異世界とチートな農園主 - タテ書き小説ネット

異世界とチートな農園主
浅野明
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︻小説タイトル︼
異世界とチートな農園主
︻Nコード︼
N8638BV
︻作者名︼
浅野明
︻あらすじ︼
ありがち異世界転移もの。
元引きこもりが異世界に行って、農業する。
チートありだけど、勇者にはなりません。世界の危機もないかも?
よくあるテンプレ異世界もの、ご都合主義お好きでないかたはお止
めください。
注釈:農業とはいえ畜産や養蜂、養殖なども後々入ってきます。
、アルファポリス様より書籍化進行中のため、8月3日、
女主人公です。
7月27
1
3章までをダイジェスト化させていただきます。
1月25日、アルファポリス様より2巻刊行決定のため、2月3日、
﹁果樹園を作ろう﹂までをダイジェスト化させていただきます。
2
リンの日記帳︵1︶
はじめに︵覚え書き︶
私には日記をつける習慣がない。
代わり映えしない毎日で、日記などつける意味がなかったからだ。
でも、今日一歩を踏み出した途端に、不可解な現象に巻き込まれた
ので、私は日記をつけることにした。
というわけで、日付よりも、今日から一日目、二日目、という風に
日記を書いていこうと思う。
一日目。
六年前に当選した高額宝くじの財力で、高層マンションに絶賛引き
こもり中の私は、この六年間、ネット通販を頼りきり、日々ゲーム
をし続けていた。
だが、今日、決意したのだ。いい加減、外に出ようと。
私はデイパックをひっつかみ、心が変わらないうちにとドアをあけ、
外に出た。
ドアの外には、草原が広がっていた。
いやいや、こうして日記をつけてみてもほんとに意味がわからない。
自宅は高層マンションの八階よ?ドアを開けたら草原とかどうよ!
しかも、ふと上を見れば、眩しく輝く太陽が⋮⋮二つ。
コレはあれだよね!私の愛読小説にありがちな異世界転移ってやつ。
親類縁者もなく、友人もいないボッチなんで、別に元の世界に帰り
3
たいとかもないけどねえ。もし、魔物とか、いやはや猛獣だって出
てきたら一発であの世行きよ?ごくごく一般的な平均的日本人です
からね!
まあ、色々確認したところ、どうやら六年間ハマってプレイしまく
っていたゲームのアバターでの転移、しかもスキルとかアイテムも
使えるチート仕様だって判明したけどね!ちょっとだけだけど、安
心設計だね!
でもゲームのアバター、十歳の子供の姿にしたの失敗だったかなあ?
四日目
いきなり四日目さ!
なぜならこの三日間草原をさ迷ってただけで、特筆すべきことがな
にもなかったからね。人どころか、蟻の子一匹出会わなかったさ!
夜はゲーム時代野宿に使用していた簡易ハウスがあって助かったよ。
ともあれ、四日目の今日。ようやく人里を見つけたよ。というより
大きくない?頑丈そうな壁で町一つぐるりと囲われている。と思っ
たら、このあたりで一番大きい国の王都って言うから驚きだ。
私はなるべく親切そうな人を探して声をかけたよ。引きこもりの私
には中々ハードル高かったけど頑張ったのよ?
出会ったのは、リヒトシュルツ王国一の豪商ライセリュート家の長
男、フェリクス。親切な彼に出会えて、異世界生活はぐっと楽にな
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った。
王都に入る手助けは元より、常識を教えてくれて、当面の生活の面
倒まで見てくれるって!突っ込んだことも聞いてこないし、家族も
気さくでいい人ばかり。何かしらのスキルのお陰らしいけど、コレ
でいいのか、金持ち。もっと警戒心持った方がいいと思うのは私だ
け?
異世界に来て、私は長年の夢を叶えることにした。私の夢、それは
農園主だ。農業をして、食べたい美味しいモノを好きなだけ作るの
だ。養蜂とか、牧場もいい。異世界生活に夢は広がるばかりである。
フェリクスはなんとバッチリな条件の土地も持っているらしいし。
まあ、身分証明とかも必要だし、詳しい話はまた明日かな。今日は
もう遅いからね!
何はともあれ、今日はかなりの進展があったことは間違いないね!
五日目
今日は食材ギルドに行ってから、フェリクスの持っている土地を見
に行った。ギルドというのは、相互扶助組織のようであるなもので、
ゲーム時代ボッチでギルドとか所属したこともなかったから、登録
はドキドキしたよ。
とりあえず、ギルドは似たような内容のモノも結構あるらしい。フ
ェリクスとも相談して、未成年でも登録できて、農業に関係がある
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ってことで、今回登録先には、食材ギルドを選らんだ。
興味を引かれる食材や植物がたくさんあったよ!あ、登録はすんな
り終わった。ただ、相場とか全くわからないし、ここは一つ依頼で
も受けてみたらいいんじゃないじゃと思って、一つ簡単そうな採取
依頼を受けたよ。
依頼はあっさり終わったけど、なんとスケルトンが登場。王都近く
だし魔物は出ないはずだったんだけど。まあ、所詮低級のスケルト
ン。光魔法の︻浄化︼一発で灰になったけど。土地も素晴らしく理
想的だったけど。いくつかスキルレベルばらしたことで、フェリク
スに延々一時間くらい説教されたよ。サイアク。
二十日目
一気に時間とんだなあ。⋮⋮つまり、私は面倒臭がりなのだ。日記
とかって何かあった日に書くもんよね!別に毎日書く必要ないと思
うの。
それはそうと、この二週間︵この世界、実は一週間が八日あったの
だ︶ひたすら勉強していたんですねえ。
土地を見に行ったその日、フェリクスの姉であるルイセリゼが突然
勉強しなさいといってきたのだ。どうやら、私の常識のなさが気に
なったらしい。いや、勉強は良いことだよ?ぶっちゃけ常識とか相
場とか全く知らないし。
ルイセリゼは行動派のようで、翌日には講師までバッチリ用意して
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いたの。
講師は、ルイセリゼの婚約者で冒険者のクリフ・エスタージャ。熊
みたいな男の人。Bランクパーティー﹁はみ出しものたち﹂のリー
ダーだって。
クリフはこの世界のことを詳しく教えてくれた。スッゴク助かった
よ。ゲーム時代にもあった迷宮とか、なんと現実でもあるらしい。
ビックリです。
そんなこんなで、この二週間クリフに勉強を教わったり、彼が時間
がないときは、食材ギルドで簡単な依頼を受けたりしていたのだ。
なかなかいい感じにこの世界に馴染んできた⋮⋮ような気がす今日
この頃なのです。
そして、今日とうろう念願の土地を親の遺産があるからと強引にフ
ェリクスを納得させて土地を購入。
︻木工︼のスキルでさくさく家を建てました。満足。後は本を読ん
で植えるべき食材を決めるのだ。
まあ、やっぱ芋ですよね!栄養あって、育てやすくて美味しい最高
の食材だからね!さて、今日はもう寝て、植えるのは明日がいいね♪
二十一日目
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今日は雑草を抜いて、キレイに整地。その後は畑を耕して⋮⋮。や
ることはたくさんあったが、ゲームで培ったスキルがかなりのお役
立ちだ。これで召喚体として契約していた妖精さんが使えればなお
良かったのだが。どうやら召喚体は新しく捕まえないといけないみ
たい。妖精さんは癒されるし、すごく役に立つから機会があったら
今度捕まえに行きたいなあ。
それはそうと、芋を二種類植え、満足満足。一ヶ月後が楽しみだね
え。
五十日目
畑から、不気味な笑い声が響く。原因知りたいけど、知りたくない。
微妙な心持ち。どうしよう。
五十三日目
笑っていたのは芋だった。どうしよう。私が持っていたアイテムの
中で、最高の防音性能を誇るオリハルコンの繊維で作った特別製の
袋さえ遮断できない笑い声。サイアクである。
五十四日目
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やって来たフェリクスび聞いたところ、どうやら魔化という現象ら
しい。何でも、育てるときにスキルを使用すると、植物が魔力を吸
収して魔化、つまり魔物化するんだとか。もっと早く教えてよ!
何とかするには、魔道具屋から、お高い特殊魔道具の﹁魔素除去く
ん﹂を購入する必要があるらしい。なるべくアイテムボックスのお
金は使いたくないし、何とか稼がないと。
五十五日目
何とかお金を稼ぐべく、今日は食材ギルドにいってみたけど、目標
金額を達成するにはちょっと厳しい。大体採取依頼くらいしか受け
られるのないけど、採取依頼ってやっすいし。報酬。
どうしようか悩んでいたら、受付のお姉さんの仲間から、明日迷宮
に潜るのに、連れていっていいよといってもらえた。やったあ!
迷宮が稼げるのはゲームでも現実でも同じのようだ。
足手まとい連れて潜るのに迷惑じゃないかなあ、と思ったら、今回
は低レベルの迷宮だし問題ないとのこと。
なんと、受付嬢の所属パーティー﹁吹き抜ける風﹂はAランクパー
ティーらしい。あと、全員がロリコン︵幼女大好き︶らしい。その
情報は要らなかったよ!
五十六日目
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今日行ったのは、迷宮﹁妖精の楽園﹂。パーティーの召喚士マナカ
が、妖精を召喚体にしたいと言い出して、行くことになったらしい。
地下に下りていくタイプの迷宮で、七階層しかなく、七階には魔物
は出ず、妖精がわんさかいるんですと。あと、なぜか三階にレッド
ドラゴンがいた。意味わからん。
レッドドラゴン、その名はオルト。農作業が得意という言葉にうっ
かり契約してしまったよ。こうなったからにはガンガンこきつかっ
てやる!
パーティー﹁吹き抜ける風﹂はAランクという言葉に偽りなく、優
秀だった。前衛二人、ラティスとスレイというのだが、彼らであっ
という間に敵を殲滅し、魔道具などを作るのに必要な魔核を、アリ
スがどんどん回収。効率よく進んでいく。
ほとんど消耗することなく六階層も踏破したが、七階層には明日行
くという。万全の体勢でないと最終階層には行かない、というのが
彼らのスタンスらしい。さすがAランク。ここまで生き残ってこれ
たのは、強さ以外にも理由があるということか。
五十七日目
妖精はいた。可愛い妖精や美しい妖精。ほとんど女性体だが、男の
子もいる。だが、総じて皆可愛く、美しい。なのにナゼだ!私に契
約を迫ってきたのは、おっさんだ。まごうことなきおっさんだ。
たとえ、白いふわふわなワンピースを着ていようが、見事なプラチ
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ナブロンドだろうが、虹色の美しい羽を持っていようが、どう見て
もくたびれたおっさんだ。しかも、トンボのようなメガネ。こんな
ものは断じて妖精などと認めない!蚊トンボで十分だ。
保険のおばちゃんも真っ青な粘りと押しの強さで負けて契約してし
まったが、悲しすぎる。唯一の救いは、不憫に思ったらしい妖精さ
んが一人、契約してくれたことだろうか。メルティーナという彼女
はどこからどう見ても本物の妖精さんでした。
五十八日目
パーティー﹁吹き抜ける風﹂は仕事が早かった。迷宮に潜った翌日
の今日には、なんとお金やアイテムの分配があったのだ。ただのお
荷物だった私にも公平に分配してくれた。これで、幼女大好きの妖
しいところさえなければ、本当にいい人たちなのだが。
早速、もらったお金をもってフェリクスと特殊魔道具﹁魔素除去く
ん﹂を購入する手続きをした。⋮⋮何でか、ショッキングピンクの
毛玉。なぜこんな見た目?意味があるのか、単なる製作者の趣味な
のか。まあ、どうでもいいけど。
お高い︵ボッタクリだ!︶﹁魔素除去くん﹂を農園に設置して、よ
うやくまともな野菜が作れるとうきうきだ!
明日から日記を書くのが楽しみだね!日記というより野菜の成長記
録になるかも!
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リンの日記帳︵2︶︵前書き︶
一話は短め。
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リンの日記帳︵2︶
七百三十七日目
数字がビックリなことになってるね!
早二年もたったよ。
⋮⋮前回から何で二年も間が空いてるかって?
失敗談ばっかり日記につけたって意味ないよ!美味しい野菜を作っ
たウキウキの日記を書きたかったんだよ。
オルトと蚊トンボとメルティーナを使って、お高い﹁魔素除去くん﹂
を使って、バッチリ美味しい野菜ができるはずだったのに。何でこ
うなったんだろう?
いくら野菜を作っても、魔化してしまうか、枯れてしまう。原因は
不明。
農作業が得意とか言っていたオルトにも妖精たちにもさっぱりわか
らないらしい。
さすがに私もどうにかしなければ!と数少ない知り合いを集めて作
戦会議︵?︶をしたのだ。
録でもない意見が大半を占めるなか、フェリクスから誰かに師事す
ればいいのではないかという意見が出たよ!とんだ盲点だ。そうだ
よね!この世界の農業に詳しいヒトに習えばいいんだよ。そういう
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人なら失敗する理由も分かるかも。
早速アリスが紹介状を書いてくれるというので、明日にでもいって
こよう。ちょっと進展あったから、日記もつけてみたよ!ようやく
今日は気分よく眠れそうだね!
七百三十八日目
紹介してもらったのはメイスン・フロストという女性だった。美人
でしたよ。そして変人だった。
まず、家が変。住み込みとか冗談じゃない。怪しいにもほどがある。
妖精も嫌がる家とかどうなの?
妖精といえば、メイスン・フロストの妖精へのくいつきは凄かった。
欲しいの?と聞いたら当然とうなずかれたので、蚊トンボにのし付
けてあげようとしたら、召喚適性も調教適性もないからと断られて
しまったよ。無念。
七百三十九日目
今日は濃い一日だった。書くことがいっぱいだよ!
今日は朝から農作業。迂闊な発言のせいでメイスンに捕まっていた
妖精は目の下に隈を作ってフラフラ。私は怪しさ満点の家でぐっす
り眠れるほど神経が太くはなく、ようやくうつらうつらしはじめた
時に起こされたためいらっとしていたがまあ、仕方ないよね!
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とりあえず、今日早速農園で野菜が育たない理由が判明した。さす
がプロ。
どうやら私の農園の地下に魔素溜まりというものがあり、そのせい
で野菜が育たないらしい。除去する方法もあるということで、ひと
安心していたのだが。
メイスンは昼過ぎに私を担いで村長宅へつれていった。村長のイル
ヨンさんはメイスンのお父さんらしい。美人なメイスンとは似ても
似つかない厳つい風貌でした。
ともあれ、なんと村長さんが誘ってくれて、村にいる間は村長宅へ
寝泊まり出来るようになったのだ。安眠確保!今日一番の収穫と言
えるだろう。
︻洞窟︼に連れて行きたいメイスンと、危険だから行かせたくない
村長さんの間でなぜか勃発した親子バトルのすえ、なぜか︻洞窟︼
とやらに行くことになった私。誰か私の意見も聞こうよ!
結果的に折れた村長さんの希望で、メイスンの双子の兄であり、ト
ラブル体質だが魔物を寄せ付けないザジと一緒に洞窟を目指した。
といっても村から三十分くらい歩くと着くらしい。
たかだかその三十分で早速トラブルを呼び込むザジ。看板︵?︶に
偽りなし。
なんと洞窟に向かう途中の森の中で、隣国の皇子リオールと出会っ
たのだ。護衛もつけずこんなとこをうろついている皇子。関わりた
くなかったです。
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しかもこの皇子。非常に運が悪い残念皇子だった。
精霊の呪いは受けるわ、古代精霊の欠片に気に入られるわ。いじら
れ体質だし。
まあ、色々あったけど、簡単い言うと精霊のお陰で魔素溜まりを何
とかできる目処がたったし、私の安眠確保もできた一日だったって
こと。
今日はもうお休みなさい。
七百四十日目
運悪く︵笑︶メイスン・フロストの家に泊まるハメになったリオー
ル皇子は、目の下に立派な隈を作って帰っていった。ちょっと不憫。
私はといえばみっちり農業のイロハと精霊の力の扱い方をメイスン
とオルトから叩き込まれたよ!
九百二十一日目
とうとうできた!なにがって?聞いてくださいよ!
私の畑で美味しそうなお芋がとうとう収穫出来たのだ!あまりの嬉
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しさに久し振りに日記を書いちゃった!いや、日記なんだし毎日書
けよって話だけどね?
お祝いパーティーを三日後にすることにして、パーティーの準備と
招待状の送付をすることにした。フェリクスはお祝いに美味しすぎ
る超貴重なハチミツを提供してくれたのだ!あーりーがーとー!
九百二十四日目
パーティーをした。
これ以上ないくらいの芋料理を並べまくった。ぶっちゃけ芋以外は
食べなくてもいいよね、的な?
美味しかったですよね!最高の芋だったよ。でも何よりも、フェリ
クス提供のハチミツがヒットだった。美味しすぎた。美味しすぎて
自分で作ることにした。
いやだって、中々手に入らないとか言うんだよ?超貴重なハチミツ
らしいのよ!食べたかったら作るしかないでしょう!
九百三十日目
ハチミツ作りということは、つまり養蜂と言うことだ。ナヴィア蜂
という蜂を養蜂するといいらしい。
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ナヴィア蜂養蜂のため、クリフがまた講義に来てくれました。Bラ
ンクからAランクに昇格していた彼はしかし今だルイセリゼと結婚
出来ていない。まあ、どうでもいいけど。
ナヴィア蜂はかなり危険な魔物のようだ。その蜂が蜂蜜を集めるナ
ヴィリア花もまたかなり危険な植物︵?︶らしい。実際見たらかな
りふざけたイキモノだったよ!異世界ファンタジー!
諦める気は毛頭ないけどね!
蜂と花の知識を詰め込んで、実物を見たら、次は道具の発注だ。巣
箱とか、遠心分離機とか。道具屋ではなく鍛冶屋に注文するらしい。
もう蜂じゃないんじゃ?
王都随一の腕の鍛冶屋だが、閑古鳥がないているという意味のわか
らない鍛冶屋を紹介してくれたクリフ。普通の鍛冶屋とかでよかっ
たよ?
鍛冶屋は恥ずかしがり屋のドワーフ、ヴィクター。行ったら閉店し
てました。
なんか騙されて借金の形に店のもの洗いざらい持っていかれたとか。
家賃も溜めていて、今日にも出ていかないといけないとか。ダメダ
メだ。見た目は厳ついおっさんだけど。ダメにもほどがある。
ヴィクターを騙したのは、どうやら公爵サマらしい。王位を孫に継
がせ、国の実権を握るために、魔王を復活させて操るためなんだと
か。馬鹿だろう、と言いたくなった私は悪くない。魔王なんて人間
ごときに操れるわけないし。魔王従えられるほどの実力派ならそも
そも自分の力で国の一つや二つ、軽く乗っ取れそう。。
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とにかく、魔王復活なんてされたらせっかくの農園も潰されるかも
しれない。冗談じゃない。というわけで、協力するのはやぶさかで
はないですよ!
九百三十一日目
クリフのパーティーメンバーと初顔合わせ。詳しい話をきいた。概
ねクリフから聞いていたことと大差ない。明日からは護衛対象であ
る王子と合流するようだ。王子と採取地を巡って、︻神酒︼という
ものを調合するため。魔王復活阻止も大事だけど、この神酒も重要
らしいのです。
そうそう、今日はお昼にありえないことが起こって私は涙ホロホロ
ですよ。なんと、畑のお野菜が全滅してしまったのです。原因は﹁
葉食いむし﹂という小さな魔物で、魔王復活の前兆である。一度発
生すると、その被害は凄まじく、クリフたちは慌てていたが、どう
やら私の農園内で竜と妖精が処理してくれるらしい。みんなは被害
が殆どなくて、よかったと言うけど、冗談じゃない。許すまじ公爵
!!
食べ物の恨みは怖いのだ!みーてーおーれーよ。
九百三十二日目
王子サマと初顔合わせ。
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見た目はアレだけど、優しく気品溢れている王子らしいのです。色
々ファンタジーに裏切られている気がする今日この頃。
素材採取は、ニナヴェール山にある黒雪草、ダリーズ平原に咲くグ
グリクの花。メシナ洞窟最奥にあるヘランの実。その他の素材は買
い取る算段がついているらしい。
行き帰りは、転移塔を使って時間短縮。王子っていいなあ。
迷宮都市ナセルに移動し、商人と明日落ち合ってから採取に向かう
ということで、今日は休むことに。
九百三十三日目
ダリーズ平原での素材採取はさくっとおわった。特に書くべきこと
はない。そのままニナヴェール山に向かう。あるくのかと思ったら、
パーティーの魔法使いリアーナがワープの魔法を使うらしい。あっ
という間にニナヴェール山につく。さすがにリアーナも疲れきって
いてこれ以上魔法の使用は難しかった。だが、そのかいあってまだ
日も高いうちから、二つ目の素材の採取に向かえる。
魔物避けのお高い聖水をかけ、山頂へ向かう⋮⋮前にブラックドラ
ゴンに出会った。面白いことが大好きなブラックドラゴン。名前は
メロウズ。彼の手助けのお陰で、更に楽になった採取。最後の素材
採取で思いの外手こずったが、それでも十分スピーディーだった。
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ついでに、魔王復活ももう間近とのこと。何てこったい!
さっさと素材採取して王子に調合してもらう。一日で調合まででき
るとは!
竜の力で、一瞬にして農園に帰ってきた私とその他。
留守番の竜や妖精にでむかえられたはいいが、そのままナゼかなし
崩しにメロウズとヴィクターも一緒に住むことになっていた。ナゼ
だ。
そうそう、ヴィクターは非常に腕のいいと評判の鍛冶屋だが、本当
に腕、よかったらしい。まさか魔剣まで作れるとは。その魔剣のせ
いで強い魔王が復活するらしい。何てこったい!
九百三十四日目
昨日色々段取りとか話して取り決めたのに、どういうわけか勇者が
勝手に魔王と交戦中らしい。何でだろう。どうやら妖精たちがナニ
やらやらかした気配が濃厚です。
急遽王都に駆けつけて見れば、なんと!
魔王から﹁母上﹂とかよばれてなつかれた私。いたたまれない。非
常に視線が痛い。魔王と勇者と王子を伴い、我が家に帰還。後始末
はクリフたちに押し付けた。
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話を聞くと、どうやら、私がゲーム時代に飼っていたNPCの虎の
ペットらしい。あれ、NPCじゃなかったのか⋮⋮。思わず遠い眼
になってしまった。
九百七十日目
あっという間に月日は流れた。というか片付けとか隠ぺい作業に追
われてただけ︵私以外が︶なんだけど。
色々あったが、全て丸く収まってよかったよかった⋮⋮よね!とに
かく、魔王グリースロウは我が家に住むことになった。あれ、なん
かだんだん同居人増えてきた。おかしいなあ?
王室主催の舞踏会は無事にすみ、公爵に与した連中は舞踏会の最中
に裸ん坊になるという不可解な︵笑︶アクシデントつき。スッキリ
したよ!
私はといえば、日々王都の図書館に通ってナヴィリア花の栽培方法
を研究する。と思えば、グリースロウから妖精に聞いてみればいい
というアドバイスが。その発想はなかったよ!そういえばアレ妖精
だったよねえ。
聞いたらさくっと解決。あれー?
とにもかくにも、ようやく養蜂が始められそう!わくわくするね!
23
24
リンの日記帳︵2︶︵後書き︶
ちょびっと修正。
25
リンの日記帳
︵3︶
そろそろ日数数えるのが億劫になってきた。
そもそも筆不精な私には、この書き方でも無理だった。
と言うわけで、書き方を変えてみた。⋮⋮はじめっからこうすれば
よかったよ。
でも、日記というより、覚書みたいになっちゃった。
十四歳、春
一年があっという間に過ぎて、私は十四歳になっていた。見た目は
変わらないが。
この一年で何があったかというと。
まず、養蜂に成功した。やったね!!
ヴィクターの作ってくれた巣や遠心分離機はいい仕事をしました。
本当に。
そのうえ、野菜の植え付けもばっちりだ。
だが、なぜか同居人が私の知らぬところで増えている。どういうこ
となのか。
そんな今現在の私の同居人はといえば。
蚊トンボにメル。
なぜかこの間から常時召喚状態のオルト。
先日知り合ったブラックドラゴンのメロウズ。
鍛冶師のヴィクター。
魔王のグリースロウ。
26
思い返して、私は首をかしげる。
﹁うーん、思い描いていた農園主よりなんか若干違うような﹂
ここまで人外がそろうなんて、まずめったにないことだ。でも全く
うれしくないけどね!!
とにかく、若干おかしい気がしないでもないが、よくよく考えれば、
養蜂は成功しているし、野菜も一月半後くらいにはばっちり収穫で
きるはず。そうだ、別に問題ないじゃないか。よしよし。
一人納得したところで、私はやりたかったことを思い出した。
そうそう、植物栄養剤を作ろうかと思っていたのだった。
今まで気づかなったのだが、どうやら私の畑は植物の育ちが悪いよ
うなのだ。育たないわけではないのだが、小さかったり、数が少な
かったり。
というわけで、土も植物も喜ぶ植物栄養剤を作ることにしたのだよ。
まあ、もともとゲーム時代に取得した調薬士があるから、レシピは
たくさん持ってるし、失敗するはずもない。ふはははは完璧だ!
既存レシピを自分流にアレンジしてみたら、いくつか足りない素材
があった。意外とお役立ちな蚊トンボに聞いたところ、炎系統の迷
宮で採取できるとか。
早速知り合いの冒険者に連絡をとると、アリスから話を聞いてくれ
ると返事がきた。
アリスによると、近くの迷宮都市マーヴェントが抱える迷宮﹁火炎
宮﹂に行けば私が求める素材全てがそろうんだとか。
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ラッキー、とか思ってたら迷宮ランクが高すぎてアリスたちでも護
衛依頼では迷宮通行許可が下りないんだとか。Aクラスでも許可が
下りないなんて、どんだけよ!
ただ、高位貴族か、王族からの口添えがあれば何とかなるらしいの
で、ここは数少ない伝︵もちろんストル王子︶を駆使して許可をも
ぎ取る方向で!
家に帰って手紙を書くと、蚊トンボをお使いにだしてみた。何故か
勇者フェイルクラウト同行というオマケ付きだったが、バッチリ許
可がとれた。
アリスたち﹁吹き抜ける風﹂の都合をつけてもらって私は迷宮都市
マーヴェントへと出発したのだった。
迷宮都市マーヴェントにつくと、せっかくだからと一日かけて観光。
アリスたちが案内してくれたのだが、幼女愛好者の本領発揮。ラテ
ィスにスレイ、子供服売り場に案内するのはやめろ!あと、美人女
将よりその娘ばかり見るのもやめて。
ちょっとは自重しろよ!
まあ、微妙なあれやこれやあったが、概ね何事もなく翌日を迎えた
⋮⋮のに、翌日シオンが行方不明に。なんですと?
28
迷宮都市マーヴェントには、特殊な図書館があるらしい。なんでも
吸血鬼︵真祖︶が司書をしているんだとか。冗談だよね、と思って
たら本当だった。しかもグリーの知り合いらしい。さすがは千年生
きる魔王様。知り合いの格も違うわー。どうやら魔術師にとって非
常に魅力的なその地下図書館に、シオンはいるらしい。知識の虜に
は素通りなんて考えられないようだ。いやいや、依頼を先にこなそ
うよ!
私たちは吸血鬼が守る地下図書館を通り、シオンを回収して、その
まま迷宮﹁火炎宮﹂に。
﹁火炎宮﹂では順調に進んでいたのに、何かのトラップに引っかか
ったみたいで、気付けば迷宮の中ボス炎の魔人イーフリートが眼前
に。しかもお怒りのご様子。さらにはグリーも﹁吹き抜ける風﹂も
近くにはいない。え?詰んだ?いやいや、外聞︵?︶を気にして割
りと手に入れやすいランクの装備にしてきたのは間違いだったね。
そもそも生産職で戦闘苦手だし。戦闘時はゲームの時も半分以上装
備頼みだっあからなあ。
とか呑気にかまえている場合でもなかった。めっちゃ怒ってるうえ
に攻撃されてます。ヤバイです、真剣に。
そこでようやく思い出した私は蚊トンボとメルを召喚した。だが、
考えていたよりイーフリートの力が強く、このままでは黒こげトン
ボどころか、私たちもヤバイ。
だが、私の機転︵?︶により、なんとかイーフリートのお怒りをし
ずめることに成功。さらには、頼んでもないのにラスボスのもとへ
転送してくれました。うん、頼んでないからね?
29
ラスボス﹁セイ﹂はなんと、グリーの知り合いの魔王様らしい。ど
うでもいいけど、顔広いね、グリー。
2
ともあれ、バッチリ必要な素材をもらって農園に帰還したのだった。
十四歳、春
植物栄養剤ができた。
農園が半壊した。
ははははは、意味わからん!
実は農園には鉱石種を植えていた。植物栄養剤が失敗したみたいで、
まいたら何故か爆発。農園が半壊。さらには、鉱石種にも余波がい
き、鉱石種が暴走。危うく世界崩壊の危機⋮⋮⋮ははははははは、
植物栄養剤で世界崩壊とか、なんの冗談かな。
ともあれ、暴走した鉱石種を何とかしないといけないわけで。
その場に居合わせた勇者フェイルクラウトとアリスたちのパーティ
ー﹁吹き抜ける風﹂の協力を仰ぎ、魔王に、妖精たちや竜たち同居
人にも力を貸してもらって、暴走を収めるべく旅立つことになった。
と言ってもメイスンに会いに行くだけだけどね!
30
メイスンの家では新たな出会い︵?︶があった。鉱石種研究者のメ
イスンの兄、イリア。メイスン以上に変人な、戦う学者だった。あ
と、メイスンの家が奇抜な理由は判明した。
ちなみに、メイスンにはこっぴどくしかられました。
鉱石種の暴走を抑えるには、﹁次元の回廊﹂に行く必要があるらし
く、私たちは早速乗り込んだ。ただ、次元の回廊では農業スキルが
必要らしく、マナカとシオンは入る前に離脱。うん、まあ、ヒトに
は向き不向きってあるよね。
さて、次元の回廊を造ったのはどうやら同郷の人のようだ。なんと
なく某ゲームをほうふつさせるしね!
その﹁次元の回廊﹂で、私は一人の精霊に出会った。ニナリウィア
という彼女は、失った主に似ているとの理由で、私を気に入り、付
いてくることになった。⋮⋮あれ?また、人外?おかしいな?
ま、まあそんなわけで︵どんなわけだ!︶さっくり﹁次元の回廊﹂
をクリア。バッチリ報酬までゲットして世界崩壊の危機も回避。い
い仕事したわ∼。
﹁次元の回廊﹂で手に入れた栄養豊富な素晴らしい土で、愛する野
菜たちはもりもり元気になりました。
十四歳、夏
31
今日は驚きの出来事があった。
なんと、フェリクスから相談事を受けたのだ。いやはや、誰かに相
談事をされるなんて初めての経験だよ。びっくりするわ。
そんなフェリクスの相談事というのは、彼の婚約者﹁月姫﹂に関係
することだった。⋮⋮ってか、いたのね、婚約者。
なかなかに複雑な事情の婚約者さんを、助けたい、とノロケ︵?︶
とともにうったえられる。だが、ノロケはいらないよ。
しかし、せっかく受けた相談事である。どうやら妖精の女王の助力
があればなんとかなるんじゃないかとダメもとでメルに聞いてみる
と、なんとフェリクスの欲しがっている特別な果実が手にはいると
か。フェリクス、めっちゃ輝いてたわ。
しかも、蚊トンボに奥さんと子供が二人もいることが発覚。マジで
か。
女王様の都合により、謁見は一月後。というわけで、フェリクスの
眠り姫ならぬ婚約者が目覚める前祝いに、野菜たちで天ぷらパーテ
ィを開催。
うはははははは。次元の回廊から持ち帰った土でバッチリな野菜が
できたからね!収穫祭ならぬ天ぷらパーティをしたのだよ。なかな
か好評だったよ。蜂蜜も高品質なものがたっぷりとれて大満足!
そんなわけで、私たちは一月後には、妖精の国へと旅立つことにな
ったのだった。
32
あと、なんでか家の後ろの森には、魔王様が封印されていたことが
判明。んなバカな。とりあえず、近づかんとこ。
妖精の国は、まさにお伽噺の中みたいだった。奥さんと喧嘩中だと
いう蚊トンボは逃亡中だけどね。
まあ、色々あったけど、必要なものは手に入れた。さらには、蚊ト
ンボも奥さんと仲直り。私も色々な果樹の苗を手に入れたので、果
樹園を造ろうとおもう。
そんなこんなで、終わりよければ全て良し!めでたし、めでたし。
33
34
食材ギルドと本登録
果樹園を作って数日が過ぎた。
果樹の苗木はすべて順調に根付いている。何の問題もなく。むしろ
問題がなさ過ぎてドキドキしているくらいだ。
このまま順調にいけば、二、三年したら収穫できるだろう。ただ、
果樹は虫がつきやすいため、害虫の駆除は欠かせない。実はならな
くても、樹に害虫が入り込んでしまうこともあるし。私は毎日愛情
をこめて、樹や野菜たちに話しかける。ほら、作物も毎日話しかけ
るとすくすく大きくなるって何かで読んだことがあるし。収穫期が
来たらぜひ、果物パーティーを開催しよう。楽しみだなあ。果物は
生もいいけど、煮ても焼いてもいけるし、お菓子にしてもおいしい
のだ。なかなか用途が幅広いのである。
私は害虫の駆除や草取りなど、一通りの作業を終えると、この日は
食材ギルドへと向かった。ずいぶん久しぶりである。そもそもが人
混みが苦手なので、王都といえどめったに来ないのだ。グリーは説
得の末、王都くらいなら、と家に置いてくることに成功した。たま
には一人で行くのもいいよね。
もともと、食材ギルドには継続手続きやらなんやらで年何回か顔を
出さなくてはならない決まりがあるのだが、私の場合はアリスがま
めに来てくれて、必要な各種手続きをやってくれていたので、わざ
わざ私が行く必要がなかったのだ。まめな彼女は本当にちょくちょ
く私の家に顔を出し、そのたびにルイセリゼの店の新商品だと子供
服を持ってきて、私を着せ替え人形にしていた。これさえなければ
本当にいい友人なのだが。非常に残念である。なんかいろいろと。
35
それはともかくとして、今までは仮登録だったし、それで何の問題
もなかった。だが、そろそろ先延ばしにしていた本登録を行わなく
てはならず、こればかりは本人がギルドに赴く必要があるらしい。
面倒だが仕方がない。
久しぶりに来た食材ギルドは、なんだかやたらと混雑していた。今
までも何度か来たことはあるが、ここまで人がいたことはなかった
ような?いつも閑散としているイメージだったのだが。
﹁あら、リン。久しぶりね﹂
ちょっと引いていると、アリスが声をかけてくれたので、そそくさ
とそちらに近寄る。うん、全体的に忙しそうで、職員さんたちはみ
んな殺気立っているのに、何でアリスだけ暇そう?私は助かるが。
⋮⋮助かるのであえて突っ込まないでおこう。
﹁久しぶり?﹂
三日前にも会ったような気がするが。農園で。
﹁なんでこんなに人がいるの?﹂
様々な種族が入り混じり、すごい熱気だ。どうやら、奥の素材等を
売買する店に行列ができているようだ。何か珍しいものでも仕入れ
たのだろうか?どうでもいいけど、ちょっと怖い。人が苦手な私に
とっては長居したくない空間である。
﹁ああ、あの行列?つい先日新しい迷宮が発見されたのよ。し・か・
も!見たことの無い植物が何種類か見つかったの。もともと既存の
36
迷宮でも毎年いくらかは新しい発見があるけど、今回は新しい迷宮
ということもあってみんな興味津々ね。新種の種類も多いし。私た
ち食材ギルドも迷宮ギルドからいくらか回してもらって、つい昨日
販売を始めたところなのよ。それで今研究熱心な学者や料理人が詰
めかけてるってわけ。まだ市場に出回っている量も少ないし、早い
者勝ちなところがあるから、みんな殺気立ってるのよ﹂
迷宮ギルドは登録者しか入れないから、虎視眈々と入手の機会を狙
っていた者たちが一斉に流れてきたらしく、昨日からこのありさま
だという。一日経つのに全く熱気が衰えない、と迷惑げに言うアリ
スは、なぜ暇そうなんだろう。本当に謎である。
しかし新しい迷宮とか、異世界だなあ。
﹁そんなことあるんだねえ﹂
迷宮もそうだが、一気に新種の植物や鉱物が何種類も見つかるなど、
私の常識では考えられないことだ。
﹁そうね、珍しいことではあるけれど、全くないことではないわ﹂
新しい迷宮自体、そうそう発見されることはない。だからこそ、今
回のようなことがあると、国を挙げてのお祭り騒ぎになるらしい。
﹁まあ今回は隣国だからわが国ではこの程度だけれどね。おそらく
わが国で迷宮が発見されたらこの程度じゃすまないわ﹂
新しい迷宮は、それだけで経済効果が半端ないらしい。ランクにも
よるが、冒険者、迷宮探索者は言うに及ばず、植物学者、迷宮学者、
商人に観光客、果ては犯罪者まで。様々な種族、人種がやってくる。
37
﹁へえ、そうなんだ﹂
私の気の無い返事に、アリスが意外そうに目を見張る。
﹁あまり興味なさそうね?﹂
﹁興味はあるよ?でも私は農園だけで満足だし、別に迷宮を探索し
たいわけじゃないからなあ﹂
冒険者じゃないしね!新しい植物や鉱物などの素材には興味あるし、
時にはレシピ集などの変わったアイテムも手に入ることもあるらし
いから、まあ、暇ができたら行ってみたいかなあ、程度だね!間違
っても今のわんさか人が押しかけているときに行きたいとは思えな
い。
﹁ふふ、そう。ところで今日のご用件は何かしら?﹂
なぜかご機嫌なアリスに、ギルドの本登録に来たと告げると驚かれ
た。
﹁本登録?もうそんな時期だったかしら。であったころと見た目が
ほとんど変わらないから忘れていたわ。あなたちゃんと食べている
のかしら。それで十五歳なんて、いくらなんでも小さすぎない?﹂
成長期なのにほとんど見た目が変わらないとかありえない、と言わ
れてしまったが、仕方ない。言っておくが、食べることが大好きな
私は、三食誰よりも食べている。しかもおやつまで。あと、まだ十
五歳までは半年ありますよ。それまでには多少育ちます、胸とか。
たぶん。
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だいたい、見た目があまり変わらないのは、おそらく﹁神人﹂とい
う種族の特徴だろう。確か、説明書に寿命が長く、老化が遅い種族
だったと記載されていたような記憶が。
﹁食べてるよ。それで、手続してもらえるの?﹂
﹁ええ、もちろんよ﹂
人が多いところは苦手なので、さっさと手続きをしてここから離れ
たい、というと、アリスがさっそく手続きをしてくれた。
﹁うふふ。食材ギルドを選んでくれてありがとう。歓迎するわ。そ
れでは手続きだけれど、この書類に必要事項を記入⋮⋮﹂
﹁うわっ﹂
アリスが説明しているところで、誰かに思いきりぶつかられてバラ
ンスを崩した私は、机に頭からぶつかった。痛い。
﹁うわ、ごめんよ。大丈夫か?﹂
いや、大丈夫なわけがないし。頭が痛い、とうめいていると、誰か
が手を差し伸べてくれた。
引き起こしてくれたのは、十五歳くらいの少年だ。金の髪に緑柱石
の瞳。真っ白な肌に、シミ一つ無い手⋮⋮おや、意外にごつごつし
ている。ちらと見えた腰には、少年には不似合いな大きな剣がつる
されている。
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﹁ほんと、ごめんよ。⋮⋮えっと、怒ってる、よね﹂
私の顔を見た後、驚いたように息をのみ、若干顔を赤くしながら訪
ねてくる。顔に何かついているかな?アリスは何も言ってなかった
けどなあ。
﹁いや、謝ってもらったし特に怒ってはいない﹂
本当にそこまで怒ってはいない。不可抗力ならだれでもあることだ
し、二回も謝ってくれたし、手を貸してくれたし。うん、こう考え
てみるとなかなかいいやつではないかね、少年よ。お姉さんは海の
ように広い心で許してあげよう。
私の返答に、しかし少年は困った顔をして、でも、とつぶやいてい
た。なんだか煮え切らないな。
﹁あ、大丈夫よ。彼女はもともとこういう無表情で不愛想な子なの。
本人が怒っていないというなら本当に怒っていないのでしょう﹂
アリスが安心させるように少年に微笑む。
﹁はあ、そうなんですか﹂
﹁そうよ、だから気にしなくていいわ。ということで、その手を放
しなさい﹂
アリスが問題ないと請け負うと、いまだ私の手を握っていたままだ
った少年の手を引き離す。
﹁ラグナ、リンがかわいいから気にしてるんでしょう。いつも全然
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愛想がないのはあなたの方だものね。ぶつかったからって助け起こ
すところ、初めて見たわ。でも、言っておくけどあなたにはあげな
いわよ?﹂
﹁そんなことありませんよ。誤解を招く発言はやめてください、ア
リスさん﹂
慌てて否定する少年。耳まで赤いのはアリスにからかわれたせいか。
性格はともかく一応美人の部類に入るからなあ、アリスも。これで
変態的な幼女愛好家でさえなければなあ。つい遠い目になってしま
う私を誰が責められようか。
少年は改めて私に向き直ると、お手本のようなきれいなお辞儀をし
て見せた。
﹁先ほどは失礼いたしました。僕はラグナ・ラウロと申します。よ
ろしければお名前を伺わせていただいても?﹂
﹁リン﹂
﹁リンさんですね﹂
宜しくお願いします、と言われたが、いやいや、当たり屋でもある
まいし、けがもしてないし、もう出会うことないよ、たぶん。
﹁リン、ラグナの実家のラウロ家は研究学園の創始者の家系であり、
宝石や魚介類の養殖を専門にしている海のスペシャリストよ﹂
﹁へえ、養殖﹂
いずれ庭に大きめの湖とか作って、魚や貝の類を養殖するのもいい
41
なあ。海の幸は大好物なのだ。この辺ではなかなか手に入りづらく、
元日本人、おさかな大好きな私にとってはひそかな痛手なのである。
﹁家は二人のお兄さんが継いでいて、脳き⋮三男の彼は騎士団に見
習いとして出ていたのだけれど、今年、成人を機に竜騎士団に正式
に配属になったと聞いたわ﹂
脳筋?今脳筋って言いましたか。この外見で、まじで?残念な美形
が多すぎやしないかね?
﹁⋮⋮アリスさんの情報収集力には脱帽ですよ﹂
﹁馬鹿ね、隠すつもりならもっとうまくおやりなさい。これくらい、
情報通を自任するものなら大抵知っているわ﹂
竜騎士は特殊な任務も多いため、隊員の素性は一般には伏せられて
いるらしい。ただし、ある程度の情報屋ならだれでも知っていると
のこと。⋮⋮アリスさんや、あなた情報屋じゃないよね?意外に情
報通のアリスにびっくりだよ。なに交友関係広いしなあ。変態つな
がりが多いけど。むしろ、王都の変態の多さにびっくりだ。この国、
大丈夫か。
まあ、変態は置いておくとして、私は今の今まで知らなかったのだ
が、王都には研究学園なるものが存在し、様々な研究、開発が行わ
れていたり、将来国の中枢を担う人材を育てているのだとか。ラウ
ロ家は先祖代々学園を守り、何人もの優秀な学者を輩出してきたら
しい。
﹁竜騎士団には筆記試験とかないの?﹂
42
﹁ないわねえ﹂
基本的に、騎士見習の中から、特に優秀なものが選ばれるのだとか。
他国に、国王様の護衛や、使いとして出向くこともあり、見た目も
重要らしい。ある程度の頭は必要だし、一般常識も必要ではあるが、
学力自体はそこまで重要視されないんだとか。むしろ、下手に頭が
いいと敬遠されるらしい。わかります。いざというときには下っ端
は脳筋の方が使いやす⋮⋮げほげほ。
﹁えっと、それで⋮⋮﹂
まだいたラグナがもじもじしながら何かを言いかけたが、先輩らし
き騎士に大声で怒鳴られて、しぶしぶ奥へと去っていく。未練がま
しく何度も振り返っていた。
﹁何だったんだ、いったい﹂
﹁あら、リンに一目ぼれでもしたんじゃない?﹂
あんな自分の容姿を鼻にかける奴にはあげないけどね、と笑顔での
たまうアリス。笑顔なのに怖いっす。ともあれ、これでようやく手
続きができそうだと、ほっとした私なのだった。
43
44
ルイセリゼのお店にて
登録自体は思ったよりも簡単に終わった。
書類が二枚と、あとはちょっとした説明、それに分厚い冊子を渡さ
れて終了だ。アリスに読んでおいてね、と笑顔で手渡されたそれは、
見ただけで読む気をくじくという恐ろしい代物だった。この冊子、
読まないとダメかな?なんで読む前から開くこと自体拒むような厚
さになっているんだろうか、こういう説明書って。開かなかったら
意味ないんだからもうちょっと読みたい気分にさせるような作りに
すればいいのに。漫画にしてみるとか。
だがまあ、それは大した問題じゃない。
問題なのは、いまだチラ見してくる、ラグナ少年である。非常にう
っとおしい。
﹁まだ見てるよ。いい加減にしてくれないかなあ﹂
そもそも見られることに慣れていない私は、いい加減にしてほしい、
と思ってしまう。精神的ダメージが半端ない。
﹁うーん、彼がここまで他人を気にするのは本当に珍しいわね。よ
っぽどリンのことが気に入ったんじゃないかしら﹂
あんまりうれしくない。恋愛体質であれば、美形の少年騎士に助け
起こされて、恋が芽生えた⋮⋮とかあるかもしれないが、私として
は顔はともかく、体育会系で暑苦しいのと脳筋はお断りである。
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﹁あんまりリンの好みじゃなかったようね﹂
苦笑して言うアリスは、なぜか上機嫌である。
﹁うー﹂
﹁ねえ、リン。時間があるならルイセリゼのお店でお茶でもどうか
しら﹂
いい話も仕入れておいたのよ、とウインクしてくるアリスに、私は
ほっとしながらうなずいた。こんな微妙な気分のまま農園に帰るの
も嫌だし、なんとなくささくれ立っているからちょうどいい。ルイ
セリゼのお店は、喫茶店の方はまだ行ったことがないから、一度行
ってみたいとは思っていたのだ。ハーブティーやお菓子など、いろ
いろ商品を卸しているから、気になってはいたのだけど。
﹁楽しみ﹂
ついにんまりしてしまう。
﹁リン、無駄かもしれないけど、楽しみならそれらしい顔しなさい
よ?あそこのハーブティーはリンが作っているんですってね?お菓
子も。どちらもいつもすぐに売り切れてしまうほどの人気商品だわ。
私もよく注文するのだけど、本当においしいものね﹂
褒められて、浮かれてしまう。やっぱり人間、褒められるって大事
だよね。やる気出るわー。今度ハーブの栽培しようかな。自生して
いる分だけだと、そこまで量も取れないしいつも注文絞ってもらっ
ているしね。
46
ちらちらとみてくるラグナは気にしないことにして、アリスの用意
ができるのをギルドのホールで待っていることにした。ホールには
大きな本棚があり、植物や農業に関する本がずらりと並んでいる。
私はその中でもハーブや食用の花の本を何冊か手に取った。
グラスに関する記述も少しだがある。出来れば、ハーブ園と、花畑
を一緒に作りたい。見た目綺麗だし、お菓子にしてもいいし、食用
の花は結構需要あると思うんだよねえ。何より私が食卓の彩にほし
いのだ。グラス、おいしかったしなあ。
だが本を何冊か読むうちに、眉根が寄ってしまう。どうやらハーブ
の栽培は非常に難しく、ベテラン農家さんでもなかなか育てにくい
ようだ。日本ではプランターでもお手軽に栽培できたというのに、
意外である。
裏の森にかなりの数と種類のハーブが自生しているので、まずはそ
れを加工しつつ、じっくり研究していこう。焦りは禁物だ。時間は
腐るほどあるのだから。私は自分に言い聞かせると、一人うなずく。
﹁あ、あの、何か調べもの?﹂
いつの間にか目の前に来ていたラグナ少年がまたもやまじもじしな
がら話しかけてきた。よくよく彼の背後を見れば、両手いっぱいの
荷物を抱えて支払いに四苦八苦しながらも少年を射殺しそうな目で
見ている同僚っぽいおっちゃん。うん、連れて帰って、今すぐに。
﹁花について﹂
とはいえ、黙っていても間が持たないし、少年は目の前から動きそ
うにないしで、仕方なく答えてみる。ラグナ少年は私の答えを聞い
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て、今私が開いているページをのぞき込むと少し首をかしげた。
﹁花か。グラスについて知りたいならマーヴェントの王立図書館に
行ったほうがいいんじゃないか?﹂
﹁マーヴェントの王立図書館?地下図書館じゃなくて?﹂
思わぬ言葉に顔を上げて聞き返すと、少年は丁寧に教えてくれた。
どうでもいいけど、まだ顔が赤い。熱でもあるのかな?
﹁ああ。地下図書館は危険すぎるだろう。グラスは確かマーヴェン
トの都花だったはず。だから王立図書館にはそれなりに詳しい本が
そろっていると思うよ。大規模な栽培地も近くにあるからグラスに
ついて知りたいなら一度行ってみると⋮⋮って、まってまってまっ
て﹂
﹁全くお前は!女にうつつを抜かしとる場合か。すまんな、嬢ちゃ
ん。こいつは引き取るから﹂
最後まで言い切ることなく、同僚らしきおっちゃんに引きずられて
いくラグナ少年。有益な情報をありがとう、少年よ。無事を祈る!
少年が連れ去られてすぐにアリスがやってきたので、リンは本を返
すとアリスとともにルイセリゼの店へと向かう。どうやらアリスは、
ルイセリゼに連絡を入れてくれたらしい。
﹁今、ちょうどルイセリゼも近くにいるんですって。リンにも話が
あるって言ってたから、喫茶店で落ち合うことにしたわ﹂
﹁話?﹂
48
何だろう。ルイセリゼの話は、商売のことか子供服ブランドのモデ
ルのことか、はたまた⋮⋮
﹁何かいいものを手に入れたって言っていたわ。ものすごく上機嫌
だったわよ﹂
ルイセリゼの機嫌がいいとは、本当にいい話なのだろう。彼女のい
い話にははずれがないから、楽しみだ。
食材ギルドから少し離れて、大通りを一本外れたところにその喫茶
店はあった。
外観はメルヘンチックでかわいらしく、男性が入るには勇気がいる
が、女の子は一人でも多人数でも入りやすくなっている。大通りか
ら外れているから少々隠れ家的な感じもあり、客席は常に八割から
九割埋まるくらい人気らしい。近くに王立学院や研究学園があるの
も大いに関係しているだろう。実際、お客の大半は学園の生徒たち
らしいので。
アリス達﹁吹き抜ける風﹂の憩いの場でもあるらしいが、なぜか彼
女たちが店の奥にいると、学園の子どもたちは潮が引くようにいな
くなるとか。アリスはなぜかしら、と首をかしげていたが、理由は
明白だよね!冒険者として以外にも、変な方向で名前が轟いている
ことをもっと自覚してほしいものである。そして直してくれ、幼女
愛好家どもよ。
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ともあれ、喫茶店に入ると既にルイセリゼは来ていた。あとなぜか
旦那であるクリフの姿もある。⋮⋮違和感がものすごい。メルヘン
チックな喫茶店に熊が鎮座している。周りからの視線が痛い。ビシ
ビシ突き刺さっているのにルイセリゼは平然としているところがす
ごい。ちなみに熊⋮⋮もといクリフはものすごく気まずそうだ。さ
もありなん。はっきりってこのまま回れ右して出ていきたい。が、
こっそり帰る前にルイセリゼに見つかってしまった。
﹁リン、アリス、こちらですわ。お待ちしておりましたわ﹂
手招きされてしぶしぶ近寄ると、テーブルの上に巨大なパフェが。
ルイセリゼってそんなに甘いもの好きだったっけな?と首をかしげ
るが、嫌いではないが大好物、というほどでもなかったと思う。私
が首をひねっていると、パフェにスプーンを差し込んだのは、なん
とクリフだった。意外なことにこの男、大の甘いもの好きらしい。
巨大なパフェを、私の目の前でどんどん平らげていくその様は非常
にシュールである。
﹁甘いもの好きだったんだ﹂
席には着いたもののあっけにとられている私の前で、二つ目を注文
しているクリフ。⋮⋮まだ食べるんかい!見ているだけで胸やけが
してきた。所在なげに、始終落ち着かなげにしているくせに、パフ
ェの誘惑に勝てずたびたび訪れているのだとか。どんだけ好きなん
だよ!まあ、幼女愛好家集団のように堂々と居座るよりはましか。
甘いものが好きなだけだし。うん。
﹁⋮⋮まあいいや。あえてコメントは差し控えるよ。それよりルイ
セリゼ、なんか話があるって聞いたけど﹂
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﹁ええ、そうですの。あ、お二人とも季節のケーキとお任せハーブ
ティーセットでよろしいですかしら?﹂
私とアリスがそろってうなずくと、ルイセリゼがウェイトレスに注
文してくれる。何が来るか楽しみだなあ。
﹁まずはこちらを見てくださいませ﹂
注文が終わると、おもむろに懐から一枚の紙を取り出して、テーブ
ルの上に広げた。
﹁地図?﹂
﹁あら、これってマーヴェントの市街図じゃないの﹂
﹁まあ、うふふふ。さすがアリスですわ。確かにこれはマーヴェン
トの市街図ですわ﹂
ご機嫌でにこにこ笑うルイセリゼ。その隣では早速やってきたパフ
ェを高速で消費するクリフ。え、三つめも注文?いくら何でも食べ
すぎですよ?私の方もケーキとハーブティーがやってきたので食べ
てみたが、うん、おいしい。これなら毎日通いたくなるわあ。
﹁あら、今日は木の実のタルトね。おいしいわ。ところでこの地図
がどうかしたの?﹂
﹁先日マーヴェントで新しい﹃本﹄が発掘されたのはご存じですの
?﹂
51
﹁﹃本﹄が?本当?﹂
声をひそめて確認するルイセリゼに、私はもとより、アリスも驚い
たように顔を上げた。そんな話聞いてない、とアリスがいぶかしげ
に眉を顰める。
﹁いくら秘密にしたって、私のところに噂話程度にも情報が来ない
なんてことありえないわよ?﹂
ありえないって、あなたどこの諜報員ですか、と思わず突っ込みた
くなるセリフだね!
﹁ええ、通常であればそうですわね。ですが、今回﹃本﹄が発掘さ
れたのはここですの﹂
ルイセリゼが指さした場所を、アリスが確認すると、ありえないと
一言。
﹁ここって⋮⋮今は立入禁止、というより誰も立ち入ることはでき
ない場所だわ﹂
﹁ええ、そうですわ。ミルーア伯爵邸跡地。いまだ様々なうわさが
飛び交う、あの場所ですわ﹂
﹁⋮⋮入ることもできないのに、どうやって発掘なんてできるって
いうの﹂
呻くように言うアリスに、早くも三つめのパフェを制覇してようや
く満足したらしいクリフが答えた。
52
﹁なんでも結界がなくなったらしいぜ。ある日、突然な﹂
﹁なくなった?﹂
初耳なことばかりだと嘆くアリスに、つい一週間ほど前のことだし、
そもそも特定の筋以外には秘匿されている情報だから仕方がないと
慰めるクリフ。というか、何で秘匿されている情報をルイセリゼが
知っているうえに、こんな場所で簡単に漏らしてんの?大丈夫なの
か?
﹁ふふ、特に問題はありませんわ。知られても何もできませんもの﹂
何気に黒い笑顔が素敵です、ルイセリゼ。この人には逆らわんとこ
う。
ところで、さっきから気になっていることがあるのだが。
﹁そもそも﹃本﹄を発掘とかどういうこと?﹂
年代物とか、木簡とか?というか、本って発掘するもの?
﹁﹁﹁え?﹂﹂﹂
私の疑問に、三人はそろって変な顔をしたのだった。
53
54
地下図書館の本
﹁あれ、リンは地下図書館の司書と知り合いなんだよな?﹂
なのに何で知らないんだ、とクリフに言われて私はぶんぶんと首を
振る。
﹁いやいやいや、何か誤解があるようだね﹂
はっきり言おう。あんな物騒かつ変な人外と知り合いになった覚え
はございません。私はあくまで一般人。ただの農園主。あれと知り
合いなのはグリーであって、私ではない。むしろかかわりたくない。
力説するも、なぜか生暖かい目で、わかっているよ、と微笑まれて
しまった。いや、わかってないよね?絶対何か誤解してるよね?﹁
人外と言えばとりあえずリンの知り合いだよな﹂とかいう認識やめ
てもらえます?間違いですよ。
いずれ、わかってほしいものであるが今はとりあえず、ゴスロリ吸
血鬼とは何のかかわりもないことを何とか理解してもらう。
﹁とにかく、私は一切あのゴスロリとは関係ないの。だから地下図
書館の本についても全くさっぱり知識はありません﹂
そもそも、あの地下図書館の本は、本というよりもどう見ても花で
ある。それを発掘とかなおさらに意味が分からない。私の言葉に、
クリフが説明役を買って出てくれた。
﹁そうか、すまなかったな。てっきり知っているものだとばかり思
55
っていたが。地下図書館の﹃本﹄はもとはこれくらいの小さな水晶
玉のようなものだと聞いている﹂
実物は見たことがないから定かではないが、と前置きしてクリフが
指で丸い形を作ってみせる。大きさはトマトくらいか。虹色に輝く
その玉は、どうやら魔物の種というか、卵というか。その玉に古代
人は様々な知識や力を記憶させたらしい。その玉を、地下図書館で
適正な手順で育てると、花の魔物が﹃開花﹄するのだとか。この魔
物、﹃開花﹄しなければ、吸い取った知識や力を他者が見ることは
できないらしい。そして、適正な手順で﹃開花﹄させられるのは地
下図書館司書のミスとだけなんだとか。
﹁へえ、めんどくさいんだね﹂
﹁まあな。だが、苦労に見合うだけの価値がある﹂
大変なのはゴスロリ吸血鬼だけだし。なるほど。
﹁とにかく、玉は発掘されるとすぐに地下図書館司書がどこからと
もなく現れて奪い去っていくわけだ﹂
どこから情報を得ているかはわからないが、秘匿しようにも発掘と
ほぼ同時に現れるので、秘匿のしようもないのだとか。しかし、あ
っという間に玉が奪い去られてしまうなら関係ないのでは?発掘さ
れた場所が問題なのだろうか。さっきアリスもひどく驚いていたよ
うだったし。
﹁そうね。ミルーア伯爵邸跡地、というのは非常に由々しき問題よ﹂
アリスが云うには、ミルーア伯爵というのは、迷宮都市マーヴェン
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トを代々管理していた一族らしい。だが、十年ほど前に、かの一族
は一夜にして全員が死に絶えたのだとか。
﹁一人残らず?﹂
﹁ええ。理由は分からないわ。ただ前日に地下図書館司書の彼が伯
爵邸を訪れていたという話があるの。そして伯爵家のものは、その
日屋敷にいた全員が眠るようになくなっている﹂
﹁眠るように?﹂
﹁ええ、見たものの話では外傷は全くなく、まるで屋敷中が眠りに
ついたみたいだった、ということよ。そして事件が発覚してわずか
一時間ほどたったころには屋敷全体が霧のよなものに包まれた。そ
のとき屋敷の中にいたものは全員が屋敷の外に強制転移させられて
いるわ﹂
それから十年。屋敷跡地︵と言っても屋敷は残っているが︶には、
霧に阻まれ誰一人足を踏み入れることはかなわなかった。前日の目
撃証言と、屋敷を包んでいる霧の結界とで、地下図書館司書の関与
が疑われているが、まさか問い詰めることもできず、真相は今も闇
の中、というわけだ。
私はその話を聞いて首をかしげた。妙にアリスが伯爵邸のことに詳
しい気がしたのだ。
﹁当時私は伯爵さまの養子として屋敷に住んでいたのよ。事件の一
年ほど前に事情があって引き取られたのだけど、伯爵さまも屋敷の
みんなもとってもよくしてくれたわ。ただ、ちょうどその日は王都
への用事があって護衛を一人連れて、私だけ王都の屋敷にきていた
57
の﹂
苦く笑うアリス。一人だけ助かったことで、何か思うところがある
のだろう。一流と呼ばれる冒険者に上り詰めたのも、すべては真相
を知るためなのだという。もっともいまだになぞは全く解明できて
いないのだと、少し悲しそうに笑うアリス。何度かミストにも話を
聞きにいったそうなのだが、けんもほろろの扱いだったらしい。
﹁ほんの一週間前に、突如としてその霧が晴れたらしいのですわ。
そして跡地が調査され⋮⋮﹂
﹁﹃本﹄が発掘された、というわけね﹂
アリスが知らなかったのは、はっきりしたことが分かるまでは、と
情報をギルドマスターが止めていたせいらしい。アリスの事情はギ
ルドマスターもよく知っているようだ。
﹁道理でね。それで、今私にその話をしたのは﹂
﹁迷宮の調査に一緒に行ったほうが良いのではないか、とのギルド
マスター様のご配慮ですわ。十年前の事件のことも何かわかるやも
しれませんし﹂
ルイセリゼの言葉に、アリスが納得したようにうなずいたのを確認
して、彼女は地図をたたんで懐にしまう。口でいきなりいうよりは、
地図で確認したほうがアリスも冷静に受け止められるのではないか、
と地図を広げたらしい。
﹁ようやく真相がわかるかもしれないのね﹂
58
沈んでいたアリスの顔も明るく、いつもの闊達さが少し戻ってきた
ようだ。
ところで、しんみりしているところを悪いんですがね、今、何やら
聞き捨てならないことを聞いたような?
﹁ところで迷宮って?﹂
そもそも本がさっさと回収されてしまうのなら、私はいらなくない
?地下図書館へ行けということなのかな?発掘された本の内容が問
題なんですかね。私の発言に、クリフが苦笑して教えてくれる。
﹁ああ、そうだったな。まあアリスはミルーア伯爵家の縁者だから、
ということで今回呼んだんだが、リンにはまた別の話だ。そもそも
発掘された﹃本﹄は、﹃開花﹄まで待たないと中身は分からないか
ら、今回は関係ないんだ﹂
﹁そうなのですわ。重要なのは、﹃本﹄が発掘されたその場所です
の﹂
クリフの言葉をさえぎって、にこやかにルイセリゼが告げる。
﹁﹃本﹄が発掘された跡地は、小さな迷宮になるのですわ﹂
﹁⋮⋮はあ?﹂
思わず間抜けな声が出てしまったとて、いったい誰が責められよう
か。発掘現場は迷宮になりました、とか意味分からなくないか?唖
然としてしまった私を三人は面白そうに見ていたのだった。
59
﹁はっきり言いますと、わたくしたち発掘された﹃本﹄はどうでも
いいのですわ﹂
読めませんし、ときっぱり言い切るルイセリゼ。まあ、そうだよね。
地下図書館は入るだけで命にすら危険が及ぶ場所だったし。
﹁大事なのは、本が発掘されたというその事実ですの﹂
﹁どういうこと?﹂
さっぱり理解が追い付かない。
﹁本が発掘されたところは、理由は全く持って不明だが、小さな迷
宮のようになるんだ。メイスン・フロストに言わせれば磁場がどう
とか、空間のゆがみがどうとか言っていたが﹂
理解はできなかった、と苦笑するクリフ。メイスンってああ見えて
専門外のことにも詳しいんだよなあ。あれで変人でさえなければな。
⋮⋮ちらっと横に座るアリスを見て、私は思わず考え込んでしまっ
た。なんで私の周りには何気にハイスペックな割に残念な人間しか
いないんだろう?
﹁ともあれ、迷宮ができる、という事実が大事なわけよ。で、その
迷宮、実は二か月ほどで消えて、元の何の変哲もない場所に戻るの﹂
﹁へ?﹂
そんな馬鹿な話、聞いたこともない。
60
﹁わたくしたちも、マーヴェント以外の場所ではそのような話は聞
いたことはございませんわよ?あそこは特別なんですの。そしてそ
の期間限定の迷宮では、ものすごく貴重なアイテムや素材が手に入
るそうですわ﹂
本自体、そうそう発掘されるものではないので、あくまで噂だがと
クリフがわざわざ注釈してくれる。きっと私の目がきらりと輝いた
せいだろう。いや、だってそこまで言われると期待するよね、生産
職としては。激レア素材と言われれば、どんな危険が待ち受けてい
ようとも行くしかないでしょう。うん。農園拡充のために、夢のた
めに!
﹁しかも危険は限りなくゼロに近いって話よ。魔物なんてせいぜい
スライムが一、二匹出ればいいほうですって。階層も四階層くらい
までしかないようだし﹂
﹁⋮⋮迷宮なのに?﹂
マジですか、アリスさんや。
そのため、戦争やいさかいを避けるべく、小迷宮は完全にマーヴェ
ント領主の管理下に置かれており、出現したその時から警備隊員が
街のあちこちに配備され、厳戒態勢となるらしい。街への一般の立
ち入りも制限され、この時ばかりは特別な通行証がないと入都すら
できない。
迷宮出現の報は基本的に、各国王族、ギルドマスターたち、それに
Sランク以上の各ギルド員にのみ通達され、希望者には抽選で迷宮
立入許可証が発行されるらしい。なぜ抽選かと言えば、二か月ほど
61
しかないうえに、一組ずつしか迷宮に立ち入ることができないから
だとか。いろいろなぞの多い迷宮なんだなあ。
今回はアリスのこともあり、ルイセリゼがすでに食材ギルドのギル
ドマスターから許可証を貰っているのだとか。
﹁ということは、私に声をかけてくれたのって﹂
﹁うふふふ。この許可証、一枚で六人まで入ることが可能なんです
のよ。もちろんアリスの許可が出れば、ですけれど﹂
パーティーメンバーを連れていきたいかもしれませんし、とちらり
とルイセリゼがアリスを見るが、アリスは苦笑してうなずいた。
﹁リンがいてくれれば心強いわ。それにメンバーのうち一人や二人
だけ連れていくってわけにはいかないもの。みんなにはあとで事情
を話しておくわ﹂
特にシオンにはすべてが終わってから伝えないと内緒でこっそり入
り込みかねない、と苦笑い。しかも連れて行ってもろくなことにな
らないとか。信用があるのかないのか。魔術師の探求心、恐るべし。
結局、アリスはどこで漏れるかわからないから知り合いを連れてい
くわけにはいかない、ということで今ここにいるメンバーに加え、
ルイセリゼの希望でフェリクスも連れていくことになった。
﹁あの子にはいい経験になりますわ﹂
﹁もう一人はどうする?迷宮の性質的に特に戦力にはこだわらなく
てよさそうだけど﹂
62
アリスの言葉に、全員が考え込む。アリスと同じ理由でクリフもパ
ーティーメンバーには内緒らしいし、ルイセリゼも他の知り合いで
連れていけそうな人物はいないようだ。
﹁あ、思い出した﹂
それぞれが知り合いを頭に思い浮かべて考えていると、突然、ポン
とアリスが手を打った。何かを思いついたらしい。
﹁マーヴェントに種族限定ギルドがいくつかあるのは知っているか
しら﹂
クリフとルイセリゼが、当然とばかりにうなずく。そういえば、グ
ラスの群生地で酒盛りしていたドワーフたちがそんなことを言って
いたような。何となく思い出したので、私もうなずいた。
﹁その中の一つ、種族限定ギルド︵ドワーフ︶に先日面白いものが
運び込まれたんですって。それが何かまでは分からなかったんだけ
ど、どうも生産系に関係するアイテムなんじゃないかって話よ﹂
ずいぶんとあいまいな話であるが、確かな筋からの情報だというこ
とで、アリスはそのアイテムが何なのか気になっていたらしい。
﹁私も生産系のスキルを持っているもの。かなり珍しいアイテムだ
って話だから気になるのは当然でしょ?﹂
言われて私もうなずく。確かに耳寄りな情報ではある。
﹁マーヴェントに行ったらぜひ見せてもらおうよ﹂
63
﹁それよ!﹂
﹁え﹂
私の言葉に、アリスが勢いよく顔を近づけてきた。近い、近い!
﹁つまり、種族限定ギルドっていうのはその種族しか入れないし、
秘匿されているアイテムなんかは絶対に見せて貰えないわ。たとえ
つてを駆使して紹介状を手に入れたとしても、せいぜい話を聞いて
もらうだけ。運が良ければ、武具の注文を聞いてもらえるかな、程
度よ﹂
﹁そ、そうなんだ。じゃあこれ、あってもあんまり意味ないかな﹂
酒盛りの時にもらった紹介状を取り出すと、今度はクリフが思いっ
きり身を乗り出してきた。
﹁おい、種族限定ギルド︵ドワーフ︶の紹介状なんて初めて見たぞ
!あそこは他よりも排他的でよそ者に紹介状渡すなんざ、よっぽど
じゃないとあり得ないぜ﹂
﹁リン、それは騙されたんじゃない?言っておいてなんだけど、私
もドワーフの紹介状は見たことないわ。世の中には幼女を愛でるた
めにだまして連れ去る悪いやつもいるのよ、気をつけなくちゃ﹂
﹁さすがにわたくしもございませんわ。新手の詐欺ですかしら?﹂
口々に言われてしまった。あとアリスさんや、あなたにそのセリフ
を口にする資格はありませんから。幼女愛好家一号め!まあ、実害
64
はないからいい⋮⋮のかな?
どうやって手に入れた、と聞かれたので酒盛りの時の話をすれば、
今度はなぜか納得した風ににやにや笑われてしまった。
﹁あー、ドワーフは酒と食いモンに目がないからなあ。頼み事する
ならへべれけになるまで酔いつぶせって合言葉まであるくらいだし﹂
﹁酔っ払いから巻き上げるなど、さすがですわ、リン﹂
﹁あんまり食べ過ぎるとお腹壊すわよ。⋮⋮それだけ食べているの
に何で成長しないのかしら﹂
クリフ、ルイセリゼ、感心したように観るのはやめてくれ。断じて
私が酔いつぶしたわけではない。彼らはすでに出来上がっていたの
だ。あと、アリス。成長のところで視線を胸に向けないように。い
つかは私だってメイスンのような爆乳になれるに違いない!今はま
だ夢多き十四歳なのだ!体はね!
﹁それはともかくとして、リンのところにドワーフがいたでしょう。
ほら、太っちょの﹂
無理やり話題を戻すアリス。軌道修正ご苦労様です。
﹁いるよ。最近太りすぎてドワーフというよりもはや樽だけど﹂
﹁またリバウンドしたのね⋮⋮まあいいわ。彼を連れていきましょ
うよ。この紹介状と曲がりなりにもドワーフがいればきっと限定ギ
ルドにも入れるわ。それにドワーフにとって小迷宮は宝の山だもの。
行って損はないはずよ﹂
65
﹁そう?じゃあ聞いてみようかなあ﹂
グリーがごねる様子が目に浮かぶようであるが、ここは戦力よりも
生産能力の方が重要とのことで、私たちはうなずき合う。なんとな
くマーヴェントに行くことが決定したのだが、まあいいか。農園は
オルトたちに任せよう。マーヴェントは近いし、待ち時間や迷宮攻
略、調べものをしたとしても三日もあれば帰ってこられるし。
出発は一週間後、この店の前で、ということでこの日は解散となっ
たのであった。うん、実に有意義な話し合いでありました。私はこ
の日の収穫に満足して、必要な買い物を済ませると家路を急ぐのだ
った。
66
農園の様子
花畑とハーブ園を作るべくさっそく脳内計画を練る。
作る場所は果樹園の横がいいだろう。そこそこのスペースがあるし、
虫除けの効果のあるハーブを植えておけば、果樹を狙う害虫も多少
抑えられるかもしれない。何より楽しみなのが花畑だ。この世界に
は、きれいでかつ、おいしく食べられる花が案外多いのだ。日本で
はせいぜい飾り程度だったエディブルフラワーであるが、ここでは
立派な夕食の一品になったりもする。となれば、作らねばなるまい。
ここは外せないところである。
農園に帰り着いた私は、浮かれた足取りでまずはヴィクターの部屋
へと向かう。実のところ、ヴィクターはここ一月ほど完全に引きこ
もりだ。太りすぎて動くのもおっくうだとか。このままでは本気で
まずい。原因は運動不足と食べすぎであろう。さらにここ二週間ほ
どは、夜中におやつドカ食い疑惑も持ち上がっている。何とか外に
連れ出すことだけでもしなくてはならない、とみんなで相談してい
たところに今回のマーヴェント行きだ。これは渡りに船と言えるだ
ろう。
本当は迷宮で魔物に追い掛け回されたらちょっとはやせるかな、と
か考えてもいたのだが、今度行く迷宮はスライムすら出ることはま
れだというからその計画は実行不可である。残念だ。
﹁⋮⋮というわけで、一緒にマーヴェントに行ってほしいんだけど﹂
家の中だというのに、相変わらず分厚いフード付きコートとサング
ラスが手放せない彼。しかしどちらも体のサイズに合っていない。
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特にサングラスはかろうじて顔の上に載っているありさまだ。これ
ではダメだ、頑張ってくれ、ヴィクター。いろいろと。
しかし、行きたくないとごねるかと思った彼は予想に反して勢い良
くうなずいた。
﹁いいい、行くよ。連れて行ってくれるならもちろん行くよ﹂
どうしたことか、かなり積極的である。こんなに生き生きとした雰
囲気のヴィクターは初めて見たかもしれない。
﹁ずいぶん積極的だね﹂
喜ばしいことではあるが、いったいどうしたことか。
﹁だ、だだだって、マーヴェントには種族限定ギルドがあるからね。
あそこにはちょっとその辺では手に入らないような貴重な鉱物とか
情報とか、鍛冶に関する最新技術とかが見られるんだ。機会がある
なら行かない手はないよ﹂
仕事熱心なのは彼のいいところである。
﹁ん?でもなんでヴィクターは鍛冶ギルドなの?﹂
﹁仕方ないんだ。種族限定ギルドって王都には支部がないんだよ﹂
ないんだ、王都なのに。一人で外に出ることも人と話をすることも
苦手なヴィクターは、なかなか王都から出ることもできず、鍛冶ギ
ルドに所属するしかなかったらしい。
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ともあれ、思いのほか積極的なヴィクターを連れていくことが決ま
ったので、さっそく通信用の魔法具でルイセリゼとクリフとアリス
に連絡をしておく。
﹁あ、ででも、戦闘はできないからね﹂
知っているし、端から期待はしていない。迷宮には魔物はほぼ出な
いし、迷宮自体浅いので、せいぜい半日もあれば出てこられると伝
えるとあからさまにほっとした顔になった。迷宮内には珍しい鉱物
も多いというし、専門家である彼にもぜひついてきてもらいたいの
で、まあ、ダイエットはできないが魔物が出ないこと自体は喜ばし
いといえるだろう。
﹁だから安心してよ、ね、グリー。ちなみに君は留守番だから﹂
いつの間にか足元にやってきて本来の大きさで丸くなって話を聞い
ていたグリーにさらっと告げると、彼はがばっと起き上がった。
﹁どういうわけですか﹂
にこにこ笑っているのに、目線は冷たく、部屋の温度が急激に二、
三度下がったような錯覚に陥る。
思わず後ずさった私の横で、ヴィクターはがくがくと震えていて、
今にも失神しそうである。
のっそりと立ち上がってぎろっとヴィクターをにらみつけ、失神さ
せてしまうと、ウルウルした瞳で私を見上げてきた。
﹁なぜ留守番なのです﹂
69
人の姿ならついて行ってもいいだろう、と一歩も譲らない構えであ
る。
﹁迷宮は安全なんてこと、絶対にありえませんから。母上が行かれ
るのでしたらなおさらです﹂
どういう意味だこら。
﹁失礼しました。とにかく絶対に安全なんてことはないので、私も
お連れください。何があろうとも母上を守って見せます﹂
﹁でも街に入るにも制限が⋮⋮あ、だったら召喚石を持っていくよ。
それで街に入ってから召喚するっていうのでどうかな﹂
留守番はどうあっても納得しそうにないので、折衷案を出してみた。
すると途端に彼の態度が軟化した。
﹁それならいいですが。ですが、忘れずに召喚してくださいね﹂
ものすごく疑わしそうな目でにらまれる。なんてこった、あの純粋
で私の言うことすべてを素直に信じ切っていたグリースロウがこん
なに疑わしげな眼をするなんて!一体君に何があったんだ、グリー。
﹁母上、私を召喚するといっておいて、二回も忘れていましたでし
ょう﹂
⋮⋮ああ、そんなことありましたね。若気の至りですね。
﹁わ・す・れ・な・い・でくださいね﹂
70
強調されて、うんうんとうなずく。今度忘れたら何をやらかすかわ
かったもんじゃない。世界平和のためにも私の愛する農園のために
も、ちゃんと召喚しよう、うん。
﹁今回は絶対大丈夫!﹂
﹁一応、信じておきます﹂
いまだ疑わしげな眼をしていたが、それでも何とか納得はしてくれ
たらしい。ふう、もっと人を信じる素直な心を持つんだぞ、我が息
子よ。
ところで、農園は今のところ順調である。
なぜか定期的に﹁吹き抜ける風﹂メンバーの一人であるスレイがス
トレス解消と称して一日ひたすら草取りをやり続けているが、まあ
おおむね問題はない。どうやら彼は、次元の回廊にて草取りに目覚
めてしまったようなのだ。ただひたすらに、黙々と草を取り続ける
その姿は、悟りを開いた修行僧のようである。ありがたや、ありが
たや。
マーヴェント行きが決まった翌朝、食堂を見まわしてスレイの姿が
ないことを確認すると、ほっと息を吐いた。今日は来ていないよう
である。草取りの時の彼はたいてい朝食も一緒に食べているからだ。
さすがに秘密のマーヴェント行き。スレイとは顔を合わせづらい。
71
まあ、悪いことをしているわけではないのでいいのだが。何となく
ね。
さてさて、実は今日は、恒例の農園に関する定期報告の日でござい
ます。
まずは蜂の巣担当のヴィクターから。
﹁そそそ、そうだね。大体の補修は終わっているよ。あとはマーヴ
ェントで残りのこまごました素材を手に入れたらすぐに修繕は終わ
るかな﹂
ひと月もあれば余裕で修繕は終わるから、繁殖期には間に合うだろ
う、とのこと。かなり時間がかかったが、基本的に素材集めに大半
の時間を使っていたので、修繕自体はさほど長くかかっているわけ
ではない。さすがは王都一の腕前を持つ鍛冶師である。とはいえ、
これ以上太ると、蜂の巣にヴィクターが入れなくなってしまうので、
切実に痩せてほしい。まあ、残りの素材がマーヴェント出そろうと
いうことで、ちょうどいい。これでばっちりだね、と言えば、ばっ
ちりさ、と小さく親指を立てるヴィクター。だいぶ慣れてきたなあ。
二人目はグリー。彼は蜂を担当している。
﹁蜂は今のところ、寿命を迎えたものに対して新しく生まれる蜂が
少々少なめですが、誤差の範囲内ですので、問題はないでしょう。
巣の修繕が終われば、次の繁殖期には卵も多少増えるでしょうし﹂
ちろりとヴィクターを見れば、ヴィクターは﹁ひっ﹂と情けない悲
鳴を上げて、倒れてしまった。グリーは割とヴィクターのことを気
に入っているし、理由もなく私の同居人うぃお傷つけたりしないか
72
ら、少しくらい慣れてもいいのになあ、と思う。しかしながら、ヴ
ィクターに言わせると、魔王に慣れるくらいならとっくに人見知り
だって克服している、ということらしい。そりゃそうか。
三人目は蚊トンボとメルの妖精コンビ。彼らは新しくできた果樹園
の担当である。
﹁果樹園もまあ順調やで。まだ実はならんが樹はどれも大きくなっ
て来とるからな﹂
﹁そうね、特に問題はないのだけど⋮⋮﹂
任せろや、と胸を張る蚊トンボの横で、メルが煮え切らない顔で首
をかしげている。
﹁なにかあった?﹂
﹁ううん。何かがあったわけじゃないの。ただなんだか嫌な予感が
するのよねえ﹂
ただの勘だけど、とメルは言うが、妖精の予感は無視できないもの
がある。特にこういった自然に関する予感はよく当たるのだ。とい
うわけで、報告と朝食が済み次第果樹園を見にいってみることにし
た。
しかし蚊トンボが何も感じないなんて、もしかして蚊トンボには妖
精の要素が少ないのだろうか。やっぱり蚊⋮⋮!
﹁お嬢、なんや失礼なこと考えんかったか﹂
73
﹁気のせい気のせい﹂
こういう時常に無表情の自分の顔に感謝するのだった。
最後はオルトとメロウズである。彼らの担当は当然お野菜たちだ。
﹁踏む、最近は収穫できる野菜も増えてきたぞ﹂
﹁うむ、オルトが頑張っているからな﹂
オルトの言葉に同意するメロウズはと言えば、たいてい寝ているか
本を読んでいる。なんでここにいるのかなあ。
﹁あと半月もすれば、根菜類がまとめて収穫できるだろう﹂
オルトの言葉に、私は思わずガッツポーズ。
﹁本当に?根菜と言えば、煮ものだよね!煮物パーティーしようよ
!﹂
﹁ははは、煮物パーティーか。それはいい。リンがマーヴェントか
ら帰ったらぜひ開催しようぞ﹂
何かが琴線にはまったらしく、メロウズが目に涙を浮かべて笑って
いる。その節は料理は任せろ、とまで請け負ってくれた。なんでそ
んなにノリがいいんだ、メロウズよ。
﹁にしても全体的には大した問題はなさそうだね﹂
報告を聞いてほっと一息。
74
朝食が終われば果樹園にいかなくてはだし、私はささっとオルトと
メロウズの作ったご飯を食べ終えると妖精たちと一緒に果樹園へと
向かったのであった。、
75
果樹園の異変
果樹園である。
ここは確かに果樹園のはずだ。もちろん目の前に広がるこの光景も
果樹園に間違いない。果樹園としては正しい光景と言えるだろう。
だがしかし。
﹁ここってこの間植えたばっかりだよね﹂
﹁そうやなあ﹂
﹁おかしいわねえ﹂
確認するも、蚊トンボとメルも首をひねっている。
﹁朝見たときは普通やったで﹂
﹁そうね、樹が青々と茂ってはいたけど、実はなってなかったわね
え﹂
そう、眼前にはたわわに実った果樹たち。だが、そんなことありえ
るはずはない。植えたのは一年樹。果樹は地球産と同じで、だいた
い早くても三年はしないと実はならない。三年して実はなってもそ
こまでたくさんはならない。樹自体も小さいし。それでも、私が見
知っている果樹よりもよっぽど成長は早いとは思うが。
とにかく、今ここまで青々と大きく茂り、かつたわわに実が実って
いるなど、通常はあり得ないということなのだ。異世界、というだ
76
けで片付けていい問題ではない。念のため蚊トンボとメルにも確認
したがこんな現象は初めて見た、と首を横にふられてしまったし。
﹁いくらなんでも自然の法則に反しとるわな。そもそもや、ウィー
アの実がリスリの実と同じ時期に実るなんて聞いたこともないわ。
ありえんやろ﹂
どうやら日本でいうところの、桃とリンゴが同時に冬に実るような
現象らしい。そら、ありえんよね。なんか、気持ち悪いなあ。もし
かして変な虫でも付いたのかな?一回全部切って新しく植えなおし
たほうがいいのか?
うーんと考えていると、蚊トンボが名案とばかりにぐいっと近づい
てきた。
﹁そやそや、精霊に聞いてみたらどうや。精霊はあっしらよりもは
るかにこういった現象に詳しいはずや﹂
﹁そうなの?﹂
それだったらニナリウィアを召喚してみようか。狂気が強くなった
ら、と思うとなかなか召喚する気になれないのだが、背に腹は代え
られない。また鉱石種の時のようになっても困りものだし。不安の
芽はなるべく早くに摘んでおかなくては。
﹁ニナリウィア、出てきて﹂
召喚石に呼びかけると、石の中で眠っていたニナリウィアが黒い霧
をまとって姿を現す。
77
﹁なんのごようかしら﹂
うふふ、と笑いながら聞いてくるニナは、ひどくご機嫌のようだ。
理由を聞けば、召喚されたのがうれしかったらしい。
﹁どんどん頼ってほしいわ。そこの蚊よりずっと役に立つんだから。
だから蚊は解雇して私をそばに置きましょうよ。ああ、そっちの小
さいのはいてもいいわよ。かわいらしいものは大好きだから﹂
邪気一杯の黒い笑顔でくすくすと笑う。怖い、怖いですよ、ニナさ
ん。
﹁誰が蚊や!失礼な精霊やな﹂
ニナは蚊トンボがよほど気に入らないらしく、顔を合わせるたびに
無視するか解雇、解雇、と言っている。なんでも美しいものが大好
きな精霊の感性にはどうしても蚊トンボが合わないらしい。存在そ
のものが許せないんだとか。⋮⋮わかります、その気持ち。思わず
同意したら蚊トンボににらまれてしまった。
﹁ところでニナ、この果樹園樹が異常に大きくなっているうえに、
なんでか全部の樹に実までなってるんだけど、理由がわからないか
な﹂
﹁果樹?そうねえ、これは夢かしら?﹂
﹁は?﹂
最近間抜けな声を出すことが増えてきた気がする。みんな言葉が足
りなさすぎだと思うんだよねえ。
78
﹁現実に夢を移すことができるスキル持ちがいるでしょう。確か⋮
⋮そうそう、ミストが困ったことになったと何年か前に時空塔に訪
ねてきていた気がするわ。あの時彼が守っていた人間が確か夢に関
するスキルを持っていたのではなかったかしら。珍しく親しくして
いた大切な友人たちをなくしてしまったと、あのミストが泣いてい
たから記憶に残っていたの。あの時は時空塔のみんなで、彼を慰め
てあげたのだけれど﹂
ミストと、夢、という言葉に私はミルーア伯爵家の話を思い出した。
眠るように亡くなっていた、伯爵家の人々と、前日に彼らを訪ねて
いたというミスト。なんだかミステリー。
﹁この果樹園からも夢の香りがするわ。それに、スラヴィレートの
力もわずかだけれど感じる。おそらくその人間にスラヴィレートが
力を貸しているのでしょう。それでこの規模の果樹園全体に夢を移
すことができたのね﹂
﹁あ、月姫か﹂
夢に関するレアスキル持ちで、フェリクスの婚約者。だが、今まで
こんなことはなかったし、そもそもなんでこの果樹園に彼女の夢が
影響するのだろうか。
﹁おそらく夢呼びの実のせいだと思うわ﹂
﹁夢呼びの実?﹂
﹁ヒトの間では、確かアリヴェリブと呼んでいたかしら。今ここで
加工しているでしょう。それが引き金になったのね。スラヴィレー
79
トがちょうど目覚めた時だったし、言ってみればタイミングがあっ
たのね﹂
あれか!でもなんで封印されていた魔王まで力を貸してるんだ。
﹁スラヴィが力を貸している理由までは分からないわ。きっと面白
そうだから、とかその人間が気に入ったからだとかそんなところで
しょう﹂
なんてこったい。
﹁これ、元に戻るの?﹂
﹁そうねえ。たしかドワーフ族が夢に干渉できるアイテムを持って
いたように記憶しているわ。でもその話を聞いたのって時空塔に閉
じ込められる前で、かなり昔の話なの。今でも残っているかはわか
らないわ﹂
﹁へえ﹂
最近よく絡むな、ドワーフ。あとでヴィクターに聞いてみよう。
﹁なあなあ、話しとるとこ悪いんやけどなあ。ちょっと聞きたいこ
とがあんねん﹂
待ちきれない、というふうに蚊トンボが話しかけてくる。どうやら
今まで話しかけるのを我慢していたらしい。
﹁なにかしら﹂
80
ちらっとも見ることなく答えるニナ。それでも答えているところに
彼女なりの誠意と努力を感じるよ。というか、蚊トンボ目が果物に
くぎ付けなんだけど。
﹁そんなイヤそうに答えんでもええがな﹂
﹁あら?いやなのだから仕方がないわ。何度も言うけど、私はきれ
いなものが好きなの。あなたのような蚊は妖精だなんて認めないわ。
ええ、羽虫としてなら認めてあげてもいいけれど、妖精なんてあり
えなくてよ?断じて認めないわ﹂
流れる実時のごとく、とうとうと述べるニナリウィアに、誰も口を
挟めない。メルだけは、セイルーナはこんなに格好いいのに何を言
っているのかしら、と首をかしげていたが。残念ながらメルさんや、
その謎感性は誰にも理解できないよ。妖精以外にはね。
ニナリウィアの言葉に、傷ついたわあ、と泣きまねする蚊トンボ。
まったくかわいくないなあ。メルですらあきれたような目で見てる
よ?
﹁⋮⋮失礼。ところでさっきから気になっとったんやけどな、この
実、食べれるん﹂
さっと立ち直ると、無駄に格好つけて質問する蚊トンボ。だが、せ
っかくの決め顔も、くたびれたおっさん顔にトンボ眼鏡では意味が
ない。なんだかいろいろ残念だ。
だがしかし。蚊トンボの問いはもう点だった。私は、夢なんだから
はじめから食べられないものだと決めつけていたし、そもそもこれ
を食べるとか念頭になかった。自他ともに認める食いしん坊である
81
のに、なんでだろうと考えて、すぐにわかった。匂いが全くしない
のである。ふつう、これだけ果樹が実っていたら、甘いおいしそう
な香りがするだろう。だが、それが全くない。だからか、食べる、
ということが思い浮かばなかったのだ。
ニナは蚊トンボの質問をしばし考え、うなずいた。
﹁食べられるはずよ﹂
﹁﹁え、本当に﹂﹂
思わず蚊トンボとハモってしまった。っていうかこれ、食べられる
んだ。食べられると聞いて改めてじっと見つめる。⋮⋮いや。でも
何となく食欲わかないなあ。
﹁ええ、でも⋮⋮﹂
ニナがまだ何か言おうとしていたのに、聞こうとせず果樹園に突進
する蚊トンボ。
⋮⋮⋮⋮。
しくしくしく。
数分後、泣きながら帰ってきた。
﹁どうしたの﹂
﹁味、ないやん。全然ないやん。水の方がまだ味があるとか意味わ
からんわ﹂
82
﹁最後まで聞かないからそういうことになるのよ?まったく、ずい
ぶんと食い意地の張った蚊だこと﹂
ニナの口調は辛辣だが、何も言い返せない蚊トンボは、しゅんと肩
を落としていまだにしくしく泣いている。めちゃくちゃうっとうし
い。妖精の女王と対峙していた時の輝きは見る影もなく、しおれき
っている。完全に自業自得ではあるが、なんとも哀れを誘う姿であ
る。
﹁美味しそうやったんや、美味しそうやったんや!﹂
味がせんなんて詐欺や、と今度は逆切れしている。そんなこと叫ば
れてもねえ。
﹁でもなんで味がないの?﹂
そもそも匂いが全くしない時点で想像はできたことだ。まあ、明ら
かに蚊トンボがおバカなだけですね。しかし、視覚効果はばっちり
なだけに疑問は残る。そこまでは再現しきれないのかな?夢だから?
﹁夢の主が食べたことがないからだと思うわ。たぶん、実の色や形
状は近しいものや魔王スラヴィレートの記憶から読み取って忠実に
再現したのでしょうけど、味やにおいまでは本人が体験できていな
いと再現はできないのよ﹂
そう説明してくれるニナリウィアも、夢に関するスキル持ちにはあ
まりあったことがないそうで、半分は憶測なのだとか。夢関係に詳
しい精霊に聞けばもっと詳しくわかるらしいけど、どうやらその精
霊を探すほうが大変らしい。意味ないじゃん!
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まあ、かなり夢に関するスキルは本当にレアなスキルらしいからな
あ。そもそもニナリウィアはずっと時空塔に封じ込められてたわけ
だから、その間は誰かと出会うことすらないわけで。その割には妖
精コンビよりよっぽど有益な情報を持っていたし、お役立ちだった
といえるだろう。そう伝えると、それはそれはきれいな笑顔で、美
しいお辞儀とともに満足して召喚石の中に帰っていったのだった。
84
迷宮都市マーヴェント、再訪︵前書き︶
忘れた頃に登場。
だれか覚えてる人いるかな?
85
迷宮都市マーヴェント、再訪
農園をオルトたちに託し、アリス、ルイセリゼ、クリフ、フェリク
ス、ヴィクターとともに私は再びマーヴェントを訪れた。マーヴェ
ントに旅立つ際は、ライセリュート家所有の高速馬車を使用したた
め、それこそあっという間についてしまった。まあ、普通の馬車で
も三時間程度の道ほどだからね。
ちなみにいうと、高速馬車は盗賊も危険だから狙わない。何せ目の
前に立とうものなら轢かれてしまうからね。馬車には高度な魔物除
けの結界も張ってあるし、危険は皆無と言えるだろう。
マーヴェントは、前に来た時のような雑多な感じが薄れていて、大
通りにはやたら高級感あふれる馬車とかが往来していたり、身分の
高そうな、仕立てのいい服を着ている紳士淑女の皆様が歩いていた
り、これまた最高の装備をまとった強そうな冒険者風の人が歩いて
いたりと、なかなかに壮観だ。おそらく、今、ここでしか見られな
い光景に違いない。街中には、以前はさほど見なかった警備兵や騎
士団らしき人々がそこかしこに見え隠れしている。
おそらく、れいの迷宮の為にこの街を訪れた人がほとんどだろう。
それ以外でこの街に用がある人は、よほど緊急のようでもない限り、
迷宮が消失するまで近くの村や町で待つことになっているらしいか
ら。まあ、二か月で消えてしまうわけだしね。
街に入る際は、ルイセリゼが代表で登録申請を出した。アリスの名
前にするといろいろと支障が出るらしい。基本的にはアリスも表に
出ずに、手続等のもろもろのことはルイセリゼに任せる方向で、事
前に話をしてある。
86
衛兵に勧められた、何気に高級感漂う宿屋に荷物を置くと、私たち
はさっそく街へと繰り出した。迷宮に入る順番が来たら、街に入る
ときに渡された登録カードが光って知らせてくれるようになってい
るとのことで、それまでは自由に過ごしていいらしい。せっかくマ
ーヴェントに来たのだし、まずは王立図書館によってみる。アリス
達も調べものがあるということで、みんなで移動。
以前訪れたときは地下図書館を通り抜けただけだったので、じっく
り観察する暇もなかったのだが、あらためて見ると、大きい。領主
館の三分の二ほどの大きさがある。ただの図書館なのに。
中に入ると、蔵書数もものすごい。圧巻の一言である。入り口で登
録さえ行えば、街から持ち出したりしなければ本を借りることも可
能だそうなので、私はハーブと花に関する本をいくつか借りていく
ことにした。ハーブに関する本だけでもかなりの数があり、どれを
借りるか迷う。まあ、まずは初心者用にハーブの種類や、効能がわ
かる本だね。あとは花の種類に、グラスに関する本も何冊か抜き取
る。これを宿に帰ったらガッツリ読み込むのだ。楽しみだなあ。
本を手に取って待ち合わせの場所に行くと、それぞれ何冊か手に持
っていた。もちろんここで読むこともできるのだが、私たちはこれ
からまだ街を見て回りたいし、ここで本を読んで時間をつぶすより
は、夜に宿屋でじっくり読んだほうがいいということだ。と言って
も今日はさすがに疲れているし︵主にヴィクターが。ほかのメンバ
ーはさほどでもない︶種族限定ギルドに顔を出すのは明日以降、と
いうことにして、今日はせいぜいそこらの露店を冷やかすくらいで
ある。とはいえ、すでにれいの迷宮から発見されたアイテムの一部
は出回っているようだし、ただの露店と言えど、侮れないのだ。意
外な掘り出し物が眠っている可能性は高い。
87
露店回りを始めてからのルイセリゼとフェリクス姉弟のテンション
がおかしい。
﹁なんだって、これで一万クロム?ぼったくりにもほどがあるだろ
う。せいぜい⋮⋮﹂
﹁あら、これは東方から来たという布ですわね。本当に美しい光沢
ですこと。お値段はおいくらかしら⋮⋮﹂
あちこちのぞいては、次々と値切る倒して、原価ギリギリであろう
お値段で購入していく。周辺の露店の店主たちはいつ自分も被害に
あうかとかなりびくびくしていた。彼らの勢いは、私はおろかクリ
フですら止められない。どうしよう。私たちはとにかくついていく
だけで精一杯である。露店を楽しむどころではない。恐るべし、商
売人。
いや、別に露店商をつぶしに来たわけじゃないのよ?一応二人が露
店を次々のぞいているのはアリスのためでもあるらしい。
アリスはやはり伯爵家のことが気になるようで、いつもの元気がな
い。けれど、どうせ行くのだから、と伯爵邸跡地にはまだ行ってい
ない。気になるようで時折そちらの方角をちらちら見てはいるのだ
が。図書館では﹁マーヴェントの歴史﹂﹁ミルーア伯爵家系譜﹂と
か小難しそうな分厚い本を借りていたし。今も、フェリクスたちが
露店をのぞいては騒いでいる間、時折、懐かしそうな、少し寂しそ
うな顔をしていた。どうやら、フェリクスとルイセリゼは、そんな
88
アリスを慰めようと、露店をのぞいては何か探しているようだ。
﹁それにしてもおかしいな﹂
一通り見て回ったところで、フェリクスが首をかしげる。その言葉
に、ルイセリゼも同意するようにうなずいている。二人が買った品
物はクリフが根性で抱えている。だがさしもの熊男もそろそろ限界
だと思うのよね。
﹁本当に。もう少しあるかとも思ったのですが﹂
﹁なにが﹂
私にはさっぱりだ。クリフにはある程度見当がついているようだが。
﹁小迷宮から出てきた物品だよ。基本的に迷宮で手に入れた品は自
分が必要なもの以外はうっぱらうものだしね﹂
﹁持っていても危険な品物もありますし、特に今回は身分のある方
々がお忍びで来られているのが大半ですもの。おつきの従者に鑑定
眼のあるものを入れて、必要なもの以外は間違いなく売り払ってい
るはずですわ﹂
それなのに、レアものが多く持ち帰れるという迷宮からの物品が、
少ないのだという。
﹁でも姉さん。そういう人たちは信用のある店に売りたがるんじゃ
ないのかな﹂
﹁そうですわね。特にお金に困っている方々ではございませんし。
89
そうなるとあちらの高級店が立ち並ぶ区画ですかしら﹂
二人して、今度はあちらか、と高級店が立ち並ぶ区画を眺めている
と、横手から声がかかった。
﹁お嬢様、お坊ちゃま。少々こちらにも顔を出していかれませぬか﹂
いつの間にか、宿屋の近くまで来ていた私たちは、露店より少しラ
ンクが高いお店の中から声を掛けられて立ち止まる。
﹁⋮⋮ウリマ?﹂
フェリクスが、声をかけてきた店主の顔を確認して、目を丸くして
いる。
﹁あら?ふふ、最近見ないと思ったら、このようなところにおりま
したのね﹂
声の主を確認して、ルイセリゼも苦笑していた。
声をかけてきたのは、ウリマさん。銀髪に、燕尾服を一分の隙なく
着こなしたロマンスグレーである。彼はライセリュート家の家令で
もある。非常に優秀な人物であり、何でも、どこかの高位貴族から
こっそりヘッドハンティングされたこともあるのだとか。
そんな彼がこんなところで何をしているのかと言えば、もちろんも
うけ話にさといライセリュート家であるからして、迷宮の物品を売
買するためにわざわざ二か月限定で仮店舗を作ったらしい。高級店
街に来れない人でも気軽にはいれるようにとの配慮らしい。中には
身分を知られたくない人もいるんだって。しかも迷宮産の物品だけ
90
を扱うので、売買がしやすいんだとか。わざわざこんな立派な仮店
舗まで作ってしまうなんてさすがです。
﹁お嬢様こそおさすがでございます。すでにお屋敷を出られている
にもかかわらず、わたくしがいないことに気づいておられましたか﹂
﹁当然ですわ。あなたの動向は経済に大きな効果を与えますもの。
けれど、道理で露店に物品が少ないと思いましたわ﹂
﹁商機を逃すのは一流の商人とは言えませぬゆえ。旦那様は決して
こういった商機は逃がしませぬ﹂
﹁そうですわね。お父様は⋮⋮﹂
にこやかに笑いながら会話をしているのに、付け入るスキがない。
というより怖いわ!
ともあれ、ウリマさんに言葉巧みに店内へと引き入れられた私たち
は、せっかくだから迷宮から持ち帰られたアイテムをじっくりと見
ることにした。
ちなみにウリマさんはクリフのことをあまり快くは思っていない。
それはそうだろう。大事に大事に育ててきたお嬢様を冒険者風情が
かっさらっていったのだから。それも何年も待たせた挙句である。
多少の嫌味や、冷遇はこの際仕方がないことと言えるだろう。
氷のようなウリマさんの視線にさらされて、入り口で大量の荷物を
抱えたまま固まっているクリフは放っておいて、私たちは店内へと
足を踏み入れたのだった。
91
店内は、そこまで混雑しているわけではないが、ほどほどににぎわ
っている。
﹁あ、これは万能調合素材!あ、あっちにもなんかある﹂
ついうろうろしてしまった。いや、ここ宝の山よ?お値段も目が飛
び出るくらいのものがほとんどだけど、レアアイテムに、レア素材。
幻の銘酒まである。剣や防具なんかも魔法や特性付加のものがほと
んどだし、そもそもヒヒイロカネでできた剣とか、売買価格も表記
間違いかと思うくらいお高い。これ一本で小さいお城くらいなら買
えますよ。食材も見たことの無いものもあるし、アリスも珍しい植
物や種に興味津々だ。いつもの輝きが戻ってきている。
鉱石コーナーではあのヴィクターもサングラスを取ってじっと見入
っている。一応、仕事に対する情熱はすごいんだよね。これでもう
少し痩せさえすればなあ。
ルイセリゼは、どこかのお貴族のご令嬢と腹の探り合いをしている
し、フェリクスはひたすら店内の商品をチェックしている。ここに
仮店舗作ってるって、フェリクスには内緒にされていたらしい。な
んでもウリマさん、フェリクスの驚く顔が見たかったんですと。は
ははは、愛されてるなあ。
これは迷宮に行くのが楽しみだなあ。店内を見まわしながら、次は
どこに行こうかな、と考えていると、園芸コーナーが目についた。
とはいえ、店内はさほど広くはなく、魔法アイテムコーナーのすぐ
隣に、小さな区画が確保してあるだけなのだが。
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﹁こ、これは!﹂
だが、私はここで、ずっとほしかったものを見つけてしまった。﹁
魔素除去くん﹂を作ってくれた魔道具屋に注文しようとしたら、驚
くほどの高額を伝えられて、一時断念。ここ最近ひたすらお金を貯
め続け、買おうと画策していたまさにそれ。
﹁移動式スプリンクラーだ!﹂
そう、それは夢のようなアイテム。
いや、ぶっちゃけ私の農園は魔素がたまりやすいらしく、水やりは
基本オルトか私が魔法やスキルを使って水をやっているのだが、﹁
魔素除去くん﹂が常にフル稼働。今ので実は六代目なのである。魔
道具屋には負荷をかけすぎだと再三注意されているのだ。とはいえ、
手でちまちま水やりをしていたのではやっていられない。
だがしかし!
この、移動式スプリンクラーさえあれば、魔素がたまることなく水
やりが可能なんだとか。何でも、かなり強力な魔素ろ過装置が組み
込まれていて、その装置と、水タンクの作成に高額なお金と、超が
つくくらいのレア素材が必要らしかった。水タンクは見た目こそ小
ぶりだが、亜空間特殊魔法が付加されているらしく見た目の十倍の
水をためておくことが可能らしいし。
﹁ウリマさんウリマさん﹂
さっそくウリマさんを呼んで交渉に入る。
93
﹁ふむ、こちらでございますか﹂
﹁もうちょっとまからない?﹂
﹁具体的にはおいくらぐらいのご予算ですか﹂
﹁⋮⋮こんくらい﹂
持っていた電卓︵に似た魔道具︶で数字を出すと、ウリマさんがし
ばし考える。まあ、表示されている価格の三分の二しか提示できて
ないからね。でも今はこれが精いっぱいなのです。むしろこんな高
額な買い物を私のような子供がポンとしたらびっくりするわ。
﹁そうですね。お嬢様には、かのお方の治療もお願いしております
し。その金額でお譲りいたしましょう﹂
あっさり交渉成立。マジですか。月姫、ありがとう!ウリマさん、
男前!
うははとスキップしそうな浮かれた気分である。
﹁お嬢様。嬉しいなら、そういったお顔をなさっては﹂
うるさいですよ、ウリマさん。これで精いっぱい喜びを表している
のです。自分的には満面の笑顔なの。
とりあえず、念願のスプリンクラーはライセリュート商会が責任を
もってわが家へと宅配してくれるらしい。送料無料で。何から何ま
でありがとう。
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浮かれ切った気分で他にも何か掘り出し物はないかなあ、と振り返
ったときに、見てしまった。
まさかの再会。
こういう時は、いや、こういうときでなくても会いたくない人物ナ
ンバーワン。彼に出会うなんて、もう嫌な予感しかしない。浮かれ
た気分は一瞬にして霧散してしまった。こうなったからには向こう
に見つかる前に店を出るに限る。いやいや、そもそも向こうが私を
覚えているとは限らないよね!でもこっそり、慎重に後ずさろう。
うんうん。⋮⋮あ。
目が合った。
﹁ん?お前⋮⋮ちょうどいいところで会ったな﹂
ちょいちょいと満面の笑みで手招きされる。
それは、メイスンや座時と一緒に精霊の洞窟に行き、ばっちりお目
当ての古代精霊の欠片と契約したにもかかわらず、私たちの間で不
運皇子とあだ名された人物、ロウス皇国の第九皇子、リオールであ
った。
95
96
皇子との再会
﹁久しいな。リン、だったか﹂
確認するように名前を呼ばれて、逃げられないことを悟った。私は
仕方なくリオールに近づいてぺこりと小さくお辞儀をしてみた。皇
子は、この四年で大きく、たくましくなっていた。年齢は私と二歳
ほどしか違わないはずだが、もう青年と言って差し支えないだろう。
であったころの美少年は、青年になってますます魅力的な美形にな
った。正統派美男というやつだね。顔良し、頭良し、剣術も出来て
強力な精霊の加護もある。もちろん結婚の申し込みは引きも切らな
い。ちっ、爆発するがいい、モテ男め!
ちなみに彼は国民の間では古代精霊の欠片と契約できたことで絶大
な人気があるらしく、弟に皇位継承では一歩リード、といったとこ
ろのようだ。巷では幸運の皇子と呼ばれているらしい。だが、私に
言わせれば、残念皇子だ。不運の塊みたいな皇子なのである。
おかしいな?なぜ私の周りにはまともな美形がいないんだろう⋮⋮
悲しくなるから考えるのはやめておこう。
そんな幸運どころか私の認識では不運を運んできそうな不吉な予感
しかしないリオール皇子は、ほんのちょっと一緒にいただけの一般
市民な私のことをよく覚えていたものである。もちろん私が覚えて
いたのは、今回のようにもしうっかり出会ったときは逃げるためで
ある。こういう手合いは、ぶっちゃけ出会ったら何かしらのフラグ
がたつ。というわけで逃亡するのが上策であると私は信じている。
あっさり失敗したが。
97
だいたい一国の皇子様が、おつきの騎士三人と学者風の従者二人の
六人だけでなんでこんなところに⋮⋮あ、迷宮に来たのか。まあ、
よく考えたら、前に出会ったときは一人きりだったのだから、これ
で問題はないのか⋮⋮?うーむ、皇族ってよくわからない。
﹁にしてもよく覚えていたね﹂
私と違って、たくさんの人と会うくせに。むしろ忘れていてほしか
ったよ。
﹁そりゃあ、お前みたいなやつには初めて会ったしな。表情が全く
動かないとか、人形もびっくりだぞ?後、皇子たる僕をあそこまで
ないがしろにするやつもな﹂
別にないがしろにしたつもりはないのだが。興味なかっただけで。
あ、あと面倒そうだったから関わりたくなかっただけで。それでも
ちゃんと話を聞いて、できる限り手助けしたのだから、むしろほめ
てほしいくらいである。ということで、帰っていいですか。
﹁ちょうどよかった、折り入って頼みたいことがあるのだ。ついて
きてくれ﹂
﹁いや﹂
﹁⋮⋮﹂
間髪入れぬ私の返答に、笑顔のまま固まるリオール。
﹁断る﹂
98
もう一度、はっきりと言ってみた。
﹁おい、話くらい聞け﹂
﹁ないない。話聞いたら終わりな気がするからね。それじゃ﹂
さらば、と手を挙げて、そそくさと離れようとしたが、おつきの騎
士がいつの間にか背後に回って退路を断っていた。む、できる。だ
がこちらも譲れないのだ。だって、話を聞いたら最後だよ。なし崩
しに厄介ごとに巻き込まれるに違いない。そんなのお断りだ。断固
拒否である。トラブルは華麗に回避して、私は愛する農園に帰らね
ばならんのだ。購入したばかりの愛機、移動式スプリンクラーも帰
ったらさっそく使ってみなくちゃね!花畑もハーブ園も作りたいし、
そのための勉強もしないといけない。不運皇子にかまっている暇は
ありません。
どうやって逃げようかと思っていると、騒ぎを聞きつけたらしいル
イセリゼたちがやってきた。
﹁まあ、リオール皇子様ではございませんの。お久しぶりですわね。
わたくし、ライセリュート家の長女ルイセリゼでございます。覚え
ておいでですかしら?﹂
にこやかにあいさつしたルイセリゼを見た皇子は、さあっと真っ青
になった。
﹁なななな、なんでここにきさ⋮⋮いや、貴女が﹂
リオールの態度が挙動不審になっている。驚いてクリフとフェリク
スを見やると、二人とも同情に満ちたまなざしでリオールを見てい
99
る。ものすごくかわいそうなものを見るような目だ。しかも視線を
そらした!⋮⋮何があったんだろう。
﹁くっ、この悪魔め。まさかこんなところで会うなんて﹂
ごくごく小さな声だったが、私の耳にははっきりと聞こえてしまっ
た。本当に何があったんだろう。いつの間にか隣にきていたアリス
と顔を見合わせて、首をかしげる。だがまあ、世の中知らないほう
がいいこともままあるよな。この時、アリスと私の心は一つになっ
た。ここはスルーするに限る。
ちらりと見えたルイセリゼのいつものにこやかな笑顔が何気に黒く
見えるのはもちろん気のせいだよね!ヴィクター、こんなところで
失神しないように!
リオールはじりじりと後ずさり、おつきの騎士と何やらごにょごに
ょ話をしていたかと思うと、私の手に一枚の紙片を無理やり握らせ
て、﹁待ってるからあとで顔出せよー﹂と叫んで風のように去って
いった。紙片には宿の名前と部屋番号が書かれている。え、いやだ
よ?この紙捨ててもいいかな?思わず真剣に考え込んでしまったの
だった。
﹁ふふふ、楽しみですわね﹂
夕方になって、お目当てのものも見つかったご機嫌のルイセリゼは
私を引きずってリオールの待つ宿へと向かっていた。ルイセリゼと
フェリクスがアリスのためにさがしていたのは﹁思い出の小箱﹂と
100
いうアイテムらしい。かつて、今回のように発掘あとの迷宮から出
土したことがあるという珍しいアイテムで、建物の記憶を見せてく
れるらしい。つまり、このアイテムを伯爵邸跡地で使うと、今なお
残る伯爵邸の記憶を見ることができるのだ。かつてそこに住んでい
た人々の営みを。もしかしたら、十年前のその日にあったかもしれ
ない出来事を。今は警備が厳しく、遠目にしか見ることのできない
伯爵邸にも、順番が来たら立ち入ることができる。小箱を受け取っ
て説明を聞いた時のアリスの笑顔は、それはそれは素敵でした。
ともあれ、今日はもう遅いし、迷宮への立入の順番は来ないだろう
ということで、それぞれ部屋へ引き取ったのだが、ルイセリゼはリ
オール皇子のことが気になっていたらしい。フェリクスに言わせれ
ば、ルイセリゼは皇子のことをことのほか気に入っていて、よく父
親についてロウス皇国のお城に行った時には、リオール皇子で遊ん
でいたのだとか。⋮⋮と、じゃなくて、で?昼間の光景が脳裏をよ
ぎる。うん、たぶん言い間違いじゃないな。
誰もが行きたくない、と同行を拒否してきたので、私とルイセリゼ
だけが向かっているわけだが、はっきり言って私だって行きたくは
ない。だが、断ると知らないうちに呪いでもかけられそうだ。ルイ
セリゼは笑顔の裏でさりげなく人を呪いそうで怖いよな。大体いつ
も花のように笑っているくせに実は腹黒疑惑が浮上してる⋮⋮嘘で
す、何も考えていません、ごめんなさい。
パチッと目が合って、思わず心の中で謝ってしまう。何なのかな。
目力があるってことか。目が合うと逆らえない気分になるのよねえ。
﹁ところでずいぶん楽しそうだけど﹂
﹁あら、だってリオール皇子はとてもかわいらしい方ですもの。昔
101
からあの方はからかいがいが⋮⋮ではなくて遊びがいが⋮⋮失礼、
一緒にいるととても面白いお方なのですわ。少しお話をするだけで
も良い気分転換とストレス発散になりますわ﹂
話をするだけで?!というかやっぱりからかって遊んでたのか、何
気に鬼畜だな、ルイセリゼ。
﹁そうかなあ。でも話とか絶対にろくでもないことだと思うよ。厄
介ごとに違いないね﹂
だから行きたくないんだよ、ともう一度アピールしてみるが、華麗
にスルーされた。
﹁大丈夫ですわ。きっといい商売に繋がりますわ。それに厄介ごと
も面倒事もクリフとリンとリオール皇子が解決してくださいますで
しょう。いざとなればフェリクスもおりますし﹂
あれはたいして役には立ちませんが、いないよりはましですわ、と
笑顔で言い切るルイセリゼ。怖いわ!なんでクリフはルイセリゼと
結婚したんだろう、と思わず考え込まずにはいられない私なのだっ
た。
102
皇子の頼み事
﹁なぜその悪魔が一緒なんだ﹂
部屋に入るなり、苦虫を百匹くらいかみつぶしたようなものすごい
形相で隅っこまで移動し、ありえないだろう、と喚く皇子。いや、
むしろリオールの反応こそありえないだろう。そうはいっても君は
一国の皇子だよ?対するルイセリゼは豪商とは言えど、一介の商人
の娘。なんでそこまでおびえるかな。
あとで聞いたところによると、幼少時のトラウマらしいから、もは
や何も言うまい。あるよね、そういうこと。
﹁まあ、ひどいことをおっしゃいますのね、皇子様。わたくし貴方
様にお会いするのをとても楽しみにしておりましたのに﹂
くすん、泣きまねをするルイセリゼ。美女がすると様になるな。蚊
トンボとはえらい違いである。
﹁でもよろしいですわ﹂
一転して花のような笑顔を作るルイセリゼ。
﹁わたくしと貴方様の仲ですもの。多少の暴言など気にしませんわ﹂
ルイセリゼの言葉にぎょっとして皇子を見る騎士や従者たち。そん
な周りの反応に慌ててリオールが首を振る。なぜちらちらと私を見
てくるんだ?若干顔が赤いけど、熱でもあるんだろうか。
103
﹁そんな誤解を招く言い方をするな!くそ、結婚したと聞いたがお
前を嫁にするとかどんな猛者だ?勇者か、魔王か!?﹂
何気にひどい言い草である。だがリオールは真剣だ。
﹁まあ、失礼なことをおっしゃいますのね、皇子様。そういうあな
た様の初恋は⋮⋮﹂
なぜかルイセリゼまでちらっと私を見てくすくす笑いながらリオー
ルの過去の話を暴露しようとしている。やめてあげなよ、ルイセリ
ゼ。
﹁うわ、やめろ!あれは人生最大の汚点だ、黒歴史だ﹂
必死で止めに入るリオール。いや、むしろその言葉のほうが気にな
るよ。そこまで言われる初恋って何なのさ。
しかし、騎士も従者も自分たちの主であり、次期皇帝になるかもし
れない皇子をいいように扱われているというのに、誰一人ルイセリ
ゼを止めようとも咎めようともしない。それどころか、彼らの顔色
も悪い。いやいや、何があったか知らないが、それでいいのか?ダ
メだろう。もっとましな従者連れてきなよ、リオール。つい同情に
満ちたまなざしを送ってしまった私なのだった。
なんとも突っ込みどころ満載ではあるが、もちろん私は余計な口は
はさまい。どころか、今のうちに一人こっそり逃げ出せないかなあ、
と心ひそかに思っている。機会があれば、即逃げ出せるように椅子
にだって座っていないのだよ。フハハハハハ。まあ、無理そうだけ
どね。ルイセリゼ一人置いていくのも悪いしね。リオールに。
104
﹁もう、どうでもいいけど早く本題に入ってくれないかなあ。せっ
かく図書館で本だって借りたのに、読む時間がなくなっちゃう﹂
ものすごく楽しみにしていたのに。
そういうと、リオールもこの不毛な掛け合いに気づいてはっとした
顔になると、今一度、椅子を進めてきた。どうしよう。座ると逃げ
られないよね?でもまあ、話を振ったのは私なんだし、いい加減腹
をくくるしかないだろう、というのもわかっている。リオールとこ
こで出会ったことがすでに私にとっての不運なのだと、諦めるほか
ないだろう。
﹁で、なに﹂
もう、態度とかどうでもいいよね。リオールもまったく気にしてな
いし。
﹁まあ、大したことではない⋮⋮と思うんだがな。精霊によるとお
まえに頼るのが一番いいらしいからな。本当は国内のごたごたをす
べて片付けてから改めて⋮⋮まあいい﹂
何やらぶつくさ言っていたが、私とルイセリゼが改めて座り、リオ
ールに向き合うと、リオールの従者の一人が恭しく、正方形の小さ
な木箱を持ってきた。
もう一人の従者さんは、美味しそうな温かいお茶とお菓子を出して
くれる。ってウマ!これウマ!お菓子のあまりのおいしさに感動し
ていたら、リオールにぎろりと睨まれた。大丈夫、食べながらでも
きちんと聞いてるよ。本当よ?
105
﹁頼み事自体はそんなに難しくないんだ。ただの鑑定と⋮⋮あとは
お前らは迷宮にはまだ行っていないな?﹂
﹁まだだね。今日ついたばかりだしね﹂
﹁今日、か。なら入るのは明日あたりだな。ちょうどいい、まず一
つ目の頼み事はこの手紙だ﹂
そう言って、懐から一枚の封筒を取り出す。中には紙が一枚入って
いるようだ。
﹁手紙⋮⋮﹂
﹁ああ。中身は見るなよ﹂
﹁誰かに届けてほしいとか?﹂
それくらいなら従者にやらせればよいのでは、と思ったが違うらし
い。
﹁いや、これは持っていてくれるだけでいい﹂
﹁へえ﹂
持っているだけで中身も見れない手紙にいったい何の意味があると
いうのか。
﹁俺も詳しくは知らないんだがな。古代精霊の欠片が、この手紙を
お前が迷宮に行くときに待たせてほしいというんでな﹂
106
﹁えー﹂
なんだそれは。明らかに厄介ごとだろう。なんだか面倒なことにな
りそうだと思たので、リオールには一応断って、手紙を鑑定してみ
る。
種類:普通の手紙
リオールから預かった、桜色の封筒と便せん。付加魔力:特になし
鑑定しても特別問題はなさそうである。持っていく意味がさっぱり
分からない。
﹁まあいいや。特に変な魔法もかかっていなさそうだし、持ってい
るだけでいいんでしょ?﹂
﹁そうらしい。頼む﹂
﹁これくらいなら別にいいけど﹂
﹁で、もう一つの頼み事なのだが﹂
手紙を受け取って懐にしまうと、横で静かに聞いていたルイセリゼ
の目がきらりと光った気がしたが、気のせいだろうか?しかし皇子
ももう一つ頼みごとがあるとか、少しは遠慮というものを知らんの
か。
﹁話を聞いてくれたら土産にこの菓子をたくさん持たせるぞ﹂
﹁聞くだけなら﹂
107
さっと居住まいを正して話を聞く態勢に入る。いや、本当においし
いのよ、このお菓子。
﹁こちらもそこまで難しくはない。頼みたいのはこの箱の中身の鑑
定なんだ﹂
﹁鑑定?それくらいそこらの高級店に行けば大概してくれるでしょ﹂
大きな店はたいてい優秀な鑑定人を置いている。昼間に顔を出した
のライセリュート商会だって仮店舗ではあるが、迷宮の物品を扱う
からと、かなり優秀な鑑定人を四人も置いていたし。大体、曲がり
なりにもリオールは皇子なわけだから、優秀なお抱えの鑑定人くら
いいないのだろうか。わざわざ、専門でもないリンに頼る意味が分
からないのだが。
﹁一般の鑑定人にはさじを投げられた﹂
﹁なに、それ﹂
聞けば、迷宮都市マーヴェントはその性質上、鑑定屋、というもの
がいくつか存在するらしい。その名の通り、鑑定を専門に行う店で、
迷宮で謎のアイテムを拾ったり、パーティー内に鑑定眼を持つ者が
いない場合に活用されているのだとか。下級鑑定スキルなら持って
いるものもそこそこいるが、上級鑑定となるとなかなかいないので
それなりに繁盛しているらしい。
﹁どの店も断られたうえに、王宮付きの鑑定人にも断られた﹂
﹁ええ?﹂
108
﹁まあ、それはよほどですのね﹂
王宮付きと言えば、かなり優秀なはずだ。それがさじを投げるとか、
聞いたこともない。
﹁俺付きの鑑定士に無理やり頼み込んで鑑定させたら、鑑定能力が
失われた﹂
さて、帰ろうかな。
さっと席を立ちあがると、同じくらい素早く立ち上がったリオール
に素早く服の裾をつかまれた。
﹁いやいやいや、聞いたこともないわ、鑑定して鑑定スキル失うと
か。何それ、怖い﹂
冗談ではない。私はまだ命は惜しい。育てたスキルももちろん惜し
い。
﹁いや、精霊が言うにはリンなら対処法を知っているのではないか
と。頼む、もうお前しか頼るやつがいないんだ﹂
頼まれても嫌なものは嫌なのだが、仕方がない。
いやいや椅子に座りなおすと、お茶とお菓子が追加で出てきた。⋮
⋮これでダマされたりはしないんだからね!
﹁とりあえず話だけは聞いておくけど、鑑定能力を失った人はどう
なったの﹂
109
﹁能力が戻る兆しはない。とはいえ、まだ三日目だから今後のこと
は分からないがな﹂
リオールはちょうど三日前に迷宮にはいたらしい。聞いていた通り
そこまで危険はなく、四階層でグリーンスライムが一匹出てきた以
外は魔物にも会わず、通路に罠もなかったとか。そこはまさにパラ
ダイス。アイテムに素材に珍しい武具にと魔物を気にせず拾い放題
だったという。く、うらやましい。早く行きたい。
その拾い放題のアイテムは、大半がリオールには必要ないものだっ
たので、売ってお金に換えるか武具は呪いがかかってないことを確
認してから、おつきの騎士たちに装備させたのだが、その中で、こ
の箱の中に入っている宝玉の実が、鑑定も出来ず、なんなのかも分
からなかったのだという。
ただ、アイテムの詳細がわからなくても買い取ってくれる店はある
し、ライセリュート商会もその一つだ。リオールは当然必要ないし、
呪いでもあったら嫌だからとさっさと売り払った。
問題はその後に起こった。
売り払ったはずの宝玉が、リオールが宿屋のこの部屋に帰ってきた
ら机の上に箱ごとあったのだ。
何の間違いかと、もう一度ライセリュート商会に赴き、向こうが収
めたことを確認して、帰ってきたら、また同じ場所に箱があった。
ライセリュート商会の方でもさすがに困惑して、お金は返さなくて
いいので、小箱は買い取れない、と断ってきたらしい。
困ったリオールは、とりあえず、道端に捨ててみた。部屋に帰った
110
らやっぱり同じ場所に小箱があった。中身と箱を別々に捨てても、
やっぱり同じように帰ってくる。さらに、手元に置いておくと、ど
うやら周囲の人間の体調を崩すらしい。というよりは、本来リオー
ルに降りかかるはずの禍が、古代精霊の加護により捻じ曲げられて
周囲にいっているようなのだ。おつきの人、何たる不運。ドンマイ
!だがしかし、これは完全に。
﹁ホラーか!﹂
苦手な部類の話になってきた。何を隠そう、私はホラーは苦手なの
だ。いや、普通に怖くない?幽霊とか。というか明らかに呪いのア
イテムだよね、それ。もう、おとなしく呪われていたらいいんじゃ
ないかな、不運皇子。人を巻き込まないでほしいよ、切実に。
叫ぶ私を無視して、リオールが小箱を開く。
﹁中身は少しきれいなだけの宝玉なのだが﹂
ちらりと中をのぞくと、確かに虹色に輝く宝玉である。大きさはり
んごくらい。少しばかり黒い靄が周りを取り巻いているが、あれが
呪いの正体なのだろうか?でもなんだか引っかかる。
宝玉、呪い、スキルロスト⋮⋮
しばし考えて、思い出した。
﹁ああ、呪いシリーズ﹂
﹁はあ?﹂
111
﹁リンはこのアイテムが何なのかご存知ですの?﹂
リオールとルイセリゼが、突然叫んでポンと手を打った私を不思議
そうに見ている。いやあ、わかってすっきりした。そうそう、これ
呪いシリーズだよね。確か宝玉はこんなだったよ。いやあ、ホラー
じゃなくてほっとしたよ。と安心している私を不審そうに見つめる
四つの瞳。すいません、説明します。
まあ、簡単にいうと、これはゲームでのイベントアイテムに酷似し
ているのだ。
イベントは、人数制限のある者、多人数でないと参加できないもの、
ソロでも参加可能なものといくつか種類があったのだが、定期的に
様々なイベントが開催されていた。イベントが楽しみでこのゲーム
をプレイしていた人も多いと思う。オンラインゲームの楽しみ方の
一つだよね。
そういう私はもちろんソロあんどボッチであったので、あまりイベ
ントには参加した記憶がないのだが、一つだけ、頑張って参加した
イベントがある。
それが﹁世界を救うためのアイテムを手に入れろ!﹂というイベン
トで、通称呪いシリーズイベント。全部で五回開催され、優勝者に
は副賞として剣、弓、魔法書、宝玉、盾のどれか一つが渡された。
つまり、五回優勝すればシリーズすべてをコンプできるわけだ。こ
のイベントで手に入る武具は、その後に開催予定だったギルドイベ
ント﹁最強の魔王を倒して世界を救え﹂で魔王を倒すのに有効な武
器であり、かつそれを使用したことによってギルドポイントが通常
の二倍貰える、という宣伝告知があったため、呪いシリーズのイベ
ントはギルド単位での参加が多かった。ただ、このイベントはソロ
112
でも参加が可能だったため、私も三回目と四回目に参加したのであ
る。理由としては優勝すれば、三回目は魔法書、四回目は宝玉が手
に入ったからである。
魔法書には様々な調薬のレシピや錬金術のレシピが載っており、さ
らに毎日ひとつ、ランダムで素材系アイテムが手に入るのだ。神話
級の激レアなアイテムが手に入ることもあれば、石ころのようなく
ずアイテムが手に入ることもある。もちろんくずアイテムの方が多
かったのだが、それでも持っているだけで何もしなくてもアイテム
が手に入るし、待っていればいずれ神話級のアイテムだってもらえ
るかもしれないのだ。そりゃあ生産職としては見逃せない美味しい
アイテムですな。
宝玉は、魔力をアップしたり、魔法の威力を二段階引き上げたりと、
こちらも魅力的ではあるが、何よりも魅力だったのは畑に埋めると、
土が豊穣になり、農園で育てている作物が二倍とれるうえ、味の評
価も格段に良くなる、という夢のような代物なのだ。
ほしくなってきたでしょう?私もこの情報を聞いた時、真っ先に飛
びついたものだ。もっとも個人のちからでは限界があり、結局優勝
は軒並み大手ギルドがかっさらっていくという分かり切った結果に
なってしまったものだが。
﹁というわけで、これは呪いのアイテムなんだ﹂
﹁いや、何がどういうわけかさっぱりわからんのだが、呪いのアイ
テムだってことは分かってる﹂
あれ、そうだっけ?
113
問題は、この呪いシリーズ、呪いを解くための手順がややこしいと
いうところにある。手順を間違えて呪いのアイテムが暴発してしま
うと、所持金全額ロスト、装備している武具をどれか一つロスト、
所持しているアイテムを、レアリティの高いものから順に三つロス
ト、もしくはセットしているスキルを一つロスト。もっともスキル
ロストはかなり当たる確率は低い。当たったやつは間違いなく不運
と呼ばれてしまう。
さすがにスキルロストはやりすぎだと、鍛えに鍛えた剣技のスキル
を失ってしまったプレイヤーから猛抗議を受け、運営側も、今度の
アップデートでいくらか補てんするようなことを言っていた。
鑑定人がスキルロストをしたのは、よほどの不運か、それとも現実
だからか。まあ、呪いシリーズではないという線もまだのこってい
るが。ともあれ、調べてみる価値はある。本当に呪いシリーズであ
れば、優勝の副賞としてもらえる宝玉と同等の能力があるのならば、
この宝玉、ほしい。
是非、うちの畑に埋めたい。
﹁私が知っているアイテムに似ている。でも確証はないんだよねえ。
まあ、今回は引き受けるからさ、首尾よくこの宝玉の呪いが解けた
らちょうだい、これ﹂
﹁あ、ああ。それは構わないが﹂
よっし、交渉成立!
いまだ戸惑っているリオールのことは放っておいて、私はためつす
がめつ宝玉を眺めるのだった。
114
115
呪いシリーズ
私は椅子に座りなおして、じっと宝玉を見る。
見れば見るほど、イベントアイテムに似ている。
イベントの詳細としては、襲い来るユニークモンスターを倒しつつ
フィールド各所に隠された五つの宝物である剣、弓、宝玉、魔法書、
盾を見つけ出し、かけられていた呪いを解くという単純なもので、
倒したモンスターや、呪いを解く時間、解呪の失敗などがポイント
に反映され、最終的に総合ポイントが多かったものが優勝、という
感じだった。個人参加より、パーティーやギルドでの参加が有利な
のはもちろん、広いフィールドを協力して探索できるからである。
あと、ユニークモンスターがめちゃめちゃ強かったのだ。ちなみに、
イベント中に手に入れた五つの宝物は、イベント終了と同時に消失
した。残念です。優勝者がめちゃめちゃうらやましかったよ!大手
ギルドのギルマスだったけどね!
ともあれ、その時の優勝賞品の詳細は、ネットの公式サイトで飽き
るほど見たからよく知っている。
一、所有権がついている。つまり、プレイヤーを襲って強奪しても
使うことはできないし、一定時間で登録してある所有者の元に戻っ
てしまうのだ。どうやらギルド内共有システムなるものもあったら
しいのだが。ちなみに所有権は所有者が譲渡したくても不可能だっ
たらしい。ある意味一種の呪いだね!
二、配布されたアイテムは呪いがかかったままだった。なんでも、
次のギルドイベントの時に有利になりすぎないように運営が配慮し
116
た結果だという話だった。運営が思ったより、一つのギルドにアイ
テムを占有されて調整をかけたという噂もあったが。ともあれ、配
布されたときは呪いがかかったままで、呪いを解呪しなくては使え
ないどころか、所有者の魔力を常時吸い取っていく仕様だったらし
い。呪いの解きかたは、五つそれぞれで違っていたという話だが、
さすがにそこまでは知らない。が、イベントの時とは手順が違って
いたようだ。さらに下手に鑑定しようものならペナルティを食らう
という鬼仕様だったらしい。その時スキルロストしたトッププレイ
ヤーが、運営にクレームをつけてスキルロストはさすがにない、と
次回アップデート時に調整されるという話だったようだ。
三、能力はそこまで高くない。まあ、私にとっては宝玉などは夢の
ようなアイテムではあったのだが、剣や弓、盾などはせいぜい上級
に差し掛かったプレイヤーの装備程度の強さしかもっていなかった
ようだ。あくまでもギルドイベントに関連したアイテム、という扱
いだった感じである。ただそれぞれに、二つだけユニークな能力が
ついていたという噂だが、そこは非公開だったため、所有者のみに
しかわからない。
とまあ、私が知っているのはこんな感じだ。問題は、これが本当に
呪いシリーズであるのか、ということと、そうであるならば解呪の
方法である。
今のリオールの話だと、所有権はついている。おそらく譲渡も売買
も不可であろう。さらに呪いもある。鑑定不可に加え詳細は不明な
がら、確実に体調に影響を及ぼす呪いも。しかも下手なことをすれ
ば確実にペナルティを食らう。今わかっているのはスキルロストの
みだが、ほかにも何種類かあるかもしれないし、もしかしたら命に
危険があるペナルティもあるかもしれないのだ。ここは慎重のうえ
にも慎重に事を進めなくては。
117
私は、ゲームのことは伏せて、アイテムの詳細を言える範囲でリオ
ールに告げる。
﹁そんなアイテムがあるなんてな。⋮⋮というかお前、詳しいなあ﹂
﹁そうですわね。わたくしも初めて知りましたわ。ああでも、リン
は異国の生まれですものね。そういったアイテムの話も異国ではあ
ったのかもしれませんわね﹂
子どもに語り継がれる童話や、時には神話、演劇など、国によって
その内容は様々だ。だから私が知っているアイテムの話もこの国で
は知られていなくても、ほかの国ではメジャーなのかもしれない、
とルイセリゼは一人納得していた。それを聞いたリオールも納得顔
だ。
﹁ああ、確かにそういうこともあるな﹂
なんか勝手に納得されたので、ラッキーと流しておくことにした。
これ以上突っ込まれると困るしね!
とにかく、この宝玉はほしいのは間違いないが、まずは宝玉を鑑定
以外の方法で詳しく調べる必要があるだろう。今すぐにどうこうで
きる話ではない。というか、本当に面倒事ばっかり持ってくるな、
この皇子は。でも面倒事だけじゃないところが悩みの種だ。
﹁大丈夫ですわ、リン﹂
﹁ん?﹂
118
ルイセリゼが、面倒だなあ、という私のつぶやきを耳にしたようで、
にっこりと女神のように慈愛に満ちたほほえみを浮かべる。
﹁面倒事はリオール様とリンで解決してくださいませ。わたくしは
その後に美味しいところをいただきますわ﹂
鬼か!せめて心の中で思うだけにしようよ。はっきりばっちり笑顔
で言うことじゃないよ、ルイセリゼ!リオールとおつきの人たちも
ドン引きしているよ。
しかし、迷宮に入れるなんてそれだけで運がいいと聞いていたのに、
そこでこんな呪いのアイテム拾ってくるなんて、精霊の時と同じだ
なあ。幸運なのか不運なのか、悩みどころだ。まあでも、やっぱり
不運かな。どこまで不運なのかをちょっと研究してみたいかも?⋮
⋮リオール、冗談だし心の中でちらっと考えただけだからそんな変
な顔しないでほしいな。別に本当に解剖しようとか思ってないよ?
断っておくけど、私はマッドサイエンティストではないからね!だ
からルイセリゼの同類を見るような目はやめて!一緒にしないでく
ださい。
まあ、それは置いておくとして。
﹁さすがにおつきの人、かわいそうだよね﹂
いくらなんでも皇子のそばにいるだけで体調を崩すとか、かわいそ
うすぎるだろう。とはいえ、職務上離れるわけにもいくまい。何気
に周りの人が青ざめて見えるのは、別にルイセリゼのせいばかりで
もなかったのね。
仕方がないので、ちょうど持っていたお守り︵呪いの軽減、状態異
119
常回復小、体力回復効果つき︶を人数分渡しておいた。
﹁こんな高価なものいいのか?﹂
リオールにまゆをひそめられたが、黙ってうなずいておく。これく
らいなら錬金術のスキルと裁縫スキルを使って五分で一つ作成可能
なうえ、素材もそこらにあるものでできる。最近忘れがちだけど、
私チートなのよ。が、もちろんそれは言わないでおく。
﹁いいよ、貸しにしとく﹂
もしかしたらリオールの権力が必要になるときも来るかもしれない
からね。恩は売れるときに高く売っておくものなのだ。
﹁そうか、すまないな﹂
本当にすまなさそうに言われて、ちょびっとだけ目が泳いでしまっ
た私なのだった。
リオールの話は聞いたし、今はこれ以上出来ることはなさそうなの
で、私とルイセリゼはお土産のお菓子を貰って宿へと帰った。
ルイセリゼと別れて部屋へ落ち着くと、思い出した。
﹁⋮⋮グリー、忘れてた﹂
マーヴェントについたらすぐに召喚する約束だったのに、しっかり
120
忘れていた。このままではマズイ。
﹁グリー、出てきて﹂
慌てて召喚する。
﹁母上、ずいぶんと﹂
﹁グリー、大変だよ!﹂
グリーの言葉をみなまで聞かず、私は大きな声で言う。
﹁母上?﹂
あせったような私の声に、グリーは眉をひそめてこちらをうかがっ
ていた。
﹁呪いのアイテムがあったんだ。かなりやばそうな呪いだった﹂
﹁呪い!?﹂
なぜそんなものが、とグリーも真剣な表情になる。よし、召喚を忘
れていたことはリオールのおかげで突っ込まれなくて済みそうだ。
ゲームと違って、現実では呪いのアイテムは保持している、もしく
は対処を間違えると命の危険にさらされるものがほとんどのため、
呪いのアイテム、というだけで慎重にならざるを得ないのだ。リオ
ールも軽く話しているように見えたが、かなり事態は深刻だったの
だろうと知っている。でなければ、いくら精霊の進言があったとて、
四年も前にちらっと会っただけの私のような小娘に話を持ってくる
はずもない。たぶん、この三日ですでにいろいろと試して、藁にも
121
縋る思いだったのだろう。
私はグリーに詳しくアイテムのことを話した。決して、グリーの怒
りの矛先をリオールの話にすり替えようとしたわけではないよ。う
ん。
ともあれ、私の話を聞いて考え込むグリー。
﹁話を聞く限り、確かにそうとう危険なアイテムですね。仕方があ
りません、しばらくおそばを離れることをお許しください﹂
苦汁をにじませた顔で、そういってくるグリーは、何か当てがある
ようだ。別にそばを離れるのは何の問題もないけどね。そもそも全
く危険のない迷宮らしいからね。
もちろん、そんなことは言わずに真剣な顔で私はうなずいて見せる。
こういう時はあんまり動かない表情筋がいい仕事をしてくれる。
﹁それでは私は地下図書館へ行ってまいりますので﹂
﹁地下図書館?﹂
﹁ええ、ミストが何かを知っている可能性は高いですから﹂
たとえミストが知らなくても、あそこの本は彼が全部把握している
から、関連した本があればすぐに見つけてくれる、というグリー。
え、まじで。それって司書の彼と話さえできればわざわざ危険を冒
してまで中に入らなくてもいいということ?聞けば、当然とばかり
にうなずかれた。
122
﹁それが司書の仕事ですから﹂
いや、まあ普通はそうですね。司書さんに聞いたらどこにどんな本
があるか教えてくれて、場合によっては持ってきてくれるよね。だ
が、あのゴスロリ吸血鬼に果たして誰がその役割を期待しただろう
か。誰もしてはいまい。そもそも彼自身人と話すの嫌がってたしな
あ。
﹁ミストの性格的に、人は無理ですが、われらならこの方法で調べ
ものの時間は大幅に短縮可能ですよ、母上。とはいえ、そもそも調
べものをすること自体が稀ではありますが﹂
やっぱりか。そりゃそうだよね。
﹁でもあの図書館の本がどこに何があるとか知ってるなんてすごい
ねえ﹂
おそらく知識も相当豊富なのだろうというと、グリーがうなずく。
﹁彼はああ見えても、二千年を生きる吸血鬼ですからね。知識を吸
収することにも貪欲ですし。基本的には関わりたくない人物ではあ
りますが、こういう時は便利には違いありません﹂
﹁まあそうだねえ。じゃあ、その辺は任せるよ、グリー⋮⋮あもう
一つあった﹂
ふと思い出して、私はグリーに頼んでみることにした。
﹁あのねえ、ミルーアっていう伯爵家のことなんだけど﹂
123
ミルーア伯爵家と、目撃談、そしてアリスとのかかわり、そこで今
回本が発掘されたことを伝え、何か聞き出せたら聞き出しておいて
ほしいと告げると、グリーは誇らしげにうなずいた。
﹁母上にここまで頼っていただけるなど⋮⋮もちろんです。私にす
べてお任せください﹂
妙にやる気満々になったグリーに私は頼むね、と彼の手を握りしめ、
瞳を見つめていったのだった。
﹁母上もどうかお気を付けて。危険があればすぐに召喚なさってく
ださい﹂
そう言いおいて、意気揚々と地下図書館へ夜空をかけていくグリー。
いや、もう日はとっくにとっぷり暮れてるよ。こんな夜中に出かけ
なくても明日で大丈夫よ?もう少しモフモフ堪能したかったなあ、
とつい、さっきまで触っていた毛皮の感触を思い出して肩を落とし
てしまう。
﹁いつまでもがっくりしてても仕方ないか。モフモフは恋しいけど、
明日の準備をしなくちゃね﹂
リオールの話では、かなりよさそうな鉱脈もたくさんありそうだっ
たので、私はレシピを引っ張り出すと、スキルでひたすら特製つる
はしを作成しまくる。
﹁レア鉱石∼、レアアイテム∼、次は斧∼﹂
つるはしができると、斧にスコップなどとにかく採取道具をこれで
もかと作る。時間も忘れて作り続ける。
124
﹁これでウハウハだあ﹂
リオールは迷宮に関してはなかなか詳しく、いい情報もくれたのだ。
権力もあるし、財力もある。何気に今回の依頼料だと提示された金
額に私は目をむいたね。まあ、そうはいっても関わりたいかと言わ
れれば、関わりたくはないですがね。彼の不運さ加減は、様々な恩
恵を凌駕するほどだと私は思っているからね。
こうして、私のマーヴェント一日目の夜は更けていったのだった。
125
迷宮
翌朝。
徹夜明けのハイテンションで宿屋一階の食堂へとおりていくと、す
でにみんな集まっていた。リオールとの話はあらかたルイセリゼか
ら聞いたらしく、なんとも微妙な顔をしていたが。私が、一通りの
調査はグリーに頼んであるというと、あからさまにほっとした顔に
なった。まあ、呪いのアイテムなんて関わりたくないからね。何が
あるかわかったもんじゃないし。
﹁あら、呼び出しがかかりましたわ﹂
ちょうど、朝食後のコーヒーを飲んでいるところで、ルイセリゼが
懐に持っていたカードが淡く輝く。どうやら迷宮への立ち入りの順
番がきたらしい。まさにこのためにわざわざマーヴェントまで来た
わけで。私たちは一人を除いて、うきうきと浮かれた気分で迷宮へ
と向かったのだった。
﹁アリス、大丈夫﹂
﹁ええ、ありがとう、リン。でも過去に決着がつけられそうでよか
ったわ﹂
何もわからないまま月日だけが過ぎるよりもずっといい、と小さく
笑うアリス。その瞳は今度こそ真相にたどり着くのだという決意に
満ちていた。
126
伯爵邸は、全くと言っていいほど変わっていない、とアリスが言う。
もともとここがマーヴェントの領主館であったが、伯爵家の謎の死
と、霧の結界のせいで立ち入りも取り壊しも出来なくなってからは、
領主館はもっと南の方に移されたらしい。
ただ、こうして霧が晴れた後を見ると、特に壁が崩れているような
ところもなく、今にも門から家人が出てきてもおかしくないほどに、
しっかりとした建物。近くの窓にかかっているカーテンですら、色
褪せてはいないように見える。
迷宮の入り口があるのは、伯爵邸の庭だという。かつてはそこに様
々な花が植わり、伯爵夫人が丹精していた美しい庭だったのだと懐
かしそうにアリスは教えてくれたが、今は草一つ生えていない見事
な更地であった。
そう、屋敷自体は特別風化している風はないし、今すぐにでも住め
そうな具合だが、伯爵邸の周りには、植物という植物が一つもない。
理由は分からないが、おそらく伯爵一家が亡くなったのと、周辺を
覆っていたという霧の結界と何かかかわりがあるのだろう。
﹁行きましょう﹂
決然とした瞳、前を見据え、案内係につて迷宮へとたどり着く。
﹁迷宮からお出になったら、少しお時間を取ってありますので、屋
敷を見ていってください﹂
案内してくれた兵士が、にこりともせずにアリスに耳打ちする。
127
﹁いいの?﹂
﹁現ご領主さまの指示ですので﹂
﹁⋮⋮ありがとう﹂
現領主のフィローメル伯爵は、ミルーア伯爵の幼馴染で、親友だっ
たという。それもあり、アリスには特別に様々な便宜を図るよう指
示しているらしい。
私たちはアリスに良かったね、と声をかけると、迷宮へと足を踏み
入れたのだった。
迷宮は、庭にある地下への階段が入り口だった。
階段を下りたすぐの場所は、小さな部屋になっていて、中央にまた
階段が一つあるだけ。一応周辺をくまなく調べてみたが、罠もなけ
れば、敵も出ない。アイテムもない。部屋がほんのりと明るいのは、
土壁に生えているヒカリゴケのおかげだろう。ぶっちゃけ、ここに
はヒカリゴケと階段しかなかったです。
意気揚々とやってきたのに、出ばなをくじかれた感があるが、まあ
仕方がない。きっとこの階段の先にはお宝が!
歩くだけでお宝ザクザク、アイテムザクザク、魔物はゼロ。夢いっ
ぱいにやってきた迷宮で、どうしてこうなった。
128
﹁いや、おかしいよね?おかしいでしょ?﹂
話違うくない、と私が言えば、クリフも眼前の敵から目をそらすこ
となくうなずく。
﹁まったくだ。どうなっているんだ﹂
さすがは一流冒険者だけあって、敵を視認するや否や、あっという
間に前に躍り出て私たちを背にかばう。たとえどんな強敵であろう
とも、勝てないと分かっている相手であっても、戦えない守るべき
仲間がいる限り、彼は背を向けて逃げたりはしないのだろう。さす
がである。
﹁僕たちリオール皇子の不運貰っちゃったかなあ﹂
ふ、不吉なことを言わないでおくれ、フェリクス。一応剣は構えて
いるが、すでに敵に威圧されてかなりへっぴろごしだ。これでは攻
撃は当たるまい。だが、樽型ドワーフよりはましである。ヴィクタ
ーはフェリクスの横であわ吹いてもう失神しているし。早すぎ!敵
を見た瞬間気を失うとか、どうなの?クリフとはいかないまでも、
何とか気力を振り絞って立っているフェリクスを見習おうよ。位置
的に危険だと思っても重たくて運べないし。今日ばかりはこの脂肪
の塊に殺意を覚えたね!
アリスもクリフの横で武器を構えて油断なくあたりにも気を向けて
いる。こちらもさすがに一流と称される冒険者である。眼前の敵だ
けでなく、この状況できちんと周囲にも目を配れるなど、並ではな
い。
129
﹁あれは通常単独で出てくるって話だけど、ほかの魔物が出てきた
らもうどうにもならないわね﹂
﹁そもそもここにあれほどの魔物が出ること自体がおかしな話です
ものね。何があってもおかしくありませんわ﹂
さすがのルイセリゼも少し青ざめた顔で今にも倒れそうである。そ
れでも、震えながらでも意識を保って立っているだけ、ヴィクター
よりましだろう。頑張れ、ヴィクター!
そんな私たちの目の前には、巨大な魔物。かなりの敵意を向けてき
ていることから、明らかに敵である。演出であるとか、案内人であ
るとかいう可能性は皆無だ。友好的には程遠い。
サイクロプスとも、一つ目の巨人とも言われるその魔物は、かつて、
ゲーム時代は上級プレイヤーになりたての頃に出会うボスクラスの
魔物であり、たいていのプレイヤーが一度や二度は敗北し、死に戻
りをしているに違いない。かく言う私も、三回死んで、四回目はが
っつり装備を鍛え上げ、アイテムをこれでもかとばかりに消費しま
くってようやく倒した覚えがある。基本的に、ソロで挑むような敵
ではないのだ。もちろん、今の私たちでは逆立ちしても倒すことの
できない強敵であった。
いや、訂正しよう。
私なら何とかなる。装備を整えれば。チート万歳。しかしそれは最
終手段である。その前に、グリーを召喚するとかオルトを召喚する
とかいくらでも手はある。ぶっちゃけ、生産職︵そう、あくまで私
は生産職なのだ︶の私があえて戦う必要性はない。
130
というわけで、ためらうことなくグリーを召喚。ここでためらって
死人が出たら目も当てられない。ゲームとは違い、死んだら生き返
ることはできないのだから。
﹁グリースロウ、出てきて﹂
﹁お呼びですか、母上﹂
﹁⋮⋮おや?﹂
てっきり地下図書館でミストと話していて忙しいかと思ったのだが。
もちろんグリーが出てこれない場合に備えて、オルトの召喚石もば
っちり準備済みだ。しかし予想に反して、あっさりグリーが姿を現
したので、つい首をかしげてしまったのだ。
﹁どうなさいました﹂
﹁ああうん、てっきり地下図書館でミストと仲良くお話してるかと﹂
﹁誤解を招く言い方はやめてください。もちろん話の途中ではあり
ましたが、母上からのお呼びがあったので。こちらの方が重要に決
まっております﹂
母上に何かあったら悔やんでも悔やみきれません、と断言する彼は、
どうやら話をぶった切ってこちらに来てくれた模様。愛が重いわ∼
とつい遠い目になってしまった私を、グリーがきたことで余裕がで
き仲間たちが生ぬるい目で見ている。
﹁って呑気に話してる場合じゃないんだよ﹂
131
サイクロプスを何とかしないと、と言って肝心の敵を見ると、なぜ
かおびえたように後ずさっていた。
﹁ん?﹂
一瞬私がおびえられたのかと思ったがさすがにそんなはずはない。
﹁仮にも魔王ですから﹂
私がいる場で、あんな雑魚に主導権を渡しはしません、という彼は、
いつの間にかこの空間を自分の支配下に置いていた。この空間で彼
に逆らえるのは、彼が許したものか、実力で彼を凌駕できるものだ
けだ。まさにグリーが言ったとおり、サイクロプス程度の雑魚では
到底支配者たるグリーには逆らうことすらできない。恐怖に染まっ
た瞳でグリーを凝視しているサイクロプスをあっさりと倒すグリー。
最近こちらも忘れがちであるが、さすがは最強の一角を担う魔王で
ある。その強さたるや半端ない。思わず称賛を贈ると、どや顔で見
返されました。
﹁なんか、おかしくない?﹂
思ってたのと違う。というより聞いていた話と全然違う。
﹁母上、あのような魔物まで出るのに安全とか⋮⋮﹂
﹁いやいや、あんなのでる時点でおかしいから。ここで出てくるの
ってせいぜいスライムが一、二匹って話しだったよ﹂
132
﹁そうですわ。おかしいですわ﹂
サイクロプスが出てくるなんて話は一回たりとも聞いていない、と
今日の為にほうぼうから情報を集めていたらしいルイセリゼとアリ
スが顔を見合わせる。それでも帰ろう、とヴィクター以外が言い出
さないのは、グリーが来たせいだろう。最強の一角を担う魔王たる
彼がいれば、よほどのことがない限り、危険はないといえるからだ。
ちなみにヴィクターは、目が覚めたら開口一番に帰ろうと主張して
いた。
﹁かかか、帰ろうよ。命あっての物種だよ。あんなの次でてきたら
今度は死んでしまうよ﹂
珍しいアイテムより、レア鉱石より命が大事、という彼のもっとも
な意見は、しかしルイセリゼの一言であえなく却下された。
﹁あら、グリーがおりますでしょ﹂
何の問題もありませんわね、と輝くような笑顔で言うルイセリゼに、
口を閉じてしまうヴィクター。そのグリーからして怖くてたまらな
いのだとは言い出せないらしい。
それでも私たちは周囲を警戒しながら、ゆっくりと先へ進んでいく。
迷宮は通路も部屋もすべて土壁であり、ヒカリゴケの明るさで十分
よく見えるため、明かりをともす必要がない。本来のままの姿のグ
リーでも悠々と通れる広さの通路を、グリーを先頭にクリフ、フェ
リクス、ルイセリゼ、私、ヴィクター、そして最後尾をアリスが警
133
戒しながら行く。通路にも、話で聞いたとおり、鉱石やアイテムが
ゴロゴロ落ちている。もちろん、見逃す手はない。警戒はグリーと
アリスに任せて、私たちは落ちているものを拾いながら進むのだっ
た。
﹁な、なにも出てこないよね?﹂
びくびくしているヴィクターはさすがにアイテム採取にも身が入ら
ないようであるが。そんなに警戒してて疲れないかなあ。
﹁どうかな。さっきも言ったけどここちょっと変だよね﹂
﹁ああ、俺もここに来る前知り合いにある程度聞いてきたが、サイ
クロプスが出るなんて話はなかったな﹂
クリフが言えば、フェリクスもうなずく。
﹁うん、僕もそう聞いた。サイクロプスどころか、魔物にスラで会
わないパーティーがほとんどだって﹂
﹁ええ、わたくしの集めた情報でもそうでしたわ。ですから身分の
ある方々にもかかわらず、パーティーには護衛よりも鑑定や採取能
力の高いものを供に連れてくる方がほとんだとか﹂
﹁ええええ、それって運が悪いってこと?﹂
ヴィクターが情けない顔で、そりゃないよ、というとアリスが首を
かしげる。
﹁⋮⋮運の問題かしら?﹂
134
首をかしげるアリスに、なおさら顔を青ざめさせるヴィクター。ほ
かにどんな理由があるのかと、おそらく脳内を最悪の予想が次々に
浮かんでいるのだろう。
﹁そうだね、私も私たちがどうこうってわけじゃないと思うな﹂
あることを思い出した私は、懐からごそごそとそれを取り出す。ル
イセリゼもはっとした顔になった。
﹁リオールから持っていってほしいって手紙、預かったんだけど。
一通りの確認はして大丈夫だと思ったから持ってきたけど。でもや
っぱりこれが問題だと思うんだよねえ﹂
﹁﹁﹁そんなアヤシイもの持ってくんな︵こないでよ︶!﹂﹂﹂
クリフ、フェリクス、ヴィクター、アリスの声が見事にハモった。
どうやらそれぞれ不運皇子には思うところがあるらしい。
勢いに押されて思わずすみませんと謝ってしまった私なのだった。
135
お宝発見
リオール皇子の手紙は不幸の手紙かい!
思わず突っ込んだら、全員にもれなくうなずかれた。つい皇子に同
情しかけたが、よくよく考えてみれば、うん、反論できないところ
が微妙。
皇子には中身は見るなと言われていたが、多数決︵反対はゼロだっ
た︶により、中を開けてみることにした。
﹁何が書いてあるのかしら?﹂
好奇心に目を輝かせたアリスと、なんだか含みのある笑顔のルイセ
リゼがのぞき込んでくる。男性陣は苦笑して成り行きを見守ってい
た。グリーはあんまり内容には興味なさそうで、どちらかと言えば
封筒の方を気にしている。
﹁うーん。たいしたことは書かれてないなあ。挨拶と、あ、ロウス
皇国に遊びに・・・・って、ええ!?﹂
﹁﹁﹁どうした︵の︶!﹂﹂﹂
私の叫び声に、皆が一斉に戦闘態勢に入るが、それどころではない。
﹁ロウス皇国って、特産品がお米って書いてあるよ!お米を使った
料理が多数あるからぜひ食べに来てくださいって!﹂
衝撃の事実。てっきり東方の国にしかないものだと思っていたのに。
136
﹁なんだ、そんなことかあ﹂
フェリクスが気が抜けたように言うと、みんなもほっと息をついて、
人騒がせな、というが、元日本人たる私には非常に大事なことなの
だ。だってお米だよ?ソウルフードと言って過言ではないよ?お米
にカレーに各種つくだ煮、明太子にお漬物、梅干し。食べたい!
やっぱりお米だよ。今はフェリクスの好意でライセリュート商会に
輸入されるお米をちょっぴり融通してもらっているが、ダメなんだ。
お米を買う貴族は少ないし、そもそも年一回しか輸入船が行き来し
ないうえに、かなりお高いのだ。そう、ぶっちゃけお米は高級品な
のである。うちは人数も多いし、あんまりたくさんは無理なのだ。
だが、そんなので納得いくかあ!好きな時に好きなだけ食べられな
いと。
というようなことを力説したら、呆れた目で見られてしまった。ヴ
ィクターだけはなぜか目を輝かせていたが。あんたは痩せろ、節制
しろ!
﹁そういえば、ロウス皇国は最近メーティル地方で新しい物産の開
発に力を入れてるって話だな﹂
﹁ええ、わたくしも聞きましたわ。ただ情報規制が敷かれておりま
すし、まだ輸出するまでには至っていないようですが﹂
﹁新しい物産?﹂
フェリクスとルイセリゼでもその実態はつかめていないようだ。と
いうか、情報規制敷いてるのに、こんな手紙に書いてポンと渡して
137
いいのか、リオールよ。
﹁何でも、異国からやってきたものが、変わったものを次々と開発
しているんだとか。先ほどのコメもそうだが、ほかには確か⋮⋮温
泉とか、オンセンタマゴとか、ヌカヅケとかカレーとかあとは調味
料も開発してるって話だよ。ショウユとかミソとか聞いたような。
ただ、コメはまだ栽培がそこまでうまくいってないって話だったけ
どな。やっぱりもともと東方の植物だし、風土が合わないんじゃな
いかな﹂
フェリクスも一度行ってみようと思って情報を集めていたらしい。
ただ、今ロウス皇国は王位継承の件で少しごたごたしているため、
時機を見ていたのだとか。
﹁あの国はあんまりそういったことでごたごたが起きることってな
いんだけどね。どうも変な女が出てきたせいでリオール皇子が弟君
と衝突しているらしいよ﹂
﹁変な女?﹂
﹁わたくしもそのうわさは聞いておりますわ。ゲームがどうとか言
って弟君をたぶらかしている男爵家の女性がいるようですわね﹂
愚かなことですわ、と嘆かわしそうにルイセリゼが言う。
﹁ですが、わたくしもメーティル地方のことは気になっておりまし
たの。異国の方はイタチョーというお名前らしいですわ。皇子から
のご招待であれば、行ってみるのもよいかもしれませんわね﹂
﹁マジで!?﹂
138
というか、イタチョーって名前じゃないよね、絶対。それはそこは
かとなく同郷の匂いがしますな!間違いなくお仲間だろう、その異
国から来た人というのは。しかしリオール、今ごたごたしてたのか。
なのになんで呑気にこんなところに来てるんだろう。
﹁まあ、今すぐににどうとかって話じゃないしな。国にいるよりも
こっちの方が安全なんだろう﹂
クリフが肩をすくめて苦笑している。それはそれでどうなのか。ど
うやらリオールには迷宮以外にもマーヴェントへ来た目的があるよ
うだ。しかし、そんなことは私にとってはどうでもいいことである。
せいぜい陰からがんばれーと応援してあげることにしよう。問題は、
だ。
﹁そのメーティル地方って遠いの?﹂
﹁この国からだとちょっと距離があるかな。でもあそこには転移門
があるからね。許可さえ取れれば移動時間なんてないようなものさ﹂
基本的に国をまたぐ転移門は、両国の王族の許可が得られなければ
使用することは不可能らしい。ということは、ストル王子とリオー
ル双方の許可が取れればいけるということだろうか。念願の日本料
理が目の前に!これは帰ったらぜひ検討してみなくてはなりません
な。
って、だいぶ話がそれました。
話を戻すとして、問題の手紙であるが、挨拶とメーティル地方への
招待のこと以外は取り立てて書いていない。鑑定しても特に怪しい
139
ところはない。なんでリオールはわざわざこの手紙を持っていって
ほしいとか言ったのか。さっぱり意味が分からない。
みんなで首をかしげていると、グリーが何か言いたそうに私を見て
いた。
﹁グリー?何かあるの?﹂
﹁母上、その手紙⋮⋮というより封筒ですが﹂
言いかけたところで、奥の方から絹を裂くような甲高い悲鳴が聞こ
えてきた。
私たちは顔を見合わせ、けれど誰一人むやみに駆けだそうとする者
はいない。それもそのはず。この迷宮は一組しか入れないようにし
ているからだ。入口は一つだけ、一組出たら次の組が入り、その組
が出るまで他に入れない。だから今、ここに私たち以外がいるはず
がない。魔物以外は。
つまり今聞こえた悲鳴は、魔物か罠の可能性が高い。というよりそ
れ以外には考えられないのだ。
しかし、サイクロプスの次は謎の悲鳴とか。やパリ不幸の手紙だっ
たか。許すまじ、リオール皇子。
私たちは、息をひそめてゆっくりと進んでいく。
もう少しで広い空間でる、というところで、私はそれを見て思わず
ガッツポーズをしてしまった。ぐふっと変な笑い声さえ漏れる。喜
びに肩を震わせる私の横で、対照的にクリフやフェリクス、アリス
140
はかなり渋い顔だ。ルイセリゼは戦闘関係はすべてグリーとクリフ
に丸投げ、とばかりに後方に素早く下がり、穏やかな笑顔を浮かべ
て成り行きを見守ることにしたらしい。ヴィクターは本日二度目の
気絶。早いわ!まあ、静かで助かるけど。グリーは微笑ましそうに
私を見ている。
私が歓喜に震えた原因、それは。
﹁あれは、グレッグの実!﹂
﹁﹁﹁そこかよ︵なの︶!﹂﹂﹂
間髪入れずに突っ込みが入ったがキニシナイ。
広い空間にいたのは、巨大な植物。背丈十メートルくらいのウツボ
カズラを想像してもらうと分かりやすいだろうか。もちろん捕食す
るのはハエなどではない。しかも十本の蔓を持っており、自在にそ
れを操ると、捕食対象である大型の獣や、人間、ときには魔物すら
も捕まえて食らう。その蔓は攻撃にも使え、四方八方から攻撃して
くるうえ、下手に近づくと爆発する実を飛ばしてくる。先ほどの悲
鳴はこいつが発したものだろう。︻擬声︼という能力を持っている
こいつは、捕食対象が近づくと、その種族の子どもや、弱いものの
悲鳴をまねて発し、おびき寄せるのだ。
おびき寄せられても、運よく蔓や実の攻撃を避けることができたと
しよう。だが、おびき寄せられた時点ですでに詰んでいるのだ。常
時漂っている甘い香りは催眠と魅了の効果があり、その範囲内に近
づいてしまえば、あとはもう捕食されるだけなのである。
倒すには、かなりの遠距離から、炎系統の範囲魔法をぶっ放すしか
141
ない厄介極まりない魔物なのだ。ちなみに、私が喜んだ理由は、こ
いつを倒したときに手に入るアイテムが素晴らしいからだ。ドロッ
プ品はグレッグの実という。この世界でもあれを倒すと手に入る。
グレッグの実は、手に入れるのはこいつを倒すしかないという超貴
重品である。が、その効果は加工して土に混ぜると、作物の実りを
よくする上に、品質も向上するという代物だ。少なくともゲームで
は二段階、品質が向上した夢のようなアイテムなのである。
今回は、グリーが甘い香りを遮断しているため、私を含めたパーテ
ィーメンバーは全員無事だ。もちろん私にお願いね、と頼りにして
るよと言われたご機嫌なグリーはそのままご機嫌にさくっと巨大植
物を打倒しました。
﹁やっぱりリンを誘ってよかったですわ﹂
うふふ、とルイセリゼがご機嫌に笑うが、アリスは首をかしげる。
﹁でもリンがいなかったらトラブルなしに普通に進めたような⋮⋮
?﹂
アリスさんや、それは言わないお約束だよ。大体トラブルを呼び込
んだのは私じゃなく、不運皇子だから!そこのところをお間違いな
く!ここ大事、と思わず強調してしまう私なのだった。
﹁話が途中になりましたが、母上﹂
﹁話?﹂
142
なんだっけ?うきうきと上機嫌でグレッグの実を採取していた私は
グリーに言われて首をかしげる。温泉に入って、お米を食べに行く
んだっけ?
﹁は・は・う・え?﹂
﹁ああ、はいはい、手紙ね﹂
思い出したからもう少し離れようか、グリー。笑顔が怖いよ。
﹁そういえば問題は封筒だとか言ってたね﹂
﹁はい。ようやく思い出していただけましたか。あの紙にはどうも
呪いの残滓のようなものがしみついておりましたゆえ﹂
﹁おかしいなあ。私の鑑定、けっこう優秀なはずなんだけど﹂
少なくともこの世界のだれよりも高レベルだと、自負している。だ
が鑑定しても何も出ては来なかった。呪いのアイテムなら呪い付き
とか出てくるはずなのだが。
﹁かなり特殊なうえ、ごく微量ですから通常の鑑定ではわからない
と思います。私も直接目にしてしかもしばらくじっくり見るまでは
気が付きませんでしたし﹂
グリーが言うには、マーヴェント地下図書館を作った︻古代人︼と
同じ匂いがするらしい。とはいえ、グリーが気付いたのも、直前ま
でミストと話をしていて図書館内にいたからだという。通常であれ
ば気づかなかったかもしれないそうだ。いったいどんだけ高度な呪
143
いなんだか。
しかしリオールもこんな危険なものをなんで私にわたしたんだろう。
どう考えても危険などないはずの迷宮に超がつくくらい危険な魔物
が現れまくっているのはこの手紙のせいだろう。ここを出た絞めて
やる、と心に誓う。私を殺す気か!フェリクスなどは、グリーの話
を聞いた途端い額に青筋を浮かべて﹁その手紙さっさと燃やしてく
れるかな。ついでに帰ったらリオール皇子も一緒に燃やしてくれる
かな﹂と笑顔で言っていた。後半は冗談だろう。⋮⋮たぶん。
﹁話を聞く限り皇子は知らなかったのだと思うぞ﹂
珍しくグリーが人をかばうような発言を!明日は槍が降るかもしれ
ないなあ。
﹁母上、何か失礼なことを考えていらっしゃいますね﹂
﹁気のせいだよ。それで、この手紙、というより封筒か。結局何が
目的なのかな﹂
﹁おそらくは選別でしょう。この迷宮はミストが協力してわざと作
られたもののようですからね。入口でその手紙を持ち物だけが全く
別の迷宮へと転移するようになっているのでしょう﹂
全然気づきませんでした。皆で顔を見合わせるが誰も気づかなかっ
たらしい。恐るべし、古代人。
ただし、グリーにも今回の迷宮が作られた目的は分からないらしい。
詳しい話を聞こうとしたところで私からの呼び出しがあったため、
すわ何かあったかと呼び出しに応じたというのだ。
144
﹁ふーん、まあいいや﹂
あっさり流した私に、なぜかみんなが驚いたような顔をする。いや
いや、だって考えてもわからないでしょ。考えてもわからないこと
は考えない主義なのだよ。
そんなことより大事なことがあるのだ。
﹁ほらほら起きて!この辺いい鉱石が取れそうだよ、今こそ頑張る
ときさ、ヴィクター﹂
ぐいぐいとヴィクターを揺り起こすと、私は徹夜で作った特製つる
はしを手渡した。
﹁ウううう、気持ち悪いよ、リン。ちょっと待って、待って﹂
起きてるからはなしてよ、揺らさないでよ、と情けない声で目をし
ばしばさせ、ずれたサングラスをかけなおす。
﹁ででででもいいのか﹂
﹁何が﹂
﹁本当にその呪いのアイテムとかの対策を考えなくて﹂
一応本当に目を覚ましてはいたらしい。話も聞いてたわけね。
﹁いいの!考えてもわからないことを悩んでても仕方ない。わから
ないことは分からないのだ。進んでいけばそのうちわかるよ。それ
145
より目の前のレアアイテムの方が大事﹂
はっきりいおう。移動式スプリンクラーのおかげで私にはお金がな
い。頑張ってここでアイテムゲットして売りさばかないと。何せう
ちは同居人も多いからねえ。ということで同居人その一のヴィクタ
ーさん、頑張るがいい。ついでにここで掘りまくればちょっとは痩
せるかもよ。
どうせ強い魔物がいくら出てこようがグリーに瞬殺されておしまい
だ。ということは、むしろレアアイテムゲットの機会が増えたと喜
ぶべきでは、というと、みなが納得したようにうなずく。
﹁確かにそうですわね。グリー様がいらっしゃる限り初めに思い描
いていた﹁対して危険はない迷宮﹂と同じですわね﹂
﹁本当ね、いいこと言うわ、リン﹂
﹁斬新な発想だな﹂
﹁まあ、言われてみれば魔王様がいる限り危険はないといえるかも
ね﹂
﹁ぼぼぼ、僕は帰った方がいいと思うけどな﹂
というわけで、一人を除いて同意を得た私は意気揚々とアイテム採
取に精を出すのであった。
146
現れる強敵はさくさくグリーが瞬殺。アイテムをどんどん確保して
奥へと進んでいく。
﹁ここが最奥のようですね﹂
今までにない、重厚な扉の前で立ち止まり、緊張感あふれるグリー
の重々しい口調はあっさり無視して、さっさと扉を開ける。
﹁は、母上∼﹂
せっかく格好よく決めたのに、というグリーの情けない声は無視で
ある。何やらグリーに同情に満ちた視線が集まっている気がするが
キニシナイ。そんなことより最後の部屋には何があるのか、気にな
って仕方がないのである。
私が扉を開けて部屋に踏み込むと、厳かな声が部屋の中央部分から
聞こえてきた。
﹁よく来たな、資格あるものよ﹂
部屋はさほど広くはなく、けれど、今までの土壁と違って、壁も床
も大理石のようなもので作られている。明かりも魔法石をふんだん
に使用してあり、柔らかく、明るい光で満ちていた。
調度品は、とくにはなく、あえて言うなら奥の方に本棚が二つと、
椅子とテーブルがあるくらいか。その反対側には金銀財宝が山と積
んである。
そして、部屋の中央には虹色に輝く美しい宝玉。それはリオールが
持っていたものとよく似ていた。
147
だがそんなことはどうでもいい。
はっきり言って、私の視線は奥の方にある本棚にくぎ付けである。
﹁なんだと?!﹂
本棚のラインナップを見て、思わずうなる。
﹁﹁食用花の種類と育て方﹂﹁しつこい害虫の駆除はこうする﹂﹁
果樹の種類とグレッグの実の正しい使い方﹂﹁散水機のメリット、
デメリット﹂﹁養蜂でよくある失敗﹂﹁ハーブのあれこれ﹂⋮⋮く、
ついにたどり着けたのか。ここはお宝の山!﹂
﹁は?え?﹂
まっすぐに本棚を目指す私に、宝玉は戸惑ったような声を上げるが
知ったこっちゃない。今、私にとってこの部屋にあるものの中で最
も価値があるのはこの本棚なのだ。
﹁ここまで来たかいがあったよ!﹂
つい座り込んで熱中して読み始める。
﹁え、いや、無視しないでくれるかな、ねえ﹂
部屋の中央でむなしく呼びかける宝玉に、同情の視線が集まったと
かなんとか。どうでもいいけどね!
148
149
リオール皇子が不運なのは
﹁ねえ聞いて、お願い聞いて、ちょこっと聞いて?﹂
なんだかうるさいなあ、と私は仕方なく読んでいた本から目を話し
て顔を上げる。すると、この部屋に入ったときの威厳などなんのそ
の。懇願するような哀れっぽい声を出す宝玉が。
﹁うわ、どうしたの?なんか雰囲気がしおれてるよ﹂
﹁リンが言ったらおしまいだよ﹂
﹁ん?﹂
フェリクスに言われて首をかしげる。私のせいだと?失礼な。まだ
何もしてないよ。
﹁まあいいや、ちょっと静かにしてよ。私は忙しのだ﹂
﹁え、すみません⋮⋮って違う!﹂
思わず、といった調子で謝ってからそうじゃないと叫ぶ宝玉。忙し
いなあ。黙っていればきれいで幻想的なのになんかいろいろ台無し
だよ。
﹁貴女には言われたくないと思いますわ、リン。さすがにわたくし
も同情を禁じえませんわ﹂
ルイセリゼにまで苦笑しながら言われてしまった。あの腹黒ルイセ
150
リゼにま⋮⋮げほげほ、何でもないです。
﹁リン、少し話を聞いてあげなよ。そうしたらその本、貰えるかも
しれないよ﹂
﹁え、話は聞かないけど本は回収です。ありがたくいただいていき
ます﹂
﹁悪魔か!﹂
悪魔なんて失礼な。迷宮にあるお宝を回収するのは当然だと思うけ
どな。まあでもさすがに視線が痛いので話くらいは聞かないとダメ
だろうか。リオールの話と同じくらい厄介で面倒そうな話な予感が
するのだが。
﹁むう、仕方がないな﹂
とりあえず、本をリュックに詰め込む。ちなみにこのリュック、見
た目はコンパクトだが、私のお手製の一品である。中が自宅の道具
倉庫とつながっていて、向こうがいっぱいにならない限りいくらで
も詰め込めるのだ。
﹁ムフフフフ、満足だよ﹂
﹁いや、ちょっと待て。そこまで無表情で抑揚ない口調なのに本当
に満足しているのか?﹂
なんと、表情や声の感じまでわかるとは、この宝玉意外に高性能だ
な。にしても。
151
﹁本当に失礼だな。こんなに満面の笑顔なのに﹂
﹁え?﹂
﹁気にするな、宝玉さんや。彼女のあれはそういうものなんだ﹂
なぜか疲れたようにクリフが言うと、宝玉は沈黙した。何なのさ。
﹁ま、まあいだろう。別にそこにあるものは本だろうが金銀財宝だ
ろうがいくらでも持っていくといい。そのようなもの、われには必
要ではないからな﹂
何とか元の調子を取り戻した宝玉が仕切りなおす。
﹁ここは迷宮。攻略者が戦利品を持ち帰るのは当然のこと。それに
ついてはこれ以上何も言うまい﹂
とかいう割にはねちねち言っている気がするが。そう指摘すると宝
玉はイラッとしたように叫んだ。
﹁だから話を聞いてくれよ!せっかく仕切りなおそうとしてるのに
茶々を入れないでほしいな!﹂
あ、また口調が変わった。どうやらこっちが素らしい。
﹁なんかごめん。どうぞ﹂
よっぽどストレスでも溜まってるのかな。なんかもうグダグダだ。
152
緊張感の欠片もない。さすがに哀れなので、黙ってあげよう。
﹁と、とにかく、あの子がよこした人間の中では君が一番ましなよ
うだから、君にお願いしたい。まあ、君も﹁神人﹂のようだからわ
かってくれるとは思うけど﹂
言われても首をかしげるしかない。﹁神人﹂って言ってもゲームの
仕様だからねえ。ゲームの初期設定だって半分以上忘れているし。
﹁知らないのかい?ああでもさすがにあれから何千年と過ぎている
からね。現存する﹁神人﹂も自分が﹁神人﹂であると知らないもの
がほとんどだと聞いたけれど、まさか本当だったとはね﹂
嘆かわしことだ、と宝玉が言う。どうもこの宝玉、私よりも感情表
現がうまいようだ。声だけのくせに。無機物に負けるとは、なんだ
か悔しい。
﹁まあいいよ。君たちは古代人のことはどれだけ知っているかな﹂
﹁おとぎ話程度だな﹂
クリフの言葉にルイセリゼ、フェリクス、アリスが頷く。この辺り
では有名なおとぎ話で、たいていの子どもは﹁悪い子は神人にさら
われて魔王のいけにえにされてしまうよ﹂と脅されるらしい。
﹁なんだいその脅し文句は﹂
﹁ぼぼぼぼぼ、僕はあんまり知らないなあ。師匠はおとぎ話とかす
る人じゃなかったし﹂
153
﹁私も知らない﹂
この世界で生まれ育ったヴィクターはともかく、日本には神人なん
ていないからねえ。
﹁ということはほとんど何も知らないってことか。いくら月日が流
れたにしてもこれはひどいな。だからほころびができるんだ。まっ
たく人族の忘れっぽさにはあきれを通り越してむしろ感心するよ。
だが、それが人の長所ともいえるから、仕方がないのかもしれない
な﹂
﹁そんなたわごとはどうでもいい。さっさと本題に入らぬか﹂
でなければここを去る、と今まで沈黙していたグリーが宝玉を威嚇
する。
﹁どうしたの﹂
こういう時にグリーが口を出すなんて珍しい。
﹁ああ、そこの君は魔王だからね。この地下に眠るアレの存在に気
づいたんだろう﹂
﹁地下?﹂
さっぱり話が見えないが、グリーは毛を逆立たせて周囲を警戒して
いる。余程の脅威なのだろうか。
﹁母上、どうやらここの地下深くには魔王﹁夢見鳥﹂が封印されて
いたようですね。おそらく話に出てきていたマーヴェントの前領主
154
一家が眠るように死んでいた、というのにも関わりがあるのではな
いかと﹂
﹁あたり。伯爵一家は一瞬封印が弱まったすきにやられてしまった
よ。何せ屋敷の地下が封印地だったものだから、われもミストも伯
爵邸から奴の力が漏れ出さないようにするので精いっぱいだったん
だ﹂
﹁なんですって﹂
宝玉の言葉を聞いてアリスの顔が青ざめる。思わぬところで真相が
暴露されたものだ。ちなみに伯爵邸を覆っていた霧はやはりミスト
の仕業らしい。魔王はすぐに封印しなおしたものの、その漏れ出し
た力を何とかするためには霧の結界で覆って時間がたつのを待つし
かなかったのだとか。結界を張るまでの間に出入りした人々も、そ
の後時間差はあれど毒気にやられて結局眠るように亡くなってしま
ったのだというから相当だ。
﹁なぜそんな危険な場所に伯爵邸が建っていたのよ﹂
﹁伯爵家初代はミストの友人であり、代々その血に受け継がれる特
別な﹁ギフト﹂⋮⋮いわゆるスキルだけど、それを持っていた。魔
王の封印継続のためには彼らの持つそのスキルが必要不可欠だった
のだ﹂
﹁それは、なんていうスキル?﹂
﹁夢障壁。夢を媒介にして力を飛ばすことのできないようにするた
めだけのスキル﹂
155
いわゆるユニークスキルというやつか。だが伯爵家の血が途絶えて
しまった今、魔王封印はどうなっているのか。そもそもなぜ封印は
弱まったのだろうか。
私の疑問に、宝玉はしばし逡巡して答えた。
﹁伯爵の隠し子をミストが預かっている。彼がいまだ封印の継続を
担っている。封印が弱まった理由は﹂
﹁理由は?﹂
﹁魔王崇拝組織のせいだ﹂
また出てきた。謎組織。一体なんなんだかね。
﹁ちょっと待ってちょうだい、隠し子?伯爵には隠し子がいたの?﹂
聞いたことないわ、とアリスが頭を押さえる。
﹁まあ、隠し子なだけに隠されていたから。でもちゃんと夫人との
子供だよ。別に浮気とかでできた子じゃないから﹂
﹁だったら隠さなくていいじゃない!﹂
アリスの叫びに、もっともだ、と私たちは思わずうなずく。
﹁いや、魔王崇拝組織が狙っていたから。奴らに殺されないために
も隠しておかなくてはならなかったんだ。彼は伯爵家の中でも特に
魔力が高かったからね﹂
156
そんなに危険なのだろうか、その魔王は。彼らがここまで警戒する
ほどに?私の疑問に答えてくれたのは同じ魔王であるグリーだった。
﹁母上、魔王﹁夢見鳥﹂は裏の森の魔王スラヴィレートと同じくら
い古く、強大な魔王と聞いております。私も会ったことはないので
すが、その性質は凶悪で、すべてを破壊しつくさないと気が済まな
いたちだとか。かつて﹁神人﹂がその総力を以って封印したと聞き
及んでおります﹂
﹁よく知っている。さすが魔王。その通り、そして﹁神人﹂は衰退
してしまった。彼らにはもう余力なんて残っていなかったから。そ
れでもかの魔王を封印しなければ世界は滅びていただろうから仕方
がなかったのだ。そのとき多くの人々が犠牲になったから、今に伝
わるおとぎ話では話がねじ曲がって神人にさらわれて魔王のいけに
えに、なんて伝わってしまったのかもしれないが。とにかく、奴の
封印を解くわけにはいかないのは間違いない。魔王崇拝組織とか人
間って頭悪いんじゃないか、と思うがな﹂
同感だが、そんな奴らと一緒にされたくはないなあ。だいたいそう
いう意味の分からないことはこっそり僻地とかで害がないようにし
てほしいものである。少なくとも私の農園に影響が及ばない感じで
一つ、よろしく。
﹁もうそんな壮大な話はいいけど、結局何がしたかったのかな。頼
み事とか言われてもあんまりたいしたことはできないけど﹂
アリスの為に伯爵家の死の真相がわかったのはいいとして、もうこ
れ以上ここでの収穫はないような気がするし、あとは隠し子さんと
やらに頑張ってもらって、私たちは財宝を山分けしてさっさと農園
に帰りたいところ。まだ種族限定ギルドにもいかないといけないし
157
ね。こう見えても忙しいのですよ。
﹁そうだった﹂
まだ本題に入ってない、と宝玉がのたまう。ふざけんなよ?前置き
が長すぎやしませんか。
﹁つまり、簡単に言うと君に手紙を預けたリオール皇子は、遠く﹁
神人﹂の血を引いていて、彼自身は先祖がえりともいえる特別な称
号を有しているんだ﹂
ユニークスキルやレアスキル、称号持ちが多すぎやしないかい。も
う、突っ込んでいいのかどうかすらもわからないよ。
﹁その称号というのが﹁災厄の守り人﹂。﹁神人﹂に降りかかる災
厄をその身に引き受けるというもの﹂
ぐわ。面倒くさい称号きた。つまり彼の不運は生まれた時から決ま
っていたわけですね。世界に残っている﹁神人﹂が引きけるべき災
難を大なり小なり肩代わりしていたと。根が深いなあ。
﹁つい先日、また魔王の結界の一部にほころびが出た。今度のほこ
ろびはほんの小さなものだったから、ミストがすぐに霧の結界を消
して隠し子の彼とともにあふれ出ようとした魔王の力を、残ってい
た毒気ごとほころびの向こうに追いやって事なきを得たのだけど。
それでもわずかに残った力がリオールとの道をつないでしまった﹂
﹁道?﹂
﹁そう。早く彼から魔王の力を消し去らないと、またすぐに封印に
158
穴が開く。今度は魔王自身の力で﹂
マジですか。
﹁そうならないために、君に、いや君たちにここの一角を掘ってほ
しい。そこから出てくる特別な鉱石を使って、リオールを浄化する
ことになる﹂
⋮⋮?掘るくらいミストでもできるだろう、という私の疑問は一笑
に付された。
﹁掘るのは資格を持つもの、つまり、リオールが選んで割れの試練
を潜り抜けここまでこれたものでなくてはできない﹂
なに、その意味のない設定。ちなみにリオールのところにあた宝玉
は目の前にいる宝玉の分身のようなもので、あちらの状況を知るた
めにリオール皇子に拾わせたらしい。え、呪いシリーズじゃないの
?聞けば、能力的には私が知っている呪いシリーズと大差ないよう
である。
﹁だが断固拒否である﹂
なぜこんなところで穴掘りをしなくてはならないのか。私には愛す
る農園が、野菜たちが待っているのだ。私たちでなくても問題なさ
そうだし、ほかの人にやってもらってください。ぶっちゃけ設定変
えてゴスロリ司書が頑張れよ。
﹁ふははは、甘いな、小娘﹂
断言する私に、勝ち誇ったように宝玉が笑う。
159
﹁なに﹂
﹁ここからとれる鉱石、それは﹂
﹁⋮⋮それは?﹂
﹁グリナデリ鉱石。いわゆる﹂
﹁なんだって!それは幻の植物成長促進剤の材料の一つではないか
!﹂
ゲーム時代、どこにあるかすらわからなかった、幻の材料の一つ。
噂は広まっていたものの、手に入れた、という話は聞かなかった、
あの幻の鉱石!
﹁まままま、待ってよ、おかしいよね、リン。それって竜をも倒せ
るといわれる、魔法付加が最大値までつけられる幻の武器の材料で
しょ?それを植物の成長剤に使うとかありえないよね?!﹂
ヴィクターが何か言っていたが、無視である。最高の武具よりも最
高の植物成長促進剤の方が大事に決まっているじゃないか。迷うこ
ともなし。
﹁多めにとれたら、必要分以外は君たちで持って帰るといいよ﹂
﹁よし、掘ろう﹂
さっさと意見を翻した私に、呆れたような視線が集まったのだった。
いじゃないか、みんなやる気じゃないか。
160
ともあれ、こうして私たちはただひたすらにつるはしで掘り、スコ
ップで掘り、掘って掘って掘りまくる羽目になったのであった。
161
リオールの依頼達成
掘って掘って掘って。
しかしなかなか見つからず、ヴィクターとフェリクスはあっさり撤
退。端の方で倒れている。体力ないなあ。ヴィクターはすでに汗魔
人と化している。うん、近寄らないでほしいわ。
アリスとルイセリゼはきゃいきゃい話をしながら意外に楽しそうに
さくさく掘っている。内容はアリスの恋バナのようである。おお、
ちょっとまざりたいかも?というか、余裕ありますね、お二人。
クリフは汗まみれになりながらも頑張っている。さすがにルイセリ
ゼがまだ余裕ありそうに頑張っているのに先に撤退するわけにはい
かないだろう。意地でも最後まで頑張らねば、という気迫が見える。
ちなみに壊れやすい鉱石だからと、スキルは使用禁止されました。
グリーは人型になって、私と一緒に掘っている。さすがに魔王なだ
けあって疲れ知らず。そういう私も高いステータスのおかげでまだ
余裕があるが。
幻の植物成長促進剤のためにも、何とか頑張りたいところではある
が、さすがに飽きてきた。まだ出ないかなあ、とだんだんだれてき
たところで、﹁あった﹂という歓喜の声が響く。
﹁ありましたわ。わずかに緑がかった鉄鉱石に似た鉱石。これのこ
とではございませんの?﹂
﹁お、確かにそれだ。やるな、人の娘よ﹂
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さすがはルイセリゼ。意外と彼女も﹁幸運﹂を持っているかもしれ
ない、とこっそりフェリクスにあとで聞いたところ、うなずかれた。
ライセリュート家は﹁幸運﹂﹁直感﹂持ちが多いらしい。なんとも
うらやましい家系である。
しかし宝玉はいったいどうやって見ているんだろう。目もないくせ
に。
﹁ふむ、本体はこの迷宮そのものと言えるからな。われは﹂
つまり迷宮内の出来事はすべて把握できるといいたいらしい。なん
か嫌だなあ。
﹁浄化の薬のレシピは先ほど小娘が見ていた本棚⋮⋮﹂
あ、全部抜き取ってカバンにつめちゃった。
﹁リン﹂
呆れたようなフェリクスの視線もなんのその。取り出せばいいんだ
よ。問題ないね!
リュックを探って、本を取り出す。
﹁本、ほんほん⋮⋮あ、これかな﹂
五冊目にしてそれらしいのを見つけた。このリュックの優れポイン
トは一方的に送るだけじゃなく、倉庫の品物を取り出せる点にある
のだ!
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どや顔でリュックの優れポイントを説明すると、みんなの食いつき
がすごかった。
﹁それ売ってくれ﹂
﹁ずるいわ、クリフ。私もほしい﹂
﹁むしろライセリュート商会で売りに出さないかい﹂
﹁わたくしの店でもよろしいですわよ﹂
﹁あ、これ作るのに材料足りないから無理﹂
今ではなかなか手に入らない素材があるのだ。でもまあ、素材が手
に入ったら作ってあげる、というと皆納得してくれて、いったんは
引き下がってくれた。
﹁何でもいいから早くしてくれないか。もし君たちの中に薬を作れ
るものがいなければ、素材をすべて腕のいい薬師に持ち込んで作っ
てもらってくれ。なるべく早く。でないといつ魔王が封印を壊そう
とするかわからないからな﹂
おっと、そうでした。結局穴掘りを引き受けたのも報酬に目がくら
んだこともあるが時間がないこともあったのだった。
﹁調薬スキルは持っているから大丈夫﹂
いって、パラパラとレシピをめくる。
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﹁ふむふむ、材料は手持ちのもので何とかなりそうだね。レシピも
そう難しくはないみたい﹂
ちゃっちゃと作ってしまおう、と私はさっそく簡易調合台をセット
して、調合を開始する。そのあいだもルイセリゼたちはせっせと掘
って鉱石を見つけ出していた。まだ体力余ってるとかどうなんだろ
う。見習おうよ、フェリクス、ヴィクター。
﹁なんですと!﹂
薬作って鉱石掘って、財宝手に入れて迷宮から出てみれば。
﹁まだお昼なんだ﹂
太陽は真上にありました。もう日がとっぷり暮れた頃かと思ったよ。
一日終わった気分だよ。でもよく考えたら朝早く迷宮に入ったし、
魔物を倒すのにはさほど時間をかけてない、というかほぼ瞬殺だっ
たから時間がかかったのは鉱石掘りの時だけ。確かにあんまり時間
たってなくておかしくはない。
私たちは案内の兵士さんの好意で、ざっと屋敷内を見て回り、いっ
たん宿へと帰った。屋敷を見て回るときはアリスが懐かしそうに目
を細めていたり、時々涙ぐんでいたが、すでに事件の真相は判明し
ているので何かを調べたり、ということはなかった。
宿で軽い昼食をとったあと、私とグリー、ルイセリゼがリオールの
もとへ行くことになり、クリフ、フェリクス、アリス、ヴィクター
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は待機となった。はっきり言ってヴィクターは今日はもう使い物に
ならないかも、というくらいダメダメだ。アメーバのようになって
いた。汗だくだし。溶けちゃいそう。居残り組は栄養剤や魔法で何
とか彼を復活させるべく頑張ることにしたのだ。だって、この後種
族限定ギルド︵ドワーフ︶に行かなくちゃならないんだよ。時間を
無駄にしたくないし、なんとしても今日中に行きたい。なぜなら私
の愛する農園が私の帰りを待っているからだ!
﹁ちゃっちゃとリオールに薬飲ませてくるから﹂
その樽ドワーフよろしく、と言えば、フェリクスとアリスがにやり
と黒い笑顔で任せとけ、と言ってくれた。任せた!
特に訪問の連絡もなく私たちはリオールのもとに突撃したが、リオ
ールの従者さんがたまたま宿の前にいて私、というよりルイセリゼ
を一目見て部屋へと案内してくれた。さすがのルイセリゼ。人型の
グリーにわずかに不審そうな顔をしつつも何も言わないのは彼女の
笑顔の圧力のたまものだろう。笑顔で圧力とか、私には絶対不可能
な芸当ですな。
部屋にはリオールが待ち構えていて、椅子に座るなり話をするよう
促してきた。昨日の今日の訪問、ということで何かがあったと察し
たらしい。例の宝玉を箱から出して机の上に置いてもらう。
リオールにはざっと説明をして、薬を渡す。さすがに生まれた時か
ら不運を呼び込むような称号持ち、ということには衝撃を受けてい
た。マーヴェントの地下に強大な魔王が眠っているということにも。
﹁ずっと神殿でもわからない称号があると思っていたが、まさかな
⋮⋮﹂
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疲れたように椅子に沈み込むと、じっと渡された薬を見て、一息に
飲み干す。もちろん渡す前にはリオールの側近の従者がきちんと鑑
定を行っている。かなり優秀な毒物鑑定スキルを有しているようだ。
﹁問題ありません、母上﹂
グリーにも確認してもらったが、確かにリオールを覆っていた靄も、
きれいになくなっている。同時に宝玉にあった呪いの残滓のような
ものもなくなっていた。
﹁よしよし、首尾はばっちりだね。じゃあ、この宝玉もらってもい
いかな﹂
今回の報酬として。貰っていいかどうかはちゃんと迷宮の宝玉には
すでに確認済みだ。帰ったらさっそく野菜畑に埋めておこう。効果
が及ぶ範囲はそこまで広くはないようだが、それでも今後できる野
菜が楽しみだなあ。
﹁ああ、かまわない。ところで手紙は中身を見たか﹂
﹁見た。なかなか面白いことが書いてあった﹂
是非、行ってみたいものだ。そういうとリオールは少し笑って、い
いよ、といった。
﹁来るといい。イタチョーという人物はある日突然僕の私室に現れ
たのだが、どこかリンに似ているような気がするよ。きっと君たち
は気が合うんじゃないかな。食に対するこだわりも強いようだし。
まあ、イタチョーは食、というよりも温泉に対するこだわりのほう
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が強いようだったが。それに食は食でもリンのように育てる側では
なく料理にこだわっていたな﹂
うん、まあイタチョーってくらいだからね。明らかに料理する側だ
よね。完全に同郷の人だよね。
﹁このカードを﹂
﹁なに﹂
﹁転移門の通行許可証だ。一度の往復に限り、転移門が使える。も
っともこちらの王族のもつ許可証とセットでなければ使えないが﹂
﹁へえ﹂
﹁期限はないから、王族の許可が取れるようなら一度、来てみると
いい﹂
ちらりとルイセリゼを見たのは、ライセリュート家の権力を使えば
許可などとれるだろう、と言いたかったらしい。せっかくなのでそ
のうちストル王子にお願いしてみよう。お米、お米、お米。花畑と
ハーブ園が完成して果樹園の問題が片付いたら今度は水田を作るの
だ!楽しみだなあ。
リオールには宝玉と転移門の通行許可証をもらてほくほく顔で宿に
帰る。
宿では、黒い笑顔のフェリクスと、疲れた顔のクリフが出迎えてく
れて、アリスがヴィクターの最後の仕上げをしているからもう少し
待て、と言ってきた。何をしているのか気になるところではあるが、
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聞くのが怖いのでやめておこうと思う。
時間が少し空いたので、私たちはライセリュート商会にアイテムを
売りに行くことにした。主に売り払うのは私だけだが。
ウリマさんには非常にさわやかな笑顔で、ものすごく感謝された。
もちろん私も予定上のお金を手に入れて大満足。これで鉱石とかい
ろんな素材も買って帰って農園を拡張しよう。やっぱり花畑は煉瓦
で囲いを作りたいよね。こう、大きな花壇、という感じで。中身は
もちろん食べるようだが、見た目もきれいで可愛い花をそろえたい
のだ。それからハーブ園は木の作で囲いたい。やっぱりこちらもか
わいい感じにしたいよね。ついでに図書館に本も返してくる。迷宮
でたくさんいい本が手に入ったので必要なくなったのだ。グラスに
関する本はなぜかウリマさんのところで売っていたので購入してお
いたし。
うきうきしながら宿の一階の食堂で一休み。
﹁おお、美味しいねえこのお茶﹂
リオールのところで飲んだお茶もおいしかったが、ここのお茶もな
かなかである。などとのんびりしていると、アリスに連れられてヴ
ィクターが姿を現した。
﹁⋮⋮え、だれ﹂
思わず目が点になったのも無理はないだろう。
樽も驚くほど、むしろ巨大なボールのようだったヴィクターは、出
会った頃の体型、とまではいかないまでもちょっとだけ痩せていた。
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少なくともボールよりは人間体型に近づいたような。それだけでか
なり印象が違う。少なくとも顔のお肉に埋もれてかろうじて引っか
かっていただけのサングラスは、キチンとサングラスとしての役割
を取り戻していたのだ。
どうやらつるはしで掘りまくったのが効いたらしい。顔には死相が
出ているような気がしないでもない。⋮⋮きっと気のせいだろう。
一応体力気力ともにフェリクスとアリスの尽力で八割がた回復した
ようだし。
ヴィクターも何とか復活したようだし、私たち休憩を終えると、ヴ
ィクターを引きずって種族限定ギルドが集まっている建物へと向か
ったのだった。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n8638bv/
異世界とチートな農園主
2016年4月13日14時39分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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