リサーチ TODAY 2016 年 4 月 6 日 黒田日銀3 年、米国風向き転換で我慢の局面、新たな次元を模索 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 黒田日銀体制で3年が経過し、市場では過去3年を巡る議論が生じている。筆者は、過去3年の異次元 金融緩和が、金融市場にあたかも「麻酔」をかけたのかと思えるほどの金利低下を促した結果、株価は約2 倍、為替は40%程度の円安になり、金融市場の意識は大きく変化したと評価している。ただし、こうした状 況は金融緩和による円安に支えられたものだっただけに、為替トレンドの転換は日銀の戦略に大きな影響 を与えざるをえない。下記の図表は円ドル相場と想定為替レートの推移である。今年2月に為替が10円程 度円高に調整されたことで、2012年10月以来(アベノミクス始まって以来)初めて想定レートよりも現実のレ ートが円高となる局面になった。アベノミクスの過去3年余の景況感の改善は、常に想定レート以上の円安 →企業業績の上方修正→株高→マインド改善、の好循環によりもたらされた。今回、こうした好循環に断絶 が生じ、海外投資家主導で大幅な株価水準の調整が生じた。しかし、筆者は、2007年以降とは異なり、今 回は想定レートを上回る円高トレンドにより株価が下落基調に戻るとは考えていない。ただ、米国が為替調 整をかける動きに転じただけに、過去3年の米国サイドの順風の後押しで一気にマインドを改善することを 想定していた黒田日銀のスタイルは修正を余儀なくされる状況だ。すなわち、短期戦の構えから、長期戦 を展望した新たな緩和の次元を想定することも必要になったと考える。 ■図表:ドル円相場と想定為替レート推移 (円/ドル) 想定為替レートより円高水準に 130 120 110 100 90 ドル円相場 80 想定為替レート 70 05/4 06/4 07/4 08/4 09/4 10/4 11/4 12/4 13/4 14/4 15/4 (年/月) (注)想定為替レートは日銀短観の全産業、全企業ベース。上期は 6 月調査、下期は 12 月調査の想定レートを参照。 (資料) 日本銀行、Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 今回、円高に転換した背景には、世界のなかで一極集中の形でドル高になったことに対する米国の反 発がある。米国が意図的に一定水準のドル安誘導を行ったのは、昨年来、欧州と日本のマイナス金利での 自国通貨安、さらに隣国カナダのカナダドル安誘導1や中国の人民元安により、米国が一極集中のドル高 1 リサーチTODAY 2016 年 4 月 6 日 に耐え切れなくなったためである。これは、日本のマイナス金利による円安誘導への米国の反対の意思表 示ともいえる。ユーロに対しても同様の姿勢だ。今後を展望すれば、為替転換の主導権は常に米国にある という「達磨さんが転んだ」の鉄則からみて、「鬼」であるアメリカが円安を好まない以上、日本がいくらマイ ナス金利幅を拡大させても円安にはなりにくい。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2016年4月4日) スイス 日本 ドイツ オーストリア オランダ フィンランド フランス スウェーデン デンマーク アイルランド イタリア スペイン 英国 ノルウェー ポルトガル カナダ 米国 中国 インド 1年 -0.80 -0.19 -0.46 -0.44 -0.49 -0.44 -0.43 -0.50 -0.36 -0.18 -0.09 -0.07 0.39 0.38 0.04 0.55 0.58 2.25 6.95 2年 -0.84 -0.23 -0.48 -0.43 -0.48 -0.41 -0.43 -0.64 -0.34 -0.31 -0.02 0.00 0.43 0.61 0.56 0.55 0.74 2.28 7.02 3年 -0.91 -0.24 -0.48 -0.37 -0.43 -0.36 -0.39 -0.55 -0.25 -0.28 0.02 0.11 0.59 0.61 1.10 0.55 0.87 2.41 7.17 4年 -0.84 -0.23 -0.42 -0.34 -0.41 -0.26 -0.31 -0.46 -0.15 -0.08 0.12 0.18 0.74 0.61 1.47 0.62 1.03 2.54 7.33 5年 -0.78 -0.22 -0.34 -0.29 -0.35 -0.21 -0.21 -0.14 -0.06 0.00 0.28 0.36 0.84 0.74 1.81 0.69 1.20 2.69 7.38 6年 -0.68 -0.22 -0.31 -0.12 -0.16 -0.08 -0.09 0.00 0.31 0.17 0.49 0.61 1.04 0.88 1.69 0.72 1.37 2.72 7.63 7年 -0.61 -0.21 -0.22 -0.05 -0.04 0.02 0.03 0.14 0.22 0.32 0.67 0.86 1.20 0.94 2.18 0.88 1.53 2.74 7.60 8年 -0.52 -0.19 -0.13 0.05 0.08 0.14 0.15 0.31 0.13 0.51 0.82 1.20 1.33 1.00 2.67 1.01 1.60 2.78 7.60 9年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 20年 30年 40年 -0.41 -0.34 -0.30 -0.26 -0.19 -0.13 -0.07 0.05 0.21 0.24 -0.14 -0.08 -0.04 -0.01 0.03 0.06 0.10 0.36 0.40 0.42 0.01 0.13 0.16 0.20 0.23 0.26 0.30 0.53 0.77 0.19 0.33 0.36 0.38 0.41 0.43 0.46 0.70 1.19 0.21 0.34 0.40 0.46 0.52 0.58 0.64 0.70 0.89 0.24 0.39 0.46 0.53 0.60 0.67 0.74 0.81 0.94 0.31 0.46 0.55 0.63 0.72 0.80 0.89 1.03 1.33 0.39 0.47 0.55 0.63 0.71 0.79 0.87 1.28 0.27 0.42 0.44 0.46 0.49 0.51 0.54 0.66 0.90 0.64 0.72 0.80 0.87 0.95 1.03 1.11 1.28 1.63 1.11 1.24 1.32 1.40 1.49 1.57 1.65 1.96 2.38 1.31 1.46 1.55 1.64 1.72 1.81 1.90 2.13 2.59 1.31 1.43 1.54 1.65 1.75 1.86 1.97 2.15 2.30 2.14 1.10 1.22 2.76 2.94 3.02 3.10 3.18 3.26 3.34 3.65 3.81 1.13 1.22 1.30 1.37 1.45 1.52 1.60 1.97 1.99 1.68 1.76 1.80 1.85 1.89 1.93 1.97 2.18 2.60 2.81 2.85 2.90 2.95 2.99 3.04 3.09 7.51 7.41 7.76 7.82 7.83 7.84 7.85 7.91 7.90 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 アベノミクスが始まって3年の間は、米国経済の改善を前提に、日銀の金融緩和が円安を実現し、それ が好循環を生んだ。しかし、そのレジームが中断した中、どのような戦略があるかが、2016年に新たに日銀 に問われている。日銀のオプションは3次元であり、それは「金利・量・質」である。今回はマイナス金利の拡 大も含め「金利」の次元を事実上活用しにくい。「量」については、そもそも限界への問題意識があったこと が、再び「金利」を選択した背景にあった。ただ、国債の購入については次第に限界が意識されやすくなる なか、地方債等への買い入れ拡大の可能性があるだろう。また、日銀が金融機関向けにマイナス金利で貸 出を実行することも選択肢になる。こうした対応は、ECBでもすでに行われているだけに、日本でも十分考 えられる対応だ。日本の金融機関や企業の外貨調達には制約があるだけに、外貨での支援も重要な選択 肢になるだろう。第3の「質」の次元では、ETFやREITの拡大等が有力視される。さらに、今後、第4の次元 への模索も始まるのではないか。 第4の次元は、過去3年の急性期的対応から、持久戦という新たなレジームを考えて目標設定のあり方を 再考することではないか。これまでの日銀の姿勢は、敢えてインフレ率2%という高めのハードルを掲げ、金 融緩和の姿勢に揺るぎがないことを示し、米国からの追い風に乗ってマインドの改善を一気に行おうというこ とだった。ただし、アベノミクス下で3年が経過し、米国側のサポートが薄れ円安の好循環が効かない我慢の 局面にあるいま、目標を修正しつつ、持久戦の構えを作るなかで変化を後戻りさせない守りの対応も必要に なる。この場合、物価目標に加え、賃金目標や名目成長率目標を掲げて政府との一体感を改めて演出する ことも日銀の選択肢になる。日銀の行う金融政策に加えて、財政政策や成長戦略も含めて、総合的に自然 利子率を高めるような持久戦のなかで、持続的効果をもつ緩和策、つまり改めて長期にわたる時間軸を設定 すること等も考えられる。また、米国サイドの改善が確認できれば、外国国債の購入も選択肢になるだろう。 1 隣国としては、メキシコも大幅なペソ安のなかで米国に輸出を伸ばした状況にあった。 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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