財務会計Ⅰ 第 5 回 税効果会計(2) 2016 年 4 月 21 日(木) 米山 正樹 Ⅳ 繰延税金資産の回収可能性 回収可能性テストとは:問題の所在 これまで取り扱ってきた簡単な数値例では、翌期以降に一時差異は必ず解消 される(言い換えれば、十分な課税所得が見込まれる) 、という暗黙の前提を設 けてきた。例えば在庫品の評価損に係る最初の数値例においては、第 1 期のみ ならず第 2 期においてもまた十分な利益 1,000(在庫品評価損の影響を除く) の計上が見込まれていた。それゆえ、在庫品の評価損を税務上、第 2 期の活動 成果から控除してもなお、第 2 期に税金支出とそれに伴う税費用の負担が予想 されていた。 ここで数値例を変更し、第 2 期に予想される会計上の利益はゼロであったと する。この場合、在庫品の(確定した)評価損を加えた第 2 期の課税所得はマ イナス 100 となる。周知のとおり、現行の法人税は課税所得の正・負に関して 非対称的なルールを設けている。すなわちマイナスの課税所得にみあう税額の 還付を受けるのではなく、課税所得が負となった場合は一律に税額がゼロとな る。 このような見通しであるにもかかわらず、第 1 期において(前回の数値例と 同様に)税効果の調整を行い、第 1 期における税金支出 440 のうちの 40 を(第 1 期の)税金費用から繰延税金資産へと振り替えたとする。前回の数値例であ れば、この 40 は「第 2 期において負担すべき税金費用」と「第 2 期に求めら れる税金支出」との差を埋めるため、第 2 期において費用に振り替えられてい た。 ところが今回の「修正された数値例」では、そもそも第 2 期に税金費用の負 担が求められない。それが求められない以上、繰延税金資産を税金費用に振り 替えることはできない。つまり将来に予見しうる税負担がゼロなら、もともと 第 1 期において税支出の一部を繰り延べるべきではなかったこととなる。改め て考えてみれば、繰延税金資産が資産の構成要素とみなされるのは、それが「将 来における税費用の負担を軽減する効果を有しているから」であった。今回の 「修正された数値例」ではそもそも「軽減の対象となる税負担」が見込まれな 1 い以上、繰延税金資産を計上する余地はないこととなる。 ここでは将来において税負担が一切見込まれない「極端なケース」を掲げた が、これをもう少し一般化するなら、繰延税金資産として計上しうる上限額は 「合理的に予見しうる将来において見込まれる税負担」となる。かりに形式的 な計算により繰延税金資産の評価額がこの金額を超えてしまった場合は、評価 を「上限額」まで切り下げる必要が生じる。 「上限額」を超過していないかどう かを確かめるとともに、超過してしまった場合に繰延税金資産の評価を引き下 げる手続は「繰延税金資産の回収可能性テスト」と呼ばれている。 数値例:将来に十分な課税所得が生じるかどうか不確かなケースへの対応 前回の数値例で、第 2 期には評価損に関連しない活動を通じて 50 の課税所 得(=企業会計上の利益)しか生まれないとした場合に、これまでと同様の対 応が可能かどうか、検討せよ。 2 設例の考察 「第 1 期における税金費用に含めるべきではない金額」40 を繰延税金資産と してしまうと、翌期には税負担が 20 しか生じないことから、 「翌期に実現しな い節税効果」20 が残されてしまうこととなる。 節税効果を見込めない金額については、「もともと第 2 期に繰延べるべきで はなかった」こととなる。翌期以降に節税効果が実現されるかどうかという観 点から繰延税金資産の評価額の「適正性」をチェックする行為を繰延税金資産 に関する回収可能性のテストという。 回収可能性テストの結果、この数値例では「将来における税負担の軽減効果」 を期待しうる税金支出は 20 だけとなる。したがって形式的な手続に従ってい ったん計上された繰延税金資産 40 は、その評価が 20 だけ切り下げられること となる。いわば繰延税金資産の計上手続が部分的に取り消されることとなる。 回収可能性に係る判断基準 直前の数値例や、それに先立つ解説が示唆しているように、繰延税金資産の 計上可能額は、将来の業績(より正確には将来における課税所得の流列)に依 存している。ただ将来の業績予測は難しく、とりわけ遠い将来の予測はきわめ て困難である。また遠い業績予測は主観的なものとなりがちである。自由な業 績予測を許容した場合、利益の水増しを意図する企業は、過度に楽観的な将来 見通しにもとづき課税所得を予想するであろう。 こうした事態を避けるため、現行の会計基準は、業績の良し悪し(および業 績の安定性)に応じて企業を 5 つのカテゴリーに分類し、分類ごとに「どれだ け遠い将来の課税所得まで見通すことを認めるのか」を決めている。良い業績 か安定している企業については長期の見通しを許容する一方で、業績が極端に 悪く不安定な企業については、繰延税金資産の計上それ自体が許されないこと となる。詳しくは企業会計基準適用指針第 26 号「繰延税金資産の回収可能性 に関する適用指針」に譲りたい。 回収可能性テストによる損益の「ブレ」 回収可能性テストに抵触し、いったん計上した繰延税金資産の減額(取り消 し)が強いられた場合、当期純利益に大きな影響が及ぶこともある。回収可能 性テストへの抵触が繰り返される場合、本来の趣旨に反し、税引前の利益と税 3 費用とが結果的に適切に対応しない事態が生じてしまうとともに、企業の見か け上の業績は不安定となってしまう。こうした事態は、税効果会計それ自体を 見直す必要性を示唆している。 検討課題 1. かりに本来の趣旨に反して、税効果の調整がいま損益の不安定性を助長し、 税引前利益と税費用との適切な対応がむしろ損なわれているとしたら、ど のような対応が必要か。 「税効果の廃止」を含め、想定可能な対応策を幅広 く検討せよ。 2. 回収可能性テストの運用に係る具体的な指針は昨年末に改訂されている。 その改訂趣旨を調べるとともに、改訂後の規準が目的の達成に資するもの かどうかを検討せよ。 4
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