筆 硯 - 山形県医師会

山形県医師会会報 平成28年4月 第776号
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天使のささやき
山形県医師会理事 加 藤 修 一
話は30年前にさかのぼる。大学同僚の親御さんが病気になって長期療養されることになったために、
経営するY医院の手伝いに行ったことがある。私にとって初めての開業医バイトであったので、えらく
緊張して臨んだ。診察机にうず高く積まれたカルテに驚き、はたしてこなせるだろうか?の不安がよ
ぎった。しかしその不安は一気に吹き飛んだ。
「この患者さんは前回重症糖尿病とわかったので県立**病院へ紹介してください」
「爺さんのお孫さ
んが今度結婚するんですよ」
「薬をちゃんと飲まないで、いつも余してくるのできつく注意してくださ
い」
「今度奥さんが**病で手術する予定」
「定期検査の時期」
「お子さんが山形の**高校に受かった」
など、まるで天使のように耳元でささやく声が。
私は「お孫さん結婚よかったですね、高校はバスで通うの? 奥様手術ですか心配ですね」など会話
を交わすことができ、初対面で不安そうな顔が一面笑顔になっていく瞬間、さらには待合室での話声、
その後は申すまでもなく溶け込む事ができ診察が進んだのです。
こうして午前の診察が終わるといつも豪華な昼食をいただいた。この時患者さんからいただいたとい
うぺそら漬けなるものを生まれて初めて食し衝撃を覚えた。ある日のこと、さて帰路に着こうと思って
いた矢先、
「先生ちょっと往診に行きませんか?」と。食い逃げはいかんと思い、婦長さんが運転する
車に同乗した。患者さんは寝たきりで食事が取れなく脱水状態だったので、近くの公立病院へ「天使の
ささやき」のままに紹介状を書いた。後日ご家族にはとても感謝され、
「あ〜これが開業医なのか!」
と地域住民の健康だけでなく心の支えになっていることにいたく感銘を受けた。
その後私は米国留学を経験して大学に戻った。この時のバイト先がN医院だった。ここでもまさかの
「天使のささやき」が〜、忘れかけていた、こんな医療をやってみたいと泣きそうになって感謝した。
超高齢多死時代を迎える 2025年を見据えて、地方自治体は、医療・介護・予防・生活支援が一体的
に提供される「地域包括ケアシステム」の構築に忙しい。重度な要介護状態となっても、住み慣れた地
域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるようになることをめざす。聞こえはいい、
そして地域包括ケアの構築に官民一体になっているのは大変結構なことです。しかしこのシステムの中
で「天使」役は誰なのでしょうか?山形県内では驚くほどうまく構築され機能している地域もあるけれ
ど(恐惶謹言)
、職種が多すぎて連携が難しい、医療と介護に段差がある、個人情報保護上患者情報が
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共有できない、訪問看護師や在宅看取り医師が不足等々、天使どころか悪魔のささやきに聞こえてくる。
私は問いたい、家族や社会資源・人材の支える力が低下している昨今にあって、包括ケア体制が地域
社会にとって目指すべき最良のシステムなのでしょうか。システム構築が困難な地域にあっては、Y医
院やN医院が行っていた医療は介護をも包括し地域住民の心の支えにもなっていた、あのスタイルでは
だめなのですか!と。私には満足している住民の声が届かない。
志田周子先生が「保健文化賞」受賞の折り、
「〜わたしは昔、凛と立つ百合の花のように生きたいと
願っていました。けれど今は、野に咲く小花のように、目立たなくとも、自分のいるべき場所でしっか
りつとめる人になりたい・・・自分を必要としてくれる人がいる場所で、しっかりと根を張りたい」と
挨拶しました。(参考:「いしゃ先生」あべ美佳 著)
まさに地域医療の原点、未だ野花にもなれない自分が恥ずかしい。住民が求める真の医療と介護の姿
を追いながら、およそ老体に近づいてきた我が身に鞭打って頑張りたいと思います。