきた今日この頃である。
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